正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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聖杯戦争が終わって、家にはイリヤと二人のメイドが加わった。

イリヤが家に住む住まないで藤ねぇと一悶着があったものの、イリヤが切嗣の実子と聞いて妙な納得をしてこの騒動は終わった。

 

それからはイリヤの一言でセラから魔術を教わるようになったり、工房に使っている蔵がイリヤの指示で改装されてしまったり。

遠坂が良く顔を出すようになったりと騒がしくも楽しい毎日だった。

 

それも卒業も間近な時期、俺の家を出るという言葉と共に終わりを迎える。

 

藤ねぇに話したら大喧嘩になったけど、「やっぱり士郎は切嗣さんの息子だね」何て言いながら最後には溜息をつきながら折れてくれた。

 

遠坂に話したら、ふと何かを考え始め一緒に倫敦に来ないかって誘われた。

俺の在り方や魔術に関する事などを事有るごとに忠告してくれていたが、倫敦にまで誘ってくれるとは思わなかった。

だけど俺は遠坂の誘いを断った。

断られると思っていなかったのか、遠坂は俺の言葉を聞いて絶句していたけど、直ぐに怒気を含んだ理路整然とした言葉が飛んできた。

遠坂の言葉は確かに理にかなっていたけど、俺は俺の道を行くと。

結局そのまま分かり合う事無く遠坂は一人、倫敦へ行ってしまった。

 

セラは何時も俺に厳しかったが、それにいっそう拍車がかかり、リズとはうまくやってきていたが、むすっとされるようになった。

 

ただイリヤだけは、「そっかぁ」と呟いて寂しそうに笑っていた。

イリヤのその笑顔に俺は心が締め付けられたが、それでも意思を変える事は無かった。

 

家を出る当日、桜と藤ねぇに別れを交わした後、両脇にセラとリズを控えさせたイリヤと顔をあわせた。

 

「シロウ、やっぱり行っちゃうんだね」

 

「イリヤ……」

 

「大丈夫、私とシロウは繋がっているんだから。それにきっとセイバーも守ってくれるよ」

 

「ああ、そうだな」

 

俺は目を瞑って、そっと胸に手を置く。

聖杯戦争が終わって、イリヤから教えてもらった。この体にはセイバーの鞘があると。

 

「セラ、何か無いの。あなたの弟子でしょ?」

 

どこかからかう様なイリヤに、セラはキッと睨んでいたのを崩してそっと腕を突き出した。

腕の先に何かが握られているのに気がついて、手の平を差し出す。

すると魔力を帯びたネックレスのようなものが落とされた。

 

「えっと、これは?」

 

「私が作った魔力避けのアミュレットです、貴方はただでさえ抗魔力が低いのですから。私としては野たれ死んでも構わないのですが、お嬢様が悲しみますので」

 

「そっか、ありがとうなセラ」

 

「もう何処となりと行きなさい。ただし、お嬢様に何か有った時には何が何でも帰ってきなさい」

 

「ああ、分かった」

 

セラからもらったアミュレットを首にかけ、俺は最後に再びイリヤに向き直った。

 

「イリヤ――」

 

「シロウ、ちゃんと帰ってこないと怒るんだからね」

 

「あ、ああ。約束するよイリヤ」

 

イリヤに最後の別れの言葉をなんてかければいいか一瞬迷った時、それを知ってか知らずか俺の言葉を遮る様に声を重ねてきてくれた。

一瞬だけ大人びた笑みを浮かべて、俺の首元に抱きつくように飛び込んで、いきなり頬にキスをされた。

 

「なっ!」

 

「あーっ、イリヤちゃん先輩になんて事!」

 

「兄妹でそんなこと許さないんだからね!」

 

藤ねぇと桜が喚いてイリヤを引き剥がそうと近づこうとするが、セラとリズが巧みに妨害するのを見て取れた。

そんな様子に俺は何とか冷静になれた。

だから、直ぐ目の前にあるイリヤの顔に視線を合わせた。

 

「シロウは特別だよ。私のサーヴァントなんだから」

 

「……イリヤ」

 

「えへへ。シロウ絶対に帰ってきてね。その時は私がお帰りって言うんだから」

 

「じゃあ、俺は最初にイリヤにただいまって言うよ」

 

そっとイリヤを降ろす。

 

「シロウ、いってらっしゃい」

 

「ああ、行って来るよ、イリヤ」

 

この日、俺は血が繋がっていないとはいえ家族と呼べる人達と別れ、親父に拾われて育った家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは試行錯誤の連続だったけど、いつの間にかNGOに入って人々を助けていた。

魔術とはまったく関係の無い生活を送りながらも、鍛錬だけは欠かす事は無かった。

そして一年半が経った時、俺は日本から遠く離れた難民キャンプ支援の為、拠点となる近隣の街にいた。

 

半月に一度の習慣となっているイリヤに向けての手紙を出した後、同じNGOのメンバーの人が困った顔をして佇んでいるのに遭遇した。

話を聞いてみると、キャンプへ戻ったメンバーとの連絡が付かないと。

嫌な予感がした。

理由なんて分からない、ただ、魔術を齧った俺の第六感は警鐘を鳴らしていた。

だから制止の声も聞かずに、夜の帳が落ち始めた中、俺はキャンプへ向けて車を走らせていた。

 

最初に見たのは生活の光り。

だけど安堵したのも束の間、次の瞬間一軒家を丸ごと吹き飛ばすような爆発の閃光が俺の目を襲った。 

 

「なッ!」

 

立て続けに、二度三度閃光が走る。

それは明らかに魔術によるもの。

だから俺はアクセルをさらに踏み込み、横転した誰も乗っていない車に眉をしかめながらも、滑り込むようにキャンプ地へと乗り込んだ。

入ってすぐに目に付いたのは爆心地の中心で、周囲を警戒しながら指に宝石を挟んだ一人の女性。

 

「何をしているのですか! 早くお逃げなさいッ!」

 

金髪で縦ロールの女性は車で乗りつけて来た俺の姿を見るなり、そう怒鳴りつけていた。

だが俺は素直にその言葉に従うわけにはいかなかった。

 

「何が起きてるっ!?」

 

俺の下へと駆けてきた女性へと向けて怒鳴るように口から出ていた。

 

「ここはもう手遅れよ!」

 

「どう。いう意味だ……?」

 

「いいから 私を乗せて――」

 

言葉途中でキッと人を射殺すかのように睨み、人差し指を突き出した。

いつの間にか車に張り付こうとしていたソレを指先から放たれたガンドで撃ち落す。

だがより早く別のソレが張り付き、車へと雪崩れ込み、蹂躙する。

 

俺は視線そのままに、車から飛び降りて彼女と共に間合いを取る。

 

「あれは、何だ?」

 

「あれは死者ですわよ」

 

隣に並ぶ彼女は不機嫌そうにそう吐き捨てた。

俺はそんな彼女を気にせずにただ呆然と呟くしかなかった。

今まで姿すら見えなかったのにいつの間にかゾロゾロと影から現れてくる、死者。

 

「一体この場で何が起こっているんだ……」

 

「ちょっとした死都ですわよ」

 

死都、か……。

 

「……彼らを助ける方法は?」

 

「そんなものありませんわ。あるとするなら安らかに眠らせる事でしょう」

 

分かっていた言葉だったけど、その言葉は重くのしかかる。

 

「……生き残っている人間は?」

 

「無い、とは言い切れませんけど、限りなく絶望的ですわよ?」

 

「…………」

 

「何か武器を持っていまして?」

 

期待しないような彼女の言葉に、俺は大丈夫だと小さく答えた。

 

「そう? 最低限自分の身は守ってくださらないと――。来ますわよ」

 

まるで俺たちの会話が終わるのを待っていたかのように、死者達が一斉に群がってきた。

 

俺は即座に彼女の前へと躍り出て、干将莫耶を投影し一瞬にて戦いへと意識を向ける。

一瞬背にした彼女から驚きの気配が感じ取れたが、俺は構わず死者の群れへと剣を向ける。

 

俺が迫ってくる死者を斬り、彼女が後ろからガンドで狙い撃ち、群れの密度が濃い場所へと宝石を撃ち込むという、即興の連携で死者の波を捌いていく。

……だけど、俺の剣筋は何時もより冴えなかった。

変わり果てた姿となっても、ついこの間まで俺が世話をしてきた人達。

名前も顔も知っている、話した事だって何度も有る、それなのに……。

 

「――ッ」

 

迫り来る子供の死者に、俺は一瞬斬るのを躊躇してしまった。

それでも死者が俺に触れるより早くガンドが子供の死者を容赦なく撃ち抜く。

 

「何をしているのですかっ!」

 

「……悪い」

 

やるせない気持ちのまま干将莫耶を振るい、一先ずの死者の波を駆逐した。

 

「怪我は?」

 

死者の躯が灰に帰る様を見つつ、支援をしてくれていた彼女へと振り返る。

 

「大丈夫ですわ。それよりあなたも魔術師でしたのね」

 

彼女は数瞬俺を、俺が投影した干将莫耶を不信気に睨んでいたが一つのため息とともにその視線が和らいだ。

 

「……そういえば名前を聞いていませんでしたね。私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。協会の魔術師でしてよ」

 

「衛宮士郎、フリーの魔術使いだ」

 

フリーの、それも魔術師ではなく魔術使いをいう言い回しに彼女が一瞬眉をひそめる。

 

「それにしてもエミヤシロ?」

 

笑み社みたいな発音に、そんな場合ではないのに思わず笑みを浮かべてしまった。

それは初めてイリヤに名前を教えた時と同じような発音。

……ああ、どうしてだろう。何故か無性にイリヤに会いたくなった。

 

「悪い。ルヴィアゼリッタを笑ったわけじゃない、同じような発音をされた事があったのを思い出してさ。衛宮が名字、名が士郎だ」

 

「ルヴィアで構わないわ、シェロ。詳しい話はここを切り抜けてからに、ね」

 

ルヴィアは意味有りげに干将莫耶に視線を送り、俺はああと頷いた。

ルヴィアとのやり取りで少し気がまぎれた。

 

俺は一つの溜息とともに、遠巻きに囲む死者達を見て死者を斬った感触を思い出す。

彼らは、彼女らはついこの間まで一緒に生活をして、一緒に笑って、一緒に苦労してきた人達だ、それなのに、こんな事って……。

 

「ッ!」

 

「――ェロ、シェロ!」

 

「! あ、ああ、ルヴィア? どうかしたのか?」

 

自分の内に埋没していて、ルヴィアに呼びかけられていたのに気がつかなかった。

慌ててルヴィアの方へと視線を向けると、ルヴィアは腕を胸元で組んで明らかに、私怒ってますとばかりに柳眉を吊り上げていた。

 

「シェロ、あなた、私の話聞いてませんでしたわね。……まぁ、いいですわ。改めて話しますわよ? この場所を死都化させた死徒は明らかにこの状況を楽しんでいます」

 

「この状況?」

 

「ええ。シェロ、貴方がこの場へ来る前に私が何故脱出せずに残っていたとお思いですか?」

 

ルヴィアの魔術師としての実力は決して低くはない、来る時に見たあの規模の破壊。きっと遠坂と同等の使い手。

なら死徒が直接やってくるか、溢れ返るほどの死者がやってこなければ……いや、それでも逃げるというのならまだ可能性はある。じゃあ、なんだ?

 

「もしかして、この場を離れる為の足か?」

 

この場に来た時、ルヴィアは乗せてすぐに発進させるように言っていた。

 

「ええ、そうですわシェロ。用意周到に全ての二輪も四輪も足になりそうなものは全て壊されています。死徒は死者を使って、私たちを追い立て、弄ぼうとしています。そう、まるで狩を楽しんでいるかのように」

 

足、か。

 

「……いや、一つある。ここから多少歩く事になると思うが、一台のジープが横転してた。軽くしか見てないが多分動くだろう」

 

横転の衝撃で多少ゆがんでいたが、死者に蹂躙されたような傷はなかったはずだ。

それに俺が乗ってきた車のように内側も壊されていなかった。

 

「……その車の操縦者はこの惨状で何とか逃げようとしたが、うまくいかなかったのだろう」

 

「…………」

 

俺の言葉を聞いてルヴィアは眉をひそめて難しい顔をするも、嘆息的に深く溜息をついた。

 

「ルヴィア?」

 

「シェロ、その車に死体はありまして?」

 

「いや、車内は良く見えなかったが人影はなかったはずだ……。それが?」

 

「私の同行者ですわ」

 

他人事のようにそっけなく言い放ったルヴィアに俺は怪訝な表情を向ける。

 

「私たちは協会の指示でとある遺跡の調査をした帰りだったのでしたのよ。燃料が心もとなくなって分けてもらおうと立ち寄ったのですが、既に死都化していまして、死者を見るなり恐慌状態に陥って、私を置き去りにして逃げ出してしまいましたの。まったくフィールドワークなどしない研究者だったのが運の尽きですわ」

 

ルヴィアはまったく情けないと、再度深く溜息をつく。

 

「ですがそのおかげで何とか逃げられるかもしれませんわね」

 

光明が見えてきたとばかりにルヴィアは笑顔をむける。

この場を脱出しようとすればそれなりの敵戦力が待ち構えていると予想し、ルヴィアは手持ちの宝石を確認する。

 

「それじゃあ行きますわよ」

 

「…………」

 

「シェロ?」

 

「……ルヴィア、脱出するまでは手伝うが、それからは一人で行ってくれ。俺は残る」

 

俺の言葉が信じられないと絶句するルヴィアに俺は尚、言葉を重ねる。

 

「こんな状態で放っては置けない。それに、もしかしたらまだ生きている人がいるかもしれない。だからルヴィアは先に逃げてくれ」

 

「シェロ、貴方は自分が何を言っているのか分かっているのですか!? この規模から言って数百と齢を重ねる死徒ですわよ! いえ、たとえ其処まで齢を重ねてなかったとしてもこれだけの血を啜った死徒。きっと教会の騎士団か司祭でなければ相手になりません」

 

「……それでも、だ」

 

そう、俺はしなければならない。

 

「!」

 

刹那、空気が変わった。

俺とルヴィアはすぐさま周囲を探るように臨戦態勢を整える。

空気が揺らぎ、いつの間にか其処に黒い影がいた。

 

「あれが――」

 

「シローッ!」

 

ルヴィアが呟こうとした時、黒い影から子供の叫びが響いた。

 

「なっ!」

 

それは俺の知っている子供。その子は涙で顔を濡らし、恐怖で小刻みに震えていた。

その影は俺がその子供と顔見知りだという事を知るとニヤリと口で弧を描いて笑った。

俺は直ぐ様弓を投影し矢を放つが、それは手前にいた死者を盾に防がれてしまう。

そして身を翻してその影は走り去る。

俺はそれを追おうとしてルヴィアに手を捉まれた。

 

「シェロ! これは明らかに罠ですわよ!」

 

「そんな事は分かっているッ! だからこの隙にルヴィアは逃げてくれ。俺はあの子を助けに行かないといけない」

 

中心部へと誘うように向かう死徒、それから目を離さずに俺はルヴィアへと言葉を向け、走り出していた。

死徒は疎らに死者をけしかけ、俺がそれを斬るのに愉悦を感じているかのごとくいやな笑みを浮かべる。

 

「っく!」

 

中心の広場には無数の死者が溢れかえっているのが見える。

死徒はその中心に立って俺が追ってきている事を確かめると、恐怖に引きつる子供の首下を弄るように舐め上げた。

 

「投影開始」

 

一刻も早く、死徒から子供を引き剥がすべく、矢を投影する。

投影するはあの弓兵が使っていた全てを貫き通す矢。

今の俺には荷が重いかもしれないが、やるしかない。 

 

「偽・螺旋剣ッ!」

 

必中を掛けて射った螺旋剣は仕留めるにはいたらず、無数の死者を壁にして貫き、右半身を抉り、子供が投げ出された。

右手に痺れを感じるが、そんなものには構ってられない。

手傷を追わせただけの今の状況は拙い。

死徒が子供を手にするより早く、死者の手が子供に触れるより早く、俺は助けなければならない。

 

だから俺は走った。死者の群れの中を噛み付かれ、引き裂かれそれでも俺は子供の下へと。

俺と子供を隔てるものは残り数体の死者だけだった。

 

「――ッ!」

 

だがその隔たりは遠く、伸ばした腕は届かず、俺はあまりにも遅すぎた。

影から現れた死徒が、子供の首下に齧り付いていた。

死徒はまっすぐ俺に視線を合わせながら哂っていた、俺の絶望を楽しむように哂っていた。

それでもと干将莫耶を振るい、死徒がもういいとばかりに子供を投げ捨てた。

 

「……あ、ああ」

 

ボロ雑巾のように投げ出された子供を胸に抱く。

それは躯、泣きも笑いもせず、名前を呼ばれることもなくなってしまったただの躯。

完全に冷たくなって、ただの死体となった時、死体の顔のまま唐突に暴れだした。

成りたての死者は俺の胸に抱かれたまま、俺の肩口に噛み付き、爪で体を抉る

 

血が溢れ出るが、そんな事は構わなかった。

俺は静かに右手に持った莫耶を引き、死者となった子を安らかな眠りにつかせる。

……心が、軋む。

届きそうで届かない永遠の隔たり。それは遠く、遠く、手には届かなかった。

 

膝を突いて項垂れる俺を、死徒は死者をけしかける事もせずに、ただ嘲笑の高笑いを上げていた。

ひとしきり高笑いをあげた死徒はもう遊びは飽きたとばかりに波のように蠢く使者をゆっくりと俺へと向けて歩みを進ませ始める。

 

……死徒の嘲笑なんかに心は動かされなかった、ただ不甲斐無い自分を呪う。

自分は甘かったのだ、思い通すには甘かった、俺の想定が甘かった。

そう甘かったのだ。

俺は決して戦う者ではない俺は作る者だ。

なら思い描け、眼前の敵を撃ち滅ぼせるだけの最強の幻想を。

 

「――I am the bone of my sword.」

 

死者が足を踏み鳴らす中、俺はそう呟いていた。

それは俺の決意の言葉。

思い描くはこの世でもっとも尊く、俺が知る中で最強の剣。払う対価は俺の全て。

 

「――投影開始」

 

さあ、ここに幻想を生み出そう。

 

創造の理念を鑑定し

基本となる骨子を想定し

構成された材料を複製し

製作に及ぶ技術を模倣し

成長に至る経験に共感し

蓄積された年月を再現する。

 

一つの工程を進むごとに魔術回路は荒れ狂い、それでも回るならとさらに回転数を上げる。

俺の中から何かが零れ落ちる。

――そんなことは知ったことではない。

俺の中の何かがはじける。

――それがどうした。

 

「あ、ああ、あああッ!」

 

あらゆる工程を凌駕しつくし、ここに一つの幻想が顕現した。

かの剣精が持つ、最強の幻想。

死者は既にない筈の本能が恐怖するのか一瞬その足を止めた。

だがその主である死徒が同じように恐怖を抱いたのか、一瞬後には今まで弄るような攻撃とはまったく違ったものだった。

――だが、それは遅すぎた。

 

俺は両手で持つ大剣を振りかぶり、躊躇う事無く真名を開放する。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ッ!」

 

膨大な光が全てを薙ぐ。

死徒の悲鳴、絶叫。

このキャンプの住人だった死者。

主人がいなくなった建築物。

空をも裂いた光が消えた後には何も無く。

ただ荒野に一人、剣を支えに俺だけが立っていた。

 

「――――ァ」

 

勝利者も敗者もここにはいない、それは……。

役目が終わったとばかりに彼女の剣は砕けて消えて、俺は呆気なく、重力に惹かれるままうつ伏せに倒れこんだ。

 

体の痛みなんていくらでも耐えられる。

でも胸の痛みはそんな比じゃなくて、それでも耐える、耐えなければいけなかった。

子供たちは無邪気に笑っていた、決して裕福ではなかったけど、それでも明日という希望を抱いて笑っていた。

大人たちはこの現状の苦しさ、辛さを理解して、それでも子供たちの為に、日々の生活の為に生きてきた。

それが全て消えてしまった。

 

「ッ!」

 

ただ俺は耐えるしかなかった。

――体は剣で出来ている。

――体は剣で出来ている。

そう、自分は剣なんだと言い聞かせて……。

 

「?」

 

不意に気配を感じて、首を動かそうとしたけど余りうまくいかなかった。

 

「――――!」

 

声も出なくて耳も聞こえなかったけど視界だけは生きてて、視界の端に埃まみれの金色の髪が見て取れた。

もう一度声を出そうとした時、仰向けに起こされていた。

 

「――――ッ!?」

 

ルヴィアは俺を見るなり一瞬顔を顰め、怖い顔をしながらも目の端に涙を溜めて何かをし始める。

そんな彼女を見て俺はこんな事以前にも有ったなと漠然と思った。

ルヴィアは懸命に魔術刻印を輝かせて、何を言ってるかなんて分からなかったけど、彼女は生き残ってくれた。

その事実に自分は泣き笑いしていたのかもしれない。

 

「――で、――た」

 

「何、何ですのシェロ!?」

 

ルヴィアは俺が何かを呟いているのに気がついたようで、口元に耳を寄せてくれた。

 

「――無事で、――良かった」

 

掠れて、酷く聞き取りにくい声だったけどルヴィアの耳に届いたみたいだった。

そう、本当にルヴィアだけでも助かってよかった。

心の底からそう思い、俺はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたらベッドで寝ていた。

左半身が思うように動かなくて、右腕で何とか上半身を起こす。

白い部屋に、白いベッド。開けてあった窓からは乾いた風が流れ込む。

 

「病院か? あれからどうなった……?」

 

視界を横切った自分の腕にふと違和感を覚えて、まじまじと見る。

日々炎天下で作業をしていたから日本を出たときよりも焼けていたが、それよりも尚一段と濃さを増した褐色の肌。

ふと予感めいたものを感じて部屋の中に鏡を探す。

 

呆気なく見つかった鏡の向こうには、褐色の肌で色素が完全に抜け落ちた白髪の俺がいた。

その顔は確かに俺の顔だったが、俺はその向こうに赤い弓兵を幻視していた。 

 

「ああ、アーチャーもきっと同じような道を……」

 

もう安穏とした、日常の世界では生きられない。

非日常の世界が日常を犯すなら、俺はその世界で生きる。

……そんな事はあの聖杯戦争で、いやきっと聖杯の泥に焼かれたあの時から分かっていた事なのに。

なら正義の味方としてやることは決まっている、もう立ち止まることはきっと許されない。

 

「シェロ! 気がついたのですね!」

 

「ルヴィア?」

 

目を閉じながら内にこもっていた時、ルヴィアが部屋に入ってきた。

俺が起きているという事認識すると、弾かれたようにベッドの側に駆け寄ってきた。

 

「あれから、どうなった?」

 

俺の言葉にルヴィアは一瞬言葉を詰まらせるものの、あれからもう二日が経っていますわという言葉で始まり、俺が寝ている間の事を教えてくれた。

気を失った俺をルヴィアが介抱してくれて、あの横転していた車まで運び、何とかこの街まで戻って来たそうだ。

 

生存者は俺とルヴィアだけ、死体すら全て灰となり、形を残す建物もなかった。

そこには人の住んでいた痕跡自体がないような有様。

 

「……何もない、か」

 

「ええ。今は協会に連絡して隠蔽され始めていますわ」

 

「協会に連絡、か」

 

俺の魔術の異常性、無限の剣製を元とした通常ではありえない魔術。

その秘匿、特に協会に知られないようにと、セラや遠坂から口を酸っぱくして言われた事。

魔術の世界に関わって行くと決めたが、これからどうするか……。

 

「シェロ」

 

「…………ルヴィア?」

 

思考に没頭しかけた俺を、妙に強さを持ったルヴィアの声が中断させていた。

顔を上げてルヴィアを見ると、腕を胸の前で組んで眉を吊り上げて、怒気を孕んだルヴィアの姿があった。

 

「このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトを見くびらないで下さる、シェロ? あんなになってまで助けていただいで、そんなあなたを売り渡すような真似この私に出来るとお思いですか!」

 

「……ごめん」

 

ルヴィアは俺の言葉にはっとして一歩下がり、視線を逸らして俯いてしまった。

一秒二秒と沈黙が続き、ルヴィアがポツリと口を開いた。

 

「……いえ、仕方ないことかもしれませんわね。あなたのそれは通常では考えられないもの」

 

「…………」

 

ルヴィアは俺の沈黙に何も聞かずそっと窓辺へと歩き、どこか遠くを見るように外の風景に視線を向け、再びこっちに視線を向けた。

 

「シェロ、これからどうするのかしら?」

 

「……そう、だな。俺は魔術というものを知っているけど、最近はずっと関わってこなかった。でも、もうそんなことも言ってられない」

 

俺の言葉にどこか怪訝そうな表情をうかべたルヴィアに俺は自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「ルヴィアには笑われるかもしれないけどさ。俺は正義の味方に、全てを救える正義の味方になりたいんだ」

 

「…………」

 

俺の普通なら鼻で笑われても可笑しくないような言葉に、ただ黙って先を促してくれた。

 

「ちゃんとした魔術師のルヴィアに言うと怒られるかもしれないけど、俺は魔術というものを一つの技術として捉えてる。その魔術を無理に使わなくても人を救える事は出来ると思っていた。だから魔術の鍛錬は欠かす事はなかったけど、NGOに所属して人助けをしているときにはほぼ使う事なんてなかった。だけどもうそんな事は言ってられない。非日常が日常を、人々の幸せを犯すというなら俺は躊躇う事無くその道を進む」

 

あの惨劇を思い出し、自分でも分かるほど顔に力が入る。

 

「そうは言っても体は動かないし、魔術に関しての伝なんても何もないからな……」

 

「…………」

 

俺は自嘲的に笑って視線を中へと彷徨わす。

親父のこっち方面の知り合いなんて知らないし、イリヤ達にも頼れない、そうなると遠坂か……。

 

「シェロ、家に来なさい」

 

「は?」

 

俺の話を黙って聞いていたルヴィアが唐突にそんな事を切り出した。

 

「シェロの体が動かないのは魔術回路と通常の神経が絡んでいるから。ある程度の期間、魔術的に治療しなければいけませんわ。だから治療もかねて私の元へと来なさい」

 

「い、いや、ルヴィアに迷惑は掛けられ――」

 

「シェロ! 私はシェロのおかげでこうしていられるのです。エーデルフェルトの頭首として、ルヴィアゼリッタという一人の人として礼をいくらしてもしたりないのです。……もう一度言いますわよ、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトを見くびらないでくださる?」

 

一度こうと決めたら梃子でも動かないといった風に威風堂々と腕を組むルヴィア。

体が動かないのは事実、魔術的に治療しなければいけないのも事実。

その提案は俺にとって本当に渡りに船なのだが。

 

「本当にいいのか?」

 

「何度も言わせないで下さる、シェロ?」

 

笑顔を浮かべたまま静かに怒りを見せ始めるルヴィアに俺はそっと溜息をついた。

 

「…………ありがとう、世話になるよルヴィア」

 

「ええ、こちらこそ」

 

優雅な笑みを浮かべてルヴィアがそっと手を差し出してくる、そんなルヴィアに俺も動く右腕を差し出して、そっと握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの動きは早かった。

俺が寝ている間にもルヴィアは各方面に働きかけていたらしく俺自身に関係すること意外全て済ませていった。

俺自身の事も、この動かない体の説明をNGOの仲間にすることもできずに、本当の事を混ぜつつも、ルヴィアの協力で魔術的に改竄し、NGOを抜けた。

 

俺が目を覚まして二日、ここを立つ前に一度だけあの場所を見ておきたかった。

だからルヴィアに無理を言って再びあの地へと赴いていた。

眼下に広がるのはもう何もない荒野。人が住んでいたという痕跡もなく……。

 

「…………」

 

ただかろうじて動く半身で、車の助手席からそっと花束を放る。

生花を一束、もうこれだけしか俺に出来る事はなかった。

……いや、もう一つだけ。誓いを、この惨劇を繰り返させないという誓いを。

全てを救う、全てを救ってみせる決意を。

 

「シェロ」

 

「すまんルヴィア、もう少しだけ頼む」

 

ルヴィアは嘆息めいた息を吐いて、何も言わず俺の好きなようにさせてくれた。

俺はこの光景を忘れないようにと目に焼け付け、そっと目を閉じる。

脳裏に浮かぶは世話をしてきた人達の笑顔。

あの笑顔を消さないためにも俺はしなければならない。

 

切嗣と約束した正義の味方になれるかなんて分からない、それでも俺の出来る事を。

理想を胸に、行ける所まで行こう。

その先に苦しみしかなかったとしても、人を救えるのなら俺は構わない。

 

「……ルヴィア、ありがとう」

 

「もういいですの?」

 

もう暫くなら大丈夫ですのにというルヴィアに俺は首を振った。

いつまでもこうしているわけには行かない、俺は進むと決めたのだから。

 

「それでは行きますわよ」

 

「ああ」

 

俺の言葉とともにルヴィアは車を発進させた。

乾いた風を頬に受けながら今までこの地で過ごしてきた思いを仕舞い、これから再び足を踏み入れる魔術の世界の事を思う。

俺が向かうは魔術協会の総本山、魔都倫敦。

 

 

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