正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「ありがとう」

 

 

その言葉で、救えた命で俺は頑張れる。

 

 

「どうしてあなただけが生きてるの?」

 

 

その言葉で、救えなかった命で俺は摩耗する。

でも俺は立ち止まることは出来ない。

刃が、銃弾が、怨嗟が、悲劇が俺を焼いても、ただ理想だけを胸に。

進めば進むほど理想とかけ離れても、救われる誰かの為に。

進めば進むほど俺が摩耗しても、笑顔を浮かべられる誰かの為に。

 

 

――俺は行く。

 

 

 

 

戦場という戦場に俺達はいた。

エーデルフェルト経由、旅を続けていく上で作った情報網、多角的に効率的に情報を整理して多くの戦場を回れるように。

 

三流魔術師でしかない俺は、魔術師に対しての鬼札、魔術を隠匿する為、足りない技術を補う為に科学の力を惜しまず借りた。

傷つく事は無数に、死にかけた事だって両手では足りなかった。それでも何時しかこの身に宿る聖剣の鞘が俺に力を貸してくれて、死なずに、そしてもっと無茶が出来るようになった。

 

俺もカティも雄弁なタイプじゃなかったけど、合間合間にそれなりに会話を交わしてきた。そのような日々を迎える中、一度だけ、たった一度だけカティに酷く泣かれた事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めた先に見えたのは、無表情なのに今にも泣きそうなカティの表情。

 

「ああ、俺はまた……」

 

カティに何度こんな表情をさせてしまったか……。

カティには幾度と助けられた。もしカティがいなければ、どれだけの人が救われず、そして俺もまたどれだけ摩耗していたのだろうか。

でも、もうこれ以上こんな俺に――。

 

「……カティ」

 

「はい、何でございましょうか、シロウ様」

 

寝ていたベッドから上半身だけを起こして、カティを見る。

出会ったばかりの頃は肩口までの長さだったのに、今では背に流すほどの長さになっていた。強行軍を繰り返すような日々でも手入れを怠っていないのか、カティの赤髪は艶やかで……。

 

「……シロウ、様?」

 

「カティ……ルヴィアの元に帰ってもいいんだ」

 

「――――!」

 

瞬間、俺の告げた言葉に反応するようにカティの赤髪が膨れ上がるように逆立った。ああ、怒っているんだなと感じても俺の心は凪いでいた。

 

「……きっと俺の結末は変わらない」

 

汚れた天井に視線を向けながら、そんな言葉が次いで口から出ていた。

 

「結末? それはどういう意味です?」

 

釣り上がったままの柳眉で、怒気を押し殺したカティの声色。俺はカティの様子に苦笑いを浮かべて、そんな俺だからかカティの眉がさらに釣り上がった。

 

「まさかシロウ様、それは諦め――」

 

「――違うよ、カティ。それは、それだけは無い」

 

諦める? 人を救う事を? そんな事は絶対にありえない事だ、そう絶対にだ。

 

「申し訳――」

 

「――たとえ、世界というシステムに組み込まれても、俺は」

 

自分の思考の内に埋没していたからなのか、カティには言ってはいけない台詞を口走っていた。顔を上げて合わさった視線の先にはうろたえるような戸惑ったような感情を見せるカティの瞳。

 

「せ、かい? シロウ様、それはどういう……」

 

呆然、というよりは愕然とした表情のカティ。

世界というシステム、それは魔術の世界に身を置く者達にとって一つのハイエンド、その地を目指そうとしても決して侵す事の出来ない絶対の領域の一つ。

 

「答えてください、シロウ様! 組み込まれるって、いったい何があるというのです!」

 

カティがここまで激しく感情を顕わにするなんて見たことはない。だからなのか俺は一つの決心をした。

 

「そうだな、カティには話した方がいいか……」

 

「何でも仰ってください、私は必ず受け止めます」

 

「……ありがとう、カティ」

 

俺が口にするのは一人の男の生き様。

たった一つの理想を胸に、走って走って、走り続けた男の話。

 

決して止まらず、止まる事は即ち死ぬ時だと。

全てを救うと心に誓った、だけどその誓いすらも歪めて人を救い救い、救い続けた。

世界すらも救った事すらあった、それでも満足と言う言葉を知らないかのように、すぐさま次の戦場へと渡り歩く。

 

それは俺たちには何処かで聞いたことがあるような話、でもその男は何時も戦場に一人だった。

 

「……何を話しているのですか?」

 

カティの感情を殊更押し殺した言葉に俺はただ微笑を浮かべるだけで、疑問には答える事もなく、話を続ける。

 

幾千幾万と唱えてきた呪文があった。

それは内面を変えるだけの呪文、折れそうになった自分を鍛え上げる呪文。

だから男は何度でもその言葉を口にする、「体は剣で出来ている」、と。

 

その男の敵となったものは悉く倒されていった。

幾度と無く傷つき、倒され、それでも最後には必ず勝利を手に入れてきた。

それでも、そんな人でも最後の時はあっけなく訪れた。

あっけなく、最後は助けるべき人に裏切られて死んだ。

 

「――――っ!」

 

それでも男は止まることは無かったんだ。彼は死ぬ間際に世界と契約をした。

死後を受け渡し世界の守護者へと。

人という殻を脱ぎ捨て英霊まで上り詰めた男、それでもやる事は変わらなかった。

より多くの人を救う、ただそれだけ。

 

現在過去未来、ありとあらゆる場所に呼び出され、蓄積される時は永劫。

胸には理想だけがあった。汚れて削れて、もうそこにはたどり着けないと分かっていても、まだ理想はあった。

 

でも呼び出される場所は全てが最悪であった。

状況が、それを起こした人の意思が、そしてただ全てを屠る事しか出来ない自分が、何もかもが最悪だった。

自身は全てを屠るシステムで、世界は決して敵を許さなかった。

 

終わる事のない永劫を過ごす中、男はある一つの事を望むようになっていった。

ただの八つ当たりでしかないと分かっていても万分の、億分の一の希望を夢見て全てを屠る。

そこまでして願った事は、ある一人の少年を殺す事。

 

その少年は、空っぽだった自分を満遍なく満たした理想、ただ憧れたというだけで正義の味方になろうとした、愚かな少年、それは過ぎ去りし時の自分。

そこまで行っても、初めて自分の欲望に従って殺意の対象とした者は自分。

 

「……そ、それは、いったい、誰の話、ですか?」

 

絞り出すように、震えた口で途切れ途切れに言葉を口にするカティ。

カティは俺の話が誰の事を意味しているのか確信しているはずだ、それでも聞かずにはいられなかったんだと思う。

 

カティに問われたとき、俺は無自覚にも柔らかい笑みで微笑んでいたんだ。

俺が紡ぎだす名はたった一つ。

 

「英霊エミヤ。衛宮士郎の一つの可能性、一つの終点だ」

 

「…………シロウ様」

 

カティはただ俺の名を静かに呼ぶ。そこにどんな意味があったのだろうか……。

 

「“理想を抱いて溺死しろ”――アイツは聖杯戦争の時、俺にそんな言葉を投げつけた。今ならその言葉の意味がよく理解できる。今の俺は溺れようとしているのか、すでに溺れているのか分からない。でも、きっといつか理想を抱いて俺は溺れ死ぬ」

 

俺はベッドから立ち上がり、開けられた窓から濁った空に視線を向ける。

 

「俺が死後を世界に売り渡し、ただ最悪を目にし続ける掃除屋となっても、その果てにアーチャーと同じように過去の自分を殺したくなる未来が待っていても――」

 

俺は虚空に絶望しかない世界の断片を幻視し、カティへと振り返った。

 

「――そこに救える誰かが一人でもいるのなら、俺のやる事は何一つ変わる事はない」

 

俺の話を聞いていたカティの頬には、いつの間にか涙が伝い流れていた。

 

「……でも、その先にカティの未来はきっと無いんだ」

 

「――っ!」

 

俺はカティの柔らかな頬に手を伸ばし、指でそっと涙を拭く。それでもカティの瞳は止まる事を忘れたようにただ涙を流す。

 

「シロウ様っ、私は、私は言いました、私の主はシロウ様ただ一人ですって! 主人が死地へ行こうというなら、私も死地へ! 地獄へ行こうというなら私も地獄へ! その誓いは何時如何なる時でも有効です! 他の誰かがシロウ様を傷つけようとするなら、私が守ります。私が、私が貴方を守る剣となります! だから私は何時も貴方の側に――いえ、シロウ様が私を拒絶しようとも、捨てようとしても私はどこまでも追いかけます! こ、こんな私に、捕まってしまった事を、嘆いても後悔しても、もう遅いですっ! ……私は、私は絶対にシロウ様から離れませんからっ!」

 

……もうそれ以上は言葉にならなかった。

カティは俺の胸にしがみ付いてただ嗚咽を漏らす。泣いて、泣いて、泣き疲れて眠っても、カティの手は俺から離れる事はなかった。

 

翌朝、俺たちは再び歩き出す。

 

「行こう、行かなければならない先がある」

 

「私はいつも貴方の側に」

 

カティは揺れず、曲がらず、鍛え上げた刀のように自分の意思を通す。

それが良かったのか悪かったのか、結局分からない。それは今で尚、答えの出ない問い。

 

その事があってからはさらに話す事は無くなった。交わす言葉は事務的なものばかり。

それでも分かる。カティは俺を、磨り減っていく俺を守ってくれている。

これだけで俺は十分だ、これ以上何も俺の事は望めない。

俺がただの一振りの剣になろうとしたように、カティも俺の側にいる、そうまるで俺の守り刀のように、ただ、そうあろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも別れしかなかったけど、それでもかけがえのない出会いもあった。

生存者ゼロの完全なる死都、その殲滅戦を控えカティと野営をしていた時、それが初めての出会いだった。

 

「シロウ様はどんなときでも料理をされますね」

 

カティの何処か呆れたような物言いに、俺は苦笑いしながらもお玉で焦げ付かないようにカレーをかき混ぜる。

聖杯戦争中でも食事は欠かさなかったからな……。いや、セイバーの存在が大きかったのは確かだけどさ。残念なのはレトルトのカレーに多少の手を加えるだけでキチンとした料理ではない事だ。

 

「投影で調理器具や食器を出すのは、魔術師としてどうかと」

 

「俺は魔術師じゃなくて生粋の魔術使いだよ。それにどんな時でも食事は美味しい方がいいだろう?」

 

「確かにシロウ様の食事は好きですけど……」

 

俺の言葉に同意できないのか、カティは複雑な表情をしながら言葉を濁す。

 

――刹那。

 

「カティ!」

 

「シロウ様!」

 

俺とカティ以外の気配を感じ、警告と共に上を見上げた。だが俺が視界に捉えるよりも早く、矢が突き刺さったかのように地面に衝撃が走る。軽く砂埃を舞わせた向こうに何かがいた。

 

全身で着地の衝撃を和らげたためか深くこうべを垂れるように上半身を折り、ゆっくりと体を起こす。

カソック姿に編み上げのブーツ、短い髪に眼鏡をかけた女性が無表情にこちらへと視線を送る。

 

一瞬訳が分からなかったが、カティがその人の姿に何か気がついたのか、俺を守るように一歩前に出た。

 

「教会の代行者が、ここに何用ですか」

 

カティの凛とした声に乗ったのは教会の代行者という言葉。その言葉に今はいないあの神父の事が頭を過ぎった。

代行者の女性はカティの問いに答える様子も見せず、青い瞳がただじっと俺を見る。

 

「俺に何か用ですか?」

 

俺自身教会の、それも代行者に目を付けられるような心当たりは無い。そう考えつつも彼女の答えを待っていたけど、カティと同じようにまるで聞こえていないかのように俺の問いにも答えなかった。

 

妙な圧力は感じるが敵意のようなものは感じない。どうしたらいいかと怪訝な表情を浮かべた時、とある事に気づいた。彼女が視線を送っているのは、俺じゃない? 彼女が見ているのはその向こう……その先にあるのは火にかけた鍋?

 

「……鍋がどうかしましたか?」

 

「…………か?」

 

ここに来て漸く口を開いてくれた。でもその声は呟くように小さく、聞き取れなかった。

 

「それは…………ですか?」

 

「は?」

 

二度目の言葉もはっきりとは聞き取れなかったけど、それって鍋の事なんだろうか?

 

「この鍋がどうかしましたか?」

 

半身を捻って、彼女の視界に鍋が移るようにして再び問いかけた。火にかけてある鍋からは、カレーの煮える音といい香りが漂ってきている。

 

「カレーですけど……」

 

「やっぱりカレーでしたか! ああ、主よ」

 

いきなり感極まって祈り始める代行者の人。愉快な人、なのだろうか?

 

「はあ、食べますか?」

 

「はい、是非に!」

 

俺と彼女の間には、そこそこの間があったのに一瞬で詰められて両手をぶんぶんと上下に振られる。……移動のモーション、見えなかったぞ?

 

敵対する人じゃないみたいだしと思って、俺は彼女の分を用意する為に背を向ける。楽しそうに彼女は俺についてこようとしたけど、その間にすっとカティが割って入って道を遮った。

 

「何を企んでいるのですか、代行者」

 

「そこをどきなさい、魔術師」

 

両者の声色は辛辣で、まるで親の仇のような睨み合いが発生した。

カティも代行者の人も一歩も引かないみたいで、俺はため息を吐くしかなかった。俺自身としては彼女の事はそう悪い印象を持っていないのだが……。

 

「カティ、その人は大丈夫だと思う」

 

「ですが、シロウ様……」

 

それでも納得できないカティに俺は首を振ってそれ以上は言わせなかった。

 

「はいはい、それでは通してくださいカティさん」

 

鍋の直ぐ脇へと腰掛けて、鼻歌交じりに鍋の蓋を開けて眺めている。

見た目相応な少女のように楽しむ様子に俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。そんな時、ふとカティに袖を引かれた。

 

「シロウ様、あまりにも不用意です。いいですか、魔術協会と聖堂教会の仲は最悪といっても過言ではありません。今でも水面下では殺し合いが絶えないのですから」

 

ですから気を許さないようにと、カティは小声で俺に忠告をしてくれる。

その話は聞いた事がある。聖堂教会は異端を狩るものであり、魔術師は異端そのものだから相容れないって。それでもきっとこの人は大丈夫、そんな気がするんだカティ。

 

渋々といった様子のカティを促し、鍋を囲むように座ると、ルーたっぷりのカレーを代行者の人に手渡した。

一杯目を直ぐに完食して、二杯目を差し出す。あまりにも見事な食べっぷりで、一瞬とても懐かしい顔が思い浮かんで、そして消えた。 

 

「私はシエル。見ての通り教会の人間です」

 

そういえば自己紹介がまだでしたねと言いつつ名前を名乗った代行者の人、もといシエルさん。俺とカティも次いで名を名乗る。

 

「俺は衛宮士郎、フリーの魔術使いだ」

 

「カティ・リリエ、シロウ様の従者です」

 

そっけないカティの言葉を気にした風も無くシエルさんはにこにことカレーを口に運ぶ。シエルさんは年上のようでもあり、年下のようでもある不思議な印象を受ける人だった。

 

「エミヤシロウ? 日本の方ですか?」

 

シエルさんはこの褐色の肌と白髪の髪で気がつかなかったのか、スプーンを一時止めて小首を傾げながら尋ねてくる。

 

「こんな外見ですけど、れっきとした日本人です」

 

苦笑いを浮かべつつもらした言葉に、シエルさんはへーとばかりに感心していた。

 

「私も一時だけですけど日本で学生してたんですよ? まぁお仕事のついでだったんですけど」

 

なかなか楽しかったんですよねーと朗らかに笑うシエルさん。シエルさんはにこにことここではない何処かを見るように笑い、何を思いついたのか唐突に視線が俺へと向く。

 

「な、何か?」

 

「士郎君、シエル先輩と呼んでみません?」

 

「は? シエル先輩、ですか?」

 

カティから突き刺さるような視線がシエルさんへと飛んだけど、シエルさんは気にした風も無く表情も変わらなかった。

 

「もう一度お願いします」

 

「シエル先輩」

 

「……ああ、いいですね」

 

シエルさんはうっとりとした表情でぼうっと俺を見る。……でも、本質は俺ではない誰かを見ているような印象を受けた。

数秒、うっとりしていたが自分の状況に気がついて不覚と感じたのか、咳払いを軽くして少し真面目な表情へと変わる。

 

「それにしても、ここにどんな用で来たんですか?」

 

「どうしてそんな事を?」

 

「袖振り合うのも多生の縁、というのは日本のことわざですよ。それに今ここがどのような状況か分かっていますよね?」

 

ここ、即ち完全に堕ちた死都のすぐ間際であるという状況。その意味するところは決して穏やかなものではない。

図星、と言う意味ではないがシエルさんの言葉に一瞬カティの表情が硬くなる。

 

「魔術協会の魔術師では無い、フリーの魔術師……いえ、そもそも魔術師然としていない、まるで普通の人のようで……」

 

聖堂教会の私と気軽に話しちゃっているしと、不思議そうな顔をするシエルさん。

 

「それを言うのなら貴方も代行者らしくない人ではないでしょうか」

 

今まで聞き手に回っていたカティがふと口を開いた。

 

「まあ私の場合、少し特殊ですからね」

 

表情をまったく変えないカティに、少し苦笑いで返答するシエルさん。

 

「ここに来ているのは、貴方だけですか?」

 

「はい、そうですよ。私一人です」

 

カティは尚もシエルさんに質問を投げかけて、その答えに怪訝な表情を表す。

 

「……騎士団が派遣される訳でなく、貴方一人だけですか?」

 

「ええ、そうです」

 

なんでもないように頷くシエルさん。ここに来て俺もその不自然さに気がついた。

シエルさんが初めに言ったのだ、ここは今どんな状況であるのかと。

この近くには死都がある、教会関係者がこの場にいるなら必ずそれに関係しているはずだ。俺が言うのもなんだが一人でどうこう出来るものではない。

 

「……シエル、その名に何処か引っかかっていたのですが今思い出しました。貴方は弓の異名を持つ埋葬機関の第七位」

 

「はい、そうです」

 

シエルさんは苦笑いしつつも、しっかりと頷き、肯定の言葉と共にカティは緊張と警戒を増した。でも俺にはその言葉の意味が良く分からなかった。

 

「埋葬機関?」

 

「はい」

 

不思議そうにする俺にシエルさんは、まるで教鞭を振るようにスプーンを掲げ、説明しましょうと前置きを置いて口を開いた。

 

「埋葬機関と言うものはですね、カトリック教会の異端審問実行者の集まりで、所属する私が言うのもなんですけどろくでなしの集まりです。局長からして最悪……いえ局長がそもそも最悪で」

 

気苦労が絶えないのか、シエルさんは深く深くため息を吐いた。

 

「悪魔祓いではなく、悪魔殺しの集団。実力至上主義で、実力さえ確かなら形だけの信徒でもなれます。実際に埋葬機関のメンバーの中に死徒の人もいますしね。まぁ不用意に近づかない方がいい集団であるのは確かですよ」

 

どこか冗談めいて説明をしていたシエルさんだったけど、その瞳に真剣な色を感じて、俺に警告をしているような印象を与えた。

 

「と、話がそれてしまいましたけど、二人は何をしにここへ?」

 

「多分シエルさんと同じ理由です」

 

「それは……」

 

シエルさんと同じ、そう口にした時シエルさんの表情が硬くなった。それでも俺は尚続けてきっぱりと言い切った。

 

「――死都を、滅ぼす為です」

 

「……それは、大切な誰かを亡くした復讐?」

 

シエルさんが言い辛そうにした言葉は俺にあの荒野の惨状を幻視させた。それはこっちの、非日常の世界に身を置く事に決めた出来事。俺の目の前で散ってしまった小さな命。その時の敵もまた死徒だった。だけど――

 

「復讐、では無いですよ」

 

そう、俺にそんな思いは無い。

 

「俺にある思いは一つだけ、ただ人を救いたい。ただそれだけです」

 

「…………」

 

俺の言葉に何を思ったのか、シエルさんは言葉を止め、その青い瞳ですっと俺を見つめた。それは俺の真意を探るようで、でもこの願いは俺にとって何者にも代えがたい理想、だからただ正面から受け止めた。

どのぐらいそうしていたんだろうか。シエルさんはふと肩の力を抜いて一際大きいため息をついた。

 

「そう、そうですか。人を救いたい、ですか……」

 

俺の口に出した言葉をかみ締めるように出して、シエルさんは儚い笑みを浮かべて少し俯いてしまった。

 

「シエル、さん?」

 

俺の言葉に何を感じたのか俯いたままのシエルさんは何かを呟いていた。聞き取れた言葉は「もし、あの時……」それだけだった。それが何を意味している事なのかは分からない。でもシエルさんみたいな人がこんな世界に身を置いている、その一端なのだろうとおぼろげながらもそう思った。

 

「……そうですね、それはすばらしい事です。こんな狂った世界に、一人ぐらい士郎君みたいな人がいても良いかもしれないですね」

 

遠い何かを見るようにシエルさんはそう言葉を漏らした。

 

「まぁいいです。量が量ですから士郎君にも手伝ってもらいましょうか。……ですが、自分の身は自分で守ってください。この世界は弱いものは呆気なく淘汰される、純粋な力だけの世界なのですから、弱いものは舞台に立つ事すら出来ないと心得てください。それはきっと貴方が良く知っている事でしょうから」

 

「分かっています。シエルさんも俺の事なんて構わずに、死都の討伐だけを考えてください」

 

「ええ、わかりました」

 

俺の言葉を信じてくれたのか、頷いてくれた事に俺はほっとため息をつく。俺は人の盾になる事は構わないが、俺の盾になってもらうなんて事は嫌だから。

安堵のため息に何を感じたのか、カティが硬い表情で口を開いた。

 

「シロウ様」

 

「ん?」

 

「いざと言う時にはその代行者を盾にしてでも逃げてください」

 

「……それってかなり酷くないですか、カティさん」

 

「いえ、私の嘘偽り無い本心です」

 

真顔で淡々と口にするカティに、シエルさんはガガーンと打ちひしがれるように項垂れてしまった。でもそんな間にも一瞬カティの表情が曇り、小さく呟いた言葉は俺の耳には届いていた。

 

「でもシロウ様は絶対にそんな事はなさらない、寧ろその身を挺して……」

 

「――カティ、大丈夫だって。俺はこんな所では死なないさ」

 

「ですか……。いえ、なんでもありません。私はシロウ様が無事にお帰りになるのをただ待つだけですから」

 

それだけですと。カティは深く一礼をした。

 

「ご馳走様でした、士郎君」

 

「……お粗末さまです」

 

シエルさんからの言葉に食事以外の何かの意味が含まれているような感じを受けたけど、そのまま容器を受け取る。

それからは昼間に撒いたセンサー類の機器や、俺の位置確認、インカムの送受信の確認など装備を点検する。

魔術師が忌避する現代的な装備の数々にシエルさんは興味深そうにあれこれと質問し、しまわれていた銃器に気がつくと同好の士とばかりに話をしてくれた。

 

そして訪れる夜の時間。

俺とシエルさんはカティからの情報を耳に、生きる者のいない街を駆ける。

カティは言っていた、シエルさんの異名は弓だと。

 

両手の指に黒鍵を挟み、それを湯水のように投擲して群がる死者の波を屠っていく。

時には燃え、時には石にして。

俺も密集地に矢を放ち、瞬間的な火力では何とか上を行っていたけど、シエルさんは戦闘技能者としての格が俺などより遥かに高い。気さくで柔らかい様子を微塵も見せず、ただ屠るだけの存在としてそこにあった。

 

死都の主である死徒が出てきた時ですら、口上を述べさせる事も無く十二本の黒鍵によって瞬殺された。

それからは日の出までずっと街中を駆け回り死者を掃討して回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうです、そんな士郎君に一つ技を伝授して上げましょう」

 

「……技、ですか?」

 

死都を討伐した後カティの待つ野営場所に戻り、休息をとった後、この場所を引き払うために準備をしようとした時、いきなりシエルさんにそう切り出された。

何の脈絡も無いシエルさんの言葉に、俺は生返事を返す事しか出来なかった。

 

「とりあえず見ていてください」

 

シエルさんは何の変哲も無い木の枝を拾って、一抱えはありそうな岩へと投擲した。枝が弾かれると思った接触の瞬間、逆に岩の方が派手に吹き飛んでいった。

 

「…………」

 

あまりの威力に俺は絶句するしかなかった。

 

「……それは何かの魔術を?」

 

「いえ、よく勘違いされるのですが、純然たる体術です。士郎君は私と同じようにどちらかと言うと遠距離タイプの人間ですから、習得できたのならきっと役に立つでしょう」

 

こう、くいっと手を捻ってですねー、なんて見せてくれたり、手取り足取り教えてもらったけどコツすら掴む事が出来なかった。

そんな俺にシエルさんは、埋葬機関の秘伝ですし、がんばってみてくださいと励ましてくれた。

 

「あとこれは警告です。埋葬機関、いえ局長のナルバレックには何があっても近づかないように。貴方みたいな人はきっと骨の髄までしゃぶられて使い捨てられるでしょうから。分かりましたか?」

 

「あ、ああ、分かった」

 

「本当ですか? まぁいいでしょう、士郎君が当てにならなくてもきっとカティさんが止めてくれるでしょうから」

 

まるで教師のように念を押すシエルさんはよろしいとばかりに二度三度コクコクと頷いていた。シエルさんは遠い何かを思い出すように儚く笑う。

 

「今度出会う時はこんな場所ではなくて、普通の街角で会いたいですね」

 

「その時を楽しみにしていますよ」

 

美味しいカレーのお店を紹介しますよ、なんて言うシエルさんに俺も同意するように頷いて、シエルさんは背を向けて去っていった。

 

奇なる縁だったけど、俺とシエルさんの約束は果たされる事は無かった。それから偶然に出会った事四回、その全てが最悪の戦場だった。

 

それ以降も繋がりは消えず、色々と助けてもらったりもした。銃を改造してもらったり、特殊な弾頭を見せてもらったり、鉄甲作用という体術のコツを何度となく教えてもらったりと。

 

 

どうしてここまでしてくれるのかって聞いたら、シエルさんは何かを思い出すような顔で「俺の事、放っておけないかわいい後輩みたいだから」なんて言っていた。

 

 

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