「本当にここは凄いな、規模といい風景といい」
「ソンナモンカ?」
さすがに学園都市と呼ばれるだけはあるなと士郎は思う。
「それにしても昼ごろに弁当三人分持って来いって言ってたけど、麻帆良学園てどこなんだ?」
「サァナ、自分デドウニカシロヨ家政夫」
チャチャゼロを頭に載せて赤いコートで重箱を持ちながら、士郎は女子校エリアをうろうろしていた。
「しかし、なんと言うか落ちつかない……」
「ケケケケ家政夫シカ男ガ見エナイナ」
昼休みに入ったのか生徒たちもちらほらと見え始めて、士郎は少しあせり出した。
「遅レテ御主人ニヤラレナ」
「む、人に聞くしかないな……」
チャチャゼロの言葉を聞き流し、士郎は辺りをきょろきょろと見回す。手近な人はいないかと探すと、一人の少女が目に付いた。
「すまん、ちょっといいか?」
「どうしたですか?」
紙パックのジュースを飲んでいる、士郎の胸辺りまでしかない背の少女に尋ねると、抑揚のない返事が返ってきた。
「一応言っておきますが、ここ女子校エリアは部外者立ち入り禁止です。早々に立ち去ってくださいです」
「あ、いや、ごめん。ちょっと道を聞きたくて声を掛けたんだが……」
迷子? と首を傾げるものの、少女は士郎に向き直った。
「そうですか。それでどこに行きたいのですか?」
「麻帆良学園に行きたいのだが、案内頼んでもいいか?」
「……麻帆良学園、ですか? 差し支えなければ理由を聞いていいですか?」
「ああ、いいけど。学園長に会わなくてはならなくてな。どう言えばいいのか……就職の面接?」
自分でもよく分かっていないように首を傾げる士郎。
「私に聞かれても……先生ですか?」
「いや多分違うと思うかな?」
「……何ですかそれは?」
と、二人そろって思わず首を傾げてしまう。
「まあいいです。案内しますから付いてきてくださいです」
一人で歩き始めるのを慌てて士郎は追う。
そして、ふと思い出したかのように少女は足を止め、士郎に向き直った。
「……そうです。名前を聞いていいですか」
「ああ、士郎。衛宮士郎だ」
「私は綾瀬夕映です」
「ゆえ? 中国語の月のユエ?」
「いえ、夕日の夕と映像の映で夕映です」
「珍しい名前だな」
「そうかもしれないです。それで士郎さん? 職種を問わずにここで働くのですか?」
「あ、いや、伝手で就職という事になるからな。それを決めに学園長の所へ行くんだが」
そうなのですかと呟いて、夕映はちゅーと持っていたジュースを飲む。
「夕映はどこの生徒なんだ?」
「これから向かう麻帆良学園中等部の三年です」
「そうなのか? ふむ、もしかしたらこれからも会う事になるかもしれないな」
そういって、ポンポンと夕映の頭を撫でる。
「麻帆良学園でなくても、図書館島の職員になれば会えるかもしれないです」
夕映は自分の頭に載る手の平に若干眉を顰めるものの、嫌な気はせずスラスラと言葉を紡ぐ。
「図書館島?」
「はいです。知らないですか?」
「ああ、こっちに来てまだ三日。今日初めて学園都市内に入ったって感じだからな」
全然分からないと苦笑いしながら士郎は夕映に答える。
「そうですか。それでは簡単に説明しましょうか。まず図書館島ですが、明治の中ごろ学園創立と共に建設された麻帆良湖に浮かぶ世界規模の巨大図書館で、二度の大戦の戦火を避けるために世界中から希少本が集められて蔵書されてます。ですが蔵書の増加と共に地下に向かって増改築が繰り返されて、今では全貌を知る人はいません」
「それは、すごいな。なんというか迷宮図書館だな」
夕映の説明に士郎はへーといいながら感心する。
「ええ、それはあながち間違ってないです。実態を調査するため中・高・大合同サークル『図書館探検部』もありますから、かくいう私も図書館探検部です」
えへんとばかりに胸をそらす夕映に、士郎は微笑ましく笑って「図書館探検か」ともらす。
「そうか、機会があれば俺も行ってみたいな」
「探検に興味があるのですか?」
「そうだな。興味あるなしに関わらず、遺跡に潜ったりしたこともあったからな」
そうですかと夕映。
「地下に入ると盗掘者用のトラップがあったりするのですが、その分だと大丈夫そうですね」
あくまで淡々と話す夕映に、士郎はちょっと苦笑いを浮かべる。
「と、もうすぐ着きますよ。見えてきたあの建物がそうです」
夕映に促されて向けた先には、普通の学校とは違った趣のある赤レンガの建物が建っていた。
「年代ものの建物だな」
「明治の中ごろに建てられましたから。それでは入りますですよ」
夕映が校舎に入ろうとしたとき、玄関から一人の少女が足早に出てきた。
「士郎さん、ここにいたのですか……」
校舎の中から出てきた少女――茶々丸が士郎に声を掛けた。
「ああ、悪い茶々丸。ちょっと迷ってて。この子に、夕映に案内してもらっていた」
「……そうですか。ありがとうございます、夕映さん」
「いえ、気にしなくていいです。それでは」
夕映は「どうして茶々丸さんが居るのです?」と疑問に思いながらも別れを告げる。
「ああ、ありがとな夕映。話楽しかったぞ」
士郎は軽く手を振って、茶々丸はぺこりと御辞儀して夕映を見送った。
「衛宮士郎さんですか。変な人でしたが、また会ってみるのもいいですね」
夕映は最後にそう呟いて、校舎とは別な方へと歩いていった。
「おい、なに遅れてんだお前」
「いや、道に迷って――」
士郎がエヴァに弁解しようとしたとき、これこれと学園長――近衛近右衛門がそれを止めた。
「あなたは?」
「ふむ、ワシはこの麻帆良学園の学園長で、関東魔術協会理事の近衛近右衛門じゃ。異界の魔法使いよ」
そう学園長が挨拶をしたとき、エヴァが学園長の頭をどついた。士郎はそれを見て慌てて止めに入る。
「なに威張ってるんだ、じじい」
「ほら、最初ぐらい威厳が欲しいじゃろ」
そんなのは知るかとエヴァ。
「あはは……魔術使いの衛宮士郎です」
乾いた笑みを浮かべて士郎は自己紹介する。
「話はお昼を食べながらでもいいかのう?」
「当たり前だ。……茶々丸、お茶」
「かしこまりました」
ぺこりと御辞儀して茶々丸はお茶を汲みにいく。
「ん、士郎。早く座れ。お前が弁当を持っているのだからな」
「あ、ああ、悪い」
呆然としていた士郎は軽く頭を振って畳に座り、重箱を並べる。
「ほう、これはまるでおせちじゃのう」
そこには焼き物、酢の物に煮物に俵型のおにぎりと、純和風の弁当が詰められていた。
「見た目だけでなく食べても美味しいぞ」
各々に箸を取り、口に運ぶと舌鼓を打つ。
そして、さてと仕切りなおして学園長が話を切り出した。
「これは確認なんじゃが、本当に別世界から来たのじゃな?」
「ええ、そうです。といってもこの世界と似たようなところもありますけど。こんな格好でも俺は日本人なので」
ふむとつぶやいて数瞬考える学園長。
「差し支えなければ魔法を見せてくれんかの?」
「魔法ではなく魔術なら」
そう言って干将莫耶を投影する。そして学園長は、干将莫耶の帯びている魔力に驚く。
「わかったか? じじい」
エヴァはお茶を飲みながら不敵に笑って聞く。
「いつ魔法……いや魔術を使ったのか、だ」
「はて? いつ魔法を使ったんじゃ?」
首を捻る学園長にニヤリと笑って、自分も驚かされた事実を突きつける。
「その剣を魔術で作ったんだよ」
「は?」
「いいかよく聞け。その剣はアーティファクトではない。魔術で一から作ったんだ。しかも士郎が消そうと思うか壊れるまで消えない。それに士郎の魔力容量以上の魔力を持った剣すら作れるぞ」
「な、なんじゃと」
「そうだ、驚け。この私ですら驚かされたんだ」
エヴァは愕然としている学園長に「いい気味だ」と言ってフフフと笑う。
「士郎君がいた世界の魔法は、こんな事も普通にできるのか?」
「いえ、違います。それは俺が剣の属性で、それだけに特化した魔術使いだからですよ。一度見た剣なら大抵のものなら投影できますから」
そう前置きをして士郎は、エヴァにしたように士郎の世界の魔術の話をして、魔術と魔法の違いを話した。
「ふむ、それにしても士郎君は千の魔法を使いこなす魔法使いならぬ、千の武器を使いこなす魔術使いじゃの」
ふぉふぉふぉと笑う学園長に対して、エヴァはその話に一瞬、飲んでいたお茶を噴出しそうになった。
「ふん、何が千の武器を使いこなす魔術使いだ。サウザントマスターはナギだけの名前だぞ」
「そうかそうか。まぁ魔法の話はこれくらいにしてのう、士郎君の働き口なんじゃが。趣味とか特技とか自己紹介してくれんかのう」
尚も食い下がろうとするエヴァを横目に、士郎はそうですねと前置きをおいて話し始める。
「名前は衛宮士郎、話したとおり魔術使いです。年は24。趣味はガラクタいじりに家事全般かな?」
「ふむ、この料理の腕を見ればのう」
「特技は家事全般に弓かな。あと世界中を回っていたので、ある程度の言葉はわかります。それに一時期倫敦で執事として働いていたのでクィーンズイングリッシュも話せますし、コックニー訛りも分かりますよ」
「お前、執事なんてやっていたのか。似合いすぎてるぞ」
と笑うエヴァに、むっとする士郎。
そんな二人のじゃれあいを見て学園長はふむと頷く。
「士郎君、君先生やってみんかのう?」
「は?」
「さしあたっては3-Aの副担任なんかをじゃが」
「……何をたくらんでいる、じじい」
学園長の言葉にぴたっと箸を止めるエヴァ。
「ほら、3-Aには色々と曰く付きの生徒が多いじゃろ。担任のネギ先生のサポート役としてはいいと思うんじゃがのう」
「ネギ、先生?」
「ああ、昨日のあの坊やのことだ」
「あんな子供が先生?」
「驚くのも無理は無いじゃがのう」
「……夕映さんも3-Aです。それに私もマスターもハカセもそうです」
その言葉に士郎は、ああとなんとなく学園長の曰く付きという言葉に納得した。
「夕映? 綾瀬夕映か……なんでそこで名前が出てくるのだ?」
「道に迷ってたのを夕映に連れてきてもらったんだ」
何処か納得行かないものを感じるものの、エヴァは「そうか」と呟いた。
「立場的にはネギ先生のTA、ティーチングアシスタント、つまりサポートじゃな。英語もできるというしのう。十歳の先生なんじゃ、これくらいつけても不思議じゃないじゃろう?」
士郎は直接授業を教えるわけじゃないから大丈夫かなと首を傾げるが、何とかなるだろうと思い直して頷く。
「はい、よろしくお願いします」
「あと、エヴァ君と一緒に警備員もしてもらおうかのう。と言っても表向きの警備員ではなくて、結界に何かが侵入した場合に動いてもらう警備員になるのじゃが」
「はい」
「最後に、くれぐれも一般の生徒に魔法……いや魔術の事をばれないように」
「分かりました」
そういって士郎は軽く頭を下げる。
「……これで職が決まりましたね、士郎さん。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう茶々丸」
そんな二人を横目に学園長は箸を進める。
「それにしても士郎君は魔法使いには見えんのう」
「そうだな。空が飛べるわけでもないだろうし、攻撃魔法が使えるわけでもない。障壁すら張れないだろうからな。せいぜい体の強化か? それも私たちとは違う系統の。完全にただの戦士だな」
二人だけで話し合っている中で、士郎はふと疑問に思った。
「違うって?」
「ん? ああ。私たち西洋魔術師の一般的な強化は、肉体に魔力を供給することによって身体能力を向上させるからな。副次的には物理的衝撃をも緩和することが出来るが」
学園長もそれに頷いて同意する。
「ふむ、士郎君の場合じゃと強化というより、まるで変化じゃのう」
ふむふむと頷いた時、まるで合わせたかのように昼休みが終わる予鈴が鳴り響いた。
「エヴァと茶々丸はここまでだな。片付けは俺がやっておくから授業行ったほうがいいぞ」
「……それではお願いします」
ぺこりと御辞儀して茶々丸は授業に向かった。
と、そこで士郎はあれと首を捻る。
「……エヴァ、何をしてるんだ?」
「ん? お茶を飲んでるのを見て分からんのか?」
そういってずずずとお茶を飲む。
「それは分かるが授業はどうした?」
「そんなのサボりに決まってるだろう」
何を当たり前のことを、と至極当然のように言うエヴァに士郎は顔をしかめる。
「そんな顔しても無駄だぞ。登校地獄の呪いで十五年も通っているんだ。今更、脳天気な女子中学生とお勉強なんてやってられるか」
「……出来れば授業に出て欲しいんじゃがのう」
「ふん、誰が出るか」
「今日はこれ以上言っても聞きそうにないのう。どうせじゃったら士郎君に学園の案内をしてくれんか?」
「士郎を案内か……まあいいだろう」
昼寝をしたかったんだがなと呟きつつも頷くエヴァ。
「士郎、早くついて来い」
そう急かすエヴァに士郎は慌てて重箱を片付け、学園長室から出ようとしたら学園長から声を掛けられた。
「士郎君、色々と準備もあることと思うからのう。一週間後の今日、また来てくれ」
「はい、わかりました」
士郎は学園長に会釈をして部屋から出た。
エヴァはざっくりと校内を案内して、最後に屋上にやってきた。
「ここはスポーツなどをしたりとする屋上だ」
「私はせんがな」
そう言って日陰の所に腰を下ろした。
「私は眠いんでな。放課後になったら起こせ」
「本当に授業には出ないんだな……」
そう言って士郎はエヴァの隣に腰掛けた。
「ふん、私を授業に出したかったなら、それなりの対価を用意するんだな」
ふわぁと欠伸をして、もう寝ると言ってエヴァはゆっくりと目を閉じた。
そんなエヴァを見て士郎はしょうがないなと苦笑いしつつも、優しくエヴァの髪を撫でる。一瞬ぴくりとするものの、抗議も何も言わずそのままにさせた。
「俺も眠くなってきたな……」
大きな欠伸をして士郎も眠ろうかとエヴァに視線を向ける。
「おやすみ、エヴァ」
そういって士郎は完全に目を閉じた。
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