「む、何か来たな」
学園都市の結界に何かが入り込んだ事を察して、エヴァは目を覚ました。
「それにしてもよく寝たな……」
ふわーっと欠伸をして周りを確認すると、士郎の肩に寄りかかって寝ていたのかと、ぼうっとした頭で考える。
「……しかし、いくら気が緩んでいるとはいえ、この私が他人に身を任せて熟睡できるとはな」
エヴァはそんな自分にフッと笑って、「まったく弛んでいるな」と呟いた。
「オキタノカ御主人」
「ん? ああ、チャチャゼロか」
「家政夫ニ撫デラレテ、ズイブント幸セソウナ顔シテタジャネーカ」
ケケケケと笑うチャチャゼロに、エヴァは「煩いぞ」と言って八つ当たり気味に士郎を蹴り起こす。
「いつまで寝てる。早速仕事だ」
「ん……おはよう、エヴァ。それで仕事?」
「結界を越えて学園都市内に入り込んだものがいる。早速調べるぞ」
「な! 大丈夫なのか?」
「ああ、大して大きな力のやつでもないからな。どうせ妖精辺りが迷い込んだのだろう。だがこれも仕事だ」
メンドクサイがな、と言って士郎に「とっとと立て」と促す。
士郎はチャチャゼロを頭に乗せ直して、屋上を出た。
「そういえば、外敵ってどんなのがいるんだ? 人間以外で」
「そうか、そこらへんの話もしなければならないのか……。ふむ、参考までに士郎の世界ではどうだったのだ?」
「俺の場合は……吸血鬼に、その眷属のグールやリビングデッドが多かったな。後は数は少ないが悪魔や真性悪魔、受肉した魔のことだが。他は魔術師が造った魔道生命体とか自動人形か。人間を入れると、魔との混血なんかともやりあったこともある」
「魔術体系の違いかどうかは分からんが、結構違うのだな。こっちではな、妖怪や悪魔、魔族なんかが主流だな。お前の言葉を借りるなら、大概は受肉した魔というヤツだ。自然発生するのもいるが、魔法使いが召喚して眷属として操っているのもいる。ただ、魔族なんかは封印する事は出来ても、完全に殺す事は難しい。超高難易度の上位古代魔法ぐらいなら完全に消滅させる事が出来るがな」
エヴァの話に士郎はしばし考え込み、もしかしたら、と切り出した。
「第七聖典みたいなものか……」
「第七聖典? 何だそれは」
「色々と教えてもらった代行者の人が持っていた武器のことだ。輪廻転生を否定する概念武装で、魂を霧散させることが出来るらしい」
「そんなものなら、ひとたまりもないぞ」
一体どんな武器なんだと、エヴァは嘆息気味にそうもらす。
「そのぐらいしか完全に殺せるものは思い浮かばないけど、もしかしたら普通の概念武装でも殺せるかもしれない」
エヴァは「概念武装?」と首を捻り、士郎に説明を促す。
「………どういうことだ?」
「そっか、概念武装の説明をしないといけないか……。概念武装というのは、決められた事柄を実行するという固定化された魔術品だ。物理的な衝撃じゃなくて概念、つまり魂魄の重みによって対象に打撃を与えるという物のことだ。まだこっちの魔法はよくは分からないが、物理的なものに偏ってる気がするからな。もしかしたらってことだ」
「ふむ、士郎の言っている事もなんとなく分かるが……これは確かめてみなければわからんな。ま、機会なんてものは早々無いと思うがな」
「……マスター、士郎さん」
校舎の玄関にさしかかり、揃って出ようとしたとき、二人を待っていたかのように茶々丸が佇んでいた。
「授業お疲れ様」
「……いえ」
「それは私に対する嫌味か?」
「さぁ?」
エヴァはふんと顔を逸らして一人歩き出し、士郎は苦笑いしながら、茶々丸は淡々とそれに続いた。
「どこへ向かうんだ?」
「大体の位置は分かっている」
士郎はそうなのか?と呟いて、周りの建物を見ながら黙々と歩いていく。
そのとき、誰かが人を呼ぶ声が聞こえ、一人の少女が飛び出してきた。
「!?」
「ほう、神楽坂明日菜か」
「エヴァと茶々丸の知り合いか?」
ぺこりと頭を下げる茶々丸と、名前を呼ぶエヴァに、士郎はそう聞く。
「ん? 昨日見なかったか? 駆けつけてきた女がこいつだ」
「あんた達! ネギをどこへやったのよ」
明日菜はエヴァと士郎の会話を遮るように怒鳴り、身構える。
そして士郎に向けて怪訝そうな視線を送る。
「それにあんた誰? ここは部外者立ち入り禁止よ!」
「あ、俺は……」
「こいつは衛宮士郎。学園長の許可は得ている、気にするな」
「気にするなって言ったって……!」
尚も食い下がる明日菜に、エヴァはふっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「昨日、ネギを助けてもらったのに薄情なことだな」
「え? 昨日って……もしかして、すぐ消えちゃったけど矢を放った人なの? でもどうしてあなた達といるのよ」
「だから、じじいの所へ私が案内したんだ。それよりも坊やを探していたんじゃないのか?」
「ああ! そうよネギ! ネギをどこやったのよ」
明日菜は今まで忘れていたのをあわてて思い出し、エヴァに聞く。
だが聞かれたエヴァはただ平然として答えた。
「知らんぞ」
「え?」
まるで錆びたロボットのように、明日菜は士郎に視線を向ける。
――そうなんですか? と視線で聞くと、士郎は「ああ」と言って頷いた。
「安心しろ、神楽坂明日菜。少なくとも次の満月までは、私達が坊やを襲ったりすることは無いからな」
「……え? どういうこと」
「今の私では満月を過ぎると魔力がガタ落ちになる」
ほら、と明日菜に歯を見せ、牙が無いことを証明する。
「次の満月が近づくまでは私もただの人間。坊やをさらっても血は吸えないというわけさ」
「そうなのか?」
今まで黙って聞いていた士郎が、不思議そうにエヴァに聞く。
「なんだ、お前もか。ほれ見ろ、牙なんて無いだろ」
「あ、本当だ」
感心しながら「ここまで違うんだな」と言いそうになった士郎を、エヴァは蹴ってやめさせる。
そんな二人のやり取りに、明日菜は妙に温かい目で見ていた。
とりあえずエヴァは横道にずれそうになった話を戻すために、咳払い一つ。
「まあ、なんだ。次の満月までに坊やがパートナーを見つけられれば勝負はわからんが、魔法と戦闘の知識に長けた助言者か賢者でも現れない限り無理だろうな」
「な、何ですって!」
エヴァは明日菜に嘲笑を見せると、案の定怒り出した。
そしてそれを見て、ふとあることに気づいたのか、意地悪そうな笑みをさらに深め、フフッと笑う。
「お前、やけにあの坊やのこと気にかけるじゃないか」
エヴァに言われて、今初めて気がついたかのようにぎくりとする明日菜。
「子供は嫌いじゃなかったのか? 同じ布団に寝ていて情でも移ったか」
「なっ、か、関係ないでしょ! とにかくネギに手を出したら許さないからね、あんた達!」
くくっと笑うエヴァに、明日菜は怒りとも羞恥とも取れるように顔を真っ赤に染めて、エヴァに釘を刺す。
「フフ、まぁいいがな。仕事があるので失礼させてもらおうか」
「仕事?」と疑問に思う明日菜に、エヴァは背を向けて、茶々丸はぺこりと頭を下げる。
「それじゃあな」
「あ、はい」
「さっさと行くぞ士郎」
士郎にだけ礼儀正しく返事する明日菜を横目に士郎を呼ぶエヴァ。
明日菜はまだネギを探すのか、再びどこかへ駆けて行った。
「さて、私たちも行くぞ」
「わかった」
士郎は歩き始めてから、ふと思い出したかのように口を開いた。
「エヴァ、歩きながらでいいから一つ聞いていいか?」
「ん? なんだ?」
「あ、いや、さっきの話の事なんだが、パートナーって何か特別な意味があるのか?」
士郎のその言葉で、エヴァは思いっきり怪訝そうな顔になる。
「……何か変なことを聞いたか?」
「……お前、パートナーはパートナーだろ」
「だからパートナーだよな?」
「お前分かってないな……。従者、魔法使いの従者、ミニステル・マギだ! 昼にじじいと話していたとき疑問に思わなかったのか、お前!」
「???」
士郎の頭にははてな印ばかり浮かんでまったく会話がかみ合わず、エヴァは激昂してしまう。
「マスター、士郎さんの世界では従者という概念はないのでは?」
「そうなのか?」
茶々丸の合いの手でエヴァはその事に今気がついたようで、怒りをすっかり納めていた。
そして問われた士郎は「たぶん」と頷く。
それを見てエヴァは何かを思い出すように考え込み、「あっ」と声と共に何かに思い至った。
「そういえばお前、初めて会ったあの戦闘で、私の詠唱の長さに驚いていたな」
「ああ」
「ならお前の世界の魔術師どもは魔法……いや魔術か。それを唱えるときには無防備な状態にならないのか? いや、そもそも詠唱が短いのか?」
エヴァの問いに士郎は苦笑いを浮かべながら口を開く。
「一工程と呼ばれる、魔力を通すだけで起動するものから、瞬間契約と呼ばれる長詠唱のものまで有るけどさ、武闘派の魔術師はそう長々と詠唱はしないからな。もしする場合にも布石を置いたり仲間と一緒だったりするし。
戦闘に長ける一流の魔術師は瞬間契約並みの大魔術を、高速詠唱によって半減させたり、宝石等の触媒を使って一瞬で成したりするからな。
例外としてだけど、媒介も何も使わずに神言って言う神代の言葉を使って一言で大魔術を成す高速神言ってのもある。それに言葉を呪文として発する行為だけでなく、動作でもその意味合いを持つからさ」
士郎の言葉にエヴァはふむと頷き、「なるほどな」ともらした。
「こっちの魔法は基本的に呪文を唱えて魔法を成すからな。
一言で、とはいかんが、どちらかというとその神言というのに近いのかもしれんな。まあ、純粋な魔法使いなら前衛を従者に任せ、その間に魔法を唱えるのが一般的なスタイルだからな」
「……その為の従者なのか」
「いや、これで半分だ」
案の定きょとんとする士郎に、エヴァはニヤリと笑う。
「従者というのは魔法使いと契約を交わした相手でな。契約した相手は本来持っている潜在能力を引き出され、魔力供給されることで身体能力を向上させ、物理障壁も展開される。ま、あとは従者の潜在能力を引き出す呪具、アーティファクトとかもついてくるがな。そんなわけでな、さっきの話はまずパートナーが見つからない限り勝負にもならんということだ」
「なるほど。でもパートナーを見つけるって一般人をか?」
「さぁな。ま、確率としては高いだろうさ」
「一般人をこっちの世界に巻き込むって事か……危なくないのか?」
「そんなものは当人たちの問題で私は知らん。お前の世界よりはシビアではないだろうが、非日常のリスクは孕んでいるだろうがな」
眉間にしわを寄せて唸る士郎を、エヴァはあっさりと切り捨てる。
「ま、坊やのクラスには私を含めて一般人ではないものもいるからな。一概には言えん」
「そうか……。しかしそんなクラスの副担任をするのか」
そんなことを呟いて意気消沈する士郎に、エヴァはくくくっと笑う。
「あのクラスはそれに加えて、特にノー天気な奴らが揃っているからな。せいぜい苦労しろ」
そのエヴァの言葉に士郎ははぁと深いため息をつき、さらにエヴァは面白そうに笑った。
⸻
だいぶ日も落ち暗くなってきたとき、エヴァたちは一つの建物の前に来ていた。
「ここは昨日の建物か?」
「ああ、麻帆良学園の学生寮だ。ちなみに坊やも住んでいる」
「学園のって……女子寮だよな? いいのか?」
「ふん、そんなことは知らん。じじいがごり押ししろとか言っていたからな。どうせガキなんだ、別にいいんじゃないのか。……まあそんな事はどうでもいい。ここに来たって事は奴の関係者なのだろう。今日は帰るぞ」
「確認しなくていいのか?」
「ああ、どうせ明日にはわかるだろうさ」
エヴァがそう言うならと、士郎もそれ以上は追及しなかった。
そして帰路に就こうとした時、茶々丸が口を開いた。
「マスター、夕飯の買い物に行きたいのですが……」
「ん? そうか。では私は先に帰っているぞ」
「茶々丸、俺も手伝うぞ」
「いえ、結構です」
茶々丸の明確な拒絶に士郎は一瞬戸惑うが、そんな士郎に茶々丸はおろおろとしてしまう。
「あ、いえ、違います。今日は士郎さんの就職祝いですから」
「私がします」
そう言う茶々丸に士郎は後ろ髪を引かれながらもしぶしぶ引き下がる。
そんな二人のやり取りにエヴァは何かを考えるかのように見つめ――
「土曜は士郎の服を買いに行くぞ」
唐突にそう切り出した。
「え?」
「週末は休みだからな。私が士郎のスーツなどを見立ててやろう。午前中に茶々丸の軽いメンテがあるから少し時間を食うが、まあ大丈夫だろう」
士郎はいきなりそんな事を、まるで決定事項のように切り出されて呆然としているが、エヴァはそんなことをかまわずに自分の中で決めていく。
「あ、いや、どうしてだ? そんな金ないぞ? 職は決まったっていったって、まだ給料もらってないし」
「金なら私が出してやるから問題ない。私からの祝いだ」
「は?」
「前にも言ったとおり士郎は家の居候だからな。変な身なりをされては私が困る。それに来週から学校なのだろう。それともそんな格好で授業に出るのか?」
「……ちゃんと後で返すからな」
むすっとしながらも、エヴァの言っている事も理解している士郎は強く反論できなかった。
「ま、気にするな。もし気にするのなら私に血でも分けろ」
「む……」
呻くものの、他人の血が吸われるならいいかと考えて、士郎は「少しだけだからな」と釘を刺す。
「なに、多少魔力を補充するだけだ。気にするな」
カラカラと笑ってエヴァは家に向かって歩き出す。
「くれぐれも忘れるなよ」
と、最後にしっかりと釘を刺した。
遅れましたがあけましておめでとうございます。