茶々丸と士郎、チャチャゼロは三人で学園内のカフェテラスで普通のラテを頼み、まったりとエヴァを待っていた。
「……………」
「茶々丸、どうかしたのか?」
「……いえ、何でもありません」
士郎は茶々丸の強い視線を感じたような気がして聞いてみたが、気のせいかなと思い直してコーヒーを一口飲む。
「ここにいたか」
「や、ども」
エヴァが葉加瀬と連れ立ってやってきた。 エヴァは士郎の隣に腰掛け、葉加瀬はメンテナンスの準備を始める。
「昨日の学園長の話だがな」
「昨日の話って、書類の事じゃないのか?」
唐突に話し始めたエヴァに、士郎は「あれ?」と首を傾げる。
「そんなものは建前で、むしろ本題はこっちだ」
まあいいと気を取り直してエヴァは話を続ける。
「桜通りの件を感づかれたみたいでな、釘を刺された。次の満月まで派手には動けん。……どうせ士郎も止めるだろうしな」
めんどうな、とため息をつくエヴァに、士郎は当たり前だとばかりに「ああ」と頷いた。
「ただ、坊やが動けばこちらも対処はするがな」
コーヒーを貰うぞ、とエヴァは士郎の目の前にあったそれを奪って飲む。そしてふと違和感を感じて茶々丸の方を見た。
「どうした茶々丸。……昨日から様子がおかしいな、何かあったのか?」
「……………」
「ケケケ、ガキニ襲ワレタジャネーカ」
何処かぼーっとしている茶々丸に変わって、チャチャゼロがそう口に出した。
「何?」
どういう事だとエヴァは茶々丸に聞く。
「……昨日士郎さんに助けていただきました。ネギ先生はすでにパートナーと仮契約を結んでいます」
「何だと、相手は誰だ?」
茶々丸の言葉に、エヴァは剣呑な表情へと変わる。
「……相手は神楽坂明日菜です」
茶々丸の答えにエヴァは「そうか」と頷いて、考え込むように視線を宙へと向ける。
「何の話をしてるんですかぁーー?」
「ハカセには関係ない話だ」
エヴァのつれない返答にも、茶々丸のメンテナンスをしていた葉加瀬は気を悪くした様子もなく、「ふーん」と曖昧に頷いただけだった。
「……エヴァ」
「心配するな士郎。別に今すぐにやりに行く訳じゃない。ただ、このお礼は確りとさせてもらうがな」
倍返しだ、と言ってフフフと笑うエヴァに、士郎はそれのどこが「心配しなくていい」に繋がるのかと頭を抱えた。
「あ、泥が詰まってる。もっと丁寧に動いてね茶々丸」
そんな二人のやり取りを気にした風も無く、葉加瀬は茶々丸を見ていた。
「申し訳ありませんハカセ」
「っと、これで終わりだね」
「ありがとうございます、ハカセ」
「この人にはちゃんと良くしてもらってる?」
葉加瀬は以前の茶々丸にした事を思い出して、士郎を指して茶々丸にそう聞く。そんな葉加瀬に士郎はあはは、と意気消沈してしまう。
「いえ、よくしてもらっています」
「んー、それはよかった」
これで用は済んだとばかりに、葉加瀬はじゃあねと言葉を残して去って行った。
「さて、茶々丸のメンテも終わった事だしな。そろそろ行くぞ」
まずはスーツを選んでやらんとな、と言って先頭を切って歩き出すエヴァ。士郎はやけにやる気のあるエヴァに苦笑いしながらも後ろを歩き、茶々丸も従者然としながらそれに続いた。
「ん、なんだ?」
歩き出してからしばらくして、エヴァは誰かが駆けて来るのを見つけてふと足を止める。
「あれは……神楽坂明日菜か?」
その先から来るのは文字通り爆走といった感じで、肩にオコジョを乗せた明日菜が駆け寄ってきた。そして、微妙に間合いを取りながらも立ち止まった。
「あんた達、ネギの事見なかった? 何処かに飛んでいっちゃったのよ」
「ほう、良くもそんな事を私に聞けたものだな神楽坂明日菜」
「うっ……」
「安心しろ。今日はこれから用事があるのでな、手は出さん」
そのエヴァの言葉に、明日菜はあからさまにほっと息をついた。
「ただな、お前らがした茶々丸への礼はしっかりとさせてもらうからな」
クククと不気味に笑うエヴァに、明日菜は思わず怯んでしまった。
「じゃ、じゃあね!」
あはははと誤魔化しながら笑って、明日菜は逃げるようにしてまた駆け出していった。そしてエヴァは、その後ろ姿を見ている士郎を見て眉間にしわを寄せる。
「士郎、お前も探しに行くなんて言うなよ」
「……………」
「お前が行くなら私も行くぞ、そしてその場で血祭りに上げてやる。茶々丸の礼もあるしな」
エヴァはフフッと笑みを浮かべながら「さてどうする」と目で聞いてくる。士郎はため息をつき、「分かったよ」と呟いた。
「で、どんなもんだ?」
士郎は試着室から出て、開口一番にそんな言葉を漏らした。エヴァの目利きで選んだスーツは全体的に黒系でシックに纏め上げられ、白いシャツが映えていた。
「士郎さん、ネクタイが曲がっています」
茶々丸はそう言って士郎に近づき、一度ネクタイを解き、少し見上げるようにしてキュッと締め直した。「これで大丈夫です」と。
「ああ、ありがとう茶々丸」
「……いえ」
そして再度お披露目をする。エヴァはスーツ姿の士郎を見てふむと頷いた。
「士郎はガタイがいいからな、なかなか似合っているぞ」
「はい。似合ってます、士郎さん」
「茶々丸、コートを」
「はい、マスター」
そう言って茶々丸は、士郎にいつもの赤い聖骸布のコートではなく、用意していた黒のロングコートを士郎の腕に通す。
「士郎、ちょっとしゃがめ」
士郎はエヴァの言われるままに、エヴァの手が届くようにしゃがんだ。そしてエヴァはやけにぴっちりと着込んでいたのを修正し、無造作に士郎の髪を掻き上げた。
「……士郎、立ち上がって真剣な表情をしてみろ」
士郎は苦笑いをするものの、エヴァのリクエストに答えて言われた通りにする。 エヴァはふむふむと頷き、茶々丸はじっと見つめ、チャチャゼロは茶々丸の頭の上で楽しそうに「ケケケ」と笑っていた。
「ふむ、なかなか迫力があるな。マフィアの幹部と言われても納得するぐらいのな」
フフと笑ってそんなことを言うエヴァに、士郎は思わず相好を崩した。そうして士郎は試着室の姿見で自分の姿を確認する。
「……………」
「……士郎さん?」
やけに真剣に姿見に映る自分を見ている士郎に、茶々丸は心配そうに声を掛けた。
「どうかしたのか?」
「あ、いや。そういえば親父と同じ格好だなと思ってさ」
エヴァまで怪訝そうに聞いてくるのに、士郎は苦笑いを浮かべて思っていた事を口に出した。
「ケケケ、家政夫ノ父親カ」
「どんな奴だったんだ?」
そうだな、と昔を思い出すようにして士郎は口を開いた。
「よれよれの背広を着て、いつも俺の前では子供じみた人だったな。家事とか全然駄目な人で、子供心に俺がしっかりしないとって思っててさ。言ってみれば、今の料理の腕も家事能力も、親父がそんなんだったから身についたものだからな」
楽しそうに語る士郎に、エヴァは「ふぅん」と頷き、茶々丸は何処か疑問のあるような表情をしていた。士郎はそんな茶々丸の表情に気付きながらも言葉を続ける。
「正義の味方になりたいと思ったのも、親父に憧れたからだからな」
「お前の父親も魔術師で正義の味方だったのか?」
「ああ、親父は9を救うために1を容赦なく切り捨てる正義の味方だった。そのためには一切の情を捨て、どんなことをしてでも対象を殺していたらしい。俺も魔術の世界に入ってから知った事だけどさ。親父は近代兵装を良しとしない魔術の世界で銃を礼装として使い、固有時制御の魔術を使い『魔術師殺し』という異名で呼ばれていたからな」
「……お前はその二代目と言うわけか」
「ああ、あの世界ではエミヤというのはある意味忌み名だった」
エヴァは何処か納得行かない、何かがおかしいと思いながらもその何かを明確に言葉にすることはできなかった。そして仕方ないと、思考を切り替える。
「家政夫ノ父親モ、ナカナカヤルナ」
そんなチャチャゼロの言葉に、士郎は思わず笑ってしまう。
「その話は後にして士郎、それでいいな」
「ああ」
「じゃあ他のも決めるぞ。茶々丸、店員を呼んで採寸を合わせるようにさせろ」
「はい、マスター」
茶々丸はペコリと頷き店員を呼びに行き、士郎は「えっ、他にも?」と不思議そうな顔をする。
「何間抜け面している。今日のお前は私の着せ替え人形なんだ。意見は聞いても反映されると思うなよ」
ククっと笑うエヴァに、士郎は思わず顔を引きつらせた。そんなやり取りの中、茶々丸が店員を連れてきた。その後はエヴァの宣言通りに士郎は着せ替え人形にされ、スーツだけに留まらず普段着からすべて、途中茶々丸やチャチャゼロも加わり、買い揃えてしまった。
エヴァ達は日が西日に差し掛かっている中、今日始めにいたカフェテラスでお茶をしていた。
「……大丈夫ですか士郎さん」
「ああ、茶々丸か。ありがとう、心配してくれて」
荷物に囲まれてぐったりとしている士郎は、思わず心配してくれた茶々丸の頭を撫でていた。
「フ、私は楽しませてもらったぞ」
エヴァはホクホクとした表情で、士郎を横目にコーヒーを飲んでいた。
「それにしても、こんな買い物したのなんて何年ぶりかな……」
「……そうなのですか?」
「ああ、イギリスで執事をしていたころぐらいまで遡るかもしれない」
「そういえば、そんな事も言っていたな」
「フィンランドの魔術の名門でさ。魔術協会からの情報とか教会の動向とかの情報と引き換えに弟子のような助手のような事をしてて。俺は魔術師としては三流もいいところだったから、どこまで役に立ててたかは分からないけどな」
士郎は懐かしそうにそう言ってコーヒーを飲む。
「どんな出会いだったんだ?」
「初めての出会いか……。協会の要請で何かを調査した帰りに襲われていたみたいで、そこに俺が助けに入ったって感じかな。同行者は俺が来た時にはもう手遅れだったけど、彼女は助かって。でも俺が重症を負って彼女に助けられて。それからなし崩し的に、かな」
エヴァはふむと頷いて、はて、と小首を傾げた。
「おい、士郎。貴様の魔術は封印指定にされるほどのものなのだろ? それをばれずにずっといたのか?」
「いや、気づかれてた。だから俺はろくに動けない状態だったけどさ、彼女のもとから離れようとして思いっきり怒られた」
「怒られた?」
士郎は苦笑いしながらも、エヴァの疑問を「ああ」と肯定する。
「『わたくしが助けられた恩を仇で返すような人間だとお思いですか』って凄い剣幕でさ。それからは封印指定にされるまでは拠点というか、そんな感じで。それで最低限の衣服しかもってなかった俺は市中引き回し、というわけだ」
懐かしそうに語る士郎に、茶々丸は「まるで今日のようですね」と。
「客分のような立場でそこで働くと言うのも、士郎らしいといえば士郎らしいな」
すっかりとエヴァに言い当てられて、士郎は「むぅ」と唸ってしまう。
「うちでは居候なんだ、確り働け」
「ああ、もちろん」
その自信満々な頷きに、エヴァは士郎らしくて自然に笑みがこぼれた。
「とりあえず今日の夕食は期待していてくれ。……そうだ、何かリクエストはあるか?」
士郎の質問にエヴァは考えるように首を傾げた。
「そういえば、お前の得意料理は何なんだ?」
「一応和食だ。洋食も出来るし、中華も覚えた。マニアックな料理じゃなければ大体は作れると思うぞ」
「中華は覚えたか……もともと出来なかったのか?」
「いや、簡単なものなら出来たけどさ。ただ中華料理は世界中どこにいても食材が手に入りやすいから自然とな。逆に和食は材料が手に入りにくくてさ」
苦笑いする士郎に、エヴァはふむと納得したように頷いた。
「そうだな、今日は和食が食いたい」
「わかった。帰りがけに食材買って行かないとな」
「私も手伝います、士郎さん」
「ああ、頼むよ茶々丸」
「ケケケ、今日ハ日本酒カ」
そんな事を口々に出してエヴァ達はよしと立ち上がり、まずは食材の調達だなと荷物を持って楽しそうに歩き出した。
「風邪だな」
「……風邪ですね」
チャチャゼロのケケケという笑い声がむなしく響いた。週の始めの月曜日。なかなか起きてこないエヴァを茶々丸が起こしに行ってそれが発覚、そして今に至る。
「……どうだった?」
「はい、やはり風邪でした。熱があります」
茶々丸は今計ってきた体温計を片付けながら士郎に答えた。
「しかし、魔法使いというのはまだしも、吸血鬼は風邪を引くのか?」
「はい。魔力の減少した状態のマスターの体は、元の肉体である十歳の少女のそれと変わりありませんので」
「……そうか」
「士郎さん、私は学園に欠席の連絡をしますのでマスターの食事をお願いします」
「ああ、分かった。任せておけ」
士郎は頷くと早速台所へと向かい、調理に取り掛かった。昆布で出汁を取り、ご飯をことことと煮込み、そして味噌で味付けをして最後に卵を多めに落としてふわっと仕上げる。
「っと、そういえばネギは駄目だったんだな」
苦笑いしつつ一人分の土鍋をお盆に載せ、二階のエヴァの元へと向かう。
「エヴァ、起きれるか?」
「……士郎か」
力の入らないエヴァに手を貸してやって、ベッドに上半身だけ起こしてあげた。
「ああ、お粥作ってきた。少しは食べた方がいいだろう」
そう言ってお盆を置き、土鍋の蓋を開ける。
「薄味にしてあるから大丈夫だとは思う」
士郎はレンゲで粥を掬い、ふぅふぅと。
「はい、あーん」
「……何を、している?」
そのエヴァの言葉にレンゲがぴたりと止まる。
「何をって、エヴァに粥を食べさせようとしていたんだけど?」
何か変なことをしたかと首を捻る士郎に、エヴァは熱でぼーっとした頭で「まあいいか」と考え直し、あーんと口を開けて士郎のレンゲを待つ。
士郎は苦笑いしながらもエヴァの口に粥を運ぶ。エヴァは餌を待つ雛鳥の如く口をあーんと開けて士郎のお粥を待ち、士郎はふぅふぅと冷まして再度エヴァの口へと。そしてふと思い出したかのように呟いた。
「……ネギを入れようとも思ったんだけどな」
「む、ネギは食わんぞ」
ぷいっと顔を逸らすエヴァに、士郎は思わず苦笑いしてしまう。しかし次の一口が欲しいのか、ちらちらと士郎を盗み見るエヴァ。士郎はその事に気付いていたが、指摘するとまたへそを曲げてしまうんだろうなと思ってあえてその事は言わなかった。
「ん、なんだ?」
「いや、なんでもない」
ふうふうとまたレンゲに掬った卵粥を冷まし、エヴァの口に運ぶ。
「おい、コラまだ熱いぞ」
「そうか……」
念入りにふぅふぅと。
「これくらいなら大丈夫か?」
あむあむ。
「うむ、そのくらいだ。もっとよこせ」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
再びふぅふぅふぅと。
「はい、口開けて」
「あむ」
あむあむあむ。
「……早く次を食わせろ」
「分かった、分かった」
あーんとレンゲを頬張って、またあむあむと。そして間髪いれずに冷ました粥を待機させておく。
「これでどうだ」
「あむっ」
熱でぼーっとしているからかもしれないが、士郎はエヴァの食いつきのよさにくすりと微笑んでしまう。
「……次はどうした」
「あ、悪い。ちょっと待ってくれ」
ふぅふぅと冷ましてまたエヴァの口に。
「……美味いな」
「食欲があるならとりあえずは安心だな」
そしてエヴァが咀嚼をしていると、ふと茶々丸が立っていることに気がついた。
「茶々丸、どうかしたのか?」
「……………」
「茶々丸?」
「……いえ、なんでもありません。学園の方には休むと連絡しておきました」
「そうか、ありがとな茶々丸」
士郎の賛辞に、茶々丸は「いえ」と頭を振った。そんな二人のやり取りを余所に、エヴァは士郎に次のを早くよこせと催促をした。そしてまたエヴァの食事を再開させる。
「……………」
茶々丸は士郎のエヴァへの看護をじっと見て、ふと気がついたかのように口を開いた。
「……私がやりましょうか?」
従者ですからという茶々丸に、士郎は首を振って「俺にやらせてくれ」と。
「……そうですか」
何処か残念そうな茶々丸に士郎はごめんと謝った。そして茶々丸が脇に控える中、エヴァは士郎の粥を食べきった。
「……ああ、美味かったぞ」
茶々丸が「私が持っていきます」とお盆を士郎から受け取って下へと降りていった。そして士郎はエヴァをベッドへ寝かし、額に手を当て簡単にエヴァの熱を測る。
「……士郎」
エヴァは熱で何処かはっきりしない意識の中、士郎の横顔を見ていてふと呼びたくなった。
「ん、何だ?」
「あ、いやなんでもない。私は休ませて貰う」
「ああ、そうだな。ゆっくり休め」
エヴァは「今日のお前は何かが違う」と言いかけて、結局口には出さなかった。
「……士郎さん」
「ん、茶々丸か。どうかしたのか?」
「これからツテのある大学の病院で良く効く薬をもらってきますので、その間マスターを見ていて頂けませんか?」
「ねこに餌をやらなければいけませんし」と繋げる茶々丸に、士郎はらしいなと苦笑いしながらも頷いた。
「着替えも置いておきますのでマスターをよろしくお願いします」
「ああ、わかった」
茶々丸は最後にペコリと御辞儀をして階下に降りていった。士郎はぼーっとエヴァの顔を見ていたが、カランコロンと家の呼び鈴が鳴ったのに気づいて誰だろうと首を傾げ、横になっているエヴァに一言残して下へと降りていった。
そこにはネギに対応している茶々丸がいた。
「茶々丸?」
「……士郎さん」
ネギは二階から降りてきた士郎に声を上げてびっくりするものの、士郎の下へと近づいてきた。
「あ、あの。明日菜さんから聞いています。衛宮士郎さんですよね?」
「ああ、ネギ・スプリングフィールド先生だね。エヴァと茶々丸の担任の?」
「は、はい!」
士郎の問いにネギは元気良く返事をするものの、その後しゅんとうな垂れてしまう。
「……あの時、士郎さんに言われて僕は先生失格だと思いました。でも、エヴァンジェリンさんも茶々丸さんも僕の生徒ですから。まずは逃げずに立ち向かおうと思いまして、今日やってきました!」
「……そうか」
「あ、あの、それでエヴァンジェリンさんは!?」
「あー、エヴァは……」
「マスターは病気です」
歯切れの悪い士郎に代わって茶々丸がきっぱりと答えたが、ネギは言っている意味が理解できないのか不思議そうな顔をする。
「ま、またそんな……。不老かつ不死である彼女が風邪なんてひくわけないでしょう」
「まあ、そう思うよな……」
士郎もネギの言葉に嘆息気味に同意する。事実は逆ではあるが。
「――その通りだ」
「私は元気だぞ」とエヴァの声が背後から聞こえて、士郎は慌てて振り返った。
「よく一人で来れたな。魔力が十分でなくとも、貴様ごときひよっこをくびり殺す事くらいわけないのだぞ?」
「エヴァ!」
「マスター、ベッドを出ては……」
「エ、エヴァンジェリンさん!」
三者三様エヴァの登場で声を上げた。そしてネギが懐から手紙を取り出し、エヴァに突き出した。
「……なんだそれは?」
「は、果たし状ですっ。僕ともう一度勝負してください。そ、それにちゃんとサボらずに学校に来てください。このままだと卒業できませんよ!」
「だから呪いのせいで、出席しても卒業できないんだよ」
「エヴァ!」
エヴァは士郎の制止の声をフンと鼻で笑い無視をする。
「まあいい。じゃあ、ここで決着をつけるか? 私は一向に構わないが……」
「……いいですよ。そのかわり、僕が勝ったらちゃんと授業に出てくださいね!」
エヴァは手に魔力を集め、ネギは持っていた杖を構えた。
「待てっ、二人とも!」
「どけ士郎!」
「どいてください!」
二人の間に士郎は割って入るが、二人とも意に介さなかった。そして二人して仕掛けようとした時――。
「おっと」
士郎は階段の手すりから落ちて顔面を打ち付ける直前のエヴァを、間一髪で抱き上げた。
「風邪って本当だったんですか!?」
顔を赤くして息の荒いエヴァを見て、ネギは驚きながらも納得した。
「ちょっと待っていてくれないか。エヴァを寝かせてくるから」
「あ、はい」
士郎はネギの事を茶々丸に任せて、二階のエヴァのベッドへと運ぶ。運んでいる時に士郎は汗でパジャマが湿って体が冷えるのか、小刻みに震えているエヴァを強く抱き、できるだけ急いで二階へと駆け上がった。
士郎は茶々丸が用意してくれた着替えを手繰り寄せ、エヴァが今着ている服を脱がそうとした時、階段を上がる足音が聞こえた。
「……士郎さん」
士郎は背後から呼びかけられ振り返ると、そこにはタオルと水を張った洗面器を持った茶々丸がいた。
「タオルか、ありがとうな茶々丸」
「いえ、ネギ先生には今お茶を出して待ってもらっています。私は薬を取りに行くのでよろしくお願いします」
「ああ、わかった。いってらっしゃい」
「……はい、いってまいります」
そう言うと茶々丸はぺこりと頭を下げてまた階下へ降りていった。士郎は早速茶々丸から受け取ったタオルでエヴァの体を拭いてやり、新しいパジャマに手早く着替えさせた。そして最後にまた別なタオルを濡らして、エヴァの額にへとゆっくりと乗せた。
「他には何かしてやれる事は無いのか……」
士郎は「薬は今茶々丸が取りに行っているし」と思考を巡らせていると、ふとある事に気がついた。
「……確か、魔力不足で風邪をひいたのだったな」
士郎はエヴァの苦悶の表情を見て小ぶりのナイフを投影し、躊躇無く自分の指先を切り裂いた。指先から流れ出る血をエヴァに与えると、エヴァは無意識にその血をコクコクと喉を鳴らして飲んだ。そしてしばらくすると血に含まれる魔力が効いたのか、大分安定したようで、士郎はやっと胸をなでおろした。
「これでひとまずは大丈夫かな……」
ふと士郎は下にネギを待たせているのを思い出して、階下へと降りた。 そこにはネギと話しているチャチャゼロがいた。
「あ、エヴァンジェリンさんはどうでした?」
「大丈夫だ。今は安定してゆっくりと休んでいるから」
ネギは士郎の笑顔に「そうですか」と頷いて、ほっと安心した。
「すいません。僕は担任なのに、エヴァンジェリンさんの風邪を悪化させるような事をしちゃって……」
士郎はしゅんとうな垂れるネギの頭をぽんぽんと叩いた。
「エヴァは直ぐ良くなるから」
士郎はネギに慰めるように声を掛けて、ふとテーブルに置いてある手紙に気がついた。
「あ、これ。エヴァンジェリンさんが良くなったら渡してください。今日はダメでしたが、ちゃんと正面からぶつかろうと思うので」
「ああ、わかった。これは俺が必ずエヴァに渡すと約束する」
「はい、お願いします」
士郎はネギから果たし状の手紙を確りと受け取った。
「それで二人は何の話をしていたんだ?」
士郎はネギとチャチャゼロを見て、余り会話が弾むような組み合わせじゃないと思って不思議そうに聞く。
「あ、チャチャゼロさんが父さんと会った事があるみたいなので、話を聞こうと思いまして」
えへへと照れたように笑うネギを見て、士郎はチャチャゼロにそうなのかと問いかけた。
「御主人ガ ノロイヲカケラレタトキ 俺様モ 一緒ニイタカラナ」
「そうなのか?」
「は、初耳です。でもエヴァンジェリンさんの従者だったチャチャゼロさんが知っているのは当たり前の事ですね。チャチャゼロさん、その時の事を教えてください」
チャチャゼロは興味深そうに話を聞こうとする士郎とネギに気を良くして、十五年前の事を話し始めた。
「ケケケ、アノトキノ御主人ハ 大人ノ姿デナ――」
「ついに追いつめたぞサウザントマスター、この極東の島国でな。今日こそ貴様を打ち倒し、その血肉、我がモノとしてくれる」
「人形使い、闇の福音、不死の魔法使いエヴァンジェリン……。恐るべき吸血鬼よ。己が力と美貌の糧に何百人を毒牙にかけた……。その上俺を狙い何をたくらむかは知らぬが……」
そこでナギはいったん言葉を切り、エヴァンジェリンをすぅっと目を細めて見る。
「……あきらめろ。何度挑んでも俺には勝てんぞ」
「パートナーもいない魔法使いに何が出来るっ、行くぞチャチャゼロ!」
「アイサー御主人」
エヴァの号令と共にエヴァとチャチャゼロは一瞬で間合いをつめ、ナギへとつかみかかる。
「えーと、この辺だっけ……」
「フ、遅いわ若造、私の勝ちだ!」
エヴァにナギが何かを確認するように呟いていたのは見えたが、何も出来やしないとばかりに手に魔力を込め攻撃を放とうとしていた、瞬間――。
「父さんかっこいい。それで、それからどうなったのですか?」
英雄譚を聞く子供のようにネギは目を輝かせて、チャチャゼロに先を促す。
「御主人ガ 落トシ穴ニハマッタ」
「え?」
「は?」
二人の呆然とする顔をみて、チャチャゼロはしてやったりとばかりにケケケと笑い、続きを話す。
「なっ…これは!?」
「落トシ穴ダ、御主人」
「見りゃわかるッ!」
落とし穴の中でもがくエヴァに、ナギはふはははと高笑いを上げ、追い打ちとばかりに大量のネギとニンニクをどぼんどぼんと投下した。
「ひっ、ひいいっ、私の嫌いなニンニクやネギ~~!?」
「フフ、お前の苦手なものはすでに調査済みよ」
エヴァは完全にパニックに陥って悲鳴を上げていた。そんなエヴァにはかまわずに落とし穴の中をかき混ぜるナギ。
「オチツケ、御主人!」
「あっ、ああっ、ダメ~~、あううっ」
「アアッ、御主人ノ幻術解ケタ!」
「わははは。噂の吸血鬼の正体がチビのガキだと知ったらみんな何と言うかな」
エヴァの制止の声も聞かずにナギは「ほれほれ」とさらにニンニクやネギを容赦なく追加する。
「ひっ、ひきょう者! き、貴様は千の呪文の男だろ。魔法使いなら魔法で勝負しろーっ!」
「やなこった。俺は本当は5、6個しか魔法知らねーんだよ。魔法学校も中退だ。恐れ入ったか、コラ」
どーんと言い切った。その言葉に絶句するエヴァ。
「お、おい、サウザントマスター。私の何がイヤなんだ!?」
「だから俺、ガキには興味ないってば」
「歳なのか? 歳なら百歳こえてるぞ私!」
「じゃ、オバハンだな」
「オバハン言うなーっ!」
チャチャゼロの「オチツケヨ御主人」という制止の声も聞かずにエヴァは慌てまくる。
「なあ、そろそろ俺を追うのは諦めて悪事からも足を洗ったらどうだ?」
「やだっ」
苦笑いしながらナギはエヴァに忠告するが、エヴァは即答で拒否してしまう。そんなエヴァを見てナギは「それじゃ仕方がない」と悪魔の如く笑みを見せる。
「うっ……何だ、この強大な魔力は」
エヴァはナギのその強大な魔力と悪寒で、ものすごく嫌な予感を感じる。
「確か麻帆良のじじいが警備員欲しがってたんだよな。えーっと、マンマンテロテロ……長いなこの呪文」
「ば、バカやめろ、そんな力でテキトーな呪文使うな!」
助けてと泣きながら逃げ惑うが、容赦なく襲う。
「あっ、やめっ……ひどいぞサウザントマスター!」
「御主人ピーンチ!」
そしてナギの詠唱が完了した。
「あっ、いやッ!」
「登校地獄!!」
「うわあああっ!!」
「デ、今ニイタルワケダナ」
ケケケと笑ってチャチャゼロはそう締めくくった。
「なんか、イメージが……」
ネギは思わずうな垂れて、あははははと乾いた笑みを浮かべて落ち込む。士郎も士郎で、どうフォローしていいかと考えこんでしまった。そしてチャチャゼロはそんな二人を嘲るようにケケケと笑った。
「あああっ!」
「ん、どうかしたのか?」
沈んでいたネギがいきなり素っ頓狂な声を上げたのを、士郎は不思議そうに尋ねる。
「ぼ、僕、授業があったんでした!」
チャチャゼロの話に聞き入って結構な時間が経っている事に気がつかなくて、ネギはあわわと慌て出した。そんなネギに士郎はふと質問したくなって声をかけた。
「学校の授業は大変か?」
「は、はい。でも僕は楽しんでやってますから」
ネギが笑顔できっぱりと言い切ったのを見て、士郎はそうかと頷いた。
「もう少ししたら多少は楽になるかもしれないからがんばってくれ」
「え、それって?」
ネギは「エヴァンジェリンさんの件かな」と不思議そうな顔をするが、士郎は曖昧に濁して微笑んだだけだった。
「じゃ、じゃあ僕は学園に戻りますので、エヴァンジェリンさんの事お願いしますね」
「ああ、任せておけ」
そう言って士郎はネギを玄関まで見送り、ネギは士郎に手を振りながらも杖に跨って学園の方へ飛んでいった。そして入れ替わるようにして、道の向こうから茶々丸が薬を持って帰ってきた。
「お帰り、茶々丸」
「はい、ただいま戻りました」
二人は家の中へと入ると、まるで示し合わせたかのようにエヴァの元へ向かった。
「大分安定していますね。もしかして士郎さん、マスターに血を?」
「ああ。……もしかして何かまずかったのか?」
心配そうにする士郎に茶々丸はゆっくりと頭を振った。
「いえ、私はロボなので血を分けることが出来ませんから。士郎さん、ありがとうございます」
「いや、俺もエヴァには早く元気になって欲しかったからな」
「血ぐらいなんでもない」と言う士郎に、茶々丸はそれでもと頭を下げた。
夜。食事を済ませ、風邪もすっかり良くなっていたエヴァは、ネギが持ってきた果たし状に目を通していた。
「フン、僕が勝ったら悪いことはやめてもらいます、か……」
エヴァは深く思考を巡らせているのか、虚空を見ながら片手に持つネギからの果たし状を弄んでいた。そして思考が纏まったのか、ぴたりと手を止めた。
「明日仕掛けるぞ」
エヴァは宣言するように、誰に向けるとも無く言い切った。
「はい、マスター」
従者然として茶々丸はエヴァに頭を下げる。 そして次にエヴァは士郎へと視線を向けた。
「悪いな士郎。これで私と坊やとの勝負となった。お前も他人の果し合いに介入するほど無粋ではないだろう」
「……………」
「安心しろ、殺しはせん。ただ対価として死なない程度に血を吸うだけだ」
士郎はあまり安心できる話でもなかったが、それでも命を取る取らないの話では無くなった事に一先ず安心した。
「そこまで心配なら、私達の立ち合いの見極め人にでもしてればいいだろう。ただ決定的な攻撃への干渉は相手の負けだからな、それを向こうにも認めさせろ」
「……ああ、わかった」
士郎が頷くのを見てエヴァはその事を思考から遠ざけ、明日の事に思いを馳せる。
「……明日が楽しみだ」