浴室に響く水滴の跳ねる音。今も流れ出るシャワーと向き合う形で、一人の女性が全裸の姿で佇んでいた。
179cmという長身を誇る彼女は、膝辺りまで伸ばした乳白色の長髪を掻き上げながら至高のひと時に浸っている。ハリとツヤの潤いに満ちた色白の肌を持ち、シャープな顔の輪郭を水滴がなぞっていく。大人びた黒色の瞳には落ち着きが宿っており、彼女の左目にある泣きぼくろがセクシーな印象を与えていた。
特筆するべきは、その完璧な美貌とプロポーションにあった。彼女の容姿は人類が思い描く理想そのものの美しさであり、老若男女を魅了する絶世の美貌を有している。体型も黄金比からなる最上のシルエットを象っており、筋肉質でありながらもしなやかさを両立したスタイリッシュな肉体の持ち主だ。一言で例えるならば、『神話の絵画に登場する女神』が如く。彼女の存在は美の極致に達しており、人類の完成形として一種の神々しいオーラすら感じ取れる。
彼女は直にも水を止め、湯浴みを切り上げた。室内に漂う湯気を纏い、軽快に歩く彼女は洗面所に移っていく。広くはないスペースの中、付近の洗面台に置いてあったバスタオルをおもむろに掴んで全身を拭い始めると、彼女はさっぱりした様子で扉に手を掛けた。
バスタオルを片手にドアノブを捻って開くと、その先に繋がっていたリビングルームを素足でひたひたと歩き進めていく。部屋の中央には二人掛けのソファと横長のローテーブルが置いてあり、テレビ台と液晶テレビの方に向いている。部屋の奥には日差しが降り注ぐ大きな窓ガラスがあり、二階の高さから展望する国道に面した街中の景色が伺えた。部屋の奥の隅には一階へ下りる階段がある。
リビングルームと隣接する形で、引き戸で区切られた小さな洋室の空間が存在していた。そこにはタンスや本棚、ちゃぶ台などが置かれている他、ダブルベッドも配置されている。リビングルームの余った空間には台所や冷蔵庫といった代物が用意されており、彼女はその領域で日々の暮らしを送っていた。
ソファへと歩み寄った彼女は、無造作に置かれていた下着を手に取っていく。紅い薔薇の刺繍が施された、黒色レースのランジェリー。彼女はそのショーツを履き、ブラジャーを着けていくと、次にソファへと置かれていた衣類を手に取って、普段着を身に着けてから佇んだ。
黒色のライダースジャケットと、ボタンを二つ外してタックインした赤色のワイシャツ、長い脚を更に際立たせる黒色のバイクパンツに、膝丈まである黒色のロングブーツ。洗練された服装に身を包んだ彼女は乳白色の長髪を手でまとめていくと、分厚く束ねたポニーテールにして身支度を終え切った。
彼女は軽快な足取りで階段に向かい、コツコツと靴音を鳴らしながら下り始める。下の階へ向かうにつれて視界の隅からレジカウンターと陳列棚が現れると、直にもその全容が明らかとなった。
一階は、洒落た雑貨屋になっていた。一面に広がる生活用品や小物、アクセサリーがキラキラと光を反射しており、上品なアロマの香りが漂う小綺麗でミニマムな個人空間。壁沿いの陳列棚と中央の平台がスペースの大半を埋め尽くし、階段の手前にあるレジカウンターにはアンティーク調のレジスターが乗っている。彼女はその空間を歩き進めて玄関に移動すると、ドアを開いてプレートをひっくり返し、『営業中』にしてからレジカウンターへと引き返した。
雑貨屋『
レジカウンターの椅子に座った彼女は、右肘を立てて頬杖をついた。時間の流れに全てを委ねた姿勢はどこか消極的に見える。今も外界で流れ往く街並みには一切と興味を持たず、店内の一点を見つめ、物思いに耽るよう意識をシャットアウトした様子。それでも彼女は美しく映り、かえって神秘的な印象を植え付けた。
と、次の時にもドアの呼び鈴がカランカランと鳴らされた。彼女は振り向き、来訪者を確認する。その視線を真っ直ぐ注ぎ、変化しない表情を貼り付けて無言を貫く。彼女の態度を受けて、訪れた人物はのっぽな人影をゆらりと動かしながら、冗談めかしく口角を吊り上げて陽気にそれを喋り出したものだ。
「よーぅ! ユノちゃん! 今日も店番とは精が出るねぇ! 入れ替わりの激しい立地の中で大したもんだ!」
187cmの高身長である彼は、トサカのような金髪を横に流した刈り上げスタイルの飄々とした人物だった。面長の角張った顔立ちで、室内でもサングラスを着け続ける拘りの持ち主。羽織った灰色のスーツジャケットと、裾をだらしなく出して袖を捲り上げた明るい黄色の着崩したワイシャツに、ビジネスライクなメンズスーツの灰色スラックスと、焦げ茶色の革靴という格好で喋り掛けてきた男に対して、ユノと呼ばれた彼女は凛々しい声音で慣れたように返答する。
「また食事のお誘いかしら。冷やかしなら帰って頂戴」
「おいおいおい! 決め付けは良くないぜユノちゃん! たまには先入観を捨ててさ、オレちゃんの話に耳を傾けてみるのも乙なモンじゃねェか?」
「なら、用件を教えなさい」
「ちょっと近くまで来たモンだからよ、ユノちゃんの様子でも見ておこうかなと思ってよ。ついでにディナーの約束でもできたらラッキーだな~……とか考えちゃったりして!」
「わいせつ罪で通報しましょうか」
「わー!! 冗談! 半分は冗談だから勘弁してくれって! こちとら、ただでさえナンパした女の子に通報されたりするんだからよ、ここはひとつ、昔馴染みっつーコトで見逃しちゃくれねェかな?」
「貴方の不誠実な素行は、目に余るの一言に尽きるわ。私がこうして気を許しているのも、貴方がラヴさんの元相棒だったからということを忘れないでもらえるかしら」
「へへ、こりゃあラヴさん様様だぜ。そう考えると、オレちゃんもユノちゃんも成長したモンだよなァ。オレちゃんはラヴさんが創設した大手便利屋事務所『ワールズアパート』の所長を引き継いで、ラヴさんを師と仰いでいたユノちゃんは最強とも言える力を身に付けて、立派な店を持つまでにも至った!」
「けれども、今となってはラヴさんもいない。私のパートナーだったヒイロも」
ユノがそれを呟くと、男は神妙に口を噤んで黙り切った。男は数歩と進めてユノに近付き、慰めるように言葉を掛けていく。
「ラヴさんは、救おうと尽くしてきた人類の醜さに失望して悪の道に堕ちた。結果、魔王と呼ばれる悪名を引っ提げて世界征服を目論み始めたが、それは別にユノちゃんのせいじゃない。こいつァ、ラヴさんが自分で選んだ道なんだ。元相棒だったオレがそう断言するんだからよ、ユノちゃんが自分を責める必要は無いんだぜ」
「……ありがとう。貴方にそう言ってもらえると、私としても心が軽くなるわ」
「そいつは良かった。ただ、ヒイロちゃんに関しては何とも言えねェな。ユノちゃんの元カノで、とにかく破天荒な女の子だった。ユノちゃんとはこの上の階で同棲もして、仲睦まじくやっていたように見えたんだが……ある日、急に失踪しちまったな。オレもヒイロちゃんの行方をずっと探っているが、未だに痕跡すら見つからねェ。ったく、自分が不甲斐なく思えてくるぜ」
「貴方はヒイロの捜索に全力を尽くしてくれている。貴方の日頃の尽力に私は深く感謝をしているの。だからこそ、この機会に言わせて頂戴。本当にありがとう」
「ほ??? ユノちゃんから褒められた??? あっ、っははは!!! あー、いやいけねェ。普段からのけ者扱いされてるからなのか、その温度差で危うく惚れるトコだったぜ」
「今まで惚れていなかったのに、私のことを口説いていたのかしら。それこそ不誠実だと私は思うのだけれど」
「あ、やっべ。色々とミスった気がする」
「冗談よ。貴方に対する感謝の念に嘘偽りはないわ」
「おいおいおいマジか。いやぁ、たまには身ィ削って頑張ってみるモンだなァ! じゃあユノちゃん、この流れで今夜ディナーでも如何……」
「丁重にお断りするわ」
「ぴえん」
がっくし。肩を落とす男にユノは満更でもない微笑を浮かべていた。彼女はすぐにも切り替えてそれを訊ね始める。
「それで、貴方がここに訪れた用件とは何かしら」
「お、おおう、そうだった。いっけね、忘れるところだったぜ」
ユノの言葉に男もまた即座に切り替えると、陽気な調子でありながら真剣な様子でそれを話し出した。
「ここに来たのは他でもない、“仕事”の話だ」
「取引かしら」
「あぁ、そうさ。それも、ユノちゃんの“裏稼業”に関する話だ」
そう言うと、男はどこからともなく一枚の用紙を取り出してレジカウンターに置いてみせた。募集を呼び掛ける大々的な広告の文字が記されており、男はユノへと言葉を続けていく。
「ヒーロー協会が“
「人間、動物、昆虫、魚。生を宿す実体の数だけ魂は存在し、未練のため成仏できず、冥土へと続く道を逆行した魂は、黄泉百鬼として現世に舞い戻る。その歪で禍々しい姿は妖怪と
「今回、黄泉百鬼のたまり場となって人類が追い出された区域のひとつ“カガリビ”で、中規模の掃討作戦が計画されている。作戦の目的は、人類の住処だった領域を黄泉百鬼から取り戻すこと。それに伴い、治安活動を生業にするヒーロー協会が黄泉百鬼に対抗できる有志の実力者を募集していたところなんだ」
ユノは用紙を手に取り、真顔でそれを見つめる。僅かな静寂を挟んだ後、ユノは紙に視線を向けたまま男へと訊ね掛ける。
「大手便利屋事務所『ワールズアパート』所長である貴方の手引きであれば、いち個人に過ぎない無名の私も参加は可能なのかしら」
「オレちゃんに任せとけって。今やワールズアパートは大手の何でも屋として世間からも評判だ。そんなオレちゃんが推薦する人材と言えば、ヒーロー協会もユノちゃんの“裏の顔”を受け入れてくれるだろうさ。でも正直、ユノちゃんがこの手の話に乗り気なのは意外だったぜ。なんだ、金欠か?」
「黄泉百鬼の生息地体は、普段であれば立入禁止区域として扱われている禁忌の領域。故に取り締まりも厳しく、政府の許可を無くして立ち入ることはかたく禁じられている。しかし、この機に合法的な立ち入りが許可されるのであるならば、私は危険を冒してでも作戦に乗じるだけよ。もしかしたら、この禁忌の領域にヒイロが身を潜めているかもしれないから」
「なるほどな、ユノちゃんの行動原理は失踪したヒイロちゃんを探すためか」
男はニヤりと口角を吊り上げてユノを見下ろしていく。だが、直後にも神妙な面持ちに戻りながら静かな声音でそれを告げたものであった。
「作戦は今夜行われる。それまで身体を十分に休めておきな。んまァ、ユノちゃんぐれェの実力者なら黄泉百鬼も怖くねェだろ。とはいえ……くれぐれも無茶だけはすんじゃねェぞ」
時刻は夜。高層ビルが立ち並ぶ景色の中には駅前広場や複雑な幹線道路などが見受けられる。ただし、発達した文明とは相反して人間の姿はひとりも伺えず、放置された車や施設、ベンチの上に置かれた鞄などが雨風に晒され沈黙を貫いていた。
建物や地面などの随所には、大きな力によって抉られた痕跡や飛び散った血痕の様子も確認できる。その全てが風化して砂埃を被る領域に、無数の足音が響き渡った。
現代的な普段着を身に纏う、男二人と女一人。男の一人が耳に装着した無線機に指をあてがいながら報告を行う。
「こちらチーム
『チームγ、了解』
無線機からの応答を聞き、男は後続の二人へと振り向きながら喋り出す。
「俺とあんたらは、ヒーロー協会の人間だ。それぞれの所属は違えども、この顔で何度も苦難を共にしてきた。だから、特に文句や不安はない。俺はあんたらを信頼している。だが……」
言葉を詰まらせた男は、二人とは異なる方向へと視線を投げ掛ける。その先からコツコツと靴音を鳴らして歩いてきた人物は、異質な存在感を醸し出しながら三名の前に佇んだ。
179cmの“それ”は、風に靡かせる深紅のロングコートに身を包んだ人物だった。胸の曲線を描いた薄手で黒色のシャツと、長い脚を強靭に見せる黒色のバイクパンツ、膝丈まで長さの黒色ロングブーツを履き慣らし、両腕に装着した漆黒と鮮紅のガントレッドがメカニカルな光沢を反射する中、腰辺りまで伸ばし分厚く束ねた乳白色のポニーテールが尾のように揺れ、ジャック・オー・ランタンを想起させる黒色の仮面が不気味な風貌を演出する。
仮面の目と口からは、見る者に不穏を予感させる紅い光が放たれていた。“それ”は気配を消すように無言で佇立し、微動だにしない。この存在を前にして彼らは訝しげな視線を送りながら、様子を伺うように言葉を投げ掛けた。
「……大手便利屋事務所ワールズアパートが推薦する人材と聞いていたから、もっと聡明で柔軟な雰囲気のヤツが来ると思っていたんだが。蓋を開けてみれば返事すら碌に返さない変なコミュ障が寄越されたもんだな。おい、何か喋れよ」
男の催促を他所に、“それ”は一言も発しない。夜間の街中にただただ不可解に佇むのみの異質な存在に、彼らは居心地悪そうに目を合わせたものだった。
間もなくとして、男の無線機に指示が入る。
『各チームが配置についた。これより、カガリビに生息する黄泉百鬼を対象とした掃討作戦を実行する』
「了解した。それじゃあ行くぞ! 野郎共――」
無線機越しのGOサインを受けて声を張り上げた男。だが、直後にも彼の言葉を掻き消す風圧を伴いながら、“それ”は単独で勢いよく飛び出していった。
まるで宵闇と一体化するかの如く。たった一度の跳躍で、瞬く間に姿を消した“それ”。行方が知れなくなった仲間に彼らは唖然と立ち尽くす中、女は呆れ気味にため息をつきながらそう呟いた。
「なにあいつ、意味分かんない……。もうあんなやつ放っといて、私達で黄泉百鬼を狩ろうよ」
カガリビ内で実行された黄泉百鬼の掃討作戦は、途中まで順調に進んでいた。三人チームの彼らもまた、最先端技術で製造された剣と盾、斧、銃を携えて異形へと立ち向かう。
黄泉百鬼は、歪でありながらも多種多様な形状を象る不愉快な存在達だ。表面の質感は
漂うように歩行する黄泉百鬼の群れは、ヒーロー協会の彼らを捉えるなり血だまりのような眼をひん剥いて襲い掛かった。丸太の足は見せかけに過ぎず、黄泉百鬼は幽霊のような浮遊感で平行に、かつ高速に移動して彼らへと接近する。彼らは緊張を帯びながらも臆さず真正面から迎撃し、戦闘に突入した。
剣と盾を駆使して、小回りを利かせた立ち回りで戦場を駆け巡る男。飛び掛かってくる黄泉百鬼を一体ずつ斬り裂き、血飛沫のように飛び交う靄を振り払いながら次々と対処する。斧を持つ男もまた豪快なぶん回しで黄泉百鬼の群れを薙ぎ倒し、二人が対処し切れない黄泉百鬼を女は銃で撃ち抜くことで援護に回っていた。
それぞれが最高のパフォーマンスを発揮する最中、突如とビルから特大の破壊音が響き出す。これに一同は振り返っていくと、そこには鎧のような皮膚を持つ巨体の黄泉百鬼が姿を現していた。
全長3mに達する巨躯は、メタリックで強靭なボディを有する人型の個体だった。湾曲した灰色の頭部や肩部と、筋繊維を彷彿とさせる繋ぎ目の黒い肉体が特徴的である巨体の黄泉百鬼は、ヒーロー協会の三名を発見するなり頭部に人間の口を浮かび上がらせ、雄叫びを上げながら彼らの下へと駆け出した。
斧を持つ男がその巨体を食い止めようとしたが、武器を当てた瞬間にも弾かれてしまいその剛腕で薙ぎ払われてしまう。剣と盾を持つ男も立ち向かうものの、金属のようなボディに武器が弾かれてしまい碌に攻撃する間もなく拳を食らって吹き飛ばされてしまう。二人の男がボロボロになると、巨体の黄泉百鬼は銃を構える女の方へと駆け出し、前傾姿勢にして頭部の口で食らおうとした。
女は完全に怯え切って硬直してしまっていた。悲鳴を上げる猶予も与えられず、死を予感しただろう。だが、次にも前方に展開された光景は、最悪の予想をある意味で裏切るものだった。
女の前に降り立った、深紅のロングコートを纏った“それ”。着地の衝撃で大地を揺るがすと共にして、ガントレッドを装着した渾身の右ストレートで巨体の黄泉百鬼を敢え無く殴り飛ばした。大気が張り裂ける爆裂音と共にして一直線の軌道を描きながら後方のビルに衝突した黄泉百鬼は、すぐさま建物から抜け出して再び突進し始める。
ゆらりと体を揺らした“それ”もまた、悠然とした歩調で一歩一歩を刻んでいく。その間にも周囲に群がった小型の黄泉百鬼が束になって襲い掛かってきたが、“それ”は嵐の前の静けさを纏った後、常人の目では捉え切れない音速の拳を振るい出した。
拳の一発一発が、大気を裂き、空間を歪ませ、実体を破壊する。地面を滑るよう平行移動する体は深紅の残像を描き、振るわれる攻撃から発生した衝撃や風圧が、地割れを作り、建物を削り、車やガードレール、ベンチや屋根などあらゆる万物を吹き飛ばす。時には黄泉百鬼を掴み上げ、弧を描くように持ち上げては叩き付けを繰り返し、振り回して辺りを一掃し、トドメに道路へ埋め込んでいく。
飛び掛かった“それ”が地面を殴り付けると、隕石の衝突を思わせるクレーターが打ち込まれた。その衝撃が周辺の黄泉百鬼を粉々に砕き、禍々しい靄が余韻として空間に残り続ける。そうしている内に巨体の黄泉百鬼が接近すると、突き出された右拳に対して“それ”も右ストレートをぶつけて迎撃し、真正面から黄泉百鬼の強靭な右腕を木っ端微塵に吹き飛ばした。
仰け反る巨体の黄泉百鬼は、すぐにも懐へ潜り込んできた“それ”を捉えた。そして次の瞬間にも、これが最期の光景になることを悟ったことだろう。
ガトリング砲が如き連続的な拳のラッシュ。一撃一撃が破滅的な威力を誇る怒涛の猛撃。“それ”を中心に放たれる拳の雨は
引き絞った渾身の右腕。突き出すと共に力を込めた最大級のアッパーが炸裂すると、“それ”が飛び上がると同時にして巨体の黄泉百鬼は跡形もなく砕け散った。
上昇する“それ”の周囲を漂うメタリックな破片。弾け飛ぶと共に解放された靄は、浄化を想起させる緩やかな揺らめきを伴って天へと昇っていく。
瞬く間に強敵を打ち倒した“それ”の雄姿を、ヒーロー協会の三名は言葉を失いながら見守っていた。直にも“それ”は着地し、終始と貫く無言でその場に佇立する。
……訪れた静寂は、安堵か、驚愕か。シィンと静まる空間に一同が呆然とする中、男の無線機にそのような連絡が入ってきた。
『チームγ、応答せよ』
「は、はい……! こちらγ、全員無事です……」
『無事? 当たり前だろう。チームγの成果は目を見張るものがある。自分達の担当区域のみならず、他チームが担当する予定だった区域までもあっという間に制圧した。迅速な対応に我々は感謝をしているよ』
「いえ、でも俺達は何もして……」
男は言葉を言い切る前に、“それ”の姿へと視線を向けていた。
自分達が三人がかりで必死こいている間にも、“それ”は単独で黄泉百鬼を制圧して回っていた。その実力を証明するかのように、先程にも圧倒的な戦闘力の差をまざまざと見せ付けられた。
この瞬間、男は世界がまだまだ広いことを思い知らされた。同時にして、彼はひとつの歴史に立ち会った気がしてならなかった。
今は無名の“それ”は、後にも『超人