超人JUNO 最強のクールビューティー   作:祐。

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第3話 最強のカリスマ

 トースターが音を立て、香ばしいトーストを二枚焼き上げる。それを聞き付けたユノはソファから立ち上がると、ポニーテールにランジェリー姿の格好で自室の中をひたひたと歩き進めた。

 

 赤ワインのように鮮やかなレッドを主体とした、黒色レースのワイヤーブラと大胆なTバック。窓から陽が射し込む清々しい午前の刻、彼女はモデル体型の洗練された体で軽快に台所へと移り、トーストを皿に乗せていく。その内の一枚をサクッと咥えて踵を返すと、凛々しくも何気無い様相でソファへと腰を下ろし、脚を組んだ優雅な姿勢でトーストを食べ始めた。

 

 黙々と食べ進めるユノ。プライベートなひと時を過ごす奇跡の女神は、神秘を纏いながらも人間味を覗かせる。トーストを咥え、静かに咀嚼し、それを呑み込む一連の所作。彼女から発せられる生活音が部屋に響く神聖な領域の中、ユノは食事を終えると皿をローテーブルに置き、ソファに置かれていた私服へ手を伸ばしてそれらを身に着けていった。

 

 黒色のバイクパンツ、赤色のシャツ、黒色のライダースジャケット、黒色のロングブーツ。いつもの服装に着替えた彼女は階段に向かって歩き出し、コツコツと靴音を鳴らしながら階下に移動する。

 

 一階、雑貨屋『Jupiter(ジュピター)』。開店していた店内には男女の話し声が聞こえてくる。レジカウンターで対応する青年の柏島(かしわじま)歓喜(かんき)と、客として訪れた女性による会計のやり取りだった。直にもユノが階段を下りてくると、姿を現した彼女に対して客の女性はその美貌に見惚れるような視線を向け始める。

 

 歓喜がユノに挨拶を掛け、ユノもそれに応じていく。だが彼女の意識は客の女性に注がれており、次にもユノは女性の客へ歩み寄るなり王子様よろしく手を取りながら凛々しく言葉を投げ掛けたものだ。

 

「健気で愛らしい人」

 

「え……?」

 

「貴方みたいな素敵な女性に来店して頂けたことを、私は心から嬉しく思うわ」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

「なんて滑らかな柔肌。普段からケアを欠かさずにいるのでしょうね。その殊勝な心掛けを、私は誰よりも尊重するわ。貴女はとても美しい」

 

「え、えええぇぇ~~……???」

 

 百合の花が咲き乱れる不可侵領域。困惑する女性が満更でもなさそうに頬を赤らめてユノを見上げていく光景の中、歓喜は気まずそうに首を掻きながら言葉を掛けていく。

 

「あの、ユノさん。そちらのお客様は会計を終えられてお帰りになるところだったので、この辺りでそろそろ……」

 

「あら、ごめんなさい。予定の妨げとなってしまっては、私欲のために淑女を口説き落とす不埒な輩と同類になり得るでしょう。私は貴女の味方でありたいの。それはお客様としても、いち個人としても。だから、今後とも贔屓(ひいき)にしてもらえると嬉しいわ。私は貴女の来訪を心待ちにしている。この言葉に一切もの偽りはないと断言しましょう」

 

 長身クールビューティーのユノに手を取られる女性は、「は、はい……。では、失礼します……」と言って彼女から離れた。一体何が起こったのか。未だ理解の及ばない戸惑いを切り離せないまま、しかしユノに対する未知の高揚と共に一礼して店を出ていく。

 

 客を見送った歓喜は、ちらりとユノを見た。彼女は凛々しいサマで恍惚するような視線を出口に向けている。ユノの様子に歓喜は少しだけ躊躇いを見せた後、恐る恐るといった具合にその言葉を投げ掛けた。

 

「ユノさんには確か、同性のパートナーがいらっしゃったんですよね?」

 

「えぇ、そうよ」

 

 ユノは凛とした視線を歓喜に向けながら言葉を続けていく。

 

「ヒイロという名の愛人がいたわ。本名は蓼丸(たでまる)ヒイロ。性別や年齢こそは同じであるものの、それ以外の性格や思考、感性までもが私とまるで異なる破天荒な人物よ。常識に囚われない発想や行動力の持ち主で、美貌以外はお世辞にも上品と言えない女性だったわ」

 

「なんか、話だけ聞く感じだと荒々しい印象というか……」

 

「実際、粗暴で血の気が多い人物だった。何よりもメンツを大事にしていて、疑似的な血縁を重視する仲間想いの家族主義者。大胆不敵で命知らずの戦闘狂いだけれども、約束は必ず守る義理堅い一面もあった」

 

 ユノは回顧するよう途方を見つめた。そして瞳の奥に残る景色を眺めた後、歓喜へと振り向いてその言葉を告げた。

 

「私は、そんな彼女に惚れてしまった。その想いは今でも揺らぎはしない」

 

「それほどまでに心を寄せていた御仁がいらっしゃったんですね。ユノさんにそこまで言わせる人物か。俺も一回、会ってみたいなぁ」

 

 ところで、その人は今どうしているんですか? 脳裏に過ぎった質問を、歓喜は咄嗟に呑み込んだ。他人のプライバシーに関わるため、これ以上は踏み込んではならないという自制が無意識に働いたからだ。

 

 危ない危ない。そんな彼の誤魔化すような仕草や表情から察したのだろう。ユノはフッと微笑してみせてから、悠然たる佇まいで言葉を掛けていく。

 

「ヒイロという人物に関してなら、貴方が荒巻所長と呼び親しむ彼も詳しいでしょう。如何せん、彼は私とヒイロをよく知る旧友でもあるから。私に訊けない質問があるならば、彼に頼ってみるのもひとつの手よ。情報の扱いなら、彼の右に出る者はいないでしょうから」

 

 瞬間、ユノの尻ポケットに入れられていたスマートフォンが振動し始めた。着信を知らせる端末にユノは手を掛けると、鮮やかな動作で耳元にあてがいながら噂の彼と会話する。

 

『よーぅ! ユノちゃん! ご機嫌は如何かな? 今日の天気はとびっきりの快晴だ。まるでユノちゃんの美しさを讃えるかのようだな!』

 

「私は貴方の自己満足を満たすための女じゃない。戯言を聞かせるために電話をしたのならば、即刻と切らせてもらうわ」

 

『わー!!! 待ってくれ!! いつもの如く軽いジョークだってば! 半分な!』

 

 呆れた様子で息をつくユノ。どこか気だるげに対応する彼女は首を傾げながら素っ気なく言葉を続けていく。

 

「用件を教えなさい。話はそれからよ」

 

『何だかんだ言いつつ、ちゃんと話を聞いてくれるユノちゃんは優しいなァ~! よっ、みんなの女神様! それで用件について何だが、こいつに関しては一刻を争う事態だから要点だけかいつまんで説明するぜ』

 

 荒巻の声音に変化が訪れた。彼の真剣な調子が加わったことで、ユノも姿勢を真っ直ぐに正しながら凛々しく神妙な面持ちで耳を傾けていく。

 

「事件かしら」

 

『その可能性が大いに考えられる。というのも、今回の依頼達成においてユノちゃんの“名声”が必要になってよ――』

 

 

 

 

 

 街路樹が並ぶ旧市街地。立ち並ぶビルの中に広葉樹が植えられた緑の公園が横長に続いている。人工的な空間であるにも関わらず人の気配は皆無に等しい。それもそのはずで、此処は黄泉百鬼の巣窟カガリビに隣接する警戒区域の近くだったからだ。

 

 公園に訪れたユノと歓喜は、ある木立のエリアに意識が向いた。自然の呼吸しか存在しない殺伐とした領域の中でひとり、場違い感を漂わせる私服姿の小柄な女性が佇んでいたからだった。

 

 彼女は158cmほどの背丈であり、前髪を切り揃えたヴァイオレットカラーのセミロングヘアーを風に靡かせている。特徴としては髪と同色のくりくりっとした大きな目を持ち、人形を想起させる丸い顔の輪郭が可愛らしい。童顔で無機質な彼女はトレードマークである猫耳がついた黒色のキャスケットを被っており、華奢な体型を覆う大きなシルエットの黒色ポンチョと、清楚な印象を与える白色のブラウス、ふわっとした質感が愛らしい黒色のフリルミニスカートに、黒色のオーバーニー、黒色の厚底ブーツという格好でそこに存在していた。

 

 彼女を一言で表すならば、『可憐なドールフェイス』と言えただろう。等身大の人形に魂が宿ったかのような風貌は実にチャーミングであり、きゅるんと輝く瞳を二人に向けると彼女はトコトコと狭い歩幅で歩み寄ってきた。

 

 直にも、可憐でありながらも淡泊な調子で彼女は喋り出す。

 

「どーも、急なお呼び立てですみません。しかもカンキさんまでお越し頂いて、わざわざありがとーございます」

 

「同じ事務所のよしみだからね。でも一緒に仕事をするのは久しぶりかも?」

 

「たまに事務所の中でお会いするくらいで、カンキさんとご一緒する機会は基本的にありませんからねー」

 

「余程の事が無い限りは、挨拶の一言だけで終わっちゃうよね。今日はよろしく」

 

 歓喜と女性は知り合いということで、親しげな会話を軽く交わしていく。それをユノは傍から眺めていると、次にも女性はユノへと向き直りながら淡々とした調子で喋り出してきた。

 

「アナタがユノさんですよね?? 荒巻所長からお話を伺ってます。なんでも、アナタが巷で話題になっているあの『超人JUNO(ジュノー)』本人だとか。でしたら、そんな期待の英雄にご助力して頂けるなんて、願ったり叶ったりですよ。ウチとしてもシゴトはラクしたいですからねー。自己紹介が遅れましたけど、ウチのコトはラミアと呼んでくださればイイです。カンキさんと同じく便利屋事務所ワールズアパートの従業員をテキトーにやらせてもらってます。そーいうワケで、どーぞよろしくお願いします」

 

 ラミアと名乗る女性が適当な敬語で喋りながらユノを見つめていく。その視線に対してユノは、凛々しい面持ちでありながらもどこか見惚れるような眼差しを向けながら、ふと口元を緩めてそれを言い出してくる。

 

「可憐で愛らしい人」

 

「ハイ??」

 

「ユノよ、よろしく。早速だけれども依頼の内容を教えてもらえるかしら」

 

 彼女のペースにラミアは僅かな疑念を抱いていく。だが状況が状況であるため、ラミアは自身の疑念を無視するように「分かりました」と口にしてから詳細を話し始めた。

 

「今回、ウチに任されたシゴトは人探しです。朝起きたら家から居なくなっていたお子さんの行方を調べてほしいという依頼の相談がありまして、ウチがその調査を担当するコトになりました。ウチの“ヴィジョン”は、広範囲を捜索できる能力を持っています。この手の依頼に打って付けの能力です。なので、依頼主の住居を中心とした広範囲の捜索を行いました」

 

 ラミアの説明に無言で耳を傾けるユノ。一方で歓喜は疑問に思ったことをラミアへと訊ね掛けていく。

 

「ラミアのヴィジョンは、上空から地上を見下ろせるよね。それでもお子様は見つからなかった?」

 

「少なくとも、市街地では見つかりませんでした。そこで地図を詳しく見てみたトコロ、お子さんが移動できる現実的な範囲の中で、今回の調査で唯一と捜索できていない場所を発見したんです」

 

「それは何処だったの?」

 

「カガリビです」

 

 ラミアはカガリビの領域へと視線を向けていく。

 

「ウチが捜索できていない、唯一の範囲。それが、カガリビの中です。カガリビへの進入は基本的に禁止されていて、それは遠隔操作しているヴィジョンも例外ではありません。なのでカガリビ以外の範囲を捜索したのですが、お子さんの発見に繋がる手掛かりはナニも見つかりませんでした」

 

「つまり、残された捜索範囲はカガリビの中だけ?」

 

「そーいうコトです。しかし、先程も言った通りカガリビへの進入は禁止されています。そこで、ユノさんもとい超人JUNOのお名前が必要になったワケです」

 

 

 

 カガリビ周辺を厳重に警戒する警察の集団。全員が武装して周囲を巡回する中、三名の男女が近付いてくる様子に一同が意識を投げ掛けた。

 

 そして、一同が一斉に驚いた。三名の団体を引率する先頭の人物が、深紅のロングコートに不気味な仮面を着けた“あの”超人JUNOだったからだ。

 

 ふらりと現れた新星の英雄に、警察は期待混じりに騒然した。内の一人がJUNOへと近付くと、期待と困惑の目を向けながら恐る恐ると声を掛けていく。

 

「これはこれは、紅の暴風……失敬、JUNOさん。貴方様の目覚ましいご活躍はニュースやネット記事で拝見しております」

 

 JUNOは強者らしい重厚な威圧を纏いながら無言を貫き続ける。これに警察官がどうしたのかと様子を伺っていくものだから、付き添いの歓喜が慌てて駆け寄りながらフォローに入った。

 

「べ、便利屋事務所ワールズアパートに所属する柏島歓喜というものです。こちらは、ラミア。同じくワールズアパートの従業員、もとい調査員です。今回、弊社が承ったご依頼に超人JUNOが助力して頂ける運びとなりまして、こうして調査場所であるカガリビに出向いてきた次第です」

 

「ははぁ、超人JUNOに協力してもらえるとは、ワールズアパートには大きなコネがあるみたいだ。それで、英雄様を引き連れたあなた方にどのような目的が?」

 

「依頼の達成にあたって、カガリビ内の黄泉百鬼を掃討する必要が出てきまして。以前もこちらの迎撃作戦に参加したように、今回もカガリビ内の黄泉百鬼を一掃する上で進入する許可を頂ければと思っているのですが」

 

「ほほう! カガリビの中にいる黄泉百鬼を一掃してくれると! それは頼もしい限りですな! 以前のカガリビ拡大にも立ち会って頂いて、そこで人類の勝利に貢献してくれた旨の話を伺っております。黄泉百鬼を減らしてくれるなら、我々としても有難い限りです。特例とはなりますが、どうぞお入りください。くれぐれも、カガリビの中で迷子にならないように。あと、この件はご内密にお願いします」

 

 先日の一件で信用を得ていたJUNO達は、警察官に見守られながらカガリビに進入した。立ち入り禁止区域に踏み入った瞬間から空気は一変し、大気中に立ち込める怨霊のような(もや)が飛び交うおどろおどろしい旧市街地を三名は歩き進めていく。

 

 少し進んだ先にて、歓喜はラミアへと言葉を投げ掛けた。

 

「ラミア、頼めるかな?」

 

「りょーかいです。ヴィジョンを遠方に飛ばす関係上、捜索中のウチは無防備になりますから護衛は任せましたよ」

 

 そう言ってラミアは精神を集中すると、次にも彼女の体から事象的な質感の鳥が飛び出してきた。

 

 表面に流動する黒色の線は一筆書きされた書画のように繊細で、金箔をまぶした力強い金色の輝きは風情を思わせる。宛ら、屏風に描出された強靭なカラスの如く。それは天高く羽ばたくとカガリビの上空を滑空し、墨汁のような黒い線と金色の残像を宙に描きながら前方へと飛び立っていった。

 

 直後にも、三名の周囲からは呼ばれざる異形が降り立ってくる。連中は胴体に大きな目玉を嵌め込んだ不格好な存在で、小さな頭部に山羊(ヤギ)の角を生やし、目覚まし時計のような円形の体、そして蛙の手足という姿をしている。生命を察知して集結した黄泉百鬼に対して歓喜はラミアを守るよう立ち塞がり、ユノもまたコートも仮面も脱いだ元の姿に戻った格好で、凛々しく佇みながら彼に言葉を掛けていった。

 

「ここは二手に分かれて捜索しましょう。柏島くん、貴方はラミアと共に行動して頂戴」

 

「わ、分かりました! ユノさんはどうされますか?」

 

「私は黄泉百鬼との戦闘を引き受けながら、単独で周辺を捜索するわ」

 

「了解しました! ユノさん、どうかくれぐれもお気を付けて! 行こう、ラミア」

 

 歓喜の言葉を受け、ラミアは彼と共に先へ向かい始める。その場に残ったユノは黄泉百鬼に囲まれると、一斉に飛び掛かって襲い来るそれらに対して悠然とした佇立で迎え撃ったものだ。

 

 

 

 

 

 別行動で分かれた歓喜とラミアは、禍々しい瘴気に包まれた旧市街地の中を歩き進めていく。歓喜は周囲への警戒として常に気を張っていく最中、ふと隣を歩くラミアにそのような言葉を投げ掛けられた。

 

「ユノさん、すごく綺麗なヒトでしたねー」

 

 急な世間話に歓喜は一瞬だけポカンと唖然するものの、直ぐにいつもの実直な調子で答えていく。

 

「そうなんだよね、俺も最初に会った時はビックリしたなぁ」

 

「オンナのヒトの憧れを全て詰め込んだよーな雰囲気の方で、もはや尊敬します。普段からあんなカンジなんですか??」

 

「今日もいつもと変わらないよ。ただ、俺はアルバイトとしてお店の当番を任されているだけだから、そういう意味ではユノさんの普段をあまり詳しくは知らないのかも」

 

 歓喜の言葉を聞き、ラミアはあざとい仕草で顔を覗き込んでくる。そんな彼女に歓喜は少しだけ照れながら見つめていくと、次にもラミアは淡泊な調子でそれを口にした。

 

「カンキさん、ユノさんのコトがスキですよね??」

 

「えっ」

 

 言葉を失い、動揺する歓喜。彼の様子にラミアはしたり顔を見せてくる。

 

「やっぱりそーでしたか。オンナのカンは鋭いんですよ??」

 

「そんな、好きなんて……! でもまぁ、女性として意識している部分は少なからずあるのかなぁ……?」

 

「ご自身でも分からないんですか?? カンキさんはウブな方なんですねー。まー、見かけからそーだとは思ってましたけど」

 

「え、えぇ、俺ってそんな風に見られてたの? 反論はできないけど……」

 

「コレも、カンキさんが仰る自分に足りない経験のひとつですよー。せっかくの機会なんですから、アプローチでもしてみたら如何です??」

 

「それはできないよ。だってユノさんにはもう心に決めた人がいるんだから」

 

「そーなんですか?? わー、正直ちょっと意外でした。あの方が心に決める程の殿方って、一体どんなヒトなんでしょーねー」

 

「それが、お相手は女性らしいんだ」

 

「あー、そーいうカンジですか」

 

「愛の形は人それぞれなんだろうなぁって思ったよ」

 

「カンキさんにとっては、先を越されちゃってて残念でしたねー」

 

「残念……と言えばそうかもしれないけれど、そう考えちゃうのもちょっと自分勝手に感じられるんだ。残念かどうかは俺が決めることじゃない。ユノさんの人生は、ユノさん自身が決めることだからね。俺はただユノさんの幸せを心から願う。それだけだよ」

 

「カンキさんって、ホントにマジメなヒトですよねー。ずっとそんなカンジだと疲れたりしませんか??」

 

「疲れるとかはよく分からないけれども、考え方が気持ち悪いって言われることはあるから、そこはいい加減に直さないとだよなぁ」

 

「カンキさんのそーいうトコロが、カンキさんたらしめる長所なんじゃないですか?? 少なくともウチはイイと思いますけど」

 

「そ、そうかな?」

 

「そーですよ??」

 

 ラミアのあざとい微笑が歓喜の胸に染み渡り、彼は高鳴る鼓動に困惑した表情で視線を逸らした。この反応を目にした彼女は打算的な思考を巡らせながら密かに手応えを感じていく中、ふと自身に巡る無意識の感覚と共に顔を上げると直ちにそれを口にした。

 

「コレは……生体反応」

 

「え?」

 

「小さな子供が一人……見つけました!!」

 

「本当に!?」

 

「ハイ!! 案内しますので、ついてきてください!!」

 

 遠隔のヴィジョン越しに景色を覗くラミアが走り出すと、歓喜もまた急ぎ彼女に同行した。二人が街中を駆け抜けていく最中にも、ラミアは更なる驚きと共に報告する。

 

「ウチが見つけた子供は、依頼主のお子さんで間違いないです!! ……待ってください。生体反応が、二つ?? いや、三つ……!!」

 

「ラ、ラミア?」

 

「依頼主のお子さんの他に、同年代と思しき子供が二人います!!」

 

「か、カガリビの中に子供達が!? どうして!?」

 

「特有の好奇心かどーかは分かりませんけど、とにかく急ぎますよ!!」

 

 間もなく二人が駆け付けた場所は、砂丘に埋もれた荒廃した市街地だった。降ってきたのか、流れ込んできたのか、その真相は定かではない膨大な砂地が一面に広がっており、ビルやタワーを呑み込んで一帯を支配している。砂地へ踏み込むにつれて視界は砂嵐に覆われはじめ、上空の晴天に粒子のノイズが走る不愉快な領域が出来上がっていた。

 

 歓喜とラミアは砂丘に足を奪われながら突き進んでいく。そして直にも砂嵐の向こうに見えてきた土管だらけの荒野にて、場違いな生命体が三つ、泣きじゃくったしかめっ面でその姿を現した。

 

 空からラミアのヴィジョンが下りてくる。羽ばたく鳥がラミアの肩へ止まると同時に、二人を見つけた子供達は(すが)る思いで助けを乞いながら駆け寄ってきた。

 

「た、助けてくださーーーい!!! お願いします助けてくださーーーい!!!」

 

 子供達にとっては、絶望の中で見つけた希望の光だったのだろう。しかし歓喜とラミアは彼らの大声を聞くなり、周囲を警戒し始めた。

 

 音を聞き付けて現れたのは、砂丘を泳ぐように移動する大型の異形。全長5mほどのそれはムカデのような胴体を持ち、節々を繋げ合わせたかのような体でうねりながら子供達へと迫っていた。頭部には鋼の顎がついており、ジンベエザメのような口を開きながら砂もろとも子供達を呑み込まんと突進する。これを受けて歓喜は迎え撃つため駆け出そうとしたが、空を切って即座に飛び出したのは彼の隣に居たラミアの方だった。

 

 一瞬の内に子供達の前へと辿り着き、迫る黄泉百鬼に立ち塞がるラミア。続けて肩に乗っていた鳥を掴み上げるよう手を掛けると、鳥は瞬時にナイフへと変形して彼女の手に収まっていく。

 

 ラミアはそれを地面に突き刺した。直後、墨汁のような黒い導火線が黄泉百鬼の下へと伸び、地中でダイナマイトのような爆発を起こして黄泉百鬼を打ち上げたのだ。

 

 現れた黄泉百鬼は、魚類の尾を持つ全体像を晒しながら横たわる。ズゥンと震動が砂丘の表面を揺らがせる光景の中、ラミアはヴィジョンのナイフを片手に黄泉百鬼へと駆け出し、今も節々を蠢かせて起き上がる異形へと攻撃を仕掛けた。

 

 頭部を持ち上げ、自立した神経で暴れ回るよう鋼の顎を振り回す黄泉百鬼。その大振りな薙ぎ払いを潜り抜けて接近したラミアは、図体の側面にナイフを突き刺すとそのまま高速で駆け出して体を引き裂き始めた。蠢く関節よりも素早く駆け抜け、ナイフの刃が尾に達すると同時に黄泉百鬼は傷口から禍々しい靄を噴き出す。

 

 子供達の下に到着した歓喜は、自身の異能力で篭手を装着しながら戦闘の様子を伺った。いつでもバリアを張れるように待機し、戦況を見守る。だが、次にも繰り広げられた光景を前にして、歓喜、ラミア共にそれを見上げながら呆然とした。

 

 黄泉百鬼の傷口からは、節足動物と思しき大量の足が現れた。ひとつひとつがグニャグニャと蠢くそれらは引き裂かれた殻に足を掛け、脱皮の要領で中から一回り巨大化した図体を引き摺り出してラミアに襲い掛かる。

 

 振り下ろされた頭部の一撃を避けたラミアは、鬼気迫る表情をしていた。こちらを捕食せんと伸び縮みして何度も襲い来る頭部を前にして、回避に専念する他なかった。だからこそ、彼女を遮るように視界いっぱいと張り巡らされた水縹の防壁にラミアは安心感を覚えたものだろう。

 

 歓喜のヴィジョンがバリアを展開し、黄泉百鬼の猛攻を防いでいた。だが、彼が異能力を使用することで今度は子供達の安全が脅かされたのもまた事実。周囲には物音を聞き付けた小型の黄泉百鬼が迫っていた。この危機的な状況を受けて、ラミアは咄嗟に歓喜へと振り返りながらそれを呼び掛けていく。

 

「カンキさんはお子さんをカガリビの外へ連れ出してください!!」

 

「でもラミアが……ッ!!」

 

「ウチのコトはイイです!! どーせいつかは死ぬんですから、だったら華々しく散りたいじゃないですか!!」

 

「それでもラミアを見捨てることはできない!」

 

「この場の全員が死んでしまったら、それこそ最悪のシナリオですよ!!」

 

 ラミアの言葉に、歓喜は苦悶の表情を見せた。それは彼女への申し訳無さからくる苦渋の決断だったのかもしれない。彼は直にも防壁のバリアを解き、自身を中心とした子供達を護るドーム状のそれを展開しながら子供達へと声を掛けていく。

 

「俺が外まで案内するから、もう大丈夫だよ。さぁ、行こう」

 

「でも、でも……!」

 

「あの人なら大丈夫だから。さぁ」

 

「でも……!!」

 

 子供の反応にどこか引っ掛かった歓喜。次にもただならぬ予感を抱きながら子供の指差す方向を見ると、そこには土管の中から出てくる新たな子供達の姿が映り込んでいた。

 

 四人、五人、六人。七人、八人、九人、十人。子供達はまだまだ出てくる。十一人、十二人、十三人。更に十四人、十五人。

 

 バリアを張っていない土管から、歓喜の下へ駆け寄る子供達が続々と現れた。予想もしない出来事に歓喜は慌ててバリアを張り直そうとするが、今も砂丘の上を駆ける子供達の下には小型の黄泉百鬼が飛び掛かっており、既に襲われる寸前となっていた。

 

 間に合わない。届かぬ手に焦燥を覚える歓喜と、今も決死の形相で巨大な脅威と対峙するラミア。それぞれが運命の瞬間を迎え、残酷な未来を前に最後まで抗い続ける、その時のことだった。

 

 黄泉百鬼が触れる直前、駆け寄る子供達が忽然と消えた。一瞬にして消え去った存在達に、黄泉百鬼も歓喜も困惑する。理解が及ばないまま彼らは周囲を見渡すと、ふと目についた高台に佇む子供達の面食らった表情、そして抱え込んだ最後の一人を下ろしていく“彼女”の姿が視界に入った。

 

 深紅のロングコートを靡かせて、分厚く束ねたポニーテールを揺らめかせた仮面の人物が振り返ってくる。途端に過ぎった勝利の確信と共に歓喜はラミアの方へ振り向くと、すかさず自身のバリアと繋ぎ合わせたチューブを一直線に伸ばし、彼女を覆い包むドーム状のバリアを展開して黄泉百鬼の猛攻から護った。

 

 同時にして、眼前に降り掛かった破壊の一撃からもその身を護る。

 巨大な黄泉百鬼の下へ落ちてきた、隕石が如き豪速の質量。その衝撃をバリア越しに間近で食らったラミアが愕然として硬直する最中、積もった砂丘を衝撃波で一気に振り払った“彼女”は周囲の黄泉百鬼を吹き飛ばし、直撃を食らって項垂れた巨体の黄泉百鬼を軽々しく持ち上げていく。

 

 そして次にも両腕のガントレットから繰り出された、破壊を司る怒涛のラッシュ。大気を殴り付け、空間ごと対象を歪ませ、悉くを終焉へと導く人力のガトリング砲は巨体の黄泉百鬼を容易く打ち上げて粉々に砕いてみせた。振り抜いた右ストレートの風圧で荒れる砂嵐は嘘のように晴れ、天を穿つ拳は晴天の太陽に向けて真っ直ぐと掲げられていく。

 

 天空からもたらされた眩い程の強烈な日差しは、“彼女”を祝福するように光の柱となって降り注いでいた。今も打ち砕いた脅威の靄を身に纏い、それを天の光で浄化しながら悠然と佇むJUNOの姿は、正に女神の化身とも言える圧倒的威厳に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 大都市『龍明』内のオープンカフェ。そこで食事をしていたユノと歓喜の下に、ラミアがトコトコと歩いてきた。彼女は二人の居るテーブルに近付くと、疲労で眉をひそめながらもどこか清々しい様子で喋り出してくる。

 

「ご協力頂きありがとーございました。ささやかながらのお礼ですが、この場はウチに奢らせてください」

 

 そう言い、重い腰を下ろして席に座るラミア。ユノも脚を組んだ悠然たる様子でコーヒーを嗜んでいく中、歓喜はラミアへと訊ね掛けていく。

 

「それで、依頼の方はどうなったの?」

 

「おかげさまで、無事に完了しました。依頼主のお子さんも送り届けてきましたよ。ハナシによりますと、龍明内でカガリビに繋がる隠し通路を見つけたから、クラスの子達と肝試し感覚でカガリビに入ったのだとか。もー、ホントに呆れましたよ」

 

「まぁまぁ、人は失敗の繰り返しで成長するんだから、ここは大目に見ようよ」

 

「それホンキで言ってます?? だとしたらカンキさんはお人好し過ぎますよ」

 

 椅子の背もたれに寄り掛かるラミアは、ぐにゃあと脱力して空を見上げた。そのまま彼女は太陽光を浴びていくと、直にも姿勢を戻してユノへと向いていく。

 

「ユノさん、ホントにありがとーございました。アナタの実力を疑っていたワケではありませんけど、正直ちょっと甘く見てました。あのチカラを目の前で見せられたら、アナタのコトを英雄と讃えたくなる皆さんの気持ちが分かりましたねー」

 

「私こそ、貴女のような素敵な女性と巡り合えた運命に深く感謝しましょう。その可憐なる美貌と揺らぎない覚悟を大事にして頂戴」

 

「ユノさんに見た目を褒められても、なんか複雑な気持ちになりますよ。ホント、ユノさんには何もかも敵いませんねー。そー思いませんか?? カンキさん??」

 

 不意にパスが飛んできたことで、歓喜は図星を突かれたように慌てて姿勢を正した。しかもラミアから意味深の視線を向けられていたため、彼はユノを一目見るなり頬を赤らめて、誤魔化すように視線を逸らしながら言葉を詰まらせていく。

 

 そんな様子を、ユノは凛々しくも穏やかな面持ちで眺め遣っていた。

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