目の前の少女の放つ異常な空気に、アオイは呑まれる。けれど臆さずに彼女の目を見る。
「あなたは?」
「そうね…ここで話すのもなんだし、ちょっと違う場所でお話しましょう?」
少女はアオイの手を握る。その瞬間、アオイの手にちくりとした痛みが走る。見ると、手のひらから血が出ていた。どうやら剃刀を仕込まれていたようだった。
「…わかった」
少女に連れられ、アオイは南1番エリアにやってきた。人気のない場所を選んだのだと理解できた。
「わたしはルセ。アマネの運命の相手かしら。まぁまだその段階までは行っていないけど」
「ルセ…?」
「ああ、その反応。アマネからわたしのこと聞いたのね?じゃなきゃそこまで警戒するわけないもの」
ルセという名前は、アマネから聞いていた。アマネのことを虐め、傷つけた張本人。しかしガラルにいたはず。得体の知れない恐怖が頬を伝う。
「…うん、あなたのことは知ってる。でもどうしてパルデアに、アカデミーにいるの?ガラルにいたはずじゃないの?」
「ああ、そのこと?別に大したことじゃないわ、ほら」
ルセはスマホの画面を見せる。そこにはメロコの描いたアマネの絵が写っていた。
「え、なんで……」
「その反応ってことはやっぱり隠してたんでしょうけど…人の口に戸は建てられないわ、ネットに上がっていたの。アマネ本人を知らないとこんな絵は描けないものね。だからアマネがパルデアにいるってわかったの」
美術室には、一般の生徒も出入りすることができる。生徒のうちの誰かがネットに上げたのだろう。だがそれを見つけて、あまつさえパルデアまでやってくるとは。ルセの執着心はかなりのものだ。
「アカデミーっていつでも入学OKなんですってね。見学したいって電話したらすぐに承認してもらえたわ」
「………」
「それで。アマネはどこにいるの?」
「…言わない」
「ああ、残念。あなたもわたしの邪魔をするのね。だったら…」
ルセがアマージョを繰り出す。それに対し、すぐにアオイもラウドボーンを繰り出す。
「…教えてもらうだけよ」
「……ラウドボーンッ!!」
ラウドボーンは鈍足だが耐久のあるポケモン。攻撃が飛んできても多少は受け止めることが……
ガシャン
アオイは、事態が受け止められなかった。いつの間にか出てきたコライドンに、抱きかかえられている。いったい、何が。見ると、コライドンの腕には鋭い蹴りの跡。そして足をしまうアマージョ。
アマージョは、アオイを攻撃したのだ。確かにアマージョは気性の荒いポケモンだが、いきなりそんなことをするとは考えにくい。となれば答えはひとつ。
トレーナーであるルセが、そう命令した。 なんの躊躇いもなく。
「ああ、残念。でも次は当ててね」
「あなた、それでもトレーナー!?」
「え?だって邪魔なんだもの。」
悪びれもせず、ルセは答える。アマネの言っていたことが理解できた。目の前の少女には、話が通じない。常識が通じないのだ。
「死にたくないなら早く教えてね、そうすれば怪我しなくて済むわ」
「……っっ、絶対、教えないから!!」
「…あなた、アマネの何?どうしてそんなに庇うの?」
「わたしは…アマネくんの、友達、だから」
「ああ………そう」
ルセがすうっと息を吸い込む。しばらく天を仰ぎ、そして地を這うような声で、吐いた。
「……死ね」
アマージョの攻撃がさらに苛烈になっていく。いくらコライドンでもアオイを守りながらでは不利なままだ。だがこのままでは……
「…アマネくんの居場所は教える。そのかわりあなたもわたしに教えて」
「! もちろん、そういうことなら喜んで。なんでも教えてあげるわ、何かしら」
「あなたは…どうしてアマネくんを傷つけるの?」
「…変なこと聞くのね、愛してるからよ。この世界って残酷でしょう?わたしはアマネに強くなってほしいの。もちろんちょっと強引かもしれないけど、それも全部アマネのためなの」
「…違う、あなたはアマネくんのことを愛してない」
「……へえ」
「だって。愛しているなら、大切なら。その人に笑顔でいてほしいって思うものだから」
「………」
ルセは黙ってしまった。逆鱗に触れただろうか。しかし、これだけは言わなければ気が済まなかった。沈黙が続く。
「……はぁ。なんだかやる気が失せた。帰るわ」
「……え?」
「何を言うかと思えば。そんなのあなたの考えでしょ、わたしの愛はあなたと違って当たり前。わたしの愛は誰よりも純粋なものなんだから。」
ルセはそのまま去っていった。アオイは呆気に取られてしまっていた。アオイの言葉も、彼女には届かなかった。ルセのいた場所に、何かが落ちているのが見えた。
「これって…クッキー?」
かわいらしい水玉模様の袋に入れられた、ハート型のクッキー。アマネに向けて作ったものだろうか。
「……アマネくんのことが好きなら、ちゃんとアマネくんのことを見るべきだよ」
その言葉は、ルセには聞こえない。
その後念のため成分を調べた結果。クッキーからは経血の成分が検出された。
アオイ
いい子。ぶっ飛んでるルセに唖然とするしかなかった。
ルセ
やべーやつ