マサラタウンから旅立ち、破竹の勢いで8つのジムを制覇。さらにはロケット団を1人で壊滅させ、そのままポケモンリーグでも優勝。そんな輝かしい功績を持つトレーナー・レッド。
トレーナーとしての彼を知る者は多いが、1人の少年としての彼を知る者は少ない。
知らないというより、興味がないと言った方が正しいかもしれない。
家は、いつも大声が飛び交っていた。怒鳴る男、泣き喚く女。その2人が世間でいう“親”だということに気づいたのは、家を出てからだった。
父はいつも怒鳴っていた。酒を呑み、スロットで金を溶かし。気に食わないことがあれば暴力、暴言を振るった。顔と体格だけは良かったので夜の街によく繰り出していた。
少年は、父親のことはなんとも思っていなかった。好き嫌いという次元ではなく、そもそも人間だと思っていなかった。なんとも騒がしい愚か者だと思い、蔑んでいた。
母親は、いつも泣いてばかりいた。父に金を貢いで、暴力を振るわれて。けれど決して父から離れようとはしない。依存していたのだ。暴力を振るわれる少年を庇いもせず、ただ見ているだけ。助かろうともしないくせに被害者面するこの女が、少年はいちばん嫌いだった。
何をしても無駄なので、少年は何もしなくなった。話すことも、何も。
ある日。父がスロットで負けたので、特に機嫌が悪かった。部屋の隅で座っていた少年を強く蹴った。あまりに強いのでアザができた。そのあと母にも暴力を振るってようやく落ち着いたのか、父は家を出て行った。
父が出ていって、母が掴みかかってきた。髪はボサボサで、顔も体もアザだらけ。なんとも惨めな姿だった。
「子供ができたらあの人も変わってくれると思ってたのに!!この、役立たず!!」
その言葉で、少年は理解した。子はかすがいと言うけれど。本当に
その日、少年は家を飛び出していった。
どれくらい経っただろうか。いつの間にか森の中だった。裸足で飛び出したはずだが、痛みは感じていない。ただ意味もなく座り込んで、夜空を眺めた。その時、何かが近づいてきた。
「ピカ……?」
「………」
少年は、それを知らなかった。ただ見たことがある程度にしか思わなかった。ちらりと見て、また夜空を眺め始めた。少しして、何かが少年の背中を叩いた。見ると、さっきの黄色い生き物がきのみを持ってきていた。
「ピカ」
「………」
黄色い生き物は、きのみを差し出してくる。食べろと言っているのだろうか。きのみを手に取って、口に運ぶ。いったい、前に何かを食べたのはいつだったろうか。煙草の吸い殻を食べさせられたのは覚えている。
甘い味が、口の中に広がる。思わず涙が溢れる。黄色い生き物はちょこんと少年の隣に座った。顔を見ると、ニコッと笑顔を向けてきた。
「………」
「ピカ」
それから少年は、その森で暮らすようになった。雨風は深い木々で凌げるし、きのみがあるので食事には困らない。秘密の水辺があるので体も洗える。それに森に住む生き物たちも少年に優しかった。少年は、ようやく生きている実感をした。
「ピカ、ピカピ」
「………」
結局、あの黄色い生き物は少年から離れなかった。それどころか何かにつけ少年の世話を焼いてくる。いったい何がしたいのだろう、と思いながらも不快でないのでそのままにしておくことにした。
ある日の夜。いつものようにきのみを食べていると、異様な気配を感じた。人でもあの生き物たちでもない、不思議な気配。陰から見つめると、何やら奇妙な格好をした女が歩いていた。
「あら、覗き見なんて感心せぇへんね」
「!?」
女はいつの間にか、背後に立っていた。女は微笑んでいるが、どこか不気味だった。
「きみ……ユキナリはんが言うてた子やろ。なんでもトキワのもりで知らん子供がピカチュウと一緒におるとか」
「………」
「まあその格好見たら少しはわかるけど。ほな……」
女が手を差し出してくる。なぜか抵抗ができない。それは黄色い生き物も同じようだった。やがて女の白い手が頬に触れる。
「ゆっくり、お休み」
その瞬間、意識が途切れた。
「………」
「おお!目が覚めたか!」
目を覚ますと、どこかの建物の中だった。体を起こすと、老人が話しかけてきた。
「全くアズキさんめ……いきなり押しかけてきて保護しろだの何事かと思ったわい。だがまぁ、事情は分かったがな」
「………」
「わしはオーキド。ポケモン博士と呼ばれておる。きみは?」
「………?」
何もかもわからなかった。色んな情報が頭に飛び込んできて、処理が追いつかない。と言うより、声が出てこない。元々喋った記憶もないのだが。
「おっと、いきなりすまんかったな。まあまずは水でも飲むといい」
言葉に甘えて、水を飲むことにした。家では目を盗んで飲むものだから新鮮だった。
それから、色んな話を聞いた。あの生き物たちは「ポケモン」と呼ばれること、あの黄色い生き物は「ピカチュウ」と言うポケモンであると言うこと。それから世間の常識いろいろ。
オーキドという老人は、嫌な顔ひとつせず少年に色んなことを教えた。顔色を伺ったが、いつもオーキドは笑顔だった。少年が何をしても、何もしなくても。ただニコニコしてそれを見守るだけ。理解ができなかった。
「お前さん、帰るところがないんじゃろ。どうじゃ、わしの元で暮らしてみんか?もちろんタダでとは言わんがな。ポケモンの研究に協力してもらいたい!」
「………」
静かに、少年は頷いた。それから少年は、オーキドのもとで暮らすことになった。名前というものがないと不便だということで、名前をつけることにした。
「………」
オーキドの部屋にあった、赤い帽子。それにどうしようもなく惹かれた。
「お、これの良さが分かるか!これはわしが若い頃に使っていた帽子でな、グリーンのやつ、ダサいと言いおったんじゃ!全く……」
「……レッド」
「へ?」
赤色。この色が好きだと、そう思った。赤色は、英語でレッドと言うらしい。オーキドに教えてもらった。だから。
「……名前、レッド」
「!!……そうか、レッドか!」
この時のオーキドの笑顔の理由がよくわからなかったが、今思えば少年……レッドが初めて声を発したから喜んだのだろう。
それからレッドは、オーキド博士のもとで暮らすことになった。
マサラタウンには、同い年の子供が2人いた。オーキドの孫・グリーンと強気な娘・ブルーだった。自然と3人でいる時間が多くなっていった。周りの大人も仲良し3人組を見守っていた。
けれどレッドは、常に一線を引いていた。どうしても、致命的なズレというものがあったのだ。「家族に愛されて育った子供」である2人と、そうでないレッドの間には。
「おいレッド!オレとバトルだ!」
「ふん、また負けるだけじゃないの?」
2人の間では、ポケモンバトルというものが流行っているようだった。グリーンはコラッタ、ブルーはイーブイ。それぞれポケモンを持っていた。普通の子供の中では強い方だったと思う。2人とも、レッドには一度も勝てなかったが。
それから数年が経ち。3人はマサラタウンから旅立っていった。それぞれのペースでカントー地方を巡っていった。度々グリーンとブルーはレッドに突っかかってきたが、特にこれといって苦戦することもなく旅を続けた。
旅をする中で、いろんな光景を見た。街で暮らす人々、野生のポケモン。それらを見るたびに、自分は普通ではなかったのだと思い知らされる。
「ピカピカ、ピカピ」
「………」
ピカチュウは、森にいた頃と変わらずレッドの傍にいる。まるで家族のようだ、と言われたこともある。家族、という単語に、レッドはどうしても身構えてしまう。
グリーンやブルーは旅の中でも、時々マサラタウンに帰っていた。家族に心配をかけないためと、単純に家が恋しいのと。けれどレッドにそういうものはなかった。オーキド博士はいるが、所詮は血の繋がりのない子供だ。顔を出すことが研究の邪魔になるだろうと考え、レッドは帰らなかった。
それからも、レッドは旅を続けた。ポケモンの仲間は増えて、ジムバッジも揃っていく。けれど虚しい。世間で話題になる「トレーナー・レッド」は、なんだか自分ではない気がして。ポケモンもバトルも好きだ。有名になりたいと思ったことはない。ただ、静かにポケモンや……家族と過ごしていたかった。
ヤマブキシティのジムに勝って外に出ると、見窄らしい格好の女がいた。一瞬誰だか分からなかったが、泣き喚き方を見て、母だと理解した。
「ね、ねえ……レッド、レッドでしょ?母さんよ、あなたのお母さん。」
「………」
「待って!お願い、少しでいいの、お金をくれない?お父さん、ロケット団っていう人たちに借金したみたいで…すぐに返さないと怖いところに連れていかれちゃうの、お願い助けて、家族でしょう?」
気づくと、レッドは殴っていた。相も変わらず父は屑だし、母も哀れだ。警察に通報して、その場を離れた。助けを求める声が、いやに脳裏に張り付いていた。
それから。レッドはロケット団を壊滅させて、カントーのポケモンリーグで優勝した。正真正銘、カントーで最強のトレーナーになったのだ。四天王も祝福して、オーキドも涙を浮かべて喜んでくれた。
けれど、虚しかった。
最強のトレーナーになって。それから何を?特に目的もなく始めただけに、困ってしまった。毎日のようにマスコミや一般人が「トレーナー・レッド」を一目見ようとマサラタウンに押し寄せてくる。呆れた。
自分は、何がしたかったんだっけ。旅をして、バトルをして、有名になって。違う、そうなりたかったんじゃない。
家族が欲しかった。自分を見てくれる人が欲しかった。もちろんバトルも好きだ。でもそれは1番じゃない。求めれば求めるほど、欲しいものが遠くなっていく気がする。
「僕は、なんのために。」
毎日、そう自分に問うた。答えは出ないまま、日々を過ごした。
だから。
「レッドさんは優しい人って、知ってますから!」
「レッドさんが強いのと、レッドさんを怖がるのに関係あります?」
「ほら、家族みたいな!」
アマネにかけられる言葉のひとつひとつが、嬉しくてたまらなかった。ありきたりで、優しい言葉。どれもが身に沁みた。涙が溢れてくる。
アマネの優しさが好き。アマネの料理が好き。アマネの言葉が好き。アマネの笑顔が好き。
だいすき。
レッド
いろいろ背負ってた人。
アズキさん
しれっと登場。