くちびるを離すと、彼女は呆然としていた。
「なあに、アマネ。ようやくわたしのもの、に……」
しかしすぐに違和感に気づいたのか、顔が歪み始める。そして。
「う、うぁ、あああぁぁ!!辛い、辛い辛い辛いぃぃ!!」
辛いものに極端と言っていいほどに弱いルセちゃん。それはウツロイドと融合しても変わらなかったようで、大きな体全体が苦しみ出した。おかげで離れられたよ。
「フラン、ありがとう」
「……ほみ!」
さっきの光は、ウツロイドたちが「パワージェム」を一斉に放ったものだった。それを察知したフランが激辛クリームを僕に渡してくれていたんだ。そのクリームを、僕は口に含んで彼女に移したってわけ。
「う、うぅ……最悪、最悪!!許さない、お前は絶対に……!!」
「許さなくたって構わない。僕たちはきみの思い通りにはならない。だから……」
僕のネックレスと、フランの飴細工が共鳴して輝く。
「……ここで終わらせる!!行くよフラン、メガシンカ!!」
「……!!」
眩い光が僕たちを包む。そしてフランが姿を見せる。
「それ、は」
「僕たちの一撃。きみにはないもの。全力で撃ち込むから」
「ぁ、あ……」
ウツロイドたちが彼女を守る。でもその程度でこれは防げない!
「フラン、全力の……ホットクリーム!!」
真っ赤なクリームが、真っ直ぐに彼女に向かって放たれる。それはウツロイドの壁も貫通し……
「あぁああああ!!!」
「うっ!?」
ルセちゃんに直撃した。と同時に眩しい光が……!!
目を覚ますと、青空が広がっていた。体を起こして周囲を見回すと、どうやらどこかの砂浜らしかった。そして僕の隣には。
「………」
……ルセちゃんが横になっていた。呼吸はしているから生きてはいるらしい。
「……ふふ、えっち」
「起きてたの」
「ふふ、嬉しいな。アマネにキスしてもらっちゃったぁ」
「仕方なかったの」
「でも最悪、初めてのキスは甘酸っぱいのが良かったのに。」
「知らないよ」
「ね、アマネはキスするの初めてだった?」
「僕からするのは初めて。ほっぺにされたことならあるけど」
「へえ、そいつ消さなきゃね」
「やめて。ていうか……起きないの?」
彼女は目を覚ましてから、起き上がらなかった。それどころか、指もぴくりとも動いてない。
「あー、もう動かないの。長い間ウツロイドと一緒になってたからね、神経毒が体に回って、動けない。死ぬわね」
まるで他人事のように彼女は言った。それがどうしてもわからない。
「……死ぬの、怖くないの」
「別に。終わるだけでしょう、それに大して苦しくないし」
「……そういうものかな」
「そういうものよ。アマネは知らないかもしれないけど……わたしって、元々こういう人間だから。何かを感じることもないの」
「そう、なの?」
「そうよ、でもアマネがわたしを、世界を変えたの。」
「それが分からない。僕何かしたっけ」
「……うん、教えてあげない」
「なんでよ。知らないままなの嫌なんだけど」
「ちょっとした意地悪、そのままずっとわたしのこと覚えていて」
「きみのことは嫌でも忘れられない」
「それは良かった」
「ていうか。最後のあれ……メガシンカでしょう、いつの間に」
「ああ、あれ。いいでしょ、フランがより強く可愛くなった」
「……褒めてやらない、わたしはあいつのこと大嫌いだから」
「別にいいよ、僕という世界一のファンがいるから」
「いいな、そんなにあいつのこと好きなんだ」
「うん、大好き」
「………」
「ルセちゃんは使えないもんね」
「そうね、わたし絆とかよく分からないから。ていうか存在を信じてなかったわ」
「なんならZワザも使えないでしょ」
「あら、気づいてたの」
「だって、アローラの時の話はいっぱい聞いたけど…Zワザの話は1回も出てこなかったし、今回だって使ってこなかった」
「……ええ、わたしは使えない。だって絆も信頼関係もないから」
「ルセちゃんは、支配するばっかりだったからね」
「よく分からないのよ、この世界って強いのと弱いの、それだけじゃない?」
「そんなことないよ、強いとか弱いとか関係なく、大切なものは大切だよ」
「……そっか」
「ねえ、ルセちゃん」
「なあに」
「僕……強くなったでしょ」
「……そうね、負けちゃった。完璧に負けた。強くなったのね」
「うん、少しは見直した?」
「やあね、わたしはずっとアマネのこと見てるわよ」
2人でくすくすと笑う。なんだか今が、いちばん平和な時間な気がする。
「そうだ、言うのを忘れるところだった」
「なあに?」
「いや、別に言わなくてもいいし、というか言いたくもないんだけど……」
「何それ、気になる」
「じゃあ言うよ」
彼女の手を握る。だらりと垂れた手が、握り返してくることはない。
「きみには、迷惑しかかけられてないけど。きみのことは大嫌いだけど。」
「……僕のことを、好きになってくれてありがとう」
「……………」
「……なんか言ってよ」
「ふふ、うふふ……」
笑い出したルセちゃんを見て、ぎょっとする。彼女の目には、涙が浮かんでいたから。
「あっはは……何を言うかと思ったら!おかしいったらありゃしない、あぁ可笑しい!」
「ちょっと……」
「……嬉しい、ありがとう。わたし今きっと、この世の誰より幸せだわ」
「一応言っておこうと思っただけ」
「そうね、嫌々言ってるのが丸わかり。でも嬉しい」
実際僕だって言いたくない。ルセちゃんが僕を好きになったことでどれだけの被害が出たか。それでも言わなきゃいけないと思った。
「ああ……そろそろ、かしら」
「……そっか」
「ねえ、最後にひとつ言わせて」
「奇遇だね、僕もひとつ言いたいことが」
「じゃあ一緒に言いましょ」
「わたしは」
「僕は」
「あなたに、会えてよかった」
「きみに、会わなきゃよかった」
顔を見合わせて、2人で笑う。やがて彼女が静かに目を閉じる。
そして、そのまま目を覚ますことはなかった。
ねえ。あなたは、覚えていないんでしょう。
わたしの世界を変えたあの出来事を。あなたに恋したあのきっかけを、覚えていないって。
傷ついてなんていないわ、むしろ……嬉しかった。
あれを当然のことだと思って、忘れてしまうような。そんな優しい人だったから、きっとわたしはあなたに恋をした。
偶然だっていい、わたしにとっては必然で、運命だった。
あなたのことを考えている時、一瞬だけ、ほんの一瞬。
わたしが弱ければ、あなたに愛してもらえたかしら。
……なんて、思ったりして。でも駄目でしょうね、わたしがわたしである限り、きっとあなたはわたしを好きにならない。そしてわたしは変われない。
それでも。あなたは手を握ってくれた。嫌々だけど、感謝してくれた。
それが、どれだけ嬉しかったか。わたしはきっと、世界一幸せな女の子。
最期に少し、夢を見たの。
あなたと一緒に旅をして、一緒に食事をして。一緒に笑い合う。
そんな、くだらない逆夢を。