◇あらすじ
タカナシに勝利したサワダ・カワベだったが、直後に次元帝・イシイの計画内容を知り、衝撃を受ける。
動けないアラキ・カワベの代わりに、“終焉の王”復活を阻止するため、サワダは一人旅立ちを決意する。
──────────
サワダたちがタカナシに勝利したその日の夕刻、アラキが買い出ししておいた食材をもとに、道場の簡素な台所で皆が食事を準備した。鍋料理や温かいスープの香りが立ちこめ、何かと騒がしかった一日を思えば、穏やかで和やかな時間が訪れたように感じられる。
食卓では、アラキが包帯姿のまま「うめぇー」と言いながら豪快に食べる一方、カワベはローブを少し脱ぎ、平静を装いつつも消耗の色を隠せない。サワダはそんな二人とともに箸を進めていたが、時折思い出したように口をつぐんでは、タカナシとの激戦やシマダの話を頭に巡らせていた。
「……ふう、腹いっぱいだ」
食事が終わると、アラキが満足そうに椅子から立ち上がり、テーブルを片付け始める。そこには落ち着いた空気が流れ、三人とも今夜くらいはゆっくり休もうというムードが漂った。
ところが就寝の時間が近づくと、サワダはデッキケースを手にして立ち上がる。アラキが「どこ行くんだ?」と尋ねると、サワダは振り返りながら微かに笑んだ。
「ちょっと、デッキを調整したくて。タカナシとの戦いで見えた欠点をどうにかしないと……焦るわけじゃないけど、やらなきゃ落ち着かないんだ」
「そうか。まぁお前はデッキをいじり始めるとキリがないからな。ほどほどにしとけよ?」
アラキは苦笑混じりに肩をすくめる。サワダはそれにうなずいて道場の奥へ足を運んだ。
アラキはしばらくその背を見送ってから、隣のカワベに視線を移す。「あいつ、雰囲気が変わりましたね。いまは自分の弱点をちゃんと見つめてる感じがします」
「……ああ。あれだけ荒っぽかったデュエルが、タカナシとの戦いを経て大きく成長した。攻撃を通すためには相手だけでなく自分も観察し、デッキそのものと向き合わなければならないと気づいたのだろう」
そう語るときのカワベは、静かな満足感に包まれているような柔らかい表情を見せた。アラキも安心したように笑い、軽く頭をかいてから言葉を続ける。
「うん。何かこう、今のサワダって、なんだかどこか“楽しそう”だ。どんな敵が来ようと、あいつなら勝ち抜ける……そんな気がしますよね」
「同感だな」
カワベは、そう短く返事をして微笑んだ。かつてのタカナシにも、こんな“正しき成長”をしてほしかったのかもしれない──そんな思いがちらりと垣間見えるが、言葉には出さず、静かに夜の道場にやさしい時間が流れていく。
──────
翌朝、道場の裏手から鳥のさえずりが聞こえはじめるころ。サワダは夜通しデッキを調整していたらしく、空が白みだす頃になってようやく床に就いた。ところが日が高くなってから目を覚ますと、すぐに身支度を始める。
起き抜けの顔を洗うサワダを、アラキが気遣わしげに覗き込む。
「昨日もあんま寝てねえだろ。ほんと無茶するよな、お前は」
「はは、まぁね。けど、見えてきたんだ……俺のドラゴン・オブ・ルインは、破壊だけじゃなく、守る力を持ってた。それがちゃんと使えるように、デッキ構築をいろいろ工夫してみたんだ」
サワダはそう言って、デッキケースに手をやる。そこに宿るカード──【ドラゴン・オブ・ルイン】──を、まるで愛おしむように見つめる。
「父さんがくれたこのカード……ただ破壊するための力じゃない。誰かを守るための、優しさも持っている。俺はその力を信じて、シマダを止めてみせる。イシイの企みは絶対に砕く。それで、コガも助け出す」
その決意を口にするサワダの瞳は昨日までの焦りや苛立ちではなく、揺るぎのない強さを帯びていた。アラキは苦笑混じりにうなずき、「そっか、頑張れよ。でも怪我しやがったら許さねえからな」と軽口を叩く。
そこへ、ローブ姿のカワベが杖代わりの棒をついて姿を現す。疲れは完全には回復していないが、倒れるほどではなくなったようだ。
「サワダ……出発するつもりか。追うべき行き先は《アトラシア群峰》だ。あそこには封印の名残が残っている。シマダを復活させるつもりなら──次元帝は必ず、あの遺跡を拠点に儀式を組む。可能性が高い、ではない。“そこしかない”」
カワベはローブの懐を探り、折り畳まれた一枚の古い地図を取り出した。紙は擦れ、特定の箇所に印がある。
「《アトラシア群峰》の概略図だ。封印の地点に印を付けてある。それから、ひとつ忠告しておく。あそこは人の出入りがほとんどないせいで通信設備も整っていない。電波は期待するな……スマートフォンを始めとした通信機器も、役に立たないと思って動け」
サワダの手に地図が渡されると、赤黒い印が目に入った。まるで“封じ目”の傷跡をなぞるように。
「わかった。ありがとう、カワベさん。そこでシマダの封印に手を出すとすれば、きっとイシイは……」
「シマダの封印を解くとなれば、次元帝は必ず封印の地へ直接赴き、解除の術式を執り行う。──つまり、狙うべき場所は明確だ」
サワダは地図の印をなぞり、ごくりと喉を鳴らした。
「……直接、来るってことか」
「解除が大がかりな術式なら──周辺に拠点を構え、術の補助や準備を進めている可能性もある」
「その場合は?」
「先に潰して足場を奪う。儀式は段取りを崩せば、脆い。
魔術の理を知らずとも構わん。陣の線、供物、支柱、魔導装置──儀式を成立させるための“形”を壊せばいい。術式は精密なものだ。ひとつ乱れれば、全体に綻びが生じる」
サワダは地図の印を見下ろし、息を呑んだ。
「……つまり、俺みたいな魔術素人でも、現場を荒らせば止められる可能性があるってことか」
「そうだ。お前は確かに魔術師ではない。だが、破壊すべきものを見誤らなければ、儀式は止められる」
脇から負傷中のアラキが低い声で続ける。
「……あり得るな。あいつは入念に筋書きを組むタイプだ。コガやタカナシを仕向けてきたように……」
カワベは頷き、サワダのデッキケース──ドラゴン・オブ・ルインの気配へ視線を落とす。そこに宿るのは、父が遺した“加護”──次元の力を拒み、次元帝の干渉をはね退けるためのものだ。
「そして、竜の加護は弱まりつつあるが、完全に途切れるまでにはまだ猶予があるはずだ。……今なら、真正面からぶつかっても有利に運べるだろう」
「……やるべきことは固まったな」サワダは拳を握り、短く言い切った。
──加護は弱まっても、まだ残っている。その事実だけで、父がほんの少しだけ背中を押してくれた気がした。
サワダは地図を丁寧に折り畳み、胸元へしまい込む。息を吐くと、迷いの色が少しだけ薄れる。
次に顔を上げ、カワベとアラキを順に見回す。
「シマダを復活させるなんて絶対許せないし、コガを取り戻すには先にイシイとケリをつけなきゃいけないからな。……行ってくる」
すると、アラキが肩をすくめながら笑顔をこぼす。
「俺はしばらく通院だから、一緒には行けないけど……戻ってきたら、ちゃんとリベンジさせろよ?」
サワダはくすっと笑い、「ああ、腕の傷が治ったら、また思いっきりデュエルしようぜ」と拳を合わせる。穏やかな陽光が道場の入り口から差し込み、サワダの決意を背中から照らした。
──────
正午を少し過ぎた頃、サワダは少ない荷物をまとめ道場を出ていく。カワベがローブの袖を揺らしながら門を開け、アラキは包帯姿で見送る。外は鮮やかな青空が広がり、旅立ちを祝福するような風が通り抜ける。
「気を付けろよ、サワダ。敵はイシイだけじゃないかもしれねえ。妙な連中がうようよしてても、おかしくないぞ。」
「わかってるって。けど、ここで立ち止まってたら、イシイの思い通りになっちまうからな。……超特急で〈アトラシア群峰〉に行って、イシイの儀式をさくっと荒らしてやるさ」
サワダはそう冗談めかして返すが、その瞳に確かな決意が宿っているのは明白だ。カワベは杖をつく手元に力を込め、「私も体を戻したら、封印の地へ向かう。だが、それまでお前に全て委ねるしかない」としっかり視線を合わせる。
「大丈夫。この“ドラゴンマスター・サワダ”に任せとけ」
そう言い放ったサワダは、腰から下げたデッキケースをポンと叩き、《ドラゴン・オブ・ルイン》の存在を感じさせる。風に舞う道場の落ち葉を踏みしめながら、門の外へと足を踏み出した。
頬をなぞる陽光に、サワダはふと空を見上げる。そこに父の姿も、コガの姿もない。それでも、必ず帰る場所がある──その思いが、彼の背中を押した。
「待ってろよ、コガ。イシイを倒して、お前のことも絶対助ける。シマダの復活なんてさせやしねえ……!」
日の光に照らされる道の先へ、サワダは力強く歩き出す。
遠くから見送るカワベとアラキの眼差しを背に受けながら。
まだ見ぬ終焉の王・シマダ。その脅威を阻み、封印された仲間を救うために。
サワダは《ドラゴン・オブ・ルイン》を携え、アトラシア群峰へと旅立った。
──────────
◆次回予告
“終焉の王”復活を阻止するべく、アトラシア群峰の遺跡群に到着したサワダ。
遺跡群を探索しようとした瞬間、サワダの前に赤い帽子を被った軽薄そうな男が現れる。
その男は自分をこう呼称した。『ポケモンマスター』と。
次回「ポケモンマスター見参!」デュエル、スタンバイ!