28:ポケモンマスター見参!
◇あらすじ
旅立ちの前日、サワダはタカナシとの戦いで見えた欠点を改善すべくデッキの調整を行っていた。
夜が明けると新たなデッキを携え、終焉の王・シマダの復活を阻止するべくカワベの教えに従いサワダは《アトラシア群峰》へと旅立つ。
──────────
場所は《アトラシア群峰》──幾重にも連なる険しい山脈の麓、霧深い谷間に佇む古代遺跡。切り出された巨大な石柱や崩れかけた神殿の廊下が、数えきれない時の経過を物語っている。
その奥深く、かつて封印の儀式が行われた巨大な広間があった。重々しい空気が漂い、廊下には奇妙な文様が走る。すべては、古代より“終焉の王・シマダ”を封じ込めるための結界だった。
しかし今、その封印を破るための儀式が行われている。
それは一人の術者だけで成り立つ儀式ではなかった。
アトラシア群峰の各所に築かれた複数の拠点が連動し、山脈全体を巨大な魔法陣として機能させている。封印の中心であるこの広間へ魔力を集約する、大規模な連動魔導──それこそが、イシイが長年かけて準備したシマダ解放の術式だった。
元来、イシイは科学研究者である。だが次元の深奥へ近づくにつれ、科学だけでは届かない領域──古代魔術と封印術へ手を伸ばすようになった。
その結果、かつての科学研究所は主たる役割を終え、禁じられたシンクロを追うタカナシへ譲られた。イシイ自身は研究の場を、機械仕掛けの実験室から、世界そのものを術式に組み込む魔導の領域へ移していたのだ。
「ようやく準備が整った。これで“終焉”への扉が開かれる……」
イシイの声は微かに震えていたが、それは恐れではなく昂揚だった。タキシードのような装いをしている彼の姿はいつも通り冷淡な印象だが、その内面は湧き立つ期待に満ちている。
古代文字が燐光を放ち、床に広がる魔法陣が輝きを増していく。天井の割れ目から一条の月光が降り注ぎ、その光の下にあった石の棺がうごめくように軋みはじめた。
「封印は今、解かれゆく。──『終焉の王・シマダ』、その眠りを終え、我らの前に顕現せよ」
イシイの低い声に呼応するかのように、棺の蓋が軋んでずれ動き、そこから凄まじい闇の気配が噴き出す。空気がビリビリと震え、遺跡の壁面に埋まっていた石が次々に剥がれ落ちるように崩れ始める。
やがて、ほのかに人型をなすシルエットが月光を背にしてゆっくりと姿を起こした。まるで世界の理を歪めるほどの邪悪なオーラを湛えるその存在──“終焉の王・シマダ”が復活の瞬間を迎えた。
「……誰だ。貴様が我を目覚めさせたのか?」
低く響く声。見る者すべてを威圧し、圧倒的な破壊衝動をまとったその目は、冷徹さと飢えた猛獣のような危険性を宿している。
イシイはわずかに微笑み、拍手でもするかのように手を合わせて応じる。
「世界の破壊を求める者、と名乗っておこう。次元帝イシイ……そう呼ばれている」
「ふん……貴様の指図など受ける気はない。我はただ、滅びをもたらすために目覚めたにすぎん」
シマダはその圧倒的なオーラを放ちながら、イシイへまるで見る価値もないという風に視線を送る。だがイシイは頷いてみせ、続けざまに低く呟いた。
「好きにしてくれればいい。……破壊が進めば、次元そのものが揺らぐ。私の“新世界”に近づくための崩壊が起きるからな」
イシイの目的は、シマダを従えることではない。
終焉の王がもたらす破壊で世界を壊し、次元の均衡そのものを揺るがすこと。そして、崩れた世界を自らの手で“再編”することだった。
その“再編”の果てに、どんな世界を思い描いているのか。
それを知るのは、イシイただ一人だった。
少なくとも今のイシイにとって、シマダは崇めるべき王ではない。世界を壊すための、最短の手段に過ぎない。
シマダの目がギラリと光る。いかにも支配欲を剥き出しにする者かと思いきや、イシイは“自分を上に置こう”という意思を見せずに黙認している。シマダにとっても、干渉されないのなら都合がいい。復活早々に制約を負う理由など、どこにもなかった。
「たわいない……世界がどれほど腐っていようと、滅ぼす価値くらいはあるだろう。……すべてが終わる、その瞬間を貴様にも見せてやる」
シマダが一歩踏み出す。
その足元で、封印の文様が次々と砕け散った。緑褐色の光は明滅しながら消え、遺跡全体を縛っていた結界が、長い年月を経てついに崩壊していく。
こうして、“終焉の王”は完全復活を遂げた。
その場に散らばる封印の欠片が、世界崩壊の序章を告げるかのように、月光の下できらりと砕け散る。
──────
イシイの儀式により蘇ったシマダは、当初の言葉どおり、誰の指図も受けるつもりはないらしい。
既に遺跡領域へ侵入していた複数のデュエリストたち──シマダの封印維持を代々引き継いできた、デュエルアカデミーの歴代首席卒業生たちが続々と駆けつけていた。
彼らは単なる優秀なデュエリストではない。
卒業と同時に封印の存在を知らされ、有事の際にはこの地へ集うことを義務づけられた“封印の番人”でもあった。
だが、シマダはその眼差しに一瞥をくれると、わずかに嘲りの笑みを浮かべた。
「虫けらのようだな……この世界に集う愚か者どもは」
そう呟いた瞬間、シマダはデュエルディスクを起動した。
空気が裂ける。
遺跡の床に、蒼黒い魔力が奔った。
連続するデュエルの中で、シマダは圧倒的な破壊力を見せつける。歴代首席卒業生たちはそれぞれが誇る切り札を呼び出したが、そのすべてが終焉の名を冠する力の前に砕かれていく。
召喚されたモンスターは闇に呑まれ、罠は発動の瞬間に崩壊し、魔法陣は逆流する破壊の波に飲み込まれた。
それは単なる敗北ではなかった。長きにわたり封印を支えてきた最後の防波堤が、音を立てて崩れていく瞬間だった。
「う……あ……」
首席生の一人が断末魔の声すら上げられずに身体を崩し、闇に溶けるように姿を消す。
破壊衝動を抑えきれないシマダはただ無言のまま、蒼いオーラをまとってさらに深く遺跡を進んでいく。
見届けるイシイは止める気配など微塵もなく、むしろやや遠巻きにシマダの力を観察するように祭壇の端へ佇んでいる。
「奴の力……やはり絶大だな。制御するなど、最初から不可能に近い」
イシイは表情を変えず、シマダの破壊を観察していた。
だが、それでいい。
制御できないことは欠点ではなく、計画を早めるための条件ですらある。シマダが暴れれば、世界は短期間で崩れる。対抗勢力が態勢を整える前に、秩序も結界も、次元の均衡も破壊される。
あとは、その残骸にイシイが“再編”を施せばいい。
やがて一通りデュエリストを薙ぎ払ったシマダは、気が済んだとでもいうように眠りから覚めた身体を伸ばしながら歩み去っていく。
遺跡の通路のあちこちに折れたデュエルディスクや崩れ落ちた岩が転がり、頭上の月光が否応なく終焉へ誘うかのように射し込んでいた。
「好きにしろ。破壊を尽くせば、あとは私が仕上げをすればいい。……世界はまもなく変わる。私が、変えねばならない」
イシイの声は、冷たく静かでありながら、底知れぬ狂気を含んでいる。だがその奥には、ただ破滅を楽しむ者とは違う、異様な確信の響きがあった。
こうして、シマダは古代の牢獄から解き放たれ、単独行動を開始する。
始まったばかりの“世界崩壊”はやがてどのような結末を迎えるのか──不穏な予兆が、アトラシア群峰の遺跡の深淵で暴れだした“終焉の王シマダ”とともに、世界をゆっくり蝕んでいくのだった。
──────
巨大な山脈が連なる《アトラシア群峰》の麓。
そこはかつて観光名所として賑わっていたとは思えないほど荒れ果てており、歩きにくい足場や背丈ほどの雑草、そして立ちこめる霧が行く手を阻んでいた。
サワダは息を切らせながら、その険しい道を一歩一歩踏みしめて進む。風が吹くたびに、全身の汗が冷たく感じられ、膝が痛みを覚えるほど疲労が溜まっていた。
「くそっ……足元が不安定でしんどいし、霧で周りの見通しも悪い……まさかこんなに辛い道だとは。昔、観光名所だったらしいからある程度整備されてると思ったけど全然手入れがされてねえ……」
弱音をつぶやくものの、その胸には「シマダの復活を阻止する」という強い決意が宿っている。カワベたちが言っていたとおり、このアトラシア群峰には古代遺跡群があるらしい。そこが、世界崩壊の引き金となる“シマダ”の封印があった場所──。
どれほど歩いたか。
ようやく霧が開け、石段らしきものが見える頃、サワダは異様な光景に遭遇する。
足元には古風なデュエルディスクが幾つも落ちていた。そこかしこに転がっているそれらは、雨と泥に汚れ、傷だらけになっている。
「これは……カワベさんが使ってた型と同じだ。たしか、首席卒業生がもらえる特別なディスクだって言ってたよな」
サワダはしゃがみ込み、そのディスクを手に取り観察する。
ところどころ傷が深く刻まれ、まるで過酷な戦闘の末に放り出されたかのような荒々しさを感じる。
「もしかして……ここに来た首席卒業生たちがシマダを止めようとしたけど、やられちまったってことか……?」
背筋をひやりとした恐怖が駆け巡る。
もしこれが事実なら、シマダはすでに復活を遂げ、人を虫けらのように蹴散らしている可能性が高い。
サワダは唇をかみしめるように立ち上がり、視線を奥の遺跡群へと向けた。
「ってことは……シマダがもう封印を破って暴れてるってことか? くそ……急がないと、コガも……イシイも……ぜんぶ遅れちまう!」
焦燥感をこらえながら、自分の身体を奮い立たせるように拳を握る。
ドラゴン・オブ・ルインの加護が弱まりつつある──このままでは、いつイシイの魔の手にかかるか分からないし、何よりコガを助け出す手段を見つけるのも急務だ。
「行くぞ……もう時間がねえんだ!」
そう呟き、サワダは散らばったデュエルディスクを脇目に見ながら、遺跡群の入口へ突き進む。
霧の向こうから低く唸るような風の音が聞こえ、嫌な胸騒ぎを一層かき立てる。
──────
遺跡群の入口は、かつて観光案内所でもあったのか、朽ちた看板と崩れかけた門が残っている。ただし誰の姿もない。
荒涼とした風景を眺めながら、サワダは警戒を研ぎ澄ませて周囲を見回した。
ここにも道中と同じ様に、デュエルディスクが散乱している。
「ここにもデュエルディスク……シマダの封印されてる遺跡群ってのはここか……? なんか随分と閑散としてるけど……」
曇天の空から霧の雨のようなものが降りそうな気配。
そんな薄暗い空気のなか、サワダが進もうとすると、ひょいっと横合いから人影が躍り出るように現れた。
「やあ。ここってお化け出るとか怪しいって聞いてたけど……あんたがいるってことは、やっぱり怪しい場所だなあ?」
声の主は、飄々とした雰囲気をまとった男だった。
どこかアロハシャツのようなくだけた服装に、派手な赤いキャップを被り、まるで危機感が微塵もない様子でサワダを見ている。
「な、何者だ……? まさかイシイの仲間か……?」
サワダが咄嗟に身構えると、男は「イシイ? それ何だ?」と首をかしげる。
サワダは困惑しつつ、舌打ち混じりに畳みかけようとするが、その男は軽く手を挙げて言葉を被せた。
「おれはオオツカってんだ。巷じゃ“ポケモンマスター”と呼ばれてる。まあ、そのへんよろしく」
「お、俺はサワダだ。って、そうじゃなくて、ポ、ポケモンマスター……? 何だよそれ。冒険者か何かか?」
サワダは目を丸くする。
これまで戦ってきたイシイの手先たちとは全く雰囲気が違うし、言動が掴みどころなく、どうにも調子が狂う。
オオツカは肩をすくめるように笑い、「まあポケモンマスターってのは、世界を旅するもんなんだわ。こういうミステリアスで伝説のポケモンが出そうな場所をなんとなーくうろつくのが常識ってやつ?」と抜かしている。
「いやいや、いっそう何言ってんだかわかんねぇよ! こっちは終焉だの封印だので必死なんだぞ……」
サワダは苛立たしげに言うが、オオツカはまるで相手にしていない様子で辺りを見回す。
そして、地面に転がるデュエルディスクの山を目に留めると、顔をしかめてサワダを見据えた。
「ん? なんだこれ、デュエルディスクがさ~めちゃくちゃ落ちてるじゃん。あんた……まさか犯人か。デュエリスト殺人犯? 誘拐犯? こりゃ異常な状況だよね?」
「はあ!? そんなんじゃねぇよ! むしろ俺は現場の──っていうか、怪しいのはお前だろ。こんな僻地まで来て、『ポケモンマスター』なんて称号振りかざして」
サワダが思わず声を荒げると、オオツカはあっさりした口調で言い捨てる。
「真犯人って、よく言い訳するよなあ。んー、正義のヒーロー・ポケモンマスターとしては、悪人は野放しにできないし……よし! デュエルで真偽を確かめようじゃないか。おれが勝ったら、あんたを警察に突き出す」
「こっちだって好き勝手言われてたまるか! じゃあ俺が勝ったら、お前がブタ箱行きだ」
気づけば二人とも自然にデュエルディスクを構えている。
荒れ果てた遺跡の入口──瓦礫と湿った土の香り漂う場所で、霧の中にデュエルフィールドのホログラムが淡く浮かび上がった。
「ポケモンマスター・オオツカ、行きまーす。あんたには悪いが、“犯人”確定させてもらうぜ?」
オオツカが気軽な調子で言うのに対し、サワダは心底面食らったまま怒りをエネルギーに変えるようにディスクを起動する。
「くそっ、イシイに続いてわけわからんやつまで出てきやがって……いいぜ、勝負してやる! ブタ箱行きはそっちだ!」
こうして、思いも寄らないトラブルから、サワダと“ポケモンマスター”を名乗る謎の男オオツカとのデュエルが開幕する。
荒涼とした遺跡の空気は一気に熱を帯び、二人の意地と勘違いが火花を散らす──。
「「デュエル!!」」
──────────
◆次回予告
ポケモンマスターを名乗る男・オオツカとのデュエル。
彼がデュエルディスクにセットしたのはデュエルモンスターズとはフォーマットが違う「ポケモンカード」だった。
可愛らしいモンスターが進化して強化されていく様相に、サワダは戸惑いを隠せない。
次回「VSオオツカ①──ビリリダマ!ゴンベ!プリン!」デュエル、スタンバイ!