◇あらすじ
オオツカとのデュエルを終えたサワダは、オオツカの紹介で「ダークウッドの庵」に宿泊する。サワダは見たこともないフォーマットの「ポケモンカード」を見せてもらい、その高揚を覚えたまま眠りにつくのであった。
──────────
サワダが眠りについた頃、アトラシア群峰の夜には、別の獣の足音が響いていた。
真夜中の遺跡群。先刻までの沈黙を引き裂くように、奥深くで荒々しい波動が揺れ動いている。
封印を解かれたシマダの余波が、石壁を震わせ、夜気を濁らせる。それに呼応するように、かつてカエル使いのコガを封印した男──デュエルバーサーカー・キタムラは、破壊衝動をさらに膨れ上がらせていた。
シマダの放つ終焉の気配は、普通の者にとっては警報に等しい。
だがキタムラにとって、それは危険の知らせではなかった。血の匂いにも似た、強者の存在を告げる“獲物の匂い”だった。
荒れた石段を踏みしだき、砕けた瓦礫を蹴散らしながら、彼は遺跡の闇を徘徊している。
「シマダ……“終焉の王”だと? へっ……興味が湧くじゃねえか」
月明かりが差し込む石畳の上を、荒々しく足音を轟かせながらキタムラが歩く。暗闇に浮かぶ彼の瞳には、狂気じみた光が宿り、笑みとも呪詛ともつかぬ歪んだ表情を浮かべる。
複数のデュエリストが行き倒れているかのような光景を横目に見ても、彼はまるで気にする様子がない。自らがキタムラと呼ばれる以前から、破壊や衝突には慣れ切ってしまっていたのだ。
「こんな弱っちい虫けらばっかりじゃ退屈すぎる。もっと、もっと強い奴と戦わなきゃ刺激がねぇ。そうだよな、シマダ……てめぇはどこにいる?」
夜気を切り裂くように鋭い声が響く。キタムラの頭の中には「シマダ」という存在との対決がすでに格納されており、それを思うだけで口元が興奮に震える。──殴り合いでもデュエルでも、とにかく勝ち残ることで真の愉悦が得られるはず。
そう確信する彼は、言い知れぬ昂揚感を全身で味わっていた。
そして、何とも言えない闇色の風が吹き抜ける石段にて、キタムラはふと足を止める。影になった崩れかけの壁に背をあずけ、夜の静寂の中で遠い昔を回想するかのように目を伏せた。
「いつからだ──渇きが治まらなくなったのは……」
キタムラは自嘲気味に笑いながら、記憶の中を掘り返していく。
──────
──もともとキタムラは、過激な喧嘩を繰り返す不良だった。
殴り合い、壊し合い、相手が怯え、倒れ、立ち上がれなくなる瞬間にだけ、生の実感を見いだすような男。デュエルにおいてもそれは変わらない。勝敗そのものより、高火力で相手を押し潰し、希望ごと叩き折る過程にこそ、彼は快感を覚えていた。
そんなキタムラがイシイと出会ったのは、地下デュエル場での一件がきっかけだった。
対戦相手を完膚なきまでに叩き潰し、周囲の観客すら引かせた夜。騒ぎが収まったあと、人気のない路地裏で荒い息を吐いていたキタムラの前に、霧のように現れたのがイシイだった。
「お前は、こんな狭い場所で燻っている器ではない」
イシイはそう言って、珍しい獣でも見定めるようにキタムラを眺めた。
「もっと強い相手と、もっと命懸けの勝負をさせてやろう。……ただのデュエルではない。世界の理すら捻じ曲げる、本物の力に触れてみる気はないか?」
その誘いは、キタムラにとって抗いがたいものだった。
強い相手。命懸けの勝負。常識の外側にある力。
退屈を嫌い、破壊にしか昂ぶれなかった彼にとって、それはあまりにも甘い囁きだった。
イシイの組織に加わってから、キタムラは次元の力の一端に触れるようになる。空間を裂いて現れる歪み。距離も重さも意味を失う感覚。人もモンスターも、ただの配置物のように捻じ曲がる光景。
最初は理解などできなかった。
ただ、それでも分かったのは──この力は、殴る蹴るの延長ではないということだ。
もっと根本から、世界そのものを壊せる。
やがてキタムラは、イシイの研究の果てにあるものへと触れる。
それこそが、“次元の真理”と呼ばれる概念だった。
世界は重なり、揺らぎ、崩れうる。
境界は絶対ではなく、力ある者はそれを越え、混ぜ、壊せる。
壊すことは終わりではない。より深い層を剥き出しにする行為にすぎない──。
だが、その真理はただの理論ではなかった。
触れた者の内側にある感情の形を、少しずつ歪めていく。恐怖は薄れ、罪悪感は遠のき、相手を傷つけることへの躊躇が削られていく。人が人であるための歯止めを、次元の奥底から静かに腐らせるようなものだった。
もともとキタムラの中には、破壊への衝動があった。
しかし、それでもまだ“戻る場所”はあったはずだ。怒りが冷める瞬間。退屈を感じる瞬間。相手が倒れたあとに残る、ほんのわずかな空白。
そうした人間らしい隙間が、かつては確かに存在していた。
次元の真理は、そこを潰した。
壊してもいい。
壊すことに意味がある。
壊した先にこそ、本当の姿がある。
そんな考えが、理性の奥へ楔のように打ち込まれていく。
キタムラ自身、それを洗脳だとは思わなかっただろう。むしろ、自分がようやく自由になったと感じていたのかもしれない。
だが実際には逆だった。
次元の真理に触れたことで、キタムラの理性は少しずつ削られ、破壊衝動を抑える最後の歯止めを失っていった。イシイが思惑を抱えて利用しようとしていたのか、あるいはキタムラ自身がその深みに飛び込んだのか──もはや、その境目すら曖昧だった。
何にせよ、いまのキタムラは、意思や倫理を超えた“破壊衝動”だけで突き動く存在と化している。
デュエルバーサーカー。
その異名は、もはや比喩ではなくなっていった。
──────
「結局、イシイに仕えてたのも、『強い敵と戦える』って話に乗っかっただけさ。ハハッ……だけどよ、ここまで『やりたい放題』やっても、あいつは適当に放任してきた。指図なんて知ったこっちゃねぇ」
忠誠なんて最初からない。イシイの組織は、キタムラにとって檻ではなく、強者へ辿り着くための通路に過ぎなかった。
闇夜のなか、不穏な笑い声を立てると、キタムラは再び足を動かし始める。遺跡群の至るところを踏破するように荒々しく歩を進め、シマダやイシイの姿を探しながら、時に周囲の石柱を蹴り飛ばして鬱憤を晴らす。
冷酷な月光に照らされる彼の横顔は、明らかに尋常でない高揚を漂わせていた。
「シマダ……どこだ? 強いやつならどこでもいい。ああ、震えるな……やっぱり俺は戦うことしかできねえ」
その独白が石壁にこだまして、まるで夜の獣が唸っているかのような錯覚を与える。興奮に乾いた唇を舐めるキタムラの瞳は血走り、闘争本能の最終段階へ突き進もうとしているかのようだ。
──────
ところが、一陣の夜風とともに、不意に人影が現れた。ローブを纏い、冷徹な眼差しを帯びた男──“次元帝”イシイが、何の前触れもなくキタムラの前へ姿を見せる。
「……キタムラ。ずいぶん勝手に動いているようだな。『ドラゴン・オブ・ルイン』の奪取もままならず、今度はシマダまで探し回るとは」
コガの封印も、サワダを見逃したことも、イシイにとっては既に計画外だった。だが、それだけならまだ駒の暴走として処理できた。
しかし、シマダにまで牙を向けるとなれば話は別だ。終焉の王の破壊は、イシイの再編計画に必要な過程であり、今この段階で邪魔されるわけにはいかない。
イシイが眉ひとつ動かさず静かに問いかける声は、夜の空気を切り裂くほど冷酷だ。しかし、キタムラは視線もそちらに向けず、あくまで遺跡の奥を睨んだまま舌打ちをする。
「イシイ……てめぇも好きに動きゃいいが、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。シマダはどこだ? あんた、奴の復活に立ち会ってるはずだろ?」
「……ふん。シマダの破壊を邪魔させるわけにはいかない。復活が成った今、お前にはもう用はない、バーサーカー」
イシイが低く吐き捨てるように返した瞬間、キタムラははじめてその方を振り返る。敵意と闘争心に満ちた狂気の瞳が、イシイを射抜いた。
「邪魔? 冗談言ってんじゃねえ。シマダと戦えるなら、本望だ……!」
その言葉にこめられた殺気じみた情熱が、二人の間に張り詰めた緊迫を生み出す。空には厚い雲が月を遮り、辺りは一層深い闇へ沈む──。
イシイは何も言わず、静かにデュエルディスクを取り出しつつ一歩前へ。キタムラは狂獣のような笑みを浮かべ、指を鳴らしながら自分のディスクを起動する。
こうして“バーサーカー”と“次元帝”、ある意味本来は同じ陣営にあったはずの二人が、決裂を迎える夜が始まろうとしていた。
「「デュエル!!」」
──────────
◆次回予告
キタムラとイシイ、危険な衝動が引き起こした同陣営同士のデュエル。
キタムラはテクニカルなLP管理、そしてイシイのデッキの弱点を突くプレイングを披露する。しかしキタムラの戦術に圧倒的次元デッキの力が襲い掛かる。
次回「キタムラVSイシイ──能力吸収!ゼロディウス!」
デュエル、スタンバイ!