転生したらまた愛馬だった…って、今度は女の子ぉ?!   作:ミヤセ

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WIKI風味に仕上げてみました。

結構、読みづらかったり、メンドクサイ状態になってますが、ご笑納ください。(ぇ


カルディナリスWIKI擬き
カルディナリスという競走馬


※本WIKIは競走馬としてのカルディナリスを紹介する。ウマ娘のカルディナリスについては当該WIKIを参照されたし。

カルディナリス(欧字名:Cardinalis 1976年4月1日~2001年1月20日)は日本の競走馬。

・父は偉大なる赤、セクレタリアト。

・母は無敗の最強女帝、ラフィアン。

 ・1978年に中央にてデビュー。

  デビュー後、無敗のまま3歳を終え、史上初の無敗三冠と無敗ダート三冠を達成した。

・所属は大窪房松厩舎。

・主戦騎手はデビュー3年目の的場仁騎手。

・馬主は和泉海運商事の会長であった故・和泉兼仁(いずみ かねひと)氏。

 

【誕生秘話〜誕生まで】

 本馬は血統表の父と母を見ても分かる通りの超良血で、なんでこの様な名馬が日本に?!と当時、多くの人々が驚いた。

 

 これは和泉氏が交友のあったラフィアンの馬主であるジャニー夫妻と親しい間柄で、そんな彼がある日、ラフィアンのマッチレースの日に、ラフィアンの右前脚の種子骨が砕けて予後不良になる悪夢を見たと夫妻に告げた。

 

 それを受けて、夫妻はローカストヒル牧場の関係者と2日に渉る協議の末、マッチレースを辞退することを決定した。

 一方、ラフィアン陣営の辞退を受けて、一度は辞退したマスターダービー陣営が参戦を宣言。

 開催されたマッチレースは終始白熱したレース展開であったが、最後の最後でハナ差でフーリッシュプレジャーの勝ちであった。

 一方、ラフィアンは放牧しようとしたが歩行に乱れを見せ、慌てて精密検査をした所、右前脚の種子骨にヒビが入っていた。

この報告を聞いて、夫妻は和泉氏に感謝し、今までの交友と今回の感謝とお礼としてラフィアンの初子をプレゼントすると打診した。

 そこで、和泉氏は父にセクレタリアトを希望し、協議の結果、その種付け費用及び日本での出産に掛かる費用は全額和泉氏が負担することとなった。

 そうして1976年4月1日に生まれたのが本馬である。

産まれた時、牧場の夜空を流星群が流れ、これは名馬が産まれる兆しじゃないかと関係者は胸を膨らませた直後、ラフィアンが出産。

 本来は手古摺るはずの初産であったがスポンッっと音が聞こえなそうにあっさりと産まれ、産まれた仔馬は15分ほどで立ち上がり、そのまま母の母乳を呑もうとするほどの食欲旺盛な仔馬であった。

 

 そしてそんなあっさり産まれ、あっさり立ち上がり、あっさり食欲旺盛ぶりを披露した仔馬の美しく明るい栗毛の馬体と金色に輝く鬣に関係者の多くが魅了されていた。

半月ほど経つと、本馬の毛色が月毛であることが判明。同行してきた米国の関係者の中には月毛は走らないから日本人に買ってもらってよかったと溢したと言う。

※後にBCクラシックで彼自身が手がけた馬をボコボコにされている

【幼年期】

 さて、本馬は乳離れと同時にその食欲を爆発させ、特にアルファルファと呼ばれるマメ科の草を好んで食べ、放牧地から離れた丘陵地帯に生えていたものを全滅させたという逸話があるほどたった。

 そして逸話からわかるようにこの仔馬はしょっちゅう脱走した。

それこそ、係員が少し目を離した隙にうまく地形を利用して逐電し、夕方頃にいつの間にか放牧地に戻っていたという。

そうしてモリモリと栄養価の高い餌を食べ、馬房でも与えられた食事をペロリと食べ、しばらくするとグーグーと音がしそうなくらい安眠していたという…。

 そんなよく食べ、よく脱走し、よく遊び、よく食べ、よく遊び、いつの間にか帰ってきていて、よく食べ、よく寝るというスパンを繰り返した彼は1歳馬の時点で2歳馬顔負けの馬体を持っていた。

 

【2歳時】

 馴致などはあっさり熟してしまい、あれよあれよという間に当歳馬時代から熱心な営業をしてきた大窪厩舎に入厩した。

 そして、資質ありと見込んでいた筈の大窪調教師自身も驚くほどあっさりとコンスタンスに仕上がり、あっさり早い段階でのデビューとなった。

新馬戦は6月3日の新馬戦で鞍上を生涯唯一任せた的場仁騎手でデビュー。

 スタートと同時にロケットスタートを決めるもすぐに先手を譲り、好位をキープ、最後は流したままで7馬身差というトンでもない実力差を見せつけての圧勝、周囲との次元が違い過ぎた。

 

 その後は札幌2歳ステークス、東京スポーツ杯2歳ステークスと重賞を持ったまま流しながらで連勝し、本番の朝日杯フューチュリティステークスにコマを進めた。

朝日杯でも持ったままでマルゼンスキーのレコードにと同じ時計で圧勝し、無敗のまま3歳に駒を進める。

この時点でクラシック最優良候補どころか無敗三冠への期待とその美しい見た目から女性ファンが増加し始めた。

 

【3歳時】

 そうして迎えた3歳クラシック。

京成杯から始動し、きさらぎ賞、弥生賞と依然持ったままで三連勝で本番の皐月賞を迎える。

 

 本番の皐月賞でもいつも通りの好位先行し、最後は中山の短い直線だけで7馬身差をつけるも、この時も終始流していた。

そして、そのまま日本ダービーへ駒を進めると判断した周囲に反し、翌週開催の羽田杯に参戦。

 

 初のダート戦であったが、調教でダートを多用したこともあり、適性十分と見なしていた運営の読み通り、父セクレタリアトばりの走りで12馬身差の圧勝。

結果、彼のぶつかるのは芝勢だけと高を括っていたダート勢は突然の魔王の降臨に恐怖を覚えたという。

 

そして短期放牧後に迎えた日本ダービー。

ここでも好位先行からの再び持ったままで8馬身差。

 

その後は長期放牧かと期待する周囲を裏切り、東京ダービーに参戦し、これも流したまま15馬身差で勝利。

※この時点でG1勝利数が5つとシンザンに並んだ。

 

その後、漸くの夏休みを満喫し、秋は朝日杯セントライト記念で始動する。

 

ここも流したまま6馬身差の勝利。

続くジャパンダートクラシックも流して父張りの20馬身差で圧勝。

この時点で無敗のダート三冠を達成し、シンザン越えも為した。

 そして、迎えた大本命の無敗三冠を賭けた菊花賞。

ここまで負け続けていた他陣営もこの一冠だけは譲れないと気合を入れて仕上げてきた。しかも、カルディナリスは大外枠を引いてしまい、圧倒的な不利を受けていた。

その日、パドックではこれまでに見たことのないレベルでの仕上げ状態の各馬に多くの競馬ファンが激戦を予想し、自分たちの推し馬の勝利を祈った。

 

 レースはハヤテアズマが大逃げを仕掛けて、先行勢が軒並み引っ張られるハイペースとなり、3コーナーを超えた辺りで一気に後続が詰め、それまで逃げていたハヤテアズマにカルディナリスを含め後続が一斉に襲い掛かった。

4コーナーを曲がって、ハヤテアズマを抜く際に、初めて的場騎手は鞭を入れる。…するとカルディナリスが一挙に加速し、的場騎手は危うく落馬しそうになるも必死にしがみ付きながらも追い、他馬をあっと言う間に引き離し、2着のハシハーミットに推定14馬身差の大差をつけてゴール板を通過。

日本競馬史上初の無敗の三冠馬の誕生に競馬場は大いに盛り上がり、実況の杉元氏も最後の直線では思わず『桃色ズケットを被った枢機卿が月の女神を伴って、淀に今、三冠馬が降臨した!我が国競馬史上初めての無敗の三冠馬の誕生か!?もう後ろからは届かない!月の女神に愛された馬、ただ一頭!先頭で今ゴール板を通過しました!!おめでとう、カルディナリスぅぅぅぅ!!』と叫んだ。

 その後、短期放牧を挟んだジャパンカップでは6馬身差で日本馬初制覇を為し、有馬記念でも8馬身差と強さを見せつけてその年を終えた。

 

【4歳時】

 4歳は1月のアメリカジョッキークラブカップから始動し、農林水産省章典京都記念、金鯱賞と安定して勝ち鞍を増やし、大阪杯・天皇賞(春)を順当に勝ち、宝塚記念を迎える。

この時点でキングジョージ6世&クイーンエリザベス2世ステークスへの参戦を表明しており、結果次第では凱旋門賞も狙うと陣営は表明。

宝塚記念はあっさり勝つも、キングジョージ6世&クイーンエリザベス2世ステークスは慣れない欧州芝に足を取られ、加速が利かず、クビ差の3着に終わる。

無敗記録の停止を受け、精神ケアも含めて、日本へ帰国し、放牧に出す。

ここで心機一転し、毎日王冠から始動し、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念をいつも通り、流して勝利。

この年は天皇賞春秋連覇に加え、春秋グランプリ連覇、ジャパンカップ連覇、有馬記念連覇と記録尽くめの1年だった。

-

【5歳・6歳】

5歳と6歳は香港・豪州・米国を蹂躙した。

生憎、欧州芝は合わなかったようで、4歳から挑戦したキングジョージ6世&クイーンエリザベス2世ステークスは3年連続クビ差3着、5歳と6歳に挑んだ凱旋門賞は2年連続ハナ差2着と届かなかった。

しかし、香港と豪州、米国では無敗を誇り、結局生涯敗北したのは欧州でだけという結果となった。

特に香港と豪州の芝は本馬に合った様で最低着差が7馬身と圧勝しかせず、ラストランに至っては最後の直線だけで推定20馬身差を追加した程だった。

また「「これまで本気を出したことがなかったが、ラストランだけは印象に残そうと本気で走らせた」」と鞍上の的場騎手や大窪調教師が後年のインタビューで口を揃えて述べている。

凱旋門賞で何故本気を出さなかったのか…。という質問に対しては馬場状態が最悪だったのであそこで本気を出したら故障していた可能性を馬自身が察していた。という回答で陣営は一致している。

 

そして、引退式はその年の有馬記念の興奮冷め止まぬ中山競馬場で行われた。

会場にはメインレースが終わり、既に夕方の6時を回っていたにも関わらず、8万人を超えるファンが参列した。

 

【種牡馬時代】

引退後は日本で種牡馬となる。

 しかし、和泉氏は口数制限を厳しく設け、年間80頭分で、自身の牧場で肌馬を25頭用意し、更に残りの55口のうち、ジャニー夫妻へ10口、父セクレタリアトの馬主、ヘレン・チェナリー氏に5口を譲り、更に10口を北海道の中小生産牧場枠として供出し、毎年くじ引きで選ばれた牧場に譲渡し、残りの20口を世界中の馬産界が奪い合うとんでもない種付け権争奪レースとなった。

その後はサンデーサイレンス旋風の直撃を受けるも、国内や世界中に活躍馬を輩出し続け、今もその直系や傍系は太く続いている。

中でも日本競馬史上初の凱旋門賞馬で、日本国内生産・調教馬として史上初の無敗の英国・愛国・欧州三冠馬であるエータスアウレア、史上初の無敗での牝馬3冠完全制覇馬のアメノツキヒメ、メジロ家悲願のダービー馬、メジロクロノス、サクラ軍団初の三冠馬サクラフジノオーなどを国内では輩出。

更に96年日本クラシック(桜花賞・皐月賞・オークス・ダービー・菊花賞・エリザベス女王杯)制覇という訳分からない記録を達成した名牝アメノユキカゼを輩出している。

 

 海外でも英国調教馬初で王室厩舎所属馬のギフトフォープリンスが無敗での欧州3冠馬を達成、その3歳下の全妹のプレシャススマイルも牝馬ながら欧州三冠を達成するなど本場英国の競馬紳士の脳を焼いた。

他にも英国牝馬三冠馬の名牝クレイジーヌル、愛国三冠馬の牝馬クイーンメイヴ、無敗の米国4冠馬のムーンチャージャー、無敗の日本ダート3冠牝馬にしてJBC3連覇を為したレディカーディナルなどを輩出。

 

 母父としては英国三冠馬のナイツオブオナー、双子の三冠馬と呼ばれる兄妹の兄の無敗の欧州マイル・仏国三冠馬のナポレオン、その双子の妹にして無敗仏国牝馬三冠並びに欧州オークス三冠のジョゼフィーヌなどを輩出している。

 

 彼の牝系は国内産馬の直系繋ぎとして優秀で、オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワン、タマモクロス、トウカイテイオー、ライスシャワー、サイレンスズズカの直系活躍馬を輩出し、その血統を今に伝えている。

 

【晩年】

1997年に種牡馬を引退、和泉氏の所有する北海道鵜山のイズミファームでノンビリと功労馬として過ごす。

2000年、孫の親友であるステイゴールドの宿願達成を見届けた後、年末に和泉会長が急性心不全で亡くなると体調が急激に悪化。

正月を過ぎる頃には自立する事も困難になっていた。

 そして、成人式の日の朝、馬房の入口で立ったまま亡くなっていた。

亡くなる前日に嘗ての相棒の的場仁騎手が訪問した時はそれまでの不調が嘘のようにピンピンしていた為、突然の訃報に関係者は困惑するしかなかった。

葬儀はイズミファームで行われた。

墓はイズミファームの放牧地そばの小高い丘にあり、今も後輩や子孫を見守っている。

 

【競走馬成績】

生涯成績、51戦46勝(2着2回、3着3回)。

生涯獲得賞金総額は推定、118億9,445万円。未だに文句なしの歴代トップを走る。(2位から10位まで彼の産駒が独占している。)

 

年度代表馬に4連続で選出された。

銅像建立をJRAより打診されるも、何故か本馬が怒りと嫌がりを示し、和泉氏もその意図を呑み、その案は流れた。

その美しい月毛は引退後、観光資源としても話題となり、さらには代表的な産駒にのみ遺伝した事から『月毛は走らない』というジンクスを破り、逆に『月毛はヤバい』とまで言わしめた。

※ただし、ラストクロップ世代のアメノユキカゼは産駒唯一の佐目毛の競走馬であり、この関係で繁殖牝馬としての貴重性が上がった。

 

ウマ娘としてのカルディナリスについては当該ページを参照




因みにライスシャワーに関しては和泉氏が馬主と幼馴染で、宝塚記念の前の月に例のリアルな悪夢を見た和泉氏が「うちが毎年10頭肌馬用意するから、出走させないでくれ!」とまで泣きついて、落としたおかげで生存しました。
サイレンススズカについても同様で、和泉氏が天皇賞(秋)で骨折するスズカの姿を夢見したことを又聞きした馬主さんが出走を取りやめています。
この時もその話を聞いた和泉氏がアメノグルーヴなどの肌馬を用意すると彼に約束しており、実際にそのおかげでサイレンススズカ系が確立しています。

ある意味、彼が競争馬の負傷する悪夢を見たら走らせるなというのが確立した瞬間でした。
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