デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
1話 “結婚の悪魔”はマキマに目をつけられる
“悪魔”というのは、宗教や伝承によって語り継がれる人間を惑わす存在。
もしくは、人道を外れて他者を害する人間そのもの。
少なくとも、どの地域にも似た様な伝承があり、人間を害する存在と認識されている。
しかし、この世界では名前を持って“悪魔”は生まれる。
「けーき、ケーキ!」
その全ては、人間に考えが及ぶ存在であり、必ず何かしらの恐怖によって誕生する。
たった今、“ケーキの悪魔”がこの世に誕生した。
「ケーキ!ケーキ!」
ケーキといえば、パティシエが作る洋菓子だったり、料理名のイメージが強い。
明らかに悪魔の名を冠する存在に感じられないが、この世界ではその認識は間違いである。
「食べて!食べて!」
例えば、若い女性がダイエットをしているとする。
そして彼女は困っているとする。
「おいしそう!」
自分の体重とスタイルを気にしているのに友人が2人でケーキを食べようと誘って来るのだ。
必死に食事制限をしているのに甘い香りと友人の好意を断り切れずにズルズルと誘い込まれた。
食べたいという本能と糖分を控えないといけないという理性に挟まれる彼女は悩む。
「食べたい、食べたい」
食欲、睡眠欲、性欲は、人間の三大欲求の1つである。
キリスト教のカトリック教会では【七つの大罪】の1つである暴食は食欲と深い結び付きとなる。
「みんな食べてほしい」
故に人間が思いつく【食材】も人を大罪に結び付ける存在であり、人を惑わす悪魔になりえる。
そして、この世に生まれた悪魔は、人間が恐怖を抱く事で生まれる存在。
「食べてほしい。食べてほしい。食べてほしい」
よってケーキの悪魔は、ダイエットをする若い女性が中心となる恐怖で誕生した。
そのせいで食べられる事を至福とし、自分の全てを人間に食べてもらう事を本能とした。
例え腹が破裂しようが、甘くて美味しいケーキであれば、別腹でいくらでも食べれるはずだ。
「たべてたべてたべてたべていらっしゃい!」
だから自分を食べさせる為にまずは喋る事を意識した。
ケーキといえば、店で買う物である。
材料を集めて調理して生み出す場合もあるかもしれないが、ケーキ単体なら買うものである。
だから人間に呼び掛ける為にこの世に誕生した瞬間、自分の肉体に口と声帯を作った。
「いらっしゃい!いらっしゃい!」
次にケーキの悪魔が意識したのは、人間に自分を食べてもらう為に足を生み出した。
そのまま地面に置いてあるケーキなど誰が食べるものか。
それに人知れずに置いてあったら、人間はケーキを食べてくれない。
だからこの場から移動する為にケーキには不要なはずの2本の足で動き回る事にした。
「食べたい人!いらっしゃい!」
次に食べてもらう人を探す為に肉体に眼球を生み出した。
そして情報を処理する為に脳も生み出した。
これにより視神経を通じて自分を食べてもらう人間を認識する事が可能になった。
「おいしいよ、ただよ!お得だよ」
最後にケーキの悪魔は、ラッピングを欲した。
ケーキの上には苺やチョコが乗っかっているものである。
しかし、この場に都合良く転がっているわけがないので代用をした。
「虫も絶賛するおいしさだよ!」
だから近くに居た昆虫を捕食しまくって自分の肉体に昆虫を生やしまくった。
そのせいでケーキの悪魔の外観は、本来のケーキとはかけ離れた姿となる。
「たべておいしいよ、ただよ、すべて食べてね」
目玉が4個に大きな口、そして二足歩行で歩き回る虫だらけの肉体となった。
これは本来の姿ではないが、この世界に適応する為に進化しただけである。
「たべてたべてたべてたべて」
山奥の大きな沢にある林で生まれたケーキの悪魔は動き出す。
人間の匂いを感知して食べてもらう為に人里に向かって走り出した。
悪魔には元より獲物や同類を探せる嗅覚が備わっているのだ。
「すべて食べてお残しはだめだよ、死んでもたべて」
戯言を叫びながら沢を降るケーキの悪魔は、本能に基づいて人間に自分を捕食させようとする。
これがケーキの悪魔による【契約】である。
人間からすれば、はた迷惑どころか死に直結する一方的な契約であるが、悪魔は気にしない。
この世に生まれた以上、自分に怯える人間と1つになる為に走り続けた。
「美味しそう」
誰もが恐怖する肉体に変化したケーキの悪魔だが、誰かが食べたくなったらしい。
ただ、聴覚が存在しないせいでケーキの悪魔はその存在を認識できない。
ひたすらに人間の匂いを嗅ぎながら走っているのだから。
「いただきます」
それが致命的だった。
何者かによって攻撃を受けたのか。
ケーキの悪魔の両脚は千切れてしまい、本体は前屈みで滑って大木に激突した。
「美味しいいい」
さきほど虫を捕食したのと人間の部位を生み出したせいで生まれた血が辺りに散らばった。
その血を舌で舐めまわす茶髪の青年は、傍から見ると異常者に見える。
「たべてたべて!」
とりあえず、人間が現れたと分かったケーキの悪魔は捕食を願う。
もし、足が千切れなかったら自分から口に捻じ込んで食べてもらうはずだった。
それにより窒息しようが胃が破裂しようが、ケーキの悪魔は知っちゃこっちゃなかった。
「違う!おまえじゃない!」
しかし、目の前の青年が人間じゃないと気付いてケーキの悪魔は拒絶する。
一方、青年は虫だらけのケーキの悪魔の肉体をむしゃむしゃと頬張って咀嚼していた。
「もぐもぐ」
素手でケーキの悪魔を千切って捕食する青年の正体は、またしても悪魔である。
ケーキの悪魔と同時期に人間界に誕生したものの飢えていた。
そこに偶然、ケーキの悪魔が通りかかったので捕食しようと攻撃したのだ。
「美味しい」
血塗れのケーキを嬉しそうに捕食する悪魔は、自分がどんな存在が思い出せない。
元々、悪魔は地獄で生まれてそこで死ぬと現世に生まれてくるのだ。
「これで思い出せるといいけど」
ただし、地上に生まれると別固体となり、地獄に居た時の記憶が例外を除いて抹消される。
しかし、青年に化けている悪魔は記憶どころか自分の名前すら忘れてしまった。
人が生み出した概念を司る名前を憶えていない悪魔は、とりあえず血を欲した。
「たべるな!おまえじゃない!人間を喰え!」
「うるさい、今、必死に思い出してるんだ!大人しく喰われろ」
拒絶するケーキに対して更に肉体を解体するその姿はまさしく悪魔であった。
最終的にケーキの悪魔を全て捕食した悪魔は、腹をさすりながら笑っている。
「もう少しで思い出しそう」
人々を恐怖させる名前を必死に思い出そうとした悪魔は、もうすぐ答えを導けそうであった。
「ケーキ、砂糖、バター、甘い、記念、特別、クリスマス」
ケーキの悪魔の現状が自分の名に冠する事は思い出している。
あとはどんな名前になるのか思い出すだけだ。
「記念日、プレゼント、好き、大切な人、恋人、愛」
自分の名に近づいているんだが、遠ざかっているんだが分からない。
とりあえず思い浮かんだ単語を適当に発言して自分の本能と一致するか調べていた。
「婚約!」
とある単語を発言した時、落雷の直撃を受けたように青年は痙攣する。
「近い!」
自分が求めている単語に近いと感じて必死に類語を叫ぶ!
「ウェディング!縁談!縁結び!交際!デキ婚!交尾!ズッコンバッコン!」
もう少しで自分の名を思い出せる悪魔は必死に叫び続ける。
「結婚!」
ついに思い出した。
「結婚の悪魔!」
ケッコンの悪魔という名前だった。
ようやく自分の名前に繋がる発音ができた悪魔は満足する。
「結婚!結婚!最高!」
自分の名前を思い出した茶髪の青年に化けた悪魔は嗤う。
ようやく悪魔として活動を開始できるのだから。
【契約】という概念も本能も自分の名前を知らないと構築できなかったのだ。
「結婚!サイコー!」
血塗れを除けば美青年であった悪魔は、結婚の悪魔と自称して人間界で暴れ回る事となった。
それから数年後、東京都、港区。
この地区の昼間は、各地から集った様々な人々で街が賑わう。
しかし、夜になると一変して一部の繁華街を除いて静かになる。
その代わりに夜にしか現れない店が営業するなど怪しげな雰囲気を漂わせていた。
「もう、結婚を諦めたいです。どうせ私なんか選ばれませんし…」
闇を照らすような煌びやかな繁華街の端に古びた結婚相談所が存在する。
この相談所は、夜間に活動する男女の為に深夜に営業を開始していた。
そんな相談所に通い続ける女性は「結婚を諦める」と結婚コンサルタントに告げた。
「そこで諦めたら今までの努力が無駄になりますよ?」
「こんなに頑張っても無理でしたので実家に戻って母親と共に余生を過ごしたいです」
相談している女性は今年で39歳となる…所謂、行き遅れであった。
一応、20代の頃は異性からモテて遊びまくったが、三十路になった瞬間、捨てられてしまった。
慌てて金持ちと婚活しようとしたが、自分のスペックに合わない条件のせいで破局続き。
自分の年収が200万なのに妥協を重ねて年収800万の男を探したが、ついに心が折れたのだ。
「本当にそれでいいんですか?」
「だってしかたないじゃない!男が私を選ばないんだもの!」
年齢を重ねただけで捨てる男に女性は苛立ちを募らせた。
なにより結婚相談所のコンサルタントも自分の非だけ責めるのもストレスがあった。
「確かに男性は女性の年齢を真っ先に見る物です。ですが…」
「だったら、あんたが私と結婚してくれるの!?」
ついに女性は、他人事のように話す素振りがあるコンサルタントに怒りをぶつけた。
男が若さだけを選んでいないのであれば、あんたはどうなの?って嫌がらせのつもりでやった。
「それは、
「結婚は契約でしょ!?それともなに!?私を馬鹿にしてるの!?」
ところが、想定とは違った返答のせいで調子が狂った。
何故か乗り気に見えるコンサルタントが自分を貶めようとしているのか。
そう考えた女性は、貢いでもらったブランド物のポーチから婚姻届を取り出した。
「これ!!あんたに書けるの!?」
「えぇ、書けますよ!あなたが望む男性の名などいくらでも書いてみせます」
そして机の上に婚姻届を置いて女性が叫ぶとあっさりとコンサルタントはサインしてしまった。
「え?」
「あれ?結婚する気が無いのに婚姻届を持ってきたんでしょうか?」
さすがにここまではしないと思ったせいで女性は今の出来事が本当か疑ってしまった。
それに対してコンサルタントは、自分の行為を肯定するかのような発言をしてきた。
「本当に?」
「えぇ、あなたが結婚を諦めては勿体ないと思ったので…」
ようやく目の前に居る相談相手が自分の運命の人だと気付いた。
良く考えてみれば、取り乱した自分に何度も向き合ってくれた相手である。
求めている年収には達していないと思うが、これで妥協しようと考えた。
「じゃあ、私も…」
もしかしたら遊ばれていると感じながらも女性もサインを記す。
未だに信じられない気持ちで書き終えて顔を上げると青年は微笑んでいた。
「もしかして…信じていませんよね?」
「…はい、未だに本当に結婚できるのかと」
今まで男性に裏切り続けられた女性は、未だにコンサルタントを信じていない。
もしかしたらその気にするだけで追加料金を取る気かも…って思ってしまった。
「じゃあ、これが証拠です」
すると、コンサルタントは文房具入れにあったカッターナイフを取り出した。
そして自身の左手にある中指を軽く斬りつけて机の上に血を流した。
「な、なにを…!?」
「ああ、血判を作ろうと思っただけですよ。そうしないと本気だと信じてくれないでしょ?」
どうやら血判を作る為にコンサルタントは自分の指を切ったようだ。
婚姻届に印鑑が必須*1であるのは知っていたが、血判でも可能なのは初耳である。
絶対に可笑しいと思うが、結婚相談所のコンサルタントがそんな基本的なミスを犯すわけがない。
そう考えた女性は、目の前の男性の行動を深く疑う事はしなかった。
「これでよし」
「あっ、婚姻届には捺さないんですね」
「さすがに血判は適用されませんからね」
もちろん、婚姻届に捺すものでなく彼の本気を示したものだった。
適当なメモ帳に血で濡らした親指を当ててくっきりとした血判を捺した。
「あなたも捺してください」
「私も…?」
「お互いの意志を確認したいので…」
どうやら自分も捺さないといけないらしい。
他人の血は危険というイメージがあるが、すぐに手を洗えば問題無いだろう。
それに結婚相談所は、男性からぼったくる契約金があるので多少は儲かっているはずだ。
「分かりました」
ようやく専業主婦になれると思った彼女は、親指を血で濡らしてメモ帳に血判を捺した。
「そうそう、何点か訊いてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
伴侶となる男性から質問されたのでとりあえず内容を聴くことにした。
「年収800万の男性と結婚したかったんですよね?」
「え?……はい、そうでした」
何故か自分の要求事項について問われてしまった。
これには女性も困惑したが、お金の話は重要だと気付く。
「それに1日でも早く結婚したかったんですよね?」
「はい、明日にでも結婚したいです」
「行き遅れのババア」とパート仲間に馬鹿にされる人生もこれで終わりである。
だから明日、婚姻届けを役所に提出して結婚したいと告げてしまった。
「では、それが守れなかったら死ぬ覚悟はありますか?」
「はい、結婚できないのであれば死にます」
話の流れで結婚できなかったら死ぬと断言した。
どうせ結婚できるのだから多少の冗談くらいは看過したつもりだった。
「では、契約成立です。あなたは明日までに年収800万の人と結婚できなかったら死にます」
「……え?」
「もちろん、あなたが年収800万の男性と結婚できるように私も努力を惜しみません」
目の前のコンサルタントが何を言っているのか分からない。
「私は結婚の悪魔、あなたが契約期間内に結婚できるようにお相手をピックアップしました」
ただ、1つ言える事は、目の前に居る悪魔に不本意で契約してしまった事。
「その為に力は貸しますが、あくまで結婚は、あなたの力と努力で行なってください」
なにより、自分の意志で悪魔と契約してしまった事。
「婚姻届が受理できる役所の終業時間までに提出できなかったら即死する事をお忘れなく…」
慌ててデビルハンターに通報しようと席から立ち上がる。
しかし、目の前の悪魔は想定内と言わんばかりに余裕だった。
「そうそう、あなたが結婚しましたら結婚の契約を終了しますのでご了承ください」
悪魔からすれば、嘘は言っていない。
結婚すれば、何も問題なかったのだ。
「そうすれば、あなたは今後も伴侶と一緒に人生を歩めます。特に問題ないはずです」
結婚さえすれば、命を奪わないし、追加の契約をする気はない。
あくまで結婚するまでの契約で力を貸すというだけ。
そして結婚できないのであれば、契約者を強制的に殺すというだけである。
「た、助けて!!悪魔が!!」
「別にデビルハンターを呼んでもいいですよ。結婚に失敗しない限り、無害な悪魔ですから」
「いやあああああああああああ!!」
「あっ、最後まで話を聴いた方がいいですよ?」
悪魔に詰め寄られた女性は、結婚相談所から飛び出して交番に向かって走り出した。
明らかに身体能力が向上していると自覚しない彼女は泣き叫びながら走り続ける。
そんな姿に見向きもしなかった結婚の悪魔は、血判が捺されたメモ帳を開いて笑う。
「せっかく年収800万の殿方をピックアップしてリスト化しましたのに…」
悪魔からすれば、なんでそこまで拒絶されるのか分からない。
むしろ、契約してないのに彼女の為にタダ働きしてくれたのを感謝して欲しいくらいだ。
「あっ、もしかしてこのサインが私の名前だと勘違いしたのか…」
もしかしたら、彼女は自分と結婚したいのかと思った。
さきほど婚姻届に書いたのは、彼女に一番似合いそうな男性の名前であった。
先に自分と結婚したいと言えば、了承して役所まで着いて行ったというのに…。
「まあ、結婚生活を楽しみにしているなら私と相性は最悪だと思いますけど」
彼女の性格からして結婚した夫に寄生して資産を食い潰して生きていくのは間違いない。
あくまで結婚成立に拘って離婚に躊躇いが無い悪魔は独り言を呟く。
「やれやれ、またしても結婚は不成立か。もう少し勉強してみるか」
あまりにも【結婚の契約】が成り立たないので結婚相談所に勉強に来ていた。
職場の同僚から恋愛のテクニックや受講者への説明マニュアルもしっかりと覚えた。
それでも、この有様なのだから自分が結婚相談所に相談するべきかもしれない。
「一応、結婚する可能性があるならば私も諦めてはいけないな…」
どうせ、結婚できないと思うが、猶予は半日以上ある。
彼女の居場所を把握している結婚の悪魔は、ハンガーから取り出した上着を羽織る。
そして何食わぬ顔をして二度と来ない結婚相談所に一礼してその場を立ち去った。
「お、お巡りさん!!」
一方その頃、女性は懐中電灯で夜道を照らす2名の警官に出会った。
すぐに助けを求めると警官たちは何事かと彼女に駆け寄った。
「どうしましたか?」
「あ、悪魔に!!契約させられたの!!早くしないと私、死んじゃうの!!」
警官に出会って安心…するわけもなく女性は事情を説明する。
しかし、状況が把握できない警官たちは、ひとまず女性を落ち着かせようと優しく声をかける。
「事情は分かりました。ただ、これだけじゃ分からないので一旦、落ち着いて…」
ただし、死と悪魔への恐怖で狂乱状態に陥っている女性相手には悪手だった。
「これが落ち着けるって言うの!?」
だから女性は手を振り上げて警官に軽く引っ叩いて反論しようと試みた。
「ぶばぁ!?」
女性からすれば、軽く警官を叩いたつもりだった。
警官としても想定内だったのでこの程度の攻撃なら公務執行妨害に問わないつもりだった。
時速80kmの10トントラックと激突する衝撃に匹敵する攻撃を警官が喰らうまでは…。
「……え?」
弾け飛んだ血肉は、その衝撃ゆえに激突した石垣さえ粉砕し、その先にあった民家も大破させた。
そんな衝撃的な光景を引き起こしたのは、自分が警官を引っ叩いたせいだと女性は自覚できない。
「きゃあああああ!!」
むしろ、『自分を追いかけて来た悪魔がやった』と心の中では責任転嫁したほどだ。
絶叫して後退りする女性だったが、現実を知る事となる。
「動くな!!両手を挙げなさい!!」
相方の警官は同僚を殺した女こそが悪魔だと判断して警棒を向ける。
本来であれば拳銃をホルダーから抜くべきであるが、
そのせいで遥かに格上の相手に警棒1個で白兵戦を挑まないといけないのだ。
「違う!!私じゃない!!悪魔がやったの!!」
女性としても警官を殺すつもりじゃなかった。
しかし、客観的から見れば女性が警官を殺害している上に妄言癖がある状態だ。
そしてその被害規模からして明らかに民間の手に負える存在でないのは確かだった。
「こちら…「違うの!!」ぶげぇ!?」
なので無線で連絡を取ろうとした警官を女性が止めようとした。
だが、またしても警官の肉体は粉砕されて飛び出した血肉が道路を真っ赤に染めた。
「きゃああああああああ!!悪魔よ!!」
「デビルハンターを呼べ!!」
さきほど民家が大破した衝撃で近隣の住人が何事かと家から飛び出していた。
なので、またしても警官を殺害して呆然とする女性を見て誰もがパニックに陥る。
誰もが助かりたい一心で叫ぶが、悪魔と契約した女性も同じである。
自分を「悪魔」と呼ぶ住民に彼女は助けを求めるが、状況は悪化するだけだった。
「無駄に手こずらせやがってよ…」
――結局、公安対魔特異の2課と3課が出動し、必死に抵抗する女性を殺害した。
3課に所属する職員が苦し紛れに発した言葉が彼女の末路を暗に語る。
「あーあ、明日までに結婚するって言ったから特大の力を貸したのに…」
騒動を受けて駆け付けた野次馬から離れた結婚の悪魔は嘆く。
年収200万の39歳の女性が明日までに年収800万の男と結婚するのは…どれくらい無謀か。
それは、超高速で突っ込む大型トラックの激突から無傷で生還するほどの奇跡である。
「なんで上手くいかないのかなー」
そんな過酷な運命に抗える力を分け与えたのに今回も結婚が成立しなかった。
この世に誕生してから4桁の契約をしたのに無事に結婚の契約を終えたのは僅か47件である。
その影響で多くの人命を意図せずに奪っており、この悪魔は予想外の力を得てしまっていた。
「別の条件も加えるべき…?」
結婚の悪魔は、結婚が成立さえすれば多少の悲劇は黙認するべきだと考えている。
そして条件次第では、いろんな力を契約者に付与した。
身体能力の向上、動体視力の向上、反射神経の向上、瞬発力の向上、表皮の弾力性の向上
結婚する条件が厳しくなるほど契約者の能力が向上する仕組みとなっている。
あくまでも契約者が人外の力で結婚できるようにと…結婚の悪魔なりの計らいであった。
だが、あまりにも人を殺し続けた結婚の悪魔は、それだけでは問題があると思った。
「そうだ、肉体再生能力も付与しよう」
さきほどデビルハンターに腕を欠損させられた契約者は血を失って動きが鈍くなった。
もし、それがなかったら無理やり年収800万の男性を捕まえて結婚できたはずだ。
そう考えた結婚の悪魔は、すぐにその条件も加えようと考えた。
「そうと決まれば、すぐに実行して試さないと…」
ビル間にある僅かな隙間を抜ける間に結婚の悪魔の姿が青年から少年に変化する。
これから警察と公安の捜査で自分が重要参考人として召集されるのを知っていたからだ。
だから自分の姿を変えて彼らを撒こうと試みる。
「次はどの子がいいかなー」
無邪気な黒髪の少年になった悪魔は、次の契約者候補を探して歩き回る。
だが、彼は知らない。
「本件、私に任せてください」
内閣官房長官直属のデビルハンターであるマキマが今回の事件を受け持つ事になった。
本来であれば、事件の対応をした公安対魔特異の2課と3課が担当する案件である。
公安対魔特異4課に所属しているマキマが手を出すのは、越権行為のはずだった。
「「お願いします」」
ところが、2課も3課もマキマの申し出をあっさり受け入れた。
彼女なら今回の事件の元凶である悪魔を討伐できると確信しているように…。
そんな確信を抱く彼らに背を向けて車に向かって歩くマキマは独り言を呟く。
「面白い悪魔だね」
本来、悪魔は【自分が冠する名前】の恐怖を増大させようと動き回る。
しかし、今回の黒幕は一切、そんな事をしていなかった。
それどころか期限内に結婚さえすれば人間に利点となる契約を結ぶほどである。
「使えるかも」
もし、この悪魔が公安の味方になれば、職員が殉職する可能性を低減できる。
だって期限内に結婚さえすれば、契約期間中は脅威の身体能力をいくらでも使える。
すなわち、人体の強度で戦わざるを得ない職員の数少ない肉体の強化手段となる。
「待っててね。すぐそこにいくから」
マキマが興味を持った悪魔の末路は、彼女に支配されるか破滅するかの二択となる。
そうとも知らずに結婚の悪魔は、契約できそうな相手を無邪気に探していた。
まるで化けた少年の知能指数まで落ち込んでいるように…。