デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
デンジと共に朝食を終えた姫野は、早川家に電話をした。
すると彼は既に自分のマンションにデンジが居るのを知っていた。
どうやら同期の因幡が泥酔した自分に気を遣って一報を入れていたらしい。
送迎してマンションに着いた時に車酔いをしたデンジを自分が介抱した形にしてくれたようだ。
《デンジが何か迷惑をかけていませんか!?》
「別に何も無かったよ」
《そんなはずはありません!!》
「どんだけデンジ君を信じてないのよ…朝ごはんを一緒に食べただけよ」
受話器から聴こえてくるのは、やけに焦っているアキ君の声であった。
あまりにも必死過ぎる様子が可笑しくて姫野は笑いを堪えるのが難しかった。
《すぐに迎えにあがります》
「ねえアキ君、同居人のパワーちゃんは帰って来たの?」
《まだ帰って来ておりませんが…》
それより血の魔人が早川家に戻って来たのか気になって質問をした。
彼の返答からすると、未だに血抜きをしているようであった。
ちょうど、いい機会だと思った姫野は、アキ君に提案をする。
「そうだ!新人教育も兼ねて今日はデンジ君を加えたスリーマンセルをやらない?」
《えぇ……姫野さんが望むなら問題ありませんが、問題児なので何やらかすか分かりませんよ?》
「むしろ、パワーちゃんとコンビを組んでいたら一生問題が無くならないと思わない?」
《…仰る通りです》
アキ君を制御するコツは、もっともらしい建前を押し出す事である。
正論を言われて反論できない真面目さだからこそ姫野は彼が好きなのだ。
「じゃあ今日の――」
時間指定をしてデンジを連れた姫野は、何故か憔悴していた早川アキと合流した。
デンジが叱責される前に姫野は、無駄に彼を口説いて叱責タイムを吹っ飛ばす。
そして見回り任務で大切な事をデンジに伝達し、彼の成長を見守る事にした。
特に問題無く地理について説明しながら見回り任務をこなした。
「はらへった…」
「もうこんな時間か……ねえ、荒井君が言っていたラーメン屋に寄ってみない?」
「お腹が空いた」と白状するデンジに姫野はラーメンを食べる事を提案する。
さきほど巡回任務で鉢合わせた荒井君から雑貨ビルのラーメン店を紹介されたのだ。
世間話程度であったのだが、せっかく紹介されたので行ってみようと思っただけである。
「いいですね、じゃあ俺が…」
さっそく早川アキが男らしく3人分のお代を支払おうと発言しようとしたが…。
「私と割り勘にしましょ?新人君に先輩らしいところ見せたいし…」
「分かりました」
姫野先輩のゴリ押しに負けた彼はデンジと共にラーメン店に入店した。
「すみません!塩ラーメン一丁お願いします」
「醤油ラーメンをお願いします」
姫野は塩を、早川は醤油ラーメンを注文した。
しかし、デンジは漢字が読めないのでどれを注文すればいいか分からない。
メニュー表と睨めっこしていたが、さすがに時間が掛かり過ぎたと自覚している。
「じゃあバターラーメンで」
だから読めそうなメニュー名を適当に選んでラーメンを注文した。
「デンジ君、バターラーメンなんてないよ?」
「大人しく俺と同じ注文をしておけよ…」
存在しないラーメンを注文するデンジに2人は呆れたが…。
「はーい!味噌バターラーメン入りましたー!」
「「バターラーメンあるんだ!?」」
そこまでラーメンに詳しくない2人はバターラーメンという存在を知った。
「知らないのかい?北海道で流行っているコーンと味噌がバターと溶け合う名品だよ」
「「そうなんだ…」」
店員の話から北海道でバターラーメンが盛況だと姫野と早川は知る。
もしかしたらご当地グルメなのかもしれない。
少なくともデンジの元に届いたラーメンに見覚えがあった。
「コーンか」
「んー札幌ラーメンって奴?」
とりあえずどこかで見たことがあるが姫野も早川も思い出せない。
「うめえええ!」
ただ、デンジが美味しそうに食べているので問題なさそうである。
もしかしたら口に合わないという心配をしていたが、杞憂で済んた。
少しうるさい気がするが、今回は大目に見ようと決意した姫野は早川を見る。
「そういえば、近所に餃子専門店ができたってさ」
「浜松餃子…でしたっけ?」
「モヤシを入れるらしいけど、何で加えるんだろうねー」
「シャキシャキとしたアクセントが良いとか?自分も良く使う食材ですよ」
「へえーそうなんだ。私も試してみよっと」
何気ない世間話でもお互いの情報を共有できる良い機会である。
アキ君のモヤシ評価を聴けたので今度の朝飯は浜松餃子にしてみようと姫野は思った。
「姫野さん、ちょっといいですか?」
「うん、いいよ」
ところが、アキの顔が一変し、何かに気付いたようである。
すぐに笑顔を作って何気ない会話を楽しむフリをして渡されたメモを見た。
「うんんん!うめぇな…マジうめええ」
ラーメンなんか生まれて初めて食ったが、とにかく油っぽくて美味しい。
名前も分からない肉も汁を吸って美味しいし、コーンも柔らかくて美味しい。
カロリーが高そうであるが、運動した後にぴったりだとデンジは思った。
「どうする?」
「店を出ますか?」
なにやら先輩方が小声で相談しているが、デンジはラーメンの美味しさで違和感に気付かない。
「お前、ここのラーメン。美味いと思うのか?」
「……ああん?」
いきなり自分に声をかけてきたと思ってデンジは声がした方向を見た。
窓際の席に座っている黒髪でぶっきらぼうな男が話しかけて来たらしい。
とりあえず、質問されたので返答をする事にした。
「ふつーに美味いと思うけどよ」
「味のよしあしが分からないんだな、まあ仕方ないか」
「俺んはこのラーメンが大好きだ。お前の感想なんか知るかよ」
何故か自分を見ずに声をかけて来る男にデンジも不信感があった。
しかし、街中では奇声を出してブツブツ言う奴も居る。
そのたぐいだと思ったデンジは気にする事は無かった。
ただ、美味しい料理にケチをつけるこいつが嫌いになった。
「幼少期に同じもんを食べ続けていると大人になると馬鹿舌になるらしいぞ」
とりあえず、こいつはラーメンを楽しめないアホだと認識。
戦闘では煽りまくるデンジであるが、さすがに店員の前で客を馬鹿にする事はない。
むしろ、アキの調理を間近に見ているし、食べ物のありがたみを知っているからこそ…。
(こいつ、ムカつくな…)
声には出さなかったが、料理人にも食べ物にも感謝しないこいつと相性が最悪だと思った。
「デンジ君、店を出ましょう」
「そうだな、そろそろ仕事の時間だ」
「えええ、スープも飲ませてくれよぉー」
しかし、2人が急かすように立ち上がったのでデンジは抗議する。
せっかくのご馳走なんだからしっかり味わうべきだと。
ただ、タダで奢られている以上、先輩方の言う事を素直に従った。
「俺の爺ちゃんは世界一優しくてな。高い店でいろんな高級食材を食わせてもらったぜ」
訊いてもいないのに自分語り、いや祖父語りをする不審な人物。
デンジはいつもの独り言野郎かと思ったが、姫野も早川も違うと判断を下した。
「すみません!お会計お願いします」
「いくぞ」
「そんなー」
無理やりお会計の時間となり、デンジは名残惜しくも席を立った。
今度来る時は、じっくりとラーメンを味わうつもりだった。
「待てよ、話は終わってねぇぞ」
「ああん?なんだよ」
ところが、何故かあいつは自分の事を執着してくる。
ここまでしつこいのはヤクザの取り立てくらいだ。
「なあ、お前。この写真に写る人物に見覚えがないか?」
やたらと絡んでくる人物は、上着のポケットから写真を取り出してデンジに見せつける。
「ありがとうございました。次のご来店をおまちしております」
なお、さっさと会計を済ませた3人組は写真を見る事も無くスタコラサッサと立ち去った。
こんな不審人物と関わる方が馬鹿だと知らせる様に…。
「邪魔だ退けえええ!」
「うわあああああ!?」
さすがに無視をされると思っていなかった男はスーツの懐から拳銃を取り出す。
すぐさま彼らの後を追う男は声をかけた店員を蹴り飛ばして出口へと向かった。
「ゴースト!!」
当然の如く、これは姫野たちも予想していた。
物陰で身を潜めている彼女は、店から出て来た不審人物をゴーストの右腕で殴り飛ばした。
まさかの不意打ちに男は呆気なく銃を放り出して大空に向かって飛び立った。
「ぐえっ!?」
地面に男が叩きつけられた際、拳銃を拾っていた早川がすかさず構える。
「動くな!!銃刀法違反とテロ準備罪と悪魔共謀罪で逮捕する!!」
忘れがちだが、公安のデビルハンターは公安警察の一種である。
なので一般警察と同じ様に逮捕権を有している。
悪魔に魂を売り飛ばして甚大な被害をもたらす者を確保する意味合いが大きいが…。
「デンジ!!姫野さん!!他に仲間は居ますか!?」
「わかんねぇ!!」
「同じく分からない!!でもここじゃあ良い的よ!」
「了解、このクズ野郎を路地裏に引っ張ります!!」
目の前に居る男が銃の悪魔の関係者だという事を2人は知っていた。
デンジは知らなかったが、彼も無関係とはいえない因縁があったりする。
「やっぱり、先輩は正しかった!銃の悪魔の尖兵が居たとは…!」
さきほど2人が会話していたのは、結婚の悪魔が扮する係長からもらった情報についてだ。
デンジを酷使したヤクザの一部が銃の悪魔の交渉役と取引していたと情報をもらっていたのだ。
なにより、ヤクザの上層部を占める構成員の顔写真をしっかりと覚えていた。
さきほど話しかけてきた男がヤクザの跡取り息子と分かってどうするか相談していたのである。
「ちっ、銃声か!?」
「距離は遠いけど…明らかに多い…退くよ!!」
複数の銃声がした瞬間、不審者を放置して早川と姫野は路地裏に身を隠した。
ついでに何も知らないデンジをゴーストの右腕で強制的に路地裏に移動させた。
すぐさま態勢を立て直した姫野は、拳銃を構えているアキに質問をする。
「早川君、銃は使える?」
「2回だけですが射撃訓練を受けています」
銃の悪魔の討伐を目指す公安のデビルハンターだが、銃の所持自体は禁止していない。
むしろ、一昔前までは飛び道具が悪魔に有効とされて標準装備になっていた。
「実は私も2回しかやってないけど、アキ君の方が上手いと思う…」
乾いた音が何度も響き渡るのを聴いて…これがかんしゃく玉だったらどれだけ良かった事か。
既に同僚が何人か死んでいると確信する2人はそれぞれ武器を構えた。
「言っておくけど弾切れになるまで“カース”は使わないでよ?」
「分かりました」
何故、公安職員がここまで武器を所持したがらないのか。
それには明確な理由がある。
(こうなる事を見越して銃を配布したって事か…)
悪魔対策の為に大量生産された銃器が市場に溢れた結果、人間による発砲事件が相次いだのだ。
そのせいで悪魔との戦闘よりも、人間に向けて銃弾が発射された事例が20倍以上もあるとされる。
別に武器自体は悪くないが、誰もが悪魔と戦う為に銃を利用するとは限らない。
命がげで悪魔を討伐するより、弱者を銃で脅した方が楽だったという理由に過ぎない。
「銃の悪魔の言いなりになるのは癪に障りますが…」
「仕方ない。ただの銃だと教えられた以上、信じるしかないの」
「…やはりカースの方が…」
「ダメ、あれを使って破滅した人を嫌ほど見て来たの。最後の手段にしておきなさい」
「…しかし」
いつからか、悪魔に対する護身武器であったはずの銃自体を人間たちは恐れるようになった。
そして13年前に発生した銃器のテロで出現した“銃の悪魔”が世界中に死を撒き散らした。
まるで散々酷使した挙句、自分を悪魔扱いした人類を罰するように…。
「悪魔と銃、どっちが信じられる!?」
「契約に忠実な悪魔の方がマシです」
心強い相棒だった銃の裏切りで、人類は己が使用する武器すらいつ裏切るのかと恐怖する。
だから世界中のデビルハンターの大半は、銃どころか武器を捨てて悪魔の力に縋った。
悪魔は契約に忠実の分、契約を守る限り、裏切る事は絶対に無いと安心できるからだ!
もはや、人類は隣人同士で戦争する余力すらなく悪魔の力に縋る奴隷に過ぎない。
「おいいいい!!どこだ出て来い!!」
さきほどの衝撃から復帰した不審人物が元気そうに叫んでいる。
もしかしなくても悪魔と契約しているのは想像が容易い。
下手にここで発砲すれば、逆に返り討ちに遭うのは明白だ。
「どうします?」
「殺しましょう」
早川の問いに対して姫野は殺人を許可した。
銃の悪魔を利用してテロを起こす気ならば、人権に考慮する必要はないからだ。
悪魔の力を使う為にアキは姫野に拳銃を手渡してヤクザの跡取り息子の動きを警戒する。
(なんかヤベェのが聴こえたような…)
物騒な話が続く中、デンジはさっぱり事情が分からない。
しかし、先輩たちが小声で話し合っているので声すらかけられない。
さすがに姫野も気付いたのか、デンジに声をかけた。
「デンジ君、静かにしててね」
「なんかあったんすか!?」
「あなたの知り合いのヤクザが銃の悪魔の手下だったの」
「ええええ!?」
実際は違うが、簡潔に説明するとこうなる。
先日、タクシーの中で銃撃してきた運転手の身元を調査した結果、衝撃的な事実が発覚する。
なんと、デンジの父親が借金をしていたヤクザの債務者…つまり、デンジと同類だったのだ。
金の為ならなんでもやるデンジとの違いは、悪魔を殺すか人間を殺すかの違いでしかない。
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「速やかに警視庁と警察庁、それに全部署に情報展開を…「ダメです」はああ!?」
さっそく結婚の悪魔は、この情報を警視庁と警察庁と公安全体に報告しようとした。
しかし、情報が曖昧過ぎるとマキマに口止めをされてしまい、後手にまわってしまった。
タイミング悪くコウモリの悪魔騒動や森野ホテル騒動の対応で手が回らなかったのも大きい。
「だったら独自ルートで…いやダメか」
契約者がアホみたいに死ぬ可能性があるので結婚の悪魔は別の手段でヤクザを排除しようとした。
しかし、法律や各部署の縄張り争いのせいで阻まれてしまい、対策が遅れてしまった。
「じゃあ、違法金利を運用し、回収の為なら何でもする悪徳金融機関という名で情報展開するか」
なので、結婚の悪魔は逆転の発想をした。
あえてヤクザではなく糞みたいなブラック金融機関として情報展開したのだ。
(どうも、マキマの奴。銃の悪魔について他所の部署に伏せておきたいらしいからな…)
もちろん、それは建前であり、直接説明する相手には事実を告げた。
あくまでも発砲事件を起こした運転手が銃の悪魔の手先であった事。
そしてその運転手は、デンジと同じヤクザに借金を返済していた事。
(借金がらみの行方不明者は生きていないと思うが…それは伏せておくか)
ついでにヤクザの幹部の写真を提供し、注意喚起するのが精一杯だと判断した。
飲み会の前日に公安対魔特異4課のベテランに情報展開できたのは幸運だった。
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「おかげで奇襲されずに済んだ」
もし、あいつがヤクザの跡取り息子だと知らなければ、奇襲で撃ち抜かれていただろう。
無様な死を避けられたと実感する姫野に躊躇いはない。
デンジとアキ君を守る為なら心を鬼にして殺人を躊躇わなかった!
「コン」
早川アキが片手で狐のポーズを作って鳴き声を叫ぶと奴はすぐに出現した!
掛け声と共に地面から生えて来た多眼の狐が不審者を口内に閉じ込めた。
あとは、狐の悪魔がそのまま飲み込めば、地面の舗装費くらいの損害で済む。
「ふぅー」
ひとまず、ヤクザの跡取り息子さえ殺せば、報復はともかく仕返しはできる。
「早川アキ…私の口にとんでもないモノを入れてきたねえ…」
「銃の悪魔の手下だからな、念には念を入れさせてもらった」
呼び出された狐の悪魔が何かを言っているがアキも想定内だ。
事情を説明してさっさと飲み込んでもらおうとする。
「人でも悪魔でもなっ…」
「…ん?」
雑貨ビルの2階分のサイズがある狐の悪魔の頭部がいきなり破裂した。
後頭部から双眼を貫く日本刀を生やして深く軍帽を被った何かが…。
両腕から出現させた刃物で狐の悪魔の頭部を割いて地上に降り立った。
(これはまずい…)
直感で“カース”を出し惜しみをすると即死するとアキは判断した。
まずいと思った瞬間には、鞘から釘状の刃を抜いていたほどだ。
「謝れ!」
「ううん?」
すぐにでも突き刺せるようにアキが構えると目の前に居る化け物が叫ぶ。
「み~んなに好かれた江戸っ子気質の良い人だった爺ちゃんに謝れ!!」
何故か未だに良い人だったらしい爺さんの事を引き摺っているようだ。
しかし、姫野と早川は、そのヤクザのせいでデンジが散々な目に遭ったと知っている。
「デンジ、お前も好き…だったあぁ!?」
化け物になったヤクザの跡取り息子が再びデンジに写真を見せつけようとした瞬間!
姫野は無言で拳銃を連射した!
「ゴースト!!」
頭部に2発、胸部に2発、左大腿に1発撃った姫野はゴーストの力を借りた!
致命傷を負った化け物はゴーストの右腕によって叩き潰されて地面に鮮血を流す存在となった。
一連の流れがあまりにもあっという間だったのでデンジは何もできずに終わった。
「姫野先輩鬼つええ! このままやべぇやつら全員ブッ殺していこうぜ!」
ただ、優しいだけではない姫野先輩の殺しっぷりに惚れた!
親指を立ててハイテンションになったデンジは思わず大声を出してしまう。
「これだけじゃないはず…」
それでも姫野は安心していない。
ナイフを左手で逆手持ちし、左腕の上に拳銃を構えた右手を乗せて照準を固定する。
「ぶべらっぱ!?」
当然のように目立つ場所で叫んでいたデンジは頭を撃ち抜かれて地面に倒れ込む!
すかさず発砲音がした方に姫野は発砲するが、相手も馬鹿では無いので壁に身を潜めた。
「デンジ!?」
すぐにでも助けに行きたいアキであったが、発砲音から相手が複数いると分かっている。
さすがに人間相手に“カース”を使いたくないが、相手を牽制する為にゴミ箱の影に身を潜めた。
「全く…なにやってんの…」
何かに呆れている女の声が聴こえた。
銃声がしているのにここに居るので敵対勢力なのは早川も姫野も分かっている。
(なっ!?)
(えっ!?)
ここで目の前の光景を見た2人は目を疑った。
さきほど殺したはずの化け物が何事も無いように立ち上がった姿に…。
「どうして負けた?」
「油断した。マジで油断した…。まさか人が話している時に射殺するとは…」
「あんたも同じ事やろうとしたじゃん。何でやられないと思ったの?」
「うるさい」
赤いパーカーを纏っている謎の女は、念のために現場を確認しに来ただけである。
なのにあっさりと返り討ちにあったこいつを見て呆れるしかない。
言い訳を聞いてみれば、自分がやろうとした事をやり返されただけであった。
「じゃ、さっさと殺して無念を晴らせ」
頭頂部だけ黒色の金髪女が化け物に語りかけると彼は無言で駆け出した!
「くっ!?」
このまま交戦してしまうと身を潜めている敵から援護射撃を喰らう羽目になってしまう。
しかし、このまま傍観していれば、奴に切り殺される!
ならば、やる事は1つである。
(こいつを仕留める!!)
ゴミ箱から飛び出して地面や壁に跳弾する音を聴きながらアキは敵に向けて走り出した。
薙ぎ払い攻撃を伏せて躱した彼は、背後に周って釘を突き刺した。
「打て」
掛け声と共に呪いの悪魔がデコピンで指すように釘が相手に突き刺さった。
「3」
すぐに振り返った化け物が両手で振り払い攻撃をするが、バックステップで回避する。
振り上げをしようとする奴の首に釘を突き刺す。
「打て」
合図と共に釘が刺さった化け物は首から血を噴き出しながら後退りをする。
両手で首を押さえているおかげで人間程度の強度しかないと知らせていた。
「2」
このまま距離を取ると援護射撃を喰らうのでアキは駆け出す。
一方、化け物は座り込んで右腕を左わきに構えて居合のようなポーズを取った。
「そこ」
白兵戦に自信があったのか、それとも包囲している味方を見て慢心したのか分からない。
ただ、動かない的になった化け物は、あっさりと姫野に頭を撃ち抜かれた。
「打て」
新手の女に警戒しつつもアキは倒れ込んだ化け物に釘を刺す。
掛け声と共に強く釘が刺さったのを確認し、そのまま地面を転がって銃弾を回避した。
「1」
今度は女が発砲してきたので化け物を盾にして銃弾を回避!
哀れなサムライソードは4発以上の集中射撃を喰らう羽目になる。
「あぶねぇ」
さすがに初弾で盾を捨てたアキはサイドステップで回避し、釘を投擲した。
見事に化け物に刺さったので最後の合図を出す。
「打て」
既に虫の息だった化け物は背中に刺さった釘が深く突き刺さる。
「0」
能力が発動し、早川アキの寿命と引き換えに化け物が持ち上がった。
そのまま両手を広げられて呪いの悪魔に捕食されて化け物は即死した。
たくさんの咀嚼音と共に大量失血した化け物は地面へと叩きつけられる。
異様な光景を見て路地裏を包囲している刺客たちも怖気づいたようだ。
「うひゃああああ!!俺、復活うううううううううう!!」
刺客たちの攻撃が止まった隙に姫野はスタータロープを引っ張ってデンジを復活させた。
胸部のロープを引っ張れば、彼が復活するという情報を得ていたのだ。
チェンソーのエンジン音が辺りに響き渡り、更に刺客たちを警戒させる事に成功した。
その勢いで早川アキは新手の女を片付けようとするが…。
「呪いの悪魔、その持っている釘を何度か突き刺すと死ぬみたいな感じか」
目の前で仲間が異様な死に方をしたというのに怯える素振りすらしない。
デビルハンターの直感で同業者だと分かったアキはあえて質問する事にした。
「そいつの仲間か?」
「厳密に言うと違うけど、まあ似た様なもん」
またしても血塗れで倒れ込む化け物に座り込んだ女は返答をする。
何故か化け物の左腕を触っており、自分の血を流し込んでいるようだ。
「うっ!?」
またしても化け物が復活した。
ギミックは不明だが、おそらくヤクザの跡取り息子もデンジと同じ武器人間なのか。
冷静に分析する時間は早川も姫野も無かった。
「いい加減にしなよ」
「今度こそやる」
またしても右腕を左腋に構えて居合の構えをする化け物。
一方、切り札が無意味に終わってしまい、アキはすぐに攻撃に移れなかった。
「ゴースト」
すぐに駆け出した姫野はゴーストの力を借りて援護しようとするが…。
「イヤだ、あの女…恐ろしい」
恐怖そのものである幽霊の悪魔は自身を上回る恐怖を発する存在に攻撃を躊躇ってしまった。
男では無く女を警戒した時点で姫野は、このままでは勝ち目がないと判断!
「アキ君!」
早川アキを庇うように姫野は化け物の攻撃範囲に躍り出た。
「あ…」
構えていたナイフの刃が折れたと同時に姫野の左腕が飛ぶ!
胸部も裂かれてしまい、鮮血がYシャツを染めていった。
「3」
姫野が盾になっておかげで高速接近してきた化け物に釘を刺す事に成功した。
しかし、倒れ込むバディを見届けたアキの表情は苦悶に満ちており、半ば正気を失っていた。
「このおおおお!!打てぇ!!」
更に2回目の呪いが発動する!
「2」
分かっていた…このままだと死ぬ事に…。
化け物の刃が振る末路が見えてしまい、自分の死を予感したアキだったが…。
「オラァ!!」
「ぐぎゃああ!?」
「打て」
化け物の背後に現れたデンジが両腕のチェンソーで挟み込むように抱き着いた!
フル稼働したチェンソーは化け物の背中と内臓をズタズタに切り裂く!
デンジが作ってから隙を見逃さなかったアキは更に釘を刺して合図を送る。
「1」
ダメージを受けたとしても化け物は不死身である。
そのまま腹から刃を突き出そうとするが…。
「隙あり!!」
「ぐええええええええええ!?」
「打て」
デンジは思いっきり化け物の股間を蹴り上げる!
一瞬だけできた隙を見てアキは再度、釘を突き刺して掛け声をした。
「0」
またしても呪いの悪魔が発動し、化け物は即死した。
すぐにデンジは女をボコボコにしようとするが…。
「ヘビ、薙ぎ払え」
自身の爪を犠牲にした女の一言で何かが出現し、デンジの腹部を強打した!
その勢いは凄まじく、デンジの下半身はサヨナラバイバイしてしまった。
砕け散った下半身がそのまま早川アキを強襲し、ゴミ箱に叩きつけられた。
公安のスーツとゴミ箱のおかげで一命を取り留めたようだが、余命は長くはない。
「さっさとこいつを運べ」
「は、はい…」
彼女の背後から新手の男たちが現れて上半身だけのデンジを路地裏から運び始めた。
路地裏に残されたのは瀕死の姫野と激痛と衝撃で気を失った早川だけ。
左腕を失ったせいで姫野は大量出血し、意識が朦朧としている。
(あき…くん)
それでも力を振り絞った姫野は、早川アキの居る場所に向かって右手を伸ばす。
さきほど死んだはずの化け物が再び立ち上がったのを目撃して覚悟を決めた。
「ゴースト、私の全部を…」
自分の全てを幽霊の悪魔に捧げてこの場の窮地を変えようとした。
どの道死ぬのだからと、命を投げ捨てる気だったのだが…。
「ダメよ。『悪魔に全てを捧げる』なんて馬鹿げた事をするなんて…」
伸ばした右腕と共に契約の更新を何者かに阻止された。
「姫野、あとは任せなさい」
瀕死になった姫野の暴走を阻止したのは、同期の因幡ナオミであった。
救援要請で駆けつけた彼女は、負傷した荒井班と合流!
姫野たちの背後に展開していたヤクザの一員を瞬殺してここに辿り着いたのだ。
「荒井君、姫野の止血をお願い」
「わ、分かりました」
荒井に止血を指示を出した因幡は、一本鞭を携えて歩みを進めていく。
彼女の後を追うのは、成体のヒグマに匹敵する体長3m級の白狼であった。
全身が血塗れであり、口唇が存在せず口から剥き出しになった牙は鮮血で彩られている。
口から垂れる犠牲者の血は、これから起こる惨劇を予感させるのにピッタリな存在であった。