デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん   作:Nera上等兵

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19話 契約は絶対だが、約束は守れるとは限らない

早川アキが目覚めるとそこは病室であった。

音がするので横を見るとコロコロコミックを読んでいるデンジとパワーが居る。

2人共、差し入れのリンゴを食べており、ある意味何も変わっていない。

 

 

「先輩」

 

 

それと先輩も見舞いに来てくれており、思わず声を出すと彼も気付いてくれた。

 

 

「すまんな、こいつらも見舞いに行きたいって言ったから連れて来たらこのザマだ」

 

 

肩を竦めて困った顔をしている係長はどこか疲れた様子であった。

同居しているからこそ気持ちが良く分かるアキは訊きたい事がある。

 

 

「先輩、4課で死人が出ましたか?」

「残念ながら発生している。…殉職者の名前を教えて欲しいか?」

「お願いします…」

 

 

アキだってこんな事を聴きたくなかった。

それでも姫野先輩の生死を知りたくて彼は質問したのだ。

 

 

「桜井ヒトミと剛力マサノリが死んだ。死人は以上だ」

「思ったより犠牲者が少なくて安心しました」

「不謹慎だがそうなるな、特異対魔3課なんか課長も含めて全滅したのと比較すればな…」

 

 

とりあえず姫野先輩が生きているだけでアキの心は少しだけ救われた。

 

 

(まどか)と伏は公安を辞めた。東山も退職届を出す予定らしい。まあ、いい判断だろう」

「そうですか…」

 

 

公安に所属しているデビルハンターはすぐに辞める事が多い。

恐怖に負けて辞めるのが一番多いが、次に多いのは同僚の死を受けて心が病んで辞める。

だから彼らが辞めたとしても驚きはなかった。

 

 

「早川、お前はどうする?」

「まだ辞めませんよ、銃の糞野郎を殺すまでは…」

「……そうか、それなら問題ない」

 

 

ところが、先輩から自分に向けられた発言に歯切れが悪い。

自分の寿命がごっそり削られているのは知っているし、覚悟をしているはずだった。

しかし、彼はむしろ辞めて欲しそうに見えたのでアキは理由を問う事にした。

 

 

「まるで辞めて欲しいみたいな口ぶりですね」

「いや、そうではないんだが…姫野がな」

「姫野先輩に何かあったんですか?」

 

 

ここでバディを組んでいた姫野先輩が危篤と知る。

まだ死んでいないから殉職者として名前をあげられなかったのか。

それでも、まだ希望があると思ったアキは恐る恐る姫野先輩の容態を聴いた。

 

 

「脊髄を損傷して下半身不随になっちまった。不運にも当たり所が悪かったらしい」

 

 

あの憎き刃物人間のせいで姫野先輩の脊髄が損傷したようである。

斬撃による負傷というよりは、その後に倒れた衝撃がまずかったようだ。

 

 

「幸いにも命に別状はないんだ。生還しただけ丸儲けと思うしかない」

「…そうですね」

 

 

勇敢に戦った先輩は様々な手当が支給される。

その代わりに二度と公安の職員として働く事は無いだろう。

 

 

「さて、自分の状態を確認したくないか?」

「聴きたくありませんが、お願いします」

 

 

先輩の口ぶりから負傷より寿命の話をされそうであった。

現に係長が喋り出してからデンジもパワーも黙って話を聞いていた。

それでも、後悔するよりはここで知っておくべきだと早川アキは判断した。

 

 

「そう構えるな、1か月程度の療養で済む。リハビリ次第ではもっと早く退院できるぞ」

「…それだけですか?」

「そうじゃなかったらデンジやパワーに聞かせないだろ?」

「ありがとうございます」

 

 

おそらく係長の言っている事は本当だろう。

そして2人が居るからそれを聞かせたという事は、彼らが居ないなら寿命の話もしていただろう。

この場に居る全員を安心させる意味合いで返答してくれた先輩にアキは感謝した。

 

 

「元気そうでよかったぜ」

「チョンマゲが死ぬと碌な飯が喰えないからのー」

 

 

デンジもパワーもいつも通りで安心してしまうのもおかしな話だ。

 

 

「俺とパワーはマキマさんから呼ばれているから帰るぜ!」

「ワシは果物を食べに来ただけじゃ!寛大だから1個だけ残すから感謝しろ」

 

 

むしゃむしゃとリンゴを齧りながら言いたい放題する彼らには実家の様な安心感すらある。

 

 

「おい、忘れ物だぞ」

「さんきゅうー!これを忘れたら義務教育を卒業できねぇところだったぜ!」

「コロコロコミックで義務教育を終わらせようとするな!」

「しょうがねぇだろ。今更小学校に通うわけにはいかねぇしよぉ!」

 

 

デンジと係長が口論する中、アキの心の中は濃厚な雲で覆われている。

怒りのあまり、姫野先輩との約束を破って呪いの悪魔の力を2回も使ってしまった。

既に1年も生きられるか怪しいせいで、姫野先輩が何度も言ってくれた約束も守れそうにない。

 

 

「来い!計算ドリルと漢字ドリルをお前に渡してやる!」

「うええええ!?マキマさんに会いに行くから無理ですぅ!」

「やかましい!」

 

 

ズルズルと係長に腕を引っ張られるデンジは声は出さなかったが、早川に助けを求めていた。

 

 

「大変じゃのう人間とやらは…!」

 

 

他人事であったパワーは口とは裏腹に腹を抱えて笑っていた。

 

 

「お前もだよ!」

「うええええええ!?ワシは魔人じゃぞ!?」

「日常生活で困らねぇ程度に叩き込んでやる!覚悟しろ!!」

 

 

まさかの被弾にパワーは抗議するが、人並みの生活を送らせたい先輩と意見が一致したらしい。

少しだけ笑ってしまったアキは窓を見る。

窓の隙から入って来る風でたなびくカーテンがどこか優しさを彷彿とさせていた。

 

 

「ワシは理不尽と戦う!!ワシを連れ出したいなら屍を越えていくのじゃ!ぶげ!?」

「そうさせてもらうぞ」

 

 

嫌がる魔人は抗議をする為に血の武器を生成するが、トンファーバトンで物理的に黙らされた。

あっさりと気絶した彼女は衣服を引っ張られながら無理やり外に出されてしまう。

デンジに至っては、バディを見捨てて逃走したようであった。

 

 

「馬鹿2人に関しては任せておけ。まずは療養する事だけを考えておけよ」

「ありがとうございます」

 

 

係長がそう告げるとドアを閉めてパワーを引き摺りながらどこかに向かった様だ。

何故かコロコロコミックが置き去りにされているので先輩かデンジが戻って来る可能性は高い。

だが、話しの流れからしてすぐに戻って来る事は無いだろう。

 

 

(動けるな)

 

 

改めてアキが自分の身体を確認すると、想像よりは傷が塞がっていた。

しかし、その為に犠牲になった人々がいる。

ベッドから出た早川は、傍に置いてある刀を手に取り、少しだけ抜刀した。

 

 

「カース……俺はあと何年生きられる?」

 

 

呪いの悪魔の力を使用する代償は、寿命である。

既に寿命がほとんど残っていなかったアキだが…今回は本気で覚悟をする。

 

 

「2年と1ヶ月」

 

 

耳元に語りかけるカースの気配を感じたアキは大人しく刃を鞘に納めた。

脳裏に浮かぶのは、姫野先輩の約束である。

「アキ君は死なないでね」という彼女の願いが呪いになった瞬間だ。

 

 

(クソ、俺は…俺は……)

 

 

銃の悪魔を斃す為なら命を犠牲にするつもりだった。

誰もがそう思っていたし、死んでいった同胞たちもそうだった。

でも、アキは気付く。

 

 

(結局、家族の犠牲も俺の覚悟も……無駄になるのか……)

 

 

誰かが死んでも日常は続いていく。

早川アキが死んだところで銃の悪魔は死なないどころか暗躍を続ける。

哀れな犠牲者の1人になるだけで何も変わらないと気付いてしまったのだ。

 

 

「ぐ……うっ……」

 

 

タバコを手を取る気力すら無かった。

家族の仇を取る事も死んでいった同僚や先輩、後輩たちに何も示す事もできなかった。

なにより、姫野先輩の約束を守れずに彼女より先に逝く事を悔やんでしまう。

ありとあらゆる感情が溢れ出して頬を伝って流れ落ちる涙はパジャマと床を濡らす。

 

 

「ううっ……」

 

 

ベッドに座り込んだ患者は座り込んで両手で顔を押さえてすすり泣く。

彼にできる事はそれしかないのだから。

 

 

(泣いてる…)

 

 

その時、ドアの取っ手に手をかけたデンジは中に居る先輩が泣いていると知った。

金髪のおっさんを撒いてコロコロコミックを回収しに来たのに入りづらい。

 

 

(まあ、そりゃあ泣くよな~~。知っている奴が死んだワケだし…)

 

 

飲み会に参加した何人かが死んだらしい。

そう聴かされてもほとんど接点がなかったデンジは悲しむ事はできなかった。

 

 

(でも、姫野先輩が生きてたんだからまだマシなんかじゃねぇのかな…)

 

 

早川アキのバディである姫野はまだ生きている。

下半身が動かないという症状に彼女が苦しんでいるとデンジは知っていた。

それでも生きているだけで丸儲けと考える彼は悲しむ事ができなかった。

 

 

(あれ~?ん~?もしかして普通の人なら悲しむのかな……)

 

 

ここでデンジは思った。

自分を殺したゾンビの悪魔やヤクザを殺しても悲しむどころか嬉しかった。

先日、一緒に飲み会に参加した人たちが死んだと知っても「そうか」くらいしか思わなかった。

なにより、ドアの先で泣いているアキパイセンに対してどうでもいいと思ってしまった。

 

 

(俺、全然悲しくないし、泣けねぇんだけど……)

 

 

誰かが死んでも「そうですか」としか感じられない。

まるでテレビのニュースで出て来る犠牲者を第三者視点で見る様である。

確かに死んだのは悲しいが、だからといって自分の生活に影響しないせいで実感ができない。

 

 

(でもよ~ポチタが死んだときゃは悲しかった。でもすぐに俺も死んだからよくわからねぇ…)

 

 

大切な人や存在なら悲しむ心があるとデンジは自負している。

 

 

(パワーが死んだら泣けるか?…あ~泣けねぇかな)

 

 

金髪のおっさんに気絶させられたパワーが死んでも何も感じないだろう。

風呂はたまにしか入らないし、糞しても2回に1回の頻度しか流さない。

虚言壁でさきほど発言した事をすぐに撤回するアホ女魔人が死んでも泣ける気がしない。

むしろ、やっと死んだのかと思う。

 

 

(パイセンが死んだら?…泣けねぇな。おっさんやマキマさんが居るからな)

 

 

早川アキが死ねば、今までの生活を送れなくなるからデンジも困る。

逆に言えば、それだけの存在でしかない。

頼りになる上司たちが居る以上、彼らのお世話になればいいと考えてしまう。

 

 

(……じゃあマキマさんが死んだら?)

 

 

マキマさんが死ねば、エッチができないし、恩人が死ぬので悲しむだろう。

だが、泣いても怒っても落ち込んでもずっとその気持ちで居られない。

一日三食の飯を何度も喰えば、忘れてしまうと実感してしまう。

 

 

(ポチタが居なくなった生活も慣れちまったしな…)

 

 

あれだけ一緒に居たポチタが居なくなる異常事態にも関わらずデンジは慣れた。

新生活に適応できたといえば聞こえがいいが、実際は割り切っただけである。

 

 

(朝昼晩に飯食って風呂入って寝れば、俺、最高だもん…。それに勝る事はねぇ…)

 

 

あれだけ夢見た生活を送れるだけで幸せである。

殉職するか、死ぬまで悪魔と戦い続ける生活だって依然と比べればマシだった。

でも、それでいいのかと思ってしまう。

何故だろうか。

 

 

「あ…」

 

 

泣いたアキの存在を知ってモヤモヤした気持ちの正体をデンジは分かってしまう。

 

 

(心臓だけじゃなく人の心までなくなっちまったのか…?)

 

 

今まで仕方が無い、しょうがないと過ごしてきたが、それこそが異常だと気付いた。

楽しい事があったら喜ぶし、エッチな事があれば興奮するのが人の性である。

だが、悲しむという気持ちを失った自分は果たして人間と言えるのだろうか。

 

 

(心まで化け物になったらマジモンの悪魔になっちまうじゃん…)

 

 

エッチと殺戮だけを楽しむ存在など人間ではない。

そして不死の能力を手に入れたデンジは、自分の心が化け物になりつつあると実感した。

 

 

(因幡さんのパンツを見た時もそうだ。ラッキー程度しか考えてなかった)

 

 

デンジはエッチが大好きだ。

この前も死んだおかげで彼女に心配された挙句、パンツを見れて満足した。

それどころか、死んだおかげでラッキーだと思ったが、果たしてそれは人間の感情だろうか。

 

 

「ま、シリアスな事ぁ、考えなくていっか」

 

 

ここまで考えたデンジは思考を停止させて開き直った。

 

 

(それより、金髪のおっさんの宿題を無くすのが優先だぜェ!)

 

 

既に高校生になる年齢だというのに今更、小学生の宿題をやれと言われてしまった。

ただでさえ今の生活を送るのに苦戦しているのに面倒事が増えるのはゴメンである。

 

 

(マキマさん!!俺、凄腕のデビルハンターになるからさ!!)

 

 

だからデンジは、マキマさんの配下としてのデビルハンターの道を選んだ。

 

 

(ガキがやるような宿題をチャラにしてくれぇ!!)

 

 

計算ドリルや漢字ドリルをやりたくないが為に!

 

 

「うげえ!?」

 

 

マキマさんの所に向かったデンジは拒絶するような声を発してしまった。

そこには、マキマさんの他に金髪のおっさん、気絶したパワーが居たからだ。

 

 

「デンジ君、遅かったね。何か忘れ物でもしたの?」

「いや……その」

 

 

考えてみれば、すぐに分かる話である。

デンジとパワーはマキマさんと会う約束をしていた。

だったら、彼女の傍に居れば、必然的にデンジと遭遇できるに決まっている。

 

 

「いろいろありまして…」

 

 

さきほど撒いたと喜んでいたデンジは、今になって泳がされたと知ってしまった。

憧れの女上司の質問に言葉を濁してしまうが…。

 

 

「安心して…計算とか漢字とかの宿題をなくしてあげたから」

「やったぁ!!マキマさん最高!!」

 

 

自分の事を分かってくれるマキマさんは宿題を無くしてくれた。

これにはデンジも感激し、病院の中というのに飛び跳ねて大はしゃぎをしてしまった。

 

 

「あんたも鬼ですね。このままだと何度も死にますよ?」

「せめて悪魔と言いなさい。デンジ君とパワーちゃんを強くするにはこれしか方法がないの」

 

 

なにやら先輩方が話をしているが、デンジからすればどうでもよかった。

 

 

「デンジ、宿題自体は無くなっていないからな?」

「……え?」

 

 

金髪のおっさんからとんでもない事を言われるまでは。

 

 

「え!?ええっ!?宿題があるの!?」

「そうだ、お前には修行をしてもらう」

 

 

“しゅぎょう”という単語は聴いた事はないが、単語自体は知っている。

月刊コロコロコミックで主人公や仲間たちがやっていた訓練方法である。

 

 

「マンガみたいに?」

「そりゃそうだ、だって今のままじゃアホみたいに死んでみんなに迷惑をかけるぞ?」

 

 

何で訓練をしないといけないのかと発言する前に係長は淡々と事実を告げる。

 

 

「早川も姫野もな、お前が真っ先に死んだから酷い目に遭ったんだ。だからお前がやるべき事は、てめぇの命くらい自分で守れる力が居るって事だ。その為の修行だ」

「でも、俺は不死身だぜ!?死んでも生き返れるなら…」

「お前を蘇生する手間を考えろ。今回の事件で自力で生き返れないと判明した訳だしな」

 

 

反論しようと試みるデンジであったが、金髪のおっさんは容赦しない。

 

 

「デンジ、マキマさんがお前を保護する理由は、かなり珍しい特殊な存在だという点を除けばな、デビルハンターとしての腕前を買っているんだよ。だが、それはデメリットもある」

「デメリット?」

「マキマさんが保護したくなる存在って事は、敵対する悪魔からしても欲しい存在なんだよ」

 

 

ここでようやく自分の命を狙われる理由をデンジは知る。

 

 

「デンジ君、ホテルの事件と今回のでキミが敵対勢力に狙われているのが分かったんだ」

「えぇ!?マジで!?俺、有名人になっちゃったの!?」

 

 

マキマさんから説明を受けてもデンジの心には大して響いていない。

むしろ、美少女の悪魔や女子高校生にチヤホヤされる妄想をしていたまである。

 

 

「言っておくが、お前自体には価値が無い。お前の心臓が目当てだ」

「え?」

「お前の友達であるポチタの心臓を誰もが欲しているんだ。そしてそれを奪われればお前は死ぬ」

 

 

金髪のおっさんに化ける結婚の悪魔は、デンジに分かるように噛み砕いて話を簡潔に説明した。

珍しくマキマもウンウンと頷いて係長の意見に同調している姿を見てデンジも理解する。

 

 

「えぇー!?そんなぁ!?」

「よく考えてみろ。汚ねぇ野郎の死体なんか欲しいか?」

「要らねぇ!」

「だろ?お前の不死身戦法は結構だが、心臓を抜かれたらマジで死ぬしかないんだ」

 

 

結婚の悪魔としても、契約と一切関係ないのにこんなに丁寧に説明する必要があるか疑問である。

それでも多くの人々と接してきた悪魔は、デンジのような馬鹿でも説明できるスキルがある。

 

 

「いいか?お前が今、生きている理由はな、悪魔と戦って生き残れる強さがあったからだ」

「そうですね!」

「それはもう通用しない。デンジ、お前の弱点がな、悪魔や敵対勢力に知られちまっているんだ。今度負けたら心臓を奪われてポチタと永遠に別れる事になるだろう。奴らは手加減しない」

 

 

だからデンジに強くならないといけない理由と死んではいけない理由を述べた。

それでも、いきなりの話で彼はついていけていない様子であった。

 

 

「デンジ、力があっても大切な物が守れない時がある。だが、力不足で全てを失う事はないんだ。だからお前が真っ先にやる事は、普通の生活を守る為に誰よりも強くなれ」

 

 

結論を言えばこうなる。

どれだけ頑張ったところで事故や災害で個人の努力や成果が無に帰すのはよくある事である。

東大を卒業して大企業の幹部になって伴侶と子供を得ても悪魔に皆殺しにされるのは珍しくない。

自分に到来した不幸や理不尽な結果を乗り切る為には、努力と運が必要だ。

少なくとも、努力がなければ何かを変える手段が乏しくなり、落ちぶれる一方なのだ。

 

 

「まあ、マキマさんの言う事をしっかり聴けば問題ない」

「分かりました」

 

 

だからといってここまで説明した結婚の悪魔もデンジが全てを理解したと思っていない。

おそらくマキマさんの言う事を聴けばいいんだ程度しか思っていないと見抜いている。

それでも、自分が行う手段に対して意味をもたすのは重要であると考えて発言を行なっただけである。

 

 

「この後、会議がありますので小官はこれにて失礼いたします」

 

 

マキマに頭を下げた結婚の悪魔は、彼女にデンジとパワーを任せてこの場から離れた。

擦れ違うように8名の護衛と遭遇した悪魔は振り返る事も無く廊下を進んで行く。

彼らに任せておけば、よっぽどの事態にならない限り問題無いだろうと確信するように…。

 

 

「ようやく終わった?」

「ああ、終わった」

 

 

対魔特異4課の係長を待っていたのは、千葉公安対魔1課の因幡ナオミ副隊長であった。

彼女の要望によりバディを組んだので駐車場で待機してもらった。

しかし、話が長引いたせいで彼女はどこか苛立ちを隠せていない。

 

 

「デビルハンター東京本部まで護送するね」

「ああ、頼むよ」

 

 

同じ結婚の悪魔なのにロールプレイをする人物の差でここまで違う。

彼女の提案に乗った係長は、私用車の助手席に乗ってドアを閉めてシートベルトを締めた。

 

 

(赤の他人を演じる自分に送迎してもらうというのは、面白いもんだな…)

 

 

元を辿れば同じ存在なのに別固体として動く彼女に運転してもらうのも悪くないと悪魔と感じた。

軽やかなクラッチギアの操作音は心地よく周りを気にしないで済む環境は悪くない。

問題があるとしたら、ここで殺し合う可能性があるという事か。

 

 

「自分の部下と面会してどう思ったの?」

「そりゃあ、生きててよかったとしか思わん。死ねばそれだけ面倒な書類と相手するからな」

 

 

因幡が言い放った内容は、淡々とした業務連絡ですらない。

彼女の私情が入れ混じった質問を聴いて何で自分とバディを組んだのか察した。

 

 

「あら、デンジ君に御熱心に見えたのに違うの?さっきまで彼に語りかけていたでしょうに」

「まさか、あくまで彼が自立して生きて行けるようにアドバイスしてやったまでだ」

「人の心とかないの?」

「悪魔がそれを言うか?」

 

 

女を演じる自分が男を演じる自分に語りかけるという意味不明な状況である。

結婚の悪魔自体が性別も肉体も曖昧な存在であるのでこんな真似ができるのだ。

他の悪魔であったらここまで別固体の様に演じる事はできないだろう。

 

 

「逆に訊くが、デンジと何度か出会ってどう思った?」

「頭の中で考えているエッチな事を口に出しちゃう思春期の子ってところね」

「それだけか?」

「適度に手綱を握ってあげないと目移りして失敗しちゃう感じがする」

 

 

道路を横断しようとしている通行人を見た因幡は、停車して歩行者に移動を促す。

彼に移動が終わるまでに自分の半身が放った質問に返答をしてみせた。

 

 

「だからマキマが適度にデンジを躾けている。そうしないとすぐに主体性を失って彷徨うからな」

「いいじゃん、女上司に飼ってもらって自分の本領を発揮できるなんて素晴らしい事じゃないの」

「本当にそう思うか?」

「でもそのおかげでデンジ君は何も悩まずに生きていけるじゃない?特に問題なさそうだけど」

 

 

通行人が道路を渡り切ったのを確認した因幡は車を発進させる。

デンジに関しては、彼女も気にかけているが別の理由が大きい。

 

 

「マキマにとってそれに何のメリットがある?」

「デンジ君の心臓を手元に置いておきたいとか?」

「その事に興味はあるか?」

「実は興味がある。あのマキマがそこまで彼に熱心になる理由ってそれじゃないかって…」

 

 

あのマキマが個人に興味を向けるなど稀である。

しかも、わざわざ回りくどいやり方で自分が損するように接するなどあり得ない。

考えれば考えるほどデンジの特殊性というよりは、デンジが持つ心臓に興味があるように見えた。

 

 

「本当にそれだけの為に自分を乗せたのか?」

「そんなわけないでしょ。姫野の件で相談したくて乗せたのよ」

 

 

ただ、結婚の悪魔からすれば自分に害が出ない限り、どうでもいい。

 

 

 

「姫野に“結婚の契約”はさせんぞ?」

「あら、彼女はしたがっているのに?」

 

 

本題なのは、これである。

姫野と同期である因幡ナオミに化ける結婚の悪魔は、彼女と契約したがっていたのだ。

 

 

 

「幽霊の悪魔に自分の全てを捧げようとした女だ、契約をするつもりもさせる気もない」

「でも、アキ君を守ろうとしてやった。あの場にできる事を考えたらそれしかなかったの」

 

 

お互いに殺気を隠しながら言葉を選んで会話をしている。

そうしないと口よりも手が先に出るからだ。

 

 

「彼女ならきっとアキ君と結婚できる。その為ならいくらでも手を貸してあげるわよ?」

 

 

口元から血を垂らす女は左手の薬指に填めた結婚指輪を姫野の上司に見せつける。

無事に自分と結婚した因幡ナオミが幸せなのが証拠と言わんばかりに…。

 

 

「お気に入りの子の全てを奪った上に親友まで死なせて人形ごっこでもする気か?」

「ふふふふ、人聞きが悪い。困っている子が居たから手を貸したくなっただけよ」

 

 

マキマの副官を務める係長に化ける結婚の悪魔は知っている。

因幡ナオミを気に入った結婚の悪魔が彼女を破滅させて全てを乗っ取ってしまった事に…。

 

 

「5分前に契約期限切れを告知した後、絶望した彼女を存分に楽しんだお前がそれを言うか?」

 

 

悪魔の力を分け与える代わりに期限内に結婚できなければ、死ぬ。

それは、同じ結婚の悪魔ですら別固体が行なった契約に介入できないほどの絶対である。

 

 

「失礼ね、期限切れの半年前に1回だけ告知した。それでも彼女は他人事だったから死んだ」

「わざと結婚させなかったのはお前だけだが?」

 

 

だから自分の行動には問題ないと彼女は反論する。

しかし、半身である本体から図星を指された彼女は笑って答える。

 

 

「因幡ちゃんは私の物。泣き叫ぶ姿も失禁する姿も私を罵倒する姿も全て愛しくてたまらない…」

 

 

短気だが、大切にしたい人物には優しくてどこかドジっ子の因幡ナオミを悪魔は愛していた。

だから彼女の交際や縁談を全て握り潰して絶対に破滅するように仕向けたのだ。

力を貸す存在が自分の全てを奪い取ろうと知った時の因幡ナオミの顔は想像が容易い。

 

 

「事実を知ったあの子ね、とっても可愛かった。マキマに通報しようと電話に手を伸ばす彼女をたっぷりと可愛がってあげたの。私に絶望して震える姿をあんたにも見せてあげたかったわー」

「結婚の悪魔を名乗る存在として失格だよお前は…。手段と目的を変えてどうするんだ…」

 

 

思考も性格も独立しているせいで目の前の女が契約者に何をしたのかは分からない。

ただ、因幡ナオミのロールプレイをしている悪魔は、彼女以外の姿になろうとしない。

それどころか、彼女が大切にしていたもの全てを守ろうとしている素振りすらある。

 

 

「確かにこの子の人生は終わった。でも私がその続きを見せてあげているの」

 

 

むしろ、彼女の両親も部下も知り合いも本気で大切に思っている。

下半身不随になった姫野を心配したのも因幡としての本音であるのは間違いない。

 

 

「だったらお前が契約する必要はないだろ?」

「あんたが契約しないから代わりにしてあげようと思っただけ」

 

 

もちろん、彼女は建前があって発言をしている。

 

 

「お前が新たに分裂しないと誓えば信じたが?」

「ふふふふ…」

 

 

結婚の悪魔の本体から別れた悪魔たちは再度分裂する事ができる。

しかし、その為には助手席に座る半身の許可が必要である。

 

 

「じゃあ、こうしましょう。必死のリハビリで身体が改善されたら契約をするのはどう?」

「……そこまで奮闘するなら姫野の頑張りを評価するし、結婚もできるだろうな」

「だったら…」

「上司である自分が契約する。余所者は引っ込んでろ」

「あっそ」

 

 

自分に利点が無いのにやたらと契約者に優しい悪魔に碌な奴が無い。

姫野に成り代わろうとする悪魔を生み出そうとする結婚の悪魔が居るのがその例だ。

だからこそ部下を守る為に結婚の悪魔は、自分から生まれた異端児に強い口調で牽制した。

その瞬間、少しだけ車が揺れて双方が放つ濃厚な血がフロントガラスを濡らす結果となった。

 

 

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