デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
“結婚”という概念は、人間が生み出したものである。
そもそもこの世界で誕生する悪魔は、人間が生み出した概念が具現化したものだ。
つまり、現世から人間が全滅すると一番困るのは、悪魔といえる。
「良い子いないかなー」
“結婚の悪魔”も人間が死に過ぎると困る存在である。
余裕が無さ過ぎて結婚せずに男女が結ばれてしまっては、存在意義がない。
よって契約者になりそうな存在を探しながら匂いで悪魔が居るかどうか確認している。
無駄に人間を殺す前にさっさと駆除するついでに美味しく頂こうというわけだ。
「悪魔か…」
またしても悪魔を発見してしまった。
しかも3体とはついていない。
「おっ」
丁度、自分と契約したデビルハンターが討伐に出向いたようだ。
彼自身は、結婚の悪魔と契約したどころか失恋したと思っている。
女に振られた腹いせで悪魔に八つ当たりしているような状態だった。
「頑張れ」
濃厚な人間の血を纏っているとはいえ“ガガンボの悪魔”ならまず負けない。
そう思っているが、時には想定外の負け方をするのが人間である。
下水道で戦闘している民間のデビルハンターを応援しながらもう1体の悪魔の様子を見に行く。
「ん?」
…つもりだったが、橋上で悩んでいる若い女性を見つけた。
あくまで本能のままに動くのが悪魔の弱点であり、長所でもある。
「ねえお姉さん!どうしたの?」
話しかけられた茶髪に染めた女性は、どこか悲しげな表情をしてこっちを見る。
彼女から見た結婚の悪魔は、12歳くらいの少年であった。
「君こそどうしたの?」
「うーん、お姉さんが悩んでいるように見えて話しかけた!」
「知らない人に声をかけちゃダメって言われなかった?」
模範的な回答に結婚の悪魔は感動すらある。
こんなに子供想いなのに結婚できないのは、相手の見る目が無い。
「うん、学校の先生とお母さんとお父さんに言われてる!」
もちろん、こちらも模範的な回答をする。
「じゃあ、なんで話しかけたの?」
「困っている人を助けなさいって言われてるんだ!僕、立派な人になれって言われてるから」
小学6年生くらいの少年が成人の女性の悩みを解決できるわけがない。
彼女もそう思っているが、少年の純粋さに思わず笑みをこぼす。
「ありがとう。ちょっと元気が出た」
「ホント?」
「うん、悩みもなくなったから帰るわ。君も早く帰った方が良いよ」
「わかった!」
少年と話して気分転換になったのか。
若い女性は少年に手を振って繁華街の方へと歩き出した。
それを見た少年は、彼女が向かう方角とは反対に歩き出す。
「嘘だね」
大人の嘘は、優しい嘘と悪い嘘がある。
彼女が放ったのは優しい嘘。
7649人と契約したのは伊達じゃない結婚の悪魔は、路地裏に入り込んだ。
「アーアー!」
すぐにハシボソガラスが路地裏から出て来て羽ばたいて夜空に舞い上がった。
両翼を広げて上昇気流に乗ったカラスは、彼女が歩いていく場所に滑空で飛んでいく。
本来なら身に着くわけがない技能であるが、悪魔を喰い過ぎて余計な力まで得ていたのだ。
「アー!アー!」
彼女はすぐに見つかった。
それを知らせる様にカラスは能天気に鳴く。
「よう、上納金は持ってきたか?」
「は、はい!持ってきました」
決して光のイルミネーションが消えない繁華街でも闇はある。
表通りから少し離れた酒場の裏側は、街灯すらなく真っ暗な世界を作りあげていた。
そんな静寂な環境を上書きするかのように屈強な男で構成される4人組が女性を囲む。
「おい、これっぽっちか?」
「申し訳ございません。明日の晩までには用意しますので…」
彼らは借金取りでもなければ、この街の元締めでもない。
「俺らに喧嘩売るとどうなるか分かっているよな?」
彼らは自分の欲望の為に“拳の悪魔”と契約している。
そのおかげで彼らはボクシングや極真空手など格闘術で敵なしである。
そしてその欲望故に拳で暴行を働くの大好きであった。
「お前が身体を売るだけじゃ足りねぇんだよ。もっと稼げる方法があるよな?」
「キヒヒヒ、妹さんも誘ってやれよ」
「そ、それだけは…」
女性に売春を強制させていた屑野郎は、彼女の妹に「花を売れ」と告げる。
強き者に巻かれるのが勝ちと断言するような腰巾着野郎も同感のようだ。
それに対して首元に暴行痕が残る女性は跪いて許しを請う。
まさしくドラマや映画だったら彼女を救う為にヒーローが参戦して戦うだろう。
「アーアー!」
ただし、酒場の屋根に着地して駐車場を見下ろす結婚の悪魔は彼女を助ける気が無い。
むしろ、気になったのは拳の悪魔の方だった。
暴行されていた若い女性に微かに着いた悪魔の匂い。
「アーアー!!」
契約者に拳で暴行させて強化されている悪魔の味はどれだけ美味の事か。
それだけを考えて彼女にここまで案内してもらったのだ。
「やめて…うぐっ!?」
世紀末漫画に出てきそうなモヒカン野郎の腹パンを受けた女性は地に屈した。
九の字で頭を下げて苦しんでいる有様は、同じ悪魔から見てもスカッとする。
そのまま4人は女性が死なない程度に暴行を働く様子を見守っていた。
「おいおい、オレ様も混ぜろヨ」
ついに駐車場に止まっていた黒色の高級車のドアが開いて大男が出現した。
上半身が発達した代わりに下半身が貧弱な大男こそが拳の悪魔そのものである。
契約者が好き放題に女を殴っているので彼も参戦したくなったというわけだ。
「待ってくださいよ、このアマがあんたの攻撃に耐えれるわけがねぇ」
「肘なら腕が千切れねぇ限り死なねぇだロ?」
「ははは、一本取られたぜ」
自分の欲望を発散させるならば、下等な人間とも好条件で手を組む。
結婚の悪魔も似た様な事をしているからこそ彼の行動自体は問題視していない。
ケラケラと笑う彼らの声すら酒場の隣にあるカラオケ店が発する騒音に消されていた。
「い、いや……」
なんとしても女性は逃げようとするが、さきほどの暴行でまともに動けていない。
痙攣しながら蚊が羽ばたく音のような音量で何かを呟いているだけだ。
「アー!!」
倒れ込んでいる女性を見て舌なめずりをして黒い唇を潤した拳の悪魔は口角を釣り上げる。
そしていざ、殴りつけようとするとカラスの鳴き声を聞いてコメカミを
「なんだ、雑魚どリ?見逃してやるからさっさと行ケ」
「アー」
威圧したものの実力差が分からないカラスは暢気に鳴くだけ。
これには拳の悪魔もご立腹。
拳の悪魔と契約している三下たちがカラスを追い払おうと動こうとすると…。
カラスが居た場所が無音で大きく凹んで辺りに血肉をばら撒いた。
「あぶねェ、あぶねェ…今のパワーで潰すところだったゼ」
どうやら今の攻撃を女性の肘に当てるつもりだったようだ。
その証拠に取り巻きどころか、拳の悪魔すら冷や汗を掻いていた。
さすがにコレを人間にやれば、医者や目撃者に勘付かれる可能性がある。
「ありがとナ、雑魚どリ」
拳の悪魔だって気が合う人間と仲良くしたいので実験台になったカラスに感謝した。
あえて言うならば、さきほどの返り血が女性にまで届いて汚くなったのが不満である。
「さテ、次はお前の番ダ」
それはともかく拳の悪魔は、今度こそ女性を殴ろうと右拳を振り上げる。
「うェ!?」
それが拳の悪魔が今世で見た最後の景色であった。
「え?」
取り巻きは、目の前で起こった事が現実に感じられなかった。
さきほどのカラスが撒き散らした血肉が丸ごと大きな口に変化した。
そのままトラバサミが獲物を挟むように拳の悪魔を丸ごと嚙み千切ってしまった。
「は?」
「……い?」
「え?……え?」
「拳の悪魔?」
さきほどまで女性に理不尽な暴行を振るっていた4人組の思考は停止した。
むしろ本当に理不尽な暴力を見せつけられた彼らは、すぐに動く事ができない。
むしゃむしゃと悪魔を咀嚼するのは格上の悪魔以外に居ないというのに…。
「「「「うわああああああ!?」」」」
それでも悪魔の手下で悪事を働いていた4人組は情けない絶叫と共に走り出す。
リーダー格の男が石に躓いて転ぶが、すぐに起き上がって出口に向かって走り出した。
「あーらーらー、内臓が破裂してるね、このままじゃー死ぬよー」
次は、超大型なワニに化けた悪魔が死にかけている女性に話しかける。
本来なら意識すらないに等しいが、悪魔からすれば人間の都合など気にしない。
「ねえ、だから言ったでしょ?悩んでいる事があるなら僕に相談すればいいって…」
「あ、あっ……」
視界が真っ暗になって身体が冷たくなっているのを実感する。
死が間近に迫っているというのにさきほどの少年の声がしっかり聴こえて来た。
「僕の忠告を聴いておけばーこうならなかったのになー」
まるでこの結末を予想していたかのように煽るその姿はまさしく悪魔だった。
「ねぇ、君が華やかに結婚する姿をみたいんだ、もし契約してくれたら怪我を治すよ?」
既に女性は、激痛によって意識が現実世界に残っていないはずだった。
だが、取り込んだ“麻酔の悪魔”の力によって無理やり患部の痛みを誤魔化していた。
故に瀕死であるが、歯医者で歯肉を麻酔されたの如く、なに1つ痛みを感じられない。
「僕は一人っ子でね、お母さんもお父さんもいないんだ。だから結婚に憧れがあるんだよ」
結婚の悪魔自身、自分が何を言っているのか分からない。
ただ、結婚の契約をさせる為に瀕死の女性に問いかける。
「それにね、お姉さんがそのまま死ぬのは勿体ないと思うんだ」
半分嘘で半分本当。
確かに寂しいし、そのまま結婚を知らずに死ぬのは勿体ないと思っている。
ただ、それだったらさっさと介入していた。
「でも、お姉さんが僕と契約したくないならそのまま放置するよ」
あくまでも結婚の契約をするか、しないかという二択がこの悪魔の興味である。
無理に契約を迫る事もせずに人間の返答次第ではあっさりと退き下がる。
相手の合意がないと結婚できない影響か、結婚の悪魔は契約を強制させないのだ。
「ホラ、パトカーのサイレンが聴こえてきたでしょ?そろそろ時間切れが迫ってる」
さきほどの4人組が通報したと思われるが、悪魔自体はそれでいいと思っている。
人間同士の殺し合いに釣られて強力な悪魔が出現したと思ってくれればいいのだ。
救急車のサイレンが聴こえないのは、悪魔がいると通報されたせいなのかもしれない。
「ねえ、どうする?僕と契約する代わりに結婚して幸せになる未来を見せてくれるの?」
“カラスの悪魔”、“ワニの悪魔”、“麻酔の悪魔”、“剥製の悪魔”の力を使いこなす悪魔は笑う。
「た、す……て」
「うん、分かった。契約成立だね」
瀕死になった女性は、中学2年生の妹を残して死にたくなかった。
藁に縋る想いで自分を破滅に導こうとする悪魔と契約を結ぶ事を同意した。
「……極上に美味しい悪魔を釣り出したお礼に内臓の怪我はそれで打ち消しにするね」
結婚の悪魔は、契約する時の条件の他に【自分に何かを与えたか】で与える力を変える。
今回の場合は、“拳の悪魔”を差し出したという建前で内臓の再生の代償を打ち消した。
悪魔の実力によっては、契約にも制限が出て来るが、この悪魔は人も悪魔も大勢殺している。
「君の余命は、6年後の翌日を迎えるまで。それまでに結婚すれば問題無いよ」
そのおかげで人体の強化や肉体の再生に関しては、その分野の悪魔に匹敵する力を得ている。
一応、破裂した内臓が元通りになったので無様に女が死ぬ事は避けられた。
それでも彼女の肉体は深刻なダメージを負っており、辛いリハビリになるだろう。
幼い妹がどれだけ貧窮するのか分かっているのも、契約期間が長めになっている理由である。
「でも、それまでに結婚できなかったら君は死ぬ。可愛い妹を残してね」
結婚をするには、当の本人に相応の覚悟をしてもらわないといけない。
受験勉強や就職活動と違って必ず自分の意志で挑まないと結婚は不可能である。
「せいぜい、生の実感を噛み締めると良いよ。それが生きているって事なんだから」
良い事を言っているようで「もっと苦しめ」と暗に告げている。
結婚の悪魔は、契約者が結婚するのが重要であってそれ以外の事に関してはどうでもいいのだ。
「じゃあね、契約期限が迫って来たら脳内にお知らせするよ」
とりあえず、契約した女性にお別れの挨拶をしてその場を立ち去ろうとする。
既に近隣にパトカーが駐車しており、すぐにでも警官やデビルハンターが突入してくるのだ。
契約ができた以上、長居は無用だ。
超大型のワニから普通のカラスに化け直した結婚の悪魔は、空を飛ぼうと両翼を伸ばす。
「えーもう帰っちゃうの?」
まるで他人事のような女の発言に結婚の悪魔は、思わず動きを止める。
そして新手の女に向き合う。
別にデビルハンターの交戦経験もあるし、不意打ちで襲撃して来ても問題無かった。
問題なのは、さきほど悪魔の匂いがした女が人間の匂いに変わっているという点だ。
「アー!アー!」
「カラスに化けても無駄だよ。匂いで分かるから」
とりあえずカラスのフリをしたが、無意味に終わった。
そもそもワニからカラスに化けたのは間違いなく目撃されているのは分かっている。
「これは参った。“変身の悪魔”がなんて無様な失態を…」
「君、“結婚の悪魔”でしょ?なんでわざわざ嘘を付くかな?」
今まで結婚の契約で5千人以上を殺して8体の悪魔を捕食した結婚の悪魔は直感で分かる。
視線だけで自分の心臓をゆっくりと握り締める存在に勝てる訳がない。
そして、こいつからは絶対に逃げきれない…と。
「結婚を望んでいない相手に名前を教えないのが自分の習慣でありプライドなのさ」
「じゃあ、そんなプライドなんか捨てて公安に来なよ」
得体のしれない存在から事実上の死刑宣告を喰らった。
このまま戦えば死ぬ。
だが、投降したら公安の地下でずっと監禁させられるだけの存在になる。
無罪放免になるには、人を殺し過ぎたと自覚する悪魔の答えは決まっていた。
「自分は悪魔、悪魔同士の契約は結ばないし、そもそも結べない」
「でも、格下の悪魔なら命令する事はできる」
悪魔は悪魔と契約を結べない。
それが常識だと話題を逸らそうとするが、正論を言われてしまった。
「口も達者のようだ、羨ましいな」
悪魔には眷族が存在し、意外と細かな階級制度を導入している事実に反論できない。
どうやらいろんな面で自分より格上の存在のようだ。
なによりこれ以上、時間稼ぎができないのは、結婚の悪魔本人が分かっている。
「1つだけ問いたい。『公安に
「ちゃんと上に許可をもらってる。そうしないと連れて来れないから」
どうやら目の前に居る赤髪の女は服従している相手がいるようだ。
スーツとコートを纏っているので公安警察に所属しているのかもしれない。
いや、「公安に来い」って言われたので確実に公安に所属しているだろうが…。
「答えはどう?私はYesかNoで答えてくれると助かるけど…」
「答えはNO!」
目の前に居る女性の問いに対して結婚の悪魔は反抗した。
その瞬間、カラスに化けた結婚の悪魔は爆散する。
またしても壁やコンクリートに血肉が飛び散った。
「それじゃ死なないでしょ?」
全てを見通す瞳を持つ女の質問に肉片はピクリと震えて応える。
「7649人と契約して5691人の死を喰って来た君がこの程度で死ぬわけない」
「なんで匂いだけで殺した人数が分かるんだよ…」
まるで全ての悪行を見て来たと断言する女に思わず結婚の悪魔はツッコミを入れてしまう。
すぐさま肉体が爆散するが、このままだと埒が明かないと判断した。
「投降する」
どうせ爆散させられると思って発言したが、それを見越していたのか攻撃はして来なかった。
お陰様で目の前の女に契約させられたようで結婚の悪魔は苛立ちを隠せない。
「そこは爆散させぇええ!?」
「お望みならば」
思わずツッコミを入れたせいで…またしても結婚の悪魔の肉片は爆散する。
だが、何故か至近距離に居たはずの女には返り血は飛んで行かなかった。
「あと7647回爆散してもらうからね」
「いや、死ぬって」
しれっと、さきほどの投降命令以外に内容を追加した女に結婚の悪魔はツッコミを入れる。
当の本人も自覚していたのか。
今回は、結婚の悪魔にツッコミの台詞を全部言わせた後に爆散しまくった。
それはもう、映画館で提供されるポップコーンのように破裂しまくった。
「いや、爆発が遅すぎるだろ!?どんだけ時間をかけるつもりだ!?」
「じゃあ、500倍早送りで」
「アバババババアアバババババ!!?」
またしてもツッコミを入れたせいで今度は500倍以上速く爆発しまくった。
高速で破裂する姿は、もはや弱い者虐めを通り越してただの芸術へとなり果てた。
「反省した?」
ミンチより酷い状況になった肉汁に凄腕のデビルハンターは反省ができたか尋ねる。
もちろん、発音できる器官がないので返答しようがないし、テレパシー能力などない。
そんな能力があったら真っ先に使っているはずだから。
「私のアイスクリームを奪った事に」
「奪ってねぇよ」
「なら一連の爆発を20回繰り返してもらうよ」
「なんで!?」
理不尽な事を言われて肉汁からカラスに変化させた結婚の悪魔はツッコミを入れる。
しれっと賽の河原のような地獄を叩き込まれたが、もはや結婚の悪魔に驚きはない。
今度は、10万倍の速さで爆発し…。
「そこまでいったらこの一帯が跡形も無く消し飛んでない?」
「そう、だからやらない」
なかったが、靴の裏以外に血で汚れていない女は、結婚の悪魔の頭を踏みつける。
これに対してご褒美やら「ありがとうございます」と発言する文化はまだ根付いていない。
単純に上下関係をはっきりさせる為の儀式に過ぎなかった。
「でもババアって言った事は許さない」
「じゃあ、さっきのアイスクリームのくだり要らねぇじゃん!」
「黙って」
とりあえず、デビルハンターが悪魔をボコボコにしている間、救急隊員が負傷した女性を運ぶ。
さきほどまで地獄に居たが、彼女はようやく病院という天国に解放されるのだ。
すぐさま優秀な医療班による懸命の治療が施された結果!
そのまま意識が戻らずに彼女の妹が見守る中、戻るべき場所へと旅立った。
「いや、死ぬんかい!?」
「彼女の魂を肉体に戻しなさい」
「いや、無理」
マキマと自己紹介したデビルハンターに無茶ぶりをされるが、結婚の悪魔にはどうしようもない。
泣き崩れる妹さんと気に掛ける医師と看護師が居る前でやるコントではなかった。
「やればできるね」
「あんたが全部やったんだよな…」
無駄に強化された結婚の悪魔を代償に22歳の女性の意識を現世に呼び戻す事に成功した。
そのせいで大半の能力と力を失った結婚の悪魔は涙目になった。
あの時、女性を助けなかった代償を今、支払っている。
それを深く実感する出来事であった。
「まあ、しょうがねぇよな」
ただし、悪魔なので人間とは感性が違う。
あれだけやられても、結婚の悪魔の心は折れていない。
婚活が一発で成功するのが珍しいように結婚を司る悪魔はただでは転ばない。
「あだ!?」
ただし、マキマによって掃除されて表面がツルツルになった床で滑って転ぶ。
(覚えてろ…!)
いつか仕返しをしてやろうと結婚の悪魔は考えながら彼女の配下として任務をこなす。
取り込んだ悪魔の死体や血肉は全て回収されたせいで本来の能力しか行使できない。
「マキマさん、制圧が終了しました」
「犠牲者は?」
「敵対した悪魔のみです」
自分に決して好意を向けないド畜生の命令に従う日々。
まあ、結婚生活というのは妥協と我慢の連続だと結婚の悪魔は知っている。
いろいろ言いたい事も反抗したい事もあった。
それでも今まで自分が犯した罪と償う機会だと思って我慢し続ける。
「やっぱり、自分が健康保険料とか厚生年金を払うっておかしくねぇ!?」
「悪魔に人権がないからね」
「じゃあ、都合が良い事だけ人間扱いするのやめてくれないかなー?」
ただ、悪魔なのに人間と同じように厚生年金など税金が年収から引かれるのは納得できない。
悪魔に人権は適用されないのに税金だけは人間と同じ様に適用されるという意味不明さ。
これはさすがに上官であるマキマに抗議する権限があると思って反論してしまった。
「物事には例外があるから」
「まあ、仕方ねぇか…」
「君だけ引かれているからね。しょうがないね」
「絶対にお前の仕業だな!?」
ただ、これだけやり取りをしていても結婚の悪魔はマキマに好意を抱かない。
マキマもまた、同僚や国民を大事にしているようで別にそんな事は無かった。
だからあくまで“ビジネスパートナー”という関係で結婚の悪魔は彼女に従っている。
「“ゾンビの悪魔”が出たって」
そんなある日、マキマから“ゾンビの悪魔”が出現したと報告を受ける。
ゾンビの悪魔自体は雑魚なのだが、あいつの能力は感染症のように広がっていく。
対処法を知らない民間のデビルハンターでは荷が重いと判断。
早速、同僚と共に車に乗り込む結婚の悪魔だが…。
「マキマさん、1つ質問の許可をもらえますか?」
「どうぞ」
「なんか嬉しそうに見えましたが、何か良い事があったのですか?」
「質問の許可を与えただけで返答の許可はしてないよ、終わり」
「ケッ!」
助手席に座っていた結婚の悪魔は、サイドミラーに映ったマキマが笑ったように見えた。
別に彼女は笑わないというわけではないが、まるで専用の仮面を付けているような感じ。
要するに作り笑いをしているのだが、今回だけはいつもと違う笑い方に見えたのだ。
「うわーここからでも濃厚の血と腐敗臭が漂って来る…なあ、窓を閉めてくれないか?」
結婚の悪魔は、血塗れになる経験が多いせいでそういった人体の匂いに慣れていた。
それでもきつすぎる匂いに苦言を呈するが…。
「なら目的地が近いって事だね。そのまま開けておいて」
マキマにとっては、どうでもよかったようだ。
ちなみに運転席と後部座席に座っている同僚は特に何も感じていなかった。
ワンちゃんの嗅覚を刺激する匂いを人間が感じられないと同じ理屈である。
(……ゾンビ以外にも何かいるな?)
余談であるが、ここまで結婚の悪魔が無駄に騒ぎ立てたのに理由がある。
ゾンビの悪魔以外に別の悪魔が居る事に気付いたのだ。
だが、マキマに報告したくないのであえてゾンビ臭で鼻が曲がっているとアピール。
気付かなくてもしょうがない雰囲気で同僚から庇ってもらおうという魂胆があった。
「ゾンビ以外に何か居る?」
「分かりません、臭過ぎて鼻が痛いです」
「じゃあ、帰ったら手術だね」
当然、マキマに見抜かれていると知った結婚の悪魔は抵抗を諦める。
実はゾンビ臭が強すぎてここまで来ると発言通りの状態になっていた。
だからこそマキマが冗談に見せかけて本音を告げてきたのだ。
(早くおわんねぇかな…)
目的地に到達するまで5分といったところ。
それまで結婚の悪魔は内心では早く帰りたいという事だけを考えていた。
(どうせいつもと変わんねぇからよ…)
だが、この先にある廃工場で予想外の存在と出会う。
その存在との出会いは、結婚の悪魔の運命を狂わせる事になる事を…。
この時点では想像だにする事ができなかった。