デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
公安対魔特異を狙った一連の銃撃騒動は、銃の悪魔に怯える世間を騒がせた。
しかし続々と発生する悪魔の襲撃事件や芸人のスキャンダルで人々の記憶から消えていく。
どれだけ悲惨な事があったとしても、いずれ新規の話題で押し流されてしまうのだ。
だが、事件の当事者は銃撃事件を忘れられるわけがない。
荒井ヒロカズもその1人であった。
「マジか…」
まずは人員整理の為、特異1課2課3課の生き残りを4課に集約した。
これにより1課に唯一残った岸辺隊長が4課に編入される事になった。
「あの人、容赦ないから嫌いなんだよな…」
岸辺隊長は公安で最強のデビルハンターと謳われる存在だ。
姫野の師匠であるが、荒井からすれば色んな意味で嫌いなおっさんに過ぎない。
ただ、岸辺隊長の編入に喜んだ存在も居る。
マキマの管理下にいた結婚の悪魔だ。
(ヤッター!!これで岸辺に面倒事を押し付けて副隊長になれるぞ!!うおおおおお!!)
只今、副隊長より格上だが大した権限がない係長は岸辺隊長の下となる。
つまり、マキマ課長の理不尽な命令を真っ先に受けるのが彼となるのだ。
さっそく業務の引き継ぎと人員整理に伴う管理職編成で副隊長になろうと志願した。
「ダメです。あの人、言う事を中々聴かないし、怖いからそのままで居てください」
だが、マキマに一蹴されて即座に拒絶されてしまった。
彼女に反抗したり反発するのは結婚の悪魔も同じだが、岸辺隊長は堂々とする。
そのせいでマキマですら手を焼くので引き続き自分の真下に悪魔を配属させ続けたのだ。
なにより問題だったのは…。
「荒井君、来たよー!」
千葉公安対魔1課の因幡ナオミ副隊長を公安対魔特異4課に編入してしまったのだ。
外堀を埋めようとする因幡と自分の言う事を聞く係長を手放したくないマキマと意見が一致した。
これにより、リスク管理をしていた係長に化ける結婚の悪魔は二重の意味で涙目になった。
それはともかく因幡が荒井が住むアパートにやって来たのには理由がある。
「待ってました!」
インターホンで自分の苗字を呼ぶ副隊長の声を受けて荒井はドアを開ける。
そこには、スポーツウェアを身に纏い、首から笛をぶら下げる因幡ナオミの姿があった。
「荒井君の覚悟、しっかりと見届けさせてもらうからね」
「はい!」
荒井ヒロカズは一連の銃撃事件で自分が無力だと実感した。
だから入院した姫野先輩に心配させない為に彼女の同期であり友人の因幡先輩に頭を下げた。
「自分を鍛え直してください」と頭を下げて懇願すると彼女は快く受けてくれたというわけだ。
先輩の発言を受けて彼はアドバイス通りに長距離マラソンをする為に家を出た。
「まずは確認事項を言うね」
スタート地点に向かって歩く因幡からルール説明を受ける。
埼玉県にある東大宮駅から同じく埼玉県にある狭山湖の山口貯水ダムに徒歩で行くのだ。
地図だと距離的には30km圏内であるが、歩いていくならば普通に40kmありそうな道なりだ。
「ビーンズアネックス東大宮から歩いて貯水ダムに歩くだけ。ね?簡単でしょ?」
「簡単と言いますけど普通に40kmありませんか?」
宇都宮線に乗り継いでスタート地点であるBeans Annex東大宮*1までやってきた。
残念ながら開業まで2ヶ月以上あるせいでここで買い物をする事ができない。
そもそもマラソンをするから買う必要はないのだが…。
「うん、だから私も並走して君が目的地に辿り着けるようにサポートするよ」
荒井を強くするには、まず自分から強くならないといけない。
口では簡単だが、実際にその成果を短期間で示せとなると中々証明が難しい。
だからアホみたいなマラソン計画を組んで彼の覚悟を見ようとしたのだ。
「午前10時スタートで翌日を迎える前に目的地に行けたらラッキーだと思ってね」
「はははは、そりゃあ大変ですね。どうやって家まで帰ればいいんですか?」
「私が自宅まで車で送迎してあげるから安心しなさい」
胸を張って「ちゃんと見届ける」と断言する因幡先輩の姿は清々しくもある。
背負っている大きなリュックサックは彼女の覚悟も詰まっているに違いない。
マラソンのド素人が40kmを越えるマラソンを走るというのは、地獄を見るのは明白だった。
それでも荒井は挫けない。
(この試練を乗り越えて強くなってみせる)
デンジもパワーも新しく就任した岸辺隊長の下、強くなろうとしているのだ。
荒井も先輩として負けじと頑張るつもりだ。
なお、同時刻。
公安が管理する共同墓地でデンジは死にかけていた。
バディであるパワーも同じように首を掻き切られて地面を鮮血で染めている。
「ごほっ…」
パワーと共にマキマさんに案内されたデンジは、白髪のおっさんを墓地で紹介された。
今までデンジが出会ったマキマさんの配下は何かと自分に優しかった。
だから「岸辺なんとか」も自分たちに友好的かと思ったら全然違った。
「お前たちが俺を倒せるようになるまで俺はお前たちを狩り続ける」
漫画のように修行を教えてくれる師匠かと思ったら糞野郎だった。
出会い頭に自分たちの首の骨を折った挙句、好き放題言いやがった。
しかも何度も殺す為にわざわざ輸血パックで自分たちを復活させる周到ぶりである。
いきなり自分たちを何度も殺すと断言した男に思わずパワーは…。
「コイツ、頭が終わっておる!絶対童貞じゃ!こやつは女にフラれ続ける糞人間じゃ!」
「俺もそーおもう」
岸辺隊長の心を真っ先にへし折ろうとする悪魔の所業をしたが、状況は好転しない。
あっさりと返り討ちにされて2人共、意識が遠のいた。
(こ、こんなんなら素直に……おっさんの宿題をやって…おく…だった)
今思えば、小学生の宿題を持ってきた金髪のおっさんは優しかったとデンジは思い返す。
走馬灯のように岸辺隊長と共同墓地で出会った時の事を思い出した。
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「キミたちには強くなってもらいたいんだ。でも私が直接指導するより強くなる方法があるの」
修行をするはずなのに何故か墓地に案内されたデンジは首を傾げる。
滝に全身を打たれたり、格闘術を学ぶのを想像していたのに不謹慎な場所に案内されたからだ。
「土葬とは中々良い趣味をしてるのうー!こりゃあ、掘り返して喰うしかない!」
「悪魔なのに不謹慎の悪魔と契約しているのかこいつ…」
何故かここでは死体が土葬されていた。
これには血肉を漁りたい血の魔人パワーにとって絶好の捕食ポイントになる。
彼女の本性を知ったデンジは思わずツッコミを入れてしまった。
「そんな事をしたらパワーちゃんを私が殺さないといけなくなっちゃうな」
「うっ!?」
しかし、マキマの一言でガタガタと震え出したパワーはデンジの背後に隠れるように歩く。
先導する為に歩く彼女の後ろ姿は頼もしくもあるが、ロングコートのせいか冷酷にも見えた。
「ここは殉職した公安職員が眠っているの。理由も無く掘り返すのは万死に値するよ」
周りを見渡しても十字架の墓が佇んでいる異様な光景は、デンジの末路を暗示するようである。
そして「必要になったら掘り返す」とマキマが暗に告げているが彼はその意図に気付く事は無い。
「これからキミたちは、ここで墓参りをしている人に指導してもらって強くなってもらいます」
「そいつは男ですか?」
「うん、そうだね」
マキマさんに指導してもらえると思ったデンジはがっかりした。
それと同時に師匠役と遭遇したら出合い頭に金蹴りをして瞬殺してやろうと思っていた。
そう考えていたら墓地の前に佇む白髪の男がいる場所でマキマさんが立ち止まる。
「彼の名前は「シー黙れ」…」
マキマさんが目の前の人物を紹介しようとしたが無理やり黙らされた。
特別な存在である彼女すらぞんざいに扱う事から、よっぽどの立場に居る男なのだろう。
「俺の質問に答えろ。仲間が死んだ時、どう思った?」
墓を見たまま渋い声のおっさんが質問を繰り出す。
「別に~」
「死んだと思った」
デンジとパワーは今まで仲間と呼べる存在は居なかった。
だから素直に本音を告げた。
「敵に復讐したいか?」
「復讐とか面倒じゃん。他の奴にやらせばいいと思いマース」
「ワシもじゃ」
質問を数えるように2本指を突き立てた男に対して2人は返答をする。
復讐なんて面倒だからやる気はないと告げると彼は嬉しそうに笑った気がする。
「お前たちは人と悪魔、どっちの味方だ?」
人差し指と中指と薬指を立てた男の質問はいつまで続くなのだろうか。
そう思いながらデンジは、自分の考えを述べる。
「俺の面倒を見てくれる方」
「勝っている方じゃ」
今まで人生のどん底に居たデンジは、飯と住む場所を提供してくれる方を選ぶ。
パワーとしては、常に勝者の立場に居たいので優勢な方に味方になりたいと告げた。
「お前たち100点だ。お前たちみたいなのは滅多に見ない。素晴らしい…」
振り向いた男は採点をしていたが、デンジからすれば雑魚に見えた。
左頬から唇まで縫い目があり、ツーブロックカットの壮年のおっさんはどこか哀愁漂う。
「あ?」
だからすぐに金玉蹴りで瞬殺してやろうと思ったが、意外にも褒められたせいで動きが鈍った。
「大好きだ」
「…怖い」
何故か告白されたようでデンジは目の前に居るおっさんが気持ち悪かった。
パワーもそう思ったのかデンジに本音を述べた。
「マキマ、お前んとこの係長はどうした?」
「急用の仕事を振ったので同行させていません」
「だったら帰れ。今すぐこいつらを指導してやる」
デンジたちに質問を繰り出していた白髪のおっさんはマキマにも質問する。
彼としては、彼女の配下である係長に用があったようだ。
だが、マキマから不在と聴かされた彼は用済みと言わんばかりに彼女を追い払う。
「…じゃあ、後はよろしく」
呆気にとられたのか一瞬だけ硬直したマキマだったが、すぐに踵を返した。
「えぇー!?マキマさん!?こいつ失礼な奴っすよ!!今すぐ通報しましょうよおおっ!?」
デンジは必死に彼女を引き留めようとするが…その隙にパワーと一緒に首の骨を折られてしまう。
「先生と呼べ」やら「最強のデビルハンター」とか自称するおっさんは糞野郎だった。
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「起きろ。飯だ」
「飯?」
おっさんからの呼び声でデンジは目覚める。
腹が減っては戦はできぬって言ったのは教育テレビだったか日朝のアニメだったか。
とにかくお腹が空いたのでデンジは立ち上がるとパワーも眠そうに欠伸をしていた。
「ふぁー、飯の匂いがせぬがこれからどっかで食べに行くのか?」
「俺は肉を希望!肉さえあれば頑張れる気がするからなー」
「ワシもじゃ!」
周りを見渡しても飯がないどころか犬の糞しか落ちていなかった。
死体を掘り起こされる危険性があるので本来ならあり得ない光景である。
しかし、こういった常識を知らないデンジとパワーは見落としてしまった。
「これがお前らの飯だ」
「「ん?」」
白髪のおっさんが指差すのは、犬のうんちである。
思わずデンジとパワーはお互いの顔を見てからおっさんの顔を見る。
「残さず食え」
「え?」
「これって…」
これを聞いたデンジは無意識に胸部にあるスターターロープを引っ張る。
普段ならやる気がないパワーも左腕の肉を噛み千切って噴き出した血で槍を生み出した。
「上等だこの野郎!!テメェをバラバラにしてワンワンに食わせてうんちにしてやる!!」
「乗った!!ワシの英雄譚の1ページを飾る雑魚として名誉ある死を与えてやるのじゃー!!」
最強のデビルハンターと自称した相手に彼らは舌ベロを出しながら本気で殺人をしようと挑む!
同時刻、荒井ヒロカズは因幡先輩の提案で軽食を楽しんでいた。
「本当に休んでもいいんですか?」
「目的地に辿りつければいいのよ、別に競争してるわけじゃないし」
加茂宮駅の近くにあったカフェに寄った因幡は荒井の疑問を一蹴する。
むしろ、過酷なマラソンになるからこそ息抜きを兼ねて休憩しているのだ。
「それにこのお饅頭がここで取り扱っているとは思わなかったからつい寄っただけよ」
「有名なんですか?」
「ううん、本当に最近売り出した饅頭だって友人から聴いたの」
因幡が美味しく頂くお饅頭は、川越市に住む友人からの口コミで教えてもらったものである。
なので埼玉県に寄ったら食べる予定だったのだが、大宮市*2のカフェで取り扱っていると知った。
本来なら立ち寄る予定ではなかったのだが、看板を見た瞬間、足が勝手に動いてしまい今に至る。
「それに私とのデートを楽しんでくれると思って荒井君を誘ったんだ」
「なっ!?」
「私とのデートは冗談よ、でもこうやってカフェで会話するのも悪くないと思わない?」
「そうですけど…」
冗談を真に受けて顔を真っ赤にした荒井を因幡は揶揄いながら彼女なりにデートの練習をさせた。
ちょうどデンジの頭だけが宙を舞い、パワーが首元を両手で抑えて転がり回っている頃だった。
「相変わらず武器人間は良い身体をしているな、何度殺しても遊べちまうんだから」
「く、くそが…」
「強い、強すぎるのじゃ…」
先輩の荒井が女とカフェで休憩していると知らないデンジとパワーは辛酸を舐めていた。
そんな彼らを見下すように白髪のおっさんは告げる。
「俺はガキの頃から力が強くてな、おもちゃをすぐに壊しちまったんだ。今の感じみたいにな」
本気で殺すつもりで挑んだのにまたしてもおっさんに返り討ちに遭った。
デンジとパワーの修行のはずなのに実際は一方的な蹂躙しかされていない。
それどころか、本気で彼はデンジとパワーに人権を配慮しないどころか殺しにかかっている。
「俺がお前たちを最高にイカした奴らにしてやるよ」
そうしないと彼らが成長しないと岸辺は知っている。
だからこそ頭のネジをぶっ飛ばす存在になれるように彼は殺戮に躊躇いは無かった。
それから3時間後、東京湾に注ぐ荒川を横断する羽根倉橋を渡った荒井は膝に痛みを感じ始めた。
「膝が痛いの?」
「いえ、そんな事ありません」
「正直に言いなさい」
「めっちゃ痛いです」
「うん、正直でいいね。一旦、休憩しようか」
荒井の体調を観察して限界だと感じた因幡は休憩を提案した。
しかし、荒井は拒絶する。
「いいえ、このまま続行します」
「痛みが悪化して走れなくなるよ?」
「でも…」
「テーピングで補強してあげる。でも休まないとしてあげないよ?」
既に因幡は荒井が限界だと知っていたのだ。
その事を彼も察していたからこそ歩こうとしている。
我慢すれば問題ないと思っているが、彼女の提言を聴いて休憩する事になった。
「当たり前じゃない事をすれば身体が追い付かないのは当然の事よ」
「これが頭のネジをぶっ飛ばすって奴ですか?」
彼女の発言に荒井は喰いつく。
要するに常人のままでいると悪魔と戦えない事を長距離マラソンで知らしめようとしている。
そう考えてしまったのだ。
「いいえ、似てるけど別物よ」
「別物?」
「私はね、荒井君に“当たり前”を否定して欲しいのよ」
ここでようやく因幡は今回のマラソンの真意を告げる。
「荒井君をここまで歩かせたのはね。これをやること自体に意味はないからやらせたの」
「なっ!?」
そもそも因幡は、この長距離マラソンに意味を見出そうとしてなかった。
「もし、走り切らないと私に認めてもらえない…そう思っていたりしない?」
「ち、違うんですか!?」
まさかの発言にバス停の椅子に腰掛けた荒井は驚いた顔をして先輩の顔を見上げる。
彼女の表情は、いつもの因幡先輩のはずなのにどこか人外のような雰囲気を漂わせていた。
「人間というのはね…。自分が知っている知識と常識と経験で考えて行動してしまうものなのよ。だから予想外の動きをする悪魔に翻弄されてしまって動きや思考を止めてしまうの…」
因幡ナオミに成り代わっている結婚の悪魔は、戸惑う荒井にアドバイスを与える。
「だから私はあえて成功しない長距離マラソンを計画したの。君の当たり前を否定させる為にね」
岸辺が教えるのは、あくま自分と対峙する悪魔に対する心構えでしかない。
無意識にやってしまう自分の枷を外す為に狂人に切り替えて動けるようにさせるというものだ。
一方、彼女は【当たり前を疑え】という価値観を彼に教え込む。
「ねえ知ってる?公安のデビルハンターの死因の4割が上司や先輩の判断ミスで発生しているの。同じ悪魔ですら個体差があるのに自分や先人の知識や経験だけで対処すればそうなるよね」
この世に出現する悪魔は、大半の場合は肉体に致命傷を与えれば勝手に死ぬ。
だが、致命傷を負ってもすぐに肉体を再生できる結婚の悪魔の様に例外が存在する。
しかも、名を冠する能力とは別の能力を兼ね備えている悪魔も居るのだ。
「そんな事、当たり前だと思うでしょ?でも君が生き残った事実がそれを否定しているの」
「…え?」
ここで彼女は、困惑する荒井に当たり前を否定する大切さを告げる。
「君が銃撃から生き延びたのはなんで?」
「だって係長からヤクザに警戒しろって言われたから…」
悪魔と対峙して生還できる実力がある公安対魔特異課の職員が次々と銃撃の餌食となった。
もちろん、襲撃犯が事前に念入りの計画をしていたのと職員の動向を知られていたのが大きい。
でも、道案内をお願いしてきた老婆からの銃撃に荒井は対処する事ができた。
「つまり、デンジ君を取り返そうとするヤクザに警戒してたってわけ。違う?」
「そうです」
マキマの配下である公安対魔特異4課はデンジ周りのヤクザに不穏な動きありと知らされていた。
だから明らかに不自然な道案内をお願いした老婆を彼らは警戒していたのだ。
「デビルハンターに一番向いているのは、頭のネジがぶっ飛んだ奴だという事は私も否定しない。でも、それだけじゃ悪魔に勝てないし、なにより心構えを戦法に置き換えるべきじゃないの」
既に荒井ヒロカズは、姫野が施した教育によって岸辺の心構えの一部を継承している。
だったらやる事は決まっている。
「ここまで聴いたら君がする事は分かるよね?まだマラソンを続けるの?」
状況に応じた判断力と行動力を鍛えればいい。
だから彼女は、荒井に選択を強要する。
「続けます」
「なんで?」
「自分の限界を超える為にはこれしか道がないからです」
しかし、意外にも荒井は間違った選択肢を選んだ。
マラソン素人では不可能な道なりだと伝えたにも関わらず彼自身で選んだのだ。
「諦めない心も大事だね。じゃあ、私もゴールを見届けてあげる」
因幡に化ける結婚の悪魔自体は姫野に近づく為にこんな回りくどい事をやっていた。
そうでなければ、こんなアホなんかと真面目にマラソンを並走しない。
しかし、因幡のロールプレイをする彼女に姫野の弟子を見捨てる選択肢は存在しなかった。
「君が選んだ道なんだから最後までやり切りなさい。その為にはサポートは惜しまないから…」
結婚というのは、自分から踏み込む勇気の他に向上心が必要である。
妥協も大事ではあるのだが、全てを受け入れて諦めてしまっては何も進展しない。
昨日の自分を乗り越えようとする存在には、素直に応援するのが結婚の名を冠する悪魔の特徴だ。
「さあ、一緒に頑張りましょう」
「はい」
差し伸べて来た手を優しく掴んで荒井は立ち上がった。
ちょうど停車したバスに手を振って発進してもらった彼は簡易的な応急処置をしてもらう。
そして目的地に向かって歩き出した。
「ぐえええ!?」
「ぬわああ!?」
荒井ヒロカズが自分の意志で選択を決めた時、デンジとパワーは股間を潰されて悶絶していた。
岸辺隊長の股間を蹴り上げようとしたら返り討ちに遭った形となる。
「オチンチン……」
「オマンマン……」
「「オマチんに…」」
「待つ気はねぇよ。それとももっと蹴って欲しいのか?」
涎を垂らして股間を両手で抑えて悶絶している男女は傍から見れば不審者に見える。
「悪魔に子どもなんか必要ないだろ?さっさと去勢しちまえ」
辛辣な言葉を投げかけられたが、遺体に憑依するパワーはともかくデンジは納得できない。
(俺のチンチンはおしっこをするのと女の子と合体させる為に存在してるんだァ…)
借金返済の為に金玉を1個売り飛ばしたデンジは、女の子と健全な関係を諦めていた。
しかし、銃の悪魔を討伐した暁にはマキマさんとエッチができると確信している。
だから、ここでチンチンがさよならバイバイしてしまうと彼女と合体ができなくなる。
せっかく男に生まれたのだからチンチンを活用したいという想いだけで彼は決して挫けない。
「ふううううううううんぅ!!」
無理やり立ち上がろうとしたデンジの顔に靴先が激突し、鼻の骨をボキボキと折られてしまう。
言葉にできない怒りと激痛を受けた彼は再び顔を地面に強打してしまった。
「すまんすまん、まだ16歳らしいお前からチンチンと金玉を奪うのは可哀そうだと思っちまった。だからこれで許してくれ」
「こ……ろ……」
うつ伏せに倒れ込むデンジの顔は鼻を中心に大きく凹んでおり、前歯を3本折られる惨状を示す。
「助けてくれ!!ワシを殺そうとしている集団ストーカーに襲われているのじゃ!!」
一方、魔人であるパワーはデンジより復活が早く墓地を駆け回って助けを求めていた。
「ぎょえーーっっ!?」
当然の事ながら、岸辺隊長による殺戮は事前に計画されていたものである。
十字架の点検という建前で部外者の立ち入りが禁止されていたので救援は来ない。
それどころか岸辺の攻撃を早期に受けるきっかけを作ってしまい、奇声をあげてぶっ飛んだ。
「ささっと立て。お前らの実力はこんなもんじゃないだろ」
それでも岸辺隊長は攻撃の手を緩めない。
適度な休憩を挟みながら悪魔たちに人権が無いと暴力で示し続けた。
「眠いから帰る。お前らも飯食って風呂入ってしっかり寝ておけよ」
午後10時になった頃、デンジたちは理不尽な殺人受けから解放される事となる。
ようやく終わったと思ったデンジ一行であったが…。
「明日、家に迎えに行くからな」
自称、先生が言い放った置き土産と疲労でデンジの脳内はパンクした。
「……おぎゃあ、おぎゃあ!」
幼児退行ならぬ赤子退行を引き起こして失った母性をパワーに求め始めた。
マキマに向けるべきだが、彼女がそこに居ない以上、女と判定したパワーに頼ったようだ。
「まーた、頭が故障しておる!治れ!治れ!」
ブラウン管テレビの調子が悪い時に叩くノリでパワーはデンジの頭をボコボコに殴る。
その甲斐あってか、頭に上った血が文字通り鼻血で垂らしたデンジは正気に戻る。
「お、俺、何回死んだ?」
「少なくとも20回以上じゃ。ウヌが死んでた時、ワシも瀕死じゃったからもっと多いかも知れん」
自分の死んだ回数をパワーに教えてもらったデンジは思った。
「楽しくて頑張るのは好きだが、楽しくない事に頑張るのは嫌だな…」
マキマさんの為なら頑張れるが、あの糞野郎だけが楽しむ暴力ショーの為に頑張りたくない。
「なら一緒に逃げるか?この暗さなら公安も監視しきれんぞ?」
「逃げたら今度こそ本当に悪魔扱いで討伐されるんじゃねぇの?逃げ切れる自信はねぇな」
たった1人のおっさんに何度も殺されたのだ。
公安や警察、とにかく日本とかいう国家から逃げきれる気がしないとデンジは思っている。
「あのアル中野郎……俺たちをおもちゃ扱いしやがってよ!」
「分かった!」
だから負け惜しみで彼を恨むデンジだったが、バディであるパワーが何か思いついたようだ。
さっそくデンジは彼女に質問する。
「何が分かったって?」
「アイツをぶっ殺す方法じゃ!」
「でもよ、どんな方法でも勝てなかったじゃねぇか」
パワーは何かを思いついたようだが、デンジは特に期待していない。
「アイツはアルコールで頭がやられておる!だったらワシらが頭を使えば勝てるはずじゃ!」
「なるほど、確かに馬鹿正直に戦ってたら勝ち目ないもんな」
ここでデンジが思い浮かべたのは、コロコロコミックで出て来る軍師キャラだ。
自分より強い相手を作戦で嵌めてボコボコにする痛快シーンがあったのを思い出した。
「IQ134さんや漫画とかの頭が良いキャラみたいに戦えたら良いと思ってたんだぜ~!」
「ワシはIQ200ある秀才を越えた鬼才じゃ!IQ134なんか雑魚中の雑魚にすぎん!」
「マジかよ!ノーベル賞獲れちまうじゃん!」
「ノーベル賞など踏み台にすぎぬ!ワシは総理大臣になるパワー様じゃぞ!」
IQ50未満の会話を繰り広げているおバカ2人であるが、彼ら自身は本気である。
「頭脳でアイツをぶっ殺してマキマの犬の餌にしてうんちの気持ちを味わせてやろう!」
「へへへへ、な~~んか俺、頭が良くなった気がしてきた!よーし、アイツをぶっ殺す!」
なんだかんだで不屈の精神がある2人は、岸辺隊長に対抗できるプランができたようだ。
丁度その頃、山口ダムに荒井と因幡は辿り着いた。
「はぁはぁ…」
もはや意識すら曖昧な彼を支えるのは、微かに残った気力!
〈ピッピッピッ〉とリズミカルにホイッスルを鳴らす因幡のおかげであった。
彼の体調や疲労に合わせて歩くスピードを笛を吹く感覚で調整していたのだ。
「まさか本当に辿り着くとは思わなかったよ。さすが姫野の愛弟子だね」
狭山湖を見渡せる山口ダムに根性と気力で辿り着いた荒井に因幡は素直に関心する。
どさくさに紛れて姫野を立てようとするのは、自分の悪い癖だとは自覚していた。
「パッパカーパン!おめでとう!」
とりあえずクラッカーを鳴らす因幡だったが、荒井はそれどころかじゃなかった。
「冗談はそれだけにしておうちに帰りましょうね!」
さくっと荒井をお姫様抱っこをした因幡はトヨタ・ラ〇ドクルーザー プラドに向かった。
そこには、待ち伏せさせた白狼によって瞬殺された車泥棒による屍の山ができていた。
「殺してないでしょうね?」
「ワン」
「別に殺しても良かったけどね」
「ワン!?」
血塗れになっている白狼のウプウアウトを揶揄った結婚の悪魔は笑う。
人間の為に戦おうとするデンジと血の魔人が酷い目に遭っているというのに…。
自分の為に頑張る悪魔は日本国民としての人権を付与されている現実に嗤ってしまう。
(正直者が馬鹿を見るか……それもそうね。だってその方が都合がいいもの…)
人間を演じ過ぎて化けている女の人格に引っ張られている悪魔は自嘲する。
人間に化けすぎた結果、人間の法律と常識に縛られている奴隷に感じてしまったのだ。
「ウプウアウト、来なさい」
「ワウ!」
「そう、良い子。本当に良い子。殺したくなるほど良い子ね…」
「ワン!?」
だから狼の姿で活動している結婚の悪魔に嫉妬してしまう。
同じ結婚の悪魔なのに演じている存在によって思考も性格も行動も変わる。
だからこそ因幡ナオミを演じる悪魔は、死んでしまった彼女の事を更に理解したいと思っている。
ナオミの全てを奪った以上、彼女が成し遂げられなかった事を全てやらないといけないのだから。