デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
攻めるより守る方が有利なのは古今東西で知られている。
前回は攻める立場だったデンジとパワーは、守る側に変わった。
超インテリ作戦で糞野郎を返り討ちにしようと意気込んでいた。
「策は?」
「完璧じゃ」
変装用の伊達眼鏡をかけただけで賢くなっているつもりの2人には隙は無い。
自分達の生活を脅かす存在に面従腹背で対応する気もなかった。
「む!アル中から漂う血の匂いが近いぞ」
「俺たちの返り血を浴びたスーツを大事そうに着やがってぇ」
そして獲物がノコノコと何も知らずに罠がある場所までやって来ている。
やる事は1つしかない。
「俺たちの日常を壊す奴ぁ、死あるのみだ」
「超インテリ作戦開始じゃ!」
眼鏡の縁をクイッと右手の人差し指で持ち上げたパワーは確かに賢そうに見える。
しかし、腕組みをしたせいで手斧の柄を噛む羽目になったデンジは眼鏡があっても馬鹿に見えた。
(やるぞ!)
真っ先に動いたのはパワーである。
血槍を構えて玄関のドアまでやって来た彼女は、嗅覚で獲物の位置を感知する。
(今じゃ!!)
白髪の糞野郎がドアの前に居ると感知した瞬間、頭部の位置に向かって槍をドアに突き刺す!
その鋭さはドアの厚みを容易く貫通し、岸辺の頭に向かって飛び出した!
「血の武器か。死角を狙ったのは評価するが、その程度じゃ俺に通用しないぞ」
あっさりと血槍を掴んだ岸辺は、槍を素手でへし折った。
「今度は俺が狩られる番って訳か」
もちろん、これはパワーの想定内である。
自分たちが居る3階に罠は無い。
だが、4階の廊下にはパワーの血が入った500mlペットボトルが7個も置いている。
(よし!!)
囮になったパワーが血を操作してペットボトルから血槍を生成した。
そして彼女が人差し指を降ろした瞬間、槍が廊下を突き破って下の階層にいる男に襲い掛かる。
「ふん!!」
しかし、岸辺は強かった。
天井から出現した血槍の中で避けられない物だけを次々と拳で迎撃していく。
それもパワーは想定済みであった。
4階から降りて来たデンジが血槍に気を取られた糞野郎に向かって手斧を振り抜く。
「ぐげ!?」
だが、回し蹴りであっさりとデンジはノックアウトされた。
当然のように首の骨を折られてしまい、身動きが取れなくなる。
「今までで一番よかったぞ」
超インテリ作戦は失敗に終わった。
ただ、彼らなりに頭を使った作戦を岸辺は評価した。
「警察だ!!そこを動くな!!」
「ん?」
ところが、待っていたとばかりに警察がやって来たのでさすがの岸辺も首を傾げる。
「ぐふふふ…最後っぺって奴じゃ…」
奇襲したデンジが返り討ちになるのも、玄関で倒れているパワーの計算の内だった。
なにより能力を駆使すれば、貧血で自分が倒れ込むのも分かっていた。
だから事前に110番通報して警察を呼んでいたのだ。
全然、デンジが考えていないじゃんと思うかもしれないが、さすがに経験と知識の差は大きい。
「大人しく手を挙げろ!!」
「待て、俺は公安のデビルハンターだ」
警察に職務質問される事は岸辺にとってタバコを吸う感覚である。
慣れた手つきで手帳を見せようと思ったが…。
「…お前、警官じゃないな」
「さすがです」
警棒や拳銃では無くトンファーバトンを構える警官に岸辺はすぐに偽者だと気付く。
むしろ、指摘しないとまともに彼が会話をしてくれなさそうであった。
「岸辺隊長、お久しぶりです」
「係長も人が悪いな…この俺を騙そうとしやがって…」
制服を纏った警官はあっさりと偽者だと白状した瞬間、服装ごと姿が変化した。
モーニングコートを身に纏う金髪の壮年男性になった係長が笑って岸辺に声をかけた。
「自分の手の内を見せないと信用してくれないと思いましてね」
トンファーバトンと左薬指の結婚指輪を見せる彼は、自分の弱点を示している様だ。
(指輪とトンファーが変化してないからマネキンの悪魔の能力じゃねぇ…だが何だこの違和感は…)
長年連れ添ったバディとつるんでいた時期に姿を真似る悪魔と交戦した事がある。
厄介な事に姿どころか身体能力や記憶すらある程度の真似ができる存在だった。
「マネキンの悪魔じゃないな?変身の悪魔とも違う。何の悪魔と契約している?」
「目に見えるものが全てではないとしか伝えられません」
未だに係長の正体を見抜けない岸辺は質問を繰り出すが、彼はヒントを与えただけである。
お互いに手の内を全ては明かさないと分かっているからこそ…ただの問答で終わった。
「通報で駆けつけてきたサツは帰したのか?」
「本物の警察を巻き込むと面倒なので説得して帰ってもらいましたよ」
「お前にしては…優しいな」
「こうやって不意打ちされたら困るので…」
岸辺は会話途中に不意打ちでナイフを投擲した。
しかし、係長は何事もなかったように右手の親指と人差し指でナイフの柄を掴んでみせた。
「金髪の…おっさん」
「よう、デンジ。パワーは元気か?」
「多分、玄関のとこで…ダウンしてるんじゃねぇかな…」
デンジはおっさんに助けを求めるが、結婚の悪魔自身は介入する気はない。
ただ、早川アキとの約束で馬鹿2人がとんでもない事になっていないか確認しに来ただけである。
「人間らしい生活は送れそうか?」
「その生活を奪おうとしている奴が居るんですけどぉ!?」
「はははは、反論できる余裕があるなら大丈夫そうだな」
とりあえず、デンジとパワーは元気そうであった。
「今回の敗因は、岸辺隊長から教えられると思うが、個人的にアドバイスしておこう」
なのでデンジが少しでも普通の生活を送れるように悪魔はアドバイスをする。
「岸辺隊長を人間として接するな。悪魔を殺すつもりでやれ。そうしないと勝ち目などない」
さきほどの戦闘を見ていた結婚の悪魔は、デンジたちの攻撃の甘さを見抜いていた。
最強のデビルハンター相手なのだからアパートの住民全員を巻き込むつもりでやるべきだった。
「それと岸辺隊長の言葉を全ては鵜呑みにするな。肝心な事だけ嘘で誤魔化す癖があるからな」
岸辺隊長を深く知る者は、彼がとても人間想いだと知っている。
だが、それは彼の内面の1つでしかないし、本性を知っているからこそ忠告する。
「横で黙って聴いてたら酷い言われようだな?そんなに俺が嫌いか?」
「せっかく副隊長に降格しようと思ったのに邪魔されたんでね…」
「仕方ないだろ?マキマの狗になるのは、お前が適任だと思ったからな」
おっさん同士でバチバチやりあったところで利点はない。
しかし、お互いを信用していないせいでどうしても言葉の棘が隠し通せなかった。
「それにお前に用があってな、ちょっとばかりツラを貸してくれないか?」
「残念ながらデンジたちの修行の邪魔をするわけにはいかないので…」
「今回の結果は俺は満足した。今日はこれでお終いだ」
倒れていたデンジはおっさん同士の会話内容が良く分からなかった。
だが、最後の台詞を聴いてようやく理解できた。
「よ、よっしゃ…!ラッキー…じゃん!?」
なんとか這い蹲ってドアに向かおうとしたデンジの後頭部にナイフが突き刺さった。
「な、なんで…」
「だから岸辺隊長の言葉を信用するな…って言っただろ?勉強代は高くついたな」
「お、おっさん…助け……」
「ここで助けたらお前らの為にならん。痛いで済んで良かったと思え」
岸辺がデンジに向かってナイフを投擲したのは、結婚の悪魔も気付いていた。
ただし、ここで助けるとデンジが成長しないと思って攻撃を防がなかった。
痛いを知って学習するのは動物だけではなく悪魔も同じだと知っているからだ。
「獣が狩人の信用をするな」
ただ、岸辺がデンジに決め台詞を言ったのは気に喰わなかった。
「なるほど、これは罠か。そろそろお暇させてもらいます」
「オイ待て!?わざわざクァンシの写真見せつけながら逃げるな!!」
わざとらしく岸辺の相方であった女の写真を見せびらかしながら悪魔は全力で逃走する。
更に訊きたい事が増えた岸辺は、隠し持っていた暗器や武器を床に落として全力で追いかけた。
「もっとゆっくりしたかった…」
放置されて力尽きたデンジは、20分後に復活するパワーに起こされるまで息絶える事となった。
一方その頃、荒井ヒロカズは昨日のマラソンの筋肉中で身動きが取れなくなっていた。
「ほら、言ったとおりになったでしょ?」
押しかけ女房みたいな事をしている因幡ナオミも自分の非がある為、大きな声では言わない。
「今日は早川君のキャリア相談があるけど……さすがに同行は難しそうだね」
「な、なにを…」
「うーん、彼が今後も公安に所属するか辞めるかの相談って話」
本来ならば、自分が早川アキにキャリア相談に乗るべきであった。
しかし、荒井の教育担当に立候補した為、マキマが連れて来た京都組に任せる事となった。
「お、俺は……」
「ダーメ、無理に動くと明日も支障が出るよ?今日はじっくりと休んで様子を見ましょう」
少なくとも同じ結婚の悪魔と接するくらいなら筋肉痛で動けない男の世話の方が楽だった。
それに姫野の弟子がどこまで育つか気になったのもある。
「明日になれば答えは出るよ」
早川アキに関しても同じだった。
残り少ない寿命をどのように活用するのか気になっている。
まるで小学生の自由研究で成体のセミを観察しているような感覚であった。
「コン」
同時刻、早川アキは病室で狐の悪魔を呼び出そうとしたが、出てこなかった。
契約に関する相談事をしたかったのだが、そもそも出て来る気配がない。
「…ほら出てこないだろ?君は狐を無茶に使ったせいで嫌われたんだ」
京都組の黒瀬ユウタロウは、狐の悪魔に詳しい。
なにせ公安職員の半数以上と契約している狐の悪魔が住まう本丸に所属しているのだから。
「もう二度と狐は力を使わせてくれないだろうね」
悪魔の契約は絶対であるが、契約内容は契約者によって変化する事が多い。
人間の肉体の一部をもらう代わりに力を貸す契約も様々である。
今回の場合は、アキが代償を支払おうとしているのに狐の悪魔は受け取ろうとしない。
その為、契約が成り立っていないので履行不達成にならずに双方が死ぬことはなかった。
「その刀も呪いの悪魔んの奴でしょ?それもどれくらい使えんの?」
要するに早川アキは、契約している悪魔の力を借りる事はできなくなった。
これにより、公安のデビルハンターとしての価値が著しく低下した。
「……指導っていうのはそういう事か」
ここでようやく早川アキは、辞職勧告を受けていると自覚した。
「ウチらは特異課に居る人間組のキャリア相談をきました」
天童ミチコとしても、これは自分たちの仕事ではないと自覚している。
ただ、公安対魔特異4課の係長曰く、自分らだと私情が入るとの事で頭を下げて来た。
確かに部外者が相談に乗った方が、相談相手も本音を言えるのは理解できる。
「不謹慎ですけど、今回の事件で辞め時と思いましたけど違います?」
しかし、私情を挟まない分、残酷な結論を告げてしまう。
「ぐつ悪いかもしれへんが、せっしょーなあんたに時間はあらへんよ」
「黒瀬、標準語!東京の皆さんに伝わるように語らないと」
「ああ、そうでしたね。早川さん、公安のデビルハンターを続けるなら相応の覚悟が必要ですよ」
黒瀬も同じ考えだが、どうしても京都弁が出てしまう。
相方から注意を受けた彼は、早川アキに覚悟を求めた。
「辞めないならもっと強い悪魔と契約してもらわないと貢献できないですからね」
「強い悪魔は、相応の代価を支払う必要がある。あんたにはその覚悟があるか?」
天童も黒瀬も早川アキに求めている事は2つである。
公安のデビルハンターを続けるなら組織に貢献できる実力者を続けなければならない。
その為には、より強い悪魔と契約する必要があると述べていたのだ。
「俺の想いは変わっていない」
早川アキの答えは決まっていた。
「家族も殺した奴もバディを半身不随に追い込んだ奴もまだ生きている」
復讐は何も生み出さないと王道主人公は語る事が多い。
だが、アキからすれば、やらずに後悔するよりはやってから後悔したかった。
「なのになんで辞められると思うんですか…?」
寿命が大幅に削られて風前の灯となった自分の代わりに死んで欲しい人間はいない。
だったら最期を迎えるまで悪魔と戦うデビルハンターとして殉職を遂げたかった。
「そうですか、分かりました。京都ん先輩の言葉は本当でしたわ」
「悪魔を殺す為に悪魔と積極的に契約を結ぶイカレ野郎と仰ったんですか?」
黒瀬はここでの説得は不可能と判断して彼なりの言葉をアキに送る事にした。
「いいえ、特異課には、まともな奴がおらへんから気を付けろと言うてはったんでね」
「自覚しています」
「先輩からのアドバイスとしましては、もう少し客観的に自分を見た方がいいですよ」
「……はい」
特異4課のマキマ課長や係長の実力を知っているからこそ彼はアキに警告する。
悪魔の力を得た程度の凡人では、決して魔境の職場では生き残れない…と。
「明日、再びここに伺います。その時はよろしくお願いします」
「分かりました」
「それでは失礼します」
最低限の連絡事項を告げた天童はバディと共に退室した。
残された早川アキは、枕元に隠してあった手紙を手に取る。
「今更、俺は道を選べませんよ…姫野さん」
姫野先輩が自分を公安デビルハンターを辞職させたいと本気で悩んでいたと知る。
確かにマキマさんを慕うまで姫野さんと一緒に行動するのは好きであった。
それでも、公安のデビルハンターでないと銃の悪魔の下には辿り着けない。
「それに今になってタバコを返す必要もありませんよね…」
姫野先輩にそっくりの妹さんに手紙と共に渡されたタバコに見覚えがある。
まだ未成年だった頃に彼女に勧められた銘柄だった。
『え?未成年なの!?じゃあ、吸っちゃダメじゃん』
『さっきからそう伝えてましたけど…』
『よこせ、この1本はアキ君が大人になるまで預かっておこ』
アキが未成年だと知った姫野は、慌てて彼からタバコを取り上げた。
ただ、彼女は何か思うところがあったらしい。
『君が大人になって何かに寄り掛かりたくなったら返してあげる』
今がその時だったのだろう。
タバコには彼女のメモが書かれていた。
Easy revenge!
気楽に復讐を!
「これじゃあ、タバコが吸えないじゃないですか…」
既に姫野先輩は公安対魔特異4課を辞めた。
リハビリに専念し、デビルハンターとしての実力を取り返してから迎えに来るそうだ。
しかし、それまでに早川アキが生きている保証はない。
「姫野さんには悪いですが、お先に禁煙させてもらいます。少しでも生きたいんでね」
皮肉にも先輩から勧められたタバコをきっかけに喫煙を始めた早川アキは…。
一番最初に勧められたタバコを返却してもらったのをきっかけに禁煙を始めた。
そのままゴミ箱にタバコを捨てるわけにもいかず…。
ずっとスーツの胸ポケットの中に入れたまま、銃の悪魔との戦闘中に最期を迎える事になる。
「ごめんねアキ君…」
同時刻、別の病室で姫野は足を動かそうと奮闘していた。
希望などないはずなのに…滂沱の涙で床とベッドを濡らしながら必死に踏ん張っていた。
「私なんか忘れて復讐を頑張って…」
彼女だってアキの余命がほとんど残されていないと気付いていた。
でも、世の中はまだまだ楽しい事が残されている。
それを知って欲しいと同時に姫野もまた自分が近い内に死ぬと自覚している。
「私も長くないから…」
ある日、とある悪魔との戦闘で負傷し、精密検査を行なった結果、衝撃的な事実が発覚した。
癌の悪魔の置き土産で乳ガンにさせられていたのだ。
しかも、ステージ3になっていたが、その事を上に伝えれば必ず退職させられる。
だから妹にすら隠して闘病生活を送って来た。
「せめて私より長く生きて…」
姫野が下半身不随になったのは、刃物人間による負傷がきっかけではない。
既に脊髄までガンが転移しており、背中を強く打った衝撃で脊髄に致命傷を負っただけである。
これは、主治医や一握りの医師と看護婦しか知らない事実であった。
「ううっ……」
それでも姫野は最後までアキ君を諦めきれなかった。
あんなに良い子なのに最悪な死を迎える未来を見届けたくなかった。
だから、彼女は必死に努力する。
せめて彼の傍に居られる存在に返り咲く為に…。
「なあ、マキマの部下だけじゃなくて俺の部下にならないか?」
同時刻、結婚の悪魔が運転する車の助手席に座った岸辺は彼を誘う。
「既に部下じゃないですか」
「いいや、マキマの副官のフリをしたまま俺の直属の部下になって欲しい」
「検討はしておきます」
「振られちまったか…」
嫌な予感がした悪魔は、隊長の提案を一蹴するが、彼も諦めが悪い男である。
「今回の特異課襲撃…お前が情報を横展開すれば、被害は少なくなったはずだ」
「あくまでデンジと同じ立場の債務者が銃を所持していただけの話です」
「そうか?資料を深読みするほど銃の悪魔について伏せられている気がしたんだが?」
結婚の悪魔としても、今回の事件は不本意であった。
まさか人間側が積極的に人間を撃って来るとは思わなかった。
ついでにマキマが何かしら今回の事件に絡んでいるのも予想ができている。
「まだあいつが人間の味方だと信じているのか?」
「――少なくとも人類の味方じゃないなら日本政府はあの人を配下にしませんよ」
「主人に内緒で飼い犬が首輪を勝手に外して行動していたとしてもか?」
「憶測だけで行動できない事くらい公安に所属しているならお分かり頂いているはずです」
岸辺が言いたいのはこうだ。
このままマキマに任せていたら取り返しのつかない事態が発生すると…。
だからといって彼女の配下に成り下がった悪魔にできる事はない。
「つまり、あいつが悪魔だと気付いているわけだ」
「後ろ盾となる国家が管理する限り…“悪”は“正義”となる。かつての私掠船と同じですよ」
結婚の悪魔自身は、マキマがどんな悪魔なのかは興味がある。
「人類の味方である限り、
「俺と同じ考えで泣けてくるよ」
ただ、そこまで詮索する気はなかった。
触れてはいけない問題などいくらでもある。
少なくとも、本来の目的を達成するまでは彼女とはビジネス関係を維持するつもりだ。
「なら質問を変えよう。…お前だって悪魔だろ?なんでここまで人間のフリを徹底する」
「都合が良いからですよ。それともここで正体をバラしますか?」
既に岸辺は、車を運転している悪魔の正体に気付きつつあった。
それだけだと説明できない事があるからこそ質問しているのだ。
「いいや、結構だ。どうやらここだと俺が不利なもんでな」
「だからあんたが嫌いなんだよ。平気で嘘を付きやがって…」
「正体現したね」
「やかましい!!」
悪魔の能力を把握するまでは、岸辺もおいそれと手を出せない。
悪魔が悪魔と契約できる異質さもそうだが、なにより生と死が曖昧な存在のせいだ。
目の前に居る存在は、確かに本体であり実体のはずなのに存在自体が不確かなのだ。
「最後の質問だ、デンジの事はどう思う?」
「ビジネスの関係で接しているだけで極めてどうでもいい!」
「ホントか?あいつの心臓とか欲しくないのか?」
「なんでガソリンを注がれて爆発している火中の栗を拾わないといけないんだよ」
存在自体が曖昧なのは明確な理由があるが、それを岸辺に報告する義理は無い。
なにより結婚の悪魔としては、自分に利点になること以外に興味はない。
マキマが特別視しているデンジですら、命令で接しているだけでそれ以上の関係はない。
そのままだと彼の行動や思考に悪影響する為、最低限の情をもって接しているだけだ。
「なら安心した」
この時、岸辺隊長が笑った意図に悪魔は気付く事はできなかった。
それよりも副隊長が好き放題しているせいで頭が痛くてしょうがない。
人間の感覚を詰め込んだせいで本来なら不要なはずの頭痛に悩む羽目になってしまった。
(まあ、なんとかなるだろう…)
それでも楽観視していた悪魔だったが、翌日の出来事に更に頭を痛める事となる。
早川アキが京都組と共に東京悪魔収容センターにやってきた。
それまでは良かった。
「早川先輩!お疲れ様です!」
因幡副隊長と共にぎこちない動きで荒井ヒロカズが合流してきたのだ。
ちなみに問題児2名は今日も岸辺の世話になっている。
話を戻すと、荒井は早川に挨拶するが、声出しすら違和感があった。
(おい因幡、どんな事をすればこうなる!?)
(私は止めた。ここに来たのは彼の本意よ)
(お前が連れて来なければ済む話だろうが!)
(彼の意志を止める事ができない。止めるならあんたがして)
視線だけで因幡と会話した係長に化ける結婚の悪魔は拳を握り締める。
どいつもこいつもこんな感じなので頭痛の種が消えなかったのだ。
「あっ……」
確かに問題はあったが、銃撃の後遺症を荒井は負っていると部外者は思うはずだ。
なので結婚の悪魔もそこまで追求するつもりはなかった。
「ん?」
ここで男女の恋愛と破局を嫌でも見て来た悪魔は気付いた。
荒井ヒロカズの視線が京都組の天童ミチコに釘付けになっている事に…。
(ははーん、なるほど…!)
黒髪のポニーテールと罰の悪魔との契約の証である鼻背に付いた傷が印象的な女に惚れたらしい。
公安職員で恋愛になる事はよくある事らしいが、大体の場合、すぐに破局する。
すぐに死ぬのを抜きとしても、激務や精神的なストレスのせいでそれどころじゃなくなる。
(ちょっとだけならセーフか)
それでも結婚の悪魔と名乗る以上、結婚の可能性を見なかった事にできない。
こっそりと荒井に近づいて悪魔は彼に小声で話しかけた。
「どうした?天童に惚れたか?」
「か、係長!?なんでそれを…」
「いや、見れば分かる。とっても分かりやすくてデンジすら見抜けそうだったぞ?」
どうせ破局すると分かっていても恋愛を応援したくなってしまった。
「でも…」
「安心しろ。バディを組む黒瀬には別に彼女が居る」
「マジですか?」
「それに彼氏がいたら公安なんか辞めてるさ。だから彼氏がいないはずだ」
「そ…そうですか?」
ここで希望を与えておいて後で振り落とすのも悪くはない。
結婚は好きだが、結婚生活自体はどうでもいい悪魔はここで閃いた!
「ここで挨拶しなければ、二度と逢えないかもしれんぞ」
「そ、そうですね…!」
とりあえず、天童に荒井を紹介してみる事にしたのだ。
どうせ失敗するのは分かり切っているが、悪魔としての好奇心が捨てられない。
「それに黒瀬の彼女は東京で暮らしているんだ。長距離恋愛だって可能だぞ?」
この時代では、電話や手紙以外にも連絡手段がある。
それがポケットベル。略してポケベル。
なんと外出している相手に文章や絵文字を送り届ける事ができるのだ。
更に小型の電話装置が付属するものまで売られており、更にポケベルは発展している。*1
以前では電話機のテンキーで数字しか送れなかったのに今では日本語で返信できるようになった。
科学の力ってすげぇー。
(いずれポケベルで写真も送れるようになるだろうなー)
モールス信号を勉強して送信技術を磨いた悪魔としては、凄い発明だと思っている。
二進法ではなく文字を送信するという技術がどれだけ凄いか悪魔は分かっていたのだ。
携帯電話も存在するが、公安職員ですらほとんど所持していない現実が全てを物語っている。
「うん?」
ここで何故か荒井が気になった結婚の悪魔は彼が居る方向を見ると…。
「あ、荒井ヒロカズと申します!お、俺とつ、…俺と付き合ってください!」
「何やってんだテメェ!?」
早川アキと共に施設に入ろうとした天童を呼び止めた挙句、荒井はお付き合いを懇願した。
まさかの告白に誰もが困惑し、同じくニヤニヤしていた因幡ナオミも想定できずに唖然とする。
(うわ、酷い事する…)
(こっち見んな!)
因幡に化ける結婚の悪魔は、係長に化ける結婚の悪魔に対してドン引きした。
これには反論したかったが、それどころじゃない。
「ああ!すみません!!うちの若いもんがやらかしてしまって!!」
「え?」
「お前も頭を下げろ!」
「うわ!?」
荒井ヒロカズがデンジ以上に女の子が好きだったとは想像できなかった。
彼ですら我慢するというのにこいつと来たら…。
「ほう、こいつ…天童さんが好きみたいですよ?」
「へぇ、東京のもんも見る目があるな」
恋愛話に関しては慎重な天童であったが、ここで告白されるとは思わなかった。
珍しく黒瀬が揶揄ってきたが、彼女はあえて肯定的に受け入れた。
「こいつには強く言っておきますので…」
「なるほど、私の事が好きなのか」
「はい!!」
筋肉痛で肉体がガタガタになっている荒井は天童の質問に即答した。
これを見た因幡は思わず吹き出してしまい、慌てて口を両手で塞ぐ。
(くそがああああああああ!!)
変な事をするじゃなかったと後悔した結婚の悪魔だったが、後の祭りである。
だが、これがきっかけで荒井と天童は付き合い始める事になる。
そしてなにより、恋のキューピットになった悪魔の窮地を後に救う事になるとは…。
想像だにしなかった。