デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
26話 デートとカメラをプレゼントされたデンジ君
時折、デンジは夢を見る。
「いつもの夢だ、いつも見て起きたら忘れる夢」
この夢を見る時は、デンジはいつも少年の姿になるのだ。
路地には室外機やらゴミ箱が置いてあり、自分の姿を見たネズミが逃走する。
東京都の過密地区ですらこんなに路地裏が狭いとは思えないほど酷い環境だった。
「あ」
薄暗くてゴミだらけの路地裏の先にたくさんの張り紙がしてあるドアがある。
その先でポチタが引き籠っており、姿を見せないのだ。
「デンジ」
いつもポチタは自分の名を呼ぶ。
でも姿は見せない。
「ポチタ!出て来いよ!夢の中くらい撫でさせてくれ」
カワイイ犬っぽいポチタと再会して触れ合いたいと思ってる。
現実ではポチタが自分の心臓になっていると分かっているからこそ触れたいのだ。
なので張り紙だらけの扉にあるドアノブに手を伸ばそうとした。
「デンジ」
そんなデンジの思考を読んだのかポチタは呼びかける。
「絶対に開けちゃダメだ」
ポチタはデンジの好奇心を拒絶した。
まるで禁忌に触れさせないように…。
「はっ!?」
その瞬間、デンジは目覚めた。
目の前に見えるのは、見慣れた天井と丸型蛍光灯であった。
「ゆ、夢か……」
夏が近い影響で汗だくになったわけではない事はデンジでも分かる。
昨晩の宴会の片づけをしていない机の下で寝落ちしていた彼は右手を顔に当てる。
「はぁ、はぁ…」
脂汗が手を濡らし、過呼吸となってここが現実である事を示す。
「あだ!?」
動こうと足を曲げようとすると両膝が机にぶつかって空き缶や食器を揺らした。
「うっさいのう…!」
その音で目覚めたパワーは
「なんか悪夢を…」
何の夢を見ていたのかデンジは覚えていない。
詳細を思い出したくない夢なのは確かである。
「…それよりも…また血抜きが必要じゃね?」
「嫌じゃ!」
赤い角が4本生えているパワーは血抜きが必要である。
永遠の悪魔戦でもそうであったが、血を飲み過ぎると傲慢な悪魔になってしまう。
だからマキマさんに預けて血を抜く必要があった。
「ワシを差し置いて飲み会をやってた癖にまた放置するのか!」
「仕方ねぇだろ?ぎむって奴なんだから」
「嫌じゃ嫌じゃ!ワシは行きたくない!」
1週間以上、デビルハンター東京本部に預ける必要があるせいなのか。
よっぽど血抜きが嫌なのか、断固として拒絶する意思を彼女は見せた。
「飯にしないのか?」
「する!」
朝ごはんを食べないのかと早川アキから訊ねられたパワーは即答した。
「パワー、ニャーコの世話を任せる。デンジ、お前は机の上を片付けてくれ」
「任せておけ」
「分かった」
パワーはニャーコの世話をしてデンジが机の上にゴミを片付けてアキが調理する。
いつもの役割分担でスムーズに朝食の準備が始まった。
「ニャーコ!今のワシの方が好きじゃろ!?」
パワーは頭を撫でるニャーコに助けを求めていた。
だが、猫からすれば知っちゃこっちゃない。
「ああ、眠い」
燃えるゴミと空き缶、食器に分類して片付けたデンジは机の上を布巾で拭いた。
「今日は目玉焼きにトーストだ。ベーコンも追加するから待ってろ」
「りょうかーいです」
目玉焼きを皿に置いた早川は、ベーコンをフライパンで炒め始めた。
そこから漂って来る香ばしい匂いは、パワーの鼻をくすぐって食欲を増大させる。
その間にデンジはリモコンを手に取ってブラウン管テレビの電源を入れた。
「おっ!俺たちが暴れたビルの事がニュースになってるぜ」
「どんな内容だ?」
「悪魔の力で暴走したヤクザを警察が逮捕したって」
「なるほど、俺たちの活躍はあくまでも公安上層部宛というわけか」
デンジからニュース内容を聴いた早川は目玉焼きの隣に焼き立てのベーコンを乗せる。
丁度ポップアップトースターから焼けた食パンが飛び出したのでデンジは皿に乗せた。
更にマヨネーズを少しかけて目玉焼きを乗せて完成である。
「先に食ってていいか?」
「いいぞ」
「おい、パワー!飯だぞ!」
同居人から許可を取ったデンジは2人分のラピ〇タパンを机の上に乗せた。
大人しくしていればベーコンを喰えると知っているパワーも大人しく座る。
話し相手のデンジの向かい側に座るのが、彼女なりの習性であった。
「ベーコンは熱いから一旦、息を吹きかけてから食えよ」
「ベーコン!!これは最高のおかずじゃ!アスパラガスなんか要らんかったのじゃ!」
ちなみに家の主である早川アキが座る席の正面にビデオデッキとテレビがある。
早川から見て左側にデンジが、右側にパワーを座らせる事で2人の行動を監視する事も可能だ。
最近は2人も生活に慣れたのでそこまでトラブルは発生していない。
「アスパラガス?」
「前にベーコンと一緒に入っていた野菜じゃ!」
「……やけに詳しいな?どこで名前を覚えた?」
目玉焼きを乗せた食パンを齧ったデンジは、相変わらず知識が豊富なパワーに疑問がある。
コロコロコミックとか教育テレビを見ているのは同じなのに明らかに差があった。
どこでそんな知識を仕入れて来るのか気になった。
「ワシは野菜が嫌いじゃ!だからちょんまげにアドバイスする為に野菜の名前を覚えたのじゃ」
「ふーん」
どうやら自分の皿に野菜を入れないようにする為に野菜の名前を必死に覚えたようだ。
その努力を別に活かせば、もっと成長できるのであるが、パワーは人間ではない。
魔人にしては知能…というより人間らしいので同居生活を許された存在であった。
「野菜ジュースくらい飲んだらどうだ?」
「吸血鬼の悪魔がトマトジュースを飲むくらい滑稽な話じゃ」
早川アキなりにアドバイスはしているが、パワーは一向に聞き入れる事はない。
フルーツジュースは許容範囲内らしいので最近はそれを飲ませている。
「ふう…」
ようやく自分の朝飯を用意した早川が座布団に座ると…。
先に食べた2人が教育テレビで放送されている英会話を見ていた。
「ふぁきゅー!」
「ハーローぐっばい!」
なんで早朝に海外の言語番組をやっているのか早川も分からない。
ただ、教育テレビのおかげでゲームを要求されないのでN〇Kには助かっている。
幼児が夢中になるアンパ〇マンの放送で助かる主婦のような感覚であった。
「よし、準備しろ」
食事を終えて両手で広げていた新聞を畳んだ早川は号令を出す。
これによりモーニングルーチンは終了し、着替えて出勤の準備をする。
「ワシは行きたくないー!!」
制服に着替えないと晩飯が抜きになるのでパワーはしぶしぶ着替えた。
だが、いざ家を出ようとすると彼女は断固として出勤を拒んだ。
「おい、仕事をしなければ殺されるのは分かってるよな?」
「だったら、悪魔を討伐しに行くのじゃ!本部に行くのは嫌じゃ!!」
パワー曰く、毎日悪魔が暴れているのだから悪魔討伐の仕事がしたい!
だから悪魔が出たら呼んでくれと叫んだが、聞き入れられる事は無かった。
「足を引っ張ってでも外に引き摺り出せ」
「へいへい」
先輩に命令されたデンジは、無駄に抵抗するパワーの両足を掴んで引っ張った!
「ニャーコ!ワシが恋しいはずじゃ!ウヌだけは分かって…ま、待つのじゃ!逃げるな!」
ニャーコを優しく抱いて抵抗するパワーだが、唯一の友達から見捨てられてしまった。
人質ならぬ猫質が居なくなった瞬間、彼女は引き摺られる速度が増したと実感する。
両腕を振り回して暴れるが、外に出されて無情にも玄関のドアが施錠されてしまった。
「なんでじゃ!!人類の味方であるワシがなんで弱体化されないといけないのじゃ!!」
現実に打ちのめされたアメコミのヒーローっぽい叫びを発するパワーだが男2人は気にしてない。
パワーの言動を真面目に対応していたら過労死しかねないからだ。
「ワシはセミじゃ!!みーんみーん!!ほら、さっさと行け!この街はワシが守る!!」
ついに電柱にしがみ付いてセミの鳴き声を発するパワーにデンジとアキは目配せをする。
「こいつを電柱から引き摺り降ろしたら500円やるぞ」
「おお!ラッキー!」
「デンジ、そんな端金でワシを売るのか!?ウヌには人の血があるのか!?」
必死に電柱にしがみ付くパワーだが、さすがに思春期の男子の力には勝てない。
「ワシが1000円やるから見逃してくれ」と叫んでも全然信用されずに地面に降ろされた。
それでも駄々をこねて地面に転がって暴れる子供の様に彼女は抵抗した。
「よう!助けが必要か?」
「金髪のおっさん!」
「先輩!」
そこに自家用車を運転する係長と遭遇した。
彼からの提案を受け入れた2人は無理やりパワーを車に乗せた。
「行き先は?」
「デビルハンター東京本部でお願いします」
そのままマキマが居る職場へと一行は向かう事になる。
「これは誘拐じゃ!裁判を起こすから弁護士を用意してくれ!」
パワーは必死に抵抗するが、この車には彼女の天敵となる存在があった。
「早川、後部座席の下に注射器が置いてある。そいつを見せてやれ」
「了解」
「いやあああああああああああああああ!!」
血の悪魔であるパワーは血を抜く注射器が天敵となる。
人間で「チクッとしますよ」という行為は自分の存在そのものを消す行為に等しい。
注射器を見せただけでパワーが失神したのを見て思わず早川は提案した。
「先輩、注射器を持って帰ってもいいですか?」
「ダメだ、ちゃんと届出で所有の許可をもらっている代物だ」
注射器を他者に譲渡するのは法律で禁じられている。
そもそも個人が治療以外で注射器を所持するとなれば違法薬物摂取以外に用途が無い。
そのせいで注射器を公務員が所持すること自体に許可が下りる事が少なかった。
「そういえばデンジ。マキマさんがお前を呼んでいたぞ?パワーとは別件かもな」
「マジっすか!?」
「マキマさんが個人を呼びつけるのは中々ないぞ?きっと特別な事があるはずだ」
「も、もしかしてご褒美のキスとか?」
「だったら他人に言わないだろう…」
車を運転する結婚の悪魔は、相変わらずデンジと仲良くなれない。
あくまでビジネスの付き合いで話しかけているのだが…。
何かと自分を気にしてくれる存在が嬉しいデンジからは好印象をもたれてしまっていた。
「それとマキマさんとの用事が済んだら自分のところに来てくれ」
「なんで?」
「お前に見せたいもんがある」
ついでに結婚の悪魔はデンジに独断でプレゼントしたい物があった。
自分の事に関する事だけは彼は素直に言う事を聞くから助かっている。
「先輩、デンジに何か渡すんですか?私物が増えても困りますが?」
「早川にとっても大切な物になるかも知れんぞ?」
「俺にとっても?」
家の主としては物を増やしたくはなかった。
だが、先輩である上司にそこまで言わせる物が気になってしまう。
「まあ、早川にもバディに関して打ち合わせがある。詳細はデンジから聴いてくれ」
「承知しました」
助手席に座っているデンジは、どこか嬉しそうな顔をして空を眺めている。
何の変哲もない青空と白い雲であるが、いつもと違って自分を祝福している気がした。
「着いたぞ」
「パワーが起きませんが?」
「血の悪魔、万歳!「ようやくワシの凄さを分かってくれたか!!」…な?起きただろう?」
無事にデビルハンター東京本部に到着したのだが、パワーは目覚めなかった。
そこで結婚の悪魔が血の悪魔を讃える発言をした瞬間、彼女は目覚めた。
あまりにも手慣れた様子にデンジもアキも素直に係長を尊敬した。
「じゃ、そういう事で」
そのまま駐車場に向かって車を運転した係長に向かって2人は手を振った。
その隙に抜き足、差し足、忍び足のノリでこっそりと本部から逃げようとパワーは試みる。
「血の悪魔ってすげぇよな」
「そうじゃ!!」
だが、単純に褒めただけでパワーはあっさりと釣れた。
あまりにも単純すぎて早川アキも口元を手で抑えて笑ってしまった。
「じゃあ、マキマさんにはよろしく言っておいてくれ」
「おう、俺に任せておけ」
とりあえず、逃げる心配がなくなったパワーを連れたデンジはマキマの執務室に向かう。
「入っていいよ」
「失礼します!」
許可が得て入室したデンジは、マキマさんの居る席の前で待機した。
パワーは上着を頭に被って何とか血抜きを避けようと無駄な努力をしていた。
「パワーちゃん。ここに座って」
「わ、わかった」
マキマに命令された瞬間、あっさりと椅子に座ったパワーは震える。
マキマが自分の角を撫でる度にデンジに助けを求めるジェスチャーを繰り出した。
「また血を飲み過ぎたみたいだね。今回も血抜きが必要になるよ」
「ちょっと待ってくれ!この力があれば雑魚悪魔なんか瞬殺じゃ!」
「そうだけど、規則だからね。私も従ってるからパワーちゃんも従ってくれるようね?」
何とか言い訳して血抜きを逃れようとするパワーだったが、無駄な努力に終わった。
もしも、命令に従わなかったらマキマに殺されると暗に言われてしまったのだから。
「てことで、デンジ君。パワーちゃんを借りても良い?」
ここでパワーは閃いた!
自分が居なかったせいでデンジたちは銃撃を受けて姫野が重傷を負ったのだ。
だったらデンジのバディである自分が不在なのはまずいのではないかとアピールする事にした。
「全然平気です!」
「ウヌ、ワシよりもマキマを選ぶのか…」
「当然だよな?」
胸を揉ませるアピールの前にデンジに裏切られたパワーはショックを受けた。
既に胸を揉ませた以上、大したアピールにならないと彼女は知らない。
色仕掛けをしたとしても、たまにうんこを流さない女に発情するのは難しいだろう。
「でも、デンジのバディはどうするのじゃ!?ワシ以外に適任は居るのか!?」
「金髪のおっさんなら大丈夫そーです!」
それでも足掻こうとするが、デンジの一言でパワーは全てを諦めた。
「うーん、係長も忙しいからね。ちょっと無理そうかなー」
「だったらワシが…」
「だから代わりを用意したよ。安心してね」
「ガーン!」
しかも、パワーに代わる存在がいるらしい。
もしかして殺処分が近いのかとパワーは再びガタガタと震え始めた。
「デンジ君」
「はい!」
「彼女を借りている間なんだけど、彼がバディを組みたいそうだよ」
デンジと組みたい存在が居る。
それだけで公安のデビルハンターになって良かったとデンジは思う。
因幡副隊長みたいに女の子じゃないが、それでも嬉しかった。
「ん?」
マキマの足元から何かが生えた。
それはサメの背びれっぽい何かだった。
「ワァ!」
「ワアアアアアアアアアアア!?」
突然、床から海パンを履いただけの不審者がデンジに飛び掛かってきた!
「チェンソー様!チェンソー様!!」
無駄にハイテンションで騒ぎ立てる魔人っぽい何かを観察したデンジは…。
「せいさいパンーチ!」
「うぎゃあああああ!?」
右ストレートでぶっ飛ばした。
「何者なんですかこいつ?」
「サメの魔人。普段は会話もできないほど狂暴なんだけど、デンジ君の言う事は何でも聞くって」
海パン以外に何も履いていない魔人を指を差してマキマさんに説明を求めた。
すると、デンジの言う事は何でも聞く魔人らしい。
「なんで?」
これにはデンジも困惑した。
「なんでだろうね?顔が似ているからかな?」
マキマですら首を傾げて困惑しているのでよっぽどだった。
彼女としても、サメの魔人のテンションに疑問がある。
あれのどこかがチェンソーマンだと…口にする事はなかったが。
「チェンソー様!最高!!チェンソー様!最強!!言う事絶対に聞く!!」
「さ、触るんじゃねぇ!男は嫌いだ!!」
無駄に人懐っこい存在はペットか美少女で充分である。
野郎と無駄に仲よくする気はないデンジは、接触を試みるサメの魔人を追い払う。
追い払われた魔人は悲しそうにその場に佇んだのを見ると意外と素直のようだ。
(こんなんが俺のバディか……)
パワーも糞女であったが、少なくとも女であるのでマシだった。
だが、海パンのサメの魔人と仲良くできる自信がない。
何故か魔人側の好感度がカンストしているが、明らかに自分に向けられたものではない。
「なんだか浮かない顔だね?」
自分に気を遣ってくれるマキマさんの発言すらデンジは快く答える気になれない。
「最強に元気ですよ……」
これでもマキマさんは自分の為に考えてくれたのだ。
その好意を無駄にしないように返答したが、却って悪印象を抱かせるような発音となった。
(やべぇ…マキマさんに嫌われたかも……)
さすがのデンジもこれはまずいと思った。
だから何か言おうとしたら…。
「最強に元気なら明日の休み、私とデートしない?」
マキマさんからの一言で全てが変わった。
そういえば、金髪のおっさんが自分に用があるって言っていた。
「デート?デートってあの?」
「もしかして都合が悪いの?」
エッチを存分に楽しむには愛が必要らしい。
そして愛はデートの回数を重ねてお互いを知る事で愛の強さが増すそうだ。
「いきまーす!」
「良かった。場所と時間を伝えるね!」
「はい大丈夫です!サメの魔人とも仲良くできまーす!!」
こうしてデンジはマキマさんからのデートの約束をした。
嬉しさのあまりに両腕に集合場所と時間をメモした。
「チェンソー様!デートに行く!!すごいこと!!」
「そうだ!すごいことだ!!ヒャッハー!」
自分を慕う存在を仲間にしたデンジは小物感が増していた。
ただでさえ金髪のガラが悪い面をしているのに…これではチンピラである。
「おっさん!!マキマさんとデートの約束をしたぞ!!すげぇだろ!?」
それを聴かされた結婚の悪魔は思った。
(デンジ如きとデート?本当にデンジが目的なのか?)
マキマの本性をある程度知っている悪魔からすれば眉唾物であった。
しかし、彼女が約束を破るとは思えない。
「どこでデートするんだ?」
「映画館!」
「……なるほど、マキマさんの趣味に付き合わされるわけか」
マキマの趣味は映画観賞である事は知っていた。
だが、誰かと映画を鑑賞する事態など前例がない。
「趣味?」
「マキマさんは映画を見るのが大好きなんだよ」
「そーなのかー」
デートとして映画は悪くない。
それ自体は、いろんな男女関係を見て来た結婚の悪魔も保証はする。
ただし、その後が問題である。
映画の内容で話を盛り上げたり、雑談を続けないと意味がない。
「言っておくが、お前が思っているデートと違って地味になるからな?」
「え?」
「映画に集中してマキマさんとの会話が途切れないようにしろ。それだけは守っておけ」
「他は?」
これがオススメというデートプランはあるが、それが通用するとは限らない。
少なくともデートというのは、お互いのプライバシーに触れてまで知ろうとする行為である。
相手に合わせる感性さえあれば、問題ないだろう。
少なくともマキマなら多少の無礼やマナー違反も看過してくれると結婚の悪魔は感じている。
「身体をしっかり洗っておけ」
「なんで?」
「マキマさんは鼻が敏感でな、臭いと嫌われるぞ」
「マジっすか!?」
「マジだよ」
女性は男性より嗅覚に優れるというが、マキマは異様に嗅覚に優れている。
だから悪魔の血が微かでも残っていると映画に集中できないと悪魔は確信する。
「まあ、いつも通りのデンジが好きらしいから他は別に準備はしなくていいぞ」
「お金は?」
「逆にマキマと同じ立場になったら、お金を請求するのか?」
「しません」
「だろ?映画とマキマさんの会話を楽しんで来い」
マキマが自発的に動く時は碌な事が起きない。
少なくとも結婚の悪魔はそう思っているが、少年に告げる気はなかった。
「俺、マキマさんに愛されて幸せです」
「……そうだな」
「なんかあったんすか?」
しかし、デンジも何か気付いたようで核心を突いて来た。
「…なあ、デンジ。バッドエンドとハッピーエンド。どっちが嬉しい?」
「そりゃあ、もちろん!ハッピーハッピー!!楽しい方がいいっすよ!」
「そうだな」
大半の人間はハッピーエンドを好む。
あくまで娯楽なのに現実みたいな糞みたいなシーンを見たがる奴は少ない。
「でも、現実世界では幸せが続くとは限らない」
「そうなんすか?」
そう、幸せというのは、いつか必ず崩壊するものなのだ。
「例えば、お前はマキマさんに拾われて公安のデビルハンターとして生活を送ってるだろ?」
「はい」
「でも、それはいつか破綻するもんだ。幸せな時間よりも辛い時期の方が長くなるまである」
物語ではハッピーエンドで終えたとしても現実はそうもいかない。
永遠に続くと思われる生活は必ず破綻するものである。
あれだけ頼もしかった両親の背中が小さくなるようにこの世は諸行無常で動いている。
「要するにだ、早川家の生活もいずれ無くなる。そうなった時、お前はどうする?」
「どうする…たって…」
今の生活は、早川先輩のアパートでバディであるパワーと一緒に暮らす日々を送っている。
口喧嘩したり、怒られたり、逆に疲れる時もあるが、それが無くなるとは考えた事がなかった。
「まあ、今は気にしなくても良い。ただ覚えておけ。幸せな生活は続かない」
「は、はい…」
「だから健康に気を遣ったり、勉強をしたり、仕事を頑張って今の生活を守ろうとする」
この世に誕生する生き物の目的は、子孫を残す事である。
その為に生きているのであって別に幸せに生きる事を目的にしている訳ではない。
ただし、安定した生活が無いと人間は生きていけないので嫌でも努力をする。
「お前は自分の幸せを守る努力をしているか?」
「先生の修行とか?」
「そうだな、岸辺隊長もお前を気に入っている。だから修行に付き合ってるんだ」
現状に満足すれば堕落してすぐに破滅がやって来る。
だから人間は満足せずに何かしら足掻くので地球上の生物の中で最も栄えているのだ。
「えーっと…」
金髪のおっさんが言いたい事は、何となくデンジにも理解できた。
でも、自分がどうすればいいのか分からなかった。
「つまりだな、ポチタとの生活が終わったように今の生活も終わりが来る」
「そうですね…」
ポチタとの別れは唐突だった。
ヤクザの指示の下、廃工場を一緒に探索していた時すら考えた事なかった。
そのポチタは、今では自分の心臓となり、一緒に生き続けている。
今更ながら自分の現実を思い出したデンジは、少しだけ後ろめたい気持ちになった。
「だからお前にカメラを渡す為にここに呼んだ」
「え?」
結婚の悪魔は、特別な存在であるデンジに不幸が次々に到来する事を予想している。
なにせ、武器人間について調査すると不老不死とか兵器化とか物騒な情報しか出てこない。
マキマがデンジを気にかけているのも、デンジよりも武器人間として重視していると察した。
「楽しい思い出ってすぐ忘れちまう。辛い事はしっかり覚えているのに…人間の脳ってクソだな」
「そうっすね」
「でも、写真なら楽しかった思い出をいつでも残せる。人類の発明の中でも最高の発明品だ」
せめて大切な思い出くらいは、自力で残して欲しいという悪魔からの計らいである。
今後、武器人間として利用され続けるデンジの人生は人並みの生活は送れない。
むしろ、絶望の連続になると分かるからこそ、写真として思い出を残してもらおうと考えた。
「例えば、前にあった飲み会、ほとんど忘れているかもしれんが、写真ならすぐに思い出す」
例として因幡ナオミが撮影した写真をデンジに見せる。
大柄な男やちょっとだけミステリアスな女性、眼鏡をかけた男性。
1か月以上前に一緒に歓迎会を楽しんだ仲間たちのワンシーンを切り取った写真がそこにあった。
「あ…」
「どうだ?色々思い出したか」
「はい!」
どうせ日記なんか三日坊主どころか1日で飽きるだろう。
だったらカメラで撮影してもらい、アルバムを作った方が良いと結婚の悪魔は考えた。
結婚式の会場で上映するアルバム映像とかを作っていた影響が大きかった。
「お前は今後、いろんな事をたくさん経験するんだ。楽しい事、辛い事、笑える事、ムカつく事、時には人生に絶望するかもしれない。でも、その時に写真を見返せば、きっと立ち直れる」
昨日やっていた最強の大会の写真もデンジに見せた。
パワーが本気でヤクザの孫の股間を蹴った瞬間を撮影したもの。
早川アキとデンジが肩を組んでピースサインで写っているもの。
金玉蹴り大会の参加者全員で記念撮影したもの。
「だから、お前は自分が見た光景をカメラで撮影して記録として残せ。そうすれば何かが変わる」
どうせ、デンジは全てに絶望して死にたくなる未来が到来するのだ。
だったら無駄に足掻いてもらう為に希望と足枷を用意する必要があった。
「ありがとうございます」
そんな事情を知らないデンジは嬉しそうにカメラを首からぶら下げた。
(これで盗聴できるな…)
ここまでが結婚の悪魔が考えた建前である。
実際は、特製のカメラで盗聴してマキマの狙いを探る用途に使用するつもりだった。
「一応、いくつかルールがある。それを守っていればお前にカメラは預けたままにする」
「分かりました」
いくつかのルールの説明を受けるデンジはどこか嬉しそうだった。
まるでカメラマンの道を志望しているかのような印象に見えたほどだ。