デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
男デンジ、ついに憧れの女上司とデートをする事ができる。
マキマさんとデートする為だけに今まで死んだ甲斐があったと思ったほどだ。
「やったー!!」
早川アキがびっくりするほど午後8時から爆睡し、午前4時に起床した。
既に朝飯は要らないと告げていたので映画館にデンジは直行する。
(デート!デート!マキマさんとデート!!)
午前5時に映画館にやって来たが、こんな早朝に開館しているわけがない。
なので金髪のおっさんから借りたカメラで撮影を開始した。
(映画館!)
まずは、マキマさんと集合の約束をしている映画館の入り口を撮影した。
更にカメラを郵便ポストの上に置いて自撮り機能で自撮りした。
(ポチター!俺はデートを絶対に成功させてやるぞ!)
少し前までは心臓病を患っており、いつ死んでも可笑しくない存在であった。
それが女性とデートができるほど成長したと実感したデンジは踊っている。
「俺のスーパーなデート服ならマキマさんもイチコロってもんよ!」
半袖のTシャツにジーパンを履いただけのデンジはデートとしては相応しくない服装である。
だが、彼は気付かないし、あからさまに不審者の動きなのだが、そんな常識など知らなかった。
(何やってんだこいつ……)
デンジの行動を監視していた結婚の悪魔もこれにはドン引きした。
「チェンソー様、楽しそう」
「そうだな……」
バディを組んだサメの魔人はその様子を見て喜んでいた。
ファンとしてはいいかもしれないが、やっぱりどこか可笑しい。
「まあ、いいか」
結婚の悪魔の目的は大きく分けて2つある。
まずは、わざわざデンジなんかとデートするマキマの目的を探る事。
もう1つは、カメラに仕掛けた盗聴器が正常に機能するのかテストする事である。
「こんな事してマキマ様に怒られない?」
「大丈夫だ、既に事前に報告してある」
これは結婚の悪魔の独断ではあった。
なのでビームがこんな事をしていいのかと尋ねて来るが、悪魔は問題ないと返答した。
(どうせ、ご自慢の嗅覚でバレるんだから開き直ってデンジの為にやっていると言ったが…)
監視自体は報告しているし、盗聴器がバレたとしても、アドバイスの為にやっている。
そもそも早川家に盗聴器を仕掛けていないこと自体がおかしいと報告するつもりだった。
――それから2時間半が経過した。
「やったー!」
両手でピースサインをしているデンジは相変わらず無駄に飛び跳ねている。
そろそろ大通りに人の姿が見え始めて映画館も開館の時間が迫るので少しは自重して欲しい。
そう考えていた結婚の悪魔であったが、デンジはついに出会った。
「あれ?デンジ君、思ったより早かったね。まだ1時間前なのに…」
心が安らぐ口調のマキマさんの発言を聞いたデンジは声が聴こえて来た方向に振り向いた。
「あ」
そこには赤いワンピースに白色のカーディガンを纏ったマキマさんが佇んでいる。
膝丈のスカートの下から覗く黒色の脚とパンプスは男の視線を集めるようだ。
「「「「「「「「「「カワイイ!!」」」」」」」」」」
シンプルなデート服であったが、可憐なマキマさんの姿を見たデンジの心は射抜かれた。
心の中に居た10人のデンジがカワイイと即答するくらいには可愛かった。
いつもはスーツ姿のキャリアウーマンの彼女とのギャップが琴線に触れたようだ。
(うおおおおおおおおお!!)
結婚の悪魔から見れば地味過ぎない?という服装でもデンジにとっては素晴らしかった。
マキマさんが持っているトートバッグですら愛しくある彼は彼女に近づいた。
「デンジ君、何時に来たの?」
「眠れなくて5時に来ました!」
まるで飼い主に寄り添うワンちゃんのようであった。
「すみません。俺、女性と遊ぶのが初めてで何をすればいいのか分かりません」
デンジの放った言葉は、デートに誘われた男としては失格である。
だが、義務教育を受けずにデビルハンターをしていた青年からすればかなり成長した方だ。
「今日は今から夜の12時まで映画館をハシゴして見まくります」
「……え?」
そんな彼にマキマは最強のデートプランを告げた。
学が無いデンジですら違和感を覚えるほどに可笑しかった。
「は?」
彼らの会話を盗聴していた結婚の悪魔も本気で困惑した。
さきほどまで頬を赤く染めていたデンジも真顔になるほどの異常事態である。
「これ、ただのマキマの趣味に付き合わされているだけじゃないか…」
マキマがデンジ自身には興味を持っていないのを結婚の悪魔は見抜いていた。
どちらかというと武器人間という異質な存在に興味があるのだ。
その点、結婚の悪魔とマキマは同類と言える。
「まあ、デンジからすればマキマさんと一緒に過ごせるだけでご褒美になるな」
人を上手く扱うには、飴と鞭が必要である。
甘やかすだけではどんどん人間は堕落するが、厳しくし過ぎると今度は離反する。
そこで適度に飴と鞭を与える事で充実した生活を実感させていると錯覚させるのだ。
今回のデートの目的は、マキマがデンジを適度に調教する為にやったと結婚の悪魔は考えた。
「ゲッ……」
マキマがこっちを見て来たので悪魔は適当に手を振るしかなかった。
潜伏しているのは伝えているものの風下になる場所を選んだはずだ。
だから匂いが映画館の前に居るマキマに届くはずがないのだが、あっさりと見抜かれた。
(やはり小動物の視覚や聴覚を支配してるのか……?)
近くにあったカフェにデンジを誘導するマキマを見て悪魔は思考をする。
そしてマキマから聴かされた映画一覧から彼らがどんなデートをするのか。
メモ帳に書き出して今回のデートスケジュールを確認した。
「ふむふむ、6回の映画鑑賞か」
王道の少年漫画映画、悲恋系の映画、ミュージカル映画、ホラー映画、日常系映画…。
どれか1つの映画を鑑賞してどっかのカフェで雑談するのがこの映画デートのセオリーだろう。
少なくとも続けざまにやるべきではない。
もしくは、今度はデンジがマキマに映画を誘う時のヒントを教えているのかもしれない。
「ミニシアターか」
ただ、今回の映画鑑賞ツアーには大きなヒントがある。
マキマの映画鑑賞プランを盗聴した悪魔は、最後の映画がメインになると推測した。
この映画だけはミニシアターで鑑賞、すなわち彼女のお気に入り映画となる。
(デンジ、この映画だけはしっかり見ておけよ…)
結婚の悪魔と名乗っている悪魔である以上、恋愛から離れる事ができない。
ぶっちゃけ恋愛に興味がない悪魔であるが、今回のデートで得られる成果を分析した。
「お腹空いた」
「じゃあ、飯にするか」
そこまで考えていたのだが、ビームが空腹を訴えて来た。
12時間以上も盗聴する気はない悪魔は、イヤホンの音声を切って彼と向き合う。
「魚肉ソーセージはどうだ?」
「食べる」
どうせ、デンジからデートや映画の感想をこっそりと知らされるのだ。
5個目の映画の鑑賞が終わった後に盗聴すると決めて悪魔たちはその場を去った。
「ポップコーン撮ってもいいですか?」
「良いけど、映画上映中はカメラをカバンにしまってね」
「分かりました!」
事前にマキマさんに知らされていたのかカメラを取り出しても驚かれなかった。
きっと金髪のおっさんが先に言ったのかもしれない。
「もうすぐ上映だよ。行こうか」
「はい!」
デンジにとっては初めてのデート!
映画上映中は撮影が禁止なのでしっかりと見た光景を脳に焼き付けるつもり…だった。
《ワシは神じゃ!》
《知るかボケぇ!!》
最初に見たのは、少年週刊ジャンプの人気作のエピソードを映画化したものだ。
ムキムキマンとフサフサの神との対決は、かなりの力作で見ごたえ自体はあった。
(なんか思っていたのと違うような…)
周りが暗くなった時は、良い雰囲気があるとデンジは思っていた。
でも、目の前の映画を見ているだけで隣の席に座るマキマさんと何のやり取りも無い。
《だからワシは!フサフサの神だと言っておるだろうが!!》
《髪の毛が無い癖に髪とか言ってるんじゃねぇーよ!!ツルツルのハゲに改名しやがれ!!》
今のシーン、笑えるところだったらしい。
周りの観客は笑ったり、小声を出したりしたが、デンジは笑えなかった。
(マキマさんは…)
ふと、マキマさんの表情が気になって横を見ると彼女は真顔で映画を見ている。
(マキマさんも笑っていない……でもカワイイ)
マキマさんの横顔はとっても素敵だった。
1個のMサイズ塩ポップコーンを2人だけで分け合う幸せ。
マキマさんの素顔と初めて食べたポップコーンだけで元が取れた気がした。
「……終わったね」
「はい」
「次の映画まで時間があるから一旦、カフェに行こうか」
「分かりました」
映画を見終わったデンジは、マキマに引っ張られてまたしてもカフェに行く事になった。
「今回の映画、話題になってたから見たけど、私としてはいまいちだったよ」
「俺もな~んかいまいちだと思いました」
アクションシーンは凄いし、原作通りのギャグを再現していた。
原作を読んでいる観客なら楽しめるが、ネタを知らないと面白みが半減する映画だった。
“神”と“髪”と“紙”の単語でやるギャグ回など文字として認識してないと分かりにくい。
少なくとも『初めての映画はつまんなかった』というのが、デンジの感想だ。
「じゃあ次、行こうか」
お互いに映画の感想を語り終えたら再びマキマさんと一緒に映画を鑑賞する事となった。
《ごめんなさい……あなたとの1週間、本当に幸せでした》
《マリコさん!?マリコさん!!俺は、アンタが傍に居るだけで幸せだったのに…!!》
順風満帆のサラリーマンが偶然出会った女子大生と恋をしていた。
だが、その子の正体は産業スパイであり、恋を利用して情報を引き出そうとする工作員であった。
最終的に恋した男性を突き放す為に自害した女スパイの姿を見てサラリーマンが号泣した。
(みんな泣いてる……そんなに泣けるもんか?)
以前、「人の心とかないんか?」と言われた経験があるデンジはその通りだと思う。
二度目も周りと感性が合わないのであれば、映画鑑賞に向いてないか人の心が無いか。
そのどちらかか両方だと感じられたのだ。
(マキマさんは……泣いていない。……やっぱ、カワイイ)
横目でマキマさんの顔を確認すると彼女はまたしても真顔であった。
めっちゃつまらなそうに見ている姿すら愛しく思える。
そのまま映画はクライマックスとなり、女子大生と出会った橋の下で子猫を拾って終わりとなる。
あの猫が女スパイの生まれ変わりというオチかもしれないが、ぶっちゃけどうでもよかった。
「なんかいまいちでした」
「こっちを無理やり泣かそうとする感じが嫌だったね」
最初に見た映画よりも演出自体は自重していたが、やたらと女の子に焦点を当てられていた。
「悲劇だぞ、ホラ泣けよ」という演出に気付くと、つまんなくなるタイプの映画であった。
「次行こうか」
今度はミュージカル映画なので楽しめそうだ。
そう考えたデンジであったが、結果はつまらないの一言で済む。
「音楽は良かったかな」
「あれだけノリノリでしたもんね」
マキマさんも同じ感想を抱いたのでデンジはそれだけで映画を見た甲斐があったと思った。
「次行こうか」
今度はホラー系なのでマキマさんが怖がる表情を見れるかもしれない。
あの傍若無人のパワーですら乙女らしさを見せるのが、ホラーなのだから。
そう期待したデンジであったが、自分ですら違和感だらけの映画だった。
「嘘臭い話だったな…」
「人が死ぬシーンにリアルさがありませんでした」
「そうだね、悲鳴を出しているのに吐血してるシーンは本当に可笑しかった」
美少女の金切り声と断末魔の叫びがピークで後はワンパターンの映画であった。
それどころか、歴戦のデビルハンターから見るとチープ過ぎる光景が目につく映画だった。
「次行こうか」
日常系映画であれば、楽しめるはずだ。
その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ…的な感じで終わった。
「本当に普通だったね」
「もっとなんかあるかと思ってました」
起承転結で物語が進むはずが、転結がいつまでたっても始まらずにそのまま終わった感じだ。
高校の球児の人生を描いた映画は、最後に甲子園のグランドに足を踏み込んだシーンで終わった。
マキマさんと同じ感想を思ったデンジは、彼女の発言を肯定した。
「次が最後」
ついに最後の映画鑑賞となる。
ぶっちゃけマキマさんと雑談するのがメインになり果てた映画デートは…。
(これでよかったのか?)
もう少し雑学があればデートが盛り上がったかもしれないとデンジは思った。
「難しくてよく分からないって評判の映画だけど…デンジ君は見る?」
「…正直、全部微妙でした。オレ、映画とか分かんないかも…」
このままだとまずいと思ったデンジはマキマさんに本音を告げた。
(おまっ!?)
5本目の映画が終わったのを確認し、盗聴を開始した結婚の悪魔はデンジの発言に驚愕する。
意訳すると、あんたが組んでくれた映画鑑賞プランはつまらなかったです…と言っているもの。
明らかにマキマに対して失礼な発言に悪魔は本気で頭を抱えた。
「私も10本に1本くらいしか面白い映画に出会えていないよ」
さすがにマキマも対人経験が豊富なのでデンジの酷評を受け入れつつ自分の考えを述べた。
「でも、その1本に人生を変えられた事があるんだ」
マキマの発言にどんな意図があったのか、デンジどころか結婚の悪魔すら分からない。
(ふーん)
とりあえず、今の会話を盗聴した結婚の悪魔は現状を理解した。
(やっぱり、デンジに興味ないなこいつは…)
前から思っていたが、マキマという女悪魔は、どこか人間を景色の一部としか認識していない。
因幡ナオミに香水を変えさせるとすぐに気付く癖にアイシャドウに彼女は全く気付かなかった。
だから嗅覚で生物や悪魔を認識していると判断していたのだが…。
(そこまでチェンソーマンってすごいのか…?)
サメの魔人であるビームといい、マキマといい、やたらとポチタを特別視している気がした。
デンジの話を聞く限り、頭からチェンソーを生やせる子犬程度の存在でしかない。
地獄での記憶がない結婚の悪魔は、未だにデンジの心臓になった悪魔が凄いと思えなかった。
「チャンソー様、また映画を見る!?」
「そうだな、最後の映画を見るらしい」
「サメ映画は?」
「次回の映画鑑賞デートで見るかもな」
「やったー!」
案外、デンジには名作映画よりもチープなサメ映画の方が似合っているかもしれない。
適当に返答をしたら無邪気に喜んでくれたビームを見てそう思った。
「さて、映画が終わるまで盗聴は中断だ」
さすがに映画を盗聴する気はない悪魔は、代わりにその映画のパンフレットを開いた。
(シェイクスピアに新約聖書にアーサー王物語?なんだこれ…)
闇鍋に色々ぶち込んで煮込みましたのノリで作られた映画はまさに難解だった。
主人公と母親の関係以外は複雑に絡み合っているので解説本がないと全く分からない。
身内が集まって自己満足の為に作った映画が誤って上映されたという嘘が信じられるほどだ。
「面白いと思いますよ」
わざとネズミに向かって話しかけた悪魔はそのまま次の工作について考える。
ビームに至っては、そのネズミを殺さない程度に弄んで反応を楽しむ事になった。
(やべぇ……つまんねぇ)
やはり、デンジには映画鑑賞は向いていなかった。
帽子を深く被った主人公が母親と再会するクライマックスだというのに…。
この映画をもう一度見たいと思わせるシーンがなかった。
(あれ?)
だが、主人公のおっさんと母親が無言で抱擁したシーンだけは何故か他人事に思えない。
(うわ……すげぇどうでもいいシーンなのに泣けてきた…)
今まで難解のシーンばっかりだったせいか、母親と再会するシーンは分かりやすい。
それだけのはずなのに何故か涙が出てしまう。
(マキマさんに見られたくねぇー!!)
泣く=カッコ悪いとイメージが強いデンジはマキマさんに泣き顔を見られたくなかった。
嗚咽を何とか必死に堪えて興味本位で彼女の顔を見てみた。
(あっ…)
滂沱の涙を見せる彼女はとっても素敵だった。
どこか人外っぽく見えるキャリアウーマンでも人の心があると知らせる姿のおかげで…。
たった2人しか鑑賞していない映画のラストにデンジは集中する事ができた。
「あのラスト絶対、死ぬまで忘れないと思いますよ」
「うん、そうだね。あれだけで今日のチケット代の元が取れたね」
帰路に就く2人は、最後の映画について語り合っていた。
面白かったとは言えないものの最後のシーンだけは脳裏に焼き付いていたのだ。
お互いに意見を交換し合って共感したデンジは…。
「……マキマさん、俺って人の心があると思いますか?」
もしかしたらマキマさんと自分が同類でないかと感じて思い切って質問してしまった。
「どうしてそんな事聞くの?」
「な、なんとなく……」
もちろん、「俺と同じ様にマキマさんも人の心がないですよね?」とは訊けなかった。
言葉を濁すデンジを見たマキマは少しだけ考えた素振りを見せる。
「え!?」
突然、マキマはデンジの胸部に頭を預けた。
唐突過ぎてメモリ16MB、恋愛ストレージ5MBのデンジ脳内パソコンはフリーズした。
彼の脳内にはエラーメッセージを知らせるウィンドウが山ほど出現する。
ポチタが必死に×ボタンをクリックして削除する量よりも出現するエラーウィンドウの方が多い!
(マキマさんが俺に欲情してる!?)(俺の匂い嗅いでる!?)(めっちゃ良い香りする!?)
ついに脳内タスクマネージャーが強制的にプロセスを終了させるほどにデンジは大混乱した。
そんな動揺を気にしないマキマは、ゆっくりとデンジの胸部の匂いを嗅ぐ。
あまりにも念入りだったので…まるで心臓が発する鼓動と匂いを味わっているようだった。
(これが…デート!?)
デンジWindows1996(SP1)は、大きくなる鼓動を受けて脳内ファンがフル稼働する!
冬場に全力でエアコンの暖房を入れたせいで爆音を鳴り響かせる室外機のような感じだ。
生まれつき心臓病を患っていた彼はそのままショック死するかと思うほどドキドキが止まらない。
「あったよ」
頬も耳も真っ赤に染めたデンジの顔を見てマキマは『人の心がある』と返答した。
「あ、あり、ありました……」
本気で女の子に興奮した時って、チンチンって反応しないのだとデンジは初めて知った。
無茶苦茶な童貞ムーブに恥じると共に新たなマキマさんの魅力を味わえて興奮している。
やっぱり自分の居場所はここだと再認識させる名シーンであった。
「じゃあね。頑張って仕事をしたらまた誘うからね」
「了解です!!」
マキマと別れたデンジはその場に立ち尽くして余韻を存分に味わっていた。
「ホント、メインヒロインムーブしてんなこいつ……」
デンジとマキマのやり取りを盗聴していた結婚の悪魔はメモ帳に記録を残す。
ビームに至っては、隣人から借りた双眼鏡でデンジを凝視し続けている。
「楽しそうだね」
「ゲッ!?」
「シャーク!?ネード!?」
一瞬で結婚の悪魔たちが待機しているビルの屋上にワープしたマキマは係長に声をかけた。
さすがにそのまま帰宅すると思い込んでいた監視員たちは驚きを隠せない。
「私の会話を盗聴したのだから…それなりの成果はあるよね?」
「えぇ、もちろんです…」
デンジの行動観察ノートやら映画デートのメモ、映画デートの分析結果を提出する羽目になった。
それらを興味津々で眺めたマキマは嬉しそうに質問をする。
「ちゃんと私のマンションまで送迎してくれるよね?」
「え?なんで?」
「これは命令です」
「アッハイ」
もはや慣れたやり取りである。
結婚の悪魔の自家用車の助手席に無理やり座り込んだマキマは告げる。
「ティラミスたちに餌をやりたいんだけど…手伝ってくれるよね?」
「女性の家に深夜で上がり込む部下は居ないだろ!!いい加減にしろ!!」
「君が餌になってもいいんだよ?」
「……ビーム、餌になる気は?」
「やだ」
「だよなー」
マキマ主導による夜間任務を開始した結婚の悪魔は涙目になった。
一応、ビームに対してはマキマは優しいので彼は後部座席で震えるだけで済んだ。
翌日、一睡もしていない係長に化ける結婚の悪魔の前にデンジは現れた!
「おっさん!デート最高だったぜ!」
「いろいろ失敗したと思うが、次回は同じ失敗をしないようにすればいいだろう」
「はい!!」
同じくマキマと2人っきりで過ごしたのになんだこの差は…と結婚の悪魔は脳内で歯ぎしりする。
さきほどまでマキマの仕事をやらされた悪魔としては、デンジの顔面を殴りたくてしょうがない。
「それじゃあ、カメラを預かるぞ」
「りょーかいですー。次はこのカメラ持っていきますー」
盗聴器を仕掛けたカメラを回収し、別のカメラをデンジに手渡すルールとなっている。
これは、デンジが撮影した写真を検閲する為である。
そもそも検閲自体は、日本国憲法で禁じられている。
日本国憲法
第三章 国民の権利及び義務
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
だが、マキマの存在自体すら国家機密なのでこういった情報は国家権力によって捻じ曲げられる。
自由の国であるアメリカですら兵器や特殊部隊の情報を一部しか公表しないのと同じ理屈である。
だから本人の気分で歩き回るマキマには結婚の悪魔も公安上層部も頭を悩ます問題であった。
「マキマさんはノリノリで写ってくれたのになー」
「もしかしたら没収された写真をマキマさんが持ち出すかもな」
「マジかー。そうだと嬉しいなぁーでもよぉ!俺は…」
「ちょっといいか?」
クッソどうでもいい会話で時間が取られそうだと感じた結婚の悪魔は別の話題を振る。
「マキマさんがトップの公安対魔特異課で班が再編成されているって知っているよな?」
「そうっすね」
「その影響で我々はパトロール任務、つまり見回りだけやれば良い事になった」
「どういう事?」
「半日で終わる仕事ってわけだ」
「なるほど」
銃の悪魔と契約したとされる沢渡アカネとヤクザたちのせいで公安対魔特異課は大打撃を受けた。
生き残りは全て特異4課に編成されたのだが、それでも人員不足が否めない。
そこで東京公安対魔課をそのまま特異1課、2課、3課に編入する事になった。
(どうやら上層部には人の心がないらしい)
これの何が酷いって編成対象となる対魔課には一切情報を知らされていないのだ。
公安対魔特異4課の副隊長である因幡ナオミですら知らなかったので…そういう事だろう。
「それすらも民間のデビルハンターに奪われそうだがな」
これにより東京都の対魔課は消滅し、代わりに民間デビルハンターが勢力を伸ばすだろう。
このままだと本当に危険な悪魔以外では、公安対魔特異課が動けなくなる危険性が出て来る。
「ビーム!行くぞ!」
「チェンソー様!!行きます!!」
そんな事をデンジは考えていないし、ビームに至っては危機感すらない。
だが、結婚の悪魔としては嬉しくない展開である。
同格だった東京公安対魔課よりもマキマが主導する特異課の方が地位が高くなるのだから。
「……くだらねぇな」
2人が部屋から居なくなったのを確認した結婚の悪魔は机に置かれた書類を見て呟いた。
(公安の上層部と日本政府の皆さんは、デンジに御熱心のようだが、そこまで気にする存在か…?)
それには、チェンソーマンに関する期待と恐怖が入り混じったアホみたいな文章が書かれていた。
たかがチェンソーを生やして暴れ回る事しかできない悪魔如きに“地獄のヒーロー”だと?
確かに武器人間という希少性はあるが、義務教育を受けていないガキに期待し過ぎな気がする。
「こんなもんポイだ!ポイ!!」
イライラしてたので、書類をクシャクシャに丸めて焼却処分行きのゴミ箱に投げつけた。
マキマと結婚の悪魔は、日本政府や公安の暗部をデンジに見せないと意見を一致させている。
故に上からの理不尽な干渉から彼を守っているのだが、デンジ本人は気付いていない。
(やっぱ、マキマさんに拾われて良かったぜぇ)
公安のデビルハンターの良い面しか見ていないデンジは幸せそうに見回り任務をこなす。
その後ろで地面の中を楽しそうにビームは泳いでいた。
(俺が人間のままなのは、みんなのおかげだからよぉー!)
デンジはずっとこの幸せな時間が続くと思っていた。
それが仕込まれていた事に気付いた時は……取返しのつかない事態となっている。
でも、気にする事はない。
デンジに幸せは続かずに…むしろ自分の心臓になったポチタのせいで不幸が到来するのだから。
(いずれマキマさんより偉くなってみせるぜ!)
大人の世界の薄汚さは知っているのに公安や日本政府の闇を知らない青年は楽しそうだった。
そしてこの後、デンジは更に幸福が訪れるのだが、それは悲劇と表裏一体でもあった。