デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
デビルハンター本部に向かう道中でデンジは自分の過去について語り出した。
自殺した父親の借金を受け継いだせいで臓器を売り飛ばして借金を返済した事。
それでも借金が3800万円以上残ったのでデビルハンターで稼いでいた事を話してくれた。
この時点でツッコミだらけである。
「なあ、デンジ。自殺した父親の借金の返済する必要なかったぞ?お前、ヤクザに騙されたな」
「そーなんすか!?」
「普通は親の借金を子供が返済するのはあり得ないんだよ。特に義務教育を受ける子がね」
結婚の悪魔は、悪魔より悪魔らしいヤクザの所業にドン引きした。
確かに親が死んだら借金は遺産として子供に引き継がれる。
今回の件は、先に母親が死んで父親も自殺したので一人っ子のデンジに引き継がれた。
ところが、その時点でデンジは小学生である。
明らかに借金を返済できる手段があるわけがないし、保証人になれる年齢でもない。
「えーっと、つまりどういう事!?」
「さっきの悪魔に騙されたように借金の返済もヤクザに騙されて支払っていたんだよ」
例外として親の借金を子供が返済する義務が発生する条件は以下の通りである。
・子供が借金の保証人か、連帯保証人になっていた場合
・子供の名義で親が借金をしていた
・親が死んで子供が遺産を相続した
まずデンジが20歳じゃ無い時点で借金の保証人にはなれないのだ。*1
だから子供が借金を継ぐ3つの条件の内、上記の2つはすぐに除外できる。
そして最後の遺産の件だが、これもおかしい。
借金を継いだデンジの年齢だと所有物を売る以外に金を稼ぐ事ができない。
「それに日本で臓器売買する事は禁止されている。臓器移植に関する法律が整備しきれてないが、ヤクザや暴力団といえども、何度も臓器売買ができると思えない」
「ん?なんかあったんすか?」
デンジは気付いていないが、今回のゾンビ騒動と臓器売買は国家を揺るがす問題になりかねない。
それほどまでに規模がデカすぎてマキマが自ら調査に赴く事はあると納得するほどだ。
「“ゾンビの悪魔”といい、今回の一件で全てが終わったとは思えません。まだ被害者がいないか、組織犯罪対策部に居る知り合いに頼んでヤクザの背後関係を洗いざらい捜査させます」
「おー、なんかすごいことになってんな」
一回の臓器売買なら誤魔化せるかもしれないが、腎臓の他に眼球や金玉まで売るのは異常だ。
いくら金になるからといってここまでやれば容易に足が付くのは明白である。
マキマの事だから既に手を打ったと思うが、それでも別ルートで捜査させる事にした。
「それにしても…本当に臓器を売ったのか?」
「売ったんすけど、なんか元に戻ったみたいなんです」
デンジ曰く、悪魔と融合したら肉体が元通りに戻ったらしい。
悪魔との契約で臓器を取り除いたわけではないので元に戻る事自体は正直どうでもいい。
「それはキミの親友が心臓になった際に不自由なく生きていけるようにしたからだと思うよ」
「どういう事ですかマキマさん!?」
心臓が悪魔になると何が起こるのか。
驚異的な肉体再生能力を持つ結婚の悪魔すら想像できない。
だから考察しようとしたらマキマの横やりが入ったのでそれ以上は考えないようにした。
「キミの親友がキミの中で生きていく上で一緒に苦楽を共に過ごそうと思ったみたいね」
「つまり?」
「デンジ君と一緒に新しい人生を楽しむ生き方を選んだの。愛されて羨ましい」
どの面下げて言っているのか分からないが、愛されたいのは本当らしい。
マキマの本性について未だに掴めていない結婚の悪魔はメモを書きながら頷いた。
「俺もマキマさんの犬として愛されたいです」
「じゃあ、ワンって鳴いて」
「ワン!」
「良い子」
「ワン!」
飼い主に遊んでもらいたい去勢された犬かよ…と結婚の悪魔はツッコミたくなった。
デンジもマキマもまんざらでもなさそうな態度であるが、傍から見ると気持ち悪い。
同僚も同じ事を思ったのか、窓から外の景色を気まずそうに眺めている。
(おい、席を変われよ!!)
少しでもマキマから離れたい結婚の悪魔は窓際に居る同僚が羨ましく感じる。
人間では無く悪魔のせいで更に糞みたいな要望が書かれたメモを渡されたのだ。
(デンジみたいな奴が居てたまるか!!)
マキマから【デンジみたいな存在】を探して欲しいと追加の命令を受けた。
今まで多くの人に出会ったが、そんな存在など見た事が無い。
「ところで俺の借金ってどうなりましたか?」
「……ん?」
「借金を返す相手がゾンビになって殺したからチャラになったか気になって…」
「いや、チャラになってないぞ」
「えええ!?マジっすか!?」
小学校すら行っていないこいつに臓器を売ってまで借金の返済をさせるのは異常だという事だ。
「大丈夫だ、安心しろ。ゾンビになったヤクザ共を皆殺しにしても借金は絶対に無くならないが、これから何枚かのプリントにデンジの名前を書くだけで借金が0円になる」
「マジっすか!?」
「マジだよ」
「よっしゃあああ!」
借金が無くなると聴かされたデンジは大層に喜んだ。
それに対して説明をした結婚の悪魔は反比例するかのように苛立ちを募らせる。
(相続放棄の手続きも自分がやるのか…ああ、面倒だ)
言いだしっぺになったせいで更に面倒な事をしないといけないと自覚した。
これから弁護士や関連部署と相談しなければならないのだ。
「借金と臓器売買に関して詳しいんだね?」
「臓器売買で稼いだ奴が起こした事件に巻き込まれましてね、いろいろ勉強させられました」
今度はマキマから嫌がらせを受けたので適当に流す事にした。
(分かってて言ってるよな、こいつ…)
結婚の悪魔としても、お金関連のトラブルは豊富に経験した。
特に見栄を張って借金をしてまで女に貢いで破滅する男も何度も見て来た。
だが、まさか臓器売買をしてまで女に化けていた自分に告白するとは思わなかった。
そのせいで酷い目に遭ったので無駄に臓器移植に関して詳しくなった経緯がある。
「ああ、うめぇ!!メロンジュースマジでうめぇえ!!」
助手席のドリンクホルダーにあるジュースを啜っているデンジは借金から開放される。
これだけで彼の人生は大きく変わる事だろう。
「よかったねデンジ君」
「はい、マキマさんのおかげです!」
とりあえず、マキマに感謝されるのは気に喰わない。
提出期限に猶予がある段階で大量の書類を提出してやろうかと思ったほどだ。
そうすると、仕返しが怖いので結婚の悪魔は脳内で仕返しのシミュレーションを実施した。
「デビルハンター東京本部に到着しました」
脳内シミュレーションで返り討ちに遭う光景を思い浮かべた瞬間、運転手の発言で我に返った。
「今回の事件の処理の為、小官はこれにて失礼します!」
「分かった。あとは頼むね」
適当な建前を述べてマキマに敬礼をしてその場を立ち去ろうとする。
(少年、惚れちゃまずい相手に本気で惚れたな…)
擦れ違ったデンジの顔を見てマキマに本気で惚れてしまったと理解した。
一応、高嶺の花みたいな存在なのでそう簡単にはボロが出ないだろう。
とにかく自室に戻って一旦、書類の整理をしようと駆け出していると…。
「姫野先輩、お疲れ様です」
「おつかれ!」
公安対魔特異4課の先輩である姫野に遭遇した。
この時間帯にここで遭遇するのは珍しいので何かあったのだろう。
「アキさんの姿が見えませんが…」
「マキマさんに召集されちゃってね、一人寂しくラーメンを食べて来たんだ」
「はははは、姫野さんなら一緒に食べてくれる相手に困らないでしょうに…」
早川アキがマキマに召集されたなど初耳である。
時折、マキマがテレパシーでも使っているのかと思うほど手際が良いと思う時がある。
「そういうあんたもこの時間帯に遊んでいるなんて珍しいじゃない?私も誘ってよ~」
「勘弁してくださいよ、ゾンビの悪魔の他に別の始末書も書かないといけないんですから」
眼帯女から暗にお誘いされたが丁重に断りを入れる。
そして手を振って別れた後、自室に戻って書類を記入していく。
ついでに連絡がつきそうな知り合いに片っ端から電話をかけた。
《追加料金を請求していいか?》
「自分宛に請求してくれ」
こうやって顔馴染みの知り合いたちに電話をして自分ではこなせない業務を委託していく。
法律の下に動く公安であっても暗黙の了解というのはあるものだ。
出費は重なっていくが、表沙汰にできない事もあり、こうするしかないのが歯痒い。
今回も特別対応してもらう為に貯金がごっそり削られてしまった。
「一応、言っておくが、お前の知り合いが死んだら大人しく手を引けよ?」
《だったら依頼するなよ。もっと吹っ掛けるぞ?》
「どうも、保護した少年の人生が誰かに誘導された感じがしてな…」
《ドラマの見過ぎだろ》
デンジの人生は現代日本では類を見ない悲惨さである。
義務教育を受けずに臓器を売ってデビルハンターで稼いだ金の大半を搾取される人生。
発展途上国のスラム街でもここまで劣悪な環境で暮らす者はいないだろう。
ここまで極端の例を見てしまうと陰謀論染みた思考になりがちである。
《進展があったら伝えるわー、またな!》
「ああ、期待せずに待ってるよ」
受話器を降ろして電話を切った結婚の悪魔は引き続き書類を執筆する。
総理府*2に居る知り合いに質問したら臓器移植の法律*3を作る為に審議しているらしい。
デンジみたいに極端ではないが、海外マフィアと連携するヤクザや暴力団に牽制はできるだろう。
さきほど通話していた組織犯罪対策部の知り合いも手を打つらしいので期待して待っている。
(なんでこんな事やってるんだ…?)
悪魔が人間のフリをする事はあるが、いくらなんでも人間みたいに振る舞い過ぎた。
血塗れになるのが大好きな結婚の悪魔は一旦、休憩する事にした。
そうしないとこの書斎が血塗れになりかねないから。
「ううううっ!!」
両手を重ねて腕を伸ばし、左右に上半身を揺らしてストレッチをする。
こうする事で肉体に溜まった何かが外に解放されるような感覚がするのだ。
(またかよ…)
このまま、もう一度書類に向き合おうとすると時報のように頭の中で警鐘が鳴った。
まーた契約していた民間のデビルハンターたちが死んで【結婚の契約】が解消された。
(多いなクソが…)
毎日のように経験する事であるが、それでもここ数日は10倍くらい契約が失敗している。
公安のデビルハンターが47組目の結婚達成から一切、成功例がないのは腹立たしい。
「お?」
気分転換に何かを食べに行こうとするとデンジとアキを発見した。
アキは姫川とバディを組んでいるのでおそらく新人教育をやっているのだろう。
「面白そう…」
アキの事だから新人に暴行を加えるのは分かり切っていた。
だから血に飢えていた結婚の悪魔は彼らの後を気付かれないように尾行する。
「ぐはっ!?」
予想通り、人気が無い路地裏に連れ込んだアキは新人を暴行していた。
後世では“パワハラ”と呼ばれる新人いびりを通り越した暴行行為。
「お前、今すぐ仕事をやめろ。明日出勤したらまたボコるからな」
タバコを吸いながら負傷したデンジを見下ろす先輩はまさに理不尽だった。
「なんでだよ…」
これには鼻血を垂らすデンジも文句の1つは言いたくなる。
「俺の優しさが分からないかなぁ…軽い気持ちで仕事をする奴は死ぬぜ」
体育会系が場を利かせる通過儀礼であるが、これは彼なりの優しさである。
「俺の同僚も給料だけ見てデビルハンターになった奴は全員、悪魔に殺されたよ。生きている奴はみんな根っこに信念があるか、本当に強い奴だけだ」
実際、デビルハンターの死を何度も見届けたアキだからこそ警告しているのだ。
むしろ、彼の暴行を返り討ちにできない奴が悪魔と戦えるわけがないと…。
「さっきの様子を見て思ったけどさ、お前、マキマさん目当てでデビルハンターになったろ」
「ピンポーン…」
馬鹿正直にデンジは白状するが、そもそも彼は今まで食パン1枚食べるのも必死だった。
余計な事を考えられるほどに余裕ができたとも言えるのだが、事情を知らないアキは苛立つ。
「ぺっ」
ゴミ捨て場で仰向けで倒れ込むデンジに咥えていたタバコをポイ捨てした。
一応、唾を飛ばして鎮火したもののあまりにも屈辱的な光景過ぎた。
(もっとやれー!殴れ!殺せ!!)
その光景をこっそり見下ろしている結婚の悪魔はアキを脳内で煽る。
流血が周りに飛び散る光景を見るのが大好きな悪魔はこの程度では物足りない。
ストレス発散の為にもデンジに立ち上がって欲しいと思っていた。
(おっ?)
デンジがピクリと動かなくなって勝利を確信したアキは振り返ってタバコに点火を始めた。
どっかの洋画ドラマのワンシーンであるが、これで終わるならデンジは既に死んでいる。
「マキマさんには俺から言っておくよ。めちゃくちゃ強い悪魔を見てビビッて逃げたってな」
なんだかんだで人間相手には甘いアキには、幾度も死線を潜り抜けたデンジと相性が悪かった。
(うわ…)
こっそり背後から近づいて来たデンジが無防備なアキの股間をおもいっきり蹴り上げた。
これには、結婚の悪魔も内心で合唱する。
その躊躇いの無さからどれだけデンジが居た環境が過酷だったか物語っている。
「がはっ!!?」
哀れな被害者であるアキは金玉を蹴られた衝撃で悶絶して腹部を抱えて倒れ込む。
「先輩は本当に優しい人なんだなあオイ…」
金玉を思いっきり蹴られれば男は無力化する。
それを知っている事に驚きだが、次に放ったデンジの発言に結婚の悪魔は注目した。
「俺は!男と!喧嘩する時は!股間しか!狙わねぇ!効果!抜群だから!よ!!」
何度もアキに蹴りで追い打ちをかけるその姿はまさしく悪魔。
それでも股間を追撃しないのは彼なりの優しさに見える。
(つまり、何度も金玉を蹴られた事があると…)
世間で披露される格闘術と戦国時代に代々伝わる格闘術は別物である。
見せるものか本気で殺すのかの違いであるが、デンジの行動は経験談に基づいている。
割と飲み込みが早い少年だという事が分かっただけでも収穫だった。
「ふぅ……!うどんやフランクフルトも昨日まで食えると思わなかった」
人生のどん底に居た少年は、理不尽な暴行を受けた程度では心が折れなかった。
「でもさ、はじめて人間扱いされてさ、はじめてメシを食わせてもらった」
発展途上国の中でも内戦で酷使された少年兵が日本で幸せを知ったらこうなるのだろう。
今まで自分の幸せだと思った事は、全然幸せじゃなかった。
それどころか、幸せというものすら全く違ったという価値観のズレ。
「俺にとっちゃ夢見てぇな生活みたいだ」
それでも人間の本能というものは変わらないものだ。
温かな飯を食べて安全な場所で寝て異性と仲良く生活できる環境。
人間の三大欲求は、時には人間の理性すら上回る。
「俺は軽い気持ちでデビルハンターになったけどよぉ!今の生活ができるなら死んでもいいぜ」
命懸けでも金を多く稼げれるデビルハンターになった少年は搾取をされ続けた。
ハイリスクハイリターンの道を選んだのに一枚の食パンをご馳走とする。
しかし、公安の職員に勧誘されて人間としての尊厳を取り戻しつつあった少年は変わった。
「やっぱ、死んでもいいっつーのはやっぱなし!俺だけの人生じゃなかった」
それでも少年の中には優しさが残っていた。
狂人のように振舞う彼であるが、友達であった悪魔との生活は忘れようとしない。
むしろ、自分の心臓になった事を理解して無理にでも生き続けようとしている。
(ホントは良い子なんだな、環境が悪すぎたか…)
無理やり自分を奮い立たせている状況。
これ以上、彼を放置していれば、悪魔に殺されずとも壊れていた。
それほどまでに空元気に振舞う姿は、結婚の悪魔からすればどうでも良かった。
(やれやれ!!)
さきほどの金蹴り攻撃で立ち上がったアキがデンジの腹部を殴打する。
更に追撃で顔面を殴られて鼻血と吐血を噴き出す姿に嗤っていた。
血湧き肉躍るという慣用句があるが、流血がある度にこの悪魔は喜ぶのだ。
「ぐっ」
一瞬だけ有利になったアキであったが、デンジの股間蹴りによって悶絶する。
だが、彼には痛みや本能を上回る信念があった。
「マキマさんはなぁ…お前みたいなチンピラが好きになっていい人間じゃないんだよ!」
「ああん!?なんだよ、お前もマキマさんが好きなだけじゃねぇか!」
更に泥沼な殴り合いになるのを期待したが、さすがにアキは股間への衝撃で倒れ込む。
これ以上、血塗れになる展開にならないと察した結婚の悪魔はその場から立ち去る。
ついでに本気でマキマが好きな2人の気持ちを理解できずに自室に戻った。
「ああ、面白かった」
どれだけ人を心配したところで血塗れになる姿を見れば興奮してしまう。
人間が地べたを這い蹲って痙攣している姿を見る度に自分が悪魔と自覚する。
そんな事を考えながら結婚の悪魔は、本日の業務を遂行していた。
「チッ」
ようやく一段落がついた頃、電話が鳴ったので受話器を取るが、相手が誰なのかは確信している。
《職場を抜け出して2人の様子を見てたみたいだけど…デンジ君とアキ君はどうだった?》
「マキマさんの事を巡って仲良く喧嘩してましたよ」
通話の相手は当然、マキマであの場に居なかったのに全てがバレていた。
慣れた事であるが、未だに彼女の能力が気になってしょうがない。
《アキ君は“銃の悪魔”を討伐する事だけに夢中になると思ってたのに意外…》
「部外者でも分かる嘘をつかないでいただきますか?要件があるなら早くお伝えください」
波紋のような黄色の瞳を持つ女の何気ない発言に結婚の悪魔は苦言を呈する。
あの女は、とにかく自分で分かっている事を他人に言わせたいのだ。
《デンジ君を公安対魔特異4課に所属させたいんだけどそれについて相談しにきたの》
「既に書面上では編入されております。上に提出すればすぐに正式に配属されますよ」
公安対魔特異4課というのは、悪魔や魔人を編入した試験的な部隊である。
この部隊があるからこそ結婚の悪魔も職員として任務に就く事ができている。
《それなら良かった。あとはアキ君の家にデンジ君を住ませてあげたいの》
「早川家の戸籍にして編入する事は可能ですが、いくらなんでも早過ぎるのでは?」
早川アキが住むアパートの1室にデンジを住まわせるという点に関しては、問題はない。
確かに生活力があり、なにかと面倒を見てくれる彼は、デンジの私生活矯正には適正がある。
それでも否定するのは、初対面で最悪の印象を抱いた同士を住まわせるのは難しい。
喧嘩するほど仲が良いというが、同居に関しては時間を置いた方が良いという経験則から告げた。
《デンジ君には少しでも早く人間として普通の生活を送ってほしいの》
「それにしては、上げ落としで彼を苦しめている気がするのですが…」
《そんな風に見えた?》
「デンジに『公安を辞めるなら殺処分する』という発言をしないのであれば信じますよ」
魔人や悪魔は公安に協力する事で存在を許されている。
そして本来であれば、公安に所属する悪魔は公安の職員しか契約を許されない。
ただ、結婚の悪魔は既に民間のデビルハンターと契約し過ぎているせいで看過される事になった。
ただし、公安から脱走した瞬間、マキマに殺されると分かっている悪魔は本音を告げる。
「
《私がデンジ君を好きになったと言いたいの?》
「むしろ、嘘でいいからそう告げた方がデンジは喜びますよ」
《それだとつまらない。飴と鞭で育てるのは飼い犬を相手にする時の鉄則だよ》
多くの飼い犬に囲まれて暮らすマキマは、孤独を埋めるように誰よりもペットを愛している。
下手すれば、公安の中で一番、犬について詳しいのではないかと思うほどだ。
だが、孤独を誤魔化すように愛情を振り向くのは、ペットだけではなく人間も同じである。
それでも結婚の悪魔から見ると愛しているというよりは、順応なペットに接する感じがしていた。
《そこまでデンジ君を気にするならアキ君との同居生活についてアドバイスってできる?》
「もちろんです。一報を入れてくれればすぐにでも対応しますよ」
自分に順応の内は、彼女は牙を剥かない。
彼女の命令に従っている限りは、無害のはずであった。
《じゃあ、アキ君に支度させるからその間にお願いね》
「一点だけ、デンジが悪魔になれるというのをアキに知らせるかどうかで話が変わります」
《もちろん、知らせるよ。彼を裏切りたくないからね》
裏切るもなにもデンジを預けるなら家の主に報告するべきである。
なんでこんな事を訊いたのかといえば、わざと隠して喧嘩の火種にするのではと警戒したからだ。
「よく言うよ」
《なんか言った?》
「いいえ、なんでもありません」
あまりにも理不尽な命令を受けた時は、マキマに憎まれ口を叩くのが癖になっている。
その代わりに彼女の命令はしっかりとこなす。
まさに“ビジネスパートナー”の関係を維持したいのだが、最近は無理だと気付いた。
「ついでにデンジに渡す書類を用意しますのでそれでよろしいでしょうか?」
《頑張ってね》
好き放題言った挙句、勝手に通話を切られた結婚の悪魔は素直に受話器を降ろす。
マキマに対する忠誠心は皆無であるが、公安にお世話になっているのは確かである。
いつの日か、仕返しをしてやると誓いつつ、デンジに関する書類を手に取る。
(それにしても、デンジのどこを気に入ったんだ?)
マキマが悪魔の姿になったデンジに見せる視線は、恋をする乙女心に似ている。
それにしては、デンジの扱いが悪すぎるので本気で結婚の悪魔は彼女の行動に困惑した。
まだ、ツンデレという文化も単語も周知されていないこの時代で理解するのは難しかったが。
(愛しているのに愛してない?矛盾の塊だ…)
それを差し引いても、デンジ自身には興味を持っていない気がする。
興味が無さそうに全てを放り投げて来た時点でそれは理解した。
(“チェンソーの悪魔”に恋しているとでも…?)
だったらデンジの心臓となった悪魔ぐらいしか心当たりが無い。
ぶっちゃけ結婚の悪魔からすれば、他の悪魔と同じく雑魚にしか見えない。
それを指摘するとぶっ殺される予感がするので黙ってはいるが…。
(“チェンソーの悪魔”…なんかしっくりこないな)
デンジに宿っている悪魔の名前に違和感があった。
「頭痛が痛い」とか「工作を作る」みたいに何かが矛盾しているような感覚を覚える。
(これがマキマが熱心になる原因…か?)
それは、誰からも教わらなくても異性を好きになる本能に似ていた。
ひとまずマキマの弱点になり得る存在がデンジだという事として対策を練らなければならない。
「あーめんどい…」
もうじき日が暮れるのを知らせる窓の光を浴びる書類に影が映る。
結婚の悪魔の行動を監視する様に窓の外側にカラスの姿があった。
「アーアー!」
地平線に向かって落ちていく太陽に向かってカラスは飛びながら鳴く。
まるで彼の行動を誰かに報告する様に…。