デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
今日は待ちに待った江の島旅行の日である。
今まで味わって来た苦労や苦痛は今日を迎える為に存在したとデンジは実感するほどだ。
(マキマさんまだかな~!ドキドキしちまって!!ああ!!まだかなー!!)
元はといえば、マキマさんの慰安旅行に参加させてもらっている立場である。
いくらデンジが常識がないからって彼女に迷惑をかけるつもりはない。
「ごめん、ちょっとギリギリに到着しちゃった」
「おお!!」
集合時間ギリギリに到着した事をマキマは謝るが、デンジはそれどころじゃない。
「「「「「「「「「「きゃわいいいい!!」」」」」」」」」」
スポーツカジュアルコーデを着こなす彼女を見た瞬間、心に住む10人のデンジの意見は一致した。
首元の黒色リボンがチャームポイントのブラウスの上にナイロンジャケットを軽く羽織っており、
デニムパンツとスニーカーを履いて貴重な休日を楽しもうとする意志表示をしていた。
普段だったらあり得ないマキマさんの姿を見たデンジは感激し、無言で震えている。
(…なんかダサくねぇ?)
口には出さなかったが、結婚の悪魔から見ればマキマのコーデはどこかズレている。
ミステリアスで完璧そうな高嶺の花がどこか世間とズレてるギャップを狙っているかもしれない。
知らんけど。
「江の島!江の島!イヤッフゥー!!」
「フウウ!!フウ!!イヤッフゥー!!」
憧れの女性と一緒に旅行に行けるのが嬉しいデンジは踊っていた。
ついでにビームも踊っており、賑やかさは2乗になっていた。
「それでは全員が揃いましたのでマイクロバスに乗り込んでください」
おバカ2人を置いて行く手段はないものかと思いつつ結婚の悪魔は全員に指示を出した。
(江の島ねぇ……行けない事はねぇが…)
江の島に行くぞ!!と口に出すだけなら簡単である。
いや、実際は行くのも簡単だった。
マキマと早川家だけなら新宿駅から小田急線に乗ればいいのだから。
片道が約1時間とちょっとで辿り着ける場所のはずだった。
(悪魔が多すぎるんだよ…)
しかし、新たに同行する事になった魔人と悪魔の存在が公共交通機関の利用を妨げる。
顔面にジッパーがある女と鼻から上が鮫の頭の魔人では目立ち過ぎた。
「係長、今回は江の島までよろしくお願いします」
「承知しました」
そのせいで大型免許二種を取得している結婚の悪魔がマイクロバスで送迎する羽目になった。
マキマからお願いされた悪魔は表向きは笑って手を振って応えたが…。
内心では腸が煮えくり返っていた。
(クソが…!)
横浜市営バスの運転手が年収1000万を超える*1と聞いた結婚の悪魔は大型免許二種を取得した。
契約者が契約を履行できずに死にまくった過去から自分が結婚相手になってみようと思ったのだ。
しかし、大金を支払って免許を取得したものの現状を知って2ヶ月でバスの運転手を退職した。
まさかその経験が今更になってマイクロバスの運転に活かされるとは思わなかったが…。*2
(それにしても……天使の悪魔が参加するのは意外だな)
当初は早川家とマキマだけだったのにどんどん参加者が増えて最終的に10名となった。
まさかの天使の悪魔の同行にマキマに仕込まれたのかと疑ったが…。
「慰安旅行に参加するとは意外だな?てっきりお留守番しているものかと…」
「ゲームの続きをしたいからだよ。バディがいないとできないって可笑しいよねー」
携帯ゲーム機の続きをしたい理由だけでわざわざ江の島旅行に参加するようだ。
せめて席に座ってから遊べよ…と結婚の悪魔は思ったが、口に出す事は無かった。
最後に乗り込んで運転席に座って地図を取り出して時刻を確認し、出発時刻を告げる。
「それでは5分後に出発します。もうしばらくお待ちください」
マキマ、デンジ、アキ、パワー、レゼ、ヒロカズ、プリンシ、ビーム、エンジェル
そしてマイクロバスを運転して彼女たちを江の島まで送り届ける結婚の悪魔が参加者となる。
(面倒だな……)
事前に試し運転しているが、あらゆる想定をして運転に挑むつもりである。
地図を見てルート確認をしている結婚の悪魔は改めて脳内で計画を再確認する。
(えーっと…)
まずは首都3号渋谷線に乗って東名高速道路に合流し、暫く走行した後に一旦、一般道に降りる。
それから茅ヶ崎中央JCTに乗って南部にある茅ヶ崎海岸ICで降りて一般道に出る。
そこからずっと相模湾の海岸に沿って江の島まで運転する計画であった。
(さっさと首都圏中央連絡自動車道が完成しねぇかな…不便でしょうがない)
この時代における圏央道というのは、関越自動車道と繋がっている鶴ヶ島JCTから青梅ICを示す。
1996年現在、江の島付近には藤沢ICから茅ヶ崎西JCTまで開通している新湘南バイパスしかない。
東名高速道路すら圏央道と繋がっておらず、当然ながら新湘南バイパスも独立していた。
都心を囲む圏央道が出来上がるのは、2010年代半ばの予定となっている。*3
(行くか)
出来てない物を願うくらいなら現状に満足するべきである。
藤沢ICで降りれば良いじゃんと試し運転した結果、結婚の悪魔は酷い目に遭った。
だから同じ轍を踏まないようにルート確認をじっくりと行なったのだ。
「それでは出発します。高速道路ではシートベルトをお付けください」
乗客を乗せてバスを走らせるのは久しぶりだ。
それでも、真面目に取り組んだ習慣と努力は多少のブランク程度では消えはしない。
「なんかワクワクしてきた~!」
マイクロバスが発進した事で最後部の座席に座っているデンジは興奮が止まらない。
デンジの両脇にはレゼとパワーが座っており、まさに両手に花の状態であった。
「なんじゃ子供か?ウヌがはしゃぐとワシまで同類に見えてしまうじゃないか」
あれだけ旅行に行きたくないと駄々を捏ねたパワーであったが、今は特に抵抗する素振りはない。
むしろ、初めての旅行に興奮するバディを軽くおちょくるほどの余裕があった。
(ふふふ、ウヌと違ってワシは大金持ちじゃからなあ!)
パワーは5000円をもらっており、お札の枚数が少ないデンジとレゼを内心で嗤っていた。
なお、デンジは2万円、レゼは3万円を所持しているのでパワーが一番少なかったりする。
母親が会計で受け取った小銭を見て「お金が増えた」と喜ぶ子供そのものであった。
「デンジ君、カードゲームをやろうよ?この日の為に色々用意したんだー」
デンジを挟んで反対側に座るレゼは、トランプといったカードゲームを用意していた。
車移動の時は、都合上の問題で死体にされて運搬されていた彼女は車酔いなど考慮していない。
猫なで声で提案するレゼに向き合ったデンジは口を開く。
「やだ」
「なんで?楽しいと思うよ?」
「どうせならここでしかやれねぇ事、しようぜー」
だが、首からフィルムカメラをぶら下げているデンジはレゼの提案を断った。
彼曰く、ここでしかできない事をしたいと告げられた彼女はしぶしぶカードを箱の中に仕舞った。
「じゃあ、キミはどんな事をしたいの?」
「しりとり!」
「しりとり?家でも出来る事だと思うけど…?」
少しだけ不貞腐れた発音をするレゼの問いに対してデンジはしりとりをやりたいと断言した。
もちろん、しりとりだってここじゃなくても別にいいので彼女はその理由を訊いた。
「これでも色々覚えたんだぜェ!ここで俺んの覚えた知識をお披露目する絶好の場だ!」
「……なるほど、私としりとりをしたいって事?」
「そういう事!」
かつての訓練に比べれば、日本語の読み書きを覚えるなどレゼには簡単だった。
だからデンジとの対決も圧勝できると確信がある。
(仕返ししちゃおっと!)
なのでさきほどの仕返しをしてやろうと彼女は考えた。
「最後に『ん』って付いたらダメだからな!2分経っても何も言えなかったら失格だ!」
「なんか罰ゲームとかあるの?」
「自分にとって恥ずかしい事をカミングアウト…とか?」
「いいじゃん。なんだか面白くなってきた…!」
ついでに罰ゲームも追加できた。
墓穴を掘ったと気付かないデンジはしりとりを開始する。
「じゃあ、俺からだ!かなづち!!」
ちゃんと勉強して語彙力を鍛えたと早川パイセンやマキマさんに暗に伝えるつもりだった。
「ちんこ!」
だが、レゼから下ネタを発言されてしまい、さすがのデンジも焦った。
早川パイセンのアパートなら笑い話になったが、上司や先輩、悪魔がこの場に居るのだ。
2人っきりだとこんな会話をしているのかと疑われかねない状況であった。
「こ、コマ!」
「まんこ!」
どう足掻いても下ネタで返されるとデンジは理解した。
だが、しりとりを失敗すると罰ゲームになると断言してしまった。
そのせいで終わらせられずに続ける羽目になった。
「コアラ!」
「乱交!!」
「う……うん!!」
それでもこのまま続けているとまずい気がする。
そう考えたデンジは、珍しく頭脳をフル稼働して無理やりしりとりを終わらせた。
「おしいね、“うんこ”だったらまだ続けられたよ?」
「調子に乗ってすみませんでした!」
さきほどレゼの提案を雑に一蹴した事をデンジは謝った。
「ぎゃはははは!日本人として恥ずかしいのう!」
外国人に日本語対決で負けたという事実を目撃し、パワーは笑い飛ばす。
早川アキに至っては顔面を両手で抑えており、内心を察する事ができる状況だった。
「「罰ゲーム!罰ゲーム!」」
「分かったよ……!」
レゼとパワーにまくし立てられたデンジは観念した。
「俺!ちんちんもチェンソーになれるかチャレンジした事がある!!」
「結果は?」
「普通のチンチンのままだったし、チェーンがぶつかってめっちゃ痛かった!」
「あははははっはは!」
「馬鹿じゃ!馬鹿がここにおる!!」
自分の恥ずかしい過去を暴露して隣に座っている女性陣に笑われてしまった。
顔を真っ赤にした思春期を迎えている男子は席に縮こまってしまった。
(どうしよう…マキマさんに嫌われちまう…)
なにより、マキマさんに情けない姿を見せた事を後悔していた。
だが、デンジは知らない。
「ねえ、江の島に着いたらみんなで記念撮影するんでしょ?」
「はい、そうですが…」
「私も映って良い?」
「立場を考えてくださいよ」
当のマキマは、高速道路で運転する結婚の悪魔を弄っていて何も聞いてなかった。
彼女は、興味がある物以外は風景としか見えずにこうやってスルーしてしまう癖があった。
デンジにとっては救いかも知れないが、この欠点は後に致命的なミスを誘発する事となる。
「小官は運転中です。窓際に居るプリンシさんと雑談を楽しんでください」
「君を弄る方が楽しいからこれでいいよ」
「せめて高速道路を運行中にはシートベルトの着用をお願いします」
何気ない部長と係長の会話に聴こえるが、実際は違う。
結婚の悪魔は、マキマに身を隠せと暗に伝えていた。
(さて、どこで情報が漏れた?)
マキマの慰安旅行の詳細に関しては、参加メンバー以外は情報を極力伏せた。
だから岸辺隊長か警視庁公安部長くらいしかスケジュールを知らないはずであった。
(高速道路でスパイクストリップ……正気じゃねぇな)
アメリカ警察が逃走車のタイヤをパンクさせる用途に用いる道具が運転席から見えた。
明らかに自分たちを狙っている刺客なのは明白であった。
(……どっちだ?)
だが、これは大した問題ではない。
問題なのは、仕掛けたのはマキマか、岸辺隊長のどっちかという点である。
(ま、いっか)
予めドリンクホルダーに入れていた小石を手に取って運転席の窓を開けた。
そしてデコピンで小石を弾いて不審人物に向かって飛ばした。
「ぶぎゃああ!?」
20mm口径弾による狙撃に匹敵する投石は不審者の肉体を爆散させる事に成功した。
これにより東名高速道路でタイヤをパンクさせられるという大惨事は免れた。
(後ろに1台、おそらく前方にも居るな……)
マイクロバスは乗用車と同じ扱いなので高速道路の制限速度は時速100kmである。
なので背後に居る黒塗りの高級車を撒こうとするが、相手はその道のプロなのか撒けなかった。
「江の島旅行、楽しみにしてるからね」
マキマの念押しにより、どうやら彼女自身は旅行を楽しみたいようである。
よって、この刺客らしき勢力は岸辺隊長が情報を漏らした結果だと推測できる。
(めんどうくさい…)
公安対魔特異4課は、部長と係長と隊長と副隊長がそれぞれ敵対している。
もちろん、表向きは親しく振舞っているが、派閥争いどころじゃない。
悪い意味で信頼はしているが、信用はほとんどないという組織崩壊一歩手前に近い。
(どうせ、捕まえて尋問したところで情報は割れんだろうな)
その気になればマイクロバスを運転しつつ刺客を皆殺しにできるが、それをやる利点が無い。
むしろ、結婚の悪魔がどんな対処するのか見られているまであった。
(って事で置き土産だ)
今度は手加減してマイクロバスの背後に喰らい付く乗用車の左前タイヤに投石した。
「パン」と破裂音がしたと同時に急速に車が揺れ始めて路肩に向かって走り出す。
さすがの刺客も無駄に交通事故で死ぬのは御免だと思ったらしい。
「次は?」
「……休憩の為にパーキングエリアに入ります」
元よりトイレ休憩を兼ねて江の島に向かう道中で2回、停車する計画になっていた。
だからさりげなく周りの乗用車を確認しつつパーキングエリアに入り込んだ。
(1、2、……5人か?)
当然の如く、先回りされており、マイクロバスから出た瞬間、蜂の巣になるのは目に見えた。
「マキマさん、停車したら3分ほど時間を稼いでください」
「ダメ、2分で」
「2分間だけ時間稼ぎをお願いします」
ここまでくるとマキマも他人事に振舞えない。
みんなの憧れの上司を顎で使い、結婚の悪魔は左手を運転席の窓から突き出して指輪から血を垂らした。
(……なんか嫌な感じがする)
ここでソ連の刺客であったレゼも異変に気付く。
未だにソ連仕込みで訓練された神経は微かな殺意さえ捉えてしまった。
「なんか飲みたいもんある?」
「え?」
「ワシは血じゃ!!血のジュースを飲みたい!!気のせいか血の匂いがするしのう!!」
「そんなもんねぇよ!」
だが、デンジにジュースを奢ってくれると聴かされたレゼは思考が一瞬だけ停止した。
その隙にパワーが大騒ぎをし、デンジは彼女の提案を却下した。
(……気のせいか)
殺気を感じたレゼは改めて感覚を研ぎ澄ませるが、特に問題がなさそうだった。
祖国も自分の人生も捨てて公安に投降した彼女はすぐに嫌な事を忘れて雑談に参加した。
「殺したの?」
「まさか、結界の中にぶち込んだだけです」
幸いにもバスから降りた所を奇襲する手筈だったのか刺客の姿は丸見えであった。
なので一瞬だけ結界を作り出して刺客のみを取り込んだというわけだ。
それを分かっててマキマが聞いてくるのだから余計に質が悪い。
「それでは25分まで休憩いたします。ごゆっくりどうぞ」
一旦、休憩を挟んで対魔特異4課のメンバーは微かな一時を過ごす。
お腹が空いたのでお菓子を買いに行く者、トイレに行く者、車内でゲームをする者。
「デンジ君!ピース!ピース!」
「おう!」
両手でピースサインを作っているデンジをデジカメで撮影するレゼなど様々な行動が見られた。
「さてと……」
とりあえずポケットマネーでお菓子やらスナック菓子を買った結婚の悪魔はバスに乗り込んだ。
「よう!」
「なーに?今、レベリングで忙しいんだけど?」
「じゅあ、これは要らんな」
「頂戴」
美少年である天使の悪魔であるが、意外と大食いである。
よって、成人男性の2倍ほどのカロリーを摂取しないといけないので菓子を買ったのだ。
さっきまでゲームに夢中になっていた癖に菓子を見た瞬間、あっさりと強奪されてしまった。
「……なあ、本当にゲームをやりに来たのか?」
「見て分からないの?僕くらいしか車内に居ないじゃないか」
「因幡副隊長に頼めば、適度にゲームしながら外出できたはずだ。目的はゲームじゃないだろ?」
マキマの野望とかデンジの欲望とか極めてどうでもいい。
ただ、天使の悪魔らしくないやり方に結婚の悪魔は疑問を呈した。
「どうせ、バディを組んだ早川から外に出ろって言われたんだろ」
「さあね」
「話したくないならいいさ。自分はこのホットドッグを食べて…「それも頂戴」…いいけど」
天使の悪魔と何度もバディを組んでいたからこそ結婚の悪魔は分かる。
自分が傍に居ると不幸になるという事で他者を拒絶する彼がアキに懐いていると…。
ホットドックまで奪われたが、その代わりに面白い回答を得る事となった。
「ただ、彼と一緒に居ると大切な何かを思い出せる…そんな気がするだけ」
「気軽に人間と接した頃の思い出とかか?」
「分からないよ。でも、死にかけた時、大切な人の顔を思い出した気がするんだ…」
「なるほど」
結婚の悪魔は即座にこの話題に触れない方が良いと判断した。
ここで下手に掘り返すと地雷を踏み抜いて爆散するイメージがしたのだ。
「それに…マキマさんは命の恩人だからね」
「そうだな」
天使の悪魔を筆頭にマキマに惚れている奴って命の恩人という理由ばかりである。
デンジみたいに一目で惚れたならまだしもここまで理由が同じだと逆に分かりやすい。
(最低でも認識改変と記憶改変能力持ちか……)
マキマの護衛でありながら彼女を裏切る予定である悪魔は、未だに彼女の能力が把握できない。
結婚の悪魔も能力とギミックを隠しているが、あの悪魔はその比ではない。
ギミックがなかったらあっという間に支配下に置かれるだろう。
(どうでもいいや)
とりあえず、そろそろ集合時刻だと感じた結婚の悪魔はバスから降りた。
大した事をやっていないのに時間は刻々と過ぎていく。
「金髪のおっさん!写真を撮ってくれ」
「何を撮るんだ?」
「俺とパワーとビームとレゼを看板と一緒に撮ってくれ」
「ああ、分かった」
人間は羨ましい。
悪魔は死んでも終わらないのに人間は死ねばそれで終わりになるのだから。
そう考えていたら部下から撮影を求められた悪魔は、素直に従った。
「はーい、ピースだ!ピース!ピースしろ」
「はいはい!」
パーキングエリアの看板の周りに映る人物たちを画面を収めてシャッターを切った。
デンジの思い出作りはまだ始まったばかりである。
(絶対、江の島に刺客が潜んでいるじゃん!帰りてェ…!)
この後、点呼で全員居るのを確認し、マイクロバスを発進させた。
この時点で帰りたいのだが、残念ながら高速道路なのでUターンは不可能である。
「江の島、楽しみだなー」
暢気に楽しんでいるデンジと反比例するかのように悪魔は気力がゴリゴリ減らされた。
ただし、テンションが低くなっているのは結婚の悪魔だけではない。
「チェンソー様…」
「ビーム!お前も参加するか?」
「やるやる!!」
諸事情によりチェンソーマンの前の座席に座るビームは蚊帳の外であった。
しかし、慕う主人からの提案に心から感謝した彼はカードゲームに参加を決めた。
「お前ら、あまりはしゃぎ過ぎるなよ。静かに景色を眺めたい人だって居るんだからな」
「分かったー」
ビームより前列に座る荒井ヒロカズは、騒動の元凶に忠告し、隣に座る早川アキに顔を向けた。
「…もっと強く言うべきでしたでしょうか?」
「大丈夫だ、俺が直接言うより効果抜群だったはずだ」
元よりデンジたちの暴走を叱責するのはアキの仕事であり、日常であった。
しかし、非日常だと元から問題児共を抑えるのに自分では役不足だと実感。
荒井に頼み込んで叱責してもらい、実際に少しだけ静かになったのを実感して彼に感謝した。
「それにしても…“しおり”だなんて林間学校ぶりだな」
デンジたちが無駄に盛り上がっている中、しおりを手に取ったアキはつい本音を漏らした。
無駄に手作りイラストが散りばめられている紙の冊子は林間学校のしおりを彷彿させた。
「そうですね、しおりを見て準備するなんて…幸せだったあの頃を思い出します」
「……そうだな」
「し、失礼しました。失言を撤回します!」
「いや、そこまで気にしなくていいぞ…」
隣の席に座っていた荒井も同調したが、発言内容がまずかった。
せっかくの慰安旅行なのに先輩の気分を害しかねない発言を撤回すると宣言した。
それに対してアキは、逆に荒井の配慮に対応が困ってしまっていた。
「はぁ……」
天使の悪魔を見れば相変わらず携帯ゲームをやっている。
これを見てデンジにゲームを与えるべきではないと嫌でも実感させた。
(でも…あいつらが幸せそうな所を見るとなんか安心するな…)
今まで早川アキは、銃の悪魔を倒す為なら自分の命を捧げてもいいと考えていた。
だが、義務教育を受けていないガキと女と同居して少しずつ彼らに心を開き始めていた。
(…俺が居なくなっても、あいつらなら生きていける。そう感じるまで死ねないな)
いつからか、自分が死んだ後、彼らは果たして人間として生きて行けるのだろうか。
マナーや常識を教えても、目を離して数日経過すれば、破滅する人生を歩んで行くのではないか。
そう考えると、定められた寿命以外に死ぬ気はない……と決意させた。
(未来サイコーって言ったら素敵な未来を見せてやる~ぜ!)
(結構だ)
早川アキの右目に居候している未来の悪魔は彼を煽る。
大した未来じゃないなら逆に煽って来ないとアキも分かっていた。
だから華麗にスルーを決め込んだのだ。
「マキマ様、本当によろしいのでしょうか?」
「二度は言わないよ」
「承知しました」
ここで今まで空気だった蜘蛛の悪魔はマキマと相談している。
聞き耳を立てて会話を聞いた結婚の悪魔は、大した話題では無かったと判断した。
(…なわけねぇよな)
既に慰安旅行の内容を知らせるしおりには、本来ならあり得ないプランが書かれている。
常識に考えれば、まずあり得ないのだが、早川アキと荒井ヒロカズ以外はまともな人間ではない。
(なんか、マキマと岸部隊長が競い合っているようで腹が立つ!)
過去の記録を読み解くと、意外と公安は武器人間と接触を図っていたと知った。
そもそも武器人間というよりは、悪魔人間みたいな存在である。
(レゼはともかくデンジの心臓ってそんなにいいものなのか…?)
既に高速道路を降りて海岸沿いを走らせる結婚の悪魔は思う。
たかが頭にチェンソー生やせる子犬っぽい悪魔如きにそこまで死力を尽くすものかと。
(なんか引っ掛かるんだよな…)
対魔特異4課に居る悪魔や魔人は前世の終わりの際、チェンソーの起動音が聞こえたらしい。
結婚の悪魔はそんな事無かったのであくまで参考程度の意見しか感じてなかった。
(お、もうじき江の島じゃん)
ただ、江の島を距離を示す看板を発見し、それ以上を掘り下げる事はしなかった。
それよりもどこに刺客が潜んでいるか詮索し、対処に追われていた。
(ホントに慰安旅行成功するのか……?)
ここで悪魔は、慰安旅行が成功する気がしないと考えてしまった。
実際、かなりの大騒ぎになってしまうのだから杞憂ではなかったと知らしめる事となった。