デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
江の島の駐車場で駐車したマイクロバスから降りた一行は、まずは青銅の鳥居に向かった。
そこを潜ると江島神社まで続く参道で土産屋さんが軒を連ねている。
「江島神社にお参りに行くの?」
「悪魔を連れて参拝なんかしたら罰が当たりますよ」
わざとらしく結婚の悪魔に参拝はするのかとマキマは尋ねた。
もちろん当然ながら神社への滞在許可が取れなかったのでやらないと返答をした。
(既にデンジたちは記念撮影をやってるか)
どこか全員で記念撮影できる場所があれば良いのだが、あまりにも人目があり過ぎる。
既にいくつか候補を絞ってしおりに記載してあるが、少し歩く必要があった。
「そろそろランチにしない?お腹空いちゃった」
「少し早いですが、そうしましょうか」
相変わらずマイペースなマキマの提案によってランチにする事となった。
既にカフェは手配しており、この日の為に特別なコースを用意してある。
(一応、白狼たちに守らせているから問題はないはず……)
江の島水族館では刺客の襲来はなかったが、さすがに不意打ちで来ても可笑しくない。
刺客襲来自体はある程度は予想していたので因幡の白狼を数匹派遣しておいた。
「……マジかよ」
ランチ自体は特に問題は起こらなかった。
ところが、保険会社と商社から現地でマージンを追加請求されてしまった。
(死ねよこいつら…)
大学の備品を買う際は様々な利権が絡む為、糞みたいなマージン料を支払う必要がある。
ところが、今回はその比じゃなかった。
(100パーセント超えるマージンなんか聞いた事ねぇし、追加で請求してくんな!!)
彼ら曰く、観光客からの目撃報告が相次いだって事で更に追加料金を請求してきたのだ。
契約にうるさい悪魔は、当然のことながら反論したが、契約書を確認して苛立った。
「ほらよ、これで終わりだ」
「毎度アリ」
やむを得ず現金を支払った結婚の悪魔は、表向きは問題を解決させた。
しかし、こいつらと縁を切ると決めたと同時にお礼参りの決行を決意させるのに充分だった。
(潰す…!)
公安対魔特異4課の係長のポケットマネーがまたしても消し飛んだ。
そうとも知らない早川アキは、天使の悪魔と向かい合って食事をしている。
「なあ、本当に悪魔は地獄に居た頃の記憶を覚えていないのか?」
貴重な休息であっても、アキは銃の悪魔の事で頭が一杯である。
故に様々な情報を悪魔たちから訊き出して今後に活かそうと考えていた。
「キミは母親の子宮に居た頃を覚えているかい?」
「いや、全然」
「それと同じだよ。いつのまにか現世に居た。人間と同じ感覚だね」
いつの間にか生まれて活動しているのは悪魔も人間も同じである。
そう告げた天使の悪魔は、次々と箸で刺身を掴んで口に運び、風味と感触を味わっていた。
「でも、面白い事にね。悪魔によっては、地獄での記憶が残っているそうだよ」
「それほど強い想いとかがあるのか?」
「さあね、ビームがチェンソー君の前世を知ってるのも忠誠心の高さかもしれない」
「……まるで違うパターンもあるように聞こえるが?」
既に天使の悪魔から唯一覚えている死に際にチェンソー音を聴いたとアキは訊き出している。
ただ、彼曰く秘密にして欲しいという事なので誰にも話していなかった。
「実は生身で地獄と現世を行き来する手段があるんだよ」
「悪魔の力か?」
「そうだよ」
天使の悪魔は早川アキに生身で地獄で行き来する手段を述べる事にした。
「“地獄の悪魔”と契約して力を行使すると地獄と現世を行き来する事ができるんだ」
「人間の生贄が必要なんだろう?」
「そりゃあ、悪魔だからね。でも地獄で死なずに現世に出現した悪魔も居るかもね」
あくまでも地獄の悪魔と契約する形であるが、生きたまま地獄と現世を行き来できる手段である。
もちろん、悪魔が悪魔に協力するなど命令か、よっぽどの事態でない限り、あり得ない。
故に人間が生きたまま地獄に引き擦り込まれる事はあっても、逆はまず無いと断言できる。
「地獄に居る悪魔と現世に居ながら契約ってできるのか?」
「できるかもしれない。でも僕はここにいる。だから本当にできるかは分からないな」
「なるほど…」
なにより、地獄に住む悪魔は地獄でエンジョイしているので本当に干渉できるかは分からない。
天使の悪魔は、早川アキに可能性の話をしているだけである。
「…デザートは何が良い?」
「チョコアイスクリーム、それとバニラアイスクリームも追加で」
「了解、店員さん!すみません!新たに追加したいものが――」
ここまでの情報を天使の悪魔から引き出したアキは、デザートの注文をする事にした。
天使の悪魔との接し方や距離感を掴めつつある彼に隙は無い。
「お土産も欲しいかな」
「長期保存できる土産があるか訊いてみる」
「ありがとう~」
悪魔との交流も銃の悪魔を倒す為にやっている。
最近は、どんどん増えていく同居人のせいでそれどころはないが、彼は決してあきらめない。
(俺の代で銃の悪魔を倒してみせる)
あの悲劇を後世の人々に味わせないように尽力していた。
「全く…人間という奴は悪魔より欲深いらしい…」
金を少しでも搾り取ろうとする魂胆とやる気に関しては、悪魔も見習うべきかもしれない。
無意識に他者を破滅させられる悪魔は、自分の意図を越えて振り回せる存在が苦手であった。
独り言を呟きながら椅子に座った結婚の悪魔は、置いてあったジュースが無い事に気付く。
(パワーか?)
最初はパワーが盗んだと思ったが、違った。
「遅かったね」
「ゲッ」
「上司に向かってそれは失礼じゃないかな」
「申し訳ございません」
何故か注文して放置していたオレンジジュースをマキマが啜っていた。
隣にはプリンシが座っているので三者面談に見えてしまう。
そのせいで本音が漏れてしまい、マキマにツッコミを入れられる羽目になってしまった。
「追加注文している人がいるけどお会計は大丈夫なの?」
「飲み放題にしたので問題ありません。…そのせいでかなり吹っ掛けられてましたが」
「大変だね」
自分が誘った江の島旅行なのにマキマはどこか他人事であった。
確かに楽しんではいるが、それだけでは満足できない。
「やっぱりスリルもあった方が面白いと思わない?」
「例えば、自分の言う事を聞かない部下がやらかしたとしても?」
「それはやだな。あ、でも係長が責任とってくれるって言ったよね?」
「言ってませんが…」
要するに刺客とドンパチするのも悪くないと彼女は暗に告げている。
そんな事したら今までの計画がパーになるどころか大惨事になる。
「既に白狼たちが展開しています。江ノ島での襲撃リスクは減らしたつもりです」
「その刺客についてなんだけどさ、実は面白い情報を耳にしたんだ」
ところが、マキマは何らかの情報を掴んだらしい。
わざとらしくもったいぶって言葉を濁す彼女に本気で殴ろうかと結婚の悪魔は思った。
「大国はすぐには動けないはずです」
超大国のアメリカはすぐには動けない。
代わりにソ連が日本に介入しているが、それは橋頭保があるからだ。
だから情報が乏しい状況で大国の介入は来ないと結婚の悪魔は判断していた。
「だから中小国が先手を打ってきた」
ただ、中小国に関しては縋る想いで介入を許す事もある。
スパイ大国の日本で暗躍する国家は100を超えると噂されている。
実際、公安の下部組織である公安のデビルハンターでも分かっている事だ。
「貴重なデビルハンターや刺客を派遣するとは思いませんが…」
「ユーゴスラビアが動いたよ」
「は?」
ユーゴスラビアとは、かなり複雑に因縁と歴史が絡み合った多民族国家である。
7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家。
こう表現されるくらいには複雑であり、不況からの民族自決で国内がゴタゴタになっていた。
「そんなまさか?例の悪魔によって何とか独立を保っている国家ですよ?介入できるわけが…」
「その悪魔が日本に入国したって。大変な事になるね」
「えぇ……」
【悪魔】という人類の共通の敵は、人類から“戦争”という手段を取り上げた。
銃の悪魔を警戒しながら世界各国が血眼で銃の悪魔の肉片を集めて抑止力にするくらいである。
それほどまでに人類は、悪魔に依存し、悪魔もまた人類に依存しているのが現状だ。
「モンスターボールで捕獲しがいがあると思わない?」
ソ連は、悪魔の心臓移植技術を持つ工作員と爆弾の悪魔の心臓を持つ工作員を失った。
それでもソ連が崩壊するきっかけになり得ないが、ユーゴスラビアは違う。
悪魔1体を日本で失うだけで国家が崩壊するほどには悪魔の脅威に依存していた。
(ポ〇モンじゃねぇんだぞ…)
そんな悪魔をマキマは捕獲しようと試みていた。
「麻痺とか火傷を負わせて瀕死に追い込んで捕獲するおつもりですか?」
「もちろん。あの悪魔をユーゴスラビアから取り上げられるとどうなるか気になってるの」
「暴力が支配するか、血が支配するか、どちらにしろ悪魔が喜びそうな展開だな」
銃の悪魔、戦車の悪魔、爆弾の悪魔と同じく“戦争の悪魔”の血から生まれた眷属の1体。
戦車の悪魔を何度もぶち殺した経験がある結婚の悪魔は、彼女の思惑に気付いていた。
「本当に君はそう思ってるの?」
だからこそマキマは、わざわざ結婚の悪魔の本音を引き出そうとしていた。
「いや、ただ面倒しか思えん。わざわざ慰安旅行中に話題にする事じゃない…」
だから本音を話してやるとマキマは困った顔をした。
「え?別の発言を待っていたんだけど?」
「戦争の悪魔の弱体化に協力しろって?やなこった」
「やっぱり分かってるじゃない」
わざわざカフェのテラス席で発言する内容じゃない事を聞かされても悪魔は困る。
せめてホテルの時に話せよと思ったが、それは黙る事にした。
「だから慰安旅行にあのプランを突っ込んだのか」
「半分正解」
「…半分?」
明らかに江の島の旅行に必要ない観光に結婚の悪魔は難色を示した。
だが、最終的にマキマによって無理やり捻じ込まれた計画がある。
それが例の悪魔と関係があると思ったが、何かが違った。
「私の質問に素直に返答しなかったから半分は教えないよ」
「そうですか」
ここで嫌な予感がしたので自分たちを見張っている白狼に合図を送ろうとする。
「ダメです。ちゃんと計画通りにやらないと」
「……本当にやるのか?」
しかし、計画を台無しにされたくないマキマに牽制されてしまった。
ここで足掻いても返り討ちになると分かっている結婚の悪魔は抵抗を諦めた。
「無論です。まだビジネスでの関係で居たいでしょ?」
「既に自分の財布が痛いんだかなー?」
「それは自己責任だよ。ちゃんと契約者を見てサインしなかった君の落ち度だよ」
下手すれば、レゼが暴れる以上に犠牲者が出る悪魔との戦闘が確定した。
せめてポケットマネーに関して補填を求めたが、契約の名を出してマキマは一蹴する。
歯ぎしりする係長を見て笑いながら、更にいろんな物を注文した。
(次は江の島植物園*1か)
江島神社から観光を拒否されたので見晴らしが良い植物園に向かう事となった。
刺客の襲撃が予測される場所故にあまり行きたくない場所だったが、しおりに書いてしまった。
なので無理やりにでも行く事となる。
「はぁー」
昼食を済ませた問題児と悪魔たちを連れて暫く歩くと大展望塔*2が見えた。
この大展望の近くに大英帝国の貿易商が作った庭園がある。
「泳いでいい?」
「ダメ」
四季に合わせた花畑が広がっており、ビームは地面を泳ぐ許可を求めたが、マキマは却下した。
しかし、泳ぐという単語を耳にしてある男が立ち上がった。
「そういえば、せっかく海の近くに来たのに海水浴はしないんですね」
荒井ヒロカズは、マキマやレゼの水着を期待していたようだ。
そこは、せめてデンジに触れて欲しかった結婚の悪魔は、海水浴が無い理由を述べた。
「日帰り旅行だったら海水浴も検討したんだが、さすがに連日のプランに組むのは難しくてな…。それに不特定多数の民間人が集まっている所にビームたちを連れていけなかったんだ」
「そんなー」
沖縄まで行くならまだしも泊ってまで江の島の海で泳ぐ必要はない。
バーベキューの予約をしても良かったが、やはり民間人の目がつくところは避けた。
「というか、お前。マキマさんの水着姿を見たいとか不埒な理由だったりしないよな?」
「そ、そんな事ありません!」
そもそも公安のデビルハンターの大半がマキマの姿を見た事が無いのだ、
それなのにあわよくば、マキマの水着姿を見たいと本能に従っている荒井に悪魔はドン引きした。
「え?荒井君、私の水着見たかったの?」
「い、いえ!そんなつもりで言ったわけでは…!」
ここでマキマが参戦したのでさあ、大変!
「そうだね、キミが何でも私の言う事を聞いて頑張ってくれたら…」
「え?……いでぇ!?」
マキマの魂胆を見抜いた結婚の悪魔は、呆気にとられた荒井の頭を軽く小突いた。
「荒井、ちょっと話をしようか」
「か、か!係長!違うんです!!」
そのまま彼の右腕を掴んで人気が無い自動販売機まで強制連行していった。
荒井は必死に邪念を振り払って言い訳を考えているが、悪魔はそれどころじゃない。
(荒井と契約して使い潰そうとしたな!!油断も隙もねぇ!!)
「なんでもする」というワードは、悪魔にとって絶好の獲物を示す証拠となる。
何故なら適当な契約でも、契約を結ぶ人間は自分の全てを悪魔に捧げてくれるのだから。
危うく荒井はマキマに「自分の全てを捧げる」と言わされるところだった。
(いや、わざと契約を……自分に嫌がらせされるだけか)
マキマの正体をある程度は掴んでいる結婚の悪魔は、それ故に迂闊に動けない。
同じく彼女を警戒している岸辺隊長が疎遠の関係を築いているのがその証拠である。
(ケッ、岸辺が羨ましい)
大展望塔を登れば、岸辺隊長と交戦して半壊した富士山が見えるはずだ。
お互いに本気を出していないとはいえ、あそこまで暴れたのは失敗だった。
そもそも、その事態を招くようにマキマが糸を引いていたのかもしれない。
(というか、岸辺が真面目にやらないから自分が酷い目に遭ってんな!)
いろんな事に悩んで答えを見びき出そうとした結婚の悪魔は気付いた。
階級としては、マキマ部長>隊長>係長>副隊長>班長>職員の順で偉い。
ところが、マキマ部長の直属が係長なのに岸辺隊長と因幡副隊長は独立して動いている。
(あいつらに仕返ししてやるか!)
ただでは転ばないのが結婚の悪魔である。
例え自分から分裂した因幡副隊長であっても容赦しない。
因幡ナオミのロールプレイをする結婚の悪魔にも八つ当たりする形となった。
「デンジ君、お花だよ!……あれ、写真を撮らないの?」
「花だけ撮ってもしょうがねぇし……」
一方その頃、ビームをお供にしたデンジは、レゼに花の撮影をしないのかと問われた。
彼としては花見はつまらないもので、むしろ食べ残したゴミの方がメインだったまである。
ただ、ポチタとの思い出が頭の中に浮かんでしまい、集中できなかった。
「へぇー。ここに素敵なお花があるのに撮らないんだー」
「レゼは花じゃないからな」
両手の人差し指だけを立てて自分の顔に向けているレゼは、デンジは浮かない返答を聞いて…。
「私ならいつでも撮れるから撮影したくないの~?」
「ち、違う!!」
ここでレゼはいじけたフリをしてデンジの興味を自分に示した。
淡い色のワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織っている彼女はいつになく暗い顔をした。
するとデンジはすぐさまレゼの機嫌を直そうと近づいて来た。
「じゃあ、ここでしかできない花見を楽しみますか」
「へ?」
左腕をデンジの首の後ろにまわして彼を引き寄せたレゼは優しく囁いた。
まるで夜間の学校デートを誘った時のようなやり方にデンジもどこか興奮した。
「サメの魔人さんにも協力してもらうよ」
「え?」
またしてもチェンソー様を奪われると思ったビームは、レゼの勧誘に驚いた。
「な、なにをやってるのじゃこやつら…」
その7分後、間抜け面した荒井を煽りに行って戻って来たパワーはとんでもない光景を目撃した。
虚言癖でやりたい放題の彼女ですら開いた口が塞がらなかった。
「見て分からないの?」
「見ても分からんからびっくりしてるのじゃ!!」
両手と両足を地面に付けてベンチのような姿勢になったビームの背にデンジが座っている。
そんなデンジにみたらし団子を食べさせているレゼは、何故か彼の股間を枕代わりにしていた。
文章にすると意味が分からないが、それを目撃したパワーは更に混乱した。
「なんで魔人をベンチ代わりにしてるのじゃ!?」
「「ビーム」」
「君がそれを望んだからだよ」
「が望んだんだよ」
「そーです!」
真っ先にサメの魔人がベンチ代わりになっているのに驚いた。
「それになんでデンジのチンチンの上に頭を乗せてるのじゃ!?」
「だってこの姿勢が一番しっくり来たから…」
「意味が分からん!?」
嘘をついたばかりのパワーは、自分が嘘をついたと自覚は残っている。
だが、目の前の光景は嘘じゃないのに嘘みたいな解答をしてくるせいで現実味がなかった。
「デンジ、ウヌは女の子を地面に座らせるって可笑しいとは思わぬか!?」
さすがのパワーもレゼが地べたの座ってデンジが魔人の背に乗っているのは可笑しいと感じた。
あのパワーがツッコミ役になっているのもそうだが!
「お待ちしました。お団子の追加です」
「プリンシさん、ありがとう」
「えぇ!?あのプリンシが素直に言う事を聞いているじゃと!?」
何故か蜘蛛の悪魔をパシリにしてレゼが団子を貰っていたのも衝撃的だった。
「これ以上、余計なことを言うと口を縫い合わせますよ」
何故か理不尽な事を言われたパワーは何か反論したい。
しかし、結婚の悪魔ですら対処するのが面倒な相手なのだ。
(なんでワシが怒られてるんじゃ!!)
理不尽にも怒られたパワーは震えているが、背後から嫌な気配がして振り返った。
「いっ!?」
そこには豆粒ほど小さいが、こちらに迫って来るマキマの姿が見えた。
このままデンジとレゼの醜態を見せるとヤバい事になるのは彼女の頭脳でも分かる。
「マキマ!」
「どうしたのパワーちゃん?」
だから真っ先に駆け出したパワーは勇気を振り絞ってマキマに呼び掛けた。
「ワシ、トイレ行きたくなった!」
「じゃあ、レゼちゃんを呼んで一緒に行ってもらって」
「いや、今すぐ漏れそうなんじゃ!」
「でも、近くに居るよね?」
マキマの嗅覚の凄さはパワーでも知っている。
ただ、匂いだけで彼らの状況が分からないのも見抜いていた。
「なら、ワシ1人で行く。あいつらの付き添いなしで行けると証明してみせる!」
「仕方ないね、一緒に行ってあげるよ」
仕方なくパワーはトイレに向かって歩き出すと観念したかのようにマキマも追って来た。
(デンジ、これは貸しじゃ!あとで100億倍で支払ってもらうからのぅ!)
もちろん、パワーは自分勝手である。
勝手に恩を売って闇金業者もびっくりの取り立てをしようとしていたのだ。
「パワーちゃん、言っておくけどデンジ君の状況はもう分かっているからね」
「へ?」
だが、プリンシがデンジたちと接触している時点で気付くべきだった。
マキマは、ビームを椅子にして花見をしているデンジたちに気付いていた。
むしろ、彼の幸せの時間を作る為に観光客を人払いしていたまである。
「良し、一緒にトイレに行こうか」
「やっぱ、ワシ、気のせいだったようじゃ」
ここで自分の行動が意味のないものだと気付いたパワーはいつもの虚言癖のフリをした。
「私と一緒にトイレに行こうって約束したでしょ?」
「してない!絶対にしてないのじゃ!」
「今、私が決めたの」
「こわっ!?」
しかし、マキマはパワーを公衆トイレに連れて行こうとする。
「ワシは自由じゃ!!マキマにもトイレにも支配されないのじゃー!!」
パワーは にげだした!
しかし マキマに まわりこまれてしまった!
「私から逃げようだなんて酷い事するね」
「ひえぇ…全力で逃げたのに」
「ちょっとお仕置きが必要だね」
「いやあああああ!」
今度はマキマに右手首を掴まれてパワーは引き摺られて人気が無い自動販売機に連れて行かれた。
「助けてー!集団ストーカーに襲われているのじゃー!」
周囲に居た観光客に呼び掛けるが、若い女性が2人でどこかに向かう姿にしか見えない。
そもそも彼らを目撃した観光客は、因幡ナオミの配下である白狼が化けた人間体である。
(せめて安らかに眠れ)
(あばーよ血の魔人)
(まあ、いいやつだった…か?)
(
マキマに引っ張られる姿を見て同情するフリをして白狼たちは嘲笑っていた。
そのせいで荒井とパワーは、それぞれ上司にこっぴどく叱られる事となった。
「……なんでパワーも荒井もあそこまでげっそりしてるんだ?」
「さあね、バクバク食ってたから気持ち悪くなったんじゃないの」
なんやかんやあって龍恋の鐘までやってきた早川アキは疑問に思った。
なんでパワーと荒井が仲良く一緒に歩いているのか。
どうしてそこまでやつれているのか…と思ったのだが、つい口に出してしまった。
それに対して興味無さそうに返答した天使の悪魔は、もうじき夕日になりそうな空を見つめた。
「雲っていいよなー。僕も生まれ変わったら雲になって風に乗って旅をしたいよ」
「なんだ、天使の悪魔なのに蜘蛛の悪魔に生まれ変わりたいのか?」
「違うよ、空に浮かぶ雲になって風に流されるまま旅をしたいんだ」
天使の悪魔の発言を勘違いしたアキだったが、更に疑問が生じた。
「お前、田舎のネズミが好きだって言ったよな?旅立ったらゆっくりする余裕とかないだろ?」
「でも、僕はとにかく自分の意志で前に進みたいんだよ」
「悪魔にもいろいろあるんだな」
現在、マキマと公安に飼われている天使の悪魔は自由を求めている。
その証拠に携帯ゲーム機はマイクロバスに置いてきており、束の間の自由を味わっていた。
「…もしも、銃の悪魔が倒せたら俺の故郷を案内するよ」
「人間君、キミはその前に死んでそうなんだけど」
「独り言だ。気にしないでくれ」
「ふーん」
天女と五頭龍の伝説が書かれていた看板を見た天使の悪魔は、思った事を告げる事にした。
「人間君は、恋愛とかした事がある」
「そんな余裕なんかなかったが?」
「僕はね、生まれ故郷に大切な人が居たんだ」
まさかのカミングアウトに早川アキも動揺を隠せない。
「初耳だが?」
「今、思い出した」
台風の悪魔が生み出した暴風に飛ばされた天使の悪魔は、走馬灯で少女の事を思い出した。
それからぼんやりと頭に浮かんでいたのだが、今さっきのやりとりではっきり思い出したのだ。
「お前まで血の魔人みたいに虚言癖が身に着いたのか?」
「別に信じなくてもいいよ」
「いや、信じるさ。その方がお互い気が楽だろ」
海から少し離れているはずなのに波の音が聴こえる気がする。
それほどまでに静かになった場所でアキはバディと向き合った。
「優しいね、最期くらいはきちんと看取ってあげるよ」
「野茂さんによろしく言っておいてくれ」
「それはキミが事前に言うべきだ」
お互いに言いたい事を告げた2人は、近くにあったベンチに腰掛けた。
龍恋の鐘の看板を見たデンジとレゼがはしゃぐ姿を眺める。
「……やっぱりキミには姫野が必要だよ。寿命に達する前に死にそうだもの」
「そういうお前こそ死に急ぐなよ」
お互いに死を求めていたこそ警告をし合った。
人間と悪魔による何気ない絆が育まれている中、デンジとレゼは大はしゃぎしていた。
「ここに南京錠を付けると永遠の愛が叶うんだって!」
「マジかよ!たくさん付けねぇといけねぇな!」
今年設置された龍恋の鐘の前で大騒ぎする2人は、予め買っていた南京錠を大量に取り出した。
「たった1個の愛じゃ満足できないよね!」
「当然だ!!」
近くにあったフェンスには先客が南京錠を取り付けていた。
なので30個以上の南京錠を協力して2人は取り付けた。
「これでたくさんの愛が叶うね!」
「おお!!愛ってこんな感じか!!」
愛について語る2人だが、傍から見れば馬鹿にしか見えない。
つまり、お揃いな訳だが、あんまりの光景にパワーも結婚の悪魔もドン引きした。
「なあ、あれも説教対象じゃないか?少なくともトイレ案件より酷いぞ」
「確かに……」
血の魔人を本気で嫌っている結婚の悪魔だが、彼女の発言を否定できない。
だからといってここで2人を説教して空気を悪くするのも嫌だった。
「しゃあねぇ、後で大半の南京錠を回収しておくか」
「いっそ、あいつらに取り付けるのはどうじゃ?後でぶつけてやると面白くなりそうじゃぞ?」
「それもいいかもなー」
この慰安旅行は、公安対魔特異4課の職員たちが仲良くなるのを目的にしている。
普段では目にしない光景や行動でお互いの親睦を深めるというものだ。
「面白そうだね。私も混ぜてくれない?」
「いやじゃ」
「小官たちで充分ですよ」
ただし、マキマは相変わらずぼっちであった。
プリンシだけでは満足できないようだが、残念ながら何も知らない野郎だけにしか好かれない。
「これは命令です。私も参加させてください」
マキマ自身は慰安旅行を本気で楽しんでいた。
なので疎外感に置かれるのだけは避けようとしている。
その必死さ故に彼女の実力を知る者ほどドン引きする行動を取り続ける結果となってしまった。