デンレゼが足掻く度に不幸になるケッコンの悪魔さん 作:Nera上等兵
明らかに異常事態が発生したのにボーイング737は離陸を続行した。
これにより、公安のデビルハンター実働部隊トップのマキマと公安対魔特異4課の係長が動く。
「公安警察だ!この旅客機に重大な欠陥が露見した為、速やかに近隣の空港に着陸要請をせよ!」
ハイジャックが発生したのに離陸発進をした機長たちに結婚の悪魔は不信感があった。
その為、ドアを蹴破った際に発した言葉に反して機長たちに事情を聴く事にしていた。
ところが、操縦席に座っているのは人間ではない。
「航空事故の悪魔の犠牲者か!」
どこかの犠牲者を操り人形にして操縦していたようだ。
嗅覚で反応できなかったのは、密閉された空間のせいで匂いが漏れなかったのだ。
死体ならまだよかったが、白骨死体とは恐れ入った。
「困った。これじゃ支配できないね」
白骨死体を用いて遠隔操作で航空機を操縦していた事実は、マキマすら困惑させた。
既に手を打ったとはいえ、部下の行動だけでは【目的】が達成できないと予想を立てていた。
いざとなれば、パイロットを操れば良いと考えていた彼女は自分の考えが甘いと分からされた。
だが、先に操縦席に乗り込んだ結婚の悪魔はそれどころじゃない!
(
パイロットに機内の異常を知らせる【MASTER CAUTION】の警告灯が点灯し、警告音が鳴っている。
だからトラブルが発生したと気付いたが、真っ先にオートパイロットになっている事を確認した。
(まあ、オートパイロット*2だし、まずはドアを戻して他の警告灯の確認でもするか)
この警告灯自体は、危険を知らせる以外に意図はなく、問題に対処すれば大した事はない。
(これでよし…と)
さくっと床に落ちていたドアを元に戻して自分の肉片を接着剤代わりにして固定した。
そして現場検証できる時間の余裕があると結婚の悪魔は判断し、ゆっくりと原因を探った。
「ゲッ!?機内火災が発生してやがる!どこだ!?」
ところが、【FIRE WARN】の警告灯が点灯しているのに気付いてさきほどの余裕が吹っ飛んだ!
これは、航空機の火災を示しているのだが、どこで火災が発生しているのか全く分からない。
「
本来ならば座席に着席している状況で取り出せる状態になっているはずである。
だが、この航空機が航空事故の悪魔が調達した機体となれば、話は変わって来る。
「……あった!」
緊急用手順書を発見した結婚の悪魔は、計器を時折確認しつつ火災の項目を探す。
(……これ、メインデッキじゃね?)
チェックリストで判断する限り、【MAIN DECK FWD】、つまり機内の前方で火災が発生している。
貨物機だったら空調をオフにして貨物室の圧力を下げて酸素を抜くが、旅客機はそれができない。
だが、ここで疑問に思う。
(ホントかこれ?)
メインデッキ、要するにさきほどまで自分が居た場所で火災は感知していない。
そもそもこの航空機は、航空事故の悪魔の管理下にある。
「マキマ部長、隣の席に着席を…!?」
とりあえず、マキマの護衛担当になっている悪魔は彼女に着席を命じようと振り向いた。
(こ、航空機関士*4の座席!?ボーイング737じゃないのか!?)
ボーイング737は、機長と副操縦士の2名で運航する航空機であり、航空機関士は必要ない。*5
なので
(えーっと)
300型以降では垂直尾翼の前にドーサルフィンという飛行を安定させる用途があるカーブがある。
それをしっかり確認しているし、双発エンジンの小型機といえばボーイング737で間違いない。
そんな事を考えている間にも事態は刻一刻と悪化を辿っている。
「ブラックボックス*7のブレーカーを落としたよ」
「なにやってんだテメェ!?」
一方、マキマは航空事故の調査に使うブラックボックスの電源を落としたと報告をした。*8
多少であるが、航空機の知識がある悪魔は、この報告を受けて思わず本音で絶叫する事となった。
後に調査をする
「私はトップシークレットの存在だからね。音声や記録が残るとまずいかと思って…」
「検閲すれば良い話だろうが!!」
まるで映画の出来事を体験しているような態度を取るマキマを見て結婚の悪魔は困惑する。
一応、エリート設定のはずなのだが、残念美人さんムーブをする意図がさっぱり分からない。
とりあえず彼女のせいで外部と交信する度に
「で?どうするの?」
「本来だったらチェックリスト通りにしますが…」
「しますが?」
「自分から分裂した存在に火災が発生しているのか調査させます」
機内火災が発生したら、真っ先にパイロットは酸素マスクを付けなければならない。
だが、火災警報が誤報であるならば、逆にそれを付けるのはまずいと判断。
とりあえず、火災が発生しているのか分裂体に調査させる事となった。
「…まあ、邪魔されるわけなんですが…」
「肉体に憑りつくタイプみたいだね、君の敵じゃなかったけど」
一瞬だけ操縦席から視線を逸らした瞬間、白骨死体が動き出したのですぐさま殴打で粉砕した。
相変わらず部下が結婚の悪魔らしくない野蛮っぷりにマキマは逆に感心する。
「操縦できるの?」
「あんたが航空機を用いる計画を聞いて嫌な予感がしてね、一応、操縦くらいは勉強し直した」
マキマの発言を受けて思い浮かべるのは、どの分裂体にも継承させていない記憶であった。
機長の彼氏から馬鹿にされる中、必死に作り笑いをやった苦い思い出がフラッシュバックする。
『君は“
結婚の悪魔と名乗る悪魔がコイツとは「絶対に結婚したくない」と言わしめた唯一の存在だった。
だが、頑張って彼と付き合った結果、
淑女を演じて来たおかげで航空機の知識を豊富に得られたのは、不幸中の幸いだと言えよう。
(…あいつに比べれば、マキマの方が100億倍マシだが、コイツに介入して欲しくないな…)
だからといってマキマに能力を行使されたり、操縦してもらいたくない。
仕方なく機長席にあったヘッドセットを着けようとした瞬間、別の警告音が鳴った!
「今度は何の警報?」
「
新たに発生した警告をマキマに報告した結婚の悪魔は、すぐに違和感に気付く。
航行中に離陸警報装置が鳴る訳がない。*16
なにより美女に化けた自分にマウントを取る元カレが別の警告も同じ音だと教えてくれた。
ツインジェット・フライトシミュレーターのコックピットで鳴らされたのでよく覚えている。
(あっ…)
慌てて与圧システムが手動になっていないか確認したが、【MANUAL】の表示灯は点いていない。
だが、頭上前方パネル*17にある
客室高度*19を示す長針が本来ならあり得ない1万フィートを示している。
しかもオートパイロットで機体が上昇しているので更に数値が増えている有様だった!
「
客室高度を8000フィート*20に抑えないとまずいと結婚の悪魔は知っている。*21
故に今、鳴っている警報が客室高度警告*22だと気付いた!*23 *24
なんで江の島*25の遊覧飛行でアホみたいに上昇する必要があるかは分からない。
ただ、さっさと急降下して機内の気圧を増やさないと酸欠でみんな死ぬと理解した!
「ちょうど火災で酸素マスクが必要だし、勝手にマスクが降りて良かったんじゃないの?」*26
「それでも酸素供給は15分しか持たねぇ!!すぐに高度を調整します!」
客室高度1万4千フィートになっていないが、火災も発生してるので酸素マスクは必須だ。
結婚の悪魔は、
これにより、客室の天井から酸素マスクが降りて来る事となったが、確認している暇はない。
「こちらは機長です。シートベルトを腰に填めて酸素マスクを顔に取り付けてください」
機内アナウンスで簡潔に乗客がやるべき事を伝えてインターホンを切って操縦に専念した。
「まるで本物のパイロットみたいだね。免許を隠し持ってたりしてない?」
「航空パイロットの免許どころか航空無線通信士*28の国家資格すら持っていません」*29
「ふーん」
マキマの煽りが自分を探っているのか本音を言っているのか分からない。
ただ、彼女を副操縦士の席に座らせるのは嫌だった。
「マキマ部長は、後ろにある航空機関士の席に着席をお願いします」
「あれ?私の助力は必要ないの?」
「分裂体の対処で充分です!」
「分かった」
マキマの発言を聞き流しつつ、座席の後ろに立った結婚の悪魔は、左腕を横に伸ばす。
左手の薬指に填めている結婚指輪から血が噴き出して新たな分裂体を生み落とした。
「カナデ副操縦士、副操縦席に着席せよ」
「はい」
結婚の悪魔と契約して無様に死んだ契約者の姿を模した2名の分裂体が血溜りから生える。
スチュワーデス*30だったカナデを無理やり隣の席に座らせた悪魔は、もう1体の自分に命ずる。
「シュティーバーは基盤に入り込んで機内火災と圧力隔壁*31の調査を頼む」
「
かつて結婚の悪魔にドイツ語とロシア語を教えてくれた彼氏の姿になった分裂体が憎たらしい。
分裂元が抱いた複雑な感情を誕生して間近で察したのか。
わざわざ生み出した本人にドイツ語で煽った後、液状化して基盤の隙間から内部配線に侵入した。
「カナデ副操縦士、フライトプラン*32と航空図*33があるか確認してくれ」
「承知しました」
航空事故の悪魔が遠隔操作で機体を操っていた以上、大した期待はしていないが、捜索を命じた。
「どんな飛行をしているか分からんから相手から報告してもらうか」
捜索結果を待つ間に周りに状況を報告するべきだが、そもそもどこに居るのか分からない。
その為、結婚の悪魔は開き直って
ハイジャックがあったので本来だったら番号を7500を入力するべきだが、今は必要ない。
与圧システムの異常と機内火災を受けて7700と入力し、緊急事態が発生したと周りに知らせた。
「
さすがに航空機を操縦できる自信はないが、ウザかった元カレの機長のおかげで知識はある。
覚悟を決めた結婚の悪魔は、無線の周波数を東京コントロール*36に合わせる。
おそらく関東西の管理区だと思ってその周波数に設定し、ヘッドセットを身に着けた。
(東京国際空港(羽田空港)に向かう…!あそこなら多少の地理が分かる)
そして酸素マスクを着用し、マイクが正常に機能するか確認した後に口を開く。
「
(東京コントロールへ、カタミチ航空49便から緊急トラブルの申請をします)
「
(トラブル申請で羽田空港に目的地を変更、8000フィートまで降下し維持したい。どうぞ)
混線した無線の中で東京コントロールの名が聴こえたので間違いなく伝わったと確信した。
《
(了解、貴機のご要請を承認しました)
受け手が不明だったが、要求が承認されたので結婚の悪魔は更に要望を出す。
「
(レーダー誘導*37をお願いします)
《
(了解、貴機がしたいのは右旋回ですか。それとも左旋回ですか?)
「
(左旋回をするつもりです。どうぞ)
左側にある機長席に座る結婚の悪魔の応答を聞いて隣に座る結婚の悪魔は思った。
(コレ、私必要なくない?)
さきほど分裂して誕生したカナデ副操縦士は、地図を発見したが報告できるタイミングが無い。
仕方なく計器やガラスと睨めっこをしていたが、計器すらどれを示しているのか分からなかった。
《
(左折、方位30に8000フィートまで降下して維持せよ)
航空管制官の指示を聞いて機長席に座る結婚の悪魔は復唱をする。
「
(了解、方位30に8000フィートまで降下して維持せよ)
機長の発言に続いて副操縦士の結婚の悪魔も今さっき聞いた異国語をうろ覚えで復唱をする。
「ラジャー!ヘディングシュート、スリーアウトチェンジ。 メインテーマはフライトエッチ」
2人で発言し、これからの行動を確認する業務なのだが、やはり違和感がある。
英語のリスニングどころかアルファベットすら分からないカナデ副操縦士は不満である。
(なんで知識や技能をくれなかったの…!?全く分かんないんだけど!?)
だって機長の結婚の悪魔だけが全てを理解してオートパイロットに設定を入力しているのだから。
ちなみに副操縦士の復唱が大惨事になるのを機長は察してその瞬間だけマイク音量をゼロにした。
《
(カタミチ航空49便へ、どのような緊急事態でしょうか?)
「
(客室与圧問題および客室火災)
《...
(…客室与圧問題および客室火災、了解。理解した)
どうやらスコーク77にした原因を管制官は知りたいらしい。
結婚の悪魔が緊急事態の内容を告げると相手は少しだけ黙り込んだ後、理解したと報告した。
ここでマイクを切った機長は、機内に潜伏して調査している結婚の悪魔と連絡を取る。
「シュティーバー、機内火災と圧力隔壁はどうなったか日本語で報告せよ」
「機内火災はコックピットと客室にあった配線の一部を焼いてまして既に鎮火しました」
「なるほど、圧力隔壁はどうだった?」
ひとまず火災が鎮火したと知って警報を切って次の報告を求めた。
「
「家に
だが、機内を調査した結婚の悪魔が発した「機体に穴がある」という発言が信じられなかった。
そんな物があったらすぐに機体がバラバラになっているからだ。
さきほどまで英語で喋っていたので聴き取りミスをしたと思って再度、問いかける事にした。
「…すまん、ちょっと聴き取れなかった。ドイツ語でもう一度、発言してくれ」
「
「
「
そういえば、マキマの反応が薄いと感じた結婚の悪魔は振り向くと…。
(なに楽しんでいるんだコイツ)
危機的状況に関わらず、マキマは現在の状況を楽しんでいる様だった。
ミステリアスな美女が見せる笑顔はデンジに効果抜群だが、結婚の悪魔には通用しない。
(コイツが他人事なら航空事故の悪魔は手を出していない状況…か?)
そういえば、さきほどから爆発音がしているが、マキマの手下が交戦しているのだろうか。
ドアを固定したせいで密室になったので嗅覚では航空事故の悪魔の居場所を感じる事ができない。
「
(ちなみにデンジとレゼは飛行機の穴から吸い出されたよ)
「
(何故報告をしない!?)
「
(報告義務はなかったし、2人は無事だからです)
一連の報告で客室の与圧がなんで可笑しいのか機長を演じる結婚の悪魔は理解した。
だが、新たな疑問が生じる。
デンジとレゼ、そして航空事故の悪魔はどこに行ったのかという疑問である。
「
(デンジとレゼの最新状況はどうなってる?)
「
(2人は航空事故の悪魔と戦っています)
ここでコイツを生み出した時にレゼの契約関連を任せた事を思い出した。
もう一度マキマの方を振り向くと、彼女は右手の人差し指で彼らが居る場所を示す。
(お前ら!!分かってて黙っていたなァ!?)
必要がなくなった酸素マスクを外した結婚の悪魔は、報告をしなかった分裂体に八つ当たりする!
「シュティーバー、体を張って機内の穴を塞げ!!」
「
ドイツ語が喋れなくなるほど怒り狂った分裂元は、分裂体の肉体で床の穴を塞げと命じた。
ついでにジェスチャーでレゼ関連でなんかあったら容赦しないと示した。
《
(カタミチ航空49便、応答せよ!)
ついでに管制官から呼びかけがあったのでマイクを起動して応答しようとした。
だが、酸素マスクを外した影響で設定の変更に苦戦して応答するまで20秒かかってしまった。
「...
(…了解、どうぞ)
《
(羽田空港の滑走路は重大事故で閉鎖されています。どうぞ)
「
(了解、使用可能な滑走路を教えてください)
《
(了解、新東京国際空港(後の成田国際空港)には着陸できますか?)
「
(了解、え!?)
なんか管制官の発言が曖昧だったのでどの滑走路なら使えるか質問したつもりだった。
ところが3本もある羽田空港の滑走路が全て使えないらしく成田空港に着陸しろと指示された。
さすがに想定外だった結婚の悪魔は、どんな返答をするべきか迷う。
「えー」
とりあえず、思いついた事を発言しようとした瞬間!
「ぐえ!?」
爆発音と共に機体が激しく振動し、結婚の悪魔は舌を噛むが、驚異的な再生能力で元通りになる。
「なんだ!?エンジンか!?」
痛みと共に真っ先に思い浮かべたのは、エンジンの故障である。
左側の第一エンジンと右の第二エンジンの計器を見るが、異常は見られない。
「ゲッ!オートパイロットが解除された!?」
だが、警告音と共に【A/PP/RST】が点灯し、オートパイロットがエラーで停止したと知らせた!
別の警告音も鳴って管制官の呼びかけもあるが、【A/PP/RST】を消灯し、操縦桿を掴む!
そして機体の状態を確認する為に
(えー、
姿勢指示器の表示を読み取る限り、機体が急上昇しつつ左旋回しようとしているのが分かった。
「いや、この急上昇じゃ失速して落ちる!!戻れ!戻れ!!…かたっ!?なんだこれ!?」
操縦桿を押して機首下げを試みるが、何故か反応が鈍い上にやたらと動作が固かった。
フライトシミュレーターを触った程度の経験しかないが、通常の感触ではない。
こういう時は、
「
(トリムスイッチを操作します!機首下げトリム適用!)
別に緊急時に行なう動作を英語で宣言しなくてもよかった。
だが、彼氏が罵倒して鉄拳制裁するもんだから、動作をいちいち英語で発言する癖がついていた。
(嫌な記憶を思い出す…)
操縦桿にある
なんでデートに誘われた女がフライトシミュレーターで暴行を受けるのかと不思議だったものだ。
そう考えてしまったが、すぐに発生した異変で異常に気付く!
(あれ?)
最初は機能したが、水平尾翼に異常があるのか、すぐに操作がブレて機首下げが上手くできない。
何度もスイッチを奥に押して操縦桿を目一杯に人力で押しているが、むしろ機首が更に上がった。
黒色の円盤である
(なんだこれ!?なんだこれ!?)
1+1=99みたいな解答を出されたような常識外れな状況に結婚の悪魔は本気で困惑した。
一応、操縦桿を押しているおかげで機首が上に傾く動きが鈍くはなっている。
だが、機首下げをしようと精一杯のせいで
(そもそも
左斜め上方向で旋回しようとする動きを操縦桿の操作で戻そうとするが、上手くいかない。
「
(左に傾くので、エルロン・トリムを右に調整します)
操縦桿の操作で上手くいかないならトリムを使うしかなかった。
後部電子機器パネルにある
(
そもそも機能していないので別の手段を取る必要がある。
やむを得ず、右の
これにより、尾翼に当たる風が変化し、左側に揚力が働くので強制的に右に
(曲がんねぇ…!というかペダルもなんか可笑しい!?)
要するに垂直尾翼で発生する動きだけで機体を右旋回しようとしたが…無理だった。
このままだと機体がひっくり返るのだが、習った操作では対処はできなかった。
1990年代のボーイング737は方向舵の異常で事故が相次いでいたので今回も同じだと判断した。
「ぐっ!!これなら…行けた!」
なので逆転の発想をする。
人力で操作できないのなら悪魔の力を使えばいいと!
更に両腕を生やして操縦桿を4本の手で握り締めて人外の力で押すと、機体の姿勢が安定した。
(まさか
ボーイング737は、最新鋭機と違っていざとなれば人力でワイヤーを引っ張って操縦できるのだ!
もちろん、操縦の手間はさきほどの比ではない。
安定している隙にさきほど弄ったトリムを元に戻して動きの確認をする羽目になった。
「ああっ!?今度は下降か!」
なんとか機体が10度傾く程度までに持ち込んだが、ここで逆に機体が下降した。
操縦桿を思いっきり引いて機首上げを行なうが、何故か左に傾こうとする動きが止められない。
「…まともなのはエンジンだけ…か?」
何故か好き勝手に上下する運動と機体の傾きが永続しているので対策をする必要がある。
さきほど確認したところ、まともに機能しているのは、双発エンジンのみらしい。
よって
(ムムム!この動作に既視感がある。あれだ、2つの履帯の動きの差で曲折するシャベルカーだ)
最初はシャベルカーを右折させるノリで双発エンジンの出力差を調整していた。
そんなノリで試行錯誤していると、この暴れ馬の法則性が見えた。
機体が降下した時にレバーを前に倒して速度を上昇させると何故か機首が上昇した。
逆に上昇した時にレバーを後ろに倒して減速すると機体が下降しようとする動きに気付いたのだ。
(なーにこれ)
速度を落とす為に機首上げをするのではなく【機首上げ】をする為に加速する。
速度を速める為に機首下げをするのではなく【機首下げ】をする為に減速する。
パイロットの目的と手段が逆になっているが、これで一応は操縦できている。
(……いや、どんどん悪化してるぞ!?)
だが、桁違いな戦闘力を持つ悪魔の力をもってしても機体の制御がしにくくなってきた。
必死に原因を探っている悪魔であったが、その原因を知らせるかのように警告音が聴こえた。
(なんか嫌な予感がする…!)
操縦が比較的安定し、原因分析をする余裕ができた結婚の悪魔は表示されていた警告を確認する。
「
【LOW PRESSURE】が点灯しているのを見て真っ先に
しかし、とっくに気付いて高度を下げているので気圧問題でこれが点灯するのは可笑しいと判断。
残った二択である
どっちも点灯して欲しくない警告灯だが、頭上前方パネルをしっかりと確認する羽目になった。
「あっ……」
慌てて計器を見ると
「おい、ふざけんな!!油圧システムの1つが完全に死んでるじゃねぇか!!」*53
【OVERHEAT】の警告灯は点灯していないが、原因は大体察した。
機体の穴が広がった影響でその下を通っている
実際はレゼの爆弾により垂直尾翼が破損し、その部品が油圧ケーブルを破壊したのが原因である。
(やっぱ、
ついでに【YAW DAMPER】の警告灯*55がオレンジ色に点灯しているのを目撃した。
これにより
(えー、あの機長は何て言ってたっけ?)
激しく揺れる操縦桿を受け止めつつクソピザデブ機長の発言を必死に思い出す結婚の悪魔は…。
ついでに上下の揺れの正体は、
「……大丈夫、油圧システムを1つ失ったところで飛べるし、緊急用手順書(
さっそく2本の腕を胴体から生やして操縦席の横に置いた緊急用手順書を手に取る!
ページをめくり、『LOW PRESSURE -Hydraulic Pump System A (both)』という項目を確認する。
特定のページを参照しろという事でそこを見ると『LOSS OF SYSTEM A』の題名があった。
「
「はい!」
「はいじゃないが」
「じゃあ、いいえ!」
「…そうじゃない」
人間が定めたルールに基づいてチェックリストと読んだのに分裂体は空気を読まない。
だが、それを訂正している暇すら無かった。
6本腕で操縦しつつ、別の両手で開いたチェックリストの内容が正しいか確認する事にした。
「
「はい、そうです!」
チェックリストは読み上げて相手に確認してもらう手順があるのでお飾りの副操縦士に確認した。
航空無線のやり取りがタダ漏れの状態でルールを破れないので確認をしたが…苦痛だった。
「
(手順1、システムA、フライトコントロールスイッチ*58……確認……予備方向舵*59)
まずは【FLT CONTROL A】にあるレバーを【STBY RUD】と書かれた場所に動かしてスイッチを押す。
「
(手順2、両方の油圧ポンプスイッチ……オフ)
次に【HYD PUMPS】の【A】にある【ENG1】と【ENG2】のスイッチをOFFにした。
これでエンジン駆動ポンプは切り替わった予備の油圧システムで機能するはずである。
要するにかなりヤバい状態であるが、航空機を着陸させる事が可能になった。
(さて、念の為に
結婚の悪魔が発言するチェックリストを邪魔したくないのか。
固唾を呑んで無線内容を聴いている様で、ACC(航空管制官)の問いかけは無い。
まあ、4本腕で操縦桿を握りつつ、両腕でエンジン操作しながら手順を確認してるとは思うまい。
なので計器と姿勢指示器を確認しつつ、【Inoperative Items】の項目内容も音読する事にした。
「は?」
残念ながらTCAS(空中衝突防止装置)*60はチェーンソーマンを感知する事はできなかった。
ここで結婚の悪魔は、ようやく前方から何かが飛んでくるのに気付く。
驚異的な動体視力により変身したデンジが飛んでくるのを確認したが、回避は不可能だった。
(あのバカ来やがった!)
航行中の旅客機に激突する鳥をパイロットが回避できないと同じ理屈である。
とっさに緊急用手順書を切り離した腕で操縦席に貼り付ける事しかできなかった。
「うげぁああ!?」
「おぶ!?」
チェンソーマンとなっていたデンジが機長側の窓に激突し、衝撃で窓枠が外れた。
即死した彼はそのまま機内に侵入するが、シートベルトを着用していなかった機長は違った。
ただでさえ何事かと前めりになっていたので気圧差で機外に吸い出されてしまった。
「危ない!」
新たな警告灯が点灯し、入り込む暴風で操縦室にあった書類が巻き上がる。
そんな中、デンジの死体が機外に吸い出されようとしたのでカナデ副操縦士は彼の腕を掴む。
「あばばばば!」
左手でデンジを掴みながら右手で操縦桿を掴むカナデ副操縦士の頭の中はパンクしそうだった。
それでも使命を果たす為、マイクの音声を切ってマキマの方へ振り向く。
「マキマ部長、シートベルトの着用を…」
「着けてるよ」
【マキマの護衛】という使命があるので念の為に彼女にシートベルトの着用をお願いした。
だが、既にマキマはシートベルトを着用していると返答したので改めて割れた窓を見る。
すぐに分裂元が戻って来ると分かっているが、それでもさっさと操縦を代わって欲しかった。
「チェンソー様!」
そしたら機内に戻って来たデンジのピンチを感じ取ったのか。
せっかく密閉状態にしていたドアをぶち破ってサメの魔人であるビームが操縦席に侵入してきた。
「あ!」
勢いよく突っ込んだビームはそのまま機外に放り出されたが、彼は足掻いたのだろう。
変身したサメの悪魔が視界から消えるのを見送ったカナデ副操縦士は何も見なかった事にした。
「大馬鹿野郎!」という声が外から聴こえたのでなんとかなったのだろう。
(早く戻って来て!!)
リスク管理の為に結婚の悪魔の分裂体は、自立した性格と思考を持ち合わせている。
その代わりに分裂元から劣化した知識と技能しか伝達されない。
操縦桿を引けば上昇し、操縦桿を押せば下降するという知識しかない彼女は機長の帰還を願う!
「そしてお前もだ!!いい加減に鬱陶しいんだよお前は!!」
目の前に航空事故の悪魔の姿が見えたが、分裂元の攻撃により呆気なく墜落した。
これで一安心する暇もなく機体の姿勢がどんどん傾くせいで副操縦士はパニックに陥る!
「代わって!代わってェ!!」
魔人に戻したビームを掴みながら操縦席に戻って来た分裂元に操縦を代わるように懇願した!
「何を!?自分だってできない」
「ええっ!!?」
だが、機長になった結婚の悪魔は、カナデ副操縦士が何を代わって欲しいのか分からない。
操縦なのか、航空無線*61の応答か、エンジン出力の調整をして欲しいのかさっぱり分からない。
なので詳細を言わないと分からないと発言したが、言葉足らずで操縦放棄に聴こえてしまった。
「操縦を代わって!!」
「じゃあ、席も代われ!!機長側のヘッドセットと
「はい!」
航空機のピトー管は、航空機の速度を決定づける重要なセンサーである。
機外に飛び出したビームを救助した時にピトー管が破損したので機長側の計器が狂ったのだ。
副操縦士側の計器表示に切り替えればいいのだが、ヘッドセットも壊れてしまった。
「ついでにビームとデンジを安全地帯に運んでドアを閉じ直してから機長席に着席しろ」
「分かりました。操縦をお願いします」
分裂元の指示により液状化したカナデ副操縦士は、ビームとデンジの足首を掴む人間体に戻った。
その代わりに液状化で副操縦席に潜り込んだ結婚の悪魔は人間体に戻って操縦桿を握った!
「
「はい、お願いします」
それを確認した彼女は、気絶したビームとミンチより酷い状態のデンジを機体後方に運ぶ。
(危なかった…キャプテン・ストライク*64はさすがに機体は持たん…)
マキマと同じく弱点がある代わりにギミックのおかげで不死身に近い悪魔は冷や汗を掻いた。
バード・ストライク*65ならともかく人体が稼働しているエンジンに吸い込まれるとどうなるか。
想像するだけでうんざりし、ビームが機外に飛び出してくるのも予想外過ぎた。
(つーか、垂直尾翼*66が破損してたんだが!?そりゃあ安定して飛べんわ!!)
機外から飛び出す事故があったが、その際にとんでもない物を見てしまった。
垂直尾翼の一部が破損しており、
だから安定して飛べないと理解したが、ピトー管が破損したせいで更にヤバい事になった!
「成田まで飛べそう?」
「飛べると思いますか?」
「小腹が空いたから成田に着いたらレバノン料理*67を食べたいな。頑張って着陸させてね」
航空無線に音声が残らない状況になったおかげでマキマが質問してくる。
相変わらず当てつけで質問してくるようで結婚の悪魔は腹が立つ!
「クソがああああ!!今、言う事じゃねぇだろ!?」
「音声が残らないからってそれは酷くない?平常心で居る事も大切だと思うけど?」
「うっせぇよ!!悪魔の討伐手続きの帰りで買った小田原かまぼこ*68でも喰ってろ!!」
「やっぱり、隠し持ってたね。私の嗅覚は誤魔化せないよ」
桁違いな腕力を持ってしても制御できない操縦桿を握りながら悪魔は叫ぶ!
近寄って来たマキマの挑発を受けてカマボコを手渡して元の席に着いてもらった!
1秒間だけエンジン推力を制御する操縦装置から左手を離しただけだが、生きた心地はしない。
「戻りました!」
「操縦席に座ってそこにある本を手に取れ」
「了解です!」
ようやく戻って来たカナデ副操縦士に機長席に座って緊急手順書を持てと命じた。
「…アメリカ語が読めません!!」*69
「ああ、もう…!」
しかし、お飾りの存在なので英語がさっぱり分からなかった。
分裂体の報告を受けて分裂元は、記憶と技能を継承させる為に体内から道具を取り出す!
「ほんやくこんにゃく!!」(生芋こんにゃく血塗れver.)
あとで食べようと思っていた『生芋こんにゃく』*70を血塗れにして差し出した。
まるで四次元ポケットから秘密道具を取り出すノリで発言したのでマキマもこれにはご満悦。
「
カナデ副操縦士がこんにゃくを受け取った瞬間に仕掛けを発動した!
これで英語力とドイツ語力、操縦技能と知識の一部を彼女に継承させた。
そして副操縦席のヘッドセットを身に着けると航空管制官の声が聴こえて来る。
《
(カタミチ航空49便、応答せよ!)
マキマに合図を送った後、マイクの起動したが、あえて管制官の呼びかけに応えない。
機体の傾きが更に広がる中、先に中断したチェックリストをやる事にする。
「
(システムA 喪失再チェックリストを実施する!)
後に航空無線の記録を傍聴した事故調査員の全員が本気で困惑するチェックリストが始まった。
今回は分裂元となった結婚の悪魔の英語力を身に着けたカナデ副操縦士が読み上げる形となる。
「
「
問題なく英語で発言ができているカナデ副操縦士の質問を肯定した。
「
「
「
「
さきほどやったチェックリストなので特に問題がないはずだった。
「...
(…うん?アンチアイス*71が起動している)
ところが、Step2ができているか確認を終えた時、別の場所で異常を発見した。
Step2で触った【HYD PUMPS】(油圧ポンプ)より上方向にアンチアイスの操作盤がある。
さきほど確認した時と違ってアンチアイスがONになっている事に気付いた。
「
(ウィング・アンチアイス*72を触ったか?)」
【L VALVE OPEN】と【R VALVE OPEN】の表示灯が点灯しているので正常に作動はしている。
だが、真夏日に近づいている東京湾上空で使用する機能ではなかった。
またしてもチェックリストを中断した結婚の悪魔は、分裂体に質問した。
「
(操縦資格がないので触れる訳が無いですよ)
「
(ウィング・アンチアイスを切れ)
「
(嫌です。操縦資格がありません)
彼女は弄ってないと返答したのでアンチアイスをオフにしろと命じた。
しかし、彼女は断固として断ったので…またしても両腕を新たに増やしてスイッチを触る。
「
(クソッ、なんでこんなに固いんだ!?…フンッ!!)
「
(あっ!…スイッチが壊れましたけど…大丈夫ですかコレ?)
「
(なんか知らんけど表示灯が消えたし、これでヨシ!…アンチアイス・オフ!)
「
(了解です。アンチアイス・オフ!)
なんか知らんが、スイッチが固かったので力を込めたら壊れてしまった。
バキッ!という破損音を聴いて実際に壊れたのを目撃したカナデ副操縦士は英語で指摘をした。
ただ、なんか表示灯が消えたので問題ないと機長が返答したので彼女もそれに従った。
「
(チェックリストを続けよう)
「
(了解、手順3。異常時構成着陸距離表*73を確認してください…で)
「
(異常時構成着陸距離表、了解。チェックリスト終わり)
「
(まだチェックリストが終わっていませんが…)
「
(この機体は、代替前輪操舵*74がオプション装備だ。なにより…)
航空機を操縦している結婚の悪魔は、ここで重要な事に気付いてしまった。
このボーイング737は、代替前輪操舵システムがオプション装備となっていたのだ。*75
手動で車輪を降ろす手段が存在する影響なのかもしれない。
「
(さっきからスタンバイシステムが機能していない!!)
「
(つまり、どういう事?)
専門用語までは継承できていないカナデ操縦士は、現状が良く分からず機長に質問をした。
だが、それに返答できる余力はなかった。
「
(メーデー メーデー メーデー!!(緊急事態発生)*76こちらカタミチ航空です!!)
「
(操縦不能!!操縦不能!!墜落中!!)
ついに
ここで
よってフル出力で全力で降下して速度と向かい風で発生する揚力を稼ぐ事しかできなかった。
(
高度を9千から7千フィートで蛇行航行していた航空機は、いっきに2千フィートまで急下降する!
この現状に生前はスチュワーデスだった契約者の姿を模している副操縦士が悲鳴を上げる!
「
(こんなの嘘でしょ!?何故なんですか!?)
分裂元に生み出されて無茶ぶりをされた挙句、墜落を味わう彼女は悲鳴を出すしかなかった。
この急勾配の降下で
《
まずは降下率を示す
しかし、警告による奮闘もむなしく2000フィートを切ったところで警報が切り替わった!
《
専用の警告音と共に「上昇しろ!」と
「そんな事!!分かってる!!」
もちろん、確認を兼ねた意図した墜落なのであっさりと対処をする。
超高速になったので
この衝撃で先端が欠けた尾翼で固定されていた
「ふうう……マシになった」
エンジン出力の差で機体の姿勢を水平に維持してみるが、さっきよりマシになったと実感する。
(きつかった…)
機外に放り出された時、破損した影響か、方向舵が4度も傾いて固着していたのを目撃した。
だからエンジン出力調整で時間稼ぎをする間に油圧システムを復活させようとした。
しかし、頼みの綱がほぼ機能してなかったので開き直ったのだ。
「これは0.5度くらいか…?」
それほど後方乱気流に当たる方向舵の角度が重要であり、ようやく操縦が可能になったと言える。
本来ならば、さきほどの行動で機体が空中分解するはずだったが、まず機体に穴が空いている事。
そして穴を塞ぐ結婚の悪魔がゴム代わりになって引力を引き受けたので辛うじて機体が耐えた。
(ふうー)
今まで操縦していたのは、パラシュートで台風に突っ込むどころの騒ぎじゃない。
それぞれ向きが違うロケットエンジンを掲載した軽自動車に乗っていたようなものだ。
ただでさえ横滑りするのに、それとは別方向にタイヤが固まっているというカオスな状況だった。
それなのに上下運動なんかされたら、人外の力を持った悪魔ですら対処できない。
《
(カタミチ航空49便、応答せよ!)
ようやく管制官の声を聞く余裕ができたが、ノイズが激しい。
コックピットの窓が割れているせいで絶え間なく暴風が吹き荒れるせいで聴き取り辛かった。
しかも、さきほどの操縦で無線機の一部が破損したらしく調整してもノイズを修正できなかった。
「
(了解、どうぞ)
《
(カタミチ航空49便へ、何が起きました?)
発言すると相手側には言語として通じるようでちゃんとした返答が来た。
なので簡潔に状況を伝える事にした。
「
(油圧系統の故障および飛行操縦上の問題。緊急着陸を要請する)
ここで初めて緊急着陸の要請を出した。
これにより最優先で着陸ができる指示が来るはずだった。
だが、今まで結婚の悪魔とやり取りをしていた管制官は、頭の中で処理が追い付かなかった様だ。
(……ん?やけに反応が遅いな。もう一度言うべきか?)
客室与圧に機内火災、そして油圧系統に操縦系統に問題があり、さきほど墜落しそうだった。
ずっと付きっ切りで対応してストレスが尋常じゃない彼は、思考が乱れた。
《...
(…ひえっ、俺、死人と喋ってるよ…)
直訳すると、これから死ぬ人物と会話していると航空管制官が発言した事になる。
さきほどまで操縦に集中していた結婚の悪魔は、この返答にキレて皮肉を返す。
「...
(…返答がありません。こちらの送信が聴こえたら指示に従ってください)
《
(発言を取り消します)
本来なら管制官が発言する事が多い台詞で皮肉られた相手は慌てて前言撤回を宣言した。
それでも怒りが収まらない結婚の悪魔は更に皮肉を続けようとしたが…。
ここから更にノイズが酷くなった。
《
(125.8MHz*78に変更をお願いします)
「...
(…125.8MHzに切り替えます)
ヘッドセットをしていても轟音と警告音でほとんど聞こえないが、辛うじて数字は聴き取れた。
おそらく東京アプローチ*79の周波数に変更しろという指示なのだろう。
無線周波数を切り替えるが、再び機体の制御が難しくなったので応答する余裕はなくなった。
《
(カタミチ航空49便、東京アプローチ125.8に連絡してください)
ここから今まで会話していた東京コントロールから東京アプローチに引き継がれる。
だが、やる事は大して変わっていない。
《
(カタミチ航空49便、こちらは東京アプローチです。無線チェックします。感度はどうですか?)
「
(東京アプローチ、こちらカタミチ航空49便。何も聞こえません)
悪魔なので常人ではノイズと轟音で聴き取れない単語を辛うじて認識する事はできる。
ただ、もう応答したくないので完全に対話を拒絶し、管制官の声だけを聴き取る準備に入った。
(……聴こえねぇんだけど)
ついに無線機が使い物にならなくなった。
念の為に
とにかく、音信不通になった事で旅客機がいつ墜落しても可笑しくない金属の塊になった。
(自分だったら撃墜するなコレ)
市街地に旅客機が墜落するくらいなら部外者の被害が及ばない郊外で撃墜する方がマシである。
「マイク・オフ!さて、どうしたもんか」
多少の専門知識がある結婚の悪魔でもお手上げだ。
マキマの手を借りようとしたところ、カナデ副操縦士が無言で区分航空図*82を手渡してきた。
そういえば、航空図を探す様にと彼女に命じていたのを思い出し、空いていた両腕で地図を開く。
(ふむふむ、
当然の事ながらパイロットが必要としている情報が載っている。
方位情報を提供する
(やりたくねぇ…)
まず、結婚の悪魔は、実機を用いて
一応、江東か羽田の
しかし、成田に向かうので佐倉か木更津、北総や成田といった
(こんなのできるかバーカ!!)
管制官による的確な指示が無い限り、結婚の悪魔は
いくら緊急車両でも、周りに居る自動車や赤信号を無視して道路を爆走する事などできやしない。
だからこれからやるべき事は決まった!
「
(動け、このポンコツが!動けってんだよ!)
「
(無線機を強く叩かないで!!操縦に集中して!)
「
(はいはい、分かったよ…)
なので無線機を強く叩きまくったら同じ結婚の悪魔であるカナデ副操縦士に文句を言われた。
手伝わない癖に記憶と技能を継承して口だけ達者になったトーシロに目に物見せてやる事にした!
「......
(……よし、このクソポンコツ動いたぞ。ほんの少し“刺激”を与えただけさ!)
「
(本当に蹴っちゃった…)
「
(この手に限る)
コマ〇ドー語録で遊んでいる場合じゃないのだが、航空無線を扱うので言語が英語になっていた。
墜落せずにどれだけ飛び続けられるかタイムアタックが行われている状況でだ!
(まーた警報かよ)
メイトリ〇ス構文を使用した結婚の悪魔は、新たな警報を確認する羽目になった。
「あ」
見たくもない燃料パネルに視線を移すと…【LOW PRESSURE】の警告灯が大量に点灯している。
(そういえば、燃料を確認してなかったな…)
確かに短期間のフライトなのは分かっていたが、ここまで燃料が少ないとは思わなかった。
30分間飛ぶための予備燃料があると思い込んでいたのは間違いだったようだ。
(これマジ?航行中の航空機で与圧と油圧と燃料圧の圧力低下の同時警告なんて世界初じゃね?)
只今、双発エンジンの出力差によって機体の姿勢と高度を保っている状態である。
それなのにエンジン稼働に使う燃料が足りないと複数の警告と計器が示した。
(いっそ、千葉県民を生贄にして結界でも張ろうかな…)
主翼にあるメインタンクの1と2、胴体下部にあるセンタータンクの燃料が足りない。
だから燃料圧を測っているセンサーが警告を発した。
故にあと数分もしない内に燃料が完全に尽きると理解した!
よって悪魔らしい思考に辿り着いたものの…。
《
(カタミチ航空49便、49便!成田タワーの周波数118.75MHzと交信してください)
「
(了解、118.75MHzに切り替えます)
希望が見えたので奥の手は使用しなくて済みそうである。
東京アプローチの回りくどい指示をショートカットして空港の管制塔と交信する事となった。
「
(成田管制塔へ、こちらカタミチ航空49便!)
「
(メーデーメーデーメーデー!カタミチ航空49便です!燃料供給系統の故障!!)
「
(成田空港への即時の緊急着陸を要請する!)
燃料切れの時はメーデー宣言をしろと習ったが、既に宣言している場合はどうするのだろう。
そう考えている暇すらなく思いついた英単語を並べて発言するしかなかった。
《
(了解、貴機のご要請を承認しました)
《
(着陸を許可します。滑走路は34Lです。風は20度方向(北北東)から8ノット*89)
管制塔の担当者曰く、成田空港の西側にある滑走路に南部から進入して着陸しろとの事だった。
向かい風となるので
(…え?
というか、いきなり
それとも
左旋回で何度も螺旋を描く機動をしていると思い込んでいた悪魔の思考が乱れた。
「
(了解、レーダー誘導をお願いします)
そこに辿り着く段階に行きたいので管制官に指示を請う。
「......
(……繰り返して伝えます。レーダー誘導をお願いします)
30秒待っても管制官からの応答が無いのでもう一度要求したが、ノイズしか聞こえない。
無線記録がどうなるかは分からないが、少なくとも自己判断で機体を動かすしかない。
左旋回をしてみると遥か遠くに成田空港が見えた。
(減速するか)
215ノット(時速398.18km)から140ノット(時速259.28km)まで速度を落とす必要がある。
だが、飛行機の揚力は速度の2乗に比例するので下手に減速すると失速して墜落する危険がある。
そこで主翼にある
(
ここまでが基本中の基本の話だが、今回はかなり特殊である。
今回死んだ油圧システムAは、
「
(着陸アプローチを開始する。200ノットに減速し、フラップは1)
「
(了解、着陸アプローチ。200ノットに減速し、フラップは1)
ここでオリチャー発動!
管制官からの明確な誘導指示がないが、最終段階になったようなので勝手に着陸する事にした。
機長の発言を受けて副機長も復唱をして行動を確認し合った。
「
(フラップを5に設定、対気速度は180ノット(時速333.36km))
「
(了解、フラップを5に設定、対気速度は180ノット)
更にフラップを展開し、動作に問題が無い事を確認する。
さて、着陸したいのだが、
(さすがに
副操縦士の席周りをごそごそと漁っているとついに目当ての物を発見した!
「うおおおおおおおお!
早速、【INSTRUMENT APPROACH CHART】*94のページを見つけて目当ての情報を確認した!
「
航空機を操縦する結婚の悪魔は、情報を整理する為に独り言を呟き始めた。
しかし、操縦室に吹き込む風の音と共に横で聞く副操縦士とマキマには呪文にしか聞こえない。
「皆さま、こちらは機長です。今から成田空港に緊急着陸を行ないます。…シートベルトを締めて身体を前に倒して頭を前の座席に付けてください。えー、両手は頭の上に置いてください」
更にルールに基づいて最低限ではあるが、機内アナウンスを実施し、緊急着陸の知らせを伝えた。
不時着における姿勢の指示はかなり大雑把だが、ほぼ覚えていないのでしょうがない。
「
(副操縦士、手動脚下げを実施する。準備は良いか?)
「
(いつでもどうぞ)
ここから更にフラップを展開するのだが、着陸ギヤも降ろさないといけない。
しかし、油圧システムの一部が使えない影響で
「
(手動ギア展開のチェックリストを実施します!)
「
(了解、手動ギヤ展開のチェックリストを実施する)
QMSの『MANUAL GEAR EXTENSION』のページを開いた彼女は、チェックリストを読み上げ始めた。
「
(ステップ1、着陸ギヤのレバー……オフ)
「
(着陸ギヤのレバー……オフ……チェック)
分裂体の発言を聞いた結婚の悪魔は、
この状態は油圧を遮断しているのだが、後に重力でタイヤを降ろす為に必要になる手順である。
「
(ステップ2、手動ギヤ展開ハンドル……引く)
「
(『MANUAL GEAR EXTENSION CONTROL ACCESS DOOR』を開けてハンドルを引け)
「
(了解しました……3つのハンドルを引きました)
「
(手動ギヤ展開ハンドル……引く…チェック…アップロック解除…確認)
副操縦席の近くに【MANUAL GEAR EXTENSION CONTROL ACCESS DOOR】と書かれた扉がある。
そこにあるピンを引っ張ると、扉が開いて3つの赤いハンドルが見えたので指示通り
その行動を報告すると復唱が来たので更にチェックリストを読み上げていく。
「
(ステップ3、最後の手動ギヤ展開ハンドルを引いてから15秒待ってください)
「…
(…15秒経過)
「
(ステップ4、着陸ギヤのレバー……ダウン)
赤いハンドルを全て引っ張ってから15秒待った。
そして副操縦士の発言を受けて
これで油圧がなくても
「
(着陸ギヤが降りてきません…)
「
(油圧じゃなくて重力で展開するから時間がかかっているんだろう)
だが、【NOSE GEAR】、【LEFT GEAR】、【RIGHT GEAR】のどれもが緑色に点灯しなかった。
カナデ副操縦士の発言に結婚の悪魔はすぐに展開しないと知ってるので危機感はなかった。
ただ、あまりにも展開が遅いので、ろくろ首のように首を伸ばして赤いレバーを見る。
「
(おい!?なんでワイヤーが引っこ抜けているんだよ!?)
そしたら、とんでもない光景を目撃した。
例えるなら、気絶したデンジの胸部に生えているスターターロープを引っ張れと指示したとする。
デンジの心臓ごとロープを胸部から引っこ抜いて地面に放置されたと同等に匹敵する光景だった。
故に怒りや嘆きよりも、困惑の感情が先に来た。
(あ、やっちゃった…)
ここでカナデ副操縦士は自分がとんでもないミスをやらかしたと実感する。
「
(緑色の着陸ギヤ表示灯が点灯しない場合は…)
「......
(……ステップ5、車輪格納庫の照明スイッチ……オン!)
なので開き直って表示灯が点かないのは、専用のスイッチが起動していないと暗に告げた。
わざわざチェックリストの内容を読み上げる風に見せかけるという逃げに徹した!
桁違いの腕力で着陸ギヤをワイヤーを通して破壊させた事実を隠す様に!
「
(ダメ、チェックリスト終了!座れ!フラップ15に設定、対気速度は170ノット)
「
(了解、フラップ15に設定、対気速度は170ノット)
もはや胴体着陸しか選択肢がなくなった悪魔は、指示も命令も適当になった。
このミスのせいで5分も時間と行動が無駄になってしまったのだから。
ついでに背後に座るマキマが何か言いたそうに見えた。
「
結婚の悪魔は、無線の受信ができていないので送信も上手く行っていないと勘違いした。
なので航空無線で外部に連絡を取るのを諦めて切り上げた。
これにより、唯一の客観的な記録となる航空無線の録音はここで終わる事となった。
「4分以内に燃料切れで墜落するのに漫才をする余裕があるんだね」
「部長だけでも脱出しますか?」
いつ死んでも可笑しくない状況を楽しむマキマに結婚の悪魔は脱出を促した。
マキマのせいでブラックボックスは死んだし、まともに外部と交流できなかったのだ。
彼女が脱出するか、機体後方に移動してくれるだけで状況は好転する。
「
(嫌だよ、楽し過ぎて帰る気なんてないよ)
しかし、江の島旅行を本気で楽しんでいた彼女はこの状況も楽しいようである。
わざわざ英語で発言してきたところに自分も英語で参加したかったという意思表示が見えた。
「…で?どうやって着陸するつもり?」
「ILS進入方式を用います。ただ、あくまで参考にするだけですが…」
「胴体着陸するならするならそうなるね」
今からやろうとする事を車の運転で例えると、助手席に座る人物に案内してもらうようなものだ。
車を運転する人物に早川アキが適切な指示をして目的地に向かうようなもの。
進むべき道が分からない運転手を適切なコースに導いてくれるのでその指示通りに従えば良い。
…はずだった。
(挑発してやがるな…)
現状も車で例えると、坂道とアクセルペダルの踏み具合で速度を調整している状態だ。
フットブレーキとハンドルが破損してるので指示が正しくても実行できないのだ。
アクセルペダルの踏み具合で加速と減速、左折か右折を同時にやる必要がある。
しかも、血の魔人であるパワーがハンドルを左に引っ張っている状態だと考えると…。
どれだけこの航空機が壊れているのかが分かる。
「
(対地接近警報のフラップ抑制スイッチを押して(
「
(どうせなら全て無効にしようよ!)
「
(ダメです。重要な警告まで消えます)
なんかムカついたので英語で煽ったら逆にマキマに英語で煽り返されてしまった。
もはやオリチャー以外に着陸手段が無くなったというのにこの始末。
「ん?」
ここで壊れた窓から侵入してくる向かい風に違和感を覚えた。
だが、それを考える余裕すらなかった。
「
(
「
(了解、コールアウトします)
ついに色々とやらかしたカナデ副操縦士は、自分が生まれた存在意義を果たす時が来た!
それでもようやく本来の役割を果たせると実感した彼女に迷いは無い!
「
(ローカライザーの針が動きました)
「
(降下経路を捉えた)
ILS(計器着陸装置)が発する電波を拾ったと確認し、降下率3度になるように降下する。
それを達成する為のやり取りだが、もはや形だけの発言になっている。
《
既に対地接近警報装置が「降下するな!」と警告を発している。
こんな警報が出てまともに着陸できるはずがない。
「
(すごく揺れます。揺れません?)
「
(操縦桿の振動が激し過ぎて何も考えられん)
高度1万フィート以下を飛行する時点で適用されないといけないルールなのだから。
だから結婚の悪魔も今更、分裂体の私語を咎める気はない。
(嫌な予感がする…)
対地接近警報装置が発する《
あと少しで着陸というタイミングで唐突に警報が切り替わった。
《
機体が横転しないように操縦する結婚の悪魔は、新たな警告を聞いて叫ぶ!
「ここで
対地接近警報装置に
それと同時に減速を知らせる警告以上に操縦桿が揺れている原因も理解する!
(あのクソ悪魔!まだ生きてやがる!!)
本来、
管制塔(
警告が《
だが、下降気流に叩きつけられてでも飛ばす以外に選択肢はない!
「
「
事前に打ち合わせした通り、カナデ副操縦士が現在の高度を告げて機長の返答を待った。
なので航空運用規定では、
そもそも機内火災で緊急用手順書(QRH)を軽く見ただけなのでルール自体分かっていなかった。
(あ、ダメだコレ…)
割れた操縦席の窓から侵入してきた向かい風でこのままじゃ着陸できないと直感で分かった。
着陸復航の余裕はないが、この速度で叩きつけられたら結婚の悪魔とマキマ以外はお陀仏になる。
だが、着陸復航をすれば、燃料切れからの電源喪失と油圧系統の完全消失による墜落となる。
「
時間は待ってくれない。
カナデ副操縦士が発した最低降下高度を聞いて結婚の悪魔は二択を迫られた。
「
このままだと高速で地面に叩きつけられると思った結婚の悪魔は着陸復航を決断した!
(クソが!!)
ついでに航空事故の悪魔の体内に入り込んだ自身の肉片を介して無理やり爆散させた!
これにより、航空事故の悪魔は完全に死亡し、二度と航空機や気象に介入する事は無かった。
ついでに無線の受信も出来るようになったが、知る由は無い。
「貴重な燃料が~~!?」
着陸復航のせいでただでさえ足りない燃料を消費する事にカナデ副操縦士が悲鳴をあげる!
「
「やかましい!!」
ついでにマキマから最終手段を提示されたが、機長は否定できない。
ただ、ジェットコースターを楽しむノリで発言したマキマを強い口調で牽制した。
「第二エンジンに愛着は無いな?」
「だ、第二エンジン停止!このままじゃ第一エンジンも止まります!」
ついに右側のエンジンが燃料不足で停止した。
冗談を言う機長に対して副操縦士は、次に起こり得る現実を伝えた!
「緊急着水はどう?」
「無理です!機体がバラバラになります!」
すかさず繰り出されたマキマの提案を即座に結婚の悪魔は一蹴した。
50m真下にある海面に着水する事は、同じ高さから飛び降りたコンクリート床と同等の衝撃だ。
「それほど海面の着水で発生する減速に機体と人体が耐えられないって事だね」
「機体のダメージコントロールできる滑走路の方がまだマシです」
マキマ自身が海上着陸が不可能だと分かっているから余計に質が悪い。
減速が出来ていないこの機体では、着水でバラバラになると分かって選択肢を提示した。
(クソ!)
与圧漏れ、油圧死亡、燃料切れ、速度の手動調整不可能という四重苦に見舞われた。
幸いにもボーイング747*102と違って油圧が死んでも操縦桿で無理やり動翼を動かせる。
よってやる事は1つしかない!
「ブラックボックスを真水に漬けなきゃ!」*103
「なんで緊急着水をする前提で話を進めているんだテメェは!?」
機体を減速させる為に急上昇させる最中、マキマの冗談が炸裂した。
お前のせいでブラックボックスに一切記録が残らないのにと文句を言いたかった!
「第一エンジンも停止しました!」
トラブル続きの旅客機は、千葉県の上空を滑空する物体にジョブチェンジをした!
ブラックボックスが機能していると思っているカナデ副操縦士は印象に残る記録を残そうとする。
「
(こんなの飛行機じゃないわ!羽のついたカヌーよ!!)
「
(だったら漕げばいいだろ!!)
高度2500フィートから落下する航空機で繰り広げる会話ではなかった。
エンジンが停止した事で電源も落ちてデジタル計器が使い物にならなくなった。
本来ならば、RAM-Air Turbine*104が機体の下部に展開して最低限の電力を稼ぐはずである。
「
(ラムエア・タービンが動いていません!)
「
(あいつは死んだよ。着陸ギヤと一緒に三途の川を漕いで渡っちまったさ)
継承した航空機の知識と食い違う光景を目撃し、カナデ副操縦士は機長に事実を告げた。
だが、もはやそれどころじゃない分裂元は雑なジョークで返答した!
(ボーイング737に
横暴教官だった彼氏が結婚の悪魔にマウントを取る際にいろんな雑学を教えてくれた。
分裂体にその彼氏の存在そのものを伝えたくないので、あえて教えなかった。
(そうさ、信じられるのは、自分の知識と経験、そして過去の航空事故の教訓だけさ)
対地接近警報装置が執拗に鳴り響かせる警報すら雑音に聴こえる。
ああ、なんで気付かなかったのだろう。
操縦桿を握る腕を液状化させて基盤に染み込ませて直接、機体を操作する事にした!
(最初からこうすればよかった…!あのクソピザデブのせいで余計な思考をしちまった…)
『得られた知識と経験を元に人間らしく行動し過ぎた』と結婚の悪魔は後悔している。
ただ、どこの配線やピストンをどう弄ればいいのか把握できているので、それ自体は悪くはない。
オートパイロットで自動操縦をすれば良いと発言する者ほど航空機を操縦できないものである。
(ああ、楽だ…)
只今、空飛ぶ棺桶は、成田空港の
機体の側面に気流を当てててフォワードスリップ*105を行ない、滑走路に向かう。
これを人力でやるパイロットが居るからこそ人間というのは侮れないと悪魔は思う。
「
横滑りの滑空で滑走路に胴体着地した旅客機の機体は大きく方向転換を行なう。
一応、機首が滑走路と並行するが、その代わりに大きく機体が横に揺れながら滑り続ける!
「止まれ!止まれ!止まれ!!」
右翼の先端が滑走路で破損したが、その衝撃で弾かれて機体が安定した。
旅客機の胴体は滑走路の摩擦で高熱となるが、それでも止まる気配はない。
タイヤは出てないのでブレーキーが使用できなかった。
このままだと滑走路で止まらずに周りの建造物に被害が出る事になる。
「逆噴射は?」*106
「エンジンが動いていないので不可能です!」*107
マキマのアドバイスを一蹴し、結婚の悪魔は侵入先の場所に結界を張る。
滑走路で高度が固定して低速になったおかげで座標が安定し、結界を作る事が可能になった。
「シュティーバー、
しかし、血と生贄が欲しいので機体の穴を塞いでいる分裂体に呼び掛けた。
「
(我が主に血を捧げる事は、自分にとって名誉な事です)
「
(我が主か…ケッ!)
ゲルマン人の元カレの姿を模す結婚の悪魔の発言に反吐が出た。
ここでの【我が主】は、分裂元の結婚の悪魔を示していない。
同じ分裂体の1つに過ぎないカナデ副操縦士も意味を理解して怒りのあまり吐血した。
「ああ、しんどい…」
まるで他の女に彼氏を寝取られた事実よりも最悪な発言に係長の精神はズタボロである。
文句を言いたかったが、我慢し、代償を払って作った結界に旅客機を侵入させた。
これにより、旅客機は結婚の悪魔の支配下に置かれて自由に弄る事ができる。
「はぁ……やっぱ、人間が定めたルールはクソだわ…」
人間の規則に基づいて今まで行動してきた悪魔はついにボロを出す。
クジラの悪魔騒動で2体の分裂体を作ってなかったら操縦する必要すらなかった。
よって、その元凶を作ったマキマに当てつけのように本音を漏らした。
「でも人間が定めた規則を利用すれば、悪魔にとってもプラスになれる」
「ケッ、二度とやるかこんな事…」
外界から隔絶された空間で旅客機の運動と位置エネルギーを弄って姿勢も正す。
結界に旅客機が滞在したのは、200分の1秒の出来事であったが、全てが終わった。
結婚の悪魔が本音を漏らした時には、旅客機は滑走路上で少しだけ傾いて止まっていた。
「なんとか着陸できたけどこれで終わり?」
「いいえ、着陸後のチェックをします。機長らしくな」
なんとか着陸できたのを確認したマキマは、機長である結婚の悪魔に確認を取る。
だが、結婚の悪魔は、乗員が無事だからこそチェックリストをやると発言した。
さきほど彼女が発言した通り、人間の規則に基づいているから悪魔の仕業ではないと示す為に。
「
「なるほど、早く終わらせてね」
「はい、今から避難チェックリストを実施します。カナデ副操縦士は自分の発言を復唱しろ」
「ラジャー」
ようやく
結婚の悪魔が発する単語が時折理解できないマキマは、部下に全て任せてリラックスをする。
結婚の悪魔たちがチェックリストに基づいて器具を確認しているのを見てマキマは思った。
(航空機のパイロットって大変なんだね)
こうなるように仕組んだとはいえ、実際に搭乗した結果、二度とやらないと決意する。
無事な着陸では無かったが、なんとか航空機は滑走路上で止まる事ができた。
すぐに公安対魔特異4課の係長による機内アナウンスが実施されて乗客は一安心する事となる。
「ハッ!」
機内アナウンスを聞いて…ここまで気を失っていたパワーは目覚める。
生還した事に誰もが驚愕したり喜びを分かち合う中で、さっきまで気絶していた彼女は口を開く。
「ワシ、飛行機パイロットだったかもしれん」
航空機を操縦した感覚がある血の魔人は周りにそう告げるが、誰も本気で受け止めなかった。
こうしてカタミチ航空49便は地上に戻って来られたが、これは仕組まれたものである。
すぐにこの旅客機の不時着事故を打ち消すほどの大惨事が成田空港で発生する事となる。