1話
「ファイアーエムブレム 風花雪月」世界に転生したら、なんて考えたことはあるだろうか。
フォドラの大地で帝国、王国、同盟に別れて互いに刃を向けるかつての同期達。
主人公の行動次第では元は同じ学級の生徒同士ですら戦うことになる。
悲劇をどうすれば変えられるだろうと、考えているだけで一日が過ぎたくらい熱中した。
父の名はリュファス=ティエリ=ブレーダッド。
ファーガス神聖王国の大公であり、亡き王の嫡子。
王子ディミトリの伯父で「ダスカーの悲劇」を共謀する紛うことなき悪役である。
しかしその人生に同情の余地はある。
国王の嫡子でありながら、紋章を持たないばかりに王位を得られなかった。
代わりに王になったのは紋章を持つ、父の弟のランベールだった。
与えられた土地は王国の中でも貧しい北東の小さなイーハ領。
土地が痩せていて穀物が育たず、狩猟と傭兵業で生活するしかない。
隣のゴーティエ領を抜けて略奪に来る蛮族スレンの被害も大きい。
豊かな王都に慣れ親しんだ父はさぞかし苦しんだだろう。
父の悲劇はそれで終わらない。
愛した妻、つまり俺の母が出産の際に亡くなった。
おそらく俺は母と共に死ぬ運命だったのだ。
取り上げられた直後は心臓の鼓動が完全に止まっていたらしい。
だが奇跡は起こった。
死体と言っていい幼子は泣き叫ぶ父の前で、髪を碧色に染めながら息を吹き返した。
直ぐに血に刻まれた紋章がブレーダッドの大紋章、王家の証であることがわかった。
父はランベールの息子、紋章を持つディミトリがいるにもかかわらず、俺が王になるのを望んだ。
なにより俺が死ぬのを病的に恐れた。
ランベールが玉座を守るため暗殺者を差し向けてくるという妄想に取り憑かれたのだ。
俺の誕生は近しい者以外に秘匿され、幼い頃は領地から出ることを禁じられた。
気づけば不器用ながらも愛してくれる父上を俺は突き放せなくなっていた。
俺が王になりたくないと伝えれば父上が壊れてしまうことを知った。
自由だけはなかったが、父上は精一杯俺に愛情を注いでくれた。
俺は恩を返すため父上の領地経営に幼い頃から手を貸した。
略奪に来るスレン討伐にも参加するようになり、初めて人を殺した。
今までの人生で最も自慢できることと言えば王国宮廷魔道士コルネリアを毒殺したことだ。
コルネリアはこのフォドラの大地を混乱に陥れ、教会に歯向かう「闇に蠢く者」の一員。
特にコルネリアが引き起こすダスカーの悲劇を阻止したかった。
王が死ぬこの事件は王国に深い傷跡を残し、少数民族ダスカー人虐殺の引き金となる。
コルネリアが死に、その悪行を暴いたことで、共謀していた父上も陰謀から手を引いた。
フォドラを救う一手のはずだったんだ。
しかし、ダスカーの悲劇は本来の歴史から一年遅れて起こった。
コルネリアの悪行が暴かれたことで、重用していた王への諸侯の不満が爆発したのだ。
王国東部に閉じ込められていた俺は王国西部の空気感を知らない。
俺の予想以上にランベール王の急速な改革は諸侯に恨まれていた。
ランベール王とパトリシア王妃、そしてフェリクスの兄グレンが死んだ。
稚拙な策略は西方諸侯の首の幾つかをはね、ダスカー人の関与を明らかにした。
そして、虐殺と言うべきダスカー征伐が行われた。
今や王都では父上が実権を握り、ディミトリを廃嫡して俺を王位につけようと動いている。
ディミトリを王にしようとする貴族も多く、内戦は秒読み段階だ。
一体どうすれば良かったんだ?
★
フロルは今、馬車に揺られてガルグ=マク大修道院へ向かっている。
父がこの日のために用意した貴族用の馬車。
青地に白で王家の紋章が刻まれている。
揺れは少なく、吹きさらしになっていない。
ふかふかの椅子が長い旅路の尻への負担を軽くしていた。
フロルの対面に座る赤毛の女性は領地から着いてきたハピだ。
立場的には従者なのだが関係的には対等である。
と、フロルは思っている。
いよいよフロルは原作の舞台となった、士官学校に入学する時が来たのだ。
未来を憂いて顰め面を隠そうともしないフロルに、ハピが口をへの字に尖らせた。
「ちょっと……また暗い顔してる。
ハピが代わりにため息つきそうになるじゃん」
指摘されたフロルが眉間を揉んで皺を伸ばす。
「それはやめてくれ。
どうしても考えてると悪いほうに行くんだ」
「キミの悪いくせだよ」
「わかってはいるんだけどな」
ハピの手前、ぎりぎりフロルはため息を飲み込んだ。
「ハピがワザワザついてきてあげたんだから、楽しそうにしなよ。
例えば美味しいものの話とかさ。
修道院にはたくさんあるらしいじゃん」
フロルはパンッと自分の頬を叩いて暗い未来から思考を逸らした。
子供の頃は外に出れなかった分、本だけは幾らでも読めた。
「大陸の中心地だからそりゃ色々あると思うよ。
王国と違って育つ作物の種類も多い。
あとガルグ=マクといったらミートパイだな。
帝国の伝統的なミートパイにアレンジを加えたもので、
ルーグが王国に料理人を呼んで作らせたって伝説もある」
と戦士キーフォンを描いた『キーフォンの剣』に書いてあった。
騎士道を学ぶ上で擦り切れる程何度も読んだ本だ。
「ふーん、じゃあツボみたいな葉っぱもあるのかな。
あれ王国じゃ探してもないし」
「そこはミートパイに興味持とうな。
いや、いいけど。
食虫植物はあると思うけど観賞用じゃないかなぁ」
温帯にしか生息していない植物もガルグ=マクでは温室にいけばあると思われる。
ついでに同期になる予定のベルナデッタの好みでもあったはず。
十七年が過ぎても、案外覚えているものだと、フロルは少し嬉しくなった。
「食べられるのに飾るなんて変なこと考えるんだね」
「ハピは味覚が変なんだよ。
ザリガニ料理を振る舞われた時の父上の顔覚えてるか?」
「……思い出したら笑えてくる」
ハピの顔に小さく笑みが浮かんだ。
フロルの実家の領地では川の水面が凍りくような寒さで、ザリガニが生息していない。
ハピは態々少ないお小遣いを使ってまでザリガニを商人から買い、てずから料理したのだ。
ザリガニ料理はフォドラを見渡しても珍味に入る。
あるいは南方の帝国では貧民の飯として知られる。
目を白黒させながらフロルの父は初めて見る料理を口にした。
ハピにとって、信頼できる人物かを試そうとしたのだろうが、悪戯心もあっただろう。
「でもさー、結局キミのお父さんは食べたじゃん。
悪くないって言ってたし、キミとは違ってさ」
「俺も美味しく食べたよ」
「それウソ。ハピの顔色うかがってた」
「まさかバレていたとは!」
エビと似たような食感と聞いていたが、全然違ったし練り込まれた香草も口に合わなかった。
それでも女性の手作りの料理ということで、フロルは我慢して食べていた。
「気づいてたなら料理担当の時にたまに出すのやめてくれ。
あれはコンスタンツェもそんなに好きじゃないし」
「コニーはそんな嫌がってないじゃん。
キミがニシンのタルトを出すのをやめたら考えてあげる」
話題に上げたコンスタンツェとは最近会えていない。
父の下で忙しくしているのだろう。
フロルは懐かしく思いながら、言い訳を重ねる。
「しょうがないだろ。偏って釣れるんだから」
大量のニシンは、フロルが釣りの腕を磨いていた副産物である。
原作でひたすら釣りをしていた印象からフロルも自然とやりだした。
残念なことに未だメガミノツカイは釣れていない。
あと付け加えるなら、ハピはニシンのタルトが嫌いだが、フロルの好物料理なのだ。
「逃がせば良いじゃん。大体他の魚がほとんど釣れないのはキミが釣り下手だからでしょ」
「そ、そんなことはない、はず」
形勢不利をフロルが感じ取った時、丁度良く馬車の扉がノックされた。
「坊ちゃん、失礼します。
ガルグ=マク大修道院が見えました」
フロルは領から着いてきてくれた騎士の手助けに感謝する。
早速馬車の窓を押し開けた。
同道する騎士の向こう、雄大な山々の中心に白亜の城塞が見えた。
伝説の通り天から落ちて来た難攻不落の砦、ガルグ=マク大修道院。
フォドラの統一宗教であるセイロス聖教会の総本山にして、大陸の中心部。
周囲の一見鳥の群れに見えるすべてが精鋭のファルコンナイトだろう。
これからフロルとハピは共にあそこで過ごすことになる。
そして遠くないうちに戦乱の世は来る。
エーデルガルトとクロードの野望、闇に蠢く者たち。
フロルとディミトリの王を決める戦い。
生き残りたい。だけど、生き残るだけじゃない。
より良いフォドラの未来を勝ち取ってみせる。
窓枠に手をかけたフロルが決意を新たにした。
「ハピの話、終わってないからね」
「……はい」
誤魔化しは通用しなかった。
今はまず、好物のためこの会話を勝ち取ってみせる。