時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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10話

 

 花冠の節

 フロルの行動はフォドラの情勢を変化させる。

 しかし、蝶の羽ばたきが嵐を引き起こすように。

 思いがけない事態が起こりつつあった。

 アドラステアの南の海から吹き付ける温かい風に逆らい。

 北から冷たい吹雪がやってくる。

 聖堂二階の会議室で、セテスにより青獅子の学級が集められていた。

 

「今節の課題だが……スレンがまた動き始めた。

 よってこのスレン撃退を今節の課題とする」

 

 セテスがフロルの目を見ながらそう言った。

 

「スレンって、フォドラの北に住んでいる人たちですよね」

 

 アッシュの言葉に、メルセデスがしみじみと頷いた。

 

「あんまり仲良くないのよね~」

「言葉が違うって聞いたけど……」

 

 反応は二つに分かれる。

 王国東部と西部では、スレンに対する空気感が違う。

 

 最も密接に関わるシルヴァンが、渋い顔を浮かべた。

 

「俺からしたらついにって感じだ。

 仲良くない、というか。

 深い因縁のある相手なのは間違いないぜ。

 俺たちがまだほんの子供だった頃にも、

 ファーガスとスレンは正面切って戦ってる」

 

 スレンとは王国の北東に位置する、少数民族の国家である。

 フォドラとは信仰も言語も違う。

 荒涼とした平原と山岳地帯に住み、漁業と放牧で生活している。

 それだけならまだ良いのだが食料が不足すると王国に略奪に来るのだ。

 シルヴァンのゴーティエ家はスレンに対する防人として長年戦ってきた。

 フロルも肯定する。

 

「その通り、西部では実感がないかもしれないが、

 実際はうちの領地にも毎年少数で略奪に来ている。

 積もり積もった恨みで民の憎しみも大きい。

 今回はそれより規模が大きいみたいだがな」

 

 彼らは平気で家に火をつけ、犬を殺し、扉を蹴破り、食料を奪っていく。

 仮に民が生き残ったとしても貧しい東部では冬を越すことはできない。

 民はスレンを、「吹雪の中から現れる悪魔」だと教えられて育つ。

 フロルも領民のため、兵を率いて多くのスレン人を殺してきた。

 

「外交とかで止めることはできないんでしょうか」

 

 アッシュの言葉に皆が微妙な顔をして、視線を向けた。

 貴族の間では常識だった。

 

「な、なんです?なにか間違ったこと言ったでしょうか」

 

 アッシュの疑問にディミトリが答えた。

 

「いや、アッシュが知らないのも無理はない。

 セイロス聖教会はフォドラの外との外交を禁じているんだ」

 

 ディミトリに続いて、セテスが聖典から引用する。

 

「本来は外交だけではないのだが。

 主への信仰なき者達と交わることを禁ずる。

 それは信仰を持たぬ者達が堕落し、

 その魂が主の身許へ還ることはないからだ」

 

 王国の成立過程から教会の決めた法に反するという選択肢はない。

 そもそも、スレン族との融和など被害を受けた民が納得しない。

 原作でもシルヴァンがその生涯を捧げなければ関係改善できないのだ。

 

「では逆に攻め込むことはできないんでしょうか」

 

 アッシュの疑問に今度はシルヴァンが答えた。

 

「スレンは殆ど作物が育たない土地だ。

 今の時期は丁度雪で閉ざされているが、

 雪が解けても作付けは無理だ。

 民は常に部族ごとに放浪していて拠点を定めない。

 攻めたところで得る物がないんだよ。

 そんなわけで今もやり合ってるわけだ。

 昔は人質がいたんだが逃げちまったしな」

 

 フロルも子供の頃にいたスレンの人質の存在は知っていた。

 たしか族長の末息子だったはずだ。

 ゴーティエ辺境伯から丁重に扱われ、フォドラの言葉や習俗を学んだ。

 融和のきっかけになれば良いと辺境伯は考えたのだろう。

 だが結局はそうはならなかった。

 

「フン、斬らずに情けをかけるからだ。

 氷壁の名が泣くぞ」

「フェリクス、そんな言い方」

「いや良いんだイングリット。

 父上が失策を犯したのは事実だ」

 

 幼馴染たちが交わす会話を聞きながら、フロルは思案した。

 

 今回の侵攻は、少なくとも闇に蠢く者の策謀ではないのが救いだ。

 王国を担当していたコルネリアもクロニエも死んでいる。

 フロルの父が軍を西に動かしたことがきっかけとなったのかもしれない。

 昔よりイーハ領は豊かになっている。

 軍の少なくなった領地に、実りを略奪しにきてもおかしくない。

 

 話の理解が済んだことを確認し、セテスが頷いた。

 

「嘆かわしいことに西方教会の一件から王国内の信仰は揺れている。

 よって中央教会からセイロス騎士団の派遣を決定した」

 

 背後から扉の開く音が聞こえる。

 

「失礼するよ。アタシを呼ぶなんてよっぽどの事態みたいだね。

 おかげでペガサスを一頭潰しちまった」

 

 教会の懐刀である最強の聖騎士、雷霆のカトリーヌが遅れて入室した。

 その勇名の元となった英雄の遺産『雷霆』を携えている。

 西方教会の状況確認に行くと聞いていたが、急いで呼び戻したらしい。

 それだけ教会も本気ということだ。

 

「来てくれたか。彼女がスレンに同行する」

 

「雷霆か。一度は剣を交えてみたいと思っていた」

 

 フェリクスの凄みをカトリーヌは笑って返した。

 

「はははっ!威勢が良いのは嫌いじゃない。

 侵略者共を残らず叩き出したら付き合ってやるよ。

 それまで何かあったら、アタシらを頼ってくれ」

 

 

 ルスカ山脈の雄大な景色の下。

 青獅子達はセイロス騎士団と共に雪の山道を行軍していた。

 馬を使うことが出来ず、移動手段は徒歩だ。

 代わりにイングリットを筆頭にペガサス騎兵が上空を偵察している。

 雪に降りなくて済むペガサスは王国の風物詩だった。

 最後尾を唯一馬でも動けるヴァレリアが、物資を積んで運んでいた。

 

「もう少し時期がずれていたらまずかったな」

「ああ、雪がとけて地面が泥濘んでいただろう。

 そうなっては行軍どころではない」

 

 フロルが驚いて振り返る。

 独り言に返事をしたのはディミトリだった。

 

「……殿下は雪の行軍に慣れているので?」

「口調を改めなくていい、フロル。

 なかなか、お前と話す機会がなかった」

 

 それはフロルが避けていたからだとは流石に言えなかった。

 義務的な会話は同じ学級だからしていたが、個人的に話すことはなかった。

 白い息を吐き出して冷たい空気を肺に入れれば少しは冷静さを取り戻す。

 

「どういう風の吹き回しだか知らないが……」

 

 フロルの拒絶をディミトリが遮った。

 

「少し話をしないか」

 

 二人は声を聞かれないよう隊列から外れ、並んで歩き始めた。

 会話はディミトリの謝罪から始まった。

 

「すまない。お前が俺を避けるのも当然だ。

 初めて話したあの日、俺は言うべきでない事を言った」

「ディミトリ……気にしてないと言ったら嘘になる。

 だけど、逆の立場なら俺もそうしただろう」

 

 王の葬儀の最中、フロルはディミトリに話しかけた。

 しかし、一体なにを言いたかったんだと今でも後悔している。

 慰めか、共感か、そんなものフロルがする権利などなかった。

 

「こうして雪の上を歩くとダスカーを思い出す。

 あの日は今より積もってはいなかったが、もう少し寒かった」

「……朝に雪が降って、

 知らせが届くまで屋敷から外を眺めていたのを覚えている」

 

 フロルはダスカーの悲劇が起こるはずがないと楽観視していた。

 王が生きている限りディミトリと争わずに済むと安堵していた。

 

 ランベール王は生涯無敗の戦上手だ。

 父がフロルを王にしようと考えても、反乱を起こせない。

 ドゥドゥーやフェリクスのようにディミトリを支える未来を夢想した。

 フロルはそのためにコルネリアを殺し、父を説き伏せたのだ。

 それでもダスカーの悲劇は起こった。

 

「父上と継母の馬車に乗っていれば良かったものを、俺が我儘を言って外にいた」

 

 ディミトリが呟くようにぽつりぽつりと話し始めた。

 二人が踏みしめる雪の音もフロルにはどこか遠くに感じられる。

 

「俺を庇ったグレンの腹は裂かれ、止めどもなく溢れ出る血が俺を濡らした。

 馬車からは継母の悲鳴が聞こえた。

 グレンは俺一人を馬に乗せると、父上を助けると言ってその場に残った」

「……お前のせいではないだろう」

 

 口の中が乾いていく。これはフロルの罪だ。

 

「伯父上が襲撃者を呼び込んだというダスカー人を俺の前に連れて来た。

 他にも仲間が大勢いるとそいつは言った。

 それを知って、俺はダスカーの人々を怒りのままにこの手で殺したんだ」

 

 ディミトリの目が虚空を彷徨う。

 今もディミトリの目には死者の群れが映って見える。

 悲劇の後、事態は悪い方に動いた。

 

 ダスカー人の関与が明らかになり、民の怒りはわかり易い方に向いた。

 ダスカー征伐が行われ、復讐心からディミトリとフェリクスが志願した。

 フロルの父は国内の不満を逸らすため、止めようともせず、むしろ勧めた。

 全てのダスカー人が計画に参加したわけではない、ごく一部だっただろう。

 だがダスカー人は同胞が目の前で殺されて黙って見ていることは出来なかった。

 暴徒化したダスカー人と軍が衝突し、虐殺が起こった。

 

 血の繋がり故か、次に言う言葉がフロルにはわかってしまった。

 

「俺は王に相応しくない。フロル、お前が王になれ」

 

 我慢の限界だった。

 フロルがディミトリの襟を掴んで引き寄せ、怒鳴りつける。

 

「死者ではなく現実を見ろ!

 なぜ同胞を殺されたドゥドゥーはお前の傍にいる!

 お前を王にと望む声は死者の声より小さいのか!」

 

 初めて、虚空を彷徨っていたディミトリの目がフロルを見た。

 

「……お前が王になることを望まなくても俺は殺すぞ。

 ドゥドゥーだってフェリクスだって殺してやる。

 それが玉座につく者の定めだからだ!」

 

 王になることを望まなくても内戦は起きる。

 互いを王にと望む者達が剣を向け合い血を流すことになる。

 ならばせめて彼らの王としてあらねばならない。

 

「王が死んだあの日から、俺達の運命は決まっていた。

 全てはもう手遅れなんだよ、ディミトリ」

 

 泣きたくても泣けない顔がフロルの目に映った。

 揺れる瞳孔、青ざめた頬に、血の気の引いた唇は寒さのせいではない。

 その顔を見てフロルの怒りが急速に冷めていく。

 

「……フロル、俺は」

「もう二度とそんなことを言うな」

 

 ディミトリを突き放して、隊列に戻るため歩き始める。

 王の資格を持つ二人が共に幸せになる道などない。

 もはや引き返せない場所まで来てしまっている。

 

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