時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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11話

 

 ルスカ山脈にあるゴーティエ家の砦は見るも無残な姿になっていた。

 破壊された門には兵たちの死体が吊るされていた。

 裸に剥かれ、生きたまま凍死させられた者もいる。

 中庭には弓の試し打ちの的になった兵が壁に縫い付けられている。

 食糧庫も武器庫もすべて略奪されていた。

 

 カトリーヌが眉をひそめた。

 

「こりゃ酷いね。

 アタシが見て来た中でも悪い方だ」

「うぐっおえっ」

 

 アネットが吐くのも無理はない。

 その背中をさするメルセデスの顔も青ざめていた。

 従軍経験をしてきた者でさえ、この光景には忌避感を覚える。

 

「……こんなことする連中じゃなかったんですがね。

 あんたはどう思います?」

「どうやら俺達の知らない事情があるようだ」

 

 横に並んだシルヴァンの問いにフロルが首をひねる。

 スレンの目的は略奪だ。

 その目的は食料や鉄製品であり、奴隷文化はなく、人狩りを行うような集団ではない。

 それでもあえて残虐非道な行為をしたのならスレン内部に対する示威行為も含まれる。

 過激派なのは間違いないだろう。

 如何せん、国交を禁じられているため事情が分からない。

 

「長が死んで政変が起こったのかもしれないな。

 幸いなのは敵に統率が取れていないってことだ」

「どういう意味?」

 

 ベレスの質問に、フロルは地面を指さした。

 そこには雪と泥の上に何本もの線が走っている。

 

「連中はこの時期犬ぞりを使うんだが、

 略奪品の分配で揉めたみたいだ。

 運んだ重量に差があるし、

 計画的に運び出していないから何回も往復した跡がある。

 吹雪が降らなければ追跡することはできそうだ。

 今はとにかく遺体を片付けて……」

 

 言い切る前に犬の鳴き声が砦の外から聞こえてきた。

 

「罠だ!」

 

 フロルがヴァレリアの荷物を繋ぐ革紐を切断し、飛び乗った。

 ベレスも生徒に指示を出す。

 

「メルセデスはアネットを見てあげて。

 アッシュとハピは監視塔。

 シルヴァンは二人の護衛をお願い」

 

 一瞬の間があった。

 ベレスだけが使える女神の力、天刻の拍動を使ったのだ。

 

「フェリクスは後方の敵の対処。

 イングリットは上空から敵の様子を観察しつつフェリクスの援護。

 ディミトリとドゥドゥーは壊れた門の代わりに騎士団と共に入り口を抑えて。

 フロルは私を乗せて遊撃に出て」

 

 ベレスの的確な指示に全員が素早く行動を開始した。

 今や、ベレスの指揮能力を疑う者は居なくなっている。

 実際に何度も目にすると、時を巻き戻す天刻の拍動は無法だ。

 スレンは砦の背後に兵を伏せていたのだろう。

 逆にフェリクスとイングリットに奇襲を仕掛けられる。

 敵に回った時これほど恐ろしい存在はいない。

 だが今は味方だ。

 フロルがベレスの手を掴んで馬上に引っ張り上げた。

 

「ちょっと無茶な走り方になる。しっかり掴まってくれ」

「わかった」

 

 ベレスがフロルの腰に手を回したことを確認し、砦の外へと躍り出た。

 直ぐに雪の向こう側から幾つもの犬ぞりに牽引されるスレン兵が現れる。

 空には五頭のペガサス兵も見えた。

 先頭をハピのバンシーΘが吹き飛ばし、ペガサスをアッシュの矢が撃ち抜く。

 止まることなく城門に突入してきた敵兵とディミトリ達がぶつかった。

 

 スレン兵の猟犬は体躯が大きく獰猛なルスカオオカミとの混種だ。

 その防御を忘れた飛び掛かりは兵以上に脅威となる。

 セイロス騎士の一人が引き倒され喉元に食らいつかれそうになる。

 

 次の瞬間には、カトリーヌの『雷霆』が猟犬の首を刎ねた。

 雷撃で焼ききれた切断面は血の一滴も零さない。

 

「躾のなってない犬め!死んで後悔しな!」

 

 監視塔へと襲い掛かるペガサス兵をシルヴァンが防ぎ、魔法と矢が撃ち落とす。

 ドゥドゥーが大盾で突撃を受け止め、隙間を縫うようにディミトリが突き殺した。

 

 前線がぶつかり合う間にもフロルとベレスが大きく迂回する。

 敵の側面から襲撃を仕掛けた。

 犬ぞりからスレンの言葉で怒声があがる。

 

「俺の友を殺した奴だ!手綱を貸せ、俺が殺すッ!」

 

 フロルの脳裏に浮かぶのは、領民の無惨な死体だ。

 食料を奪われまいと抵抗したのだろう。

 夫婦の亡骸が、血に染まった藁の上に投げ出されていた。

 代わりにその日はスレン人を三人殺した。

 

「……シルヴァンは、凄いな」

 

 フロルにスレンとの融和など無理だ。

 命で償わせる以外にない。

 ブレーダッドの紋章が輝き、放たれた投槍が猟犬の頭部を破壊する。

 横転するそりの上からスレン兵が投げ出される。

 容赦なく、ヴァレリアが蹄で踏み殺した。

 

「フロル、今は戦いに集中して」

「わかっているよ、先生」

 

 雪の上を犬ぞりに並走する。

 犬ぞりに飛び乗ったベレスが、たちまち、剣を血で染め上げた。

 ベレスがふわりと宙に身を投げ出して、フロルが受け止める。

 前線の負担を軽くするため、二人は後続のスレン兵を殺していった。

 

 一刻続いた戦闘は終結した。

 雪一面が死んだスレン兵と猟犬の血で赤く染まっている。

 此方の死者はなし。

 カトリーヌを中心としたセイロス騎士団が精強だった。

 

 口を割らせるためスレン兵が二人だけ生かされていた。

 回復魔法で治せるとはいえ、足の腱を斬られ、跪かされている。

 カトリーヌが雷霆についた血を拭い、冷めた目で捕虜を見下ろす。

 

「よければアタシらがやるよ。聞きたいことを喋らせるのは得意だ」

「ジャキョウトメ!イヌノエサニッ!」

 

 片言の罵倒に対してカトリーヌの拳が赤く染まった。

 拷問することも厭わないだろう。

 教会は信仰なき者に容赦がない。

 シルヴァンがカトリーヌに待ったをかけた。

 

「いや、俺がやります……やらせてください。これは俺の家の不始末だ」

「解った。だが日が暮れるまでに話さなかったらアタシらがやる」

 

 カトリーヌはシルヴァンを一瞥した後、ゴーティエ兵の遺体の処理に向かった。

 

 

 青獅子達は疲れた体に鞭打って遺体を埋葬し、砦の中を滞在できるように整えた。

 皆不安なのか個室ではなく広間で毛布をかぶり寄り添い合っていた。

 中心には破壊された家具を燃やして、焚火にしている。

 

「別にハピは大丈夫だし。他の人についていてあげたら?」

「もう少ししたらそうするよ」

 

 フロルは肩を寄せるハピの手を握った。

 砦の光景は実験場で見たものと、近いところがあった。

 言葉では強がってもハピには負担が大きかっただろう。

 事実、ハピの細い肩が小さく震えていた。

 

「あのさ」

「なんだ?」

「キミは……なんでもない」

 

 何か言いかけてハピは止めてしまった。

 いつもこうだ。

 なにかしてやりたいと思っても、ハピがなにを望んでいるかわからない。

 結局、フロルがしてやれることなんて寄り添うくらいしかない。

 しばらくしてハピの震えは止まった。

 

「……暇なんだけど。寝ていい?」

「ああ、おやすみ」

 

 小さく寝息が聞こえ始めた。

 それを待っていたベレスがフロルの前にやってきた。

 

「シルヴァンが口を割らせた。フロルも来て欲しい。

 意見を聞きたい」

「わかった……直ぐに行くよ」

 

 フロルは強く掴まれていたハピの手をそっと離した。

 会議室にはベレス、ディミトリ、シルヴァン、カトリーヌ、そしてフロルが集まっていた。

 燭台に灯った火が辛うじて全員の顔を照らし出す。

 血を拭いきれなかった黒板にスレンの簡易的な地図が描かれていた。

 

「さて、集まったみたいなんで説明させてもらいます。

 人質ですが、故郷に戻り、フォドラの内情を伝えることで、

 部族での立場を得たみたいです。

 問題はそいつと族長が会合中に魔獣に襲撃されて死亡したことですね。

 どうにもこの魔獣が面倒なようでして……。

 今スレンは集落単位で好き勝手動いているみたいです」

 

 フロルはほっと胸をなでおろした。

 幼い頃にもあった本格的な開戦にはならないようだ。

 そんな余裕など今後帝国と戦うことになる王国にも教会にもない。

 

「つまり襲撃自体はスレン全体の意志ではなく、過激派の行動というわけか」

「今の兵力では根絶やしにできない。

 アタシも何時までも居られるわけじゃないし、防衛だけってのも難しいな」

 

 カトリーヌが難色を示すのも当然だ。

 王国側から侵攻するには執行権を持つ父リュファスの認可がいる。

 教会が王国を巻き込んだ戦争を許すはずがない。

 セイロス聖教会は、王国の信仰を取り戻す目的で派遣したのだ。

 

「いいか」

 

 フロルが手を挙げて注目を浴びた。

 頭に血がのぼったまま判断を下す前に言うべきだろう。

 

「このままだと報復合戦で終わらない殺し合いになる。

 手段は選ぶべきだ。

 行動の意図を相手が勝手に読み取るのは外交じゃない」

 

 周囲の反応を見るとディミトリが真っ先に気付いた。

 

「魔獣を倒すわけか。

 族長を殺した魔獣を倒せば、此方の戦力を示せる。

 それに、報復が目的じゃないことも伝えられる」

「良いと思う。そうしよう」

 

 ベレスの一押しが青獅子達の行動を決めた。

 

 ところで、この広いスレンから魔獣を見つけ出す手段が必要になる。

 幸いフロル達にはその手段があった。 

 ハピには紋章に由来する特殊能力がある。

 ティモテの紋章は伝承曰く。

 その吐息は夜を呼ぶものが司った星の力を帯び、どこまでも輝くという。

 ハピのため息は魔獣を呼び寄せることができる、いや、寄ってきてしまう。

 

「自分からため息をつくって結構難しいんだけど」

 

 翌日、城壁に立つハピの文句に、フロルは少し頭を悩ませた。

 

「わかった。じゃあハピがなくしたと思ってるテフだけど。

 実は俺が飲んだ」

「はああぁ……キミさ。あ、出た」

 

 天地が鳴動する。

 雪と泥が噴火のように噴き上がり、大地が裂けてその巨体が現れた。

 見上げても日の光が邪魔をしてその全容を知る事さえできない。

 のっぺりとした白い皮膚、手足のない胴体、全てを飲み込みそうな口。

 巨大なワームだ。

 

「アタシもここまで成長したのは初めて見るね」

「あらあら~、大きいわね〜」

「こんなの倒せるんでしょうか」

「斬ってみればわかることだ」

「おいおい、父上から破裂の槍を借りて来れば良かったぜ」

 

 各々が威圧感に耐えるため、そして奮い立つために、言葉を交わした。

 

「……名づけるなら天地を返すものか」

 

 魔法使い達のサンダー、シェイバー、バンシーΘといった様々な魔法が降り注ぐ。

 しかし、毛ほども気にせず魔物はハピへと向かって前進する。

 

「イングリット、頼んだ!」

「任せてください!」

 

 ハピを抱えたイングリットがペガサスですぐさま飛び立ち、距離を置いた。

 

「アタシを無視するなんて良い度胸だね。

 その傲慢、高くつくよッ!」

 

 カトリーヌのカロンの紋章が輝き、『雷霆』との適合反応が活性化する。

 英雄の遺産の真の力が雷鳴と共に現出する。

 血に刻まれた紋章と英雄の遺産が一致することでのみ真価を発揮するのだ。

 カトリーヌの放った斬撃が深々と魔物に突き刺さり、肉を焼き焦がす。

 次々と騎士と青獅子達が魔物へと攻撃を仕掛けていき、巨体は血に染まった。

 

「まずい。イングリットッにげ……。

 いや、これじゃダメ。フロル!受け止めて!」

 

 初めてベレスの声に焦りが浮かんだ。

 

 ギイイイイイイイイイイイイッ!!!

 

 魔物が絶叫をあげ、雪原に罅を穿ち、泥を噴き上がらせる。

 放たれた衝撃波がペガサスを撃ち抜いた。

 ペガサスが意識を失い、イングリットとハピが宙に投げ出される。

 同時にヴァレリアがフロルを乗せて落下地点へ向けて駆けた。

 

「よくも!」「逸るなシルヴァン!」

 

 シルヴァンとフェリクスが魔物の気を引いて時間を稼ぐ。

 ぎりぎりで間に合った。

 フロルがヴァレリアから跳躍してハピとイングリットを抱きしめた。

 ゴロゴロと雪の上を転がって衝撃を逃がす。

 

「掴んだ!二人とも無事だ……ああ、クソ」

 

 空が陰っている。

 否、日の光を隠す程の巨体がフロルに振り下ろされようとしていた。

 フロル一人なら逃げられるが、抱えた二人と共には逃げきれない。

 

「逃げてください!」

「いやだ!」

 

 イングリットの言葉にフロルは反射的に叫んだ。

 動けないフロルの眼前にディミトリが現れた。

 

「受け止めるぞ、フロル」

「……お前って奴は」

 

 ディミトリが槍を捨て、その両腕を天に掲げる。

 

 ああそうだ。お前はそういう奴だ。

 だから、俺は──。

 

 フロルも立ち上がりディミトリと並んで構えた。

 大地を覆う影の中で、王権たる二つのブレーダッドの紋章が輝いた。

 

「「おおおおおおおおおおオオオオッ!!!」」

 

 二人の腕の血管から血が噴き出し、支える骨にヒビが走る。

 踏みしめた脚が雪に埋まり、泥に混じった粉雪が舞い上がった。

 それでも、確かに潰れることなく魔物の落下を抑えきった。

 むしろ魔物が徐々に押し返され始め、ついには跳ね返される。

 天を喰らうような巨体がたった二人の人間の力で、ふわりと宙に浮いた。

 

「はっはっは!こいつは驚いた!なら、アタシも良い所見せないとねッ!」

 

 先ほどよりも熱く激しくカトリーヌの雷霆が赤い輝きを放った。

 膨大な熱量で刀身を融解させながら雷鳴を轟かせる。

 カトリーヌが、落下する魔物の中心をぶち抜いて、反対側から飛び出した。

 

「今しかない。いくよ、皆!」

 

 ベレスの掛け声に合わせて全員が魔物を仕留めるため動いた。

 振り注ぐ魔法と斬撃に魔物がのたうち回るが、長くは続かない。

 疲労で動けなくなった生徒たちの前で魔物が絶命した。

 

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