時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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12話

★〈支援会話:ジェラルト〉

 

 ガルグ=マク大修道院からほど近い同盟バーガンディ子爵家の森の中。

 フロルの前で、最後の賊がジェラルトに首を刎ねられて絶命する。

 回復役として騎士団の仕事に同道してきたのだが、一切出番はなかった。

 しかしそれでも、フロルが呼ばれた理由を理解する。

 ジェラルトの殲滅速度に、騎兵でもない回復役が追いつくことが出来ないからだ。

 最強の傭兵、『壊刃』の異名は伊達ではない。

 刃の血を払ったジェラルトがふぅと大きく息を吐き出した。

 

「……良い馬だな」

 

 ジェラルトはフロルが乗るヴァレリアを見て褒めた。

 ヴァレリアが満更でもなさそうにぶるると鼻を鳴らす。

 フロルも胸を張る。

 

「一心同体ですから」

「いや、動物と心を通じ合わせる奴は何度か見てきた。

 昔の戦場には……まあ、それはいい」

 

 レアから与えられた血によってジェラルトの寿命は人を超越した。

 ジェラルトが生まれた時代は、今よりも紋章の血が濃かった。

 獣の紋章だけでなく、紋章のいくつかは動物と話したという伝説が残されている。

 

「その馬はお前が命じなくても勝手な判断で動く。

 どこに罠があるのか察知して、対処出来るなら飛び込み、無理なら引く。

 お前が敵に集中している間は周囲の警戒を怠らず、奇襲に必ず反応する。

 まるで馬ではなく熟達した戦士だ」

「そう言われると確かにそうですね。

 でもまあ、馬の中でも特別賢いってだけじゃ……うわッ!」

 

 突如ヴァレリアがフロルを乗せたまま鹿のように後ろに跳んだ。

 重心を深く下げ、ジェラルトを睨みつけながら耳を絞る。

 警戒と敵意を向けながら、どうすれば逃走できるかと愛馬は思考を巡らせた。

 

「おい、本当にただの馬か?

 試しにと思ったが、俺の殺気に反応したぞ」

 

 ジェラルトが呆れ半分感心半分の声をだした。

 ジェラルトほどになると殺気の向きを絞ることすら可能らしい。

 フロルにはわからない世界だ。

 

「やめてくださいよ。

 こいつジェラルトさんが寝たところを襲おうとしますよ」

「はは、寝込みを奇襲する馬か。

 流石に俺の人生の中でもそんな目にはあったことがねえな」

 

 フロルの言葉になんでバラすんだとヴァレリアが唸った。

 

「昔、仕事でミルシャの森に魔獣を狩りに行ったことがある。

 深い霧の中でしか現れない魔獣でな。人間みたいな知性があった。

 丁度その馬みたいにこっちの計画を暴いて、逆に利用してきやがった。

 俺もまだ若かったから逃げるしかなかったんだが、そういった類いの末裔かもしれん」

 

 ジェラルトが過去を懐かしむ。

 フロルはジェラルトがモーリスと戦ったことがあるとは思わなかった。

 未だ生きている十傑の一人であり、魔獣に堕ちて同盟領の森を彷徨い続けている。

 フロルが警戒をやめないヴァレリアの鬣を撫でた。

 

「やめとけって。流石にお前でも勝てない相手だぞ」

 

 愛馬が渋々と言った様子でジェラルトを睨みつけながらも、警戒を解く。

 馬の成長は人より早い。

 赤子のフロルはヴァレリアにとって、子供の様なものだったのかもしれない。

 おかげで暴君に育ってもフロルの言うことを聞いてくれる。

 

「こいつは俺と生まれた日が同じなんです。

 だからそういう星の下に生まれたんだと思っていました」

「……ま、そういうこともあるかもしれん」

「今度、父上になにか知らないか聞いてみようと思います」

「俺も興味がある。なにかわかったら聞かせてくれ」

 

 曰くフロルと同じ様に母を亡くして産まれてきたらしい。

 とはいえ奇妙な偶然以外、謎を解明できなかった。

 秘密の多い乙女なのだと、ヴァレリアは自慢げに嘶いた。

 

★〈支援会話:イングリット〉

 

 早朝、ガルグ=マク大修道院では小鳥の囀りが響く。

 それを耳にした犬猫がのそのそと起き出して大きな欠伸をする。

 フロルとイングリットは大修道院の一室で対面していた。

 互いに顔に浮かべるのは困惑だ。

 机の上にはそれぞれに宛てられた手紙が開かれて置かれていた。

 

「あれ?二人ともどうしたの?」

「まるでお見合いしているみたいよ~」

 

 偶然部屋の前をアネットとメルセデスが通りかかった。

 二人は興味津々な様子で部屋の中に入ってくる。

 

「……まあ、二人なら大丈夫か」

 

 フロルが、机の上で手紙をすべらせてアネット達に見せた。

 アネットが早速手に取って読み上げる。

 

「えーなになに。フロリアヌス=ティエリ=ブレーダッド様、如何お過ごしでしょうか。

 この度はイングリット=ブランドル=ガラテアとの縁談に先立ち……縁談……。

 ええええええええええええええええ!!」

「……あらあら~」

 

 アネットの絶叫に驚いた小鳥たちが飛び立つ。

 まさかのフロルとイングリットとの縁談話である。

 イングリットの結婚問題、自分が原因になるとはフロルも思ってもいなかった。

 

 フロルの父と、イングリットの父であるガラテア伯のどちらが提案したのかは解らない。

 ただ、父は国王派のガラテア伯を引き込むためなら多額の持参金を積むだろう。

 そして手紙を読む限り、ガラテア伯の反応も悪くない。

 フロルを支持する西方諸侯は肥沃な大地と海を使った交易で、王国屈指の資金力を持つ。

 対してガラテア伯の領地はスレンのような荒涼とした土地で、王国の中でも貧しい。

 伯爵が情勢を見つつ、鞍替えを考えるのも無理はない。

 

 前に父にエリデュア子爵が蟄居させられたこともそうだ。

 フロルの知る限り暗殺計画にエリデュア子爵が関わったという証拠はない。

 父はフロルを王にするため何重にも策謀を弄する。

 フロルがすべて把握しているわけもなく、時々こういった予想外が起こる。

 

「きゃーーーーっ!!ふ、二人とも、ど、どどどど、どーするの!」

 

 バン!バン!と机を両の手で叩いてアネットが焦る。

 そのおかげで、フロルが冷静になれた。

 そもそもフロルもイングリットも互いに恋愛感情はない。

 精々が良く顔を合わせる同級生くらいの関係なのだ。

 縁談は寝耳に水だった。

 

「俺はイングリットのためにならないし断るつもりだ。

 イングリットは可憐で非の打ち所がないとは思っている。

 それは確かだが、こういう形は良くないだろう。

 ただ俺の立場上、イングリットの評判に傷をつけないように断るのがな」

 

 フロルは王位継承権第二位。

 縁談が白紙になったと知られたら心無い噂が立ってもおかしくない。

 

「いえ、その、私は……」

「案外自分からどうこうって難しいからなぁ」

 

 悩ましい問題だった。

 イングリットの元婚約者、グレンはダスカーの悲劇の最中に死んだ。

 貴族の間でも王が死に、虐殺に発展したダスカーの悲劇は避けるべき話題だ。

 ここにきて更なる醜聞となればイングリットの未来に暗い影を落とす。

 断る方向に持っていこうとしたフロルの話を、イングリットが遮った。

 

「あの!フロルが私のためと言う理由で断るのなら、私は受けても良いと思うのですが」

 

 フロルの開いた口が中途半端に閉じなくなった。

 使い物にならなくなったフロルの代わりにメルセデスが尋ねた。

 

「どうしちゃったの~?もっと考えた方が良いと思うけど」

「勿論フロルが嫌でなければです。

 ただ、貴族の結婚とはそういうものでしょう」

 

 フォドラの常識はそうだ。

 バルテルス男爵は紋章の血を取り込もうと、義理の娘であるメルセデスを娶ろうとした。

 酷すぎる例だが似たような話はフォドラの歴史ではよくあることだ。

 王国の成り立ちから、王国貴族は他国より紋章に固執する気風がある。

 紋章を持つ者同士で結婚し、子に紋章を受け継げるなら、それは良縁と言える。

 

「家格はフロルの方が上でブレーダッドの大紋章を持っています。

 私が持つのはダフネルの小紋章ですが同じ紋章持ち同士で子に紋章が受け継がれた例があります。

 多額の持参金を用意して頂けるそうですし。

 両家の繋がりが深くなれば白角海を使った交易での収入も望めます」

 

 つらつらとイングリットがメリットを挙げていく。

 攻勢にフロルが耐えきれず救いを求めて手を挙げた。

 

「アネット閣下、メルセデス閣下、我が軍は劣勢。

 既に右翼は包囲され、中央もまた壊滅状態にあります。

 どうかご助力を」

 

 二人とも事態を重く見て直ぐに助け船をだす。

 

「ううっ、互いのために力を尽くして助け合うのが夫婦っていうか。

 その、とにかく、もう少しこういうのって、考えた方が良いと思う!」

「そうね~。私も幸せに結婚できるとは思っていないけれど。

 幸い二人とも士官学校にいるんだし。

 お互いのことをもっとよく知ってからでも良いんじゃないかしら~」

 

 時間を稼ぐのは悪くない手だとフロルも思った。

 これから起こることを考えれば結婚などと言っている場合ではなくなる。

 劣勢にも拘わらず持久戦を選択するとは流石、アネットとメルセデスだ。

 二人に感謝して、フロルは努めて明るい声を出した。

 

「そうそう、別に急ぎってわけじゃないんだ。

 イングリットに好きな人が出来て結婚したいってなったら父上をなんとしても説得する。

 今は内々にとどめて置いて、保留で良いんじゃないか?」

 

 メルセデスとアネットには知られたが、縁談はまだ公の話ではない。

 フロルにだけは激甘な父は、フロルが言えばこれくらいは認めるはずだ。

 イングリットが渋々頷いた。

 

「……わかりました。いずれにせよフロルの意志が優先されることです」

「ガラテア伯には俺が手紙を書いて上手い事やっておくよ」

 

 このことが後々面倒な問題を引き起こすのだが、フロルはまだ知らなかった。

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