時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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13話

★〈支援会話:ハピ〉

 

「ハピ、ちょっと良いか?」

「なに?」

「遠乗りに行こう」

 

 近頃、大修道院でペガサスを使った遠乗りに行くことが、密かなブームになりつつあるらしい。

 フロルも是非体験してみたかった。

 フロルはあとでヴァレリアに蹴られるのを覚悟で、二頭のペガサスを借りた。

 放課後、二人はフロルの作った弁当を持って出立した。

 眼下には夕日に照らされて赤く染まったフォドラの広大な大地が広がっている。

 ガルグ=マク大修道院を山脈が囲い、南には平原の傍を大河が流れていた。

 王国にはない暖かな風に乗って二人は空を飛ぶ。

 

「ふーん、キミにしてはなかなか悪くないじゃん」

「せっかく王国から来たんだ。こっちなりの娯楽を知っておきたいからな」

 

 王国のペガサス乗りは吹き付ける寒風との戦いで、娯楽とは程遠い。

 子供の頃に乗った時は、寒さで眠りそうになった瞬間、師の拳が顔面を襲った。

 それだけ危険なのだ。

 毎年吹雪に飲まれて行方不明者が出る。当然何日か後に凍死体で見つかる。

 嫌な思い出を頭から追い払ってフロルは景色を楽しんだ。

 しばらくすると森の中にできた草原が見えてきた。

 

「大樹の節の模擬戦はあそこでやったんだったな」

「まーね。ハピも頑張ったし」

 

 闇に蠢く者の拠点を潰すため、フロルは出場できなかった。

 

「降りてみよう」

 

 ハピは提案に頷いて、共にペガサスを草原に着地させる。

 二人はペガサスを降りて、草の上に足をつけた。

 並べられ放置された馬防柵や土嚢は、雨風で崩れ始めている。

 また新たな士官学校生が来るときに作り直されるのだろう。

 

「えげつない手を使ったって聞いたけど、どうしたんだ?」

「あー……。先生はここでやるって知ってたみたい。

 それで始まる前にあの辺りに落とし穴を掘った」

 

 ハピが指をさした場所は丁度林を出たところにある。

 策謀を好むクロードのことだから兵を割いてまで林に伏せる。

 青獅子の学級と黒鷲の学級が争い始めたところで漁夫の利を狙うのは間違いない。

 

「誰がはまったんだ?」

「えーっと……ひ、ひ……」

「ヒルダな。桃色の髪をしている子だろ。

 他の学級の生徒の名前、そろそろ覚えたらどうだ?」

「まーいいじゃん。フルルに聞けばわかるし。

 それとそこに柵を隠しておいたかな」

 

 柵が置かれていたのは王国と帝国の間だ。

 黒鷲の前衛が戦い始めたところで、柵により後衛と分断されれば蹂躙される。

 青獅子の学級は他の学級の追随を許さない近接戦闘能力が特徴だ。

 強みを活かしきれば数の差などあっと言う間にひっくり返せる。

 なるほど。

 勝敗は、戦いの前に決すると言われればその通りなのだが、模擬戦で使うにはなりふり構わな過ぎる。

 

「よく準備できたな。

 ばれないようにやるってなると、時間もそうないだろうし」

「ディミがキミがいない分頑張ったんだってさ」

 

 フロルは納得した。

 ディミトリの怪力なら短い間に深い落とし穴を掘ることも出来るだろう。

 

「そうだな。あいつはそういう奴だ。

 ……ってまるで伝聞みたいだがハピは手伝わなかったのか?」

「それ聞く?思わずため息しそうになったら休めってさ。

 ハピだって我慢くらいできるんですけど」

「なるほど」

 

 フロルが肯定も否定もしないと、ハピが睨んできた。

 

「悪い悪い。お前の努力は解ってるって。

 じゃなかったら、俺はもう百回は死んでるだろうな」

「よくわかってるじゃん」

 

 フロルとハピは並んで小さな石段を登る。

 模擬戦の時に描かれていたであろう回復の魔方陣は既に薄れかかっていた。

 登り切ると今にも沈みかける美しい夕日が草原を鮮やかに染める。

 ハピがほうっとため息にならない小さな息を吐きだして夕日を眺めた。

 赤髪が夕暮れの赤に溶け込む。

 

「ハピ」

「なに?」

 

 ハピが面倒くさそうにフロルを見た。

 

「今、幸せか?」

「なにそれ。いーけどさ。

 まー……もう少しこうしてても良いかなって思うよ」

「そうか、そうだな」

 

 今でも実験場の光景がフロルの脳裏に焼き付いている。

 瞳に絶望を宿した少女が檻に閉じ込められていた。

 

 フロルが作った弁当を広げて、小さな蝋燭を灯す。

 今日ばかりはハピの好みの詰め合わせだ。

 しばらくすると、空が色を変え星々が輝きだした。

 二人は蒼い星が見守る中、ペガサスに乗って帰り道を飛んだ。

 

★〈支援会話:バルタザール〉

 

 身を翻して、向かってくる四本の暗器を外套に巻き込む。

 外套に突き刺さった針のような暗器からは毒液が滲み出ていた。

 別の路地に飛び込んで射線を消して、曲がり角で待ち伏せる。

 

「クソ!何人いるんだ」

 

 飛び出してきた暗殺者を横合いから殴りつけた。

 壁に叩きつけられた暗殺者は首があらぬ方向に曲がる。

 持っていた剣を奪い取り、素早く次の路地へと駆けた。

 

 油断した!

 

 フロルは実家イーハ領からの帰路、カロン領の街に一泊したところ襲撃された。

 護衛に連れてきた兵士三名は宿で既に死体となっている。

 彼らの決死の時間稼ぎのおかげでフロルは今も生きている。

 今までも暗殺者を差し向けられることはあったがこの規模は初めてだった。

 フロルが悪態をついても状況は改善しない。

 

「パルミラか?本での知識だから正しいかどうか……」

 

 奪った剣の形状は湾曲した細身の片刃剣、シャムシールだ。

 フォドラの民が使う物ではない。

 フォドラの外の連中を使うとは闇に蠢く者がやりそうな手だ。

 

「いたぞ!」

「どっせい!」

 

 フロルは紋章を輝かせて、路地にあった丸太のような角材を持ち上げる。

 そのまま放り投げれば潰れた蛙の完成だ。

 だが逃走は長くは続かず、前後の道から暗殺者が現れた。

 

「ガキだと聞いていたが、面倒な相手だ。二人で一斉にやるぞ」

 

 一撃は受ける覚悟でフロルは奪った剣を構える。

 

「喧嘩か?おれも混ぜろよ」

 

 ドンッと空気が揺れる。

 横から飛び出してきた巨漢が背後の暗殺者を壁に叩きつけた。

 残った暗殺者とフロル、先に動揺が解けたのはフロルだった。

 防御に回った剣を切断し、そのまま暗殺者を縦に割る。

 振り返ったフロルが思わず叫んだ。

 

「バルタザール!」

「なんだ?俺の名前を知ってるのか?」

「あ……ああ、レスターの格闘王だろ。助太刀感謝する」

「はっはっはっは!おれの名もついに王国にまで轟くようになったか」

 

 バルタザール=フォン=アダルブレヒト。

 レスターの格闘王は自称だ。

 灰狼の学級の生徒の一人、なのだが、このフォドラでは灰狼の学級がそもそも存在しない。

 フロルが先にハピとコンスタンツェを確保したためだ。

 最後の一人のユーリスは雲隠れしている。

 フロルはバルタザールを探して大修道院の地下アビスの探索をしたが見つからなかった。

 足跡をたどることは出来ても借金取りに追われているせいで直ぐに場所を移してしまう。

 

「暗殺者に狙われるとは、借金でも抱えてんのか?」

「強いていうなら血筋のせいかな」

「ほう!おれと一緒だな」

 

 自然とフロルとバルタザールは背中を合わせた。

 フロルが刃こぼれした剣を投げつけて、降ってくる暗殺者を壁に縫い付ける。

 突っ込んできたもう一人の頭を掴んで地面に叩きつけた。

 布越しとはいえ、頭蓋骨と中身を砕いた嫌な感覚がフロルの手に残る。

 その様子を見た暗殺者に動揺が走った。

 

「ちっ……邪魔が入ったな。立て直すぞ」

 

 退いていく暗殺者が完全に見えなくなって、ようやくフロルは構えを解いた。

 どうやら助かったみたいだ。

 フロルが後ろを振り向くと既にバルタザールは三人も仕留めていた。

 

「それじゃ、おれは行くぜ」

「待ってくれ」

 

 立ち去ろうとするバルタザールを呼び止め、懐から金貨を取り出す。

 ここで別れたらいつまた会えるかもわからない。

 

「もしよければ今夜飲まないか?礼をしたい」

「へえ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえの」

 

 死体の処理は衛兵に任せる。こういう時に貴族の身分は便利だ。

 二人は咎められることなく酒場へと向かった。

 平民が普段利用している大衆酒場に、バルタザールの哄笑が響く。

 

「だっはっはっはっは!次期王様を救っちまうなんてな、おれの株も上がったもんだ!」

「良ければ騎士に取り立てるぞ?」

「よせよせ、騎士なんて柄じゃない。だが首が回らなくなったら頼むぜ」

「……借金はほどほどにな」

 

 バルタザールは借金と、継母から掛けられた懸賞金のために常にその身を狙われている。

 後者はともかく前者は完全に自業自得である。

 

「追加でエール四つ!それから、煮込み料理もくれ!」

「はいただいま!」

 

 フロルはジョッキを傾けて、酒と一緒に手の嫌な感覚を洗い流した。

 なんとも薄い酒だ。

 机は長い年月をかけて染みが馴染み、床は油でぎとぎとのままだ。

 ただ、料理は美味い。

 店員も素朴で可愛いし当たりの店だ。

 もっと高い店でもフロルは構わなかったが、バルタザールが勧めるのも納得した。

 

「それで本当のところはなんで狙われたんだ?ありゃパルミラの連中だろ。

 貴族が使う手じゃないし、人数もやけに多かった」

 

 バルタザールがエビの刺さったフォークをフロルに向けた。

 粗野な見た目に反してバルタザールは政治面で鋭いところがある。

 一度はアダルブレヒト家の当主を務めた経験によるものだろう。

 

「コルネリアって知ってるか?」

「あー、王国のコルネリアって言や流行り病を治したっていう。

 そういえば数年前にヤバイ技術に手を染めたとかで処刑されたんだった」

 

 表向きはそうなっている。

 正確にはフロルが毒殺した後、大急ぎで実験場に突入して悪事を暴いた。

 

「あれを殺したのは俺だ。

 大きな後ろ盾がついているのは解っていたんだが、まさか白昼堂々襲撃に来るとは」

「逆恨みじゃねえか。嫌んなるねえ」

「考えが甘かったな」

 

 二人の前には空になったジョッキが並んだ。

 

「そっちはなんでこの町に?大したものはないだろう」

「このあたりの盗賊が珍しい籠手を持ってるって話だったんだがなぁ。

 あてが外れちまった」

 

 フロルは酔いの回った頭を傾かせて記憶の棚から必死に思い出す。

 

「確かなことは言えないが、飛竜の節に帝都で行われる闇市に行ってみろ。

 もしかしたら出品されるかも……五分五分ってところか」

 

 バルタザールが探しているのは故郷の武器『ヴァジュラ』だろう。

 既に状況が変化している以上、原作通りに進む保証はないが試して損はない。

 

「おいおい、なんだそりゃ。占い師気取りか?」

「そうかもな。ただ、もし本当にあったら貸し一つな」

「はっはっはっは!いいぜ、一つどころかこのおれが幾らでも力を貸してやるよ!」

「言ったな?俺は約束は絶対に取り立てるぞ」

「げっ!借金取りみたいなこと言うなよ」

 

 フロルとバルタザールは朝日が昇るまで酒を浴びるように飲んだ。

 当然フロルはベレスの授業をすっぽかした。

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