★〈支援会話:フェルディナント〉
雨の日の貴族の遊びというと限られてくる。
娯楽の一つとしてチェスのような盤上遊戯が存在する。
ただし、遊ぶだけで頭を茹蛸にするようなものだ。
士気や兵站の概念が存在し、実戦さながらの戦いを盤上で繰り広げる。
フロルは黒鷲のフェルディナントと共に、食堂で遊んでいた。
そんな二人だったが、対面するフロルの顔には焦りが浮かんでいた。
「待て、いや待ってくれ。おかしい、こんなはずでは」
フロルは騎兵にあたる持ち駒の置き場所をふらふらと探す。
フロルの軍は既に騎兵によって兵站を切断されている。
敵中深く入り込んだ主力がフェルディナントの軍に包囲されかけていた。
残された手駒は後方に取り残された弓兵と騎兵がそれぞれ一つのみ。
包囲網に突破口を開き主力を逃がす、それが常道だ。
しかしっ!
「ここだ!」
会心の一手を確信した。
敵主力ではなく迂回路から兵站に突入した騎兵が物資を略奪する。
右翼の兵站が切れたことで包囲網の一角を崩せるはずだ。
右翼を突破し、奪った物資を補給して再突入すれば勝ちが見える。
これまでの戦いで兵の数で勝っているのはフロルなのだから。
しかし、フェルディナントは優雅に笑う。
「悪くない手だが、君は奇策を好み過ぎるな」
フェルディナントが兵站部隊の裏に隠してあった槍兵を前に出した。
騎兵は不利な駒との戦いで負け、前線の士気が崩壊した。
包囲が完成した主力を逃がせず、フロルの敗北は決定的となるのであった。
「あー、頭が痛い」
フェルディナントが強すぎるのが悪いと、フロルが愚痴る。
三本先取で二勝して調子に乗っていたらそのままストレートで負けた。
最初の二回は手管を見られていた。
こういった類いの遊びで、あと一勝を勝ちきれない差はあまりにも大きい。
「いや君も素晴らしい腕だ。
二回連続で敗北したのはヒューベルト以来だな」
「ヒューベルトにも勝ってるのか……」
「ああ、とはいえ、彼が早々に損切りしたため拾った勝ちだ」
フェルディナントの手は王道だ。
兵站を確保し、偵察は欠かさず、前列に厚みを持たせ、騎兵で陽動し、弓兵で削りきる。
しかしその精度が凄まじい。
本来奇策や奇襲を受ければ、動揺から柔軟性を失い、王道を崩してしまう。
フェルディナントにそれはない。
対応しきって王道の形に戻す。
仮に此方が王道で迎え撃てば精度の差で押し切られてしまう。
予想を遥かに上回る奇策を用意しなければならず、ネタ切れで敗北するのだ。
フロルはまんまと術中にはまった。
「こんなに上手かったら士官学校で一番なんじゃないか?」
「いや、エーデルガルトには負け越している。
だが次は必ず勝つつもりだ」
「うへぇ」
今は茹った頭を冷まさなければならない。
盤面を片付けて、一息つくために東方の着香茶を口に含んだ。
フェルディナントが今日のために態々用意したものだ。
ありがたくフロルが飲み込むと、独特な風味がすっきりと頭を休ませてくれる。
その様子をフェルディナントはじっと見た。
「ところで一つ聞きたいのだが」
「なんだ?」
「君の父と私の父はよく似ている。そうは思わないかね」
「主の実権を簒奪して、策謀を弄してるって話か?」
フロルがフェルディナントが口に出せない言葉を代弁した。
フェルディナントが苦虫を噛み潰した顔を浮かべる。
フロルの父は貴族の支持を得て、ディミトリの戴冠を遅らせ、執政権を奪った。
フェルディナントの父は七貴族の変により、宰相として皇帝を傀儡にしている。
「……その通りだ。私の見る限り君は信頼に足る貴族だ」
「そこまで言われると照れるな」
「だが君は父への敬愛をことあるごとに口にする。なぜだ?
どうやって君は父と折り合いをつけている」
ふーむと、フロルは思案して、冷める前に着香茶を飲みほした。
長い話になりそうだ。
「まず、俺もエーギル公の噂は耳にしている。
領民に苦労をかけているとな。
父上はイーハ領の民にそれを強いたことはない」
「……すまない」
「謝ることではないぞ。父上も善人じゃない。
ただ策謀を弄するのは俺のことを王にするため、もう一つは領民のためだ。
身分で勘違いされやすいんだが、うちは元々貧しい暮らしだった。
今思えばイーハ領に押し込められた理由もなんとなくわかるけどな。
そんなわけで、領地の先行きが見えなくてな。
改善しようにも原資がなければどうしようもなかった」
使用人を雇う金がなくて、屋敷の雪かきをフロルと父が一緒にやったりもした。
今となっては楽しい思い出だが、父はフロルに申し訳なく思っていただろう。
騎士を雇うことも出来ず、そこらの傭兵を雇って見せかけの騎士団を作った。
そうしなければスレン人の略奪を止めることは出来なかった。
父は支援を得るためにランベール王の対立派閥を作ったり、ダスカーの悲劇に関わった貴族の多くを見逃した。
そうやって金と権力を得てフロルと領地に注ぎ込んだ。
ある意味イングリットのガラテア家の思惑が成功した姿と言える。
「だからと言って、父上の罪が許されるわけではない。
俺を王にしようとしているのは、私的な執着心だしな。
ただ、少なくとも俺への愛は本物だ」
妻の遺言と、父と弟への確執だ。
言ってしまえばフロルの父リュファスは弱い人間なのだ。
未だに過去に囚われている。
その弱さを含めてフロルは父を愛していた。
「……私も、父に愛されている。それは解る。
だが、父の不正の証拠を見た時から純粋に愛することが出来なくなってしまった」
フェルディナントは着香茶にうつる自分の顔を見た。
古い絵に描かれていた若き父とうり二つの顔だった。
今は似ても似つかない。
「俺からはエーギル公が私腹を肥やすためではなく、
お前と帝国のためを思って動いているように見えるけどな」
「どういう意味だ?」
「わからないなら俺から話せることはなにもない」
フェルディナントは何度もフロルを茶会に誘い口を割らせようとする。
フロルは毎回のらりくらりと躱して、提供される様々な紅茶を楽しんだ。
★
女神がいるという青海の星が空に戻ると、人々はその再誕を喜び祝う。
ガルグ=マク大修道院では年に一度の女神再誕の儀が執り行われている。
フォドラ全土の熱心なセイロス教徒は、揃って大修道院に足を運んだ。
外には沢山の出店が並び、馬車が毎年と同じく渋滞を起こしている。
見回るセイロス騎士達が、もめ事が起こらないように注意していた。
学生達も訓練や課題が免除されて祭りを楽しんでいる。
其々が聖歌隊の合唱を聞いたり、店を回ったり、相変わらず訓練を続けていた。
扉の前で見張りをしているセイロス騎士に、金鹿のクロードが話しかけた。
「ちょっと良いか?」
「クロード君、どうしました?」
「どうも書庫の方でボヤ騒ぎがあったらしい。
直ぐに騎士を呼んでくれとトマシュさんがな」
「しかしこの場を離れるわけには」
「俺が見張っておくさ。
それより火事でも起きたら再誕の儀が滅茶苦茶になっちまう」
クロードの言葉に騎士は悩むが最後には頷いた。
「そうですね。ありがとう、ここは任せます」
「……行ったか」
会話を聞き終えると、フロルが柱の影から出た。
「クロード。もしよければ俺も見張りを手伝うぞ」
二人の前にあるのは立ち入り禁止の霊廟へと続く扉だ。
クロードはフロルを見ると笑みを変えないまま、ピッキングの道具をしまった。
「それには及ばないぜ、フロル」
別にフロルはクロード目当てで見張っていたわけではない。
原作でこの時期に闇に蠢く者が霊廟を襲撃したからだ。
レアの暗殺計画はフロルの暗殺計画に偽造したし、主犯の西方教会は壊滅している。
しかし闇に蠢く者が強行してくる可能性を考えてフロルは傭兵騎士と動いていた。
再誕の儀に参加できず暇だったので、むしろクロードが来てありがたいまである。
「時間はあるんだ。少し暇を潰さないか?」
「やれやれ、逢引の誘いにしては花のない文句だ」
フロルとクロードが並んで人気のない通路を歩き始めた。
壁の巨大なステンドグラスには四聖人が描かれている。
マクイル、セスリーン、キッホル、インデッハ。
驚くべきことに全員生きていることをフロルは知っていた。
クロードがステンドグラスを眺めながら、フロルに尋ねた。
「四聖人か。フロルは本当にこれがその姿だったと思うか?」
「どうだろうな。
四聖人を描いた物は沢山あるが、その特徴はバラバラだ。
セスリーンを妙齢の女性だったと描く絵があれば、少女だったと書く本もある。
この前、老婆だったなんて夢も希望もない考察書を闇市で見つけたよ」
今度フレンに見せてみようとフロルは悪戯を思いついた。
セスリーン本人であれば案外面白がるかもしれない。
キッホルのセテスには駄目だ。
あの、親馬鹿のことだ、間違いなく反省文を書かされる。
「はははっそいつは読んでみたいな。だが不思議だ。
まるでわざと本当の姿を伝えない様にしている、そうは思わないか?」
「聖人の姿を隠してるって?なんのために」
フロルは白を切る。
聖セイロスでさえ、教会にある銅像は本物と似ていない。
すべては『女神の眷属』が未だ生きていることを民に教えないためだ。
人は千年以上生きる存在を同族とは認めない。
「さあな。だが確かなのは操作しているのは教会ってことだ。
今日はその秘密を解き明かそうと思ったんだが、まさか待ち伏せされているとはな」
フロルが立ち止まった。
「教会が情報を操作してるって話、俺はそんなに悪い事だとは思わない」
沈黙するクロードに構わず、言葉を紡いだ。
「お前が暴こうとしている秘密、明かされてどうなるか。
その責任を取るつもりはお前にないだろう。
クロード、俺はお前ほど人の善意も強さも信じてないんだ」
クロードの真の目的は教会秩序の破壊だ。
フロルはこの世界で信仰がなければ生きられない人々を知った。
教会は彼らのために炊き出しを行い、歌を教え、物語を聞かせ、生きる希望を与える。
彼らを犠牲にすれば素晴らしい未来が待っているのかもしれない。
くそくらえだ。知った以上、認められるはずがない。
「つまりだな。期待しているところ悪いが、俺は協力しない」
フロルの言葉に、クロードが小さく息を吐きだした。
「どうやら、俺とお前は相容れなさそうだ。
俺は仲良くできると思ったんだがな」
「お前のことは嫌いじゃない。
それとこれとは別の話ってだけだ」
フロルからは霊廟の前にセイロス騎士が戻ってくるのが見えた。
もう暇潰しは必要ないだろう。