時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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16話

★〈支援会話:ペトラ〉

 

 フロルは自室の扉をノックする音が聞こえて扉を開けた。

 そこには白い包みを抱えたペトラが立っていた。

 

「ブリギット、有利する、交渉、感謝します」

 

 ペトラがフロルにぺこりと頭を下げる。

 ペトラはブリギットの王女だ。

 フォドラの言語に慣れていないため、片言しか話せない。

 

「大したことじゃない。感謝するべきはエーデルガルトにだろう」

「エーデルガルト、感謝します。次、フロル、感謝します」

「それなら、わざわざありがとう。

 入りなよ。授業まで時間があるし、丁度、茶を煎れようとしたところだ」

「はい、失礼します」

 

 フロルが紅茶を煎れている間に、ペトラはきょろきょろと部屋を興味深そうに見回した。

 そして本棚に見知った文字列を見つけた。

 本の背表紙にはブリギットの文字で、『女神と精霊に対する解釈』と書かれている。

 

「本、ブリギット、言葉、読める、ですか?」

「ん?ああ」

 

 フロルはスパイスティーを注いだカップを二つ用意した。

 本棚には様々なフォドラの外の言語で書かれた本が並んでいる。

 

「一部読めるだけで、話すことも書くこともできないぞ。

 昔、家に閉じ込められてたから、折角だし色んな言語を学ぼうと思ってな。

 ブリギットの教師がいたわけじゃないから、あんまり上手くもいかなかった」

「幽閉される、罪犯した……しました?」

「その方が良かったかもな。

 なにせ母上が俺が生まれた時に亡くなったものだから、父上が心配したんだ。

 過保護な親だけど、ちゃんと愛されて育ったよ」

「わたし、悪い、勘違いする。謝罪します」

 

 ペトラが申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「いやいや、俺の言い方が悪かったんだ。

 そうだ、これだけど、興味深い部分があってな。

 ペトラの意見を聞きたい」

 

 フロルが本を取って、ペトラの手を引いて二人並んで座る。

 膝の上で分厚い『女神と精霊に対する解釈』を開いた。

 著者は帝国人なのに中に書かれた文字もブリギットのものだ。

 教会の焚書を警戒したのだろう、その警戒は間違っていない。

 頁をめくる途中で止めて一つの文章をなぞった。

 

「『私は幸運なことに長年の滞在からブリギット王の興味を引いた。

 外部の人間が本来立ち入ることが出来ない精霊との交信に招待された。

 呪術師は独特の甘い匂いのする葉を燃やし、部屋に煙を充満させた。

 全員で祝詞を唱えたのち、呪術師が自らの腕に刃を突き立てた。

 血が流れるのも構わず、歌うような詠唱を行う。

 光の粒が現れ、彼に入っていくのが見えた。

 すると、傷が治癒していき、精霊の言葉を代弁し始めた。

 私はこの精霊を通じて行う魔法と、女神の魔法の類似性を見つけた』」

 

 読み上げ終えて、フロルは深く息を吐きだした。

 

「面白いだろ?セテスさんが知ったら間違いなく焼き捨てられるだろうな」

「……精霊……対話……女神、魔法……同じ」

 

 ペトラが話を飲み込むために、ゆっくり言葉を紡いだ。

 それから、はっとなってフロルを見る。

 

「本、間違い、します。ブリギット、女神、いません。

 地の精霊、水の精霊、風の精霊、女神、違います!」

 

 信仰とは即ち自己同一性である。

 ペトラがムキになって否定するのも無理はない。

 フロルも反応を予想していたので、動揺することなく茶を口に含んだ。

 スパイスの香りが鼻孔を刺激して朝の眠気を追いやってくれる。

 

「俺もそう思うよ。

 この本はあくまで、帝国人がブリギットを見て思ったことを書いた客観性のない本だ。

 でも思考実験としてありえないか。

 精霊の一つとして女神が居る、あるいは精霊を全て合わせて女神と呼ぶならどうだ?」

 

 少し考えて渋々ペトラは頷いた。

 

「女神……精霊、一部。可能性、あります」

 

 光魔法は一般的に女神信仰の深さによって効果が高まると言われている。

 故に白魔法や信仰魔法とも呼ばれる。

 だが、フロルは疑問を持った。

 信仰を持たないフロルが光魔法を人並み以上に使用できるからだ。

 ただ、原因を探ろうとしても、光魔法は解明されていない部分が多すぎる。

 教会が神秘性を保つため、研究に制限をかけているのだ。

 

「面白くない話をしてしまったな。その小包はなにかな?」

 

 ペトラが包みを開くとそこには可愛らしいクマのぬいぐるみが入っていた。

 ボタンで出来た二つの黒い目がフロルを見つめる。

 

「わたし、感謝示す。

 熊の精霊、賢い、強い。フロル、相応しい、思います」

「……一応聞くが誰に相談したんだ?」

「わたし、ベルナデッタ尋ねました」

 

 なるほど、とフロルは頷くしかない。

 ベルナデッタならフロルにぬいぐるみを贈る発想が出ても不思議ではない。

 食虫植物の植木鉢が贈られてこなかっただけ幸運だった。

 誇らしげなペトラを見れば要らないとは言いにくい。

 

「ありがたく受け取るよ。

 実はこれ以外にもブリギット語の本があるんだ。

 今度はちゃんとブリギット人が描いたものだし。

 もしよければ解らない部分を読んでくれないか?」

「はい。わたし、手伝います」

 

 ペトラも自国の言語に触れられる良い機会だと快く頷いた。

 授業が始まるぎりぎりまで、フロルに文字の読み方を教える。

 一節に数回の関係は二人が士官学校を出るまで続いた。

 

 

 ベレスは明日の授業に向けた本を抱えて、廊下を歩いていた。

 日々教師として未熟さを痛感するばかりだ。

 戦うことを教えられても、それ以外は今まで知らなかった。

 むしろベレスが教えられることのほうが多い。

 皆の先生として勉強しなければと気合を入れ直す。

 ベレスにだけ見える少女がそれをじっと観察していた。

 

 ふと、通り過ぎた部屋から、言い争う声が聞こえて来た。

 聞き覚えのある声にベレスは一歩戻る。

 中から聞こえてくる声はディミトリとフロルのものだ。

 生徒としてのディミトリは品行方正な優等生、フロルは授業をよくサボる不良である。

 フロルはそもそも大修道院に居ないことも多く、ベレスは扱いに頭を悩ませていた。

 二人は微妙な距離感があり、こうして声を荒げるのは初めて耳にする。

 

「……ディミトリ、だから、いや待て。

 先生、聞き耳とは品がないぞ」

 

 フロルに直ぐに気づかれてしまい、ベレスは扉をあけた。

 ディミトリは張り付けた表情で感情を隠している。

 フロルは不機嫌を隠さない。

 

「二人が喧嘩するなんて、なにがあったの?」

 

 ベレスの疑問にディミトリは沈黙し、フロルが答えた。

 

「ダスカー地方で反乱が起きたんだ。

 既に教会と王国軍が動いている」

 

 ベレスは生徒たちのことを知るために王国について勉強した。

 ダスカーはドゥドゥーの故郷であり、ディミトリの親とフェリクスの兄が死んだ場所だ。

 そして今は王国の虐殺によってダスカー人が住んでいない。

 

「なぜダスカーで反乱が?」

「ダスカー人はダスカーの外に住む者もいる。

 たまたま虐殺から免れた者もな。

 彼らが故郷を取り戻そうとしているんだろう。

 問題はそれを王が殺された王国の民がどう思うかだ。

 許すはずない、場合によっては前と同じ虐殺になる」

「じゃあ、行って止めないと」

 

 真っ直ぐな言葉に、ディミトリが罪を告白する。

 

「……先生、俺には無理だ。

 前回の征伐の際に旗頭になったのは俺だ。

 この手でダスカー人を虐殺した。

 俺がいけば状況はより酷くなるだろう」

 

 ベレスにも想像がついた。

 ダスカー人は復讐を叫び、王国の民が二度目を許すはずがない。

 一矢報いようと撤退しないダスカー人を軍が殺し尽くすだろう。

 

「フロルなら……」

「ディミトリにも言ったけどな、軍権は父上が握っている。

 俺が賊討伐で軍を率いたのは諸侯の承認があったからだ。

 政治的な利点から父上は虐殺になっても構わないだろう。

 俺には止められない」

 

 どうしてと言いかけてベレスは口をつぐんだ。

 フロルが虐殺を望むはずかない。

 なにか事情があっても、ベレスに政治の知識はないのだ。

 頭を悩ませる間にも二人が言葉を交わす。

 

「お前ならデュバル伯爵から先遣隊の指揮権を得ることが可能なはずだ。

 本隊が到着する前にダスカー人を撤退に追い込めば、虐殺を止められる」

「対価を払えない。なんで王が死んだのか忘れたのか?」

 

 ファーガスの王とは絶対権力者ではない。

 それを忘れ改革を強引に進めたランベール王は死んだ。

 言葉を失ったディミトリがぎりりと奥歯を噛みしめる。

 フロルが深くため息をはきだした。

 

「別になにもしないとは言っていない。

 傭兵団を雇って出来るだけ逃がすつもりだ。

 それでも大勢死ぬだろうが、しないよりはマシだ」

「……ありがとう、フロル」

 

 なんとか話が纏まったことにベレスは安堵した。

 虐殺よりも二人の間に致命的な亀裂が入る方が怖かった。

 

 青海の節の三十一日

 ディミトリ、フェリクス、イングリットを除いた青獅子の学級が傭兵団を率いてダスカーに到着した。

 森の合間にできた丘で、既に王国軍先遣隊とダスカー軍がぶつかっている。

 重装鎧を身に着けたドゥドゥーが拳を強く握りしめた。

 

「やはり、ダスカー軍とは練度が段違いだ。

 このままでは、虐殺になる。二度は、繰り返させん」

 

 ダスカー軍は質の差で押し込まれ、左翼が崩壊し始めている。

 王国軍本隊が到着して数でも負ければどうなるかは火を見るより明らかだ。

 フロルが地図を見ながら右翼を指した。

 

「左翼はもう駄目だ。

 右翼と王国軍との間に歩兵と弓兵で割り込んで追い立てるしかない。

 そこを指揮しているギディオン子爵には事前に配慮をお願いしてある。

 その間に身軽な騎兵で突破して、中央の敵将に撤退の判断をさせる」

「俺とあんたの出番てわけだ」

「ああ、騎兵突撃の嗅覚はシルヴァンが一番優れている。

 魔法部隊は王国軍を回復させつつ……」

 

 普段指揮をとるベレスに代わり、王国軍を知るフロルが次々と命じていく。

 フロルは否定するだろうが、ベレスはそこに才能の原石を感じた。

 

「……ってところだな。先生はどう思う?」

「良いと思う。フロル、帰ったら座学の詰め込みをしよう」

「俺なにか悪い事したか?」

 

 フロルが戦々恐々とする間にも青獅子と雇われた傭兵団が動き出した。

 王国軍の前に展開しダスカー兵を鏃を丸めた矢の雨で押し込んでいく。

 反撃しようと突っ込むダスカー兵がドゥドゥーの大盾で後方に吹き飛ばされた。

 シルヴァンが馬をゆっくりと走らせながら、戦場を見回す。

 

「さて、行くとしますか」

 

 散歩に誘うような口ぶりで馬の腹を蹴った。

 シルヴァンのあとに続き、フロル、ベレス、そして騎兵隊が突入を開始する。

 的確に隙を見抜いた突撃はダスカーの中央軍に一本の線を描いた。

 邪魔なダスカー兵が跳ね飛ばされ、踏み潰されるが、必要な犠牲と割り切る。

 敵将の前に立ち塞がった最後の兵をシルヴァンが石突で吹き飛ばした。

 ついに敵将が見えた。

 敵将とフロルがダスカー語で言葉を交わす。

 

「外道どもめ、俺たちが何をしたと言うんだ!」

「俺もお前もなにもできなかった。それが罪だ」

 

 シルヴァンとベレスが、救援に動くダスカー兵を気絶させた。

 

「ふざけたことを!俺たちの言葉で俺たちを愚弄するか!」

「これは誠意だ」

 

 フロルが振り下ろされる斧を片手で受け止めた。

 ダスカーの将は必死に力を込めるがぴくりとも動かせなくなる。

 ブレーダッドの紋章が輝き、鋼鉄の刃に亀裂が走った。

 ベレスはフロルがなにを話しているのか解らない。

 ただ、今まで聞いたことのない冷たさを宿していた。

 

「退いた方が良い。ここが二度目の分岐点だ。

 三度目はない。

 退かないなら俺がお前たちを根絶やしにする」

 

 ダスカーの将は翡翠のような瞳の奥に、なにかを見た。

 将の口からひゅぅと声にならない恐怖が漏れ出る。

 ついに、フロルの手で鋼鉄の刃が砕け散った。

 

「どうする?」

 

 ダスカーの将が怯えた目で、後退りしながら絶叫した。

 

「て、撤退だ!ここで死ぬんじゃない、撤退しろ!」

 

 帝国歴1180年、青海の節の末に起こったダスカー人反乱は王国軍の勝利に終わる。

 反乱によってダスカー人に向けられる視線は更に厳しいものとなった。

 ただし、かつての虐殺と違い、参加したダスカー人の半数が生き延びた。

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