時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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17話

 

 雲間から射す陽光に照らされた翠雨は、自然の厳しさを教える災いともなる。

 降り注ぐ雨は主の嘆きか。

 シルヴァンの兄マイクランがゴーティエ辺境伯によって処刑された。

 ゴーティエに伝わる英雄の遺産『破裂の槍』を盗もうとして失敗したらしい。

 紋章のない彼が扱えるわけもなく魔獣に堕ちる未来が待っていた。

 それが父親の手によって討たれたのならマシな結末だったかもしれない。

 青獅子の学級全体で陰鬱な空気が流れてる中、フロルとドゥドゥーは買い出しに出掛けていた。

 

「雨、やみそうにないな」

「ああ」

 

 この時期突発的な雨が降るのはいつものことだが、滝のような雨が降るとは二人とも思っていなかった。

 王国の気候とはやはり違うのだ。

 荷物を濡らすわけにもいかず、城下町のカフェテリアの中で席を共にしている。

 

「ダスカーの件、感謝する」

「感謝は前にも受け取ったよ」

 

 フロルが椅子に深く背を預けて、ぎしりと木が軋む音が鳴った。

 

「それにディミトリのお陰だ。正直俺は見捨てることも考えた」

「どういう意味だ」

「言葉通りだ。生き残ったダスカー人はこれからどうすると思う。

 彼らに待っているのは王殺しに加え反乱の汚名だ。

 生活に苦しみ、王国への憎悪を募らせ、賊へと身を落とす者がでてくる。

 その責任を取れない」

 

 全てがそうなるわけではない。

 だが、賊に落ちたダスカー人に王国の民はどう思う。

 今まで差別してきたから仕方ないと諦める、わけがない。

 憎悪と復讐の連鎖。

 父はそれが解っている。

 為政者としてダスカー人は守るべき王国の民ではないのだ。

 だから禍根を断つために冷徹に虐殺を選んだ。

 フロルは間違っていると思っても、正解がわからない。

 ふとドゥドゥーが小さく口元を緩めた。

 

「お前は殿下によく似ている」

 

 フロルは目を瞬かせた。

 

「……初めて言われたよ」

 

 紋章は同じだ。だが、それ以外共通点を感じたこともない。

 ドゥドゥーが空になったフロルのカップに紅茶を注いでいく。

 湯気と共にバラの香りが広がる。

 

「お前と殿下が共に歩む道がないのは、残念だ」

「ドゥドゥーが代わりにディミトリの友として支えれば良い」

「おれは殿下の剣であり盾。殿下の隣に立つことは出来ない」

 

 真っすぐドゥドゥーはそう答えた。

 ディミトリとドゥドゥーの主従関係は歪だ。

 フロルにはそれが自身が犯した罪に見えて息苦しかった。

 フロルが帯びた短剣を抜き、くるりと手元で回した。

 磨かれた刃にフロルの顔がうつる。

 

「剣や盾が意思を持っちゃいけないのか?」

「なに?」

「錆びれば斬れなくなる。留め具が外れれば矢が貫く。

 これじゃいけないって俺に教えてくれてるんだ。

 直接喋ってどこが駄目なのかを教えてくれれば猶更良い」

「戯言だな」

「そうだな、だが後悔する前にもう少しディミトリと話せ。

 俺とあいつが似ているというのなら、想いだって同じはずだ。

 剣や盾なんて本当は欲しくないんだよ」

 

 そうしなければ大切なものを失うから、仕方なく手にしているだけだ。

 このフォドラでは武器を持たずに安寧と暮らすのは難しい。

 

「忠告感謝する。

 ……だが、やはり、おれは殿下の剣と盾でいい」

「そうか。

 まあ、人の主従にケチをつけられるほど俺も出来た人間じゃなかったな」

 

 フロルは諦めて外を眺めていることにした。

 ざあざあと降る雨はどうにも止みそうになかった。

 

★〈支援会話:フレン〉

 

 雨の通り過ぎた後には、美しい虹が架かる。

 流れ込んだ栄養が実りとなり魚達の鱗を色鮮やかに変えていた。

 

「ん~~!フロルさん、いよいよ待ちに待った日ですの!」

「その通りだ、フレン。俺達は成し遂げなければならない」

 

 ハンチング帽に、チュニックの上から雨よけの外套を羽織る。

 フロルとフレンは伝統的で完璧な服装となった。

 髪と目の色までお揃いだ。

 伝説を成し遂げるならまずは形から入らなければならない。

 普段は水底に沈んで姿を見る事すらかなわない幻の魚が、大修道院近くの泉で姿を現したという噂が流れた。

 その魚は大修道院が落下してくる前から生きているとか。

 聖セイロスの夢に出てきて勝利を約束したとか。

 初代ルーグ王の前に姿を現したとか、様々な伝説が残っている。

 魚の名はメガミノツカイ。

 滝のような雨の次の日、美しい虹がかかると姿を現す幻の魚だ。

 魚料理好きのフロルとフレンの思惑は一致していた。

 

 二人が釣り竿を手に意気揚々と門へと向かうと、セテスが立ちふさがる。

 セテスとフレンは親子なのだが、表向きは兄として、世話を焼いている。

 フレン本人はいい加減自立したがっているが。

 

「駄目だフレン」

「……ま!お兄様、酷いですわ!昨日までは良いと仰っていたのに」

 

 頬を膨らませて文句を言うフレンにセテスは一瞬気圧されるが諦めない。

 

「急に仕事が入ったのだ。

 これから私はミルディン大橋に行かなければならない。

 お前についてやることが出来ないんだ」

「お兄様ったら、心配し過ぎですわ。

 わたくし達が向かう場所はそう遠くないですもの」

「しかしなにかあってからでは遅い。

 門番にも出さないよう伝えてある。

 今日のところは諦め、また別の機会にしよう」

 

 セテスはフレンが去るまで頑として門の前から動こうとしない。

 フレンが突然今までの甘い声を捨てて冷たい声を出した。

 

「……お兄様、最近わたくしを困らせている方がおりますの」

「なんだと?早速、兄に相談してみなさい」

「お兄様ですわ!フロルさん、もう行きましょう」

 

 フレンの一言でセテスは白目を剥いて意識を失う。

 その間にフロルの手を引いてセテスの前を離れた。

 しかし、門番はけしてフレンを通してはくれないだろう。

 

「悪いな。俺だけが行くことになりそうだ」

「いいえ、フロルさん。まだ手はありますわ」

「なにを言って……」

「脱走しますわ」

 

 フレンの目は本気と書いてマジだった。

 大修道院で暮らしているフレンはその愛嬌から皆に愛されている。

 周りに相談すれば脱走は容易だ。

 不在を誤魔化すためにセイロス騎士の一人を味方につけ、実行犯として商人のアンナが手伝う。

 門番と懇意にしている鍛冶屋が注意を逸らす間に、荷馬車に乗って大修道院の外に出た。

 前にもやったことがあるだろう手際の良さだった。

 二人はアンナに礼をして、馬車を降りて泉に向けて砂利道を進んだ。

 

「良かったのか?セテスさんが絶対怒るぞ」

「良いんですの。お兄様も少しは反省するといいんですわ」

 

 それで怒られるのは間違いなくフロルだ。

 美人の我儘は甘んじて受けると、強引に納得した。

 

「それに、わたくしフロルさんとこうしてじっくりお話する機会が欲しかったんですもの」

「ん?勿論逢引は大歓迎だけど、話すなら大修道院でも良かったろうに」

「あら、逢引は愛し合う二人がするものでしょう?

 わたくしがあるのは純粋な興味ですわ。

 お兄様に聞かれると怒られてしまうことですもの」

 

 フロルの軽口をフレンは天然で流した。

 

「セテスさんがか?フレンがなにをしても怒らなそうな印象だが」

「お兄様は怒りますのよ。

 この前だってお菓子を頂いていましたら、食べ過ぎと怒られましたの。

 イエリッツァさんが帝都から持ってきたお土産でしたのに」

 

 毒味はセテスがしただろうし、心配はないだろう。

 それにしても死神騎士がなにをやっているのやら。

 

「訂正するよ。フレンのためにならないことで怒らないと思う」

「ま!フロルさんもお兄様の味方をしますのね、って違いますわ。

 わたくしがしたい話はフロルさんについてですの」

「俺について?」

「お兄様がレア様とこそこそお話をしているのを聞きましたの。

 あなたが元々、金髪だったとお聞きしましたわ。本当でして?」

 

 フロルが前髪をつまんで眺めれば光に透かされた碧色の髪が見えた。

 父はブレーダッドの例に漏れず金髪をしている。

 絵に描かれていた母の姿は金髪だった。

 両親と髪色が違うのは少し残念だと、フロルは思っている。

 

「ああそうだよ。今はこんな色だけど、大体ブレーダッド家は金髪になる」

「あら、やっぱりそうでしたのね!わたくしと同じですわ!」

 

 フレンがきらきらした目でフロルを見た。

 フロルは察しが良い方だと自負している。

 フレンやセテス、レアは『女神の眷属』と称されるナバテアの民だ。

 女神ソティスから力を貰った彼らは髪色を金から緑系統に変質する。

 一見フロルと同じように。

 つまりフレンはフロルを同族と勘違いしている。

 

「そ、それはどうなんだろう」

 

 フロルは多くの証言もある間違いなく父と母の子だ。

 だが歯切れの悪い返事しかできない。

 フロルがナバテアの民について知っているのはおかしいからだ。

 

「つまり、わたくしに弟が出来たということですわね!

 まあ、弟……なんて良い響きなんでしょう」

「お、おとうと?」

 

 フレンの勢いに押されてたじたじになる。

 

「そうですわ。わたくしに今まで兄弟はおりませんの。

 あ、いえ、お兄様以外は、でしたわね。

 長い眠りについていた時、いつも夢見ていましたのよ」

 

 フレンは聞いてもいないのに秘密をボロボロ零していく。

 イエリッツァがセスリーンの正体を知るのも簡単だっただろう。

 勘違いを解く方法を考えている間にも、フロルに腕を絡めた。

 数千年生きているだけあって、パーソナルスペースのつめ方が年頃の女性ではない。

 

「さあいきますわよ、フロルさん!

 わたくしたち姉弟の力を合わせれば幻の魚も釣れますわ!」

「あーまあ、はい」

 

 どうにでもなれと諦める。

 フロルはフレンに引きずられるようにして、泉へと向かうのだった。

 無事にメガミノツカイは釣れて、フロルが料理を拵える。

 あまりの美味にまた釣ることを二人は約束した。

 セテスが帰還するとフロルは山の様な反省文と奉仕作業を命じられた。

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