時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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18話

 

 ファーガスの北から、涼やかな空気が下り始めた。

 フォドラの夏は短い。

 秋の訪れと共に大修道院に植えられた木々も鮮やかに黄色く染まった。

 城下町では死神騎士が、その鎌で命を刈りに来るという不吉な噂が流れていた。

 少し肌寒い早朝。

 授業が終わって人がまばらになった青獅子の教室に勢いよくセテスが飛び込んでいた。

 

「誰かフレンを見ていないか!」

 

 残っていた生徒達は口々に見ていないと話した。

 フロルは内心頭を抱えていた。

 やらかした。

 原作にもあったフレン誘拐事件。

 出来るだけフレンといるようにはしていたが、四六時中とはいかなかった。

 対策の優先度を下げていたのが裏目に出た。

 なにせ、誘拐の目的は二つ。

 一つはセスリーンであるフレンの希少な血を確保する。

 もう一つは事件のどさくさで士官学校にクロニエを潜入させることだ。

 しかし、フロルはクロニエを殺し、なり替わり先のモニカを回収した。

 セスリーンの血は希少だが、大局に影響しない。

 死神騎士の正体がイエリッツァであることを明かすほどの利点はなかった。

 エーデルガルトならもっと致命的なタイミングで札を切ってくると思ったが……。

 

「フロルはどう思う?」

「そうだ、君は前にもフレンと一緒に出掛けていた筈だ」

 

 ベレスとセテスの声でフロルの思考は現実に引き戻される。

 今は呆けている場合ではない。

 

「あ……ああ、そうだな。

 わからないが、行った先を突き止めることは出来るかもしれない」

 

 フロルの言葉に耳聡くセテスが乗り出してきた。

 その勢いにフロルは身を引く。

 

「本当かね!」

「はい。ただ話にくいことですので。戦力を集めて待っていてください」

 

 思いついた人物に手を借りるべきだろうと、フロルは席から立ち上がった。

 幸いにも目的の人物、マリアンヌは相変わらず一人きりで金鹿の教室にいた。

 

「マリアンヌ、少し良いか?」

「……なんでしょう」

「フレンが攫われた。力を借りたい」

 

 フロルの簡潔な答えに、マリアンヌは目を瞬かせた。

 

「大変……でも、そんな……私にできることなんて……」

「君にしか出来ないんだ」

 

 いつもならフロルはマリアンヌの気持ちが固まるのを待っている。

 今は時間がない。

 多少強引でも手を掴んで、教室から連れ出した。

 幸いにもマリアンヌが抵抗することはなかった。

 向かった先は貯め池近くの犬猫の集会所だ。

 フロルとフレンが釣りをする際におこぼれを狙って寄ってくる。

 今も犬猫が呑気そうに日向ぼっこしていた。

 

「彼らなら匂いでフレンの居場所がわかるはずだ。

 俺には伝えられない。頼む、尋ねてくれ」

 

 紋章により動物と会話できるマリアンヌにしか出来ない。

 ただ、獣の紋章は世間一般に不幸を呼ぶと言われている。

 マリアンヌ自身は力を使うことを気にしてしまうだろう。

 こうした緊急事態でもなければ、フロルは頼るつもりがなかった。

 マリアンヌは事情を理解して頷いた。

 

「……わかりました、やってみます。

 すみません、フレンさんを見ていませんか?

 髪色は緑色で女性の……、

 いえ、レア様ではなく……はい、はい。その方です」

 

 犬猫がまるで人間のように互いに顔を見合わせる。

 しばらくすると、群れの中から一匹の犬が前に出た。

 わん!と元気よく吠えた。

 

「彼、匂いを辿れるそうです。

 ……それとお魚のお礼を伝えて欲しいと」

「ありがとう、マリアンヌ!

 今度メガミノツカイを食わせてやるって伝えてくれ」

 

 犬が振り返りながら、誘導するように歩き出した。

 

「マリアンヌも来てくれるか?」

「はい……その……手を……」

「すまない」

 

 フロルが繋いでいたマリアンヌの手を放し、一歩下がる。

 いや、見つめ合って気まずくなっている場合ではない。

 

「行こう。フレンが危ない」

 

 二人は犬を追いかけた。

 目的地は職員棟のイエリッツァの部屋だった。

 必要な物以外何も置いていない質素な部屋、棚の前で犬が立ち止まった。

 フロルが紋章を輝かせて棚を動かせば暗い地下への通路が続いていた。

 道は細く人一人が通るのもやっとだ。

 入る前に、教室からセテスたちを呼んだ。

 

「犯人はイエリッツァか!どうして今まで誰も気づかなかった!」

 

 しかし急いで集められた面子がまずい。

 ディミトリ、ドゥドゥー、フェリクス、シルヴァンといった前衛が不在だ。

 セイロス騎士たちをセテスが呼んだが、連携の難しさから後衛を守りきれない。

 

「突入する人を決める。

 セテスと騎士には着いてきてもらう。

 あとは私とフロル、イングリット、アッシュ。

 アッシュは斧を使って。

 ここにいない可能性もあるから、残りは他を探索すること」

「マリアンヌにも着いてきて貰いたい。剣で自衛できる」

 

 いつもとは違いフロルが口を挟んだ。

 闇に蠢く者が相手ならマリアンヌの魔法封じが必要になる。

 フロルとベレスの目が合う。

 

「わかった。マリアンヌは課題じゃないけど、よろしく」

「……はい!」

 

 枝分かれした地下通路を犬に誘導してもらいながら進む。

 帰り道に迷わないために、フロルは壁にチョークで線を描いていた。

 壁の雰囲気は大修道院地下に広がるアビスに近い。

 

「こんな場所が大修道院の地下にあるなんて」

「元々、古い遺跡のある場所に大修道院は落下したと言われている。

 広大な地下空間にいつしか逸れ者たちが住み着くようになった。

 だが、長年の調査から大修道院を通らねば外に出ることは出来ないはずだ。

 フレンはまだここにいる」

 

 その進んだ先に大部屋があった。

 部屋全体が暗く、中心にはフレンが倒れている。

 今にも駆けだしそうなセテスをベレスが止めた。

 

「フレン!」「待って。フロル、灯りを」

 

 頷いたフロルが光魔法を暗闇に向けて放つ。

 光に照らされて、骸骨の鎧を身に纏った男が姿を現した。

 

「噂の死神騎士か!」

 

 金属の擦れる甲高い音を立てる。

 辛うじてフロルがベレスを狙った鎌を盾で防ぐ。

 いつもの槍ではそのまま斬り捨てられていただろう。

 狭い場所で振るう為に短槍と盾を持ってきたのが功を奏した。

 鍔迫り合いをしている間にも部屋の四隅が照らされた。

 ならず者と魔導士が雪崩れ込んでくる。

 フロルの背後でベレスが冷静に指示を出した。

 

「皆はフレンの確保を。

 マリアンヌは全体を見て回復をお願い。

 死神騎士は私とフロルが相手をする」

 

 炎の紋章が輝き、死神騎士とフロルの戦いに身を躍らせる。

 

「貴様の紋章、我が逸楽か……試すとしよう。

 ……まずは邪魔者を消す」

 

 死神騎士が風切り音と共に、鎌を振るってベレスを弾き飛ばす。

 骸骨の奥で瞳が赤く輝く。

 フロルに斬撃の嵐が降り注いだ。

 瞬く間にフロルは全身を斬り刻まれ、血が床に零れ落ちる。

 

「フロルさん、回復を!」

「ッ……!まずい!」

 

 治癒される感覚にフロルの止まっていた息が吐きだされた。

 マリアンヌの回復魔法がフロルの集中力を削ぐ。

 別の学級故の連携不足が響いた。

 盾の隙間を縫って、鎌が突き刺さる。

 ベレスが時を巻き戻し、ぎりぎりで間に割り込んだ。

 

「助かった!」

「大丈夫、焦らず戦おう」

 

 ぎゃりぎゃりと盾の表面が削り取られ、剣が石突で弾かれる。

 二人がかりでなお、死神騎士を抑えるので精一杯だ。

 

「遊ぶな、死神騎士。我らの目的は新たなケモノだ。

 その存在を認めてはならない!ドーラΔ!」

「サイレス!」

 

 闇に蠢く者の魔導士がフロルに向けて唱えた攻撃魔法。

 即座にマリアンヌが魔法封じで妨害する。

 連れてきて正解だった。

 魔法を受けていれば均衡は容易く崩れていただろう。

 

 思い返せば原作では学級に直接セテスが来ることはなかった。

 誘拐事件の解決はレアに課題として出されるはず。

 セテスは誘導されたか?フロルの中で疑問が渦巻く。

 肝心の死神騎士の殺意はフロルではなくベレスに向いていた。

 

「黙れ……俺はこの女と……命を……削れ……もっとだ!」

 

 ベレスが避けきれない薙ぎ払いに、盾をねじ込む。

 すかさず放たれたベレスの風薙ぎが漆黒の鎧を削る。

 互いの連携だけが命綱だった。

 フロルには魔法も槍も振るう隙間すらない。

 マリアンヌの魔法が尽きれば均衡が崩れて負ける。

 

 勝ち筋はなんだ。考えろ。

 

 死神騎士とベレス、最も弱いのがフロルだ。

 なら、リスクを取るべきは、答えは決まっている。

 極限の攻防の中でフロルは必要な覚悟を決めた。

 死の舞踏の中に、更に奥深く潜り込んだ。

 振り下ろされた鎌を逸らさず、盾ごと腕を貫かせる。

 

「ようやく動きが止まったな」

「貴様……!」

 

 フロルはクロニエとの戦いで学んだ。

 覚悟をしていれば激痛にも耐えられる。

 降り注ぐ自分の血に構わず、筋肉を締めて鎌を固定した。

 突き出した槍は柄を握られ止められる。

 

 本命はそれじゃない。

 

 槍を手放したフロルの拳から紋章の紫の輝きが漏れ出す。

 ガオンッ!

 殺意を乗せて、死神騎士の腹に拳を叩き込んだ。

 衝撃に耐えきれず、フロルの籠手と死神騎士の鎧が砕けた。

 骸骨の奥から吐き出された血が宙を舞う。

 

 浮いた死神騎士の体を、間髪入れずに二撃目の拳が貫いた。

 内臓を破壊した感触が残り、死神騎士が吹き飛んでいく。

 

「なんて無茶を……」

「悪い、先生。これ以外に勝ち筋が見えなかった」

 

 殴った拳の骨が紋章の力に耐え切れず砕けたのだろう。

 皮膚から突き出て見えてるし、指はぴくりとも開かない。

 下手に回復魔法をかければ骨が戻らなくなる。

 今は脳内麻薬で痛みを感じないが、後でのたうち回るはず。

 ベレスが反対側の腕に突き刺さった鎌の柄を握った。

 

「痛いけど我慢してね」

「なるだけ優しく頼む……ぐぅっ!」

 

 鎌をベレスが引き抜いて、噴き出す血を急いで止血する。

 しかし。

 二人は悍ましい殺気を感じて構えた。

 

「貴様もまた、俺を殺しうる……逸楽か」

 

 嘘だろ、ただの人間がまだ動くのか。

 

 暗闇の中、死神騎士はふらついた脚でゆっくりと起き上がった。

 血に汚れた鎧の破片が床に落ちていく。

 骸骨の仮面の奥で赤い瞳がフロルを射抜いた。

 

「死ぬは……俺か、貴様か……地獄の舞踏を愉しもう」

「……男を喜ばせる趣味はない」

 

 殺意が初めてベレスではなくフロルに向けられた。

 フロルの額から血に交じった汗が伝う。

 腕は使い物にならず、残された手札は光の魔法だけだ。

 だがベレスと共に挑めば今なら勝ちきれる。

 

「隙を見て至近距離で魔法を叩き込む。先生、頼む」

「……わかった。でも無理はしないで」

 

 二人と一人が激突する寸前、暗闇に誰かが転移した。

 闇から伸びた手が死神騎士の肩を掴み動きを止める。

 

「そこまでだ……我はこの計画を許可しなかったはずだ」

 

 影が灯りの下にゆっくりと現れる。

 赤い重装の鎧に白い仮面をつけた姿。

 男か女かもわからないくぐもった声。

 

「我が逸楽の、邪魔を……」

「我が来なければ負けて死んでいただろうに」

 

 仮面が此方を向く。

 ベレスを庇うため、フロルは一歩前に出た。

 一撃をフロルが受けてベレスの攻撃を通すしかない。

 

「死神騎士をここまで追い詰めるとは。やはりお前たちか」

「……今なら見逃すぞ」

 

 フロルは精一杯の虚勢を張った。

 

「ふっ……面白い、ここは退くとしよう。

 我が名は炎帝、世界をあるべき姿に還す者よ」

 

 炎帝と死神騎士は転移魔法で消え去った。

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