時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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19話

★〈支援会話:コンスタンツェ〉

 

 フロルは実家のイーハ領へと戻っていた。

 今回は父からの命令だ。

 馬車に乗った両脇を王都から派遣された多数の精鋭騎士が固める。

 フロルの片腕がしばらく使えなくなり療養のための一時帰宅である。

 鎌で貫かれた方は回復魔法で治った。

 しかし、死神騎士を殴った方は骨が粉々に砕けていた。

 自壊した骨の治療など誰もやったことがない。

 マヌエラが脂汗を浮かべながら、ピンセットで破片を元の位置に戻した。

 フロルは麻酔で意識がなかったが、本人曰く、二度とやりたくないそうだ。

 包帯でぐるぐる巻きになった腕が今もベルトで吊るされている。

 領民たちがフロルの帰還に気づいた。

 

「フロル様、よくぞお帰りに!」

「お戻りになると聞いて屋敷に少しばかり魚を送っておきました」

「お前さん、なにぐずぐずしてんだい。お坊ちゃまがお帰りだよ!」

「見ろ、あれが次の王様だ。いつかお前も仕えるんだ」

 

 馬車の窓から顔をだすフロルを、領民たちが歓迎する。

 イーハ領はかつての貧しさをすっかり過去のものとした。

 酷い年には路地に凍死体が転がって、雪がそこに降り積もっていた。

 今は商人が訪れ、市場ができて、民の顔は活気にあふれている。

 フロルの存在は彼らの希望だった。

 フロルは一人一人と言葉を交わしながら、屋敷へと辿り着いた。

 

「只今戻った」

 

 正門の前に馬車が停まり、片腕で苦労しながらフロルが降りる。

 大扉が開いて、赤い髪の女性が飛び出してきた。

 

「おかえりなさい、フロル様!

 お怪我をしたと聞いて、心配していました」

「大した怪我じゃない。モニカこそ苦労をかける」

「そんな……あたしは」

 

 開いた扉の奥から高笑いが響き渡った。

 

「おーっほっほっほっほっほ!私もいましてよ!」

「ああ、忙しいだろうにコンスタンツェも来てたのか」

「ちょっと!態度が違いますわ!?」

 

 モニカは闇に蠢く者の砦の地下に拘束されていた。

 フロルとしては扱いに困った。

 モニカはトマシュの正体に気づいており、将来は帝国の将として王国の敵になる。

 トマシュの正体をまだ明らかにされるわけにはいかなかった。

 仕方なく生存がばれれば家族に危険が及ぶと言いくるめて、屋敷に匿うことにした。

 

 コンスタンツェは帝国の実家が滅びると、単身王都にきて魔道学院に入学した。

 メルセデスからの手紙でフロルはそのことを知った。

 即座に父に二度目のおねだりをした。

 コンスタンツェは今父の下、宮廷魔道士見習いとして働いている。

 宮廷魔道士となった暁には王国ではあるがヌーヴェル家復興が約束されていた。

 

「上着、お預かりしますね」

 

 モニカが片腕が動かないフロルに代わって、恭しく後ろから上着を脱がした。

 二人を伴って屋敷に入ると外の寒さを感じなくなるくらい温かい。

 昔はフロルとメルセデス、二人の親子だけで暮らしていた。

 

「土産は屋敷に運ばせたから確認してくれ」

「アネットとメルセデスお姉様は元気にしておりますの?」

 

 コンスタンツェ、アネット、メルセデスは魔道学院の同期である。

 コンスタンツェが士官学校に通わなかった結果、そうなった。

 ちなみに金鹿のローレンツも同期なのだがコンスタンツェは嫌っていた。

 

「二人とも会いたがっていたよ。ハピも相変わらず元気だ」

「あら、ハピについては聞いていませんわ。

 お姉様に迷惑をかけていないと良いけれど」

「いや最近はため息をつかなくなった……ありがとう。モニカ」

 

 いつもの三人掛けのソファーに一人で座る。

 モニカがポットから紅茶を注ぐ。

 三日月茶の優しい香り、亡くなった母の好みだと父が言った。

 

「うふふふ、光栄に思いなさい?

 私の生み出した新たなる魔法、お見せ致しますわ」

 

 フロルが手を伸ばしたカップをコンスタンツェが先に奪った。

 

「いや……普通に飲みたいんだが」

 

 フロルの文句を無視して、コンスタンツェが魔法をかける。

 紅茶の中に白い粒が浮かび始めた。

 にんまりとした笑みで、カップがフロルに返された。

 フロルが恐る恐る口をつける。

 

「ん……甘い」

 

 この白い粒、間違いなく砂糖だ。

 コンスタンツェが渾身のどや顔を浮かべた。

 

「ええそうですわ、聞いて驚きなさい!

 誰もが一度は夢見た魔法!

 世に革命の嵐を巻き起こす傑作!

 紅茶に砂糖を生み出す魔法ですのよ!」

「ああうん、凄い、凄いんだが……使用を禁止する」

「なんですって!?

 あれもダメこれもダメ、いい加減にして下さいます!?」

 

 フロルがコンスタンツェを真っ先に確保した理由がこれだ。

 駄目な方向に天才過ぎる。

 砂糖は重要な交易品として高値で取引されている。

 コンスタンツェは容易に市場経済を破壊できるのだ。

 公開すれば、どれだけの商人が路頭に迷うことになるのやら。

 本人は無自覚なので、いっそう始末が悪い。

 

「大道芸魔法はおいておく、真面目な話をしよう」

「消し飛ばしますわよ!私はいたって大真面目ですわ!」

 

 フロルはコンスタンツェの文句を無視した。

 

「闇に蠢く者が本格的に動き出した」

 

 二人にはある程度闇に蠢く者について話してある。

 フロルでは手に入れた闇に蠢く者の研究を解析することが出来ない。

 士官学校の外に、信頼できて優秀な理学者が必要だった。

 

「あら、貴方の予想より早いですわね」

「二人殺したからもっと動きが鈍ると思ってたんだけどな」

 

 無双ではクロニエの計画と、ソロンの正体が暴かれた結果、開戦が1181年末だった。

 フロルが大きく動きすぎて原作の1180年天馬の節の開戦になるかも怪しい。

 

「ですが感謝しなさい。なんとか間に合いましたわ」

「自分だけの手柄にしないでください。

 あたしが手伝ったんですよ、フロル様」

 

 真面目なモニカがコンスタンツェを上手く導いてくれたようだ。

 フロルが破顔する。

 

「そうか、完成したか。彼らの転移を封じる魔法が」

 

 闇に蠢く者の中でも『アガルタの民』の肉体は特別だ。

 アガルタの民は他者を介さずとも転移魔法を可能とする。

 更に魔法封じに強い耐性を持ち、転移を妨害できない。

 だからフロルはコルネリアを確実に殺すため毒殺を選んだ。

 クロニエはフロルを殺そうと欲張らなければ逃げられていただろう。

 今後戦うことになる相手を殺しきるには対策が必須だった。

 幸い実験材料は二つもあった。

 

「ありがとう。感謝してもしきれない。

 俺にはどうせ使えないから、あとで魔道書にまとめてくれ。

 ハピには習得させておきたい」

「いよいよ事情を伝えますの?」

 

 フロルは首を横に振った。

 

「いや、ハピに余計な苦労をかけたくない。

 ため息の回数が増えても困るしな」

「そう思っているのは貴方だけですわ」

 

 容赦のない指摘に気まずくなって、フロルは甘い紅茶を啜る。

 ハピが話して欲しそうにしているのはわかっている。

 巻き込む気がフロルにないだけだ。

 

「いいんだよ。それにお前が助けてくれるなら十分過ぎる」

「おーっほっほっほっほ!当然ですわね」

 

 幸いコンスタンツェからの追撃はなかった。

 

「仕事は上手くやれているか?」

「勿論、と、言いたいところですけれど。

 進める以前に、立て直ししている最中ですわ」

 

 多くの研究を成して王国中から信頼を得ていたのがコルネリアだ。

 それはクレオブロスが身体を奪う前も後もかわらない。

 フロルが笑みを浮かべた。

 

「なら、早くお前に宮廷魔道士になって貰わないとな」

「ええ、そしてヌーヴェル家復興は直ぐ目の前ですわ!」

 

 いつものように高らかにコンスタンツェの哄笑が響き渡った。

 

★〈支援会話:モニカ〉

 

 フロルが大修道院の出来事を伝え終えるとコンスタンツェは足早に屋敷を出た。

 

「……フロル様にあんな物言い。失礼な人ですね」

「いや、忙しいのに此方が色々頼んでいる身だ。

 むしろ感謝しかないよ」

「フロル様は優しすぎます」

 

 モニカがむくれる。

 屋内のコンスタンツェとの相性は悪そうだった。

 話を変える必要がありそうだ。

 

「そうだ。モニカもよく魔法を開発してくれた。

 なにかお礼をしないとな」

 

 ぴくりとモニカが反応した。

 

「お願いを、聞いてくれるんですか?」

「ああ俺に出来る事ならな。家族に会うとかはなかなか厳しいが」

 

 モニカの実家、帝国のオックス家は西方教会とも繋がりが強かった。

 家族は無実でもその臣下まではどうかわからない。

 あるいはだからこそ、クロニエに誘拐されたのかもしれない。

 モニカの視線が忙しなく彷徨って、唇に手を当てた。

 

「そ、その、大変失礼ながら、膝枕を所望してもよろしいですか……」

 

 恥ずかしそうに口にする。

 モニカの提案は完全な想定外だった。

 家族と離れて寂しいのだろうと、フロルは勝手に納得する。

 苦笑いをしながらも受け入れた。

 

「構わないぞ。ほら、おいで」

「し、し、失礼します」

 

 座る場所を端に変え、動く方の手で膝を叩いた。

 カチコチに緊張した様子のモニカが隣に座る。

 バタンと膝にモニカの頭が乗った。

 香水の甘い香りが仄かに鼻孔を擽る。

 

「お願いを聞いてくださって、ありがとうございます」

「良いんだ。なんだって言ってくれ」

 

 フロルは、子供の頃、父がしてくれたのを思い出した。

 少し悩んで、父がしたようにモニカの赤い髪を撫でることにした。

 よく手入れされた赤髪が撫でた指の隙間を抜けていく。

 赤い髪と赤い瞳。

 脳裏に焼き付いた記憶が掘り起こされて、フロルの瞳孔が揺れた。

 

「寂しい思いをさせた。欲しいものはないか?

 帝国からなにか取り寄せたって良い」

「もうすでに大事な物を頂いています。

 覚えていますか?助けに来ていただいた日。

 物語の王子様が迎えに来たと思ったんです」

「それは、現実に失望しただろう」

 

 当時のフロルは、失血で満身創痍だった。

 兵を動揺させないよう虚勢を張り続けるしかなかった。

 牢の前に辿り着いた時、モニカには死人に見えたに違いない。

 モニカが、フロルの動かない手に触れた。

 

「いいえ。あたしのために傷ついた人がこの手で抱きしめてくれたんです。

 今まで読んだどんな物語よりも素敵でした」

 

 きらきらと輝く赤い瞳がフロルを見つめた。

 

「貴方と出会えた運命に、あたしは感謝しています。

 もう一つ叶えて頂けるなら。

 どうか仕えさせてください。それがあたしの願いです」

 

 その目を向けるのはフロルではなかったはずなのに。

 フロルは内心の葛藤を殺して、願いを受け入れた。

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