時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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2話

 

 露店が並んでる活気ある大通りを抜けた。

 第一門を潜ればどこか見たことがある雰囲気の正門にたどり着く。

 鍛冶場の煙が立ち上り、菓子や果物の甘い香りが鼻を擽った。

 フロルがハピの手を取って馬車を降りる。

 

 すぐにセイロス騎士が近づいてきた。

 彼ら、教会の騎士は国家に所属しない教会にのみ仕える。

 国を超えて、治安維持や救貧政策の助けになっていた。

 

「フロリアヌス君にハピさん。

 この度は士官学校に入学おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「レア様が聖堂二階にてお待ちです。

 ぜひ、フロリアヌス君にお会いしたいと」

 

 フォドラの教会の頂点に君臨するのが大司教レアだ。

 次期王位候補を見定めたいと思っても不思議ではない。

 頷いたフロルがハピを見た。

 

「ハピは……」

 

 どうすると言いかけて、顔に面倒くさいと書いてあるのがわかった。

 

「悪いがヴァレリアを厩舎に連れて行ってくれ。

 彼女は気難しいから、慣れている人間が傍にいてあげた方が良い」

 

 愛馬は自分はそんな気難しくないと不満げに嘶いた。

 その意味に気付けるのは今のところフロルだけだ。

 

「別にいーけどさ。

 ハピがいなくて問題に巻き込まれても知らないからね」

「はいはい、気をつけますよ」

 

 ハピと愛馬を見送って、フロルはセイロス騎士についていく。

 故郷は王国の中でも僻地。

 少し遅いくらいで、既に多くの士官学校の生徒が到着している。

 制服を身にまとった姿があちこちに見えた。

 食堂からは食欲をそそる香辛料の匂いが風に混じって流れていく。

 

「どうかしましたか?」

「いえ別に」

 

 つい伝書ふくろうの羽根を拾ってしまった。

 実際はこんなもの貰っても嬉しくないだろう。

 多分あれは手紙の暗喩だろうな、なんて思いつつ。

 フロルは羽根をなんとなくポケットに仕舞って誤魔化すために話題を振った。

 

「そういえば教師はもう決まっているんでしょうか。

 紋章学の権威であるハンネマン先生と、元歌姫のマヌエラ先生。

 あと一人足りないですよね」

「よくご存じですね。レア様に心当たりがあるようで、

 その方がまだ到着されていないとか。

 噂によれば傭兵だそうです」

「傭兵?それはまた思い切ったことを」

「ええ。ただ、レア様のことですから優秀な方をお呼びすると思いますよ」

 

 フロルはセイロス騎士と言葉を交わしながら思考を巡らせる。

 イエリッツァではないのか。

 傭兵とは十中八九、ジェラルトかベレトのことだ。

 この世界の主人公であるベレトは大きな運命を背負っている。

 大司教レアは既にベレト確保に動いていると見て良い。

 

「こちらでレア様がお待ちです」

 

 大扉を開けた向こうに、絵画ではなく生で初めて見るレアが微笑んで佇んでいた。

 美しい。フロルの貧弱なボキャブラリーではそう言い表すしかない。

 人ではないと知らなくとも、人外の美しさだと確信したはずだ。

 穏やかな笑顔とは裏腹に瞳の奥で人を超越した苛烈さを秘めている。

 

 初めて訪れる多くのセイロス教の信徒が、フロルと同じ反応をしたのだろう。

 レアも騎士も微笑ましそうにフロルが落ち着くのを待った。

 ごほんごほんと誤魔化しきれない咳をして、恭しく王国流のお辞儀をする。

 

「セイロス聖教会の最高責任者たる大司教レア様。

 お初にお目にかかります。

 蒼き獅子を戴くファーガスのフロリアヌス=ティエリ=ブレーダッドと申します」

「そうかしこまる必要はありません。

 ファーガスは、その建国当初から聖教会が我が子のように見守り続けてきた国。

 言わば家族のようなもの。

 あなたも同じように接していただければと思います」

「ありがとうございます。

 短い期間ではありますがレア様の下で、

 信仰と王家としてのあり方を学ばせて頂きます」

 

 フロルは三十種類の想定内からすらすらと話して、対面は無難に終わった。

 父からはレアに王位を認めてもらうように言われていたが、どう考えても無理な話だ。

 フロルとディミトリを並べたら、損得抜きにすれば誰でもディミトリを選ぶと思う。

 

 時間が余ってしまったので、降りた先の大広間で暇潰しの話し相手を探した。

 丁度良く青髪の青年を見つけたので話しかけにいく。

 

「ベルグリーズ家のカスパルだよな」

 

 フロルの顔を見てカスパルはむむっと唸った。

 

「悪ぃ!思い出せねえや。どっかで会ったか?

 帝国っぽくはねえけどよ」

「初めましてだよ。

 俺はブレーダッドのフロリアヌス、皆にはフロルって呼ばれてる。

 手持ち無沙汰にしてそうだったから話しかけたんだ」

「おう、ありがとうな!

 それがよ、リンハルトを待ってるんだがなかなか来なくてな。

 何時も眠そうにしてるヤツなんだが見てねえか?」

 

 そういえばカスパルとリンハルトは幼馴染だった。

 同じ名門貴族出身で仲は良かった記憶がある。

 記憶を掘り返しながらフロルは首を横に振った。

 

「生憎見てない。

 でも今は天気も良いし外は昼寝するのにちょうど良さそうだ」

「くっそー。確かにリンハルトがやりそうなことだぜ。

 どうしたもんかな」

「まあ、俺の予想通りとは限らないし」

 

 リンハルトについて知っているのもおかしな話だ。

 思いついたことは黙っておくことにした。

 思いついたのはリンハルトが「紋章学の父」ハンネマンに突撃してそうだということ。

 リンハルトは紋章学に興味がある、というより、それ以外にほとんど興味がないはず。

 歳が経つとどうしても記憶が薄れていくのでフロルにとっても細かな関係は曖昧だ。

 

「しかたねえ。もう少し待つか。

 そういやお前、ブレーダッドっていえばファーガスの王と同じ苗字だろ」

「ああ、ディミトリ殿下の従兄弟だよ」

「んじゃやっぱり強いのか?」

 

 カスパルが挑発的に笑った。

 フロルが持つブレーダッドの紋章は他の紋章と違い、常時怪力を授ける。

 歴代のブレーダッドの紋章持ちは、戦場において万夫不当一騎当千の活躍をしてきた。

 わかりやすいのがスレンをあと一歩まで追い詰めた亡きランベール王だろう。

 

「武術って意味だといまいちだけど、筋力的には。ほら勝負」

 

 フロルが握手のために手を差し出した。

 

「おう!いいぜ!」

 

 握り返したカスパルが手に力をこめるのに合わせて、力をこめ返す。

 フロルもブレーダッドの紋章と付き合って長くなる。

 昔、母のお気に入りのカップを割って以来、力加減には気をつけていた。

 本気でやるとへし折りかねないので、試すように力を上げていく。

 カスパルは顔を真っ赤にして耐えていたが、ついに決壊した。

 

「ぬぐっいだだだだだだっ!!!」

 

 手の力を抜いてフロルが魔道書から回復魔法をかけた。

 赤くなったカスパルの手も元通りだ。

 

「四割ってところかな」

 

 余裕そうにフロルが嘯いた。

 冗談でもなく、フロルが本気を出すと鉄棒に手形がくっきりつく。

 小紋章とはいえ、同じ紋章の従兄弟のディミトリも苦労しているだろう。

 

「いやすげーな!こりゃ一度掴まれたら逃げられねーな。

 それに手の感じ、武の方も長く鍛えてるじゃねえか。

 得物は槍か?」

 

 なるほどと、フロルは独り言ちる。

 師にも才能が無いと言われたが、こういうところが才能の差なんだろうな、と思う。

 フロルは手を握っても固い手だなとか、マメが出来てるなくらいしか解らない。

 

「槍は王家の象徴だから最低限は使えるようになっておかないと。

 でもカスパルには負けそうだなぁ」

「おうよ、オレは己の腕一本で何かを成さないといけねえからな。

 お前みたいな力自慢にも負けるつもりはねえぜ!」

「それじゃあ、もし名を上げる機会があったらカスパルを呼ぶよ」

「任せておけ!」

 

 結局リンハルトはカスパルと別れるまで現れることはなく、フロルは時間を潰すことができた。

 

 

★〈支援会話:メルセデス〉

 

 翌日、生徒が揃ったということで、生徒たちは其々の学級に集められていた。

 フロルが所属する、王国の青獅子の学級も同様だ。

 春の光が石造りの校舎に淡く差し込んでいた。

 既に王国の東方諸侯出身と西方諸侯出身で座っている場所が綺麗に別れている。

 

 父が父なのでフロルにも大量の挨拶が来ていた。

 お陰で対立派閥から挨拶されているディミトリへの後ろめたさは感じる暇もなかった。

 ようやく一段落してフロルが少し息を吐く。

 時期を見計らってメルセデスが話しかけてくる。

 領地に来たときは幼い少女だったのに、あどけなさが消えて立派な女性になっていた。

 

「お疲れ様。あらあら〜、こんなに汗もかいちゃって」

 

 メルセデスのなすがままに額の汗をハンカチで拭われた。

 

「久しぶり。前に会ったときより綺麗になった」

「ふふっ、コンスタンツェと一緒に一節前に会ったばかりよ、フロル」

 

 昔はこれくらいの軽口で可愛く頬を赤らめたのに。

 今では簡単にあしらわれてしまうのは寂しくもあり嬉しくもある。

 

「待ち遠しすぎて数年に感じたってことだな」

「魔道学院に一緒に通えたら、もっと良かったわ」

「父上は過保護だからそれは無理だろう」

 

 フロルが首を横に振る。

 実際はコルネリアを殺したあとの処理に忙しかったので、行く暇がなかった。

 そんな血生臭い真実を幼馴染に話すことはない。

 

「お母さんは元気かな?あとを父上に頼んだけど」

「ええそうね~、新しく立派なお屋敷も頂いて。

 都の人にも良くしてもらっていて、最近はお裁縫に凝っているみたい。

 今度フロルに首巻きを編むんだってはりきっていたわねえ」

「俺にはそんなこと言わなかったな。話して良かったのか?」

「あら?そうね。秘密だものね。

 聞かなかったことにしてくれると助かるわ~」

 

 うーんずるい人だと、フロルは心の中だけで呟いた。

 そこがまたメルセデスの魅力でもある。

 

「そうするよ。馴染めているなら良かった。

 王国は帝国と違って年中寒いし、

 気候は気分に影響するから。

 遠慮しているかもって心配してたんだ」

「いいえ、フロルにもリュファス様にも、

 もう十分すぎるくらいお世話になっているもの。

 お母様もようやく落ち着けたと思うわ〜」

「ならいいんだけどな。

 ……そうだ。

 手紙にあったアネットを紹介して欲しいな。

 とっても愉快な子みたいだし」

「ええ、アン。ちょっといいかしら~」

 

 声を張り上げたメルセデスに赤毛の女性が振り返る。

 

「どうしたの、メーチェ」

 

 アネットはコンスタンツェと並び、魔道学院開校以来の才女として名前が知られていた。

 残念ながら、王都にあまり行く機会がなかったフロルは、今まで会う機会もなかった。

 

「お友達を紹介したくて、こちらが前にお話ししたフロル。

 お世話になっている方なのよ。

 アンも親しくしてくれると嬉しいわ~」

「そうなのって、わーっ!

 メーチェの言ってたフロルってフロリアヌス様のことなの!?

 先にいってよっ!」

「あらあら、言ってなかったかしら」

 

 フロルが軽く自身の胸に手を当てた。

 

「身分がどうこうは気にしなくていい。

 ぜひ、フロルと呼んでくれ。

 士官学校では地位関係なく対等、だろ?」

「……えへへ、そうですよね。

 アネットです!メーチェの友達です!」

 

 元気いっぱいの返事にフロルも思わず顔が綻ぶ。

 アネットにはレアとはまた違った人を惹きつける才がある。

 今後、試練が待つ青獅子の学級にとって、良心と言って良い。

 

「そうか、俺とも仲良くしてくれると助かるよ。

 差し当たっては……。

 手紙にあったアネットの歌を聴けるくらい仲良くならないとな」

 

 アネットの目が真ん丸に見開いた。

 

「メーチェ、そんなことまで手紙に書いたの!?」

「あらあら〜。ダメだったかしら。

 とっても可愛いのに」

 

 うーんやっぱりずるい人だ。

 

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