時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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20話

 

 飛竜の節

 天に轟く声で飛竜の群れが南へと羽ばたいていく。

 切り倒されたばかりの生木が薪にするため炉の傍で乾かされていた。

 ガルグ=マク大修道院では、いよいよグロンダーズ鷲獅子戦が間近に迫る。

 そのため、多くの生徒が鍛錬に励んでいた。

 青獅子の生徒達もそれは変わらない。

 

 フロルはフェリクスが振り下ろした剣を槍で滑らせて防ぐ。

 三歩離れた空間を突きの連撃で埋めた。

 躍るようなステップで槍をかいくぐり、フェリクスが踏み込んでくる。

 槍の内側、剣に有利な間合いに踏み込んでくるのは当然だ。

 だからフロルは合わせて、もう一歩踏み込んで格闘戦に持ち込むことにした。

 

「ほう、やるな」

 

 フェリクスの余裕は崩れない。

 フロルの放った拳を首の動きだけで避けられ、返しの拳が飛んでくる。

 あえて額で受ける直前フェリクスが拳を引く。

 ぐるんとフロルの視界が回って、地面に叩きつけられていた。

 

「なっ、がはっ……!」

 

 肺の中身が口から漏れ出る。

 足払いをされたことに遅れて気づく。

 当然、無防備な喉元に訓練用の剣が当てられていた。

 剣が引かれるのを待って、フロルはゆっくり立ち上がった。

 何連敗目か数えるのも億劫だ。

 これでも少しはフェリクス相手に戦えるようになったのだ。

 

「フン、死神騎士との戦いは良い経験になったようだな」

「生き残れたのは偶然だけどな」

 

 相手は完全な格上、あれほどの戦いは初めての経験だった。

 偶然というかおそらくベレスが時間を巻き戻したのだろう。

 なんとなくあの時、そんな気がした。

 

「攻撃はまだ甘い。だが、防御に芯ができた」

「どういうことだ?」

「チッ……奴なら伝わっているものを」

 

 フェリクスの舌打ちに苦笑いするしかない。

 ディミトリと比べればフロルは赤子同然だ。

 

「お前は今まで過剰に攻撃に反応し過ぎていた。

 今は必要な攻撃に対してだけ防御を選択している」

「言ってくれれば直したぞ」

「これは死闘を越えた者にしかわからん。

 死闘を越えた者だけが、どの攻撃が致命傷か判断できる」

 

 なるほどとフロルは納得する。

 もう二度と死神騎士と戦いたくはないが、また一つ学びになった。

 

「それにしても訓練に付き合ってくれるのは嬉しいんだがな。

 これじゃあ俺が一方的に教わってるだけだ」

 

 フェリクスが学ぶことはなにもないだろうに。

 誘ったのもフェリクスからだ。

 

「いや、お前の戦い方は興味深い。

 騎士のように戦い方に拘ることはなく。

 戦士のように貪欲に勝利を求めるでもない」

「褒めているようには聞こえないな」

 

 むしろ中途半端と貶されている。

 

「単なる事実だ。

 あの教師のようかとも思ったが違う。

 判断の一つ一つに冷徹さが見え隠れしている」

「そうか?そんなことはないと思うんだけどな」

 

 フロルに自覚はないがフェリクスの指摘は的を射ていた。

 紋章は精神に影響する。

 フロルは民を想いながらも、必要と判断して西方教会を虐殺できてしまう。

 

「ハッ、自覚がないのは猶更たちが悪い。

 戦場において最も警戒すべきことは未知だ。

 まだお前がどう動くのか読めん。

 訓練で正体を暴けるとも思えんが、敵を知っておく必要がある」

 

 つい忘れそうになるが、士官学校の生活は半分を切った。

 ディミトリの戴冠式は卒業すれば行われる予定だ。

 その時、フラルダリウス家のフェリクスはフロルの敵となる。

 

「今なら俺の首を落とせるんじゃないか?」

 

 フロルが軽い口調で自分の首を叩いた。

 

「思い上がるな、お前の首などいつでも落とせる。

 猪のくせにうじうじと悩む奴の覚悟を待つだけだ。

 それまではこの薄ら寒い馴れ合いを続けてやる」

「そうか、後悔するなよ」

 

 返答の代わりに刃が突き出され、辛うじてフロルは槍で弾く。

 

「おいおい……」

「構えろ。お前との問答など、時間の無駄だ」

 

 いずれ殺し合う日のために、二人は日が暮れるまで鍛錬を続けた。

 

★〈支援会話:アネット〉

 

 人には向き不向きというものがある。

 ディミトリでさえ重さに逆らわず振るう斧は苦手。

 シルヴァンも笑えるくらい矢が的に当たらない。

 欠点のないベレスやイングリットがおかしいだけだ。

 なにが言いたいかと言うと、フロルは理学が大の苦手なのである。

 

「アネット、助けてくれ。さっぱり出来ない!」

 

 同じ授業を受けていたリシテアがフロルに迷惑そうな目を向けた。

 ハンネマンの講習に参加したのだが、結果は散々なものだった。

 そもそも理学ってなんだと不満を口にする。

 光魔法以外のおおざっぱな分類を理学と呼ぶ。

 コンスタンツェの魔法なども難易度の次元が違うが理学に含まれる。

 この世の理を解き明かし、魔法を通して捻じ曲げるのが理学である。

 

「うーん、なんでかな。フロルは信仰魔法を普通に使えるよね」

「そりゃあな。というか得意分野だぞ」

 

 フロルは両の掌に光魔法を生み出した。

 高難易度の技術で、右手と左手で別の絵を同時に描くに等しい。

 ただし、普通に一点に集中した方が威力が出るので実用性は皆無である。

 

「おー!すごい!あたしもなかなか成功しないんだよ!

 なんでそれが出来るのに理学は出来ないんだろう?」

 

 アネットの純粋な目がグサグサとフロルの心の心臓に突き刺さる。

 ここは挽回しなければと覚悟を決めた。

 

「出来ないわけじゃないぞ。見てろ……うぉおおお!」

 

 フロルが全力を掌に込める。

 拳大の大きさの風が掌の上に渦巻いていた。

 

「そうじゃなくて、見ててね」

 

 アネットの前にギュンギュンと切り裂くような音を立てる圧縮された風が出現した。

 人一人を殺傷するには十分な威力を秘めていた。

 これに比べればフロルの風なんて、ないのと同じだ。

 

「これは……シェイバーか」

「ううん。普通のウインドだよ」

 

 中級魔法ではなく、ただの初級魔法、才能の格差がすごい。

 

「そうだなあ。鍛冶屋にでも行ってみようよ。

 実はちょっと思いついたことがあって……」

 

 城下町の鍛冶屋とは別に大修道院内にも鍛冶屋が存在する。

 フロルも利用しているがアリアンロッドにも負けない腕の良さだ。

 この時期になると寒さを凌ぐために犬猫も集まってきていた。

 

「槍をよく壊す兄ちゃんじゃないか。

 今度は別の女連れかい。若いねえ」

「ははっ揶揄わないでくださいよ。一番の本命がこの子ですよ」

 

 顔なじみの鍛冶屋のちゃかしに直ぐにフロルは乗った。

 

「前もそう言ってなかったかい?

 嬢ちゃんもこんな男に騙されない方が良いぞー」

「騙されないよ!フロルも悪乗りしない!もう!」

「悪い悪い。すみません。

 ちょっと授業で解らないことがあって」

「あの、魔法水晶って置いてありますか?」

 

 アネットの問いに、鍛冶屋は頷いて素材のたまり場をガサゴソと漁る。

 透明な結晶の入った瓶を取り出した。

 魔法水晶、主にサンダーソードなどの魔法武器に使用される素材だ。

 早速フロルが代金を払って受け取った。

 

「フロルはあたしよりも魔力があるんだから、出来ないはずはないんだよ。

 まずは原因から調べてみよう」

 

 アネットが床に紙を広げて、チョークで魔法陣を描いていく。

 綺麗な円と模様にはひとつも歪みがない。

 更に魔道書に記載されているものからアレンジを加えた。

 

「凄いな、俺にはまずそれが無理だ」

 

 魔法を開発・改良するのもまた、理学の才能のひとつだ。

 

「あたしだって元々こんな綺麗には描けなかったよ。

 でも、コンスタンツェがね。

 魔方陣を描いた方が、自分の魔法って感じがして上手くいくって教えてくれたんだ。

 最初は円もガタガタだったけど、初めて魔法が発動した時はすっごく感動したなー」

 

 アネットは最後に、魔法陣の上に魔法水晶を置いた。

 

「回路よし。うん、問題なさそう。

 魔法を起動するのはフロルだけど、魔力は魔法水晶から引き出されるから。

 これで誰が使っても同じくらいの魔法になるよ」

「原理的には回復の魔方陣と同じなんだな」

 

 回復の魔法陣は、治癒力が低い代わりに、誰が使っても同じだけ治癒できる。

 消費するのは魔法水晶なので本人の魔法適正に左右されないのが強みだ。

 今目の前にあるのは風の初級魔法を使う為の魔法陣の改変である。

 

「それじゃあ早速……」

 

 フロルが手をつけて起動すると、ちゃんと風の魔法が渦巻いた。

 しかし急速に魔法水晶が輝きを失って魔法も消えてしまう。

 

「やっぱりそうだ。

 現象を起こすのに必要な魔力を多く見積もっちゃうんだと思う。

 魔法には適切な魔力があって……だから、ちょっと待ってね」

 

 アネットがサラサラと新しい魔法陣を描いた。

 

「これでどうかな?今度は魔法水晶なしでやってみて」

 

 フロルは促されるままに、手を置いて魔法を使用してみる。

 すると今度は先程と同じ大きさの風の魔法が出来上がった。

 そよ風から突風にランクアップしている。

 

「おお!?できてる!できてるよ、アネット!」

「よかったね、フロル!」

 

 自分のことのように喜ぶアネットと、フロルはハイタッチした。

 しみじみと黒魔法を使えたことを実感する。

 

「まさか俺が風の攻撃魔法を使えるようになるとはな」

 

 一度フロルはコンスタンツェにも習おうとした。

 したのだが、天才にはなぜ出来ないのかが理解されなかった。

 秀才のアネットだからこそ解決手段を見つけられたのだ。

 

「えへへ、でも、これって無駄な魔力を浪費させているだけだから。

 規模が大きくなって中級魔法とかになると無理かな」

「いやいや、別にそこまで高望みしてるわけじゃない」

 

 フロルが子供のようにはしゃいで何度も魔法を発動する。

 それを見てアネットは、中級魔法をなんとか使わせられないかと頭を悩ませるのだった。

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