時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

21 / 69
21話

★〈支援会話:セテス〉

 

 王国出身は利用したがらない浴室だがフロルは積極的に利用していた。

 ほかほかと体から湯気が立つ。

 フロルが浴室から部屋に戻ろうとする時、セテスが通りかかった。

 セテスの持つカンテラが、ゆらゆらと並んだ扉を照らしだす。

 

「祈りを捧げに行くのだが、君も一緒にどうだ?」

 

 もう夜の帳が降りている。

 生徒たちも各々の部屋に戻って寝る支度をしていた。

 

「今からですか?」

「仕事で帰ってきたのがつい先ほどになってしまってな。

 しかし、私のためだけに蝋に火を灯すのは勿体ないだろう」

 

 フロルは表向き信心深いことになっている。

 教会と王国の関係を思えば、演じるのは当然のことだ。

 ややあって頷いた。

 歩きながらセテスが話し始めた。

 

「イーハ大公が士官学校に在籍していた頃、

 大修道院の地下に賊が侵入したそうだ」

「アビスは元々ならず者の集まりのはずですが」

「ならず者だけではない。

 行く当てのなくなった者が最後に逃げ込む場所でもある。

 女神を信仰していない者も多い。

 教会の中には浄化を謳う者がいる……私は反対だがね」

 

 雑談の内容にしては物騒だ。

 

「幸い地下の住人に被害はなく、

 混乱を避けるため、事件は隠蔽された。

 その際、調査が行われ、

 大修道院以外へと繋がる通路を封鎖した。

 おかけでフレンが外に連れ去られなかったと思えば、

 主は見ているということだろう」

 

 フロルは会話を気にし過ぎて今まで気づいていなかった。

 向かっている先は礼拝堂ではない。

 セテスは、有無を言わさず人気のない廊下を先導する。

 

「このような形で連れてきてすまない。

 イエリッツァの件もある、どこに耳目があるか解らないからな」

 

 向かった先にあったのは立ち入りを禁じられた霊廟の扉。

 前にクロードが侵入しようとした場所だ。

 一日中いるはずの衛兵の姿は見えず、静けさを保っていた。

 セテスはカンテラを床に置くと扉の鍵を開けた。

 

「君の献身に感謝する。

 信仰心を失った者が次期盟主とは由々しき問題だ」

「……」

 

 フロルはクロードとの会話を誰にも話していない。

 階段を降りて、セテスが柱の篝火に火を灯した。

 暗闇からいくつもの棺が照らし出される。

 

「ここには主のため戦った者達が眠っている」

「たしかリヨラもここに……」

「よく学んでいるな」

「たまたまです。歌劇の演目にあったものですから」

 

 棺に刻まれた名前はフロルも知る英傑や聖者たちだ。

 棺の群れを横切り、二人は一番最奥で立ち止まった。

 そこには、一段高い所に魔法で封印を施された棺が置かれている。

 

「これはセイロス様の棺では?」

 

 セテスが呪文と共に手を棺にかざした。

 封印が解かれ、ゆっくりと棺が開き始める。

 そこにあるもの。

 セイロスの亡骸はなく、英雄の遺産『天帝の剣』が眠っていた。

 ベレスの持つ炎の紋章に一致する英雄の遺産だ。

 フロルにはセテスが天帝の剣を見せる理由がわからなかった。

 

「かつてネメシスが十傑を率い大地は戦禍に覆われた。

 その手には天帝の剣があった」

 

 セテスが棺から天帝の剣を持ち上げるが当然適合反応はない。

 セテスの紋章石はかつての戦いでその力を失っていた。

 天帝の剣には肝心の反応するために必要な紋章石がないのだ。

 

「セイロスによってネメシスが討たれた際、

 二度と同じことが起こらぬよう、

 剣と石、二つを別の場所に保管することにした」

 

 しかしレアは女神ソティスの復活を諦めきれなかった。

 炎の紋章石は女神の心臓だったもの。

 レアによって、女神の依り代とするためベレスに埋め込まれた。

 

「持ってみたまえ」

 

 差し出された天帝の剣を見る。

 ようやく理解できた。

 セテスはフロルの体内に紋章石があるか確かめようとしているのだ。

 仮に存在すれば血の紋章と合わせ、天帝の剣が適合反応を起こす。

 フロルの正体を知る、その機会が回ってきた。

 

「どうしたのかね?」

 

 そのはずなのに。

 

 セテスがフロルをじっと見つめる。

 

「いえ……ただ……」

 

 なんだ、この惹きつけられるような感覚は。

 

 まるで初対面の時、ベレスに感じたものと似ている。

 フロルは覚悟も定まらぬままに、震える指先で天帝の剣に触れた。

 あっけなく剣の刀身が赤く適合反応を引き起こす。

 フロルの手の甲にブレーダッドの紋章の輝きが生まれた。

 セテスはその様子に頷いた。

 

「君について調べたときから、

 もしやと思ったが、やはり紋章石を宿している」

 

 だが誰も予想しえなかった更なる変化が起こる。

 フロルに宿った青く輝く紋章に赤が混じり始め、紫色へと変化する。

 燃えるように広がり、新たに二つ目を描き出した。

 フロルには、それに見覚えがあった。

 

「父上はまさか……」

「……君の身に何が起こっている」

 

 ベレスと同じ炎の紋章がブレーダッドの紋章に重なって輝く。

 時のよすがに導かれた運命はフロルの知る前から、始まっている。

 

★〈支援会話:ベレス〉

 

 ベレスの手の内では『天帝の剣』が適合反応を示して、赤く輝いている。

 風切り音を奏でながら蛇腹剣がうねるように放たれた。

 

「これ、無理だって!」

 

 フロルは普段の虚勢も剥がれて思わず叫んだ。

 地を這う蛇のような斬撃を跳躍して避け、追撃の刃を槍で辛うじて弾く。

 今のは強引に力押ししてなければそのまま体勢を崩されていた。

 

「うおっ!今のはヤバい!」

 

 フロルとしては単純な力勝負に持ち込みたい。

 ブレーダッドの怪力には流石のベレスといえど太刀打ちできないからだ。

 しかし、天帝の剣が斬撃の結界となって五歩分も近づけない。

 首筋に刃のヒヤッとした感触がして、フロルは槍を手放して両手を挙げた。

 

「待て待て、いったん休憩しよう」

 

 ジャキンッとベレスの手元で天帝の剣が合体する。

 ようやく斬撃の嵐は止まった。

 フロルに疲労がどっと押し寄せて、肩で息をする。

 

「ありがとう、フロル。

 初めて持ったはずなのにこの剣は手によく馴染む」

「……それなら良かったよ。まったく恐れ入る」

 

 天帝の剣は刃同士が繋げられた、しなる鞭のような蛇腹剣。

 フロルは使いこなす前に自分を切り刻んでしまう。

 ベレスは数回振るっただけで使いこなしている。

 これが剣の天賦の才というものだ。

 

「どこでこんな剣を?」

「ああ、先生って誰とも違う紋章を持ってるだろ。

 もしかしたら教会に適合する英雄の遺産が保管されてないかと思ってな」

 

 フロルが足で落とした槍を蹴り上げて手元に戻す。

 やはりと言うべきか刃を潰した鉄の槍が、握力に耐え切れず歪んでいた。

 

 炎の紋章に自覚してから力のコントロールが上手くいっていない。

 仮に炎の紋章を引き出せば、到底使い物にならない宝の持ち腐れだ。

 エーデルガルトやリシテアのようにはいかない。

 幸い意識すれば隠すことは可能なので、ばれないように立ち回るしかない。

 

「よく貸し出してくれたね」

「ほかに誰も扱えないし、死蔵しておくのは勿体ないだろう。

 先生は課題で教会のために働いているしな。

 いわばカトリーヌさんの『雷霆』みたいなものだ」

「ありがとう」

「ん?なんで俺に感謝する」

「自分みたいな傭兵にこんな大切なものを預けるはずがない。

 フロルが頑張ってくれたんでしょう」

「なにを言っても無駄そうだ。

 素直に感謝は受け取っておくよ……それにしても」

 

 ベレスの顔をフロルはまじまじと見る。

 相変わらずの無表情には違いない。

 

「最近良く話すようになったな」

「そうかな?」

「そうそう、ここ数節の間に随分変わった」

 

 最近のベレスは声質で喜怒哀楽の感情を示すようになってきている。

 初めて茶会をした頃と比べれば雲泥の差だ。

 

「自覚はないんだ」

「まさに灰色の悪魔って感じだったぞ」

「灰色の悪魔……自称した覚えはないよ。

 いつの間にかそう呼ばれていただけ」

「羨ましいけどな」

 

 ベレスは目をぱちくりと見開いた。

 

「羨ましい?

 不気味さがあって、私はあまり好きではないけれど」

「ああ、俺の知り合いにグェンダルって人がいるんだけどな。

 灰色の獅子って呼ばれてるんだよ。

 凄く恰好良くてな……ほら、異名も似ているだろ。

 俺もなんかそういうのひとつやふたつ有ったら嬉しいなって」

 

 グェンダル=ロッシュはローベ伯に仕える老齢の騎士だ。

 父とローベ伯の繋がりから、昔は師として鍛えて貰っていた。

 フロルの言葉にベレスが首を傾ける。

 

「そんなこと初めて言われたよ」

「勿体ない!この前ジェラルトさんと仕事したんだけどな。

 自分で『この壊刃が相手になってやる!』って言ってたぞ」

 

 フロルはあまりの格好良さに痺れた。

 ジェラルトの勇名はフォドラに轟いている。

 背中を向けて逃げ出す賊までいたくらいだ。

 

「ジェラルトが……うん。

 この灰色の悪魔が相手になる!……どう?」

 

 ベレスが天帝の剣を構えてビシッとポーズを決めた。

 

「いいなぁ……!」

 

 羨ましそうに見つめるフロルに、ベレスの声色が跳ねた。

 

「フロルにも私がつけようか?」

「普通そうやって異名がつくものじゃないと思うんだが。

 まあ良いよ、聞こうじゃないか、先生」

 

 ベレスが視線をフロルから外して彷徨わせる。

 しばらくして、首を横に振った。

 

「……ごめん、あまり良いのは思いつかなかったみたい」

 

 期待していなかったのでフロルも落胆しない。

 今はベレスの情緒の成長に喜ぶべきだろう。

 

「まあ、こういうのは自然と名付けられるものだしな。

 ああいや、戦場に出たいってわけじゃないぞ。

 ほどほどにしてくれ」

 

 課題ではなかったが、この前の死神騎士との戦いで懲りた。

 

「フロルは皆のために戦うのは嫌い?」

「うわっ、その言い方ずるくないか。

 ……仕方ない、まずは鷲獅子戦、勝ちきろう」

 

 フロルが気合を入れて、再開した斬撃の嵐に飛び込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。