グロンダーズ鷲獅子戦、大修道院の歴史ある戦いである。
かつてこの地で多くの戦士が争い血を流した。
それを忘れぬよう士官学校生は学級ごとに分かれて競い合う。
「フロル!?どうしてここに!」
「悪いな、リシテア。伝書フクロウに届けられたんだ」
フロルはリシテアの前に土煙をあげて着地した。
元々、鷲獅子戦では黒鷲の学級と金鹿の学級が共に青獅子の学級を集中的に狙うのは解っていた。
大樹の節で行った学級対抗戦にフロルとアッシュ不在で勝利したのだ。
その後もベレスの指導の下数々の戦いに勝利し、大きく成長を見せる。
大修道院では、今年は青獅子の学級が一番優れているのではないかと噂が立つほどだ。
まあ、これは意図的に広められた気配がする。
青獅子の学級を集中狙いするためのクロードかヒューベルトの策なのだろう。
青獅子達もぎりぎりまで鍛えたが、流石に二学級に同時に狙われてはどうしようもない。
ベレスはまず狙うべきは金鹿の学級だと判断した。
クロードがどんな策を考えているかわからない以上、実行する前に潰すしかない。
幸い金鹿は森の中に布陣しているので奇襲を受けやすいが、射線を通しにくい。
王国生まれの優れた点、つまり圧倒的近接戦闘力を押し付けるには一番向いていた。
しかし、森があっては此方の進軍も遅れてしまう。
黒鷲の学級がその間に詰めてくるだろう。
そこでベレスが奇策を思いついた。
その名もブレーダッド人間砲台である。
ディミトリと空中で足裏を合わせて全力でフロルが蹴り上げられる。
互いの紋章の力により、中央の丘からなら森を越えることが出来るんじゃないかという頭がおかしい策だ。
フロルでさえ普段の遠慮を忘れて、思わず「バカだろ」と言ってしまった。
当然、本番直前まで練習の成功率は六割を切ったのだが、多分、ベレスが時を巻き戻して成功させたんだろう。
無事に成功し、こうして中央の丘から金鹿の学級の後衛がいる場所まで吹き飛んできたのであった。
「ル、ルナΛ!」
リシテアの闇魔法はかなりの脅威だ。
ルナΛともなれば魔法防御を無視してダメージを与えてくる。
模擬戦用に威力を抑えているとはいえ、直撃したら即退場判定だ。
ただしそれは二十歩も離れた上でよーいドンで始めた場合だ。
地面を抉る黒い球体を避け、フロルは踏み込んでリシテアの眼前でぴたりと止まった。
ぶわりとリシテアの髪が風にあおられる。
「痛くはしないからな」
「ちょっ!」
フロルはかなり手加減してリシテアの顎に軽く拳を掠らせた。
意識を失って崩れ落ちるリシテアを抱きとめて、ゆっくりと地面に横たえる。
死に侵された体を思えば、念のために回復魔法もかけておく。
リシテアは魔法一点伸ばしなこともあって、接近されるとこうなるのは仕方ない。
問題はこれから。フロルは後頭部を狙った矢を掴んだ。
「言わなくても解るだろうが、そこは俺の距離だぞ」
「それでお前を放置していたら金鹿の学級は本当に終わりなんでね」
クロードが何時の間にかフロルの背後で弓矢を構えていた。
このバカげた奇策に気付いていたわけではないだろうが、動揺している様子もない。
フロルは鏃の丸まった矢をへし折って、折り畳み式の槍を展開する。
弓兵は一般的に戦士に接近されたら終わりだと言われている。
クロードが一般でおさまる器なわけがない。
「先に言っておくがヒルダは来ない。
イングリットが抑えているからな」
「なるほど。動かして黒鷲の学級とぶつけたいわけか。
ならこのまま時間を稼いだ方が良さそうだ。
それにここで逆に大駒を倒せば勝負は決するだろ」
一応言ってみたがクロードには直ぐに言葉の裏まで見通されてしまった。
やはり舌戦では勝てそうもないと、フロルは諦める。
中央の丘をとり、奇襲を決めたとはいえ、未だ青獅子の数の不利は絶望的だ。
こうなるとフロルが大将のクロードを狩るしかない。
エーデルガルトを抑えられるのはベレスかディミトリしかいない以上此方に大駒は割けない。
仕方ない、やるか。
「リシテアじゃないんだ。
スカした顔面をボコボコに殴るから覚悟しておけ」
「鎧袖一触は勘弁してくれよ?」
フロルとクロードが同時に動き出した。
正確に脚を狙った矢を避けた、その先に既に矢が置かれている。
槍で払いながら、光の魔法を展開する。
クロードを中心に広がった光の輪を、跳躍して避けられた。
フロルは二歩進んで一歩下がる。クロードはその間に一歩下がって距離を近づけさせない。
「いいのか、クロード。そんなに撃ったら矢が切れるぞ」
「時間はこちらの味方だ。
まだ騎兵のローレンツが自由に動ける。
そっちの後衛は誰が守るんだ?」
見ていないはずなのにクロードは戦況を見切っている。
騎兵を率いたシルヴァンはフェルディナントを抑える為に動けない。
フェリクスはイグナーツを狩るため森に入った。
ドゥドゥーとアッシュはベルナデッタを退場させて、弓砲台を使っている。
イングリットはヒルダと交戦中で、ベレスとディミトリは黒鷲相手の時間稼ぎだ。
どこかで無理をしなければならなかった。
今頃、ハピ達後衛はヴァレリアに乗ってローレンツと追いかけっこをしているだろう。
追いつかれれば終わりだが、馬の差でしばらくは大丈夫だと信じたい。
「致し方なしか」
「おっとっと、危ない危ない」
フロルが勝負を仕掛ける、いや、仕掛けさせられた。
投げた槍が衝撃波を放ち、回避したクロードの間近に土煙を上げながら着弾した。
同時に光の魔法で視界を埋め尽くして、対処能力を飽和させる。
接近するフロルを前に、即座に弓を捨てたクロードが剣を抜き放った。
「言っておくが俺は剣も使えるぞ」
「色々できて羨ましいな!」
フロルは臆さず、脚でクロードが捨てた弓をへし折りつつ更に踏み込む。
互いの紋章が青く輝いて、フロルの篭手とクロードの剣が激突した。
打撃が刃をへし折る直前に、クロードがぐんとその場で一回転しフロルを蹴り飛ばす。
火花を散らしながら追撃の刃を籠手の上で滑らせ、フロルが足払いを仕掛けた。
フロルが勝てると踏んで挑んだ接近戦は、僅かにフロルが押し込まれる。
この野郎、前の課題協力の時は三味線引いてたな!
「一つ訂正しろ。俺は大駒じゃなく、捨て駒なんだよ!」
「なに!?」
フロルが身を反らして刃を避けながらも、光の魔法を完成させた。
二人を中心に逃げ場のない光輪が出現する。
急速に収縮した輪が、草原を焼き払いながら、フロルとクロードに直撃する。
模擬戦なので手加減しているが、本来なら動けないダメージを与える攻撃だ。
どすんとフロルが尻もちをついた。
「これで、俺とお前は撃破判定だな」
「なるほどな。初めからこれが目的だったわけか」
遠くから此方の様子を確認するためにラファエルが走ってくるのが見える。
幸運にも金鹿の学級から実質三駒目が主戦場から消えた。
クロードが差し出した手を握って、フロルは立ち上がった。
「俺は単体の戦力でいえばフェリクスやシルヴァンにも劣るからな。
でも、そっちの学級で全体の指揮をとれるのはリシテアとお前しかいない。
有利交換だろ?」
フロルは指揮官ですらない。
二人を取れば十分お釣りがくると考えた結果の自爆だ。
「いや、お前は十分大駒だよ。おかげでお前対策に置いたローレンツが浮いちまった」
「あーっ!あれ嘘かよ!!」
フロルはクロードの種明かしでようやく気づいた。
まさかローレンツが後衛を狙っているのがブラフだとは。
いや、当然か。
フロルだってベレスに奇策を命じられなければ騎兵で出るつもりだった。
つまり、クロードはフロルが後衛を分断した時点で、フロルを撃破する以外に勝ち目がなくなっていた。
前衛と後衛の接続を直ぐに回復しなければ、後衛の援護があるフェリクスを止める手段がないからだ。
金鹿の学級の欠点は突出した近接戦闘能力の欠如である。
だから判断を鈍らせて勝ちを拾うため嘘をついた。
相打ち目的でなければフロルも焦ってクロードに負けていた。
なんだか試合に勝って勝負に負けた気分だ。
「反省会は後だな。それじゃあ死人は黙って仲間が勝つのを信じるとするか」
「おーい!クロードくん、フロルくん!」
「ラファエル、俺がやられても対抗戦はまだ終わってないぞー!戻れ戻れ!」
黒鷲の学級方面はかなりの激戦だったらしい。
頭を失ったことで、金鹿の学級がなし崩し的に黒鷲の学級と青獅子の学級の戦いに参戦。
ドゥドゥーがドロテアとヒューベルトの魔法で吹き飛ばされたり、アッシュがローレンツと二人がかりでペトラと相打ちになったり、ハピがマリアンヌに魔法を封じられたりと混戦になった。
最後にはベレスとディミトリが協力してエーデルガルトを倒したらしい。
勝者は偶然青獅子の学級だった。
ベレスが必然に変えたのかもというのは野暮か。
真実はベレスのみぞ知る。
そんなわけで。
「「「かんぱーい!」」」
ガツンとジョッキがぶつかりあい、たっぷり注がれたエールが零れ落ちる。
学級の垣根を越えた宴が食堂で催されることになった。
事前に料理長もこうなることは解っていたのだろう。
食卓には各国の料理が所狭しと並べられている。
「くっそー!馬で轢いて行くなんてずるいぜ。オレと勝負するんじゃなかったのかよ」
「あははははっ、師匠からの教えさ。名付けてジェラルト流戦術!」
「ですから貴方はなんでいつも直ぐ諦めるんですか」
「いやいや、常識的に考えて僕がイングリットに勝てるわけないでしょ……魔法防御が抜けないんだよ」
「なるほど、そういう趣も悪くない。今度商人に持ってこさせよう」
「まーね。やっぱ常識ないのはフルルの方じゃん。で、キミはこの中でどれが好きなの?」
学級の垣根なく酒を交わし、歓談する。
フロルはというと、そろりそろりと抜け出そうとするベルナデッタの肩を掴んだ。
「ようベルナデッタ。何処へ行くんだ?」
「ぎゃああああ!知らない人いっぱいのご飯なんて無理ですぅ!」
ベルナデッタがフロルの怪力に勝てるはずもなく、どすんと椅子に座らせられる。
「ベルなんにも活躍できなくて気まずいんですよぉ」
「わからんでもない」
ドゥドゥー率いる重装歩兵部隊がベルナデッタが籠る弓砲台に突入したのだ。
矢が通るわけもなく、一番最初に敗退したのがベルナデッタだった。
「でもリシテアも似たようなものだからな」
「ふぇ、リシテアさんもなんですか?なんだか親近感……」
話題にのぼったリシテアが耳ざとく二人を睨みつけた。
「ふんっ、一緒にしないでください。
大体あんな頭がおかしい作戦、戦術もへったくれもないじゃないですか。
鷲獅子戦の趣旨に反してます」
「おおお、とんだお耳汚しをおおお!許して!許してください!」
「……ベルナデッタを相手にすると調子が狂いますね」
がくんがくんと頭を下げるベルナデッタに、リシテアの興が削がれた。
フロルはその間にもグラスと桃のシャーベットを三つ取ってくる。
「ここは俺がこいつの一番美味い食べ方を教えるということで勘弁してくれ」
興味深そうに二人が見つめる中、グラスにシャーベット、ラム酒、シロップを注ぐ。
味をひきしめるために塩を一つまみだけ加えれば完成だ。
フロルが二人にグラスとスプーンを差し出した。
「ふへへ、美味しそうだなぁ」
「私、お酒の味が苦手なんですけど」
ベルナデッタが目を輝かせる半面、リシテアが胡乱な目を向ける。
「まあ、騙されたと思って」
既にベルナデッタが口をつけているのをみて、渋々リシテアもスプーンを受け取った。
シャーベットとシロップの甘さでアルコールの刺激を覆い隠している。
それでいて、自然と身体が火照ってきて、ひんやりとした食感を引き立てていた。
「……ん!確かに……」
ぱくぱく食べ進めるリシテアに、フロルがにやりと笑みを浮かべる。
「同じ物を出されたら気をつけろよ?
これ、甘い物に目がない子を酔わせて持ち帰るのに使われるからな」
ぴたりとリシテアの動きが止まった。
「あー、もー!ほんっと、あんたは!」
詰め寄るリシテアに、げらげら笑うフロル。
二人を気にせず、食べる手を止めないベルナデッタは案外大物かもしれない。