時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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23話

★〈支援会話:マリアンヌ〉

 

 荘厳な静けさを保つ礼拝堂。

 ステンドグラスから降り注ぐ、月の光に照らされた乙女。

 マリアンヌが囁くように、女神に祈りを捧げていた。

 

「宴をサボって祈りか?」

 

 今も食堂では生徒たちが鷲獅子戦の宴を続けている。

 ぴくりと肩を揺らしてマリアンヌが振り返った。

 

「……フロルさん……どうして」

「どうしてか、そうだな。

 マリアンヌが一人で抜けだすのを見たから着いて来た」

 

 フロルが月明かりの下に出て、マリアンヌと並び、女神の像を眺めた。

 

「良く来るってセテスさんが感心していたぞ」

「……私の祈りは、懺悔ですから」

 

 マリアンヌの瞳の奥に後悔と悲しみが渦巻いていた。

 フロルは今まで避けてきたそこに踏み込んだ。

 

「不幸を呼び込む獣の紋章。

 その懺悔は両親が失踪したことに対してか?

 俺は懺悔する必要なんて、ないと思うけどな」

 

 獣の紋章は災厄の象徴、関われば不幸になると伝えられている。

 マリアンヌが人と関わりたがらない理由だ。

 言い当てられたことに、マリアンヌの強く握った手が白んだ。

 

「……知っているなら、関わらないでください……。

 あなたは不幸を知らないから、そんなことが言えるんです」

「どうかな。俺のせいで沢山の人間が死ぬ。

 マリアンヌ以上に俺は人を不幸にすると思う」

 

 これでは不幸自慢だなとフロルは自嘲する。

 

「……悪い。全然違うな。

 俺のこれはただの自業自得だ。

 ただ、気付いてほしいんだ。

 マリアンヌの人生が祝福されていることを」

 

 フロルの言葉がマリアンヌの逆鱗に触れた。

 

「……貴方になにがわかるって言うんですか!

 私に近づく人は、不幸な目に遭うんです!

 それが祝福なんて……」

 

 嘆きに返ってきたのは、穏やかな翡翠色の瞳だった。

 心の中に思い描く女神の瞳と重なって見えた。

 それを見ただけで、マリアンヌは言葉が紡げなくなる。

 

「なんで君の両親は君を産んだんだ。

 不幸を呼ぶんだろう。なら、生まれた時に殺すべきだった。

 なんでそうしなかったのか、考えたことはないのか?」

 

 ドクンドクンとマリアンヌの鼓動が早まる。

 

「出来なかったからだ。

 君の小さな手に触れた時、産声を聞いた時、両親は君を生かすことを決めた。

 自分達が不幸になると解っていても、それでも君の生に幸あれと祝福した。

 君は幸福になるために生まれて来たんだ」

 

 赤子は自分が生まれた時のことを知らない。

 フロルは朧気ながらも知っている。

 傷つけぬよう怯えながらも強く抱きしめた腕。

 悲しみと喜びにくしゃくしゃになった顔。

 涙と共に父はフロルのために生きると誓った。

 それを知るフロルの言葉だからこそ、マリアンヌの心に響いた。

 

「……そんな、そんなことって……」

 

 あまりにも残酷で救いようのない。

 

 やっと出せた声が震え、涙が零れ落ちて、大理石を濡らした。

 けれども、マリアンヌは弱い人間ではない。

 両親の想いに報いたい、そう思える強い人間だ。

 

「……私は……どうすれば良かったのでしょうか。

 教えてください……なにも出来なかった……」

 

 初めて、本当の意味での懺悔がマリアンヌの唇から零れ落ちた。

 

「……フレンが助かったのは君のお陰だ。

 君が忌まわしいと思っている力で、人を救うことが出来たんだ。

 同じことを続けていけば良い」

 

 フロルの言葉には強い確信が宿っていた。

 動物と話せる力は上手く使えば多くの人を助けることが出来る。

 人を幸福にできる、その事実がマリアンヌの心を救うだろう。

 

「……なら、どうか。

 どうか、私の手を……あの時のように導いてください」

 

 なぜそんな言葉を口走ったのか、マリアンヌ自身にもわからない。

 あまりにも無責任で、身勝手だ。

 それなのに、フロルならそうしてくれる、そんな気がしたのだ。

 

「喜んで」

 

 フロルの差し出した手に、マリアンヌが触れた。

 ステンドグラスから届く月の光が、雲に遮られて陰る。

 二人を見下ろす女神の像は、沈黙を続けた。

 

 

 飛竜の節の終わり。

 グロンダーズ鷲獅子戦が終わり、士官学校は穏やかな日々を取り戻した。

 フロルとベレスが正門の前で待っていると一台の馬車が停まった。

 馬車の扉が開き、出て来たモニカの手をフロルが取って地面におろす。

 

「フロル様!お待たせして申し訳ありません」

「良いんだ。よく無事だった。

 先生、紹介させてくれ。

 彼女が行方不明になっていたモニカだ」

 

 こくりとベレスが頷いた。

 

「無事で良かった」

「フロル様からベレス先生のお話は沢山伺っています!

 凄い優秀な先生なんだとか。

 あたしの時も貴方みたいな先生だったら良かったのに」

「歓談の時間は後にしよう。

 レア様を待たせるわけにはいかない」

 

 数日前、王国内の賊の拠点からモニカが救出された。

 事件の詳細をレアたちに報告したい。

 表向きはそういうことになっている。

 

 今日、トマシュの正体、『闇に蠢く者』ソロンを殺す。

 

 階段を昇り、二階の大広間へ。

 騎士が扉を開けた先にはレア、セテス、トマシュが待っていた。

 フロルはレアとセテスにトマシュの正体を伝えていない。

 大修道院内のため武器も帯剣と隠し持った魔道書だけだ。

 襲撃の気配を察すればトマシュはすぐに転移魔法で逃げてしまう。

 アガルタの民の厄介な点だ。

 レアがモニカに優しく語り掛けた。

 

「よく、無事でした。これも主の加護あってのことでしょう」

「もう絶対に助からないって思ってましたけど……フロル様のおかげです」

 

 モニカはレアの言葉に感激した様子で涙を浮かべる。

 才女はどうやら演技力もあるらしい。

 頃合いを見計らって、セテスが口を開いた。

 

「辛いことを思い出させるが至急確認しなければならない。

 君の担任は死神騎士……イエリッツァだった。

 私の妹フレンもイエリッツァに攫われかけたのだ。

 二つの事件には繋がりがあると考えるのが自然だろう。

 君は王国内の賊に囚われていたという話だったな」

「……はい」

 

 セテスの言葉にモニカが涙を拭って頷いた。

 

「囚われている間に、

 なにか覚えていることや聞いたことはないか?

 君は記憶力が良かったはずだ。

 なにかわかれば教会が総力をあげて必ず原因を突き止める」

「あたしをさらったのは、たぶん賊ではないです」

「なに?」

 

 モニカがトマシュに視線を向けた。

 

「トマシュさん、ひとつ尋ねてもいいですか?」

「ふむ、なんなりと」

 

 モニカが神聖武器『風呼びの根源』を起動する。

 

「では……あたしをさらった理由をお聞きしたくて」

 

 マクイルの小紋章が輝き、適合反応が起こる。

 風が部屋を覆うように広がり、アガルタの民の転移を封じた。

 この魔法は空間そのものに作用し、彼らの魔法耐性を無視する。

 

「貴様……!秘しておきたかったが、仕方あるまい。

 実験体よ、起動しろ」

 

 仮初のトマシュの姿が剥がれ落ち、闇の障壁を纏ったソロンが姿を現した。

 同時に四人の修道士が内側から弾け飛ぶと、魔獣が這い出てくる。

 近くにいた騎士を薙ぎ払い咆哮をあげて暴れまわった。

 

「ここは退くとしよう」

 

 深淵を思わせる黒炎がモニカに向かって放たれる。

 転移を妨害し続けるモニカは自衛できない。

 予期していたフロルが間に割り込んで光の魔法で相殺した。

 

「先生!モニカを頼んだ!」

「わかった。後で説明して」

 

 ベレスがモニカに襲い掛かった魔獣を斬り刻む。

 レアがソロンの背後から、剣を振り下ろした。

 

「主の御名を穢す者に、裁きを!」

「チッ……!獣め。わしの、邪魔をするでない!」

 

 紫の衝撃波がレアを吹き飛ばした。

 セテスがレアを受け止め、大理石の床を転がっていく。

 ソロンに考える猶予を与えてはならない。

 

「クロニエが冥府で待っているぞ。

 次はお前の番だ」

 

 フロルが騎士の死体から槍を奪って、ソロンに斬りかかった。

 

「なんなのだ、貴様は。なぜ我らの身の神秘を暴けた。

 なぜわしの正体に気付いた」

 

 互いの魔法がぶつかり合い、フロルの光の魔法が貫く。

 ソロンの闇の障壁に罅が穿たれ、そこに槍が突き刺さる。

 ブレーダッドの紋章が青い閃光を放って障壁が砕かれた。

 

「わしは、貴様が恐ろしい……!」

 

 フロルの刃がソロンの右腕を切り飛ばす。

 

 このまま殺す。地虫は殺さねばならない。

 

 ソロンが後ろに跳ぶと、フロルとの間に闇の炎が立ちはだかった。

 

「貴様だけはなんとしても消さねばならぬ。

 ザラスよ、深淵を揺蕩う……」

 

 ソロンの詠唱にフロルは聞き覚えがあった。

 神祖の力でしか脱出不可能の闇に飲み込む、ザラスの禁呪。

 

「自身を生贄に焦位の門を召喚するつもりか!」

 

 詠唱が完成する前に、体が焼けるのも構わず炎に飛び込んだ。

 普通の炎とは違う。

 魂を焼き尽くされるような異常な感覚。

 熱い、苦しい。

 だからどうした。

 フロルが積み上げた犠牲に比べればこんなもの。

 

「こんなもので!止まっていいはずがないッ!」

 

 ソロンが炎を突き破ってくるフロルを見て、詠唱を止め、闇の球体を生み出す。

 が、遅い。

 闇の球体が放たれる直前、フロルが刃をソロンの首に叩きつけた。

 ソロンの首が落ち、フロルが大理石を転がりながら意識を失った。

 

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