★〈支援会話:レア〉
時のよすがに……灯る炎……
河面にたゆたう……記憶の欠片……
静かに響く旋律にフロルが目を覚ました。
レアの顔を見て、起き上がろうとしたフロルを、レアが膝の上に優しく戻した。
「ようやく目覚めましたね、フロル」
ぼやけていた視界が徐々に戻っていく。
膝の上でフロルが辺りを見渡せばそこはセテスと来た霊廟の中だった。
「俺は……どうしてここに……」
「貴方があの忌まわしい者の首を刎ねた後、意識を失ってしまったのです」
「そう……でしたか……げほっ」
喉に空気が通る感覚で、思わずフロルが咳き込む。
この感覚は数時間経ったものではない。
フロルは喉の調子を確かめながら、慎重に言葉を発した。
「……一体どれくらい寝ていたんですか?」
「今日で、三日になります。
幸いあの場にいた者は多くはありませんでしたから。
生徒達には貴方に個人的な頼みをしたとして誤魔化してあります。
無防備な貴方を守るため、ここで休ませることにしたのです」
「そんなに……いえ、ありがとうございます」
ソロンの放った闇の炎は、フロルの肉体だけでなく魂まで傷をつけていたのだろう。
今も眠りについただけではない倦怠感が残っている。
「私は全てをモニカから聞きました。
あなたは孤独に、闇に蠢く者達と今まで戦い続けてきたのですね。
その献身に私が報いるのは当然のことです」
フロルは内心、レアに自分から嘘をつかなくて済んだと安堵した。
モニカが帝国についた場合の保険で、モニカにフロルが話したことはそう多くない。
レアがエーデルガルトのことを知れば直ぐに帝国に宣戦し大陸中で血の雨が降るだろう。
しかし、王国が分裂するのは変わらず、クロードはレアを殺そうと教会の敵に回る。
フロルの考える最悪の結末のひとつだ。
「……すみません。犠牲が出ると知っていて、ソロンを殺しました。
もっと他に良い方法がなかったかと思います」
レアを守るために多くのセイロス騎士が死ぬと解っていて、あの場でソロンの正体を暴いた。
それ以外にソロンを警戒させずに戦力を用意する方法が思いつかなかった。
隠し玉を警戒してのことだったが、結果的に騎士が魔獣を抑えたことでソロンを殺せた。
それでも他に良い方法はなかったと後悔ばかりが募る。
「彼らの魂は主の下へと導かれたことでしょう。
悔いる必要はありません。
私に謝る必要もありません。
私は貴方が亡くなる方が怖いのですから」
レアがフロルの髪を優しく撫でた。
「本当はもっと早く貴方とこうして二人きりで話すつもりでした。
このような事態とはいえ、今その機会が得られて嬉しく思います」
「なぜですか?俺はそんな……」
「貴方の輝くような輝石の瞳と髪の色。
貴方が私と同じように女神から加護を受けた証です。
やはり女神はまだ私達を見守って下さるのですね」
くすくすと花開いた少女のようにレアが笑った。
「……俺は女神の声を聞いたことがありません」
「そう遠くないうちに、時のよすがに導かれて、貴方も会うことができますよ」
レアの言葉にフロルはベレスの顔を思い浮かべる。
「レアさまは……」
言いかけたフロルに、唐突に強い眠気が襲った。
瞼を開けていることができず、意識が混濁し始める。
「今はまだお眠りなさい。大丈夫、私が見守っています。
……あなたの生はお母様に祝福されたのですから」
レアはかつて共に戦った者が眠る霊廟で、眠りに落ちるフロルを見守り続ける。
何千年経とうとも人は愚かだ。
三十年前、封印の谷から盗んだのは闇に蠢く者だったのだろう。
腸が煮え返る。
今すぐにでも王都に向かい、リュファスの首を落としたい。
それでも、起こった奇跡を思えば許そう。
お母様に選ばれた子が、かつて自分がそうしたように仇なす者を討つ。
これは運命だ。
きっとお母様が目覚める日は近い。
積み上げて来た犠牲は間違っていなかった。
自然と口元が緩む。
甘美な未来を想像しながら、レアは女神の子守唄を口ずさんだ。
★〈支援会話:アッシュ〉
大修道院から離れた山の中、他に誰もいない谷に、フロルとアッシュがいた。
「右に三、上に二。風は変化なし……二射目、良いぞ」
「はい、フロル様。撃ちます」
アッシュが矢を放った少し後、バシュンと鋭い風切り音と共に的に着弾した。
遠すぎて豆粒に見える的に用意されていた分厚い鉄板を、矢が貫通して突き抜けていく。
「おー流石によく当てるな」
「フロル様の発明のお陰です!」
「いや、言ったらその場所に正確に当てるお前が凄いんだよ」
弓を扱えないこともないフロルだが、この距離はまず無理だ。
フロルが手に持った望遠鏡を回して確かめる。
部品ごとに別の工房ごとに分けて作らせたものを、手ずから組み立てたのだ。
「ちなみにこれ、教会が禁止しているから。
ばれたら俺もアッシュも打ち首な?」
「ええええぇぇ!?」
アッシュの絶叫が谷にこだまとなって響き渡る。
フロルがけらけら笑って、禁忌を破ったことを告白した。
大修道院地下のアビスを探索した際に資料を見つけた。
眼鏡の鏡部分を二枚重ね合わせることで、遥か遠くをはっきりと見られるようになる。
「敵陣の把握による戦争の激化」
「遠方からの狙撃が容易に」
「天の観察による主の神秘性の減退」
直ぐにフロルは望遠鏡のことだと気づいて、作ることにしたのだった。
正立プリズムは作れないため、作れたのは基礎的な凹凸レンズを使った望遠鏡だ。
視界が狭く射撃の的を見つけるのにも一苦労する。
「試しにと作ってはみたが、これは駄目だ。
英雄の遺産か魔道砲台を使えば、遥か彼方から為政者を殺せる。
為政者を暗殺し合い、誰も統治する者がいなくなる」
「でしたらなんでそんなものを?」
「使うつもりはなくてもどんな物か知っておかなければ対処のしようがないからだ」
フロルはアッシュにクロニエのような教会に逆らう敵がいると話した。
話す気はなかったが、ロナート卿が巻き込んだので仕方なかった。
「なるほど、そういえば教会に逆らう勢力なんですよね。
当然教会の定めた禁忌も破ってくる……」
「まあ、これはどうかな」
エーデルガルトが使うとは思えない。
行動は苛烈だが、三級長の中で戦後を最も考えているのがエーデルガルトだ。
逆にクロードは知れば容赦なく使ってくる。
そういった意味でもクロードの野望に協力することは不可能だ。
「作ったことで、問題点も浮き彫りになった。
俺でも直前に避けられるから、死神騎士なら発射前に殺気を読んで回避するだろう。
戦闘に向いてない魔道士が危なそうだ」
教会の禁止する技術は他にもある。
燃える黒水、金属製の字型を使用した書物の制作機、人体の解剖。
数え上げればきりがなく、禁止されていること自体が書物から抹消されているものも多い。
「……最悪、敵に使われたら此方も禁止された技術を解禁すれば良い。
それくらいの柔軟性は教会にある」
例えばマヌエラの部屋には人体模型がある。
教会の法に反しているわけだが、教会に所属して研究の許可を得ているから問題にならない。
入れ替わる前のコルネリアが疫病の原因を突き止め、蔓延を防いだのもこのお陰だ。
異教徒との外交の禁止もダグザとの停戦交渉、ブリギットの属国化、パルミラとの交易も黙認されている。
教会が信仰を守るための組織ではなく、フォドラの秩序を守るための組織である証だ。
だからこそ歪んでもいるのだが。
「そんなわけでこれからも色々試してみないとな」
「フロル様、少し楽しんでいませんか?」
「ばれたか。
やっちゃダメって言われてることをやるのってなんで楽しいんだろう」
「案外フロル様って、なんていうか柔軟というか」
「はは、言葉を濁さなくて良いぞ。
普段は必要だから演じてるってだけだ。
司祭の説教は欠伸を我慢するのにいつも必死だ」
王国の王は信仰の守護者であることを民から求められる。
フロルは聖典の最初から最後までを暗唱できるくらいには学んだ。
毎日の祈りを欠かさないし、奉仕作業も積極的に参加している。
おかげで外面は良い。
「……あ、でもその、僕も。先週は眠りそうになってしまって」
恥ずかしそうに語るアッシュにフロルはうんうんと頷いた。
「だよなぁ。あの人の当番の時が一番辛い。
眠気を誘う才能がある。
ハピなんてはじまる前から俺の膝を枕にして寝てた。
それに比べれば起きているだけで偉い」
「……そういえばハピってなんだか不思議な子ですよね。
フロル様の従者って感じはしないです。
むしろ、お世話されていると言うか……」
「そりゃそうだ。
ハピの安全を思えば俺の従者って立場が都合が良いだけで、従者として扱ったことは一度もない。
魔物を呼ぶっていうのもそうだが希少な紋章はそれだけで狙われる原因になる。
俺も世話されるのが性に合わないしな」
ハピの魔物を呼び寄せてしまう能力は危険だ。
教会の上層部、枢機卿はハピを捕えたいと今でも思っているはず。
王国の実権を握る父との関係を気にして手を出していないだけだ。
「そういうところ、僕は、一人の人間としてのフロル様を尊敬しています」
「あんまり褒めると俺が照れ死ぬからな?」
フロルが証拠を消すために、折角作った望遠鏡を足で踏んで粉々に破壊する。
「さて、今日はこれで終わりだ。
付き合わせて悪いな。
俺の知っている中で、一番信頼できる射手がアッシュだったんだ」
「僕はそんなに凄い射手じゃないですよ。
ベルナデッタはもっと上手いですし。一番上手いのはイグナーツです」
金鹿のイグナーツは士官学校に入ってから一度も的を外したことがない。
比べてアッシュは弓と斧を使い分けるため、射手としては生徒の中で下位だ。
それでも青獅子が近接戦闘か魔道に偏っているせいで、貴重である。
「俺は上手い射手だなんて言ってない。
信頼できるって言ったんだ」
フロルの言葉に、にっこりとアッシュが微笑んだ。
「ありがとうございます。
こんな僕でもフロル様のお役に立てたなら嬉しいです」
二人は証拠を完全に消して、谷を去るのであった。