時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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25話

★〈支援会話:カスパル〉

 

「よっっっっしゃああああ!俺の勝ちだあああああ!」

 

 大修道院の訓練場にカスパルの勝利宣言が響き渡る。

 何事かと周囲で訓練していた騎士が見て、何時ものカスパルだと気づいて訓練に戻った。

 フロルは大の字になって、空を見上げていた。

 精神的ショックで起き上がることも難しい。

 最初に戦った時から、何度かカスパルとは三本勝負をしていた。

 一年後と言っていたわりに、半分の時間で、フロルはカスパルに二本負けをした。

 紋章の力を抑えていたとはいえ、いやだからこそ実力が超えられたことを示している。

 近接戦闘のなかでは一番得意な格闘でだ。

 死神騎士やソロンとの戦いを経て、一回り二回りも成長したはずなのに負ける時はあっけなかった。

 

「あークソ。何が駄目だったんだ。

 一瞬右脚に視界が誘導されたことか?それとも防御が少し浮いたことか?」

 

 フロルとカスパルの戦いを眺めていたリンハルトが、日陰から出てくる。

 

「これで九回目。僕はむしろ、よく粘った方だと思う。

 これだけやったら運が悪ければいつかは負けるよ」

 

 リンハルトもまたどんな興味を引いたのか二人の戦いを態々見に来ていた。

 

「運じゃないんだよ。漢だからな。カスパルはわかるだろ」

「その通りだぜ、フロル。

 俺達の真剣勝負には、もっと熱いものがあるんだぜ!」

「……はいはい」

 

 フロルはようやく精神の安定を取り戻し、よいしょっと掛け声と共に立ち上がった。

 

「リンハルトもありがとう。

 真剣勝負を邪魔しないようカスパルに一度も助言をしなかっただろ。

 助言があったらもっと早く負けていただろうな」

「別にそういうつもりじゃないんだけど……見届けたんだから僕はもう寝て来るよ」

 

 ふああと大きなあくびをしてリンハルトが訓練場を去っていく。

 それを見送ってフロルは疑問を口にした。

 

「それにしてもどうしたんだ?

 見違えるように拳が重くなっていたぞ」

「そうなのか?んー思いつくことと言やあ……」

 

 流石のフロルも口にはしないが、カスパルの身長は全然伸びていない。

 しかし、明らかに筋力が一節前より増強している。

 おかげで本来なら崩れたはずのカスパルの体幹を崩せず、隙が生まれた。

 

「そういえばこの前ラファエルと大食いしたんだけどよ。

 おかげでオレは横にばかり大きくなってな。

 元の体形に戻すまで結構時間がかかっちまった」

「なるほど……カスパル。

 案外お前、普段食べてる食事の質が足りないのかもしれないぞ」

 

 聞きかじった知識なので自信はないがはっきり言えることがある。

 このフォドラでは戦争ばかりしていることもあり栄養学が発展していない。

 平民は一週間パンと野菜の端材だけなんてこともよくある。

 

「質?ラファエルほどじゃねえが、オレはちゃんと肉食ってるぞ」

「いや、それだけじゃダメなんだ。

 船乗りがオレンジを船に乗せている理由は知らないか?」

「親父が言ってたぜ。たしか病気になるって話だろ」

 

 帝国の船乗りたちが船でフォドラを一周して帰ってくると罹患したことで有名になった。

 フォドラにおいてはアルビネの呪いと名付けられた船乗りの病だ。

 今ではその対策としてオレンジかレモンを船に乗せることで解決している。

 

「その通り。つまり、必要な食べ物を食べないと体が元気にならないんだ」

「オレはいつだって元気だ!」

「そうじゃなくてだな……。

 今身長が低いのも体重が軽いのも食べてるものの種類のせいかもって話だ」

 

 本来身長がもうあまり変わらなくなってくる時期のはずだ。

 にも拘わらず五年後のカスパルは高身長とまではいかないが、平均的な背の高さをしている。

 元々身長が伸びる素質はあるのだ。

 

「つまり、その質ってやつを高めればオレの身長が伸びるっていうのかよ!」

「まあ、あくまで可能性の話だが」

「なら俺はどんなものをくえば良いんだ?」

「魚と野菜」

「……なん……だと……」

 

 カスパルが絶望顔を浮かべた。

 リシテアには及ばないが、子供かと突っ込みたくなるくらいカスパルは偏食気味である。

 魚料理全般が嫌いだし、野菜も好き嫌いが激しい。

 

「勿論肉も含めて毎日これから食べるぞ。

 カスパル、漢なら出来るよな?」

「くっそー!やってやるぜ!この野郎!」

 

 フロルが挑発的に笑うと、カスパルはキレ気味に、二人で食堂に向かうのだった。

 

 

★〈支援会話:メルセデス〉

 

 フロルとメルセデスは大修道院の城下町に買い物のため降りてきていた。

 基本的なものは大修道院内で揃えられるが、嗜好品や珍しい品となるとそうはいかない。

 フォドラを統一する宗教だけあって今も多くの信徒が訪れ、それを目的にした出店が開かれている。

 二人が立ち寄った先では今が旬の瑞々しい同盟産のザクロが積み上げられていた。

 

「やっぱり、少しお高いわよね~」

 

 メルセデスが悩ましそうに、果物の値札を見る。

 

「こんなものじゃないか?運送費の分だけ値段がかかるからな。

 他とそう値段は変わらないだろうしここで買っていけば良い」

「あらあら、フロルだって昔は一緒にうーんと悩んでくれたのに~」

 

 フロルとメルセデスは昔一緒に暮らしていた。

 二人で店を回り、帰ってからいれる紅茶も、茶葉の値段を気にしてばかりいた。

 けして良い暮らしではなかった。

 でも、今思えば貧しいながらも一番穏やかな生活だった気がする。

 

「だからこそだ。持っている金に応じて相応しい買い物の仕方をすべきだと思う。

 貴族まで最安値を求めだしたら、民の買う物がなくなるし、商人はこの世からいなくなる」

 

 フロルのそっけない態度に、むっとメルセデスが頬を膨らませた。

 フロルと母親以外には見せない幼い表情だ。

 

「いつからフロルはそんなことを言うようになっちゃったのかしら。

 お姉ちゃん、悲しいわ。

 昔はあんなに私の後を付いてきてくれたのに~」

「後を付いてきたのはメルセデスの方だろう。

 町で迷子になった君の手をひいて連れ帰ったのは誰だと思う?」

「あらあら~、そうだったかしら」

 

 生き別れたメルセデスの本当の弟、エミール。

 その存在が、メルセデスに心の傷として深く残っている。

 フロルはメルセデスが二人だけの時に姉ぶるのを我慢していた。

 

「もう随分昔の話だ。

 君も立派な女性になったし、俺も……あー」

 

 フロルは立派と言いかけて言葉を濁した。

 思い返せばそうでもない。

 

「……立派かどうかはわからないが、こうして身長も君より大きくなった。

 いつまでも俺を構う必要なんてないんだ」

 

 突き放すようなフロルの態度に、メルセデスが一歩身を寄せた。

 下から覗き込む目が愛おしそうにフロルを見つめる。

 

「フロルは私をディミトリと戦わせたくないのね」

 

 フロルは黙り込んだ。

 メルセデスの言葉はフロルの核心をついていた。

 

「最近全然構ってくれないんだもの〜。

 流石に私も気づくのよ。

 ディミトリと戦わなくちゃいけないから。

 だから私を遠ざけようとしているってことを」

 

 その通りだった。

 これ以上の悲劇を見せたくはなかった。

 誰が好き好んで友だち同士で殺し合わせるのか。

 本当はハピやアッシュだって突き放したい。

 彼らの立場がそれを許さないから諦めているだけだ。

 

「俺が死んだ際に財産の一部が君の名義になる。

 母親と二人で暮らしていくには十分な額だ。

 ディミトリも戦いに関わらなければ悪いようにはしないだろう。

 わかってくれ、メルセデス」

 

 フロルの手をメルセデスが掴んだ。

 

「ここだとお店の邪魔になってしまうわ~。

 少し、歩きましょうか」

 

 有無を言わさずメルセデスはフロルの手を引いて歩き始めた。

 活気あふれる大通りを抜けて、少し寂れた通りへと入る。

 壁の傷みが大修道院と共にあった長い年月を感じさせた。

 

「実は私も覚えてるの。

 フロルが手を引いてくれたのは丁度こんな通りだったわね」

「……そうだったな」

「あの時は泣きべそをかいて、お姉ちゃんなら大丈夫って言うつもりだったのに言えなかった。

 あなたの背中と手を頼りに歩いたわ。

 本当はね、フロルにとって私がお姉ちゃんじゃないって、その時初めて気づいたの」

 

 立ち止まったメルセデスが、振り返って微笑んだ。

 

「屋敷に辿り着いた時にフロルが私にこう言ったわ〜。

 『君が泣かなくてすむ世界を作る』って」

 

 ダスカーの悲劇が起こる前の話だ。

 あの頃フロルはなんだって出来ると思っていた。

 ディミトリを支えて、共にフォドラの平和を目指すことを夢想していた。

 王が死んだあの日、フロルの夢は人知れず潰えた。

 

「……ディミトリと戦うだけじゃない。

 いずれフォドラ中が戦火に飲まれる。

 君はもう十分辛い目にあってきた。

 穏やかに過ごして貰いたい」

「フロル、私はあなたにそんな顔をさせるために生きているわけじゃないわ。

 私だってあなたに泣いてほしくないもの〜」

 

 メルセデスがフロルの頬に触れた。

 その指先が、流していないはずの涙の跡をなぞった。

 

「でも、ごめんなさい。

 私のせいね。

 夜遅く、血塗れのあなたが、ハピを抱えて屋敷に戻ってくるのを見たわ。

 なのに私は怖くて、毛布を被って寝たふりをした。

 フロルが傷ついているって知っていたのに。

 あの日から、私はエミールにしたことを、あなたにもしてしまった」

「そんなこと、思わなくて良いんだ。

 俺は俺の罪を清算しているだけだ」

 

 フロルの傲慢が招いた、最善の未来を失った罪。

 多くの人が死ぬ。

 フロルさえいなければ、なかったはずの犠牲だ。

 その責任がフロルにはある。

 

「なら、私の罪も償わせて。

 今までわかっていたのに、見て見ぬふりをしていた罪を。

 そのためなら私は友だちとだって戦えるわ」

「俺は……そんな……」

 

 そんなつもりじゃなかった。

 凍えるような寒さの王国で、教会の中、嘆く君の涙を拭いたかっただけだ。

 笑顔の奥に隠した悲しみを、少しでも和らげられたらと思っただけなんだ。

 

「今度こそずっと一緒よ」

 

 あの日、出来なかったことを。メルセデスがフロルを抱きしめた。

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