時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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26話

 

 早朝、教室の前でフロルとヒューベルトが話し込んでいた。

 次期国王候補とエーデルガルトの従者。

 珍しい組み合わせに通り過ぎる生徒たちが興味深く視線を向ける。

 

「貴殿に頼みごとをされるとは思いませんでしたよ」

「使えるものは使う。それが普通だろ?」

 

 二人が袋を交換し合う。

 ヒューベルトに渡したのは銀貨の小袋だ。

 対して袋を受け取ったフロルが早速開けると独特の匂いが漂う。

 中身はすでに焙煎された茶色の豆、テフ豆だ。

 フォドラのテフ豆はフロルの知る珈琲豆と殆ど見た目は変わらない。

 ただ、品種改良されていないせいなのか少し苦みがきつめだ。

 

「貴殿はテフを嗜まれるので?」

「まあな。ただ、ダグザでしか採れないし入手の機会がな……」

「おや王国もダグザと交易をしていたはずですが」

「テフ豆は王国で需要がないんだ。

 香辛料と陶磁器の方が需要が高いからそっちが優先される」

 

 特に香辛料の需要は高い。

 王国の寒さを乗り越える為に必要なもののひとつだ。

 

「裏があるわけじゃないから素直に受け取っとけって」

「では、そういたしましょう」

「ああ、弟妹になにか買ってやれ」

 

 懐に銀貨を仕舞おうとしたヒューベルトの手がぴたりと止まった。

 

「よく知っていますな。

 私は貴殿に弟妹がいることを伝えた覚えはありません」

「……そういえばそうだったな。

 ヒューベルトが兄っぽいからそう思っただけだ」

 

 今思えばずっと周囲に隠していたはずだ。

 フロルの苦しい言い訳にヒューベルトが眉を顰める。

 

「主が興味を持つ理由がわかります」

「エーデルガルトが?そりゃ光栄だ。

 皇帝の伴侶は大変そうだし、やめておくように言っておいてくれ」

「……貴殿は挑発が下手ですな」

「挑発じゃなくて冗談だよ。

 それに気にするならディミトリにしとけよ。

 あっちが本命なんだから」

 

 ヒューベルトが銀貨を仕舞い、目にかかる黒髪を払った。

 

「ディミトリ殿より、貴殿の方が私は恐ろしい」

 

 立ち去っていくヒューベルトを、フロルはただ見送ることしか出来ない。

 

「……なんなんだ、あいつ……」

 

 そこにハピが通りかかった。

 ハピがフロルの持つ袋を覗き込む。

 

「立ち止まられると邪魔なんだけど……ってそれテフじゃん。

 もしかしてハピのために用意してくれた?」

「ああ、早速今日淹れるよ」

「へー、キミもたまには良い事するじゃん」

 

 ハピの口角が自然と上がる。

 テフはフロルも飲むが、ハピの好みである。

 

★〈支援会話:ベレス〉

 

 赤狼の節の末には毎年ファーガス神聖王国建国記念日がやってくる。

 教室では青獅子の王国旗と共に、ぴかぴかに磨かれた儀礼用の剣や盾が壁に飾られていた。

 王国貴族から贈られた大量の食材が届けられ、生徒達は厨房で自慢の料理の腕を振るう。

 午後に寸劇を行う生徒達は、台本を片手にああでもないこうでもないと話し合っていた。

 皆が忙しく準備する中フロルはというと椅子にだらしなく寝そべっていた。

 

「フロル、ちょっといいかしら~。

 とっても立派な子だからヴァレリアにも飾り付けをしたいのだけれど」

「好きにしてくれ。

 嫌がっても後でしばかれるのは俺だ」

 

 フロルが目を開かずメルセデスに返事した。

 

「……フロル。届くはずの食材、数が合わないようだ」

「昼までには間に合うぞ。

 どうも門の前で渋滞しているとかで、少し遅れると連絡が来た」

 

 フロルが目を開かずドゥドゥーに返事した。

 

「すみません、フロル様。

 午後に使う儀礼用の剣ですが銀のものと金のものどちらが良いんでしょうか」

「『キーフォンの剣』にはなんて書いてあった?」

「あ!そうでした。ありがとうございます!フロル様」

 

 フロルが目を開かずアッシュに返事した。

 

「フロルは手伝わないの?」

 

 顔の直ぐ上に、ベレスが覗き込んでいる感覚がしてフロルは仕方なく目を開ける。

 そして大きな欠伸を一つする。

 

「最近俺頑張り過ぎたと思うんだよ、先生。

 あと一節の間は眠りたい」

 

 警戒していたが正史で起きたルミール村での惨事が起こることはなかった。

 今やフロルの手によって、コルネリア、クロニエ、ソロンという大駒が死んでいる。

 闇に蠢く者はまだなにかしら企んではいるだろうがしばらくは大きく動けないだろう。

 この一節の間ずっと気を張っていたため、フロルはようやく安堵した。

 

「まだ冬眠には早いと思うけれど」

「冬はむしろ動くんだよ。

 スレンの襲撃があるし、秋の収穫次第では餓死者が出るから狩りもする。

 センセイはなんの用かな?儀式についてはイングリットに聞くと良いぞ」

「少し話をしたくて」

「……わかった」

 

 ベレスが頭の上から離れるのを待って、気だるそうにフロルが起き上がる。

 猫のように伸びをして一つ大きな息を吐いてから、ベレスについて歩き出した。

 連れて来られたのは人気のない大修道院の中でも端の墓石が並んでいる場所だ。

 デートに誘うような場所じゃないなと、フロルはぼーっとしながら考えた。

 

「モニカが帰ってしまったね」

「実家にばれたら大事だからな。それに王国に居た方が安全だ」

 

 モニカの生存が知られればオックス家は連れ戻そうとするだろう。

 なにせオックス家の家系に残ったマクイルの小紋章持ちはモニカしかいないのだから。

 フロルは崖際の石に座り、頭を冷やすため、冷たい風に体をさらした。

 

「前から聞きたかったことがあるんだけど良いかな」

「ああ、いいぞ」

「君は何か、不思議な存在を内包していたりはしないかな?」

「ない」

「なら、なんで……」

 

 ベレスがフロルの手を取った。

 ベレスの活性化した炎の紋章に共鳴した、フロルの炎の紋章が浮かび上がる。

 

「フロルは私と同じ紋章を持っているの?」

 

 フロルが咄嗟に手を弾いたことで浮かび上がっていた二人の紋章は消え去る。 

 

「……気づいていたのか」

「私はこれでも先生だからね。訓練の時、明らかに動きが変わっていた」

 

 気づかれてはいないとフロルは思っていた。

 しかし長く二つの紋章と付き合ってきたエーデルガルトやリシテアと違って、ボロが出た。

 

「理由は大体わかるが……俺も詳しいわけじゃない」

 

 フロルもなにもしていなかったわけではない。

 アビス探索の中で、ようやく最奥の谷に辿り着いた。

 そこにあったのはゴーレムの残骸と略奪の痕跡だけだった。

 サイドストーリーはあくまでIFだ。

 原作や無双で別の道を辿ったとしても不思議ではない。

 

「レア様と父上なら知ってるかもな。

 でもそんなに大事なことじゃないぞ。

 俺がなんだろうと戦争は起こるし、人は死ぬ。

 バレると面倒だから話してないってだけだ」

 

 フロルは目の前に広がる雄大なフォドラの大地を眺める。

 これに比べればフロルの悩みなど大したことはないと思わせてくれる。

 

「フロルは自分自身に興味がないんだね」

 

 ベレスの指摘にフロルはけらけらと笑った。

 

「そうだな。他に大事な物が多すぎるんだ。

 先生も俺の秘密を探るより、もっと大事なことがある。

 ディミトリの傍で支えてやってくれ。

 俺にはやりたくても出来ないことだから。

 先生がそうしてくれたら俺は嬉しい」

「私は……」

 

 ベレスは言葉に詰まった。

 ずっと前から目の前に二つの道が広がっている。

 ベレスだけが選ぶことのできる道。

 けれど、一度選べば二度と交わることはないだろう。

 

「……フロルはどうして欲しい?」

「さっきも言っただろ。

 先生ならあいつを上手く導ける。

 きっと、それが一番マシな未来だ」

 

 いつもそうだ。フロルは一歩退いてしまう。

 

「話がそれだけなら、先生は此処でサボってて良いのか?

 あの役は大変だぞ」

「……そうだね。戻って練習するよ」

 

 フロルとベレスは並んで教室への道を帰り始めた。

 

 午後になり、大修道院の礼拝堂は青獅子の学級によって貸し切られていた。

 青獅子達は各々が長椅子に座り、女神の前に立つベレスを見つめていた。

 ベレスの服装はぴかぴかに磨かれた鎧と、肩から青いビロードのマントが垂れている。

 その手には儀礼用の剣が握られ、顔は凛々しく男性的な化粧が施されている。

 ファーガス神聖王国を建国することになる勇者ルーグの若き頃の恰好だった。

 

「ルーグ!我が友よ」

 

 物陰から、ベレスの役を呼ぶ声と共に、騎士の恰好をしたフェリクスが現れる。

 フロルは笑うのを堪えて肩を震わせるにとどめた。

 本人は嫌がったが戦士キーフォンの血統はフェリクスのフラルダリウス家へと続いている。

 満場一致でキーフォン役に抜擢された。

 

「今や帝国の暴虐は止まらず、

 フォドラの大地は嘆きに満ちています。

 赤狼が人々を喰らおうとしているのです!」

 

 嫌がったにも拘わらず、礼拝堂に響く声でフェリクスは堂々と叫んだ。

 おぉと普段の様子を知る生徒達からは小さく感嘆の声が漏れた。

 あのフェリクスがという感想で一致していた。

 フロルはアネットが頑張ったんだろうと予想している。

 

「……忍耐の時は終わりだ。私は立ち上がろう。

 赤狼を討ち、人々を守る蒼き獅子となろう」

 

 ベレスが静かに、しかし耳に残る声でフェリクスに返した。

 フェリクスがベレスの前に片膝をつき胸に手を当てた。

 

「ならば我が誓いを貴方へと捧げます。

 永遠の忠誠と主への信仰を。

 剣となり盾となりこの身を捧げることを誓います」

 

 その肩にベレスは儀礼用の剣を乗せた。

 

「キーフォンよ。

 汝の忠誠と誓いを受け我が騎士に任じよう」

 

 今行われている寸劇、子供のお遊戯会でもよく使われる演目だ。

 フロルも父と親しい貴族の前でルーグ役を何度かやったことがある。

 フロルの隣に座るディミトリがやった回数はそれ以上だろう。

 青獅子達を率いる存在として、今回ルーグ役に選ばれたのがベレスだった。

 

「見事なものだ。もしや先生は王国生まれなのだろうか」

「さあな。でも、こうして見る側に回るのも悪くないな」

「……ああ、そう思うよ」

 

 そこに、ルーグとキーフォンがそうしたように。

 ディミトリとフロルが共に歩む。

 ありえたかもしれない、潰えた未来を二人は重ねていた。

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