★〈支援会話:ペトラ〉
森の中の廃小屋、外は未だに豪雨が降り注ぎ、降りやむ気配もない。
たてつけの悪い扉がゆっくりと開く。
「外、敵、いません。しばらく、安全です」
びちゃびちゃと雫を零しながら、ペトラが廃小屋の中に入ってくる。
「悪いな。完全に足手まといだ」
「いえ、わたし、庇われた、故、わたし、責任とる。
フロル、わたし、頼る、必要あります」
ペトラがフロルの背後にしゃがみこむと包帯を巻きなおし始めた。
フロルの脇腹にはペトラを庇ってつけられた、大きく裂かれた傷が残る。
新しい包帯も直ぐに血で染まった。
回復魔法は自分にかけられないし、女神信仰のないペトラは使うことができない。
「先生の指揮に慣れすぎてたな……」
参加した黒鷲の学級の課題協力は当初、ただの賊討伐だと思われた。
しかし賊は想定よりも遥かに粘り、苦戦していたところを魔獣に襲われたのである。
仮にベレスであれば時を巻き戻し立て直しただろうが、黒鷲の学級にそれを望むのは酷だ。
「あれは賊じゃなかった。おそらく手練れの傭兵だろう。
殺し間を作られていた」
「依頼、嘘だった、ですか?」
「その可能性はある。
ギリング男爵が出した教会への依頼だからな」
キッホルの小紋章を持つ帝国ギリング男爵は反エーデルガルト派の貴族だ。
紋章と血に比べて地位が低いと考えていて、エーデルガルトの思想と対立する。
セイロス騎士になっている男爵の姪から聞いた話だが、酷い癇癪持ちだという。
エーデルガルトに嫌がらせを考えるのは十分にあり得る。
「陰謀、暴く、する……しなければ」
「いや、仮に傭兵だとして捕まえたところで望み通りの答えは返ってこないだろう。
そもそも知らされてない可能性が高い。
証拠もなく男爵本人に追及したところでエーデルガルトが恥をかくだけだ。
案外それが望みなのかもしれない」
ありそうな話だ。
謝罪のひとつでも引き出せば、エーデルガルトを貶められる。
「奇妙、わたしたち、正義、あります。男爵、間違いです」
「エーデルガルトの考えは急進的過ぎる。
反発を招くのは当然だ」
「エーデルガルト、間違う、ですか?」
「間違ってはいないが、正しくもないって言ったところか。
少なくとも俺は否定しないよ」
「……フロル、言う、意味、わかりません」
フロルは震える手で火薬の入った小さな箱と火打ち石を取り出した。
「まあ、俺が勝手に知った気になってるだけだ。
さて、覚悟を決めるか」
「本気、傷、焼く、やります?」
「救助が来るまで持てば良いだけだ。
やらないとこのまま出血死するからな。
意識を飛ばしたら殴ってでも起こしてくれ」
幸いな事に、数刻の後にリンハルトが救助に来て治療される。
エーデルガルトはフロルたちにギリング家への報復を誓った。
★〈支援会話:シルヴァン〉
透き通った冬の空に、星辰が瞬く。
青海の星はその姿を隠し、女神は遠く天上から、地上の平穏を祈るという。
フロルはというと、シルヴァンの下を尋ねていた。
「ええ!?あんたが女遊びですかい!」
「そうは言ってないだろ。
お前の女遊びについていって良いかって聞いたんだ」
「いやいやいやいや……あんた自分の立場解ってるんですか?」
正気かという目でシルヴァンは提案をしたフロルを眺めた。
だがフロルは態度を改めない。
「この前ローレンツに挑発されてな。
貴族としての女性の扱い方がなっていないと。
正直なにが言いたいのかよくわからんが……。
前にお前とローレンツが意気投合してるのを見たんだ。
そこでお前に学びたいわけだ」
戦争になれば二度と機会も訪れないだろうし出来るのは今だけだ。
何事も経験してみなければとフロルは考えた。
「やめておいた方が良いと思いますけどねえ」
「よし。ブレナス家の御令嬢が好きな銘柄を教えることで手を打たないか?」
「なんであんたがそれを知っているのか気になりますが……。
仕方ありません。
男シルヴァン、あんたを立派な遊び人に変えて見せましょう」
「そこまでは頼んでない」
二人は並んで城下町へと歩き出した。
二人が去った後、傍にあった柱の影から、顔を真っ赤に染めたアネットが姿を現す。
「シルヴァンはともかくフロルが女遊びなんて!み、みんなに知らせなきゃ!」
そんなことは露知らず、二人がまず向かったのは洋服店だ。
普段行くような貴族向けの店ではなく、古着なども扱う店だった。
乱雑に服が積み上げられており、姿見鏡はなく、客と店主が値段交渉で争っている。
「いいですかい、お坊ちゃん。
女を口説くんなら、まずは恰好から入らないといけません」
「士官学校の制服では駄目なのか?」
「勿論貴族の御令嬢を誘うならそれで構いませんが、今は火傷しない相手を選ぶべきです。
つまり平民。
となると女によっては気後れしますからね」
士官学校に入学するには魔道学院などからの推薦を受けるか、貴族に推薦を貰ったうえで高い入学金を支払う必要がある。
制服を身に纏うだけで身分の保証になるのだ。
「なるほど……」
「本当は身分で釣るのが一番簡単なんですが……要望なら仕方ありません。
名乗る時も身分は隠した方が良いですね」
「父上に迷惑はかけたくないしな。
というかゴーティエ辺境伯は何も言ってこないのか?」
「ええ、大分喧嘩しましたよ」
シルヴァンがフロルの前に服を持ってきてあーでもないこーでもないと悩み始める。
昔はメルセデスにも同じことをやられたなと考えつつ、フロルは大人しく待っていた。
「ま、こんなもんですかね」
シルヴァンが選んだのはごく普通のシェーンズとブリオーだった。
マントを巻き、ワンポイントとして胸元に小さな花飾りがつけられている。
「こういうのなら俺も持ってるぞ」
「あんたが持ってるのとは生地が違うんですよ、生地が。
あれじゃあ、貴族なんだなってわかる人にはわかります」
「そういうものか。勉強になる」
フロルは洋服の見た目は兎も角、生地までは気にしたことがなかった。
昔はメルセデスが、今は出入りの商人が持ってくる物を着ている。
確かに肌触りが違う気がすると、フロルは服の生地に触れた。
シルヴァンも着替え終わり、フロルは二人分の代金を支払って店を出た。
「それで、どういう子が好みとかあるんです?」
「好みか」
フロルは顎に手を当てて思い出してみる。
「レア様みたいな人かな」
「冗談きついですね」
「別に交際したいわけではないんだが……。
カトリーヌさんとシャミアさん……なら?
まあ、ここは年上の相手と言っておこう」
「わーかりました。じゃあ、あの子にしましょう」
シルヴァンが人混みの中をきょろきょろと探す。
そして、一人で壁に寄りかかっている薄紫の髪の女性を見つけた。
雰囲気はたしかに士官学校の生徒よりも大人びている。
中性的なその見た目にフロルは違和感を抱いた。
早速、シルヴァンが話しかけにいく。
「君、あたりを見ているけれど探し物でもあるのかい?
困りごとがあれば俺達がなんとかするよ」
キザな態度で壁に手をついたシルヴァンが、にっこりと女性にほほ笑んだ。
女性もまんざらではなさそうに頬を赤く染める。
「あら素敵なお兄さん達ありがとう。
ちょっと困ってることがあって……」
シルヴァンはフロルに振り返ってウィンクした。
フロルはというと口の端をひくつかせて、シルヴァンの肩を掴んだ。
「いや、よく見ろ男だから」
「おっ、よく気づいたな。
貴族のお坊ちゃん達なら簡単に騙せると思ったんだが」
急に女性の声が男のものにかわり、態度も大柄になる。
フロルも見た当初は気づかなかったが声で気づいた。
灰狼の学級最後の一人、ユーリス=ルクレールだ。
アビスに居なかったがまさかこんな場所で出会うことになるとは。
今は女装しているが立派な男である。
「ば、バカな……この、俺が、女と男を見間違えるだと……」
現実に絶望したシルヴァンが膝をつく。
そうしている間にもフロルはユーリスと顔を繋ぐため話し始めた。
「もし本当になにか困ってるなら手助けするぞ」
「いやいやそれには及ばないね。
ちょっとあんたらを揶揄おうとしただけさ」
「そうか、フロルって呼んでくれ。
大抵のことはなんとか出来ると思う。
困ったことがあったら、いつでも言ってくれ、ユーリス」
フロルの平常心な態度にユーリスはにやりと狐のような笑みを浮かべた。
「ははっ名乗ったつもりはないんだが、面白いな……良いだろう。
あんたも困ったことがあったら金次第で手を貸してやる。
この辺のゴロツキに俺の名を出せば通じるはずさ」
フロルと握手したユーリスは、再び立ち姿を女性に戻すと人ごみに消えていった。
フロルの当初の目的とは違うが成果は十分すぎるほどに大きい。
それにしても、理由があって女装していたのだろうが随分と似合っていた。
「ちくしょう……、俺はまた男を口説いて……。
大口叩いたわりに俺があんたに教えられることなんて何一つなかったみたいです」
フロルがユーリスを見送った後もシルヴァンは膝をついたまま地面を叩く。
これ二度目なのかよ、とは良心が邪魔をしてフロルも言わなかった。
「シルヴァン、気にするな。
俺も普通なら気づかなかったと思う。
また別の女性を探せばいい」
フロルが慰めるがシルヴァンの心の傷は深そうだ。
そんな時だった。
「シィールゥーヴァーンー?」
地獄の底から響くような声が背後から聞こえて、二人は同時に振り返る。
怒髪天のイングリットが抜剣した状態で立っていた。
気のせいかイングリットの周囲の空気がゆらゆらと揺れているようにさえ見える。
「貴方が勝手に女の人を口説いて回るのは諦めたわ。
でもフロルを巻き込んで、もう勘弁してちょうだい!
あなた、私の婚約話を知っていてそういうことをするの!?」
「おい馬鹿そうじゃなくてだなあ。って痛い痛い痛い!」
「問答無用!今日という今日はその性根を叩きなおしますからね!」
イングリットがシルヴァンの髪をむんずっと掴むと、大修道院への道を引きずっていく。
あれに巻き込まれたら死が待っていた。
まだシルヴァンが生きていたら再挑戦してみよう。
フロルがそんな事を考えて冥福を祈っていると、ぞくりとした悪寒が襲った。
気づけばフロルの隣にメルセデスが立っていた。
「あらあら~。
私はフロルがシルヴァンみたいな遊びをするはずないって思っているわよ。
そうよね?」
謎の威圧感を放つメルセデスに、フロルは深く頷くしかなかった。