ベレスはフロルの部屋の扉が開いていることに気付くと、中を覗き込んだ。
フロルの部屋は壁に戸棚が増設され多種多様な茶葉が瓶詰されている。
本棚には異国の文字が書かれた本が詰め込まれ、ベレスは背表紙も読めない。
唯一場違いなのはベッドの上に鎮座した熊のぬいぐるみだ。
そんな部屋の中心で、フロルは大きな鞄に着替えを詰めて旅行の準備をしていた。
「どこかに出かけるの?」
「ん……ああ先生か。
今日言おうと思ってたが、明日から六日ほど留守にするつもりだ」
顔をあげずに香油の瓶を鞄に入れるかどうかで悩む。
フロルがこうして居なくなるのはよくあることだ。
「前々から探して貰ったんだが目的の場所をようやく見つけたみたいでな。
先生は聖マクイルって知ってるか?」
「四聖人だよね」
ベレスは大聖堂の奥にある四聖人の像を思い出した。
たしか魔法使いの帽子を被り、剣を持っていたはずだ。
「その通り。魔道の起源であり、多くの神聖武器を作ったことで知られる聖人だな。
ところで、前に一緒に行ったスレン。
もう少し南に山を越えたら同盟に近づく半島があるんだ。
そこは砂漠が広がっている。
山一つ越えただけで雪景色が砂地に変わるんだ。面白いよな?」
ベレスは青獅子の学級の生徒達と共に、花冠の節にスレンに行った。
虐殺された砦と、巨大な魔物との戦いは今でも脳裏に焼き付いていた。
幸いな事にあれからスレンは大人しくしているらしい。
苦労して行軍した雪景色が砂地に変わるのは確かに奇妙だ。
とはいえ。
「……話がみえないけれど」
「わかった結論だけ言おう。
不思議なスレン半島には聖マクイルを祀る遺跡がある。
神聖武器が眠っている可能性が高い。
他にも色々調べたいことがあるし、今のうちに行っておくべきだと思ってな」
フロルは巨大な竜と化してマクイルが生きていることを知っている。
マクイルの知識と武器を開戦前に回収したかった。
戦争に協力もして欲しいが、フレンやセテスの説得でも無理なあたり期待はしない。
「着いて行こう」
ベレスは話に興味をもったわけではないが、フロルを知るためにそう言った。
フロルが振り返り、自分を棚に上げて呆れた顔を浮かべる。
「授業はどうするんだ?」
「セテスに頼むよ。
元々、騎乗訓練のつもりだったから、その方が良い」
「……段々俺の悪い部分が似て来た気がするな。
まあいいか。
できるだけ内密に進めたい。
フレンとモニカと……あとの二人と先生はまだ会ったことないよな?
バルタザール、コンスタンツェも来るから、先生と俺も合わせて合計六人だ」
フレンはマクイルに会うと伝えると喜んで着いてくると言った。
マクイルと戦闘にならないよう説得を依頼してある。
後日、フロルがセテスに死ぬほど怒られる予定だ。
「楽しい旅となるかはわからないけどな。
そうと決まれば先生も準備してくれ」
「わかった」
翌日、ベレス達は大修道院からスレン半島へと向かった。
吹きすさぶ風は冷たさを帯びているというのに、照り付ける太陽は砂漠に反射して皮膚を焼く。
渦巻く砂嵐が見えたと思えば、遠くに見える山脈は雪で覆われている。
山からではなく海からスレン半島に侵入した一行は自然の厳しさを味わっていた。
出来るだけ肌を晒さないように布を巻き、こまめに水分補給を続けるしかない。
コンスタンツェが顔に影を作って嘆いた。
「あの太陽が私を昏い気持ちにさせるのですわ。
フロル様、『私』の遺書は机の引き出しの裏にあります。
どうぞこの日差しで私が亡くなった際は開けずに燃やして下さいませ」
バルタザールがぶつくさ文句を垂れる。
「フロル、この女をどうにかしろ。
船から降りたら急に態度を変えやがった」
「バルタザール様は私が邪魔だと仰るのですね。
今すぐ首を吊って死ねと。
ふふふ……ええ、そのとおりですわ。
いずれ死ぬ身なら今すぐ死んでも同じ事ですものね」
「そ、そこまでは言ってねえだろ……」
日差しの下だとコンスタンツェの裏人格が現れるのだ。
裏人格はただの根暗に見えて実はかなりの毒舌。
初めて見たバルタザールはたじたじになっていた。
「そっちのコンスタンツェと付き合うコツは気にするなってことだ。
あとで人格が入れ替わった時にもう一人のコンスタンツェが悶絶するだけだからな」
人格が切り替わっても記憶が共有し続けるため、一人の中で二人の関係は複雑だ。
人格の統合をできないかと魔法を色々試してみたが不可能だった。
十中八九、コンスタンツェが持つノアの紋章の影響だろう。
「面白い虫ですわね。なんていうのかしら……触ってみても……」
「駄目ですよ!なにをバカなことをしているんですか貴方は。
それは蠍、毒があるんですよ!」
「まあ!でも尻尾がくるりんとしていますし、両手をあげて可愛いですわ」
フレンの天然にモニカがいちいち反応するがザナドの実に砂糖、つまり無意味だ。
「フロルの仲間は面白いね」
「先生、勘弁してくれ。
俺もここまで酷い組み合わせだとは思っていなかったよ」
ヴァレリアの上で頭を抱えるしかない。
問題なさそうな戦力を集めるだけ集めてみただけなので、相性を考えてなかった。
そんなフロルの様子をベレスは興味深く眺めていた。
青獅子の学級にいるときより、気を緩めている気がするのだ。
「そろそろのはずだが……」
フロルが地図を開いて確認していると、突如として遠くから爆発音が響き渡った。
続いてドーンッ!ドーンッ!ドーンッ!と何度も聞こえてくる。
皆と顔を合わせると音がした方向へと急いで向かった。
そこには巨大な竜と戦う、魔道士集団とその中心にこれまた巨大な二体の機械人形がいた。
間違いないあの竜は聖マクイルだ。
「行け、タイタニスよ。愚かな獣を討つのだ!」
魔道士達がタイタニスと呼ぶ巨大な機械人形が、マクイルを盾で吹き飛ばす。
青白いラインが全身に入ったタイタニスはその身に合う巨大な剣と盾を持っていた。
彼らの正体が闇に蠢く者であることは明白だ。
「竜を援護するぞ!」
フロルの指示で一斉に魔道士達に襲い掛かる。
「その姿、噂の新たなケモノか!おのれ、どうやってこの場を知った!」
「教えて欲しいなら頭を下げろ!」
フロルを乗せたヴァレリアが囮となって軽やかに闇の魔法を避けて突き進む。
魔法が地面に着弾して砂埃を巻き上げた。
フロルが時間を稼ぐ間にコンスタンツェとモニカの魔力が練り上げられて、理が改変される。
「モニカ様の魔法を受ける、不運なお方」
「……貴方と組むなんて……背に腹は代えられません」
解き放たれた雷と炎の嵐が合体し闇魔法ごと魔道士を焼き尽くした。
「おじいさま!今助けますわ!」
「ほう、懐かしい顔だ……セスリーン。
だが心配は無用。地虫の玩具程度」
マクイルは鱗を輝かせると、タイタニスに掴みかかり、強靭な顎で腕を食いちぎった。
バチバチと青い魔法光を放つ人形に、容赦なく接合部に烈風を叩きつけて内部から破壊する。
「はっはっはっは!血湧き肉踊っちまうぜ!」
バルタザールのシュヴァリエの紋章が黄色い閃光を放つ。
英雄の遺産の模造品『ヴァジュラ』がタイタニスの盾に叩き込まれた。
びしりと亀裂が広がり、一撃で巨大な盾が砕かれる。
盾を失ったタイタニスにマクイルがのしかかり、砂煙が吹き上がった。
「ば、バカな……タイタニスがこんなあっさり」
最後に残った魔道士が天帝の剣に貫かれる。
襲撃していた闇に蠢く者は全滅した。
「さて……妙な組み合わせだ」
戦いを終えて、マクイルが猛禽類のような黒い翼を閉じて大地に丸まる。
改めて見上げると巨大さがよくわかる。
花冠の節に戦った魔物よりも大きく、羽毛のない下腹部を分厚く硬い鱗で覆っている。
頭部から二本のねじれた角が並んでいた。
ギョロリと爬虫類の目でマクイルは集まった一行を眺めた。
「……まず、三人。
我の血を持つ者、ノアの血を持つ者、シュヴァリエの血を持つ者。
なぜあの四人のうち二人が血を残しているのか」
「あら、おじいさま。その話はもう済んだことですわ。
彼らには罪はないと許したじゃありませんか」
マクイルがモニカ、コンスタンツェ、バルタザールを睨みつける。
その前にフレンが立ちふさがった。
両手を広げて通しませんわ!とアピールをする。
「我以外の四人で決めたこと。我は賛同していない。
だが……今だけはうぬに免じて見逃してやる」
フロルはほっと胸をなでおろした。
実は一番危険な立場にあったのが彼ら三人なのだ。
今度はマクイルの目がベレスとフロルに向いた。
「……新たな同胞を目にするのは、数百年ぶり……いや、千年ぶりか……?
それも二人……地虫共が騒がしくなった理由か、愉快だ」
マクイルが笑うだけで大気が揺れて、砂が波紋を浮かべた。
両手を広げてもなお余る頭部が、ベレスの直ぐ傍まで寄り、鼻息を吹きかけた。
風で転びそうになったベレスをフロルが支える。
「セイロスめ、禁忌をおかしたな。
母の眠りを乱すとは愚かな……あやつのやりそうなことだ」
次にぎょろりとフロルに向く。
「気配が混ざっている。
……あの大バカ者とソティスが子をなしたとは思えんが……」
「わたくしの弟がどうかしましたの?おじいさま」
「……なに?あのキッホルが……ふーむ」
マクイルが盛大に勘違いしてそうだが、都合が良いので黙っておくことにした。
下手に藪をつついて竜を出したくはない。
ぐぐぐっと首を曲げたマクイルが、フロル達を見下ろした。
「同胞達よ。魔道の起源たる我に何の用事で参った」
待ってましたとばかりに、フロルは一歩前に出る。
「さっきのあいつら。闇に蠢く者と戦う知識と武器をもらい受けにきた」
「……今更戦争なぞ虫唾が走る。
だが、良いだろう。
同胞が地虫共を殺すためというのなら、我に否はない。
まずは武器だ。今あるのは……少し待っていろ」
マクイルは爪で器用に魔道書を二冊と剣を、遺跡の奥から掴みだして来た。
「これはセスリーンのため作った魔道書『アマルテア』」
「まあ!どうして今まで渡して下さらなかったのかしら」
フレンが詰め寄るとマクイルが竜の顔に気まずそうな表情を浮かべた。
「……アマルテアはうぬが目覚めた時に渡すつもりだったのだ。
長き時で忘れるというもの。
残りは我が知識の一部をおさめた『真理の魔道書』と『ベガルタの剣』だ。
他にも雑多な武器があったはず。好きに持っていくが良い」
「ありがとう。あと聞きたいことなんだが……」
フロルがマクイルにした質問はベレスにとって意味のわからないものだった。
冒険を通じて、フロルのことが余計わからなくなった気がする。