時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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3話

 

 教室にセテスが入ってきたことで、各々が静かに席についた。

 セテスが述べた女神への祈りを復唱する。

 一番真面目な、そして敬虔な生徒が多いのが王国である。

 少しの沈黙の後、セテスは生徒一人一人の顔をしっかりと見つめた。

 

「さて、私は大司教の補佐をしているセテスだ。君達の案内役を預かった、といっても教師ではない。教師は最初の課題の結果を見て適切な者が配置される。

 課題は行軍訓練だ。

 知っての通り、士官学校では毎節課題が出される。賊の討伐、商人の護衛、そして鷲獅子戦など。これらは君達が今後、貴族あるいは騎士となっていく上で学びとなるだろう。

 その最も基本であり最も重要なのが行軍だ。どれだけ糧食を持ち込むのか、装備をどうするのか、道中の安全な場所はどこか、偵察はどれだけ必要か。なにより行軍に耐える体力はあるのか。

 君達が級内で話し合い決めなければならない」

 

 長い説明を、ガラテア家のイングリットが代表して紙に書き出し始めた。

 毎年の慣例なので貴族の子の殆どはこの課題について知っている。

 エーデルガルトと闇に蠢く者が山賊に命じて襲撃させるのは容易だっただろう。

 セイロス騎士に襲い掛かるなんて無謀。

 普通の山賊はしないので騎士団にも気のゆるみがあったに違いない。

 

「明日、早朝に出立する。目的地は帝国のマルティン男爵領だ。

 男爵にはお願いして野営地の準備を済ませてある。

 野営地にて夜を過ごした後、帰還する。

 糧食の用意は食堂に、装備は兵舎にある。

 二頭立ての馬車を一台貸し出すが、それ以外の馬は禁止だ」

 

 さて、とセテスは一呼吸置いた。

 

「まず君達はまとめ役として級長を決めて貰う。

 これは今後変更しない」

 

 ざわりと教室の空気が変わった。

 中には顔を寄せて、こそこそ話をし始める者も現れる。

 彼らの注目の的は当然ディミトリとフロルだ。

 亡き王の息子で小紋章を持つディミトリか。

 王国の実権を父親が握り大紋章を持つフロルか。

 貴族の子供達でさえ微妙な雰囲気になるくらい。

 二人は難しい立場にある。

 どちらかが言い出さないといけない雰囲気になった。

 仕方なくフロルが席を立とうとして。

 ディミトリに機先を制された。

 

「俺はフロリアヌスを推薦する。

 知っての通り彼の政治的手腕は優れている。

 俺より余程上手くやるだろう」

 

 フロルは隣のハピに遠慮してため息だけはつかなかった。

 どういう思いで推薦したのかは解らない。

 だがそれは、どちらにとっても良い結果にはならない。

 遅れてフロルも立ち上がった。

 

 ずるい手だがここは有耶無耶にしつつ同調圧力で潰そう。

 

 考えを纏めながら、手を一度叩いて注目を集める。

 ざわつきが収まるのを静かに待つ。

 そして、芝居がかった身振りで生徒達に語りかけた。

 

「殿下、お褒め頂き有難うございます。

 殿下は己が未熟を知る賢者のようだ。

 ですが、我々臣下一同もまた未熟ながら騎士を志す者。

 その関係はルーグ様より血と伝統により受け継がれてきました。

 ここに未熟な王を支える覚悟のない騎士がいるでしょうか!」

 

 教室の妙な空気も止まり、「自分たちは立派な騎士です」なんて顔をし始める。

 王国の男子は王の騎士となるため、子供の頃から武器を握らされ鍛えられる。

 フロル同様、数多くの騎士の逸話を聞かされて憧れて育ったのだ。

 一度雰囲気が固まってしまえばディミトリに断る選択肢はなくなる。

 一瞬、ディミトリとフロルの視線が交差する。

 

「……わかった。ありがとうフロル。

 級長の任、俺が受けよう」

 

 座って拍手をし始めると他の生徒達も続いた。

 

「結構だ。ではディミトリが級長として、課題の準備を頼む」

 

 セテスもほっとした表情が隠しきれていない。

 事前に根回しをしてくれれば良かったのに、と言いたい。

 隣で座るハピが囁いてきた。

 

「でもハピはキミが級長の方が楽できそうだったかな」

「勘弁してくれ。

 俺がそういうことやりたがらないの、知っているだろ」

 

 一度決まってしまえば真面目な青獅子の学級は上手く回り始める。

 貴族の生徒が糧食や試算をし始め、騎士を志す生徒が装備の確認に向かう。

 狩りに慣れている生徒が偵察班に自薦する。

 

 フロルは信仰魔法を使えるので、メルセデスと同じ救護班に入ることにした。

 実は怪力のブレーダッドの紋章を持ちながら、得意科目は武器ではなく信仰魔法である。

 他の王国の男子生徒同様、武器を握るのも鍛えているとはいえ、天才に遠く及ばない。

 つくづく才能というものは思い通りにならない。

 

「ディミトリはなんであんなことを言ったんだか」

 

 包帯や薬品の数を書き記しながらメルセデスに思わず愚痴る。

 

「そうね~。わからないなら、

 本人に聞いてみるのが一番じゃないかしら?」

 

 フロルがディミトリを盗み見る。

 生徒たちに囲まれて忙しそうに指示出しをしていた。

 あれなら問題なく学級が回りそうだ。

 周囲に聞こえないよう、小声で否定した。

 

「俺とあいつが私的に話したのなんて二度だけだ。

 どちらも、あまり良い結果にならなかった」

 

 一度目はランベール王の葬儀。

 二度目は父リュファスの執政任命式だ。

 場は完全に冷え切っていた。

 

「う~ん、でも血の繋がった家族よ。

 仲よくした方が良いんじゃないかしら~」

 

 メルセデスにそう言われると、フロルは返す言葉もない。

 口をついて出た言葉は、言い訳がましいものだった。

 

「……仲良くしたら仲良くした分だけ別れが辛い。

 俺の存在はディミトリが王になったとき邪魔になる。

 父上が生きている限りは変わらないし、

 それこそ父上には長生きしてもらいたいからな」

 

 メルセデスはくすりと微笑んだ。

 

「フロルは強情ね」

「強情じゃなく理性的なんだよ。

 それに課題だったりで嫌でも話すことになるさ」

 

 フロルは口をとがらせて、目の前の作業に集中することにした。

 

★〈支援会話:ハピ〉

 

 行軍は恙無く始まった。

 それぞれの学級が別ルートで向い、夕方には野営地で合流する予定だ。

 フロルの予想だと少し遅れて夜に着きそうだった。

 何度か休憩したものの、多くの生徒が疲れを見せ始めている。

 旅慣れしていても、全体で歩調を合わせないといけない行軍は体力の使い方が違う。

 想定より疲労が溜まっているだろう。

 おそらくどこの学級も似たようなもので、奇襲もされやすそうだ。

 

「むぐっ」思わずため息をはきだしそうになったハピの口を手で塞いだ。

 

「勘弁してくれ。流石にこの場で魔獣はまずい」

 

 小声でハピに忠告する。

 

「ぷはっ。ごめん」

「どうしてもきつかったら俺が持つぞ。

 課題じゃなかったら、

 荷物も馬車に乗せているところだし、今回限りだ」

 

 万が一の時、「荷物が邪魔で動けません」なんてことになったら、目も当てられない。

 この状況はセイロス騎士が生徒の護衛についているから成り立っている。

 

 その騎士たちは生徒に合わせて歩いていた。

 重い鎧を身に纏っているにも拘わらず、余裕までありそうだった。

 彼らのしっかりとした足取りは、厳しい訓練によって裏打ちされている。

 故郷の騎士の質を思えば羨ましくて仕方ない。

 

「んー、やめとく」

「意外だな。いつもなら直ぐに押し付けて来るのに」

「ハピのことどう思ってるのさ」

 

 口をへの字に曲げたハピにフロルがにやりと笑った。

 

「そうだなぁ。味覚が偏ってるし、全然起きないし、

 お菓子を頬張ったまま歩くし、服は皺だらけだし」

 

 指折り数えていると、太ももに飛んでくるキックを甘んじて受け入れる。

 フロルとハピのいつもの馴れ合いだ。

 

「別に良いと思うけどな。

 俺はハピにそのままでいてくれる方が好きだ」

「キミ、ハピのこと口説いてる?」

「いいやまったく」

「ふーん。でもやたら世話を焼くし。

 会話聞いてるとさ。

 他の人とハピに対する態度全然違うじゃん」

「言いたいことはわかる」

 

 ようやくハピも思春期みたいなことを言い出すようになったか。

 

 面倒を見てきたフロルに親心が芽生えた。

 対応を間違えるわけにはいかない。

 少し慎重になって、一つ息を吐きだす。

 

「人に合わせて態度を変えてるのは、

 俺がひねくれてるからだ。

 言ってしまえば嫌われたくないんだよ。

 それで姑息に好感度を稼ごうとしてるわけだ」

「それ疲れない?」

 

 フロルは困って頬を指で掻いた。

 

「どうだろうな、性分だし考えたこともない。

 だからハピも気にせず世話を焼かせてくれ。

 俺のこと好きになって貰いたいからな」

「はいはい、そこまで言うなら持ってもらおうかな」

「ハピごと背負っても良いぞ。

 二人分の高さになれば見張りも同時にこなせる」

「それはイヤ」

 

 冗談だと訂正する前に、ハピが荷物を押し付ける。

 身軽になってさっさと前の方に歩いて行ってしまう。

 その背中をフロルは少しの間だけ眺めて、歩き出した。

 

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