時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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30話

 

 ガルグ=マク大修道院を見上げるように作られた城下町。

 星辰の節が終わりに近づいたその日。

 外壁が破られていないにも拘わらず、町から火の手が幾つもあがった。

 突如巨大な魔獣が十数頭出現し、賊や黒ずくめの魔道士たちが人々を襲っていく。

 

 ディミトリがベレスに訴えかける。

 

「先生、今すぐ救援に向かうべきだ!」

 

 青獅子の学級に命じられたのは、目の前の人々を救うことではなく、大修道院の警備だった。

 混乱で目を逸らし大修道院を闇に蠢く者が襲う、そうレアとセテスは考えた。

 三つの学級の中で、最も信頼しているベレスたちに最重要の任務を与えたのだ。

 アネットが思わず目を瞑る。

 

「酷い……」

 

 頑強に閉じられた格子門の向こう側で、町民が賊に刺されて道端に投げ捨てられる。

 城壁からセイロス騎士の矢が賊を貫くが、けして門が開くことはない。

 ソロンにより証明された。

 紋章石の欠片を用いれば避難する町民でさえ、魔獣に変貌して暴れかねないのだ。

 それを阻止する術がない以上、封鎖が解かれることはない。

 

「行かない。

 セイロス騎士やジェラルト傭兵団だけではない。

 黒鷲の学級と金鹿の学級が既に動いている。

 だから私たちは私たちのやるべきことを全うする」

 

 ベレスが毅然とした態度でディミトリの提案をはねのけた。

 ディミトリが奥歯を噛みしめる。

 脳裏に浮かぶのはダスカーで行われた虐殺だ。

 耳元で死者が叫ぶ。

 ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

「……先生、俺はな。三年前に、同じ地獄を目にした。

 俺だけでも行く」

「殿下……!」

 

 城壁へ向かってディミトリが駆け出し、ドゥドゥーもその後を追った。

 

「フンッ、今ばかりはあの猪と同意見だ。

 俺も行かせてもらう」

「フェ、フェリクス待ってよ!」

「……すみません、先生。

 誰かがあのバカを見ていてやらないと」

 

 ディミトリたちの後をフェリクスとアネット、シルヴァンたちも追う。

 ベレスがその背中に手を伸ばして、そっと下ろした。

 残った顔ぶれを見回す。

 フロルがベレスの肩に手を乗せた。

 

「心配しなくても俺はここに残るぞ。本番はこれからだ」

 

 フロルは確信している。

 補充のきかない紋章石の欠片を大量に消費した以上、なにか狙いがあるはずだ。

 

「ハピが行っても魔獣を呼び寄せるだけじゃん」

「助けにいくべきだと僕も思います。

 でも僕は先生を信じます」

「フロルが心配だもの~。

 それにあんな乱戦だと私は足手まといになっちゃうわ」

「……命令は命令です。

 必要とあればそれに従うのが騎士ですから」

 

 ベレスたちは正門の前で地獄のような刻を過ごすことになる。

 しばらくして、血に塗れた黒衣の騎士がよろよろとした足取りで現れた。

 フロルは直ぐに雇っている傭兵騎士だと気づいた。

 倒れそうになった傭兵騎士を、フロルが抱き留めて地面にゆっくりと降ろす。

 

「どうした!」

「ごほっ……俺以外、死にました」

「……場所は?」

「聖墓前の扉……骸骨の騎士が……急に現れて、クソッ」

 

 闇に蠢く者たちが狙うとすればレアの命か、紋章石の眠る聖墓だろうと考えていた。

 念のため、傭兵騎士を配置していたが……いや、解っている。

 必要な犠牲だった。

 とっくに限界を迎えていたのか、報告を終えた傭兵騎士がそのまま意識を失う。

 フロルが回復魔法をかけてからベレスを見た。

 

「先生、行こう。死神騎士がそこにいる」

「わかった」

 

 ベレスたちは各々用意していた馬の背に乗り、聖墓へと向かって駆け出した。

 

 

 

 一際大きな爆破音が響いて、聖墓を守っていた扉が吹き飛んでいく。

 直ぐに賊や魔道士たちが突入していくのが見えた。

 広い通路には傭兵騎士とセイロス騎士の死体が積み重なっている。

 ベレスたちの前を、漆黒の馬に乗った死神騎士が立ち塞がった。

 

「……我が逸楽たちよ……待っていたぞ」

 

 大理石を擦る大鎌の刃が、火花を散らした。

 フロルを乗せたヴァレリアが一歩前に出る。

 

「一番まずいのはここで時間を稼がれることだ。

 俺が死神騎士相手に時間稼ぎする。

 先生たちは奥へ突入して、侵入した連中を頼む。

 棺の中身だけは盗まれないでくれ」

 

 ベレスはフロルの顔を見て、頷いた。

 

「信じるよ。死なないで」

「耐えるのは結構得意な方だ」

 

 フロルが槍と盾を構えて、死神騎士と激突する間に、ベレスたちが聖墓へと飛び込んでいく。

 

「まずは貴様からだ。あの時の力……見せてみろ」

 

 死神の鎌がフロルの体を二つに裂く前に、ヴァレリアが器用に後ろに跳ねた。

 フロルの持つ槍を中心に白い冷気が渦巻く。

 アネットに理学の基礎を習ったことで、ついに槍に魔法を上乗せする氷槍に至ったのだ。

 

「騎兵勝負なら負ける気はしないな」

「虚仮威しかどうか……試してやろう……」

 

 横薙ぎの鎌を、フロルが紋章を輝かせながら盾で強引に受け流し、槍を突き出す。

 死神騎士は器用に鎌の柄だけでそれを受け止めると再度刃を振り下ろした。

 黒い斬撃の嵐をフロルは優れた槍と盾、なによりヴァレリアとの阿吽の呼吸で凌ぐ。

 

「なにせ俺とお前だけで戦ってるわけじゃないからな!」

 

 フロルの戦士としての才は二流だ。

 強すぎる力に振り回され、動きは単調で読みやすい。

 だが、ヴァレリアがいる。

 ジェラルトが褒めたように一流の戦士として、フロルの回避を補助する。

 さながら、動く城塞。

 

「……これが貴様の真価か!」

 

 ギャリギャリと甲高い音を立てて、勇者の槍とサリエルの大鎌が火花を散らす。

 短い交差だけで、氷槍の冷気が浸透し、死神騎士の腕を凍り付かせた。

 生まれた隙に、振るった刃が死神騎士の兜を破壊する。

 

 フロルが追撃の手を止めた。

 

「……お前、そのふざけた姿はなんだ」

 

 兜も仮面もつけていない顔。

 そこにあったのはかつてのイエリッツァではなかった。

 顔から浮き出た紫色の血管が奇妙な発光を続ける。

 輝くのはラミーヌの小紋章と、新たなゴネリルの紋章。

 メルセデスと同じ金髪は、毛の根元が白く染まっていた。

 

「貴様と死合うため、地獄から蘇ったのだ」

 

 イエリッツァはフロルの拳によって、右肺と肝臓が破壊され、他の臓器も損傷を負った。

 回復魔法を施しても、呼吸は荒くなり、指先が痺れ、大鎌を握るのも難しい。

 だから、再び刃を振るうため、闇に蠢く者によってラファイルの宝珠と二つ目の紋章を植え付けられた。

 代償は大きい。

 大きく削れた寿命だけではない。

 延命のために紋章の力を使っている以上、戦闘に使えば死が待っている。

 

 イエリッツァはフロルを最期の相手と決めた。

 

 それがフロルにもわかってしまった。

 槍を握りしめる手が怒りで震える。

 

「……メルセデスが知る前に、ここでお前を殺す」

 

 時間稼ぎではなく。

 フロルがメルセデスの弟を殺す覚悟を決めた。

 翡翠色の瞳と髪が燦然と輝き、魔力が空間を歪ませる。

 ブレーダッドの紋章と、炎の紋章が重なって浮かび上がった。

 今までフロルはこの力を人に向けて使ったことがない。

 

 その姿を見てイエリッツァは笑みを浮かべた。

 

「貴様こそ……やはり我の死だ……いざッ!」

 

 フォドラにおいて史上初となる二つの紋章を持つ者同士の戦いが始まった。

 フロルが廊下を埋め尽くす光の魔法を放ち、イエリッツァは身を焼かれながらも飛び込む。

 ゴネリルの紋章は極められた技にこそ真価を発揮する。

 息もつかせぬ流れるような連撃は、ただ一度の反撃も不可能にするのだ。

 捌ききれなかった大鎌がフロルの肩を貫き、鎧を鮮血で染め上げた。

 

「グガッ……まだまだァ!」

「それくらいは、してもらわねば……!」

 

 ヴァレリアと完全に一致した呼吸が、フロルの突き出す槍を神速に変えた。

 仮に死神騎士が持つ大鎌が並みのものであればたった一合も持たずに砕けていただろう。

 防御してなお、逸らしきれなかった槍がイエリッツァの脇腹を抉った。

 荒れ狂う暴風のような大鎌を、どれだけ傷を負っても炎の紋章の治癒力で強引に押し進む。

 

「いいぞ……!もっとだ……!もっと魅せてみろ!」

 

 フロルは己の攻撃が大雑把になっていることを自覚している。

 二つの強大な紋章の力をコントロールしきれていない。

 イエリッツァがフロルの変化した動きに慣れれば負ける。

 

 ならば。

 

「アプラクサス……!」

 

 至近距離でフロルが切り札を切った。

 レアの手解きを受けて習得に至った、光の上級攻撃魔法。

 咄嗟に体を逸らしたイエリッツァの左半身を巻き込んで、光の奔流が迸る。

 壁を破壊してなお止まらず、大修道院の城下町からでも空に伸びる光が見えた。

 イエリッツァの体内から生命を維持していたラファイルの宝珠が吹き飛んだ。

 

「どうした!まだ、私の喉に刃が届いていないぞ!」

 

 左半身を抉り取られたイエリッツァが吠えた。

 魔法の反動で動けなくなったフロルに、体をねじ込んで落馬させる。

 

 

 同時に短剣を抜き、互いの命を奪おうとした時──。

 

 

「エミール?」

 

 一瞬だけイエリッツァの動きが止まった。

 聖墓の入り口にメルセデスが立っていた。

 イエリッツァを、フロルの短剣が貫いた。

 

「そんな……」

 

 脚を縺れさせながら、メルセデスが駆け寄る。

 涙を流しながら必死で回復魔法をかけた。

 光がイエリッツァとフロルに優しく振り注いだ。

 

「エミール……ごめんなさい。

 私があなたを置いて出ていかなければ……」

「……無駄だ……メルセデス。

 私はもう……直に死ぬ……」

 

 回復魔法は治癒力を増大させるだけだ。

 死ぬ定めの肉体を再生させることは出来ない。

 

「私のせいで、二人が、こんな……ことに……」

 

 メルセデスの魔力が底をついて、光が消えた。

 広がっていく血が、メルセデスの服を黒く重く染めていく。

 

「違う……父を斬り、家中の者を皆……斬った。

 多くの者を……衝動のままに……殺した。

 ……当然の……報いだ」

 

 充血した目が、メルセデスからフロルに向けられる。

 

「……姉上を……たの……む……」

 

 最期の言葉を残し、イエリッツァの肉体から魂が失われた。

 

 星辰の節の末に行われた襲撃事件は未曽有の犠牲者をだして収束した。

 士官学校の生徒たちの活躍により聖墓に侵入した賊はすべて討ち取られる。

 首謀者とされた死神騎士、イエリッツァの正体は記録に残ることはなかった。

 

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