★〈支援会話:イングリット〉
守護の節の四日はイングリットの誕生日である。
そんな日に、イングリットはフロルと共にローベ伯のアリアンロッド要塞へ招待されていた。
丁度この時期に要塞で祝祭が行われるのだ。
公爵派諸侯が多く参列するため、貴族同士の繋がりとして二人は出席を余儀なくされた。
馬車の窓から見える、聳え立つアリアンロッド要塞は相変わらず堅牢な姿を晒している。
「悪いな、イングリット。
本当は士官学校の皆で祝うつもりだったんだが、断り切れなかった。
明日帰ったらちゃんと祝おう」
フロルは襲撃に備えるため、大修道院外への気配りが疎かになっていたのだ。
イングリットの婚約話をローベ伯が何処からともなく知ったに違いない。
相変わらず利益に対する嗅覚だけは鋭いな、とフロルは呆れ半分感心半分だ。
「いえ、前から祝祭で行われる槍試合には興味がありましたから。
どちらかというとこの恰好が慣れません」
イングリットが胸元に手をやる。
肌には化粧が施され、普段は束にして下ろしている髪が頭の後ろで編み込まれている。
なにより、普段の士官学校の制服とは違い、青いドレスを身に纏っていた。
ガラテア伯から態々この日の為に贈られたものだ。
「父はこんな無駄遣いをする人ではなかったのですが」
「親心子知らず、逆もしかり。
君が父を大切に思うと同時に、ガラテア伯も君になにかしてやりたいんだよ」
フロルの言葉にイングリットは考え込んで、少しずつ言葉を重ねた。
「私はフロルのようにはできませんでしたから。
そんな私が父に返せるものは一つしかありませんでした」
フロルはイングリットの言葉になにも返すことが出来なかった。
イーハ領の経営に携わって少しは父上の役に立てたと思う。
けれど。
イーハ領が発展したのは、イングリットの悩みの根源である血と紋章が理由だからだ。
フロルが生まれたことで、ランベール王に反発した諸侯が支援するようになった。
各地から商人が訪れ、リュファスが大金を注ぎ込んで農業もようやく軌道に乗り出した。
つまり原資がなければ領地改善などできないという現実を証明しただけだ。
アリアンロッド要塞につくと、手を取って馬車から降りた二人に、早速ローベ伯が近づいて来た。
ローベ伯の傍にはロナート卿とグェンダル卿もいる。
「おお!これはこれは。我らが国王陛下とガラテア家の御令嬢ではございませんか!
凛々しい陛下にお似合いのなんと麗しい方でしょう。
まるで『ルーグと風の乙女』ですな!よくぞ、私の城にお越しくださった」
ローベ伯の良く回る口がフロルとイングリットを、周囲に聞こえるように過剰に持ち上げる。
フロルの手に乗せられたイングリットの手がぴくりと反応した。
ローベ伯のことをフロルは案外嫌いにはなれないが、イングリットのため話を遮る。
「伯爵、今日は祝祭を見に来ただけだ。深い意味はない」
「失礼いたしました!どうぞお楽しみください」
ローベ伯は気を害した様子もなく切り替える。
こういうところがフロルが嫌いになれない部分である。
「グェンダル卿も相変わらず元気そうでなにより。
賊討伐以来だな」
「ええ、ロナート卿から聞きましたが、随分な強敵がいたとか。
どうか、次はわしも呼んで頂ければ。死地にも喜んで赴きましょう」
「ああ。灰色の獅子の名、弟子としてよく知っているとも。
今度の戦いはそうしよう」
フロルを氷河が見える海に鎧を着たまま飛び込ませたり。
ペガサスに乗って眠りかけた際に顔面を殴ったのがグェンダル卿である。
フロルは戦士として二流だったから、鍛えがえのない弟子だっただろう。
騎兵戦以外で一度もまともに勝負にならなかった。
歓談を終えてローベ伯が一礼した。
「私は準備があるため、これで失礼させて頂きます。
また槍試合でお会い致しましょう。
ロナート、私の代わりとして陛下の案内を頼む」
「お任せください」
グェンダル卿を連れて、列を作る商人の下へと忙しなく向かった。
残されたロナート卿が困り顔でローベ伯のことを庇う。
「フロル様、イングリット様、閣下が失礼いたしました。
ああ見えて本当に喜んでいるのです。
王家の紋章、途絶えれば国が乱れるどころの話ではありませんから」
「伯爵の王家への忠誠はなくとも、民を想う気持ちは知っている」
風見鶏と評されるローベ伯はある意味貴族らしい貴族だ。
家と血を残し、民を飢えさせず、領地を戦場にさせないのは貴族の義務。
ただ領地が、王国の要、アリアンロッドであることが致命的に向いていないだけだ。
「はっはっはっ!これは手厳しい。
さあ、王都にも勝るとも劣らない祝祭をご案内致しましょう」
門の中に入ると、その光景に二人は圧倒された。
何度か訪れた王都よりも多いのではないかと思う程、そこは人々の活気で溢れていた。
城壁から花吹雪が舞い降りる中、大通りの家々が様々な色の布同士で繋がれている。
もくもくと立ち並ぶ、屋台の湯気が良い匂いをさせて、行列を作っていた。
見上げれば屋根に繋がれた紐の上を道化師が歩いて渡っている。
小さな女の子が差し出す一輪の花を受け取り、フロルは少し多めに銅貨を渡した。
「凄い!ここまでとは思っていませんでした」
イングリットの賛辞にロナート卿は自分のことのように喜んだ。
「伯爵の内政手腕の賜物ですな。
灰色の獅子が忠誠を誓うにはきちんと理由があるのですよ。
本番の馬上槍試合まではしばし時間がありますし、歌劇を見に行くとしましょう」
ロナート卿に連れられて、二人は音楽が鳴り響く方へと向かった。
「あれは……『月の騎士と薔薇公』でしょうか」
イングリットが呟いた。
壇上では二人の男女が、華麗な舞を踊りながら、悲劇の唄を歌っている。
月の騎士と薔薇公は同盟が王国から独立した三日月戦争の、二人の男女の話だ。
ブレーダッド家の傍流からリーガン家に嫁いだ女性騎士の恋路を描いた物語。
その最期の物悲しさから、独立された側の王国では悲劇として扱われている。
「あれなあ。
夫を窓から投げ出したところなんて、初めて読んだ時は声を出して笑ったよ」
フロルがくつくつと思い出し笑いをする。
物語に出てくる月の騎士はよく浮気するリーガン公に激怒して、直ぐに手を出すのだ。
リーガン公が全面的に悪いのだが、怒りを鎮める為に努力する様子がコミカルに描かれる。
「ふふっ、あの場面ですね。私も本が擦り切れるまで何度も読みました。
途中までは喜劇なのに、私、最後の場面でよく涙してしまって」
「著者によって書き方が違うけど。
俺は月の騎士と薔薇公は同盟側の解釈の方が好きだな。
実家にあるからもしよければ今度貸すよ」
同盟側は最後は悲劇ではなく希望で幕を閉じる。
後々に続くリーガン家の発展と、受け継がれた遺志が描かれているのだ。
「良いんですか?ありがとうございます」
劇を見ていると、気づけば時間が過ぎ去っていたようで、槍試合の時間が迫っていた。
三人は大急ぎで会場へと向かう。
気を利かせたローベ伯が、既にフロルとイングリットの分の席を最前列に用意していた。
ロナート卿が二人に一礼する。
「それではわしは二戦目に出場しますので、これにて」
「ああ、期待している。
是非ともグェンダル卿に一泡吹かせてくれ」
「はっはっはっはっ!勿論ですとも。
老騎士同士、そろそろ決着をつけませんとな」
高笑いしてロナート卿が去っていく。
しばらくして準備が整ったのか、ホルンが鳴り響き、長く整備された道の両側に騎士が現れる。
馬と鎧に華美な装飾が施され、サーコートには其々の意匠が描かれている。
手に持つのは木製の槍。とはいえ、馬の速度でぶつかれば、たまに死者が出ることもある。
血気盛んな右側の若き騎士が叫んだ。
「この試合に勝利した暁には!我が愛しのシェリーへと結婚を申し込む!」
観客から歓声が上がった。
負けた時に大恥をかくことになるので、負けても言い訳がたつ若い挑戦者側の特権だ。
ドン!ドン!ドン!と鳴り始めた太鼓の音と共に、両騎士が助走をつけて徐々に加速した。
「イングリットはどちらが勝つと思う?」
「左の騎士でしょう。馬の制御に熟達した技を感じます」
「残念、右だ」
一度目の交差は互いに避けて空振りとなり、即座に反転して馬を走らせた。
イングリットの言う通り左の騎士のコーナリングは目を見張るものがある。
その分速度がついて、相手から狙いを定めにくくするのだ。
しかし、二度目に決着がついた時、馬上に立っていたのは若い騎士だった。
直ぐに駆け寄った女性が若い騎士に抱き上げられる。
「どうしてわかったんですか?」
フロルはにやりと笑みを浮かべて驚くイングリットにネタ晴らしした。
「前に酒の席で一緒になってな。
あのシェリーって女性は負けた騎士の従兄妹なんだよ。
彼は二人の結婚を認めているわけで……だからわざと負けてあげたんだ」
「なるほど。試合には不誠実ですが、親族としての愛情、ということでしょうか」
イングリットは思慮深く、倒れた騎士が痛みを抑えながらも笑う様子を眺めた。
二戦目。
グェンダル卿とロナート卿の戦いは十度槍を重ねてもなお決着がつかなかった。
ロナート卿の馬が石に躓いた隙をついて、グェンダル卿が勝利した。
高らかに勝利を宣言するグェンダル卿に惜しみない拍手が送られる。
「それじゃあ、我が騎士の仇討ちにいってくる」
飛び入り参加したフロルを、観客たちは歓声を上げて迎え入れた。
このドレスではフロルのように参加することは出来ない。
グェンダル卿と馬上で競うフロルの姿を、イングリットは羨ましく思った。