時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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32話

★〈支援会話:リシテア〉

 

 金鹿のリシテアは夜の大修道院の中を、沢山の本を抱えて歩いていた。

 士官学校生の中で最年少にもかかわらず夜遅くまで魔道の研究を続けていたのだ。

 人気のない薄暗い廊下はなにか出そうで、リシテアはぶるりと身を震わせた。

 すると……廊下の奥の方に明かりもつけずに、誰かが立っているではないか。

 

「ひっ!?だ、誰なんですか!」

 

 ぼうっと炎が灯ったことで、リシテアは思わずバサバサと本を落とした。

 影が振り返る。

 

「おっと、悪いな。俺だよ」

「驚かさないでくださいよ!

 こんな夜更けに明かりもつけずに」

 

 そこには遮光を外して、ランタンを灯すフロルが立っていた。

 フロルが手伝って、リシテアが落とした本を拾っていく。

 

 学級が違うリシテアとフロルの関係は薄い。

 せいぜいハンネマンの講習に一緒に出るくらい。

 その中でもリシテアは一、二を争う優秀な生徒であり、フロルは落ちこぼれだ。

 アネットが性懲りもなく才能のないフロルに魔法を教えていたのを覚えている。

 それを、リシテアは時間の無駄だと思っていた。

 

「星を見ていたんだが……少し話さないか?」

「もっと明るい時間じゃ駄目なんですか。

 わたし、疲れてるんですけど」

 

 不満を口にするリシテアに、フロルがやれやれと首を振った。

 

「残念だなあ。

 黄金林檎を使ったタルトがあるのに……」

「仕方ないですね」

 

 リシテアは心の内で、けして甘味に釣られたわけではないと言い訳する。

 頭を働かせた後には甘い物が必要なのだ。

 

 二人は連れ添って、誰もいない中庭にやってきた。

 机には燭台が灯されており、テーブルクロスが広げられている。

 その上に鮮やかな黄金色のタルトが二人分の食器と共に置かれていた。

 アネットの『魔法でたのしいお菓子作り』を参考にして作った自信作だ。

 

「わあ、綺麗……!これ、高かったんじゃないですか?」

「いや黄金林檎は実家から送られてきたものだ。

 長らく領地で栽培できるか試していたんだが、

 ようやく今年実を結んでな」

 

 イーハ領のそもそもの問題は特産品もない枯れた土地であること。

 狩猟で生きていくしかなく、男手が傭兵業に取られてしまう。

 フロルは農園に金を払い、寒冷地でも栽培可能な作物を試みていた。

 ノルドサラトのように膨大な金と時間を注ぎ込めば魔法による品種改良は可能だ。

 多くは失敗したが、なかにはこうした成功例もある。

 

 甘味に目がないリシテアのために、タルトを切り分けて皿に盛りつけた。

 自分のためにワインを、リシテアのために林檎ジュースをグラスに注ぐ。

 早速、リシテアがフォークを手にした。

 

「はああ……美味しい……ほっぺが落ちちゃいそう……」

 

 頬を緩めるリシテアは、フロルが笑顔で見ていることに気付いた。

 誤魔化すように林檎ジュースを口に含み、鼻を鳴らす。

 

「ふ、ふん。

 わたしは帝国のお菓子が好きですが、

 王国もなかなかやりますね」

「そりゃあ良かった。

 リシテアのお墨付きなら、本格的に特産として量産できそうだ」

「お墨付きが欲しいなら、

 クロードにでも食べさせれば良かったんじゃないですか?」

「はははっ、俺に野郎と一緒にお菓子を食べる趣味はないからな」

 

 フロルも一口食べて、美味しさに目を輝かせる。

 しゃきしゃきとした食感と酸味と甘みが中和する。

 いくらでも食べられそうだ。

 一切れだけでは物足りず二切れを二人は食べ終えて、ほっと小さく息を吐きだした。

 

 リシテアが残りのタルトを物欲しそうに見ていたが、なんとか誘惑を断つ。

 

「お菓子くらいでほだされませんから。

 こんな遅くに私に何の用です?」

 

 どうせなにか面倒な頼み事をされるのだろうと勘ぐった。

 その懸念は正しい。

 

「悪いな。もう時間がないから、

 今日しか話せる機会がなかったんだ」

「なにを言っているんです。

 まだ、卒業まで二節と半分はありますよ」

 

 リシテアの言葉にフロルは寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「……そうだったら良かったけどな。

 俺の用件はひとつだ。君の治療法がある」

「ふざけないで!」

 

 リシテアが机に拳を叩きつける。

 グラスが中身を零しながら芝生の上に落ちた。

 

「ふざけてなんていない」

「あ、あんたがわたしのなにを知っているっていうんですか!」

 

 リシテアはかつて、闇に蠢く者の実験台になっていた。

 寿命は大きく削られ、十年後の未来はない。

 寝る間も惜しんで魔道を研究するのは命を繋ぐためだ。

 

「コーデリア家が帝国の内乱に干渉した責任を問われたこと。

 君が実験台になった結果、二つ目の紋章を宿したこと。

 その代わりに、寿命を失ったことを知っているってだけだ」

 

 指を三本立て終わると、どさりとリシテアが浮かせた腰を落とした。

 フロルがハンカチを取り出し、自分の口元を拭う。

 

「前々から君の治療法については探していたんだ。

 見つかるまで何年もかかってしまった」

 

 コルネリアの残した研究から治療法を求めた。

 しかし、女狐の研究は紋章の力の増大を目的としたもの。

 リシテアの治療には使えなかった。

 叶わぬ希望を見せる訳にはいかないと黙っていた。

 

 イエリッツァの遺体が手にはいるまでは。

 

 イエリッツァの正体が明かされればメルセデスにも累が及びかねない。

 遺体を大修道院の外に秘密裏に持ち出した。

 禁忌を破り遺体を冒涜し、どうすれば肉体に二つの紋章を宿せるのか知った。

 

 誰にも話すことは出来ない。

 だが、報いは必ず訪れるだろう。

 

「君にあっても、俺にはもう、時間がない。

 この話はこれ一回きりだ。

 俺に君を救わせてくれないか?」

 

 翡翠色の瞳に嘘は無かった。

 リシテアの頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 縋りたい、でも、裏切られたくない。

 喉が渇く中、掠れた声が漏れた。

 

「……なんで、わたしのためにそこまでするんですか」

 

 夜風が中庭を吹き抜けた。

 雲の切れ間から覗く星灯りが二人を優しく包み込んだ。

 

「王国に、いや違うな。俺に君が必要だからだ」

 

 燭台の火が揺れた。

 リシテアがごくりと唾を飲み込んだ。

 黄金林檎の甘さが舌先に残る。

 これが女神が与えた最初で最後の救いだと言うのなら。

 

「やり方を……教えてください。

 それで、判断して、納得したら。

 あなたのこと、信じてみます」

 

 翌日、リシテアは担任のハンネマンに一方的に退学を告げて士官学校から姿を消した。

 

★〈選択〉

 

 守護の節の終わり。

 ベレスがフロルに相談しようと部屋を訪れると、部屋はすっかり空っぽになっていた。

 本棚にあれほどあった本は一冊もなく、机の上は綺麗に掃除され、ベッドも整っている。

 可愛らしい熊のぬいぐるみもなくなっていた。

 今までフロルが不在のことは何度かあったが、部屋から物までなくなったのは初めてだ。

 ベレスは嫌な予感がして、大修道院の正門へと駆け出す。

 そこには丁度馬車に乗り込むフロルの姿が見えた。

 

「はぁ……はぁ……フロル、どこに行くの?」

 

 膝に手をついて息を荒げるベレスを見て、フロルは馬車に脚をかけたまま振り返った。

 

「ちょっと用事があるんだ。

 心配しなくても直ぐにまた会える」

 

 それだけ告げて、フロルが乗り込むと馬車が動き始める。

 ベレスが走り出した馬車に飛び乗って、中に転がり込んだ。

 

「うわっ!せ、先生?」

「……私も行く」

 

 抱きとめられたベレスは、フロルの腕の中で有無を言わせずそう言った。

 そうする必要があると思ったのだ。

 フロルは大きくため息を吐き出して、諦めてベレスを馬車の対面に座らせた。

 

「今日の授業はどうするつもりだ?」

「フロルこそ今日は宿題の提出日だよ」

「ああ、『森林地帯における騎兵の利用法』だろ。

 あれなら、昨日のうちに教室の机に置いたよ」

 

 二人を乗せた馬車が大修道院から出て、王国への道を進む。

 馬車の窓からは遠ざかる山々が見えた。

 その間もベレスは知りたい答えを待って、フロルの顔をじっと見続けた。

 

「降参だ!降参!先生には勝てないな……」

 

 先に根気負けしたのはフロルだった。

 

「仕方ない。これから俺がすることを話すよ」

 

 フロルが小さく息を吐きだした。

 

 馬車は三日かけてファーガス神聖王国王都、フェルディアに到着する。

 城壁を埋め尽くす蒼の旗が風にはためく。

 道中で着替えていたフロルが馬車から降りると、喇叭の音が鳴り響いた。

 騎士がずらりと並び道を作り、民が大通りの両脇に詰め寄せている。

 

 フロルが拳を挙げると、ブレーダッドの大紋章がその上で強く青く輝いた。

 王家の証を目にした観衆から、王都を震わせる歓声が沸き起こった。

 

「新王万歳!」「フロリアヌス万歳!」「蒼き獅子万歳!」「ブレーダッド万歳!」

 

 拳をおろしたフロルが蒼いマントを靡かせて、花吹雪が舞う道を歩き出した。

 ベレスがその少し後を追う。

 獅子の意匠が施された巨大な門が開かれ、玉座の間へと碧のカーペットが続く。

 両脇には貴族や騎士が並び拍手でフロルを迎えた。

 

 フロルは階段を一歩一歩踏みしめて登り、玉座の前に跪く。

 東方教会の司教がファーガスの王冠を恭しくその頭に乗せた。

 

 後戻りはできない。

 

 立ち上がったフロルが英雄の遺産、アラドヴァルを握る。

 

「……頼む、力を貸してくれ」

 

 ブレーダッドの紋章と炎の紋章が輝く。

 アラドヴァルの紋章石が鼓動のように脈打つ光を放った。

 

 振り返ったフロルが、最後に一瞬だけベレスと目を合わせる。

 

 時のよすがに導かれて、運命は道を選んだ。

 

 フロルが高らかに宣言した。

 

「我が名はフロリアヌス=ティエリ=ブレーダッド。

 女神の盟約において、獅子を頭に戴く。

 盟約に従い、信仰の剣となり、民の盾となる。

 女神の啓示を受けた聖者セイロスがそうしたように!

 信念と秩序のため、民の安寧を図るため、

 玉座に君臨することを誓おう!」

 

 

 ファーガス神聖王国にて、フロリアヌスが戴冠の儀を行い、軍を集結させた。

 これに対し旧国王派も軍を集結し、王都へと進軍を開始していた。

 王都北部の平原でフロリアヌスとディミトリの玉座を決める決戦が行われる。

 情勢の変化を受け同盟は、盟主にクロードを指名し、本国へと招集した。

 だがフォドラの情勢は更に大きく動く。

 アドラステア帝国皇帝に即位したエーデルガルトが教会へと宣戦布告する。

 わずか二週間で到達する帝国軍に、大修道院は陥落するかに思われた。

 

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